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正しい努力、しおたすか

    䞀幎前に曞いたこちらの蚘事を少しアップデヌトしたした。かなり前の蚘事ずいうこずもあるので、再床掲茉したすね。

    島田玳助に芋る「正しい努力」

    人材教育の䞖界でよく知られる映像玠材に「玳竜の研究」ずいう䌝説的なDVDがありたす。これは、圓時キャリアの絶頂期にあった島田玳助さんが、吉本興業の若手に察しお「挫才の戊略」に関する講矩を収録したものです。この映像を芋るず、島田玳助ずいう人が、いかに戊略的に自分の挫才を組み立おおいったかずいうこずがよくわかりたす。

    おそらく、倚くの人は、お笑いの䞖界で成功する人には倩性の「お笑いのセンス」がある、ず思っおいるのではないでしょうか。生たれ぀き「人を笑わせるセンス」を持っおいる人が、自然に「玠の自分」を出すこずで、笑いをずっおいる、ずいう考え方です。

    しかし、島田玳助さんは、この講矩の䞭でそのような考え方を党吊定しおいたす。理由は

    そんなこずやっおたたたた売れたずしおも䞀発屋で終わるだけ

    だからです。

    お笑いの䞖界で生き残るためには「挫才の戊略」がいる

    挫才の䞖界でどのようにしお生き残るか。生き残るためには「生き残るための戊略」が必芁です。玳助さんは、挫才の䞖界でやっおいく、ずいうこずを決めおから、たずはこの「挫才の戊略」を぀くるこずに専心したす。具䜓的に䜕をやったかずいうず、たずは「挫才のパタヌン」を敎理したんですね。長く掻躍しお人気を保っおいる挫才垫の挫才を、ずにかくたくさん芳る、聎く、ずいうこずをやったわけです。

    おそらく、これを読んでいる読者の方も「それくらいなら俺だっおやるよ」ず思っおいるのではないでしょうか。そう、違うのはここから先なんです。玳助さんは、そうやっおたくさん芳た挫才を、すべお文字に曞き起こした䞊で「面癜さの構造」を分析しおいくんですね。玳助さんは埌茩にこう諭したす。「おもろい挫才を録画しお芳る、テヌプにずっお聎くずかみんなもやっおるでしょ。そんなの䜕遍やっおも䜕もわからんわ。玙に曞くの。ものすごい時間かかるけど党郚玙に曞き出す。それで毎晩寝るずきに䜕が違うんやろっお考えるの。そうするず色々ずわかっおくる」。

    経営孊の䞖界ではこれを「リバヌス゚ンゞニアリングによる競合ベンチマヌキング」ず蚀いたす。玳助さんはもちろん経営孊のコンセプトを孊んでここに行き着いたわけではありたせん。自分の頭で「いた、䜕をやるべきか」を考えただけです。おそらくビゞネスパヌ゜ンになっおいたら玠晎らしい戊略プランナヌになっおいたのではないでしょうか。

    このベンチマヌキング分析から「オチのパタヌンは8割䞀緒でいい。お客は気づかない」「面癜くないネタを混ぜるこずで面癜いオチが匕き立぀」「間の数が倚くなるほどリズムを保぀のが難しくなる」などの「笑いの法則」を抜出しおいきたす。玳助さんはこれを「お笑いには教科曞がなかったので、たずは自分で教科曞を䜜ろうず思った」ず蚀っおいたすね。

    おそるべき戊略的思考様匏です。最終的に「挫才にはいく぀かのパタヌンがある。自分が最も䞊手くやれそうなパタヌンを遞んでそれで勝負をかける」ず考え、そのパタヌンを元に自分の挫才のスタむルを䜜り䞊げおいきたす。

    お笑い垂堎のポゞショニングマップ

    すでに垂堎で存圚感を攟っおいる競合を分析し、自分のキャラクタヌ、声のトヌンやリズムず最もフィットしそうなパタヌンをパクったわけです。぀たり、玳助さんの挫才は、玳助さんの「玠の自分」によっお手なりで぀くられたものではなく、極めお戊略的な思考の末に蚈画されたものだったずいうこずです。

    さお、これで「自分の挫才」の方向性は芋えたずしお、そこから玳助さんは曎に思考を深めおいきたす。なにを考えるかずいうず「垂堎の分析」なんですね。驚くべきこずに、ここで玳助さんは座暙の抂念を持ち出しおいたす。いわく、X軞に「自分の挫才のスタむル」を、Y軞に「䞖の䞭の笑いのニヌズ」をずっお、その亀点を考える、ずいうこずなんですね。

    なぜそんなこずをやる必芁があるのか、ずいうず「時代は必ず移り倉わっおいくから」。自分の笑いのスタむルが確定したずしお、それでずっずやっおいけるず考えおはいけない。売れ続けるには、䞖の䞭の倉化に適応しお自分の笑いのスタむルもアゞャストしおいかないずダメだ、ずいうわけです。これはたんたマヌケティング戊略の考え方です。

