
終活を考えたら、真っ先に会いたくなったのは友達ではありませんでした
終活と聞くと、多くの人は
「人生の終わりの準備」
を思い浮かべるかもしれません。
私もそうでした。
財産や相続のこと。
葬儀やお墓のこと。
そんなことをまとめて
考えるものだと思っていました。
そこで、
エンディングノートを
書いてみることにしました。
ところが、
書き始めると、
思いがけない項目で手が止まりました。
「会いたい人」のページです。
この項目は簡単だと思っていました。
学生時代の友達。
昔の会社の同僚。
頭の中では、何人か思い浮かびます。
でも、なぜか
しっくりきません。
「今でも会おうと思えば会えるしな」
「人生の最後ってほどではない」
そんなことを考えているうちに
一人の顔が浮かびました。
何十年も会っていない、
塾の先生。
歴史の先生です。
私は勉強が大嫌いで、
宿題をやらないことは多々あり
授業中の態度も良くなかったです。
周りには成績の良い子がたくさんいました。
でも先生は生徒の成績で
態度を変えませんでした。
勉強ができる子だから優しくする。
できない子だから適当に教える。
そんな先生ではなかったのです。
どの生徒にも同じように向き合い、
理解できるまで
何度でも教えてくれました。
先生の歴史の授業は、
本当に面白かったのを覚えています。
年号を覚えるだけではなく、
「なぜこの出来事が起きたのか」
「この時代の人は何を考えていたのか」
そんな話を面白トークを
交えながら授業をしてくれるので、
歴史がドラマのように感じられました。
勉強嫌いだった私が、
授業を楽しみにするなんて、
自分でも驚きでした。
歴史のテストの点数が上がると、
先生は自分のことのように喜んでくれて
「凄いね!」
その一言がうれしくて、
また頑張ろうと思えたのを覚えています。
歴史の偏差値は上がったものの、
国語と数学は最後まで苦手なまま。
家庭の事情もあって、
私が受験できるのは平均的な公立高校でした。
塾に通っていた周りの子たちは、
もっと偏差値の高い高校を
目指す子ばかり。
当時の私は、
それが恥ずかしくて。
だから先生に、
受験する高校を最後まで伝えませんでした。
今思えば、先生も困ったでしょう。
でも先生は、
無理に聞き出そうとはしませんでした。
「言いたくないなら、それでいいよ。」
そして一言。
「●●さん、こんなに頑張ったんだから。
どこを受けても絶対大丈夫だから」
その言葉に、
どれだけ救われたか分かりません。
先生は、成績ではなく、
一人の人間として
私の成長を見てくれていたのだと思います。
そういえば、
一度だけ、
塾に電話をかけたことがありした。
何年前だったかも
覚えていないのですが、
中学校卒業して以来、連絡するくらいだから、
人生で辛いことがあった時期
だったかと思います。
「●●先生はいらっしゃいますか」
と聞くと、
「ここにはおりません」
と言われました。
それっきりです。
先生の家族構成も、
どこの出身かも、
私は何も知りません。
もう、再会は難しいでしょう。
でも、先生のことを思い出したら、
また何かを頑張れる気がしました。
頑張っていれば、
いつかまた先生みたいな人に
出会えるかもしれない。
エンディングノートを書かなかったら、
電話したことも忘れていたと思います。
書いていると、
ほかにも思いがけない気持ちがわいてきます。
たとえば、
意地や嫉妬で素直になれなかった相手に
今さら会いたくなる。
子どもの頃に、
誰かを傷つけたまま終わっていた
ことを思い出したり。
そんな気持ちに気づいた時、
思ったんです。
当時の自分は、
なぜあんなに
素直になれなかったんだろう、と。
人生の後悔とは、
「大きなことを成し遂げられなかったこと」
ではないのかもしれません。
当時の自分が気づいていなかった、
小さな感情に気づいて、
ちょっと微笑ましくなったり、
情けなくなったり
申し訳なくなったり。
昔の自分と、
こんなにちゃんと向き合ったのは、
初めてかもしれません。
エンディングノートを書いて
私が分かったのは
人生の最後に
本当に会いたい人は、
「ありのままの私を受け止めてくれた人」
だということ。
私にとって
エンディングノートは、
「死ぬための準備」
ではありませんでした。
忘れていた記憶も、
整理できなかったあの頃の感情も、
先生に伝えられなかった感謝も
生きるエネルギーも、
思い出させてくれるものでした。