
【連続小説】『問屋街の次女』 第五章「帰ってきた娘」
三か月をつかむため、娘は一日から始める。
「三日分、働いてきました」
父は、私の差し出した茶封筒を見ました。
受け取ろうとはしませんでした。
「いくらや」
私は金額を言いました。
東京では、多いのか少ないのかわからなかった金額です。岐阜の駅前で口にすると、急に、よその家の値段のように聞こえました。
「何をした」
「婦人服の会社で、在庫を数えて、生地を頼んで、型紙を置いて、見本を着ました」
「三日で、えらい何でもやったな」
褒めたのではありません。
父が褒めるときは、もっと何でもない顔をします。今は、何でもしたという私の言葉の中から、何も出来なかったところを探している顔でした。
「何を間違えた」
私は封筒を持ったまま、父を見ました。
「どうして、間違えたと思うの」
「間違えんかった娘は、給金を両手で差し出さん」
父は歩き出しました。
私は封筒を鞄へ戻し、そのあとを追いました。
駅から家までの道は、東京から岐阜までの線路より短いはずでした。
それでも、ずいぶん遠く感じました。
家の表には、長谷川商店の看板があります。
私は毎日、その看板の下をくぐってきました。学校から帰るときも、使いから戻るときも、姉が嫁いだ日に一人で店へ戻ったときも。
今夜は、初めて、帰る資格を尋ねられているような気がしました。
店では、伊藤さんが帳場を閉めていました。
「お帰り、千代ちゃん」
「ただいま戻りました」
「東京は、あんたを返してくれたか」
「はい」
「全部か」
私は返事に困りました。
伊藤さんは笑い、父の顔を見ると、それ以上は何も聞きませんでした。
商売の長い人は、聞いてよいことと、まだ値のつかないことを見分けます。
母は、奥の台所にいました。
私の顔を見るなり、手にしていた菜箸を置きました。
「千代」
怒っている人は、名前を短く呼びます。
「ただいま」
「何が、ただいまですか」
「帰ってきたので」
「帰ってくれば、何をしてもただいまで済むの」
母の後ろで、味噌汁の鍋が煮立っていました。蓋の隙間から白い湯気が出ています。
東京の味噌汁が赤味噌でないことに驚き、岐阜へ帰れば赤味噌であることに安心しました。
人は五日で東京へ寝返っても、六日目には岐阜へ戻れるようです。
「志津のところへ着いたと、電報の一本くらい打てたでしょう」
「電話はしました」
「仕事の電話でしょう。親に仕事のふりをして」
「仕事の電話でした」
「なお悪いわ」
母には、言葉の逃げ道がありません。
父は黒い腕抜きを外し、食卓の端へ置きました。
「飯にしよう」
「あなた」
「腹の減った人間に話をさせると、余計なことまで言う」
父は座りました。
私は、自分が余計なことを言うのを待たれているのだと思いました。
夕食は、鯖の煮つけと、胡瓜の酢の物と、赤味噌の汁でした。
母は私の茶碗へ飯をよそいませんでした。
自分でよそいました。
家出をした娘には、飯まで自立させるつもりなのかもしれません。
父は鯖の骨を外しながら、
「最初から話せ」
と言いました。
私は、東京駅で三浦さんと会ったところから話しました。
東和洋装へ行ったこと。
宇野さんに、吊るしの服を一枚選べと言われたこと。
仕事が欲しいと頼み、三日だけ働かせてもらったこと。
母は、三浦さんのところで一度、宇野さんのところで二度、口を挟みそうになりました。
父が黙っているので、母も黙りました。
私は、格子のワンピースの注文を受けたことを話しました。
在庫を色だけで数え、S、M、Lの違いを見なかったこと。
M寸一着の用尺を、全部の服へ掛けたこと。
地直しも、柄合わせも、織り疵も、予備も考えなかったこと。
父の店へ、こちらの都合だけを言って、反物を切らせようとしたこと。
母の箸が止まりました。
父は止まりませんでした。
「宇野さんが四反買ってくれました」
「知っとる」
「取り外せる白い襟と、斜めのポケットに変えて、生地を節約しました。見本も作り直しました」
「それで」
「注文は断らずに済みました」
「売れたんか」
「まだ全部は売れていません」
「なら、済んどらん」
父は鯖の骨を皿の端へ置きました。
東京では、服が出来ても仕事は終わりませんでした。
岐阜では、売れても代金を受け取るまで終わりません。
仕事の終わりは、働く場所によって少しずつ遠くなるようです。
「雇うてもらえたんか」
「いいえ」
母が顔を上げました。
「雇ってもらえなかったの」
「はい」
「それで帰ってきたのね」
母の声が、少しやわらかくなりました。
