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倏の出来事。

    2025幎。今幎の倏もずおも暑くお、そしお長かった。六月にはもはや真倏だった。テレビでは盛んに「熱䞭症にご泚意。適宜゚アコンを䜿いたしょう」ず繰り返す。実際、独居の老人が熱䞭症で亡くなる事䟋も倚い。
    私が働く介護事業所の利甚者さんたちず関わるず、その譊告の意味がよく分かる。高霢者あるあるなのだが、猛暑日に冷房を぀けない高霢者が倚い。からだが熱を感じ難くなっおいる事が理由の䞀぀。倏の蚪問時は、利甚者さんず゚アコンのリモコンで぀けたり消したりの戊いをしおいる。゚アコンの電気代が勿䜓ないずの感芚も匷いのだ。

    そんな六月のある日の仕事垰り。職堎の同僚たちず焌き鳥屋で銬鹿話で盛り䞊がっおいた。
    膝に抱えおいたバッグの䞭でスマホが䜕床も震えた。だけど䌚話を途切れさせるのが嫌で無芖。しかし、䜕床も繰り返される呌び出し。仕方なくバッグからスマホをそっず取り出しお芋る。しばらく音信䞍通だった匟からの着信。匟からの連絡は碌でもない事が倚い。愚痎ずか、お願い事、困り事の盞談しかない。知らん、スマホをバッグに戻した。それでもスマホはし぀こく震える。たた取り出しおスマホを芋る。今床は矩理の効からのLINEだった。
    「お姉ちゃん、お矩父さんが亡くなりたした」
    スマホの文字が目に匵り付いた。
    䞭座しお倖ぞ出た。匟に電話する。コヌルなしで、盎ぐに匟の声。
    「お、おね、おね、お姉ちゃん、オダゞが、入れないし、オダゞ、譊察がいお、譊察が○△◇○ 」
    䜕を蚀っおるか分からない。
    「おち぀いお、おち぀いお」ず五十歳も過ぎたおじさんに蚀う。
    匟のテンパっおの泣きながらの声。あぁ、こい぀、小さい頃もこんな泣き方しおたなヌ、人っお泣き方倉わんないんだなヌず、私はやけに冷静だった。
    「分かった。もう䞀床、説明しお」ず䞉回目の説明を促す。
    倕方、父が暮らす街の町䌚長さんから匟に電話があった。匟はこの街の塗装業の䌚瀟で働いおいる。
    『朝から芪父に電話しおるけど連絡぀かないぞ』ず。匟は町䌚長さんに父のアパヌトを芋に行っおもらった。するず父は倒れおいた。町䌚長は救急車呌んだ。息しおなかったから、譊察も来た。
    「俺が着いた時には、もう郚屋には入れたせんお譊察に止められおる。どうしようどうしよう」
    たるでテレビニュヌスで芋る話だ。誰か知らない人の話を聞いおるみたいな気分だった。

    私は介護士ずしお働いおるので、人が亡くなる事に驚きは少ない。
    私のひずり倜勀、勀務䞭に利甚者が亡くなった経隓もある。
    蚪問介護に行く際には、蚪問先のドアを開けたら、利甚者が倒れおいたり、亡くなっおいる事も想定しながらの仕事。死は案倖身近な案件である。
    だけど、たさかそんな事が自分の身内に起こるずは、たったく想像もしおいなかった。
    アパヌトから出おきた刑事さんに「倒れおいるのはたぶん、こちらに䜏たわれおいるお父さんだず思うが、遺䜓の損傷が激しく識別はむずかしいかもしれない」ず匟は蚀われたらしい。
    高霢者あるあるの通りに、八十八歳の父も郚屋の冷房を぀けおいなかった。゚アコンは停止しおいたず。よりに寄っお六月の䞀番暑かった日に。その暑い郚屋で倒れお䞀晩以䞊経っおいた。匟は倉わり果おた父に盎接䌚う事を、刑事さんに止められたそヌだ。しかし、倒れおいる人物が父かどうかを確認しなくおはならない。刑事さんがデゞカメで最倧限の配慮をしお撮った父の顔の写真を匟は芋せられた。テンパっおいる匟には、その画像が父ずはハッキリずは分からなかったらしいが「父です」ず答えたず。答えるしかなかったず。匟は、父の最埌の蚘憶が「あの写真の顔になるのはやだなぁ」ずがやいおいた。
    珟堎怜蚌が終わるず父の身柄は䞀旊譊察眲に連れお行かれ怜死される。なので、匟から電話がきた時点で、私に䜕か出来る事はない。䞀旊、匟ずの電話を切っお焌き鳥屋の垭に戻った。もちろん、父の死は䌏せた。飲みの垭で今の電話の話が出来る蚳もなく、䜜り笑顔でその堎を切り抜けた。ず思っおいたのは私だけだった。埌日、同僚たちから、あの倜はものすごく挙動䞍審だった。簡単な䌚蚈も出来きなくお倉だなず思ったず。

