
「僕、トマト嫌いなんですよね」──精神科は、看護の原点なのである 看護師としてのわたし⑫
看護師リアルエッセイ連載中です
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🏥 精神科は、怖い場所なのだろうか
私は数年間、精神科の超急性期病棟で勤務していたことがある。
患者さんに殴られたこともある。
白衣を切り裂かれ、襲われそうになったこともある。
そんな話をすると、
「精神科って怖いですね。」
そう言われることが少なくない。
でも、私が精神科で学んだのは、恐怖ではなかった。
精神科看護とは、人と人との看護の原点なのかもしれない。
私は今でも、そう思っている。
皆さんは、『17歳のカルテ』『ビューティフル・マインド』『シャッター アイランド』のような、精神疾患を題材にした映画を観たことがあるだろうか。
もちろん、映画は映画であり、すべてが現実そのままではない。
それでも、精神疾患について考えるきっかけにはなる作品だと思う。
統合失調症は、およそ100人に1人が発症すると言われている。
決して珍しい病気ではない。
誰がなっても不思議ではない病気なのである。
そして、それは「その人がおかしくなった」のではない。
脳の病気なのである。
今回は、精神科病棟で私が出会った一人の患者さんとの出来事を通して、精神科看護のリアルを書いてみたいと思う。
🧠 その人がおかしくなったのではない
その人は40代の男性だった。
統合失調症を発症し、幻覚や妄想に強く支配され、自ら命を絶とうとする衝動を何度も繰り返していた。
警察に保護され、措置入院という形で精神科病棟へ搬送されてきた。
その人は、措置入院直後から、セグフィクス(医療用の身体抑制具)を用いて、肩、胴、両手、両足を固定する身体拘束のもとで治療が開始された。
入院当初、その人には私たちとはまったく違う世界が見えていた。
「ここは病院ではない。」
「研究施設に閉じ込められた。」
「人体実験をされている。」
「看護師に殺される。」
そうした幻覚や妄想を、本気で信じていたのである。
だから、私たちは治療をする医療者ではなかった。
自分を傷つけようとする相手だった。
病状が最も重い時期には、吐いたものを勢いよく看護師へ飛ばそうとすることもあった。
手は身体拘束されている。
だから、顔を振る勢いで吐物を飛ばすしかなかった。
私たちから見れば理解しがたい行動だった。
でも、その人にはその人の現実があった。
その抵抗は、その人の人格ではない。
脳の病気によって生み出された症状だった。
🚑 命を守るための治療
自殺への衝動は、私たちの想像をはるかに超えていた。
シーツはもちろん危険物になる。
タオルもそうだった。
自分が身につけているズボンや上着でさえ、自ら命を絶つための手段になり得た。
食事の時間には、箸一本でも危険だった。
「そこまで考えるのか。」
そう思われるかもしれない。
でも、超急性期の精神科では、「まさか」が命取りになる。
身体拘束を一時的に解除しなければならない場面もあった。
トイレへの移動。
清拭。
必要な処置。
そのわずかな時間にも、自傷しようとしたり、幻覚や妄想の中で看護師へ暴力を振るおうとすることがあった。
患者さん自身と看護師、双方の安全を守るため、必ず複数の看護師で対応していた。
病状は日に日に悪化していった。
シーツで首をくくろうとする。
身体拘束のわずかな隙間から、自分の衣類で首を絞めようとする。
何よりも優先しなければならなかったのは、その人の命だった。
最初は抗精神病薬による治療を行っていた。
しかし、それでも自傷の危険は改善せず、最終的には点滴による鎮静が開始された。
眠ってもらうことで自傷の危険を断ち、脳を休ませ、薬が十分に効く時間をつくるためだった。
点滴から抗精神病薬などによる治療が行われ、呼吸や循環を含めた全身状態を24時間管理する治療へ移行した。
それが、そのときのその人に必要な治療だった。
💭 現実が戻ってきたとき、本当の苦しみが始まった
数日が経ち、点滴による鎮静は少しずつ解除されていった。
点滴から投与されていた抗精神病薬も効き始め、幻覚や妄想は徐々に落ち着いていった。
「自分は入院しているんだ。」
ようやく現実を理解できるようになった。
でも、その瞬間から、その人は別の苦しみと向き合うことになった。
「どうして自分がこんな病気になったんだろう。」
「血縁者にもいないのに、なんで自分なんだ。」
「家族をこれから支えていけるんだろうか。」
「仕事に戻れるんだろうか。」
「この薬を飲み続ける人生になるんだろうか。」
「もう、自分の人生は終わったんじゃないか。」
病気が落ち着けば終わりではなかった。
現実を理解できるようになったからこそ、その現実がその人を苦しめていた。
🚽 「こんな屈辱はない」
病状は落ち着き始めていた。
でも、自ら命を絶ちたいという症状はまだ続いていたため、身体拘束は継続されていた。
その人は、リカバリールームで治療を受けていた。
精神科の超急性期患者さんのための部屋である。
ベッドは動かせないよう床に固定され、室内にはむき出しのトイレだけがあった。
ナースコールはない。
監視カメラが設置され、スタッフステーションから二十四時間状態を確認できるようになっていた。
刺激を最小限にしながら、わずかな変化や自傷行為を見逃さず、命を守るためである。
看護師の訪室時間も治療計画に沿って決められていた。
もちろん定期的な観察やケアは行われる。