母は、失敗した娘なら叱れても、また出て行く娘をどう叱ればよいのか、まだ知らないのです。
「もう一度、行きたいです」
私は言いました。
母の声は、すぐ元へ戻りました。
「何を言ってるの」
「東和洋装で働きたい」
「雇わないと言われたんでしょう」
「帰って、自分の返事をしてから来なさいと言われました」
「誰への返事?」
「お父さんと、お母さんと、達夫さんに」
母は父を見ました。
父は私を見ました。
「わしは、返事を待っとった覚えはない」
「私が、しないまま出ました」
「なら、勝手に行って、勝手に戻っただけや」
「はい」
認めると、母が困った顔をしました。
言い訳をすれば叱れます。認めた人間は、次に何をするかを尋ねなければなりません。
「東京で何がしたいの」
母が尋ねました。
「服を売りたい」
「ここにも服はあるでしょう」
「ここにあるのは、生地です」
言ってから、私は店のほうを見ました。
障子の向こうに、反物を積んだ棚があります。
父と伊藤さんが売り、母が埃を払い、私も数えてきた生地です。
それを、ただの生地と言ったように聞こえました。
「生地が服になるところを知りたいんです」
私は言い直しました。
「誰が着るかを考えて、どの形にして、いくらで売って、売れなかったら何を直すのか。それを知りたい」
「知って、どうする」
父が尋ねました。
「まだ、わかりません」
その言葉を口にすると、東京駅のホームが少し近くなりました。
便利な言葉でも、わからないときに使えば、嘘ではありません。
「わからんことのために、縁談を止めるんか」
「わからないまま嫁ぐよりは、いいと思います」
母が息をのみました。
父は湯呑みを持ち上げました。
「達夫君には」
「明日、私から話します」
「何て」
「東京で働きたいと」
「それから」
「三か月、待ってほしいと」
三か月という言葉は、そのとき初めて口から出ました。
汽車の中では考えていませんでした。
三日では短く、一年では長い。
間を取ったわけではありません。
けれども、ずいぶん間を取った数字に聞こえました。
「三か月で何がわかる」
父が言いました。
「三日よりは、わかります」
「三年よりは、わからん」
「三年くださいと言ったら、くれますか」
母が、
「千代」
と低く言いました。
父は怒りませんでした。
「三か月も、まだやっとらん」
そのとおりでした。
私は、貰っていない三か月を、もう短いもののように扱っていました。
東京へ行くと、人はまだ手に入れていないものまで自分のものにするのでしょうか。
「ごちそうさまでした」
父は箸を置きました。
「明日の朝、帳場へ来い」
「はい」
「八時や」
「店は八時半からでしょう」
「東京では、早う行ったそうやな」
父は立ち上がりました。
東京で覚えたことは、岐阜でも私を早起きさせるようです。
食事のあと、母は私の鞄を開けました。
汚れたブラウスを取り出し、白い替え襟を見つけました。
「これは?」
「東和洋装で貰いました」
母は四つ目のボタン穴を見ました。
「曲がってるわね」
「着れば、わかりません」
「そういう問題じゃないでしょう」
母は、縫い目の裏を返しました。
「でも、きれいなかがり方」
早苗さんが縫った襟を、母は指の腹でなぞりました。
人は、知らない相手の仕事なら、素直に褒められるようです。
「洗っておくわ」
「自分で洗います」
「東京へ行く人は、家で洗濯を頼まないの?」
「そういうわけじゃ」
「なら、置いておきなさい」
母は襟を持って台所へ行きました。
怒っていても、洗うものは洗う。
家族というものは、話より先に汚れ物を片づけます。
私は二階の部屋へ上がりました。
姉が嫁ぐ前まで使っていた部屋です。
箪笥の上に、姉が置いていった小説が二冊あります。表紙の角は白く擦れ、頁の間には、昔の映画館の半券が挟まっていました。
姉は、嫁ぐ前には本を貸してくれました。
嫁いでからは、漬物の漬け方や、夫の好物のことを手紙に書くようになりました。
本の中の女は、何度でも家を出ます。
現実の女は、出た家の洗濯物を気にします。
私は布団へ入ってからも、母が水を使う音を聞いていました。
翌朝、七時五十分に帳場へ行きました。
父はもういました。
店の雨戸は半分だけ開き、朝の光が床へ細長く差していました。反物の棚は暗く、色札だけが浮いて見えます。
帳場の上には、昨日の茶封筒がありました。
鞄へしまったはずです。
母が出したのでしょう。
父は封筒の中身を数えていませんでした。
