
“5枚1000円”と取り込み作業の青春(私の音楽遍歴)
家の中にいつも音楽があった幼少期
音楽好きの両親と姉の影響で、家では常に音楽が流れていた。ユーミン、山下達郎、角松敏生、高中正義……昔のリゾートのような我が家の風景と結びついて、今もその音が記憶に焼き付いている。
父が大量に持っていた「ロック・ベスト・オムニバス」のCDを繰り返し聴いた。英語が読めず“なんか良い”だけで浸っていたけれど、後になってそれがクイーン、アース、トーキング・ヘッズ、ジャーニー、ウィングス、ビージーズだと知った。ポンキッキーズで流れていたビートルズも、理由なく懐かしい。
小さい頃はSMAPが好きで「SHAKE」を踊っていたらしい。曖昧な記憶だけれど、「たいせつ」を聴くと、90年代の東京の夜景――レインボーブリッジや東京タワーの通り――が車窓からフラッシュバックする。夜の東京で音楽をかけてドライブするのが大好きだった。
姉経由で知った邦楽/アニメと音楽の入口
姉と『ハガレン』『ハチミツとクローバー』『涼宮ハルヒの憂鬱』など当時のアニメを観て、「これはアジカンだよ」と教わる。スピッツ、YUKI、スネオヘアー、ポルノグラフィティ……姉から借りたCDは、ゆずや大塚愛、ORANGE RANGEまで幅広かった。
2005年のドラマ『電車男』のED、サンボマスター「世界はそれを愛と呼ぶんだぜ」に撃ち抜かれて、はじめて自分の意思でシングルを買った。
ラジオが火をつけた小学校高学年〜中学
やましげ校長&やしろ教頭の頃の『SCHOOL OF LOCK!』を聴き始め、アジカン、チャットモンチー、RADWIMPS、BUMP、ELLEGARDEN……YUIやPerfumeが台頭してきた時期の空気も覚えている(PerfumeがMステで「ポリリズム」初登場、父が「これいいな」と言っていたのも記憶にある)。
同じく姉がいる同級生と音楽話で盛り上がり、放送部で給食時間に好きな曲を流した。映画、特に『スター・ウォーズ』の話もしょっちゅう。ここから音楽に本格的にのめり込む。
初ライブの衝撃(2008年)
2008年4月1日、日本武道館。チャットモンチー「すごい2日間」を観る。中1になる直前の12歳。アンコールの「東京ハチミツオーケストラ」で天井から色とりどりの風船が降り、啓示のような感動が体を貫いた。
TSUTAYAの「5枚1000円」でCDを借り、ウォークマンに取り込むのが日課。アジカンのゴッチが紹介していた洋楽を辿り、当時流行していたUKロック――Arctic Monkeys、Franz Ferdinand、Kasabian、アメリカではColdplay、weezer――を律儀にチェック。姉からはアヴリル、Green Day、Fall Out Boyも借りた。
レディオヘッド『In Rainbows』は当時よく分からなかったけど、借りたから最後まで聴いた。
2008年という特別な年
アジカンは『ワールド ワールド ワールド』『サーフ ブンガク カマクラ』の2枚をリリース。すり切れるほど聴いた「転がる岩、君に」「或る街の群青」――青春そのもの。
2008年は他にも、フジファブリック『TEENAGER』、くるり『ワルツを踊れ』、BUMP『orbital period』、Perfume『GAME』、宇多田ヒカル『HEART STATION』、Coldplay「美しき生命」、Oasis『Dig Out Your Soul』……自分の基礎体温になった年だ。
2009年のフェスと発見
2009年3月、チャットモンチー『告白』。全曲シングル級の熱。RADWIMPS『アルトコロニーの定理』は「おしゃかさま」中心に聴いた。5月、Green Day『21st Century Breakdown』、6月、くるり『魂のゆくえ』でくるりへの愛が加速し、過去作も借り漁る。
2009年7月20日、NANO-MUGEN FES.(アジカン主催)に小学校からの音楽友達と参加。サカナクションに初遭遇。「Ame(B)」のギターの爆音と電子音で心が跳ねた。ユニコーン、スピッツ、Ben Folds、アジカン……ラインナップの記憶が今も鮮明。
2009年8月8日、『閃光ライオット2009』@東京ビッグサイト屋上。オープニングアクトのガリレオガリレイに衝撃。Glimg Spanky、ズットズレテル(ハマ・オカモト在籍期)、挫・人間……BEAT CRUSADERSのゲストLIVE、Base Ball Bearが審査員(のはず)。“強い光”を見た一日で、説明のつかない高揚が焼き付いた。
2010年前後:熱の揺らぎと深夜ラジオ
2010年は東京事変、相対性理論、SEKAI NO OWARIの台頭。サカナクション「アルクアラウンド」は強烈で、『kikUUiki』をよく聴いた。『けいおん!』の音楽は塾の友だち経由でハマる。アジカン「ソラニン」は最初ピンと来ず、今は好き。ヒャダインやボカロの印象も強い。
この頃から深夜ラジオに熱が移る。オードリーのANNは毎週の楽しみで、日比谷公園のイベントに父と出かけた。爆笑問題、伊集院光、おぎやはぎ、バナナマン……2010年はアニメ『四畳半神話大系』にも夢中になった。
高校〜浪人(2011–2014):カルチャー暗黒期(個人的)
