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甲矅が邪魔で短線小説4,600文字

    è°· 俊圊

    「睡眠障害ですか」

     郚屋の゜ファにかけるなり、圌女は、手にしたファむルから顔を䞊げ、コヌヒヌテヌブル越しに蚀った。
     銖から䞋げた名札には、『臚床心理士 亀井砂絵』ずあった。── 『さえ』だろか、『すなえ』だろうか それに、『亀井』ずは ── 䜕かの巡りあわせだろうか いや、むしろ ── 䜕かの呪い

    「はい  眠れないんです。  いえ、正確に蚀えば、眠るのが怖くお」
     充血した目でわかったのだろう、亀井砂絵は軜く頷いた。
    「── リラックスしお、䞀床、深呌吞したしょうか」
    「はい」
    「怖い ── 倢でも芋るのですか それずも、  」
     圌女は僕の目を芗き蟌んだ。
     カりンセラヌは䌚瀟に週で来るこずになっおおり、今回初めお面談アポを取った。睡眠障害が仕事に支障をきたすほどひどくなったからだ。
     その郚屋は、小ぶりの䌚議宀を転甚したもので、事務机がひず぀に、゜ファずテヌブルから成る応接セットが眮いおある。

    「倢自䜓は  怖くないんです。ただ、苊劎が倚くお  」
    「苊劎 話しおもらえたすか」
    「はあ  しかし  」
     亀井砂絵は30代半ばぐらいだろうか。おそらく職業的にそうしおいるのだろう、口もずにほのかな笑みを挂わせおいる ── が、目は笑っおいない。
     䜓぀きは暙準的だが、胞が倧きく、癜衣の䞀番䞊のボタンが傟いおいる。
    「その、  カメに  」
    「亀 ── 爬虫類の」
    「  いや、やっぱりいいです」
    「倢に亀が出おくるの」
     口調が倉わった。この職業の流儀なのか、事務的モヌドから友人モヌドに遷移した。それたでそろえおいた赀いスカヌトからのぞく足を倧きく組んだ。
    「  はい  たあ」
     続いお、ハッずしたように胞の名札に目をやった。
    「あ  違いたす。ホントなんです  倢に出おくる話は  」
     亀井砂絵はただ疑いを捚おおいないようだったが、ずもかく、話を進めようずした。
    「どういう倢なの   亀に襲われるずか」
    「いや  そうじゃなくお  」
    「話しおよ  聞きたいわ」
    「  でも  倉な倢だし  」
     亀井砂絵はちょっずいたずらっぜく声を䞊げた。
    「わかった 性的な倢なのね   話しおいいのよ。私、倢分析の講矩も受けおるから、わかるかもしれないわ。倢の30ぐらいが、実ぱッチな倢なのよ。あなただけが特別じゃないから」
    「  はあ、じゃあ」
     そう蚀われおも、話しにくいこずに倉わりはなかった。
    「倢の䞭で、僕は亀なんです。いわゆるリクガメで、砂浜のような堎所を歩いおいたす ── ノシ、ノシ、ずいう感じで」
    「ノッシノッシね、いいわあ、亀らしい感じ出おる」
     亀井砂絵は胞の前で小刻みに拍手した ── これもカりンセリング・テクニックなんだろうか
    「それで  」
     再び蚀いよどんだ。
    「それで」
     亀井砂絵は前傟角床を匷めた ── 癜衣から胞のふくらみがのぞく。
    「歩いおいるず、い぀も前に亀が ── 別のリクガメが歩いおいるんです」
    「お友だちもいるわけね」
    「いや  その  その亀、メスなんです  もちろん、芋た目ではよくわかりたせんが、たぶん  」
    「ははあ  」
     亀井砂絵は意味ありげに笑みを浮かべ、腕組みをした。
    「いや、わかる、わかる。  いえ、恥ずかしいこずじゃないわ。亀、ずいうのが珍しいけど、たぶん、䜕か ── いえ、誰かのメタファヌなんでしょう」
    「はあ  」
    「  で」
    「そのう  前を歩く亀を远いかけたす  い぀ものこずですが」
    「  で」
    「远い぀いたら、亀の背埌からのしかかりたす」
    「た、そうでしょうね。  で」
    「邪魔なんです」
    「䜕が」
    「甲矅ですよ」
    「甲矅   そうかな」
     亀井砂絵は銖を床ほど巊に傟けた。
    「先生は亀になったこず、ないでしょう だからわからないんです。あんな邪魔なもの、䜕で぀いおるのかな  」
     圌女は小さく銖を振った。
    「カりンセリングに戻りたしょう。おそらく、その倢は珟実䞖界の問題を反映しおいたす。女性関係で悩みがあるのね  䜕かその、女性ぞのアクセスがらみでうたくいかなかった経隓があるんでしょう」
    「アクセスがらみ  人間の、ですか   いや、特にありたせん。それに僕、これたで女の人ず付き合ったこずはありたせん。  あ、誀解があるずいけないので、男の人ずもありたせん」
    「ホント あなたは  28歳か  ふうん、それでただ、ど  あ、いえ」
     圌女は僕の党身に玠早く目を走らせた。
    「  でもこの倢、繰り返し芋るんでしょ」
    「はい。眠るず必ず  だから眠るのが怖くお  」
    「あなたの無意識䞋の䜕か  䜕かを反映しおいるはずなのよね」

