
レイオフ後のアメリカ就活記録① 〜まず就活どころじゃなかった
昨年、レイオフされたことや、その後の転職については何度かnoteにも書いてきた。
結論から言うと、最初にオファーをいただいた大手企業に就職しつつも活動を続け、その後さらに何社からもオファーを取り最終的に更なる大手へ転職までした私。
しかし、実際にどんな就職活動をしていたのかは、ほとんど書いていない。
あれから半年ほど経ち、ようやく少し客観的に振り返れるようになったので、何回かに分けて書いてみようかと思う。
どなたかの参考になると良いな、と。
レイオフ告知直後の話
2025年9月、私はレイオフを告知された。
とはいえ、実際の退職日は少し先だったし、会社都合のレイオフだったのでSeverance(退職金)もある。健康保険も半年継続してくれるらしい。
最初は正直、
「まあ、まだ少し時間あるな。。。」
と思っていた。
しかし、そこからの数ヶ月は想像以上だった。
まず、レイオフと同じ日に、最愛のうさぎ、王子の心臓病悪化が判明した。
そしてレイオフ告知の翌日に交通事故を起こした。
(人間は動揺をしている時に運転をしてはいけないという教訓になった)
私はアメリカで一人暮らしをしている。
頼れる家族も近くにはいない。
仕事を失う不安と、王子の介護と、事故処理。
気づけば夜も眠れなくなり、食欲もなくなった。
体重は3キロ近く落ちた。
それでも時間だけは過ぎていく。
そして私にはもう一つ、大きな問題があった。
アパートの更新である。
住んでいたアパートは4ヶ月後に更新時期を迎える予定だった。
アメリカでは更新時に収入証明を求められることも珍しくない。
つまり、
「その頃までに仕事が決まっていないと更新できない」
ということだ。
なんなら、仕事が決まっていないと新しいアパートの契約もできない。
高齢の王子のことも心配だった。
もし可能なら、出社だけではなくリモート勤務もできる仕事がいい。
でもそんな都合の良い求人が、そう簡単に見つかるわけでもない。
しかもタイミングが悪かった。
実際のレイオフは12月。
アメリカではThanksgivingからChristmas、そして年末年始にかけてのホリデーシーズン真っ只中で、一年で一番求人自体が減る時期である。
採用担当者も休暇に入る。
面接のスケジュールもなかなか進まない。
就職活動をするには、最悪の時期なのである。
会社からは再就職支援サービス(LHH)も提供された。日本でも展開している会社なのでご存知の方も多いと思う。
もちろん全く役に立たなかったわけではない。
ただ、正直な感想を言うと、
「思っていたのと違うな」
だった。
個人的な履歴書の添削や求人紹介を期待していた私に対し、実際はかなりセルフサービス寄りだったのである。
結局、自分で探して、自分で応募して、自分で面接対策をするしかなかった。
さらにもう一つ。これがある意味最大の難関と言っても過言ではない。
何を隠そう、私は英語に強い苦手意識がある。
アメリカ生活は長い。
仕事でも私生活でも英語はもちろん使ってきた。
それでも、
「英語で面接を突破する」
となると話は別だ。
相手の問いに対し流暢に返しつつ、中身に自分の強みを自然にあざとくなく紛れ込ませる。
そんな芸当ができるであろうか。いや、無理だろ(即答)
ストレスで抜け毛が増え始めていた。
鏡を見るたびに、
「この状態で面接に行って大丈夫か?」
「面接で帽子かぶったらダメだろうか?」
と本気で悩んでいた。
40代。
一人暮らし。
レイオフ。
無職。
高齢うさぎ。
さらに
脱毛。
家なしの危機。
どこを向いても不安しかない環境。
そんな私が最終的に頼ることになったのが、なんとChatGPTである。
次回は、レイオフされた40代日本人が、どうやってChatGPTを使いながらアメリカ企業の面接を突破していったのかを書いてみようと思う。