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Photo bypork_misosoup

PHSの思い出

     2021年1月末、携帯の「PHS」が25年の歴史に終止符を打った。
     某携帯会社のCMではないが「携帯の値段が高すぎる!」とのことで登場したのが、このPHSという電話機。
     携帯より電波は弱いし繋がらない場所も多かったが、基本料金の安さも相まって女子高生を中心に爆発的に普及。
     「ポケベルと同じくらいの値段で通話が出来るなら!」「公衆電話で数字の暗号を打たなくても済む!」ってことで、当時大流行していたポケベルから乗り換えるJK、JDが続出した。

     あと、今は4Gだ5Gだ言っているが当時は2Gとか3Gの時代で、電話機本体が発信する電波がものすごい強力だったらしく病院での携帯の使用禁止を求められていたが、PHSの電波は微弱でペースメーカーに影響を与えにくい…とのことから、病院内ではメインの通信手段として使われた。

     そんなPHS…自分も携帯電話との「二台持ち」で使っていた。
     カードタイプのやつ。

     当時は32Kとか64Kとかで、今使うと死ぬほど遅いw
     でも、その時はそれが最新の速度だった。

     そもそも、USBメモリースティックが普及するかしないかといった時代で、ファイルの保存媒体はフロッピーディスクをメインにCD-R、MOといったものが主流。
     現代みたいに数十〜数百メガとかのデータは動画ぐらいだったため、通信速度が遅くても台本やリサーチ資料を送るのにさほど支障はなかった。

     そんなPHSに陰りが出てきたのは2007年頃(らしい)。

     他の通信会社が成長してきたり、同業のライバルが登場してきたことで、データ通信としてPHSを選ばないユーザーが増えてきた。

     基本、放送作家はノマドワーカーな人が多いため、会議と会議の移動の合間…局近辺の喫茶店やファミレスなどで台本や企画書を作ることが多い。
     そのため、出先でデータを送るために通信手段が必要不可欠。
     一応、USBコードを使って携帯とパソコンを繋げば(速度は9600bpsと遅かったが)携帯でもインターネットが出来てはいたが、やっぱりネットサーフィンは早い速度でやりたいのでエッジは手放せないでいた。
     が! Wi-Fiスポットも充実し始めたことで「あれ? PHSいらなくね?」となっていったわけで。
     自分は(確か)2007〜2008年頃に解約し、PHSの自分史はそこで終了している。

     そういえば…女子高生に人気が出たということで、ドラえもんとコラボした「ドラえホン」や、たまごっちとコラボした「たまピッチ」なんてのもあったなぁ(笑)。

     そんなことが思い出されるPHS。
     四半世紀続いた通信会社に区切りがついたということで…。
     あれから通信速度は劇的に改善しているが、この先の「6G」の時代はどれぐらいの速度になるんだろう?
     肩に電話機をぶら下げていた時代から電波はずっと進化している…。

     
     
     
    テレビやラジオの世界で「放送作家(構成作家)」と呼ばれる仕事をしてます。 文字を扱うプロフェッショナル…の端くれです。 [考察][見解][創造][喜怒哀楽]をテーマに己の気の向くまま毎日noteを投稿中。 mixi歴は17年。 ハイボールが大好きな【昭和レトロ】のオジサンです。

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