【スマホなんてない1993年】最新鋭の電子手帳をロンドンへ持って行った僕は、結局「紙とペン」に戻った
1993年5月。
妻と1歳半の娘を連れて、人生初の海外旅行でロンドンへ行った。
当時は、もちろんスマホなんてない。
Googleマップもない。
翻訳アプリもない。
ホテルの住所を検索して、そのままタクシーの運転手に画面を見せる……なんてこともできない。
そんな時代に、僕はちょっと自慢げに、ある“最新鋭機器”をロンドンへ持って行った。
シャープ製の「電子システム手帳」である。
▲冒頭の画像:今も捨てられない「電子システム手帳」現物
◾️妻からもらった、当時の「最新鋭ガジェット」
この電子システム手帳は、妻と結婚する直前のクリスマスにもらったプレゼントだった。
箱を開けた時、僕は驚いた。
「えっ、こんな高価なものを……」
確か、2万円を超えていたと思う。
今のスマホには及ばないが、当時の僕には先進的な機械だった。
勤めていた百貨店には、新しいモノ好きも多かった。それでも、周りで電子手帳を持っている人は見た記憶がない。
そもそも当時、「ガジェット」なんて言葉すら僕は知らなかった。
普段は住所録などに使っていたが、ロンドン旅行に備えて、別売りの「英会話翻訳カード」まで買った。
差し込むと、場面別の英会話例文を呼び出せる。
何でも訳せるわけではないが、「これがあれば海外でも何とかなる!」くらいの気持ちはあった。
ホテルの連絡先も入力し、買い物では為替レートの計算にも使った。
準備は万全。
……のつもりだった。
◾️タクシーの中で、画面が消えた
ロンドン滞在中のある日。
キングスロードで革製品や知育玩具などのお土産を買い、荷物が増えた。
夕方近くになり、
「お土産を持って娘を抱っこして地下鉄で帰るの、面倒だな」
ということになった。
そこでタクシーを拾うことにした。
乗り込んだ僕は、
「こういう時こそ電子手帳の出番だ」
と思った。
登録しておいたホテルの住所を画面に表示させ、それをドライバーさんに見せればいい。
スマートである。
僕は電子手帳を開き、そっとドライバーさんへ差し出した。
ところが。
ドライバーさんは、当然ながら電子手帳の扱い方なんて知らない。
受け取る時、思いっきり本体のボタンに触った。
その瞬間。
画面が消えた。
「……」
ドライバーさんも固まった。
そして、消えた画面を見ながら、ドライバーさんは、
「……Doesn't work.」
(動きません)
と言った。
僕も、
「えっ……」
と固まった。
◾️いつもなら出るのに、なぜか出ない
電子手帳は壊れていないはずだった。
いつもなら、すぐに画面を戻せる。
ところが、こういう時に限って出てこない。
ボタンを押す。
違う。
また押す。
違う。
焦れば焦るほど、どうやってホテルの住所を表示させていたのかわからなくなってきた。
ドライバーさんを待たせたまま、電子手帳と格闘する僕。
もう無理だ。
仕方なく、僕はゆっくり言った。
「I'd like to go Regent Park Marriott Hotel.」
(リージェントパーク・マリオットホテルに行きたいのです)
文法が合っていたかは怪しい。
だが、当時の僕は大真面目だった。
するとドライバーさんは、
「Yes, of course, sir.」
(ええ、もちろんですとも。お客様)
という感じの、上品な英語であっさり了承してくれた。
「……通じたじゃん」
ホテルの住所なんて、別に見せなくてもよかったのである。
◾️後部座席で、こっそり電子手帳を確認
タクシーが走り出したあと、僕は後部座席で再び電子手帳を触った。
さっきまで出なかった画面が、今度は普通に出た。
「なんだよ……」
壊れていなかった。
ホッとした。
妻からもらった大切な電子手帳だったから、壊れたかと思った時は本気で焦った。
しかし同時に思った。
「これ、意味ねーし……」
最新鋭の電子手帳にホテルの住所を登録し、海外旅行へ持ってきた。
なのに、タクシーではホテル名を口で言っただけで通じた。
少しだけ複雑な気分だった。
◾️翌日、僕は「紙とペン」に戻った
とはいえ、僕は心配性である。
「次にホテル名だけで通じなかったら困る」
そう思った。
そこで翌日。
ホテルの部屋にあった備え付けのメモ用紙を一枚取り、同じく備え付けのペンでホテル名と住所を書いた。
それをポケットへ入れた。
「やっぱ、最後はアナログなんだな」
と思いながら。
これなら電池も切れない。
ボタンを押し間違えて画面が消えることもない。
タクシーに乗ったら、この紙を見せればいい。
完璧である。
ところが、その後タクシーに乗った時。
僕は試しに、
「I'd like to go Regent Park Marriott Hotel.」
と、ゆっくり、はっきり言ってみた。
普通に通じた。
ポケットの中のメモ紙は、結局一度も出番がなかった。
電子手帳も用意した。
英会話翻訳カードも買った。
ホテルの住所も登録した。
さらに紙のメモまで作った。
でも結局、一番役に立ったのは自分の口だった。
またしても、僕の念入りすぎる準備は徒労に終わったのである。
◾️30年以上たった今も、捨てられない
あれから30年以上。
その電子システム手帳は、今も僕の手元にある。
引き出しの奥にしまってあった。
久しぶりに取り出してみると、液晶は変色している。
電池も切れていて、もう使えない。
カードスロットには、当時ロンドンへ持って行った「英会話翻訳カード」が、今もそのまま入っている。
ロンドンでは、翻訳用としてはほとんど使わなかったけど。
それでも、捨てる気にはならない。
妻が、結婚する直前のクリスマスに僕へくれたものだからだ。
30年以上前。
最新鋭の電子手帳を持って、ロンドンのタクシーで得意になっていた僕。
そして現在。
目の前には、液晶の変色した電子手帳。
その横にはMacBook Airがある。
ずいぶん時代は変わった。
でも、あの電子手帳を見ると、
「……Doesn't work.」
と固まったロンドンのタクシードライバーさんと、
「えっ……」
と一緒に固まった僕を、今でも思い出すのである。
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1993年のロンドン旅行には、スマホもGoogleマップもありませんでした。
だからこそ起きた、小さな失敗もまだまだあります。
続きをお楽しみに!
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1993年のロンドン旅行で起きた出来事や、家族との思い出は、
マガジン「ロンドン珍道中|1993年・子連れイギリス旅行記」にまとめています。
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