     亀井砂絵はしばらく考えおいたが、
    「た、いいわ。分析より解決が重芁だし  。倢の問題は珟実䞖界で解決したしょう」
     そう蚀っお立ち䞊がった。
    「甲矅が邪魔なら、脱がしお ── いえ、剥がしおしたえばいいんじゃない それからゆっくり、メス亀さんず仲良くする  」
    「いや、僕、調べたした ── 亀の甲矅は、脊怎や肋骚ず癒合した皮骚なんで、剥がすこずなんおできたせん」
    「いいのよ、いいのよ」
     亀井砂絵は癜衣の袖を脱ぎ、軜く畳むず背䞭に茉せ、゜ファ脇の床で四぀ん這いになった。
    「ハむ、私、亀です。あなたも亀になっお」
     肩越しに振り返っお促す。
    「なれっお、䞀䜓  どうやっお」
    「ほらほら、これが甲矅」
     背に茉せた癜衣を顎で指す。
    「私の埌を぀いおきお、甲矅を剥がすのよ ── ほうらほら」
     呆れた ── 亀に扮するカりンセラヌにではなく、安易な蚭定の『甲矅』に。
    「そんなペラペラの甲矅なんお存圚したせんよ。もしそれが甲矅だったら誰も苊劎したせん」
     そりゃそうね、ずあっさり立ち䞊がり、郚屋を芋枡した圌女は、壁に立お掛けおあった折り畳み怅子を぀かみ、背負ったたた再び四぀ん這いになった。
    「これでどう」
    「  うヌん。た、ギリギリ『甲矅』かな」
    「じゃ、あなたも亀になっお 早く」
     仕方なく、圌女ず同じ姿勢をずり、トコトコ進むその埌を぀いおいった。そしお、立ち止たったタむトスカヌトの腰に行き圓たるず、その腰を䞡手で捉えようずした ── 顔に折り畳み怅子のフレヌムが圓たりそうになる。

     やはり、『甲矅』が邪魔だ ── 倢ず同じだ。

    「さ、亀から甲矅を剥がすのよ そしお、そのむメヌゞをしっかり脳裏に焌き付けるのよ」
     亀井砂絵が叫んだ。
    「は  はい」
     おそらくはその姿勢のせいだろう、『甲矅』はけっこう重かったが、なんずか脇にどけるこずができた ── そしお。

    「おい、䜕やっおるんだ」

     頭の䞊から怒号が降っおきた時、僕は『甲矅』を剥がしたメス亀の腰に䞡手で取り぀くずころだった。
    「え」
     振り向くず、い぀郚屋に入っお来たのか、匷面こわもおで知られる営業郚長が睚んでいた。

    「あ、もう次の面談時間」
     い぀の間にか亀井砂絵は立ち䞊がり、䞡手の埃をはたいおいる。
    「ハむ、じゃあ、今日はこれで終わり、これでもう同じ倢は芋ないはずよ。ただ䜕か問題があったら、たた面談アポを取っおね」
     ズボンのひざに埃を付けたたた郚屋を出る僕を、営業郚長はずっず睚み続けおいた。

    **********

    「  なるほどね。それで前の䌚瀟に居蟛くなっお、転職したっおわけ」
    「はい、そうです」
    「気が小さいのね。  で、倢の方はどうなったの 今日の面談はそのこずなんでしょ」
    「はい、  っお どうしお先生がこの䌚瀟にいるんですか」
     僕の目の前にはか月前ず同じ、癜衣を矜織った亀井砂絵がいた。
    「あの䌚瀟には毎週朚曜に行っおるの、この䌚瀟のカりンセリングは火曜。偶然ね」
    「僕はあの埌、営業郚長に呌ばれおたっぷり油を搟られたんですけど、先生の方は問題にならなかったんですか」
    「ぜヌんぜん、だっお、カりンセリングしおただけだもん」
    「はあ  」
     力が抜けた。
    「それより、質問に答えなさいよ。ねえねえ、倢はどうなった メス亀の甲矅を剥がしお仲良くなれた」
    「うヌん  たあ  」
    「はっきりなさい 珟実䞖界で行動した通り、倢の䞭でもできたでしょ」
    「甲矅を倖す、ずいうこずに限れば  確かに  」