それでも、不安になったからといって、自分のタイミングで誰かを呼べる環境ではなかった。
身体は動く。
それなのに、自分の意思でトイレへ行くことはできない。
病状が最も重い時期には、服さえも命を絶つための手段になってしまう危険があったため、身につけていたのは最低限の下着だけだった。
排泄は、おむつや管に頼らなければならない。
おむつ交換の時間になると、その人は泣きながら激しく抵抗した。
「やめてくれ……。」
「お願いだから……。」
身体をよじり、必死に抵抗し、自分でも感情を抑えきれなくなっていた。
患者さん自身と看護師、双方の安全を守るため、数人の看護師で介助にあたることも少なくなかった。
食事も同じだった。
箸で自傷してしまう危険があったため、一人で食事をすることはできない。
食べられない間は点滴で栄養や水分を補い、食事が再開されてからも、看護師が付き添い、一口ずつ介助しながら食べてもらっていた。
入浴も、一人では入れない。水場は自傷につながる危険があるため、男性看護師が見守りながら身体を洗っていた。
どれも命を守るために必要な治療だった。
「こんな屈辱はない。」
その言葉が、今でも忘れられない。
幻覚や妄想ではない。
現実を理解した、一人の人間の涙だった。
👤 病気ではなく、その人を知りたかった
私は、安易に
「大丈夫ですよ。」
「頑張りましょう。」
そんな言葉はかけられなかった。
代わりに聞いた。
「どんな仕事をされていたんですか。」
「休日は何をして過ごしていたんですか。」
「ご家族はどんな方なんですか。」
家族から話は聞いていた。
でも、それでは足りなかった。
私は、その人自身の言葉で、その人の人生を知りたかった。
少しずつ、その人は自分の人生を話してくれるようになった。
🍅 「僕、トマト嫌いなんですよね」
ある日の昼食だった。
少しずつ食事が再開され、私が付き添いながら食べてもらっていた。
その日の献立には、小さなトマトが添えられていた。
その人はトマトを見つめて、小さく笑いながら言った。
「僕、トマト嫌いなんですよね。」
思わず私も笑ってしまった。
「そうだったんですね。それは食べたくないですよね。」
その人も笑った。
ほんの数秒の会話だった。
でも、その瞬間、私は思った。
「あ、この人はこんなふうに笑う人なんだ。」
「ああ、こういう人だったんだ。」
それまで私の前にいたのは、「統合失調症の患者さん」だった。
でも、その時間を重ねるうちに見えてきたのは、仕事を頑張り、家族を大切にし、人生を積み重ねてきた、一人の40代の男性だった。
病気になる前から、その人には、その人だけの人生があった。
その人自身の言葉で人生を語ってもらうこと。
病気ではなく、一人の人として向き合うこと。
その時間が、その人にとってどんな意味を持っていたのかはわからない。
でも、「患者」としてではなく、「一人の人」として扱われていると感じてもらえていたのなら、それだけで十分だったのかもしれない。
🤝 私たちは、同じ一人の人間である
退院後、その人がどんな人生を歩んだのか、私は知らない。
でも、看護師をしていて思う。
人間って、楽しい人生ばかりじゃなくて、きっと苦難の方が多いのかもしれない。
病気もそう。事故もそう。大切な人との別れもそう。
自分一人の力では、どうにもならない出来事は、誰の人生にも起こり得る。
統合失調症も、その一つなのだと思う。
精神疾患があるというだけで、その人を怖い人だと思ったり、「自分とは違う人」と距離を置いたりする人もいる。
でも、少しだけ考えてみてほしい。
病気は、精神疾患だけが特別なのではない。
がんになる人もいる。
脳梗塞になる人もいる。
心筋梗塞になる人もいる。
そして、精神疾患になる人もいる。
違うのは病名だけだ。
病気になっても、その人は家族を大切に思い、仕事を頑張り、誰かを愛し、笑い、泣きながら生きてきた、一人の人間であることに変わりはない。
統合失調症は、およそ100人に1人が発症すると言われている。
決して遠い世界の話ではない。
誰がなっても不思議ではない病気だからこそ、精神疾患だからといって「自分とは違う人」と見ないでほしい。
本人だけでなく、家族も含め、社会全体で支えていく病気なのだと、私は思っている。
💊 薬だけが治療ではない
精神疾患になったときの苦しさや恐怖を、私は経験していない。
だから、「わかる」と軽々しく言うことはできない。
でも、わからないからこそ、わかろうとすること。
その人の苦悩の裏側を考え続けること。
その人が何を失い、何を守ろうとしているのかに思いを巡らせること。
それが看護なのだと、私は精神科で教えられた。
精神科では、薬だけが治療ではない。
医師や看護師の言葉。
表情。
態度。
そのすべてが治療になり得る。
反対に、何気ない一言や態度が、その人を深く傷つけてしまうこともある。
言葉や態度は、ときに薬にもなり、ときに毒にもなる。
だから私は、病気だけを見る看護師にはなりたくない。
💛 精神科は、私にとって看護の原点なのである
精神科で出会った患者さんたちは、私に看護技術だけを教えてくれたわけではない。
人を理解しようとすること。
病気ではなく、その人自身を見ること。
そして、人の尊厳とは何か。
それらを教えてくれた。
精神科は、私にとって看護の原点なのである。
※本記事は、患者さんおよびご家族のプライバシーに配慮し、病状や経過、個人が特定される情報は一部変更・ぼかして記載しています。
感動ポルノでかいているわけではありません。命や尊厳は人にとってなくてはならないものです