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腕の内側と外側は、同じ年齢のはずだ

「年だから」は、たいてい測っていないことの言い換えだ

自分の腕を見てほしい。内側と外側を、並べて比べてみる。

同じ人の、同じ腕である。生まれてからの年数も、同じだ。栄養も、睡眠も、遺伝子も、まったく同じ条件を共有している。

それなのに、外側だけが老けている。

違いは一つしかない。日に当たったかどうかだ。

私はこの比較を知って、老化についての理解を一度捨てることにした。

数年にわたって毎日きちんと日焼け止めを使っていた人の肌に、その期間の老化がほとんど見られなかった、という報告もあるらしい。そして室内にいても、窓からの紫外線は入ってくる。

つまり、こういうことだ。

老化の相当部分は、経過した時間ではなく、浴びた量の合計で決まる。

そう考えると、私たちが日常的に使っている「年だから」という説明は、かなり怪しくなる。あれは原因の説明ではない。測っていないものを、時間のせいにしているだけの場合が多い。

確定しているものは、意外と少ない

同じ話が、食べ物についても言える。

私たちは、体に悪そうなものを無数に心配している。添加物、保存料、農薬、着色料。名前を聞いただけで不安になる。

だが、国際的な機関が「明確に発がん性がある」と分類しているものは、実はかなり限られている。たばこ。アルコール。そして加工肉——ハム、ベーコン、ソーセージの類だ。

ここに、私は妙な逆転を感じた。

心配の量と、確からしさが、ほとんど逆になっている。

漠然とした「体に悪そうなもの」には敏感なのに、はっきりと分類されているものは、毎朝の食卓に当たり前のように載っている。私の家でもそうだ。ホテルの朝食で、いちばん嬉しいのはあのあたりである。

こんな言い方を聞いた。二週間ずっと同じ姿で棚に並んでいて、いつでも食べられるもの。それは何かされている。

身も蓋もないが、反論しづらい。生の肉なら数日で駄目になる。

ただし、正確を期しておきたい。一度食べたら病気になる、という話ではまったくない。問題は毎日の蓄積のほうだ。

ここを混同すると、人は極端な二択に振れる。完全に避けるか、まったく気にしないか。私が良いと思うのは、その中間である。確定しているものについてだけ、頻度を意識する。

引き算で複数が同時に動く、珍しいもの

健康の話は、たいてい足し算になる。何かを摂る、何かを始める、何かを続ける。

そのなかで、アルコールは例外的だと思う。やめるだけで、複数の指標が同時に動く。

むくみが取れる。顔つきが変わる。体重が落ちる。慢性的な炎症が引く。そして睡眠が変わる。

睡眠については、私も誤解していた。飲めば眠れると思っていたのだ。

だが実際に起きるのはこうだ。飲んで寝る。夜中に目が覚める。そしてそこから眠れない。 だから何かで補う。翌日は寝不足で、また夜に飲む。

眠るための手段が、眠れない原因を作っている。 手段の目的化の、いちばん分かりやすい例だと思う。

外見の変化も相当らしい。しばらく酒をやめただけの人が、周囲から「何かしたのか」と言われる。実際には引き算しかしていない。

ただし、ここは慎重に書いておきたい。依存の域にある場合、自己流でやめるのは危険がある。 離脱の症状は人によって重く、命に関わることもある。ここは根性の話ではなく、医療の話だ。

