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【ライトでポップな寺活エッセイ】家でサウナよりととのう?Amazon1,870円の推し仏でためした「家寺活」の結果がすごかった。

    KENLOCK

    ふとしたことから、“シンラン”という史上最強の他力野郎(職業:元僧侶)が、推しになった僕。

    京都旅行の道中、たまたま推しである”シンラン”系の教えを説くお寺で、念仏を読むイベントに参加。そこで、大好きだったサウナより、心地よさが長持ちする安らぎ体験──

    名づけて「やすらギまる(安らぎ+極まる)」感覚を知ってしまう。

    「これは日本のウェルビーイング革命だ!」
    勝手にそう直感した僕は、家で「やすらギまる」ための作法、すなわち「家寺活」を模索し始めたのであった。
    ※本稿では、「寺活道」の自宅版を「家寺活」と呼びます。

    【家寺活の実体験エッセイ】
    はたして、「家寺活」は成り立つのか?是非、皆さんにも、結末を見届けてほしいと思います。/ 文・KENLOCK
    ※本稿は、特定の宗教の教義などに基づくものではなく、著者のフラットな主観的体験と受け止めてくださいますと嬉しいです。

    1. Amazonで1,870円の推し仏をポチるまで

    寺活したときの心地よさ、あの日の余韻が忘れられなかった。


    ゆるやかに、重なり合う読経の声が波のように広がり、全身を包んでいく。

    耳で聞いているはずなのに、体の内側から鳴っているように感じられた。

    自然に呼吸が深くなっていき、頭の中に溜まっていた雑音がすっと消えていく。

    胸の奥が広がり、体の輪郭がやわらかくほどけていくような――

    そんな不思議な感覚に、包まれた。

    あの、何ともいえない、全てをゆだね、「やすらギまる」感覚を家でも再現できないだろうか──。

    普段、ハイパーストレス&やりがいを行き交い、アップダウンの激しい毎日を過ごす広告会社の中間管理職である僕。

    日々、安らぐ時間を得ることは、最重要テーマのひとつであった。

    サウナーが、自宅のホームサウナで、「ととのう」ことに憧れるように、家寺活でも「やすらギまる」ことができたら最高に決まっている。

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    「家でも、やすらギまりてェぇぇぁぁ〜〜〜〜っ!!!」


    超々煩悩発想だが、お許し願いたい。

    ここで簡単におさらいしておくと、僕が名づけた「やすらギまる」感覚を得るためには、「自力モード」から「他力モード」への移行が必要だった。

    普段、僕らは、何とかしよう、がんばろう、人に評価されようとする自我で凝り固まった心の動きをしている。


    これを僕は、「自力モード」と呼んでいる。


    けれども、心が本当に安らぐのは、その状態を一度手放したときだ。

    それを、僕は「他力モード」と名づけた。


    自力で動くことをやめ、なにか大きな力に心身をゆだねると、ふっと楽になる瞬間があるという仮説だ。

    では、ここでどうしたら人は「他力モード」になれるのか?

    という疑問が浮かんでくる。

    そこで、着目したのが、偶然、推し系寺院の念仏イベントで味わった儀礼的なデザインがされた環境であった。

    名づけて、環境という“他力装置”


    「他力モード」になるには、環境という“他力装置”が必要だと思ったのだ。

    人は、自我を忘れる環境でないと、無意識に「自力モード」に戻ってしまうからだ。

    だからこそ、環境的な装置があるとより、「他力モード」に移行しやすくなる。

    例えば、念珠を指に触れると、意識が切り替わる。

    お香の香り、鐘の音、合掌の姿勢。

    科学では説明できなくても、いや、だからこそだ。


    「今、自分は他力にゆだねている」という無意識のスイッチになる。


    それらすべてが、「他力モード」を誘発する体験のデザインだと思うのだ。

    つまり、家にも「マイ仏」があればいいのではないか・・?

    そんな発想に思い至った。


    「よし、仏を買おう・・!」


    超安易かつ行動早めの僕。

    僕の推し”シンラン”の推し仏は、アミダ仏だったはず・・と。

    気がつけば、速攻、Amazonで「アミダ像 小さめ」と検索していた。

    たとえ、仏であっても、最初から大きな予算を出さないところに自分のセコさを感じる。

    早速、ヒットしたアミダさまのミニ掛け軸。
    気になるお値段は?

