
近くて遠い君へ(第15話・最終)
第五章~想いは天空の星のように~
あの時の二人のままで
バスに揺られて進むその道のりは、急ぐ璃子にとって長い長い時間に感じられた。
窓の外の雨は降りやむどころか、更に雨足が激しくなっているようだ。
ようやく着いた学校の前のバス停に降り立ち、そこから雨に濡れながら小走りになってあの街路樹を目指して進んだ。
予感はあった。
彼は必ずあの場所にいる。
それを信じてあの場所へ。
あの思い出の街路樹の下へ自然と足が向かう。
お互いの夢が叶うこと。
それを誓って未来へと歩みだすこと。
でもそれには、過去にケリをつけなければ、私は前に進めない。
彼だって、きっとそう。
お互いの気持ちにケリをつけよう。
新しい旅立ち。
過去との別れ。
抑えていた愛情。
そして切ない想い。
心から溢れだす感情。
瞳から美しい涙が一粒また一粒と零れ落ちる。
会いたい・・・もう一度あなたに。
あの時のままで。
あの時の二人のままで。
遠くに街路樹が見えるが、うっすらと霧に包まれて車も人もよく見えない。
一縷の望みをかけてその近くを探したが、そこに颯太の姿はなかった。
堰を切ったように璃子の瞳から止めどなく涙が溢れだす。
いつしか璃子は幼い子供のように泣きじゃくっていた。
その時、スッと何かが頭の上にかざされた気配を感じた。
「濡れるよ」
振り向いた璃子。
そこには今までずっと待っていたように、びしょ濡れのままの颯太が立っていた。
その場所は決して他人が近寄れない、二人だけが存在する世界。
異世界に迷い込んだような気配すら感じられた。
運命って本当にあるのなら、きっとこれは運命。
私って雨と汗と涙で顔グチャグチャになってる。
なんでいつもこうなんだろう?
彼の前では綺麗でいたいのに。
でも今はこうして会えたからそれでもいい。
やっと会えた。やっと。
「会えたね」
「ああ、やっと会えた」
ホワイトノイズのような雨音は、神秘的な霧を纏い、厳かな静けさをもって颯太と璃子を包み込む。
颯太に微笑む璃子。
彼女の見つめる瞳。
濡れた黒髪から滴る雨。
光る大理石のような肌。
華奢な肩からすらりと伸びた腕。
消え入りそうでハッとするような透明の存在感。
雨と涙に濡れながら微笑み、そして語りかける。
「行くのね」
「ああ。今夜日本を発つ」
「ちゃんとスペイン語喋れるの?」
「まぁ、行けばわかるさ」
「呑気なものね。フフフ」
フッと気持ちが楽になった。それってきっと彼のせい?
じゃあ私は今日一番の笑顔で。
「行ってらっしゃい」
精一杯の笑顔で送り出す。私にはそれぐらいしかできない。
でもきっと彼は私の元へと帰ってくる。
彼、相変わらず口下手ね。
でも、わかってる。
だからわかるわ。
偽りのない気持ち。
いつのときもいつまでも。
あなたは私を愛してる。
溢れだす愛しさに身を委ね、璃子は颯太の胸に体を預けた。
ピンと張り詰める緊張。
彼女は微笑んで、そしてフワッと俺の胸に額を当てた。
「きっと。きっと帰ってね」
俺は彼女の華奢な体をギュッと抱きしめた。
最愛の人よ。
俺は君に伝えたい。
最後まで心の中に大切にしまっておいた言葉。
偽りのない真心と共に君に贈ろう。
「愛してる。ずっとずっと・・・愛してるよ。璃子」
心の中にしまっておいた言葉を真心を込めて彼女に捧げた。
もう何も思い残すことはない。俺の人生は彼女のためにある。
「行ってくるよ」
「きっと夢を掴んでね」
そして歩き出し、ふと傍らの街路樹を見上げた。
樹は俺たちに微笑んでいるかのように緩く優しく揺れていた。
もう一度俺は振り返って彼女へ告げた。
「君も俺の人生の夢だ」
「あら、私も掴むつもり?」
「きっと掴むさ」
「さぁ?どうかな?」
「そうね、私はあなたの思い出の中」
「もし、あなたが思い出したら、きっと探し出してね」
「んん?難しいことを言うね」
「え?簡単でしょ?」
彼女は俺の胸に手を当てた。
「私はここにいる。いつまでもここに。あなたの胸にね」
「そうか、そうだな」
「元気でね。颯太」
「ああ、行ってくるよ、璃子」
「うん」
俺はもう振り返らない。
前だけを見て歩こう!