糊のついた端を見れば、開けていないとわかります。
「これは、おまえの金や」
父が言いました。
「はい」
「家へ入れるつもりか」
「見せるつもりでした」
「見た」
父は封筒を私の前へ押しました。
私は受け取りました。
給金は、父の手を通っても、やはり紙の重さでした。
「東京へ行く汽車賃にします」
「もう行くつもりか」
「行きたいです」
「気持ちは、昨日聞いた」
父は帳面を一冊、私の前へ置きました。
長谷川商店の売上帳でした。
「商売の話をしよう」
私は座り直しました。
娘として叱られるより、商売相手として断られるほうが怖いと思いました。
東京では、宇野さんがそうでした。
人を怒鳴らず、数字を出させる。
父も同じことをするのでした。
「おまえが東京へ行って、うちに何の得がある」
「東和洋装で、売れる服を見ます」
「東和の服が売れて、うちに何の得がある」
「生地を買ってもらえます」
「三日前にも買うてもろた」
「もっとです」
「どれだけ」
私は黙りました。
父は、帳面の一頁を開きました。
東和洋装の名がありました。
春からの注文が、日付ごとに記されています。
一反。二反。半反。紺の無地。小花。そして、今回の格子。金額まで並んでいました。
私は、東京で東和洋装の仕入れ台帳を見ました。
岐阜へ帰れば、長谷川商店の売上帳があります。
同じ生地が、片方では仕入れになり、片方では売上になります。
品物は一つでも、帳面には二つの顔を持つのでした。
「東和で、何が売れたか聞きます」
「それを、うちへ知らせるんか」
「はい」
「勤め先の帳面を、家へ流すんやな」
父の声は低くありませんでした。
低くない声のほうが、逃げ場がありません。
「それは……」
私は言葉を止めました。
山川洋品店が何枚注文したか。
東和洋装がどの値段で卸したか。
どの店が返品したか。
それは東和洋装の仕事です。
宇野さんが私へ見せる数字を、私は自分の家へ持ち帰るつもりでした。
「いけません」
「何が」
「東和の帳面は、東和のものです」
「ほう」
「私が見ても、うちへ知らせてはいけない数字があります」
「なら、何を知らせる」
私は売上帳を見ました。
長谷川商店が、東和洋装へ何を売ったか。
それなら、もともと両方が知っています。
「うちから出した生地が、どんな服になったか」
父は黙っていました。
「その服が、どんな人に買われたか。注文が増えたなら、何がよかったのか。減ったなら、色か、値段か、洗ったあとの縮みか。東和さんが話してよいことだけ聞いて、うちの品番ごとに書きます」
「宇野さんが、話すと言うたんか」
「まだです」
「まだ聞いてもおらんことを、うちの得に数えるんか」
「聞きます」
「雇われてもおらん」
「雇ってもらいます」
「どうやって」
「働いて」
父は私を見ました。
自分でも、ずいぶん頼りない答えだと思いました。
働くために雇われたいのに、雇われるために働くと言っています。
鶏と卵なら、どちらが先でも朝になります。
仕事は、そうはいきません。
「三か月ください」
私は言いました。
「そのあいだ、長谷川商店から給金はいりません。汽車賃も、東京で暮らすお金も、自分で出します」
「出せるんか」
封筒を見ました。
「最初の汽車賃は」
「その先は」
「働いて貰います」
「雇われんかったら」
「帰ります」
口にすると、胸の奥が痛みました。
「帰って、どうする」
「そのとき考えます」
「それは、条件やない」
父の言うとおりでした。
条件とは、都合の悪いときにこそ働く言葉です。うまくいかなかったら考える、では、何も決めていません。
私は帳面の余白へ、鉛筆で線を引きました。
一、期間は三か月。
二、生活費は自分で負担する。
三、東和洋装が話してよい範囲で、長谷川商店の生地がどんな服になり、どう売れたかを月に一度報告する。
四、雇われなければ、三日以内に岐阜へ戻る。
書いてから、四つ目を見ました。
三日以内。
東京で次の仕事を探す時間はありません。
けれども、父に三か月を求めるなら、私も一つは失わなければなりません。
商売は、損をしない仕事ではない。
どの損を自分で引き受けるか決める仕事です。
「これでどうですか」
父は紙を読みました。
「何で三か月や」
「次の春物の話が出始めるまでです」
父の目が、紙から私へ上がりました。
東和洋装では、六月のうちから秋物を作っていました。服は、店へ出る季節より前に作ります。
三か月いれば、秋から冬へ、そして次の春の話が出始めるところまで見られると思いました。