知識は、行動を変えない

そして、私がこの話でいちばん考え込んだのが、ここだった。

ある医師が酒をやめたきっかけは、データではなかったという。

肩の痛みだ。

筋トレのあとから続いていた痛みが、飲んだ翌朝だけ明らかに強くなる。それが何度か続いて、これは自分の体に悪いのだ、と腹に落ちた。

考えてみてほしい。この人は職業として医学の知識を持ち、人に説明もしている。それでも、知識では変わらなかった。

私はこれを、自分への警告として受け取った。

知識は、行動を変えない。

変えるのは、身体で起きた出来事か、変えざるを得ない仕組みのどちらかだ。読んで納得している状態は、何も起きていない状態とほとんど同じである。

そして、身体で起きる出来事を待つというのは、要するに手遅れになるまで待つということでもある。痛みが出てからでは遅い領域は、いくらでもある。

だとすれば、残るのは仕組みのほうだ。

リストが長いほど、実行されない

その医師が、最後に挙げた要点は三つだけだった。

アルコール、血糖値、油。

私は、この「三つに絞った」という姿勢そのものが答えだと思っている。

健康の情報は無限にある。専門書には細かい話が延々と書いてある。だが、リストが長いほど実行されない。

10個守れと言われた人は、たいていゼロ個守る。多すぎて優先順位がつかず、どれから手をつけるか考えているうちに面倒になり、全部やめる。

効果の大きいものを三つだけ選ぶ。そして、残りは最初から「たまに外れてもいい」と決めておく。

完璧な計画より、この設計のほうがはるかに長く続くと思う。

具体的なところも、覚えられる範囲で書いておく。

血糖値なら、まず甘い飲み物をやめる。白いものより茶色いものを選ぶ。夜遅くに食べるときは炭水化物を減らす。空腹をしのぐなら、甘いものより素焼きの木の実のほうがいい。糖でまぶされたものは、名前が同じでも別物だ。

油なら、揚げ物の頻度を落とす。古い油、酸化した油を避ける。

コーヒーについては、2、3杯までなら長生きと結びつく報告があるという。ただし4杯を超えると、覚醒作用としてはかなりの量になる。同じものが、量によって薬にも負担にもなる。

鉄についても、面白い整理を聞いた。足りない人が補えば効くが、足りている人が増やしても意味は薄い。

ここに、健康情報が混乱する理由の一つがあると思う。

「不足を補う話」と「過剰を減らす話」を、私たちは混ぜて聞いている。

前者は当てはまる人にしか効かない。後者は多くの人に当てはまる。同じ「体にいい」という言葉で語られていても、性質はまったく違う。

美容上の理想と、生存上の最適はずれている

もう一つ、認識を改めたことがある。

長生きという観点から見たときの適正な体格指数は、若い人が理想とする数値よりも、かなり上らしい。細さを競う感覚で語られる範囲は、生存の観点では低すぎる。

つまり、痩せていることは健康の証明にならない。

これは、私を含めて多くの人が混同していることだと思う。見た目の評価軸と、体が持ちこたえる力の軸は、別のものだ。

そして、体を絞るために本当に効くのは、食事の制限より運動のほうだという話も納得がいった。内臓についた脂肪は慢性的な炎症の原因になり、その炎症が病気の土台になる。減らす手段としては、有酸素の運動が理にかなっている。

酒をやめた分の時間で、毎日ストレッチをするようになった、という話も印象に残った。時間は増えていない。使い道が入れ替わっただけだ。

結局、私が持ち帰ったこと

まとめると、こうなる。

老化の多くは、時間ではなく曝露の合計で決まる。だから、浴びる量を減らせるものについては減らす価値がある。

確定している害は、実はそう多くない。だから、そこにだけ頻度の意識を向ける。

そして何より、知識では変わらない。 だから、三つに絞る。守れなかった日を許しておく。始める理由を、痛みが出るより前に自分で作る。


靴の裏は、自分では見えない。

だが、そこには歩き方の癖がすべて記録されている。外側から減る人、かかとから減る人、片方だけ極端に薄くなる人。

そして本人は、まっすぐ歩いているつもりでいる。誰も、自分の歩き方が偏っているとは思っていない。

だから、減り方を見て初めて自分の癖を知る。裏返して眺めた瞬間に、何年ぶんかの習慣が一目で分かる。

体も、たぶん同じ性質のものだと思う。日々の選択は、意識に残らないまま、見えないところに合計されていく。

ただし、決定的な違いがある。

靴は、買い替えられる。

あなたの靴は、いまどこから減っているだろうか。

そして、それを最後に裏返して見たのは、いつだろうか。


※この記事は一般的な情報の整理であり、診断や治療の指針ではありません。持病がある方、薬を服用している方、飲酒量が多い方が習慣を大きく変える場合は、必ず医療機関にご相談ください。

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