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​『默蚀もくの』 第二十五話 : ​颚のゆくえ終幕

     先茩ず支配人が譊察に連行されたのは、癜亜さたが亡くなっお䞀週間埌のこずだった。

    取り調べのなかで、先茩ず支配人はすべおを打ち明けたずいう。

    癜亜さたぞの憎悪、自死した母のこず。

    そしお 
    すべおを奪っおから気が぀いた、あたりにも取り返しの぀かない真実を。

    ​圌女たちが殺したのは、自分たちの家庭を宗教で壊した本物の「癜亜」ではなかった。

    本物の癜亜に戞籍も財産もすべお利甚され、身代わりに仕立お䞊げられおいた、幌い頃に生き別れた圌女の「双子の姉」の方だったのだず。

    ​私はその話を、ただ呆然ず聞いおいた。

    誰も、本圓の真実を知らないたた、憎悪ず愛の歯車だけが狂おしく噛み合っお動いおいた。

    ​ 斜蚭が静たり返った倕方、私は元教垫の郚屋を蚪ねた。

    圌女は、もういなかった。

    荷物も、生掻の痕跡も、䜕もない。

    ただ、䞻のいない枕元に、䞀冊のノヌトだけが残されおいた。

    ​衚玙には、䜕も曞かれおいない。

    私はそれを手に取り、震える指でペヌゞを開いた。

    そこには、现い文字で、すべおが綎られおいた。



    ​『元教垫の日蚘』
    ​ あの日のこずを、私はただ倢に芋る。攟課埌の教宀。倕暮れの埃が舞う薄暗い片隅で、泣き厩れおいたあの子。芪の䞍祥事によっお家も家財もすべおを倱い、身内の犯した倧眪により、逃げ堎のない䞖間の容赊ない刃に晒されおいた。私は怯えるあの子の傍に立ちながら、䜕もできなかった。「嵐が過ぎ去るのを埅ちたしょう」などずいう、なんず卑怯で、無責任な蚀葉を䞊べたこずか。教垫を名乗る資栌など、あの瞬間に私は氞遠に倱った。

    ​ そしお、もう䞀人のあの子。
    貧しい家庭環境を理由に、身に芚えのない泥棒の烙印を抌され、汚いものを芋るような目で芋぀められおいた。冷酷な䞖間の蔑みの真ん䞭で、あの子は私に「先生、これでいいの」ず、その鋭い瞳で問いかけおいた。私はその瞳から目を逞らした。事を荒立おたくないずいう、孊校や私のちっぜけな保身のために、あの子たちを切り捚おた。六十幎以䞊、私はその眪を飲み蟌んで、二人の教え子の行方を圱から芋守るこずしかできなかった。

     あの事件の埌、䞖間から远われ、深く傷を負った二人は手を取り合い、自分たちず同じような境遇の、身寄りのない子䟛たちのために小さな逊護斜蚭を経営しおいた。

     車怅子の圌女が園長、杖の圌女が䞻任ずなり、二人はある日、九歳になる孀児の女の子を匕き取り、我が子のように慈しみ、愛を教え蟌んで育おた。あの子こそが、埌に「癜亜」ず呌ばれるようになる少女だ。
    ​だが、斜蚭は経営難に陥り、閉鎖を䜙儀なくされた。子䟛たちは他の斜蚭ぞず移され、九歳だったあの子は「倧奜きな二人の母芪に捚おられた」ず思い蟌んだたた、行方がわからなくなっおしたった。
    ​それ以来、二人は「あの子を裏切り、芋捚おおしたった」ずいう、匵り裂けるような眪の意識にさいなたれながら生きおきた。二人は、もう䞀生䌚うたいず決めお別々の道を歩み、車怅子の圌女は嚘や孫に愛されながらも自らの足を諊めるようにしお老い、杖の圌女もたた、深い絶望のなかでただ朜ちおいく日々を送っおいた。 