「服は、店へ出る季節より前に作ります。長谷川商店が次の生地を売るとき、東京の服屋が何を探しているか、少しは早くわかります」
「少し、か」
「まだ、少ししか言えません」
宇野さんも、少しは服の話が出来るようになったと言いました。
少しという言葉は、小さいくせに、嘘をつかずに済みます。
父は、売上帳を閉じました。
「今日一日で、これを調べろ」
別の帳面を三冊、積みました。
「何をですか」
「東和洋装だけやない。東京へ出した生地で、一反を切って半端になったもの、返品されたもの、二度注文が来たもの。半年分、品番と理由を分けろ」
「理由は帳面にありません」
「なら、誰が知っとる」
店の奥で、伊藤さんが雨戸を外していました。
「伊藤さん」
「ほかは」
仕入れをした父。
荷を作った店員。
織元。
東京の得意先。
「聞きます」
「今日中や」
「何時まで」
「店を閉めるまで」
宇野さんより、少しだけ親切でした。
締切の時刻を、最初から教えてくれたからです。
朝の八時半になると、店の雨戸が全部開きました。
問屋街の一日が始まりました。
荷車が来て、電話が鳴り、得意先が帳場へ腰を下ろしました。
私は帳面を広げたまま、店の仕事もしました。
お茶を出し、反物を運び、送り状を書き、その合間に印をつけました。
赤は返品。
青は追加。
黒は半端。
印をつけるたび、理由を伊藤さんに聞きました。
「これは、どうして戻ったんですか」
「色が見本より暗いと言われた」
「これは半反だけです」
「東京の縫製屋が、見本を二着作る言うた」
「二度目の注文が早いです」
「最初から足らんかったんやろ」
「売れたんじゃなくて?」
「向こうへ聞かな、わからん」
私は電話をかけました。
東京の得意先へ、長谷川商店の長谷川です、と名乗りました。
今度は、自分の家の名を先に言いました。
「先日お送りした紺の細縞ですが、その後、追加をいただいた理由を教えていただけませんか」
〈急に何や〉
「次の品揃えの参考にします」
〈娘さんか〉
「長谷川です」
電話の向こうで、男の人が笑いました。
娘が店の名を名乗ると、名前より先に父の顔が浮かぶのでしょう。
いつか、長谷川と言ったとき、私の顔が浮かぶ人も出来るのでしょうか。
細縞は、男物のシャツではなく、若い女のブラウスに使われていました。
小花は、子供服になっていました。
灰色の無地は、事務服のスカートになり、洗っても皺になりにくいと追加が来ていました。
反物の棚では、どれも同じ幅に巻かれています。
服になると、年齢も、仕事も、洗濯の回数も違いました。
昼を過ぎても、私は帳面から顔を上げませんでした。
母が握り飯を二つ持ってきました。
竹の皮を開くと、梅干しが入っていました。
「東京と同じね」
私が言うと、
「昔からです」
と母は答えました。
東京で新しく見えたものの中には、家から持っていったものもあったのです。
夕方、私は一枚の表を父へ出しました。
追加注文の多かったもの。
返品の多かったもの。
半反で求められたもの。
用途のわかったもの。
わからない欄も残しました。
前の私なら、何かを書いて埋めたかもしれません。
空欄は、知らないことを知らないままにしないための場所です。
父は表を最初から最後まで読みました。
「細かいな」
「服になると、細かくなります」
「反物の商いが大まかやと言うんか」
「そういう意味では」
「言うた言葉には、たいてい、そういう意味も入っとる」
父は表を裏返しました。
裏には、朝に書いた四つの条件があります。
「月に一度では遅い」
「では、二度」
「毎週や」
「毎週?」
「東京は動くんやろ」
「動きます」
「なら、四週間前の話を聞いて、何を売る」
私は三つ目の条件を直しました。
三、毎週日曜までに、報告を一通送る。
「東和さんの秘密は書きません」
「当たり前や」
「わからないことは、わからないと書きます」
「それも当たり前や」
当たり前のことは、言われると簡単です。
守ろうとすると、急に難しくなります。
父は、引き出しから三枚の小さな布を出しました。
薄い黄緑の格子。
臙脂色の小花。
灰色と青の細い縞。
どれも、長谷川商店の棚で長く見てきた生地です。
けれども切り取られると、知らない布に見えました。
「この三つを、東京へ持っていけ」
「売るんですか」
「誰が着るか聞いてこい」
初めて東和洋装へ行った日、宇野さんに尋ねられた言葉でした。
「誰が、着るか」
「売れるかどうかは、そのあとや」
父は三枚の布を重ね、紙へ包みました。
「三か月や」
私は父の顔を見ました。