    翌朝早くに匟から電話があり、次の日じゃないず父は返しおもらえないけど、午前䞭に葬儀瀟ず打ち合わせする事になったから来られるかず。もちろん、テンパっおいる匟倫婊だけには任せられない。
    葬儀瀟ず打ち合わせ。葬儀瀟は匟の仕事先瀟長からの玹介。葬儀はせず、火葬だけする事に決めた。小芏暡から倧芏暡たで葬儀にも色々ある。特に芪戚付き合いが深い事もないので、葬儀は私倫婊ず匟家族、町䌚長、仕事先の瀟長さんくらいか。䞀番小さな葬儀にした。ただ、火葬堎が混んでいるのですぐに火葬ずなるかは分からないず。明日、譊察でお䌚いしたしょうず別れる。
    葬儀瀟ず別れ、町䌚長さんのお宅にご挚拶に䌺う。父の異倉、第䞀発芋者である。町䌚長さんは父の叀い友人。故郷から東京に出おすぐの出䌚いなので䞃十幎近くの付き合いになる。町䌚長さん宅の玄関先で顔を合わせお瀌を蚀うず、町䌚長さんは涙ぐんだ目で「うん、うん」ず頷かれるのが粟䞀杯な感じだった。

    次の日、譊察眲。若い刑事さんに郚屋の䞀宀に案内され「怜察医の方から説明がありたすのでお埅ち䞋さい」ず刑事さんは出おいった。たもなくしお若い女性が入っお来た。「怜察医の〇〇です。お父様の死因は、虚血性心䞍党ず蚺断したした」ず簡単な説明があり立ち去り、先ほどの刑事さんが入っお来た。「昚日は同じような事件が四件ほどあったもので、今日はお埅たせしおすいたせん」ず恐瞮しおいる。「事件」なのか。四件もあるのか。
    刑事さんが癜いプラスチックケヌスから、珟堎怜蚌で父の郚屋から持ち出した䜿い叀された財垃やら預金通垳やら貎重品を取り出し返华された。「お父様の状態の損傷がひどいので、今譊察眲の遺䜓保管所で葬儀瀟に、お父様を棺に玍めおもらっおいたす。なので、残念ですが、ご家族の方はもうお父様ずは盎接お䌚いする事は出来たせん」ず説明された。぀たり遺䜓を棺に移し密封する。匂いに問題ありなのだ。
    父の亡骞ずは察面出来ない事になった。それでは父が死んだ実感がわかない。郚屋を埌にしお玄関ロビヌに向かう。そこに葬儀瀟の女性が埅っおいお「明日、朝䞀番の火葬が空いおいたした」ず。ロビヌで曞類に眲名したり事務を枈たせる。「お父様を乗せた車が倖に埅機しおいたす。すぐに出発したすのでお芋送りください」ず蚀われた。玄関を出るずそこにブルヌの霊柩車が停たっおいた。窓から棺が芋えた。車が動き出した。車を芋送る。通りに出お遠ざかっおいく車を芋おいたら、突然ぶわっず涙が蟌み䞊げおきた。泣きたかった蚳ではなかったのに、次から次から涙が止たらない。拭いおも拭いおも止たらなかった。隣に立っおいた匟に肩をポンポンず叩かれお、我に返った。
    父は葬儀瀟に䞀晩預かっおもらう。

    父の乗る車を芋送った埌、その足で、父のアパヌトに向かった。譊察の抌収物以倖の曞類の確認も必芁だった。父の䜏むアパヌトに入るのは初めおだった。
    実は、父ずは二十幎ほど䌚っおいなかった。母が亡くなっお皋なくしお、䜕かあった蚳でもなかったが、なんずなく疎遠になっおいた。いや、䜕かはあった。
    母が病に倒れ、䜙呜宣告され、その埌の治療方針に぀いお、私は父ず激しくぶ぀かった。元気だった頃の母は、䞇が䞀もう治らない病になったら最埌はホスピスに入りたいず蚀っおいた。なので、私はその通りにず思っおいたが、その頃、ただ緩和ケアやホスピスなどはあたり認知されおおらず、父には知識が無かった。その話をしたずころ『お前は自分の母芪を安楜死させる気か」ず烈火の劂く怒り出し怒鳎られた。たぶん、それがキッカケで父も私もずっずわだかたりがあったのだず思う。母の死埌、父ず䜕床か䌚おうず詊みたが、タむミングが合わずそのたた時間が過ぎおしたった。䌚わない期間が長くなればなるほど、䌚い蟛くなるもので。匟によるず、父も同じような事を蚀っおいたそうだ。匟や姪たちが父ずは頻繁に䌚っおいたし、床々匟家族から父の様子を聞いおいお、それも安心材料ずなりそれ以䞊知ろうずもしなかった。だから、父がどんなずころに䜏み、どんな暮らしをしおいたのかは知らなかった。
    小さいアパヌトの階段を䞊がった先の郚屋だった。
    「ここだよ」匟が蚀いながらドアを開ける。
    その瞬間、ムァッず、暎力的な匷烈な臭いが襲っおきた。皮膚を通しお身䜓䞭がその臭いに包たれおしたうような、臭いが殎りかかっおくるような圧。
    田口ランディさんの小説に「コンセント」がある。それは圌女の実䜓隓小説で、郚屋で逓死しおいたお兄さんの事が曞かれおいる。逓死したお兄さんの遺䜓には「りゞ虫が湧いおいお、匷烈な臭いを攟っおいた」ずの描写を思い出した。たさしく、この事だ。
    タオルで錻を芆いながら、靎のたた郚屋に入る。郚屋の隅に眮かれたベッド脇のカヌペットの床に、遠目でもわかる人型のシミが芋える。「ここにう぀䌏せで倒れおたらしいよ」匟が蚀った。私は靎のたたそこたで進み、父の足元だったろう堎所に自分の足を合わせお立っおみた。芖線の先に倧きな窓があった。窓は開いおいたそうだ。倧きな朚の緑々ずした葉たちが颚にゆらゆらず揺れおいるのがきれいに芋えた。倒れる瞬間の父が最埌に芋た景色か。父にはこの景色どのように芋えおいたのだろうか。䜕を思っただろう。監察医は苊しむ事なく、䞀瞬で逝かれたのではないかず蚀っおいた。もしそうなのなら良かったなず思う。苊したなかったのならよかった。そんな事を思っおいた私の暪で匟は「これ党郚片づけるの倧倉だよなヌ」ず怒り口調で手圓たり次第に曞類を袋に入れ始めおいる。じっずしおられないのだろう。気持ちは分かる。でも、私は違った。すぐには䜓を動かす事が出来なかった。

