
「アルジャーノンに花束を」 ダニエル・キイス 訳・小尾芙佐
「ともだちがいるのわいいものだな……」
「アルジャーノンに花束を」 ダニエル・キイス 訳・小尾芙佐
氷室京介さんがBOØWYを解散したあとにソロで出した最初のアルバムのタイトルが「Flowers for Algernon ー アルジャーノンに花束を ー」でした。
そのアルバムの中の1曲に ♪ DEAR ALGERNONという曲があります。
その詞と曲がとにかく好きで、当時何度もリピートして聞いていました。
のちにこの曲が、小説「アルジャーノンに花束を」にインスパイアされて作った曲だと聞いたので、その詞の世界感を味わいたくて読んでみました。
この物語は、主人公のチャーリィが脳手術を受けたあとの「経過報告」を読者が日記のように読み進めていく形で進行します。
ところが、はじめは非常に読みにくいのです。ひらがなばかりで、句読点もなく、誤字脱字だらけで。
「えっ、これいつまで続くの?」というのが最初の印象でした。とにかく読み辛い!
でも、そこを我慢して読んでいくと、しだいに誤字脱字がなくなり、句読点が打たれて、漢字が増えてきて、文章が洗練されてきます。
その文章の変化とは、どういった意味があるのか?
◇
チャーリィ・ゴードンは、32歳で知的障碍を持っています。
チャーリィは幼児並みの知能で、パン屋で働きながら一人暮らしをし、ビークマン大学・精薄者成人センターのアリス・キニアン先生のクラスで読み書きなどを学んでいました。
ぼくわかしこくなりたい。
チャーリィはずっと賢くなりたいと願っていました。なぜならば、賢くなって周りの人にもっともっと自分のことを好きになってほしかったからです。
ある日、キニアン先生から脳手術の話を聞きます。
キニアン先生があのひとたちわぼくのあたまをよくしてくれるかもしれないといったからです。
チャーリィは、ハツカネズミのアルジャーノンが脳手術をして賢くなったことを知り、迷路でどちらが早くゴールにつけるか勝負します。
勝ったのは、脳手術をしたネズミのアルジャーノン。
チャーリィは、賢くなったアルジャーノンを見て、自分も脳手術を受ける決心をします。
脳手術後、チャーリィの知能はみるみる向上していきます。
迷路の勝負でずっと負けていましたが、ある日を境にアルジャーノンに勝つようになります。
ぼくはアルジャーノンを負かした。
(中略)
アルジャーノンみたいなかしこいねずみを負かすんだからぼくはきっとりこうになったのだろう。
チャーリィの書いた経過報告書を読んでいると、彼の知能の向上が読み取れます。知能の向上=洗練されていく文章として読者は認識します。
いつのまにか、アリス・キニアン先生はもとより、手術をした大学教授たちよりも知能が勝るのです。
チャーリィは、それがうれしいと感じる筈でした。
なのに、仲良しだと思っていた人が自分を馬鹿にしてたり、大学教授たちは自分のことを「実験のモルモット」としか見ていなかったり、母親からは虐待され、家族から捨てられたという過去の記憶が彼を打ちのめすのです。
知能は天才的になりましたが、彼の感情の成長は、そのスピードに追いつけませんでした。
チャーリィはアリス・キニアンに恋をします。彼は恋愛感情をどのように扱っていいのかまったくわかりません。どう行動したらいいのかはもっとわかりません。
情熱的な炎が燃え上がり、アリスを混乱させます。
「体の中の何かがぼくを燃え上がらせるんだ、その何かが、あなたのことを考えさせるんだ。本を読んでいると頁の上にあなたの顔が浮かんでくる—
(中略)
頁に手を触れると、あなたの顔は消えてしまう、するとぼくは本をびりびり引き裂いてしまいたいと思うんだ」
彼は孤独に突き落とされます。魂が凍えます。ざらついた心をどうすればいいのかわからなくなります。
ただ愛を感じていたいだけなのに…
あるとき、ニーマー教授夫人のカクテルパーティに出席したチャーリィは、ニーマー教授と言い争いになります。
僕はチャーリィの哀しい叫びのようなこの言葉を読んで、心の奥底で咽び泣きながら、静かに、深く、肩を組んでいるようなそんな感覚になりました。
「知能だけではなんの意味もないことをぼくは学んだ。あんたがたの大学では、知能や教育や知識が、偉大な偶像になっている。
でもぼくは知ったんです。あんたがたが見逃しているものを。人間的な愛情の裏打ちのない知能や教育なんてなんの値打ちもないってことをです」
やがて
チャーリィは、自分が施された脳手術に欠陥があると気づきます。天才になった彼は、大学教授がわからなかった欠陥を、自ら発見するという皮肉な結果を招きます。
人為的に誘発された知能は、その増大量に比例する速度で低下する。
それを証明するかのように、アルジャーノンの行動に異変が起き始めます。迷路を抜けられなくなり、狂暴化し、そして……。
チャーリィは、悟るのです。自分はアルジャーノンと同じ末路を辿るのだと。
いったいアルジャーノンはどうなってしまうのか?
そして、チャーリィの知能は? 感情は? 運命は?
◇
チャーリィは知能が高くなるにつれて、仲良くしていた仲間たちや先生とうまくいかなくなりました。知りすぎたゆえに、幸せを感じることができなかったのです。
この物語を読んでいると、自分の生涯を早送りで見せられているような気持ちになりました。
子どもの頃は、何も知らなくて、何もわからなくて、嫌なことがあってもすぐに忘れることができて、ケンカしてもすぐに仲直りして、怒られて、笑われて、泣いて、泣いて、でもまた笑って。
何もなかったけど、懸命に生きていました。形振構わず!
それが、どんどん大人になって、知らないことが恥になり、虚勢を張り、自分に嘘をつき、誰かに媚びたり、裏切ったり、裏切られたり、理論武装、情報武装、いろんな武装をして窮屈になって、呼吸困難になってしまう。大人になると、たしかにいろんなことを覚えます。良いことも狡猾さも。
何がいいのかはわかりません。偉くなるのがいいのか、それともそんなこと求めなくてもいいのか。
でも、どんなときもチャーリィはチャーリィであったのです。知能が高くなっても、元に戻っても、いつも真剣で、悩んで、何よりも優しい心を持った人間だったのです。
相手の心に寄り添い、大切にし、いつも心を配れる。
チャーリィはそんな人間だったからこそ、物語の最後の友情に、花束のようなあたたかい気持ちを受け取ることができました。
ともだちがいるのわいいものだな……
僕は今更ながらこんなことに気がつきました。自分の中にいる子どもが、いつも俯瞰で自分を見つめていたことに。自分が違う方向に行きかけたときには、いつも自分に戻してくれていたことに。
自分の中にいる子どもを忘れずにいるのか、それとも置き去りにしてしまうのか。それが人の気持ちに寄り添える人間になるのか、自分のことしか考えられない人間になるのかを決めてしまうように思いました。僕たちは、そんな迷路の中を彷徨いながら生きているような気がします。
どちらの出口にたどり着くのか。
それは、どれほど知能が高いか、どんな肩書きを持っているかではなく、人を愛する心を失わないでいられるかどうかなんだと思ったのです。
【出典】
「アルジャーノンに花束を」 ダニエル・キイス 訳・小尾芙佐 早川書房
♪ DEAR ALGERNON 氷室京介 ーFlowers for Algernonーより