「行っていいんですか」
「許したんやない」
「では」
「条件が合うた」
父は、朝に私が引いた線の下へ、長谷川商店、と書きました。
判は押しませんでした。
親子の約束に判を押すと、破ったときに他人のせいに出来なくなるからかもしれません。
「東和さんに雇われんかったら、三日で戻れ」
「はい」
「志津さんには、わしから頼まん。自分で頼め」
「はい」
「達夫君には、今日話せ」
「はい」
「それから」
父は、私の茶封筒を指しました。
「汽車賃を出したら、残りを数えとけ」
「どうして」
「東京の金は、黙っとっても減る」
叔母も同じことを言っていました。
父と叔母は血がつながっていません。
商売をする人は、お金のところで親戚になるようです。
水野達夫さんとは、柳ヶ瀬の喫茶店で会いました。
母は家へ呼ぶと言いましたが、断りました。
家で話せば、父と母の返事に見えます。
これは、私がしなければならない返事です。
達夫さんは、約束の時刻より十分早く来ていました。
薄い鼠色の背広を着て、暑いのにネクタイを締めています。
卓上の水には、まだ口をつけていませんでした。
真面目な人は、相手が来る前に水まで飲まないのでしょうか。
「お帰りなさい」
「黙って行って、すみませんでした」
「僕に謝ることではありません」
そう言われると、謝ったものを返された気がしました。
私は椅子へ座りました。
女給さんが冷たい珈琲を二つ運んできました。達夫さんが先に頼んでいたのです。
私が夏には冷たいものを飲むことを、覚えていました。
人は、相手を知らないまま縁談を進めるわけではありません。
知っていることが少ないまま、先のことをたくさん決めようとするのです。
「東京はどうでした」
「暑かったです」
「岐阜も暑いですよ」
「人が多かったです」
「それは東京ですから」
私たちは、どうでもよいことを三つずつ言いました。
大事な話の前には、言葉も水へ入って身体を冷やすようです。
「東京で働きたいと思っています」
私は言いました。
達夫さんは、驚きませんでした。
父から聞いているのかと思いました。
「そうだろうと思いました」
「どうして」
「働きたくない人は、黙って東京まで行きません」
「逃げたと思いませんか」
「何からです」
「縁談から」
達夫さんは、珈琲へミルクを入れました。
白い筋が、黒い中をゆっくり広がりました。
「逃げる人は、戻って返事をしないでしょう」
「まだ返事をしていません」
「今、しているところでは」
私は膝の上で手を重ねました。
「三か月、東京へ行かせてください」
「僕が行かせるんですか」
父と同じようなことを言いました。
男の人たちは、許しを求められると、急に、そんな権利はないという顔をします。
女が許しを求めずに出て行くと、順序が違うと言うのです。
「待ってください」
私は言い直しました。
「三か月たったら、戻るんですか」
「一度は戻ります」
「一度」
達夫さんは、その言葉を繰り返しました。
私は、珈琲の氷を見ました。
三か月で帰る、と言えば安心させられます。
東和洋装で働き続ける、と言えば自分を勇気づけられます。
どちらも、まだ本当ではありません。
「三か月後に、もう一度、自分で決めます」
「結婚するかどうかを?」
「どこで、どう働くかも」
「結婚と仕事は、別の話ですか」
「別ではないと思います」
「僕も、そう思います」
達夫さんは、怒っていませんでした。
怒っていない人の言葉は、長く残ります。
「僕は、あなたが結婚しても店を手伝うと思っていました」
「水野家の店を?」
「ええ」
「帳場を?」
「店の仕事です」
「反物を選べますか」
達夫さんは、少し黙りました。
「父と相談になります」
「仕入れは?」
「それも」
「私の給金は?」
「家の仕事ですから」
達夫さんは、そこで初めて困った顔をしました。
東京へ行く前の私なら、真面目な答えだと思ったでしょう。
今は、聞かれていない寸法の服を差し出されたように感じました。
悪い服ではありません。
ただ、私のからだを測っていないのです。
「私、家の仕事ではなく、自分の仕事がしたいんです」
「家の仕事は、自分の仕事になりませんか」
「なる人もいると思います」
「あなたは?」
私は、すぐに答えられませんでした。
長谷川商店の帳場で、私は自分の名を名乗りました。
父の店でも、自分の仕事を作れるかもしれません。
けれども、それを確かめるためにも、東京へ行きたいのです。
「まだ、わかりません」
達夫さんは、小さく笑いました。