心残りなど何もない。
彼女への愛しさは胸に秘めた。
これからは俺の挑戦だ。
必ず成功してみせる。
振り返らずに歩いていく颯太の背中を見守る璃子。
そして彼は未来へ歩いていく。
そして私のケリはつけたわ。
私も前だけを見て進もう!
いつかきっと。きっとまた会える。
それが私と颯太の約束だから。
エピローグ
「ちょっと!標高5000mって何?」
「私をそんなところに連れて行くの?」
「ハハハ。思ったより元気だな」
「何言ってんのよ。もう」
「アンデスの山は険しいが、ナスカの街はそれほど高くはないさ」
南米アンデス山脈。ナスカ台地。
ハイウェイを飛ばし空路で空からナスカを望む。
日が暮れた後は、颯太の憧れた夜空を見にいくつもりだ。
日中は30度近い暑さだが、夜は羽織るもの1枚あれば快適とか。
璃子は颯太に言われて渋々持ってきたが、どうやら正解だったようだ。
宝石を散りばめたような夜空。
鼓動が伝わるほどの静寂。
「綺麗・・・」
「ああ・・・」
「ありがとね」
「ん?」
「来てよかった」
ナスカの満天の星空は、直に宇宙と繋がっているような不思議な感覚だ。
「不思議なものね」
「不思議?そういえばそうか」
「なぜ私たちはここにいるの?」
「ナスカの夜空の下・・・か」
「俺は君といる方が不思議さ」
「なぜ君が俺といてくれるのか?」
「のろけてるの?誰もいないよ?」
「ハハハ。そうだな」
「私は運命?そういうものかな?」
「運命か。ロマンティックだな」
高原の冷え込む気温と美しい星空は、この二人の距離を縮める見事な演出となっていた。
「ねぇ。聞いてみたかったことがあるの」
「街路樹でアランを拾った日・・・あれってなぜ?」
「なぜ?うーん。気付くと拾っていた」
「理由は・・・そうだな、君と出逢うためだったかな?」
「あなた。そんなチャラいこと言う人だった?全っ然!似合わない!」
「いやホントに理由はないんだよ」
「俺も君に聞きたかったことがあるんだ。君はなぜあの時傘を貸してくれたのか」
「それは・・・なんとなく、何かしてあげたくなったからかな?」
「思えばあれがきっかけで、今こうして君といるのかな?」
「運命って不思議なものね、ホント」
人と人との繋がりってこういう小さなきっかけの積み重ねなのかな?
子猫がいなければ?
雨が降らなければ?
私たち今こうしてここにいるのかな?
「ねぇ颯太。あの時のこと覚えてる?」
璃子がほんのり頬を染めて颯太に聞く。
「あの時?ん?なんだっけ?大通りの尾行のこと?」
「はぁ?この素敵な夜空を見て思い出すのがそれ?」
「だいたい何なの?あの殺し屋みたいなメガネ」
フッと颯太が笑ったようだ。
「レイバンの良さは女にはわからないさ」
「はぁ?よくいうわね」
「じゃあ、これからあなたのこと『ペルーの殺し屋』って呼んであげるわ」
「おいおい何だよ。ひどいな」
「変人探偵から殺し屋に昇格したからいいじゃん」
颯太はそっと胸のポケットに入れたレイバンに触れる。
「ねぇ」
「なぁに?殺し屋」
不意に。
颯太の唇が璃子の唇に触れる。
あの時。
二人向き合い心と心を通わせた。
遠いあの時と同じように。
初めて出逢った雨の街路樹。
そして旅立ち前の最後の別れ。
あの日あの時いつでも静かに雨が降っていた。
涙に濡れた榛色の瞳。
びしょ濡れのまま待っていた彼。
「璃子・・・愛してる」
「・・・うん。」
「君は?」
「・・・ずっとずっといつまでも」
「愛してるよ!」
出逢いとは奇跡なのかもしれない。
こんなにも広い広い地球の上で。
いや、この広大な宇宙の果てで出逢い愛しあう二人。
彼を見つめた。
彼もまた彼女を見つめている。
二人こんなにも近くにいる。
でもなぜか遠く遠くかけがえのない存在。
それは地球から見た宇宙であり宇宙の中に浮かぶ地球でもある。
ナスカの空の静寂と満天の星の光。
寄り添う二人の影をしんしんと照らしだす。
ずっとずっと・・・
いつまでも・・・
いつまでも・・・
(~完~)
第14話
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第1話
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