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【ワーホリ挑戦記①】英語力ゼロ・資金20万円での渡豪、就職せずに海外を選んだ理由

    Shun-log


    安定より、「何かを掴みたかった」

    就活を終えた友人たちは、スーツに身を包み、
    4月からの新生活に向けて準備を進めていました。

    そんな中、私は1人だけ、真逆の道を選びました。
    **「オーストラリアでワーキングホリデーをする」**という選択です。

    英語はまったく話せない。
    貯金も20万円しかない。
    それでも、どうしても行かなければならないと思った理由がありました。

    それは、「いつか起業したい」という想いが心の奥にずっとあったからです。

    ただ、当時の私は何かに熱中してきたわけでもなく、
    起業のビジョンも、スキルも、何一つ持っていませんでした。

    もちろん、就職してからスキルを磨き、知識を得た上で起業するという道もありました。
    けれど、自分の性格を考えると、それは難しいと感じていました。

    お金に余裕があり、仲の良い友達に囲まれ、
    仕事終わりには飲みに行き、休日は遊ぶ──
    そんな“心地よい日常”に浸ってしまったら、
    大学時代と同じように、「本当にやりたいこと」から目を背けてしまう気がしたのです。

    「就職したら、安定に甘えて、何も挑戦しなくなるかもしれない」
    その怖さが、ずっと心の中にありました。

    だからこそ、私はまず、
    世界に出て、自分を変える経験が必要だと強く感じたのです。


    誰にも頼らず、自力で始めたワーホリ準備

    語学学校にも通わず、エージェントも使わず、
    ビザの申請から航空券の手配、保険の加入、現地の情報収集まで、
    すべてを自力で調べて準備しました。

    航空券は、当然ながら最安ルート。
    直行便なら日本からオーストラリア(例えば成田〜ブリスベン)はおよそ9時間程度で到着します。
    けれど私が選んだのは、乗り継ぎあり・格安航空を駆使した片道40時間のルート。

    途中、ベトナム・ホーチミンでのトランジットは20時間。(空港から外には出ることができたのでホーチミン市街を散策することはできたのですが^^)

    とはいえ、そもそも資金に余裕がなく、選べたのはこの便しかなかった。
    他の選択肢なんてなかった。ただ、“行く”ことだけは決めていた。

    そしてようやく、たどり着いたのがオーストラリア・ブリスベン国際空港の深夜11時過ぎ。

    日本を出てから、すでに丸2日近くが経っていました。
    体力も限界、気力も削られ、それでもまだ“生活のスタートライン”にすら立っていなかった──
    そんな感覚を今でも鮮明に覚えています。


    初日から突きつけられた“現実”


    空港に着いてまず知ったのは、
    公共交通機関がすでに終わっているということでした。

    移動手段は、高額なタクシーだけ。
    所持金を考えると、それすら使うことはできませんでした。

    正直言えば、そんなことすら事前に調べていなかった自分の甘さが原因です。
    「夜に着いても、なんとかなるだろう」と思っていたのは完全な見通しの甘さで、
    この時点で自業自得でした。

    私は空港のベンチに横たわり、
    バックパックを抱えたまま、冷たい床の上で一夜を過ごしました。

    目を閉じても眠れず、天井の蛍光灯を見つめながら、
    **「本当にやっていけるのか」**という不安だけが、静かに、でも確実に膨らんでいきました。


    第一OGとの遭遇
    “はじめての出会い”

    あまりに眠れず、私は全荷物を抱えて喫煙所に向かいました。
    そこに、1人のオージー(オーストラリア人)がいました。

    「どこから来たの?」「これからどうするの?」
    彼は気さくに、自然に声をかけてくれました。

    私は、拙い英語とボディランゲージを総動員して、
    これからオーストラリアで働こうとしていること、何もかも不安なことを、
    つたないながらも必死に伝えました。

    彼は、黙って私の話を聞いてくれたあと、
    静かにタバコを吸い終え、財布から50ドル札(日本円で約5,000円)を1枚スッと取り出し、私に差し出しました。

    「お前のオーストラリア生活に、幸あれ。」

    その言葉の意味と、彼のまなざし、そしてその一枚の紙幣に、
    私は“お金”以上の何かを感じていました。

    それは、すでに暗くなっていた心の奥に、ふっと火が灯るような瞬間でした。

    驚きと感動が入り混じって、私は思わず、

    「サンキュー!サンキューベリーマッチ!」
    と少し大きな声で叫んでしまいました。


    けれど彼は振り返らず、
    礼はいらない、とでも言うように、
    背中で「頑張れ」と伝えるような静かな出立ちでその場を後にしていきました。

    私はしばらく、その背中を見つめていました。

    「この国には、知らない誰かの背中を、そっと押してくれる人がいる」

    そう思えただけで、少しだけ前に進める気がしたのです。


    そして、ここからが“挑戦のはじまり”だった


    周囲が選んだ安定の道。
    自分に降りかかる不安と無力感。
    でもそのすべてを受け入れて、私は自分で選んだ人生を生きていこうと決めた。

    英語も、お金も、自信もなかった。
    でも、心の奥には「変わりたい」というたった一つの熱だけがあった。

    オーストラリアに着いたその夜。
    私はまだ何も持っていなかったけれど、
    少しだけ未来を信じる力を手に入れていた。


    次回


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    世界を旅し、学び、挑戦してきた記録。 起業を目指し、未来を切り拓く過程を発信しています。 中央大学商学部経営学科卒|2001年生まれ(23歳)| 🇦🇺ワーホリ→ 🇻🇳 横断バイク旅→ 🇲🇾 外資系企業で会社員(現在)→🇯🇵父の不動産業を手伝う為宅建勉強中

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