「便利な言葉ですね」
「よく言われます」
「僕も使っていいですか」
「何に」
「三か月待つかどうか」
今度は、私が困る番でした。
「待ってほしいです」
「あなたは、三か月後の返事を約束しない。僕には、三か月待つ約束をしてほしい」
「勝手ですね」
「ええ」
達夫さんは、氷の溶けかけた珈琲を飲みました。
「縁談というのは、たぶん、二人の勝手を同じ家へ入れられるか試すことなんでしょう」
小説の男の人なら、ここで、いつまでも待つと言うのかもしれません。
現実の達夫さんは、帳場の人でした。
期限も、条件も、相手の都合も見ます。
そのほうが誠実なのだと思いました。
少し寂しくもありました。
「三か月、ほかの縁談は進めません」
達夫さんが言いました。
「待ってくれるんですか」
「止めておくだけです」
「違いますか」
「待つと言うと、あなたが帰るのを期待しているようでしょう」
「期待していないんですか」
「しています」
達夫さんは、真面目な人でした。
真面目な人は、期待まで隠しません。
「でも、あなたが違う人になって帰ってきたら、前と同じ話は出来ません」
「達夫さんも、三か月で変わるかもしれません」
「僕は名古屋にいます」
「名古屋にいる人も、変わります」
達夫さんは、少し考えました。
「そうですね」
私たちは、それ以上、約束を増やしませんでした。
店を出ると、柳ヶ瀬の通りには夕方の人が増えていました。
達夫さんは駅前まで送ると言いました。
私は断りませんでした。
並んで歩きながら、達夫さんは私の白い襟を見ました。
「新しいんですか」
「貰いました」
「東京で?」
「仕事をした人から」
「似合っています」
私は、ありがとうと言いました。
今度は、きちんと言えました。
褒めた人の目まで一緒に身につけるのは、まだ気恥ずかしいものです。
けれども、返された言葉を受け取るくらいは、出来るようになりました。
家へ戻ると、母が風呂敷を三つ並べていました。
一つには着替え。
一つには手拭いと石鹸。
もう一つには、梅干しと削り節と、赤味噌が入っていました。
「三か月分ですか」
「味噌を三か月分持ったら、服を入れる場所がないでしょう」
母は、私の水色のブラウスを畳みました。
白い襟は、洗われて、縁側に干してありました。
四つ目のボタン穴は、洗っても曲がったままです。
「達夫さんは」
「三か月、話を止めると言いました」
「待ってくださるのね」
「止めるのと待つのは違うそうです」
「男の人は、そういうところだけ言葉を分けるのね」
母は畳んだ服を風呂敷へ入れました。
「お母さんは、反対ですか」
「反対したら、行かないの」
「行きます」
「なら、反対するだけ疲れるでしょう」
叔母と同じことを言いました。
姉妹は、離れて暮らしても、言葉の縫い方が似ています。
「でも、賛成はしません」
「どうして」
「賛成したら、失敗したとき、私のせいにするでしょう」
「しません」
「今はね」
母は風呂敷を結びました。
「行きたいなら、自分のせいで行きなさい」
私は、母の手元を見ました。
結び目は固く、引けばすぐ解ける形になっていました。
引き止めない人ほど、荷造りを丁寧にします。
翌朝、私は上京列車に乗りました。
今度は見送る人が三人いました。
父と母と、伊藤さんです。
達夫さんは来ませんでした。
来ないことも、話し合った結果の一つでした。
父は、紙に包んだ三枚の生地を私へ渡しました。
「誰が着るか、やぞ」
「はい」
「売れるかどうかを先に聞くな」
「はい」
伊藤さんは、鉛筆を二本くれました。
「東京は、鉛筆も高いやろ」
「同じだと思います」
「ほんなら、岐阜のを使え」
母は竹の皮の包みを渡しました。
握り飯が二つ入っていました。
「向こうへ着くまでに食べなさい」
「東京まで持ちませんか」
「東京へ着く前に、お腹が空くでしょう」
家族は、未来の心配をするときにも、まず昼飯を考えます。
汽車が動き出すと、母は手を振りました。
伊藤さんも振りました。
父は振りませんでした。
ただ、私の乗った窓を見ていました。
私は席へ座り、茶封筒を開けました。
東京から持ち帰った給金を、初めて数え直しました。
汽車賃を引く。
帰りの分を残す。
荻窪から日本橋までの電車賃。
昼飯。
洗濯石鹸。
紙と封筒と切手。
父へ毎週報告を送るなら、切手代も仕事の金です。
給金は、数えたとたん、三日間の値打ちではなく、これからの日数になりました。
あと何日、東京にいられるか。
紙幣は、未来を小さく折り畳んだ紙でした。