     リクガメになっお砂浜を歩く倢は盞倉わらずだった。そしおやはり、前をメス亀が歩いおいた。僕は圌女に远い぀き、邪魔になる甲矅を䞡手で぀かんで ── ずいっおも亀の手なので、カりンセリング・ルヌムでのようにはいかなかったが ── 暪にずらし、なんずか剥がすこずができた。
     甲矅を倖すず、その䞋には、ピンク色の柔らかい肌が息づいおいた。
     その肌に觊れようずした、その時である。
     僕の䜓 ── 亀の䜓 ── は暪に吹っ飛び、甲矅を䞋にひっくり返った。
     仰向けで䞡手䞡足をばた぀かせながら芋るず、ひず回り倧きなオス亀がこちらを睚み぀けおいた。

    営業郚長だ

     郚長亀は足で空を掻く僕を錻で笑うず、甲矅が倖れたメス亀の背埌からのしかかろうずしおいた。
    やめろ
     ── 自分が叫ぶ声で、い぀も目が芚めるのだった。

    「  ぀たり、珟実䞖界からの刷り蟌み䜜戊、芋事成功したっおこずね」
     亀井砂絵はうれしそうに拍手をした。
    「  でも、あの時、郚長サンに怒鳎られたのがよほどこたえたようね。倢の䞭にたで出お来るなんお」
     その倢を芋るたびに、あの日僕の次に面談に珟れた郚長ずカりンセラヌずの個人的関係を疑ったが、本人に尋ねるわけにもいかない。
    「刷り蟌み䜜戊は成功だったかもしれたせんが、事態は悪化しおいたす。前はメス亀の甲矅が邪魔だっただけですが、今は突き飛ばされお砂浜にひっくり返ったたた、ただゞタバタしおいるだけです」
     前の職堎の時ず同じく、いや、それよりも悪化した睡眠環境のために、昌間の業務効率も萜ちた。このたたでは詊甚期間の終了ず共に解雇されかねない。

    「Let’s look at the bright side」
    「は」
    「景気の悪いこずばっかり蚀っおないで、明るい方に考えたらどう」
     亀井砂絵は立ち䞊がった。嫌な予感がした。
    「いい あなたも確認したじゃない 珟実䞖界での問題解決が、倢の成り行きにも圱響するのよ」
     圌女は僕の手を取っお立たせるず、カりンセリングルヌムの空いたスペヌスに匕き立お、いきなり足をかけお倒した。
    「いおお、䜕するんですか」
    「あなたは亀よ 郚長亀に突き飛ばされお砂浜に仰向けになっおゞタバタしおる亀、ハむ」
     気圧けおされた僕は床に寝そべり、䞡手䞡足を宙にさたよわせた。
     圌女は、ず芋れば、既に亀になっおいるのだろう、あの時ず同じ四぀ん這いになっお、けれど今回はその頭を僕の巊肩に抌し付けおくる ── いや、顔を床に぀けんばかりに䞋げお、僕の巊肩の䞋に頭をねじ蟌んでこようずしおいた。
    そうか   ひっくり返った僕 ── オス亀の䜓を元に戻しおくれようずしおいるんだ
     その努力に報いるため、僕も䜓の向きを倉え、圌女が頭を挿入しやすくした。
     もうひず息でオス亀がひっくり返り、元の四぀ん這いに戻る、ずいう時である。

    「ちょっず、あんたたち、䜕やっおるの」

     甲高い叫び声に芋䞊げるず、目の吊り䞊がった女性の顔が宙に浮かんでいた。
     その顔には芋芚えがあった ── この䌚瀟に転職した時、䞭途採甚の面接に出おきた人事郚長だった。
     僕の倢は、── そしお珟実䞖界も、 ── さらに耇雑さを増しおいくようだった。

       やはり、呪われおいる  。



    この短線を曞き終えおから、あ、そうだ、ずリクガメの動画を怜玢しおみるず  ありたした、ありたした。
    やはり、苊劎が倚いようです  。

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