私生活は楽しかったが、音楽シーンへの興味は落ちていた。NANO-MUGEN FES. 2011で初めて観た星野源は“いいな”と思った記憶。NHK『坂の上の雲』にハマって小説を全巻揃える。ロンドン五輪開会式は修学旅行中に1人でTVにかじりついた。
母と姉が観ていた『5時に夢中!』でマツコ・デラックスがメインストリームへ、母が購読していた『TV Bros.』の勢いが落ちていく感じ……そんな気配も覚えている。
支えはラジオ。宇多丸『ウィークエンド・シャッフル』でサブカルの面白さに触れ、アルコ&ピース、久保ミツロウ×能町みねこ、朝井リョウ×加藤千恵、宇野常寛、三四郎……オードリーのANNはとくに楽しみで、やさぐれた若林に自分を重ねた。アジカン『マジックディスク』も聴いたが、ゼロ年代の熱狂には届かず。震災もあり、個人的に暗いトンネルのような時期(あくまで個人的感覚)。
ドラマ『モテキ』から音楽を掘ることは続き、2011年にiPhone 4Sを手にして生活が一変。YouTubeやニコ動を観る時間が増え、当時のTwitterはmixiの延長のように牧歌的だったが、便利さの陰の“嫌な部分”も少しずつ感じ始めた。
大学時代(2015–2019):人生で一番楽しかった季節
自転車旅サークルで各地を回り、音楽サークルで先輩に多様な音を教わる。ちょうどシティポップ再ブームで、Yogee New Waves、never young beach、Suchmos、MONO NO AWARE、D.A.N、cero、ミツメ、Tempalay、きのこ帝国……枚挙にいとまがない。ナンバーガールにハマって過去の名盤を掘る楽しさも復活。
メインストリームも面白く、星野源は“いい”、RADWIMPSが新海誠と出会って風景が変わる。ハチが米津玄師に、ゲスの極み乙女。は次世代の東京事変のよう、あいみょん、King Gnu、ヒゲダン、サカナクション「新宝島」の社会現象、PUNPEEやCreepy Nutsのヒップホップ、水曜日のカンパネラ(コムアイ期)……EDM好きの友だちと深夜ドライブも常態化(AviciiやThe Chainsmokersを聴き倒すが、自分はそこまでハマらず)。
Ykiki Beatの突然の登場に驚き、世界のインディーと共鳴する感じが痛快。過去にも遡って、シティポップや渋谷系、コーネリアスの展示、オザケン、スチャダラパー……“純粋にいい”と思えるようになった。
同時にオルタナ期も到来。Sonic Youth、Smashing Pumpkins、Pixies、R.E.M.、Beck、Radiohead、Pavement、Ride、そしてブランキー、ミッシェル、スーパーカー、フィッシュマンズ、eastern youth、ナンバーガール、ZAZEN BOYS、ゆらゆら帝国や坂本慎太郎、JUDY AND MARY……焦燥とエネルギーに満ちた自分の気分にぴたりとはまった。小学生〜中学生以来の“吸収期”で、洋楽チャートへの関心は薄れていく。
社会人元年(2019)
忙しさで細部は曖昧だが、米津玄師やYOASOBIの存在感は圧倒的。ボカロ的な語法がシーンの中心に来た実感。ヒゲダンやあいみょんが街に流れ、“純粋にいい”と感じていた。
コロナの季節(2020–2022)
街から人が消えた光景を何度も目撃。やることもなく東京を歩き回り、Switchをやり込む。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』は一生もの。Vaundyや藤井風をよく聴き、Dos Monosの「タイタン」とMONO NO AWAREの玉置のポッドキャストにハマる(カルチャーと時代性を感じられて、昔の宇多丸『ウィークエンド・シャッフル』のような楽しさ)。MONO NO AWARE『行列のできる方舟』(2021)は時代にも自分にも刺さる名盤。
時間ができた勢いでバイク免許と小型船舶1級を取得。学生は本当に大変だったと思うが、自分にとっては人生を見直す機会でもあった。お笑いのニューヨークのYouTubeをよく観た。
反動の旅路(2023–2025)
コロナの反動か、旅に出まくる。台北やソウルでレコード/CDを掘り、バイクで北海道・九州・四国へ。走りながらスピッツ、奥田民生、細野晴臣、くるり、ガリレオガリレイ、Pizzicato Fiveなど、明るくなる音をよくかけた。
ライブもたくさん。Hyde Park、サマソニ2023でNewJeans、リアムやBlurも観る。創作の風向きが変わった実感があり、ハリー・スタイルズ『Harry’s House』、サマー・アイ『大吉』、宇多田ヒカル『BADモード』が時代の代表に思えた。コロナを経て、映画館・ライブ・友だちとの会話・紙の本――フィジカルな体験の素晴らしさを再確認。いわゆる“コスパの悪いこと”が好きになった。
ナンバーガールの再結成ライブで再び興奮。『花束みたいな恋をした』『街の上で』など邦画をよく観るようになったのもこの頃。
そして2025年、30歳
転職して心機一転、ぼちぼちやっている。ふり返れば――自分はカルチャーと時代と人が好きだ。雑誌文化(『POPEYE』『BRUTUS』)も今も大切。面白さや感動を求め、退屈を嫌う。その性分が、ずっと自分を音楽へ、そして次の場所へ連れていってくれたのだと思う。