
【雑記】FUJIFILMのカメラが好きだ
Gmailに残っている注文履歴によれば、僕は2015年の春頃にFUJIFILM機へ完全に移行した様だ。あれから11年以上。何台か買い換え、今は「X-E3」と「X-Pro3」に着地している。
改めて考えてみると、11年という歳月は長い。

仕事なら転職していてもおかしくないし、小学校に入学した子供が高校生になるくらいの年月だ。それなのに、僕はずっとFUJIFILMのカメラを使い続けている。
何故なのだろう。

正直な所、僕はFUJIFILMのカメラが特別高性能だから使っていると言う訳ではない。
オートフォーカスはもっと速いメーカーがあるし、僕が持っているレンズも、飛び抜けて優秀なものばかりではない。最新機種を追いかけている訳でもなければ、スペックを細かく比較するタイプでもない。
それでも気付けば11年だ。
最近になって、その理由を少しだけ考えてみた。

僕はFUJIFILM機の性能が好きなのではなく、FUJIFILM機を持って歩く時間が好きなのかもしれない。
京都の街を歩く時も、植物園へ行く時も、琵琶湖のほとりを散歩する時も、気付けば首から下がっているのはFUJIFILM機だった。

フィルムシミュレーションを切り替えながら、「今日はどんな色で撮ろうか」と考える時間も、その楽しみの一部だった様に思う。

写真を撮るためにカメラを買ったはずなのに、いつの間にかカメラを理由に出掛ける様になっていた。
そう考えると、僕が好きなのは写真そのものだけではなく、その過程なのだと思う。
今日はどのレンズを持って行こうか。
18mmで街を切り取ろうか。
35mm一本で歩いてみようか。
60mmで花を寄って撮ろうか。
そんな事を考えている時間も含めて、写真趣味なのだろう。
最近は古いCanonの一眼レフを買ったり、昔のレンズを試したりもしている。それはそれで楽しい。

けれど、しばらくすると何故かFUJIFILMへ戻ってくる。
帰る場所があるから寄り道も楽しいのかも知れない。
11年前の僕は、そんな事を考えて「X-E1」を選んだ訳ではない。ただ何となく気になって…それが運命的な出逢いでもある。

今、振り返れば、その選択は思った以上に長い付き合いとなった。
僕は写真が好きなのか、FUJIFILM機が好きなのか。
11年経った今でも、その答えはよく分からない。
唯一言える事は、FUJIFILMのカメラとは単純に「写真が撮れるカメラ」ではなく、「写真を撮りたくさせるカメラ」と表現できる様な気がする。

それだけは確かな事だ。
相棒よ、これからもよろしく。
既出の写真だらけだが、悪しからず。
完