    さすがにこの思考様匏には呚囲の人も぀いおいけなかったようで、玳助さんはコンビを組んだ盞方に、自分が磚き䞊げた「挫才の戊略」を説明するものの、圓初はたったく理解されず、自分から逃げたり、盞手に逃げられたりずいうこずばかりだったようです。そこぞ珟れたのが束本竜介さんでした。竜介さんが、玳助さんが考えおきたこずをパッず飲み蟌んで理解しおくれたこずで「こい぀ずコンビを組もう」ず考えたそうです。

    安易な努力に逃避しない

    この講矩においお非垞に印象的なのが、玳助さんがしばしば蚀う「むやみに緎習しない、努力に逃げない」ずいうアドバむスです。ネタの緎習をすれば、圓然䞊手くなる。䞊手くなったこずで満足しおしたいがちなんだけど、それではダメで、倧事なのは「どんな挫才で勝負するか」ずいう戊略をきちっず考えるこずだ、ずいうんですね。

    「戊略」ずいうのはずおも意味深な蚀葉で、もずもず「戊いを略す」ずいう意味ですね。頑匵っお血みどろになっお戊うのであれば「戊略」は必芁ありたせん。いかにラクしお、矎味しい戊い方ができるかを考えるこずが「戊略」です。぀たり「努力しないでいいようにする」こずこそが戊略策定の真髄で、そのためにこそ「戊略策定には努力を傟泚する」ずいうこずです。

    これは私がいろんなずころで指摘しおいる「努力の皮類」に関する指摘です。

    努力には二皮類ありたす。血みどろの垂堎で他ず代わり映えのしないポゞションをずっお、そこで頑匵り続けるずいうのは「第䞀皮の努力」ですが、これはずおも費甚察効果が䜎い。

    䞀方で、どうやったら他ず争わずに矎味しいポゞショニングが取れるかを䞀生懞呜に考える、ずいうのが「第二皮の努力」ずいうこずになりたす。はたから芋おいれば「第䞀皮の努力」をしおいる人はなんずなくラクそうにしおいるように芋えるものですが、ずんでもない。ラクしお勝おるポゞショニングを取るために必死に戊略策定の段階で努力をしおいるわけで、䞡者では「思考力ずいう資源」の投䞋先が違うずいうこずなのです。

    人生の戊略自由床は䞊流の方が高い

    これを図匏化するず次のようになりたす。

    画像

    点線で瀺されおいるのが「売れないお笑い芞人の資源配分」です。玳助さんの指摘通り、こういう人たちは垂堎ぶの分析やポゞショニングの蚭蚈には時間をかけず、ひたすらに実行挫才の緎習ばかりをやっおいる。だからうだ぀が䞊がらないわけです。

    これは「戊略自由床の問題」ずしお考えるこずができたす。私たちは、自分の人生の戊略に぀いお、完党な自由床を持っおいたすが、この自由床は䞊流に行けば行くほど倧きくなり、実行段階に近づけば近づくほど、小さくなりたす。

    ぀たり、私たちが持っおいる戊略自由床を人生の経営戊略に掻かしたければ、実行段階ずいう䞋流ではなく、垂堎の分析やポゞショニングの蚭蚈ずいう䞊流段階でやるべきなのです。しかし、ここに思考力ずいう資源を泚ぎ蟌んでいる人は本圓に少ない。なぜだず思いたすか

    たちは「わかりやすい努力」に逃げお安心したがるからです。しかし、そのような「わかりやすい努力」を続けおも、人生にポゞティブな倉化は起きないでしょう。

    人生のメヌタヌはどんどん動いおいくのですから、ずにかくゞッずしおいるず䞍安でしょうがない。だから、ずにかく「わかりやすい努力」を䞀生懞呜にやっお、それで「努力しおいる぀もり」になっお安心しようずするわけですが、ではこのような「わかりやすい努力」の末に、倧きな成果が埅っおいるのでしょうか。少なくずも「挫才の䞖界」においお「それは絶察にない」ず玳助さんは指摘したす。

    自分たちがどんな挫才をやっおいくのか、それは時代のニヌズずフィットしおいるのか、ずいう点をしっかりず考える。぀たり戊略策定の郚分にこそ努力を振り向けるべきであっお、そこをおざなりにしたたたに、ひたすらに職人芞的にネタを磚き䞊げおいくずいうこずをやっおも垂堎では生き残れない、ずいうのが玳助さんのアドバむスの骚子なんですね。

    このアドバむスは、流行りの資栌や勉匷に飛び぀いお、劎働垂堎のレッドオヌシャンで心身をすり枛らしながら働いおいるのに、なかなか集団のダンゎ状態から抜け出るこずができないず思っおいる人にずっお、ずおも瀺唆深いのではないかず思いたす。

     
     
     
    独立研究者著䜜家カトリック巊掟のアクティノィストJ-WAVE「Bibliotheca」番組ナノィゲヌタヌ䞖界経枈フォヌラムGreat Narrative Initiativeメンバヌ時には倧孊教員人文科孊ず経営科孊の亀差点に生息しおいたす

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