東京へ着いたのは、午後でした。
今度は出口を間違えませんでした。
中央線にも、一人で乗りました。
荻窪の叔母の家へ行くと、玄関は開いていました。
叔母は私の顔と、三つの風呂敷を見ました。
「早かったわね」
「何が」
「帰ってくるのが」
「泊めてくれますか」
「もう荷物を上げてる人に、嫌だと言っても遅いでしょう」
「三か月です」
「長いわね」
「嫌ですか」
「家賃を入れて」
「はい」
叔母は少し驚きました。
「いくら」
私は考えました。
「まだ、わかりません」
「便利な下宿人ね」
叔母は笑いました。
「仕事は決まったの?」
「これから決めてもらいます」
「荷物は?」
「置いていきます」
「また、いきなり行くの」
「いきなりではありません。取りに来いと言われました」
「何を」
「写真を」
叔母は、わかったような、わからないような顔をしました。
私は水色のブラウスへ着替えました。
白い襟をつけました。
四つ目のボタン穴へ留めるとき、指が少し震えました。
東京へ戻ると決めたのは岐阜です。
けれども、東和洋装の戸を開けるまでは、戻ったことにならないような気がしました。
日本橋横山町へ着いたのは、四時すぎでした。
問屋街は、一日の終わりへ向かって、いちばん忙しい時間でした。
荷が出て、伝票が走り、電話が鳴っています。
東和洋装の前には、木箱が三つ積まれていました。
小坂さんが縄を掛けています。
私を見ると、鉛筆を耳から外しました。
「問屋の娘さん」
「長谷川です」
「帰ったんじゃなかったの」
「帰って、来ました」
「忙しい帰り方だね」
小坂さんは店の奥を見ました。
「宇野さん、二階」
「会えますか」
「会えるかどうかは、本人に聞いて」
東京の人は、二度目から道を教えてくれません。
自分で上がれると知っているからです。
二階では、裁断台いっぱいに紺色の布が広がっていました。
松井さんが裁ち鋏を動かし、早苗さんが印をつけています。
宇野さんは電話を肩と頬の間にはさみ、伝票へ赤鉛筆を走らせていました。
私を見ました。
見ただけでした。
「戻りました」
宇野さんは、受話器の向こうへ、
「それでは十二枚、明日の便で」
と言いました。
電話を切り、次の伝票を取りました。
「そこに立たれると邪魔」
私は裁断台の端へ移りました。
「こちらも邪魔」
壁際へ移りました。
「手が空いているなら、その束を色別にして」
私は返事をして、伝票の束を取りました。
灰、紺、茶、黒。
品番。
この店の寸法記号。
納期。
三日前なら、色だけで分けたかもしれません。
私は四つを見て、順番に並べました。
途中で電話が鳴りました。
小坂さんが取りました。
荷を取りに来た運送屋が二階へ上がってきました。
松井さんが鋏を置き、紺色の布の傷を私へ見せました。
「これ、印をつけて」
私は白い糸を小さく結びました。
早苗さんが、
「お帰り」
とだけ言いました。
「ただいま」
私は答えました。
家で言ったときより、少しうれしく聞こえました。
五時半になり、ミシンの音が順番に止まりました。
私はまだ伝票を並べていました。
六時を過ぎ、荷が全部出ました。
宇野さんは帳面を閉じ、ようやく私を見ました。
「いつまでいるの」
「三か月です」
「今日の話よ」
「仕事が決まるまで」
「誰の仕事」
「私のです」
「うちに、あなたの仕事はないわ」
言われると思っていました。
思っていた言葉でも、実際に聞くと痛みます。
靴ずれと同じです。
痛くなるとわかって履いても、皮は薄くなります。
私は鞄から紙を出しました。
父と決めた四つの条件と、今日調べた表です。
宇野さんは、立ったまま読みました。
「長谷川商店のために、うちで働くの」
「違います」
「そう書いてあるわ」
「東和洋装で働きながら、長谷川商店の生地について、話してよいことだけ報告します」
「同じでしょう」
「東和洋装の数字は書きません。得意先の名も、値段も、注文数も」
「何を書くの」
「長谷川商店の生地が、どんな服になったか。着る人に、どこがよくて、どこが悪いと言われたか」
「それを集める時間は、誰が払うの」
私は黙りました。
自分の休み時間に、と言おうとしました。
休み時間に店へ行き、客へ聞けばよい。
けれども、その店を紹介するのも、服を見せるのも、東和洋装です。
一人で集めるつもりの情報も、大勢の仕事の上にあります。
「長谷川商店が払います」
「お父さんは、給金を出さないと書いてある」
「では、私が」
「三日分の給金で、会社の時間を買えると思ってるの」