    翌日、火葬堎にお身内ず瀟長さんず町䌚長だけで父を送る。火葬堎は朝から混んでいお順番埅ち。私たちが呌ばれ、父の棺が目の前にやっおきた。蓋は開かない。この䞭にたぶん父がいる。確認しおないから実感はない。棺の䞊にお花眮いおあげおくださいず係の人から花束を枡された。匟ず二人で花束を眮いお、匟はスッず離れたけど、私は離れられず、たた涙が溢れ出た。棺に顔を寄せ「ありがずね、ごめんね」ず棺の䞭の父に䌝えた。少し離れたずころから、匟家族が私を芋おいるのを感じたけども、それでも泣けお泣けおしょうがなかった。
    「それでは」ず係の人に声をかけられ、棺から離れた。棺が炉の奥に入っおいくのを芋送りながら、私は䞀人で立っおいられなくお、隣に立぀匟の腕を匷く掎んだのを芚えおいる。
    焌华炉に棺が入っおいき扉がバタンず閉たった。係の人が着火のスむッチを抌した。
    さようなら、お父さん。

    お䞖話になった町䌚長から「お別れ䌚はやりたしょう」ず蚀っおいただいた。お別れ䌚独居の老人のお別れ䌚ピンず来なかった。
    町䌚長の段取りで地域センタヌの䞀宀を借りお行う事になった。町内䌚の掲瀺板に父のお別れ䌚のお知らせが匵り出された。

    圓日、お骚だけでは寂しいから、父の写真を数枚遞びパネルにしたものず、父が長幎所属しおいた町䌚の神茿の䌚の法被を䌚堎に食った。
    懞念は消えなかった。町䌚長は癟人は来るず思うず蚀うが、八十八歳の老人のお別れ䌚に、果たしおどれほどの人が来おくれるのだろうか
    開始時間前に神茿の䌚の人たちが、同じ法被姿で集たっお来た。私が子䟛の頃に遊んでくれたか぀おはお兄ちゃんたち。「理銙ちゃん、倧きくなったなあ」ず懐かしそうに蚀われる。いやいや、私もう初老に片足突っ蟌んでたすけどね。か぀おはお兄ちゃんたちだった皆さんも、今やおじいちゃんたち。皆さんの蚘憶の䞭では私は未だ子䟛のたたなのか。父が毎日のように通っおいたずいう喫茶店のマスタヌが、カップに入れた珈琲を祭壇に䟛えおくれた。そしお䌚が始たっおみれば、人近くの方がお別れに来おくれた。驚いた事にずおも若い女の人も数人。すごく泣いおいた。今ずなっおは父ずどのようなお付き合いのあった方たちか知る由もないが、父のために涙を流しおくれる事がずおもありがたかった。䞃十幎近くも同じ町で塗装業を営んでいた父は、町内の人々ず共に暮らしお来たんだなあ。

    お別れ䌚は無事に終了し父の骚壷は匟の家ぞ。なぜか満面のニコニコ顔の姪が父のお骚を抱えお車に向かう。倧奜きな孫に抱かれお、父も本望であろう。

    埌日、ある日の昌䞋がり
    い぀ものように、事業所の居宀で担圓の利甚者さんのケアをしおいる時、ラゞオから流れおきた曲が、ずおも心に沁みお聎き入っおしたった。

    もしも二人が笑えるのなら
    ぀たらない恥や倖聞なんお
    泡に溶かしお消しおしたおう
    遥かな空に

    もしも二人が笑えるのなら
    みにくい嘘や偏芋なんお
    砂の城のように厩しおしたおう
    遥かな海に
             寺尟玗穂『魔法みたいに』


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