境界安定理論: 宇宙人とアブダクション 完璧な女編 第三話 普通とは何か?



宇宙人から見た完璧主義者

第三話
「普通は通用しません」

宇宙船。
朝、リフレッシュルーム。

由美子が目を覚ます。
由美子「……」

天井を見る。

由美子「……」
少し考える。

由美子「……そうやった」
「宇宙船やった」

新人「おはようございます」
由美子「……おはようございます」

少し慣れてきた。

由美子「今日……仕事は?」
新人「コピー由美子さんが行っています」

由美子「……」
「そうですか」

新人「はい」
副長「飯、食うか?」

由美子「はい」

三人で食堂へ向かう。

由美子「……」

食堂に入った瞬間。

由美子「……え?」

立ち止まる。

昨日までカツ丼を食べていた場所。

そこにあったのは――

巨大な鉄板。
磨き上げられたカウンター。

高級そうな食器。
ワイングラス。

そして、立派なステーキ。

由美子「……」
「ここ……昨日、カツ丼食べたところですよね?」

副長「せやで」

由美子「……」
「なんで?」

副長「今日は鉄板焼きやから」

由美子「いや、そうじゃなくて……」
「昨日と同じ場所ですよね?」

新人「はい」

由美子「……」

新人「本日はこちらでおもてなしをさせていただきます」
由美子「……」

新人は白いコックコート。

料理人の帽子まで被っている。

由美子「……シェフ?」
新人「はい」

副長「昨日はカツ丼やったからな」
「今日はちょっと豪華にしてみた」

由美子「……」

鉄板が熱せられる。
ジュウウウウ――。

新人が肉を置く。
ジュッ!!