    「え、1,870円?仏、安っ!」

    だが、たとえ安い仏であっても、買い物で失敗はしたくない。

    念のため、仏のレビューも見ておこう・・。

    レビューを読み漁ると、「意外と軽い」「北欧インテリアに合う」と書かれている。

    「え、北欧?見間違いか?」
    北欧はスルーし、他のレビューを見る。

    「安いけど高級感がある。」
    「とても華やかになりました。」
    「値段以上の価値があります。」

    うん、値段以上の価値はあるよね。仏なんだし。
    いずれにせよ、口コミもよさそうだ。

    よし、ポチッ。

    1,870円。毎度あり。

    Amazon Prime会員でよかった。
    配送無料だ。
    早速、翌日、届いたアミダさま。

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    翌日、配送されてきたアミダさま

    思ったよりも高級感があり、どこかしら愛嬌があった。

    質感も落ち着いていて、どことなくモダン。


    「うん、これならリビングに置いても浮かないな・・」


    僕は、少しワクワクしながら、アミダさまをダイニングテーブルから見える壁に設置してみた。


    2. 家寺活で、“やすらギまる”が発動?

    ついに家に1,870円とはいえ、推しの推し仏、アミダさまを迎えた僕。

    「さあ、家寺活してみよう・・」

    机の上を片づけ、照明を少し落とす。
    YouTubeで、推しの教えの字幕付き「お経」を検索。

    線香を焚こうか一瞬迷ったが、やや気管支炎気味なので、やめておいた。

    代わりにアロマを焚き、静かに深呼吸。

    思えば、サウナも音・光・香り・温度で「ととのう環境」をデザインしている。

    初心者のやすらぐ体験には、「信仰」ではなく、「設計」が大事なはずだ。

    さあ、読経スイッチON、YouTubeでお経を流す。
    字幕に合わせて、おぼつかなげに自分も唱えていく。


    家寺活で、お経動画を再生し、数分が経った。

    気づけば呼吸が深くなり、
    頭の中の「やることリスト」や「SNSの通知音」が遠のいていく。

    熱も汗もないのに、心だけが“ととのっていく”感じ。

    「え、これ…家でもいけるんじゃ・・?」

    もしかして、他力とは“誰かに祈ること”じゃなくて、

    “自分を支えようとしなくていい状態”のことなのかもしれない。

    念仏すら、たまたま縁あって唱えさせてもらっているというマインドでいい。

    アミダは、他力の象徴として、ただ静かにそこにあるだけ。

    いや、本当は現在、過去、未来、ずっといてくれたのかもなんて、想いを巡らしてみる。

    そんなふうに意識が自然に「他力モード」になった。

    そう、家でもしっかり「やすらギまる」感覚が得られたのである。

    「なんか、めっちゃ穏やかな気分〜」と肩の力が抜けた自分がいた。

    そう、めでたく家寺活でも、“やすらギまる空間”が生まれたのだった。


    3. 寺活道は、誰でも使える“安らぎの設計図”

    たぶん、宗教の儀礼って、「信じるための手段」じゃなくて、

    自然と信じさせてくれるような「何か大きな存在に身をゆだねやすくするための設計」という機能もあったんだと思う。

    ちなみに築地本願寺のYouTube配信では、読経中に脳波のリラックス指標(α波など)が上昇したとの観測例が紹介されている。

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    お経を聴く前後のリラックス値
    (築地本願寺YouTubeより引用)
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    医学博士 亀井勉先生のコメント
    (築地本願寺YouTubeより引用)


    光の角度、香の漂い、声のリズム。
    それらはぜんぶ、他力モードに切り替えるスイッチ。

    もしお寺が「心のUI(ユーザーインターフェース)」だとしたら、

    家寺活は、その心のUIを現代の生活に移植すること。

    宗教を“信仰”ではなく“環境デザイン”として捉え直すと、

    そこには誰にでも使える知恵が詰まっている。

    壁にかけたアミダさまを見つめて思った。


    信じるよりも、まず“感じる”ことから始めればいい。


    たとえ家であっても、心が静かになるなら、それはもう立派な「寺活」だ。

    サウナも、キャンドルも、アミダさまも、
    全部「自分をゆるめる環境設計」になる。


    宗教を信じる・信じないの前に、
    「やすらぐ力」を取り戻す環境をデザインすればいい。



    ──1,870円のアミダさまが、そんなことを感じさせてくれた。

    / 文・KENLOCK


    【おまけ】
    家寺活で「やすらギまる」を体験したい人へ

    ──メジャーなお経とマイ仏選びの超々触りガイド

    ここから先は、ほんの触りだけ。
    もしあなたが「家寺活」を試してみたくなったなら──

    まずは「他力モード」を感じやすいお経から始めるのがおすすめだ。

    ただ、お経に対して、何か大きな存在からもらった言葉というようなイメージをしづらそうな方は、「自力モード」をオフにするお経からはじめてもいいかもしれない。

    お経は「信じるための言葉」ではなく、
    心をゆるめるための気楽な「安らぎツール」だと、考えるところから入ってみてもいいんじゃないかと僕は思う。


    🪷特選:「やすらギまる」を呼ぶ初心者向けお経3選+α
    厳密には、宗派や唱え方、いろいろとあるので、あえて本当に触りだけの紹介にとどめるが、下記で検索していただければ、簡単にYou Tube動画や書籍に辿り着けると思う。