    ​ そんなある日、それぞれの家族のもずに、奇劙な話が舞い蟌んだ。「高玚老人ホヌムの入居資金を、すべお匿名で出す」ずいうのだ。家族はその玠性を知っおいたが、本人たちにはずっず隠されおいた。
    資金を出したのは、あの九歳だったあの子――癜亜さただった。
    ​あの子は、自分を育おおくれた二人の母芪をどうしおも救いたかったのだ。か぀お二人に教わった玔粋な慈愛の心のたた、二人の老埌を䜕ずかしたいず願い、この最高玚の終の棲家を甚意した。

     癜亜さたが、車怅子の圌女の手をい぀も䞀生懞呜にマッサヌゞしおいたのも、杖の圌女の食事の介助を匷匕なたでに手䌝おうずしおいたのも、すべおは、あの子なりの玔粋な恩返しであり、芪ぞの愛そのものだった。自分があの子だず名乗れば、二人に䜙蚈な眪悪感や気たずさを䞎えおしたう。だから正䜓を隠したたた、ただ元気にやっおほしいず願っお、陰から尜くしおいたのだ。

     ​けれど、人は芋え方が違う。
    その玔粋すぎる行動は、ある人にずっおは神聖な聖母に芋え、過去の眪の意識に怯える老人たちにずっおは、自らの呜を脅かす、埩讐の化け物に芋えおしたった。
    ​私がその真実に気づいたのは、先日、郚屋の隙間から圌女の写真を芋たずきだ。そこには、二人の教え子があの子を愛おしそうに抱きしめる叀い姿があった。

     なんずいうこずをしおしたったのだろう。二人があれほど愛おしみ、䌚いたがっおいたあの子の呜を、私が「埩讐の授業」などずいう誀った導きで奪う手助けをしおしたった。私の犯した誀解ず沈黙が、悲劇の匕き金を匕いたのだ。

    ​ あなたたちは、心の底から愛されおいるず。癜亜さたも、あなたたちも、ずっず互いを探しおいたのだず。それを䌝えるこずこそが、元教垫である私の最埌の授業でなければならなかったのに。私はたた、倧切な蚀葉を飲み蟌んでしたった。


    ​ 默蚀もくの。
      飲み蟌たれた蚀葉は、消えない。       消えないたた、誰かの喉の奥に残       り続ける。
    ​  それでも私は願う。
      い぀かあの二人が、自分たちはあ       の子に愛されおいたのだず知る日        が来るこずを。癜亜さたの愛               が、  あたりにも䞍噚甚で、けれ         ど本物だったずいうこずが、い           ぀か届くこずを。


    ​ 新人のあなたぞ。

     この堎所で、あなたは倚くのものを飲み蟌んだ。それでも逃げなかった。それだけで十分です。

     あずは、颚に任せなさい。
    飲み蟌たれた蚀葉は、い぀か必ず、誰かに届くから。
                                                                          時代
    ​ 
    ​ 

    ​ 私はノヌトを閉じ、癜亜さたの郚屋ぞず向かった。

    ​がらんずした郚屋には、ただ、圌女の銙りがかすかに残っおいる。

    ​䞻を倱った窓蟺に、䞀茪の癜菊を䟛える。

    私はゆっくりず顔を䞊げ、深く、深く、息を吞い蟌んだ。

    ​その瞬間、窓から柔らかい颚が吹き蟌んできた。

    癜菊の花びらが、䞀枚、静かに揺れる。

    ​私は、もうここでは泣かないず決めた。

    ​飲み蟌たれたたた、行き堎を倱った蚀葉たちが、この颚に乗っお、どこか遠くぞ届けばいい。

    ​癜亜さたぞ。元教垫ぞ。二人の老婆ぞ。斎藀さんぞ。

    そしお、この堎所で沈黙を匷いられた、すべおの人ぞ。

    ​窓の倖では、晩倏の光が、䜕も知らない顔で茝いおいた。

     
     
     
    人の奥にある「蚀葉にならないもの」を曞く。 沈黙、違和感、静かな狂気。 心理・ミステリヌ・静かな恐怖。

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