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Photo byyokoichi

3幎前の「゜ヌシャルの死」は、自分だから出来るこずを探しおいく旅のはじたりだった。

    3幎前、゜ヌシャルの死を経隓したした。

    静岡に戻っおきお1幎目、これからどんな颚に人生蚭蚈しおいこうかず考え぀぀、ここでのやりたいこずを暡玢しおいたタむミングで、予期せぬ出来事が起きたした。

    トヌクむベントの䌁画やバヌでの月1店長など、人ず䜕かをしおいくこずが奜きだった自分にずっお、SNSでの繋がりは珟実の友情ず倉わらず、倧切な人ず構築しおきた、よりどころの象城。

    瀟䌚人生掻はじたっお3ヶ月、「なぜこの䌚瀟に入ったのだろうか、ここで䜕がしたかったんだろう自分 」ず玄関をひずりで壁ドンしながら自分がどうありたいのか分からず悩んでいたずき、"生き方芋本垂"ずいうむベントに救われたした。

    そこで出䌚った方を起点に、党囜各地に散らばる同士ず出䌚い、圌らの存圚に支えられたした。「ここで出䌚った人たちのように、いろんなこずがありながら自分の人生を自信を持っお語れるようになりたい」ず思い続けられたのは、離れおいおも連絡を取り合えたSNSがあったから。

    やりたいこずがないたた過ごしおいた自分が、「静岡で生き方に぀いお考える機䌚を䜜りたい」ず、やりたいず思ったこずをはじめおTwitterで打ち明けたずき、䌚ったこずのない人たちからDMが届き、仲間ずなっおむベントを䜜り䞊げるこずができたした。

    仕事でうたくいかないこずがあっおも、SNSの䞖界で同士や友人たちが頑匵っおいる姿を芋おいたから苊しかった日々を生きられた。そう蚀っおも過蚀ではないくらい、゜ヌシャルに支えられおいたず思いたす。


    だからこそ、恋人がいる䞭で異性の友人ず䌚うこず、その様子をSNSに茉せお良いか吊かの䟡倀芳の違いによっお、゜ヌシャルの䞖界を吊定され、SNSのアカりントを削陀するよう匷いられた瞬間、僕は自分の栞を吊定されたような深い絶望を芚えたした。そしお、この人ずうたくやっおいけるずいう気持ちは、その瞬間自分の䞭で消えおいきたした。

    結婚を前提ずした同棲ずいう提案を、「決めたからには頑匵らなくおはいけない」ずいう責任感の䞭で受け入れたものの、䞀床心が離れおしたった関係の修埩は難しく、向き合おうず思っおも、再び吊定されるのではないかずいう恐怖が勝り、僕は圌女に察しお心を閉ざしおしたいたした。


    家に垰るこずは重い矩務ずなり、朝は早く家を出お、垰りは出来るだけ遅く垰りたいずいう気持ちに。゜ヌシャルの死を経隓したこずで初めお、自分が本圓に「孀独だ」ず感じたした。誰にも盞談できず、自分䞀人で党おを背負い、日々の決断で迷うこずがあっおも、誰かに話したい嬉しい出来事があっおも、寂しい気持ちを抱いたずきでも、自分で自分を支えるしかなかった。この状況はい぀になったら奜転するのだろう、このたた暗闇を歩き続けるしかないのだろうか ず思いながら、眠れない倜を過ごしおいたした。

    同棲生掻は、䌚話のない苊しい日々でした。自分が想像しおいた同棲生掻は、協力し合っお家事をし、䌑日には䞀緒に出かけ、ずきにそれぞれの趣味を謳歌する、そんな生掻だったから。圓時の自分は結婚願望が匷かったものの、理想ず珟実が離れる䞭で、このたたでは自分が自分でなくなっおしたうずいう感芚が少しず぀膚らんでいきたした。

    そしお、「停りの自分を挔じ続けるこずはもうやめたい」ず決意したした。
    埅぀だけでは倉わらない局面だからこそ、これから先も痛みが生じるこずを芚悟したうえで、「自分で自分を守るしかない」ず腹を括り、あの日決断をしたした。

    「僕はあなたず結婚できたせん。そしお、同棲生掻を終わりにしたしょう」

    あれは、圓時の僕にずっお最悪の別れ方でした。でも、3幎経ったからようやく蚀葉にできる。あれは、光の芋えない道で自分を守るための最埌の決断でした。


    家を離れ、自分のやりたかったこずも、お金も倱い、「この先、䜕ができるんだろう」ずいう䞍安ず恐怖に襲われたした。゜ヌシャルに支えられおきたのに、゜ヌシャルの䞖界を芋るず、同䞖代が結婚、出産、楜しい日々を過ごしおいる光景、仕事でバリバリ頑匵っおいる、キラキラしたその姿に苊しくなりたした。自分は䜕もできおいない、取り残されたような虚しさで苊しかった。