肉の香りが広がる。

由美子「……」

モニター。

【由美子】
【豪華な食事】→ 好意的
【朝からステーキ】→ 要検討
【一般的な食生活との整合性】→ 低下
【現在の安心】→ 84%

副長「……」

新人「どうしました?」

副長「いや」
「朝からステーキ見て、喜んどるような、困っとるような」

新人「両方ですね」
副長「便利なモニターやな」

艦長「おーん」

新人「由美子さん」
由美子「はい?」

新人「焼き加減はいかがいたしましょう?」

由美子「……」
「ミディアムで」

新人「かしこまりました」

副長「ワイ、レア」
新人「かしこまりました」

艦長「おーん」

新人「艦長はいかがいたしますか?」
艦長「適当でええわ」

新人「かしこまりました」

由美子「……」

モニター。

【由美子】
【「適当」という注文】→ 理解不能
【「適当」で成立すること】→ 不安

新人が肉を焼いている。

副長「新人」

新人「はい」
副長「ビール」
新人「かしこまりました」

副長「二本」

新人「はい」
副長「……いや、三本」

新人「はい」
副長「やっぱ四本」

由美子「ちょっと!」
副長「なんや?」

由美子「そんなに頼んでいいんですか?」
副長「ええやろ」

由美子「いや……」
「そんなに飲んだら……」

副長「飲みたいから飲むんや」
由美子「……」

副長「新人、五本」
新人「かしこまりました」

由美子「……五本?」
副長「せや」

モニター。

【副長】
【ビール欲求】→ 100%
【満足予測】→ 上昇
【罪悪感】→ 0%

一方。

【由美子】

【副長の注文】
→ はしたない:上昇
→ 普通ではない:上昇
→ 注意したい:上昇

副長がグラスを受け取る。
泡まできれいに注がれている。

副長「おおきに」
新人「どういたしまして」

副長、グラスを持つ。
一口。

副長「うまい」
由美子「……」

副長の姿勢。
グラスの持ち方。
食事の所作。
全部きれい。

由美子「……」

艦長も静かにアテを食べている。
箸の使い方。
器の扱い。
姿勢。
全て自然。

由美子「……」
副長「なんや?」

由美子「……いえ」
副長「ワイ、そんな変か?」

由美子「いや……」
「好き勝手頼んでるのに……」

副長「ん?」
由美子「食べ方はちゃんとしてますよね」

副長「そら食事やからな」
由美子「……」

副長「好きに頼むことと、雑に食べることは別やろ」
由美子「……」

新人がステーキを焼き上げる。
切る。
盛り付ける。
付け合わせ。
ソース。
全て整っている。

新人「お待たせいたしました」
由美子「……」

目の前に置かれたステーキ。

由美子「……いただきます」
一口。

由美子「……おいしい」
新人「ありがとうございます」

副長「そらそうや」
副長「新人、ワイももう一枚」

新人「かしこまりました」
由美子「……」

副長「あとガーリックライス」
新人「大盛りで?」

副長「もちろん」
由美子「……」

モニター。

【由美子】
【副長の追加注文】→ 不快感:上昇
【理由】→ 「はしたない」
【さらに深い理由】→ 未検出

由美子「……」
副長「なんや?」

由美子「……いや」
「ちょっと、はしたないかなって」

副長「何が?」
由美子「そんなに食べたり飲んだりするの」

副長「食べたいから食べてるだけやけど?」
由美子「……」

副長「ビールも飲みたいから飲んでる」
「ガーリックライスも食べたいから頼んでる」

由美子「……」
副長「何か問題ある?」

由美子「いや……」
「でも普通は……」

副長「普通?」
由美子「……」

副長「ここ、宇宙船やで?」
由美子「……」

艦長「おーん」

そこへ。

コピー由美子が現れる。
コピー由美子「失礼いたします」

由美子「……」
コピー由美子「お飲み物はいかがですか?」

由美子「……お茶を」
コピー由美子「かしこまりました」

一礼。
お茶を注ぐ。

カップの位置。
向き。
置くタイミング。
全て完璧。

由美子「……」
コピー由美子「ステーキのお味はいかがでしょうか?」

由美子「おいしいです」
コピー由美子「それは何よりでございます」

一礼。
静かに下がる。

由美子「……」
副長「似てるやろ?」

由美子「……」
「誰に?」
由美子「……私に?」

副長「せやな」
由美子「……」

副長「でもな」
「ワイら、好き勝手注文してるやろ?」

由美子「……はい」
副長「でも、誰も人に迷惑かけてへんやろ?」

由美子「……」
副長「好きにすることと、雑にすることは別やで」

由美子「……」

副長はビールを飲む。
艦長はアテを食べる。
新人は料理を作る。

コピー由美子は完璧に給仕する。
誰も由美子を注意しない。

誰も由美子に、
「ちゃんとしろ」と言わない。

モニター。
【宇宙船内】
【他者評価】→ 変化なし
【由美子が何をしても】→ おもてなし継続
【宇宙人側の対応】→ 変更なし

由美子「……」
新人「由美子さん」

由美子「はい」
新人「もう一枚、ステーキはいかがですか?」

由美子「……」
「いや、大丈夫です」

新人「かしこまりました」
由美子「……」

誰も残念そうな顔をしない。
新人は普通に厨房へ戻る。

モニター。

【由美子】
【断った】→ 問題なし
【断ったことへの他者評価】→ なし

由美子「……」

しばらくして。

新人「由美子さん」
由美子「はい」

新人「何か食べたいものはありますか?」
由美子「……」

メニューを見る。

ステーキ。
魚。
パスタ。
寿司。
天ぷら。
カレー。
ラーメン。
デザート。

何でもある。

由美子「……」
新人「どれにしますか?」

由美子「……」
副長「好きなん選んだらええやん」
艦長「おーん」

由美子「……」
由美子はメニューを見つめる。

どれを選んでも怒られない。
どれを選んでも迷惑にならない。
正解もない。
不正解もない。

それなのに。

由美子「……」
新人「どうしました?」

由美子「……分からない」
新人「何がですか?」

由美子「……」
「何が食べたいのか」
「分からないです」

モニター。
【選択肢】→ 無限
【正解】→ なし
【不正解】→ なし
【社会的基準】→ 使用不能
【由美子の欲求】→ 検索中

数秒。

【検索結果】→ 該当なし

副長「……」
新人「……」
艦長「……」

誰も何も言わない。

由美子「……」
新人「では、ゆっくり考えてください」

由美子「……はい」
新人は厨房へ戻る。

副長はビールを飲む。
艦長はアテを食べる。

コピー由美子は静かに給仕を続ける。
由美子だけが、メニューを見つめている。

モニター。

【由美子】
【安心】84% → 61%
【不安】16% → 39%
【正しさ】91%
【自己欲求】解析不能

それでも。

【宇宙人側】
【おもてなし】→ 継続
【由美子を変える行為】→ 0
【観察】→ 継続

新人「由美子さん」
由美子「はい」

新人「ここでは、なんでも好きなように頼むことがマナーですよ」
由美子「……」

新人「食べたいものを食べる」
「飲みたいものを飲む」
「食べたくなければ食べない」
「それでいいんです」

由美子「……」
新人「ここで普通は通用しません」

由美子「……」
新人「なんせ、宇宙船なんですから」

由美子「……」
副長「せやな」
艦長「おーん」

モニター。

【由美子】
【欲求】→ 未確定
【安心】→ 回復傾向
【自己観察】→ 開始

由美子は、もう一度メニューを見る。

まだ決められない。
でも。

誰も困っていない。
誰も怒っていない。
誰も失望していない。
ただ、待っている。

艦長「……」
副長「……」
新人「……」

艦長「ほーん」

少し間。

艦長「また次回やな」
宇宙船。

鉄板の上で、肉が静かに焼けている。

そして今日も、
おもてなしは続いている。

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