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【小説】メンタル病んでる薬剤師はパンドラの夢を見るか?③


    6.
    次の日、葛西さんの仕事は休みだった。俺はほっとした。携帯のメッセージに短く「首尾よくいきました」と書かれた日高のことは100%信じているが。

     そして、その次の日。
     薬局に現れた葛西さんは心なしかいつもより明るい顔をしていた。佐々木さんと挨拶し、俺の方を向いた。その顔は一転して困っていた。俺は無理やり笑顔を作る。

    「すみません。合コンはうまくいかなったんですが、彼氏、できちゃいました!」
    「あ、ああ。はい」
    「年上で少し童顔で、掴みどころがないけどすごく惹かれてしまって……どうか、尻軽だと思わないでください」
    「あ、ああ、そんな事思いません。良かったです」

     セリフ棒読みの俺には構わず一転、キラキラした綺麗な笑顔を撒き散らす葛西さん。

    「週末まで長いな……日高さん」

     俺の中で時が止まった。

     今、なんて言った。

     日高?

     アイツが直々にこの子と付き合うのはあり得ない。なぜなら日高――日高光(ひかる)は既婚者だ。

     けれど、奥さんにバレない可能性は大いにある。日高は大学を卒業してから、年上の美人女医と一年後くらいに結婚した。
     はじめから別居婚か週末婚のかたちを取っている。本人曰く、誰かと一緒に暮らすため自分が折れるのは耐えられないらしい。俺からしても結婚向いてないんじゃねえのと思う。そんな気持ちで何故早い結婚を選んだのかも疑問だが、俺は日高に対してそこまで興味はないので聞いた事はない。

     俺が今、話せるのなら話したい人物はハルヒトだけだ。けれど、冬が春に追いつくことが永遠にないように、ハルヒトと俺が交わる道は永遠に来ない。
     ハルヒトは俺のたったひとりの友達だった。
     無邪気に、笑いかけてくれていた。
     その笑顔の裏で何を思っていたのかを知る機会は二度と来ないままで。

    「感傷に浸っていても仕方ないから仕事っと」

     我ながら気味の悪い独り言の後、「ご苦労様ー!」と社長夫人が大きな声でお出ましになった。佐々木さんがさっと動いてこのド派手な女性の相手をしてくれる。俺は引き攣った笑顔でパンを受け取った。
     社長夫人はこの近くにある人気のパン屋で特に人気のあるカレーパンとアップルパイを一人二個ずつ差し入れしてくれる。悪い人ではない。むしろ自炊など当然の如くしない俺には大変有り難い代物なので楽しみにしている。

    仕事はいつもの如く、白衣を着て仮面を被り、葛西さんからの視線ももう気にしなくて済むことに安堵しながら、俺は一度日高に会う必要性を感じていた。

     できるなら会いたくはない。
     あの男の前では建前や誤魔化しが通用しない。
     それでも、葛西さんが誰と付き合っているのかを知る必要があるし、俺としても日高にハルヒトの話をしようとしていた。

     別に隠していても構わない。けれど、もうひとりで抱えきれない予兆がある。

     俺が事あるごとに人を避けて生きてこれたのは日高のおかげだった。日高とつるんでから以降、アイツは本当に俺を無意味に独占していた。俺に近づく人間は日高に頼めば排除できる。俺に近づこうとした葛西さんに彼氏ができて、異性として近づくのをやめたように。やり方に興味もなかったが、今の俺は葛西さんが誰と付き合っているのか、本心としては知りたくて堪らない。あの日高なら本当にマズい。

     これだけ薬にだけ依存して、精神が少しずつ朽ちてきている音も聞こえる。遠くない先に俺は精神病院にお世話にならなければいけないだろう。それも避けたい。
     その突破口はおそらく、日高だ。

    7.
     タルい仕事が終わり、1LDKの部屋に戻った。家賃は会社負担で、ありすかわ調剤薬局からは車で5分。片付けが下手なので部屋は物が散らかり放題だが、日高は気にしないだろう。洗った手をそこら辺に落ちていたタオルで乱暴に拭って、俺は日高に電話した。指先の震えは気にしないことにして。

    「日高。会えないか」
    「あれ? あの女の子のことで何か君にとって不都合があったかい。君が今更僕に会う必要なんてないと思っていたよ」
    「不都合はない。礼は言う。ひとつ確かめたいことと、話したいことがある」
    「ふうん? 何だかよくわからないけれど構わない」
    「俺の部屋でいいか?」
    「汚そうだから嫌だなぁ」

     平然と失礼なことを言われるが事実であった。

    「日高の部屋だと落ち着かない、たぶん」
    「日当たりのいい広くて綺麗な部屋に住んでいるのに失礼だな。ま、いっか。僕があの日から聞きたかった話がついに聞けるのかな」
    「あ? 何だそれは」
    「君が壊れた理由」
    「ああ…話す。たぶん」
    「多分ばかりだけれど、それも許そう。今から行くから住所教えて。カーナビでわかるよね」
    「はぁっ!? 今からって日高、お前な、」
    「だって君、明日になったら気が変わってそう。どうせこの後予定なんてないでしょ」

     日高は有無を言わさず俺から住所を聞き出した。階段を降りてきているような靴音がかすかに聞こえるので、すでに家から出て移動しながら電話しているようだった。
     一人暮らしの家に人を入れるのは初めてだと思いながら、俺は最低限ゴミだけ捨て、冷蔵庫を開けた。中はスカスカなのだがビールが3本あったので、買い出しに行くのはダルいしいらないと言われてもこれを出す事に決めた。

     さて、お互いにもう、逃げられないか。

     
     

    蒼衣

     
     
    精神疾患と難聴の闘病をしつつ、日々ズッコケながらパート薬剤師をしています。薬学部4年制時代のいにしえの時代ですが、まだまだ未熟。 記事はのほほんと書いているのが多いと思いますが、エッセイや小説はダークなのが多いですかもしれません。

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