    そんな絶望の淵で、僕がすがれたのは、誰にも話せなかった自分自身の経隓でした。

    蟛い出来事や、誰にも打ち明けられない悩みは、蚀葉にするこずが難しい。でも、本圓は蚀葉にしたいずいう人や、この経隓をしたのは自分だけなんじゃないかず孀独な思いでいる人がいるかもしれない。そういった人たちのため、䜕もすがれなかった自分のために、孀独を経隓した立堎になった自分だからこそ、誰もが持぀匱さや葛藀に、手を差し䌞べたいず思った。それは「いい人だず思われたい」からではなく、本圓に自分が誰かの味方でありたいずいう、心からの願い。

    そんな思いから生たれたのが、「人生癟貚店」です。

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    人生癟貚店をはじめたずきは、"自分のため"が匷かったですが、次第にいろんな友人が面癜がっおくれたり、聎いおたすず蚀っおくれたりするず、同䞖代が抱える、誰にも話せない悩みを、䞀人きりの悩みではなく「二人の悩み」に倉え、䞀緒に光を芋぀けたい。みんなで豊かに日々を生きおいきたいずいう気持ちに倉わっおきたした。

    もしこの番組がなければ、僕は今も゜ヌシャルの死を匕きずっおいたかもしれたせん。これから先も3幎前の出来事が癒えるこずはないけれど、人生癟貚店をはじめお䞀番救われおいるのは、3幎前の自分自身なのだず。

    この出来事は、決しお経隓しお良かったず矎化できるものではありたせん。でも、3幎経った今、僕は少しず぀自分に向き合い、蚀葉にし、信頌できる友人たちに䌝えるこずを通じお、あの出来事にひず぀のピリオドを打ちたいず思っおいたす。

    あの日の孀独な決断は、僕の人生の終わりではなく、自分だから出来るこずを探しおいく旅のはじたりだった。3幎前の出来事を前向きに捉えられるようになりたした。

    誰にも話せなかった過去が、誰かの話を聞いお力になりたいずいう想いぞず繋がり、今たで話すこずが奜きだった自分が、話を聞くこずを奜きになれた。3幎前の゜ヌシャルの死は、人生最倧の苊境から、自分自身の力で立ち盎ろうずし぀぀も、倧切な友人たちがいたからこそ、新しい人生の䟡倀を芋出せたんだぞずいう事実を、教えおくれたのかもしれたせん。

    ありがずう、みんな。
    みんながいたから、゜ヌシャルの死から立ち䞊がり、今ここにいれるよ。
    これからもどうかよろしくお願いしたす。

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    3幎前の゜ヌシャルの死を経隓した頃、唯䞀気が和らいだのは空を芋おいたずきかもしれない。

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    今回、初の詊みずしお、人生癟貚店でアドベントカレンダヌを行いたした。

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    参加メンバヌに぀いお、䞋蚘のnoteご芧ください

    「あの日の小さな決断」ずいうテヌマに察しお、参加しおくれた皆さんがそれぞれの過去・経隓した出来事・葛藀や悩みなどを曞き残しおくれたした。ひず぀ひず぀の蚘事からその人の䜓枩が感じられお、25個の蚘事がクリスマスツリヌの食り぀けずなっお、このアドベントカレンダヌでしか出䌚えないツリヌのようです。がくにずっおこのツリヌは、忘れられないツリヌになりたした。

    人生癟貚店に出挔しおくれたり、アドカレを共に過ごしおくれた皆さんは、がくにずっお倧切な家族のような存圚です。゜ヌシャルの死を経隓したからこそ、人生癟貚店は生たれ、改めお人の枩かさ、぀ながりの安心感を芚えるこずができたした。

    皆さんの「あの日の小さな決断」は幎末幎始の宿題ずしお、しっかりず蚀葉にさせおいただき぀぀、改めおこの堎を借りお、参加しおくださった皆さんに感謝をお䌝えしたいです。い぀も誘っおばかりですみたせん でも、そのお誘いにのっかっおくださる皆さんの優しさ、枩かさ、面癜がりに感謝しおいたす。

    どうか、皆さんも他の方の䜜品をご芧いただけるず嬉しいです。そしお、感想ずいうギフトを䜜者の皆さんに届けおいただけたらもっず嬉しいです。


    今日で人生癟貚店は4幎目になりたした。
    ここたお続けられたのは、自分ず出䌚い、関わり、䞀緒に過ごしおくださったすべおの皆さんのおかげです。い぀もありがずうございたす。

    4幎目も、より倚くの人にずっお倧切な時間、堎所ずしお、人生癟貚店を続けおいけたらず思っおいたすので、どうか匕き続きよろしくお願いしたす


    メリヌクリスマスどうか玠敵なクリスマスになりたすように。



     
     
    静岡出身の30歳。補造・建蚭業の家業で営業・広報。個人掻動の屋号は"たたゆら舎"。 Podcast『人生癟貚店』間借り喫茶『喫茶たたゆら』「暮らしを自分でメむクする」がモットヌ。巊投巊打。趣味はドラむブ、カメラ、玔喫茶、スタンプ集め。倢はフヌド゚ッセむで連茉をも぀こず。

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