    ちなみにどれも現代語訳などで簡単に意味をおさえておく方が、音だけでなく、意味でも、ありがたみがわかって「やすらギまる」感覚が得られやすいかもしれない。

    ① 阿弥陀仏名号+正信偈(しょうしんげ)
    最もメジャーな「他力モード」の入り口。
    コツとしては、救われるためにがんばって、となえないことだ。
    「南無阿弥陀仏」という言葉に運よく出会い、「となえられてありがたい」という気持ちで声に出すと、心がやわらぐ瞬間を感じやすいかもしれない。

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    1から分かる親鸞聖人と浄土真宗
    (公式サイトより引用)


    ② 観音経(かんのんぎょう)
    “慈悲の波”を体で感じるお経。
    「南無観世音菩薩」という響きが、
    痛みを抱えた夜に、やさしく寄り添ってくれる言葉だと感じてみるのもいいかもしれない。
    聴くだけでも十分に“他力モード”を感じられるかもしれない。

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    だいしのわ「観音経について学ぼう」
    (公式サイトより引用)


    ③ 般若心経(はんにゃしんぎょう)
    こちらは、上2つと少し違うが、「自力モード」をオフにするのが、メイン。
    いきなり、何か大きな存在を仮定したり、感じることが難しい。
    「非科学的なもんは受け付けんのだぁぁぁ!!」という人におすすめ。

    “空”という哲学が、思考をほどき、心を空にする。

    仮に意味を理解しようとせずとも、
    呼吸に合わせて“音”として唱えるだけで、
    自力モードがスッとオフになりやすくなる。
    普段、自意識過剰で疲れている方は、それだけでも、「やすらギまる」と感じられるかもしれない。

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    いい葬儀「般若心経の意味をわかりやすく解説!」
    (公式サイトより引用)

    ④その他
    他にも日本でのメジャー経典はたくさんあるが、本日、ご紹介するのはこれくらいにしておく。

    たとえば・・

    阿弥陀経(極楽の風景を描く“安らぎのイメージ経”)
    舎利礼文(いのちの循環を感じる“沈黙の経”)

    などなど…も初心者向けにもいいかもしれない(そして、僕も初心者です)。


    🏠「やすらギまる」初心者向け仏ベスト3(家に飾るなら)

    あとは、雰囲気を出したり、環境を形から整えたほうがいい方はコスパよく、ミニ掛け軸などを購入するのもいいかもしれない。

    下記に初心者向けのオススメ仏を記載しておく。

    ① 阿弥陀如来(あみだにょらい)
    他力モードの象徴。全ての人を救うと誓った穏やかな表情が心を静かに導く。

    ② 観音菩薩(かんのんぼさつ)
    やさしさと共感の仏。どんな心にも寄り添う慈悲が心を包み込む。

    ③ 釈迦如来(しゃかにょらい)
    仏教の原点。“目覚め”を象徴する存在。
    自力と他力、そのどちらにも偏らない“静かな中道モード”を教えてくれる。


    大前提だが、どの仏もいきなり「信じる対象」にしようとしなくいいと思う。

    「自力モード」をオフにして、忘れていた「やすらギ」を思い出すための環境デザインの一つとして捉えてみてください。

    仮にいきなり「やすらギまる」感覚になれなくても、今日は何も起きなくてOKと考える。

    ゆだねる練習ができたら満点です。

    お経の響きも、仏のまなざしも、
    ありのままになれる夜のためにある。

    自分ばかり責めないでいい。誰かを責め立てなくてもいい。

    善悪も評価も忘れてみる。

    音を信じ、響きにゆだねる。
    飾った仏に見守ってくれて、ありがとうと心の中で感謝してみる。

    そんな小さな習慣で、あなたの心も「やすらギまる」ことを祈ってます。

    あとがき
    ちなみにこの「家寺活」は、
    仕事帰りの夜でも10分程度でできる安らぎ習慣として、おすすめです。一日がんばった心を、ふっとゆるめたい夜にどうぞ。
    体験してみた方は、みなさんの“家寺活”体験も、ぜひコメントで教えてください。どんなふうに「やすらギまった」か、聞いてみたいです。

    ※この記事が「#哲学」で、特に「スキ」を集めた記事に選んでいただけました。

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    ☟ライトでポップな「寺活道」マガジンの過去記事はこちらです☟



     
     
     

    KENLOCK

     
     
    AIには代替不可能な体験デザイナー/ライター。 これからの寺活カルチャーメディア「寺イク?」編集長。 DJ。寺活サウナー。某広告代理店勤務。 手がけた企画のメディア掲載歴多数。 海外広告祭など講演登壇も実績多数。 共著書『監視カメラとプライバシー』(成文堂)。

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