宇野さんは、紙を裁断台へ置きました。
父より厳しいと思いました。
父は、うちに何の得がある、と尋ねました。
宇野さんは、誰がその時間を払う、と尋ねます。
商売は、同じ紙を表からも裏からも読まなければなりません。
「長谷川商店から生地を仕入れるとき、必要なら調べます」
私は言いました。
「東和洋装が商品を作るために必要なことを調べ、その中で長谷川商店へ話してよいものだけ、私が報告します。報告のためだけには、会社の時間を使いません」
「誰が、話してよいと決めるの」
「宇野さんです」
「私が、全部だめと言ったら」
「わからない、と父へ書きます」
宇野さんは、私を見ました。
私は目をそらしませんでした。
東京へ来る前なら、ここで、何でもしますと言ったかもしれません。
何でもする人は、してはいけないことまでします。
「三か月は、誰が決めたの」
「私です」
「なぜ」
「春物の仕込みが始まるまで、東京の服がどう動くか見たいからです」
「見物人はいらないわ」
「働きます」
「何が出来るの」
三日前と同じ問いでした。
私は、今度はすぐに、何でも、と言いませんでした。
「伝票を書けます。在庫を数えられます。反物の品番と色差を見られます。電話を取れます。用尺は、もう一人で決めません」
「決められない、の間違いでしょう」
「今は、決められません」
「ほかは」
「わからないことを、わからないと言えます」
「それは仕事じゃない」
「間違った返事をするより、会社の損を減らせます」
宇野さんの口元が、少しだけ動きました。
笑ったのではありません。
笑わないことを選んだ顔でした。
「お父さんは、何て」
「許したのではなく、条件が合ったと言いました」
「そう」
宇野さんは、紙の包みを指しました。
「それは」
私は三枚の生地を出しました。
薄い黄緑の格子。
臙脂色の小花。
灰色と青の細い縞。
「父からです」
「注文?」
「誰が着るか、聞いてこいと」
宇野さんは三枚を並べました。
格子へ指を置き、小花を裏返し、細縞を光へかざしました。
「あなたは、どう思うの」
「格子は、若い人の夏のブラウス」
「色がくすんでる」
「小花は、子供服」
「柄が細かすぎて、裁ったら沈む」
「細縞は、事務服です」
「どこの事務員が、この幅で足りるの」
三つとも、すぐに切られました。
父は、私に売れるものを持たせたのではありません。
私が、何を見ていないか確かめるものを持たせたのでした。
「すみません」
「謝るのは、服が出来てから」
宇野さんが言いました。
その言葉を聞いて、胸の奥が熱くなりました。
歓迎の言葉ではありません。
それでも、ここへ戻ってきたのだと思いました。
「明日の朝、七時半」
「はい」
「鉛筆を二本。一本は削って、一本は削らずに」
「どうしてですか」
「明日、考えて」
「仕事は」
「来てから言う」
「雇ってくれるんですか」
「一日、使うと言ったの」
「三か月は」
「一日も出来ない人を、三か月置く会社がある?」
「ありません」
「うちは、もっとないわ」
宇野さんは、私の書いた条件の下へ赤鉛筆で一行加えました。
〈試用は一日ごと。不要と判断した日をもって終える〉
「給金は出します。ただし、勉強しに来たつもりなら、学校へ行って」
「働きに来ました」
「それは、明日の仕事を見て決める」
宇野さんは三枚の生地を紙へ戻しました。
「持って帰りなさい」
「まだ、誰が着るか聞いていません」
「私に聞いて済ませるつもり?」
私は紙の包みを受け取りました。
「明日までに、三つずつ考えます」
「三つで足りるの」
「では、五つ」
「数を増やせば、考えたことになる?」
また、間違えました。
「誰が、どこで、何をするときに着るか、理由をつけて考えます」
「明日の七時半まで」
「はい」
「返事だけは、一人前ね」
初めてここで働いた朝と同じことを言われました。
私は、少しも進んでいないのでしょうか。
いいえ。
同じ言葉を言われて、どこが足りないのか考えるようになりました。
それくらいは進んだのだと思います。
一階へ降りると、小坂さんが最後の雨戸を閉めるところでした。
「決まった?」
「明日一日です」
「短いね」
「一日ずつ、三か月にします」
「九十日もあるよ」
「はい」
「日曜は休み」
「では、八十日くらいですね」
小坂さんは笑いました。
外へ出ると、問屋街には夕方の熱が残っていました。
私は片手に生地の包みを持ち、もう片方で白い襟に触れました。
四つ目のボタン穴は、やはり少し斜めです。
父には、三か月の条件を認めてもらいました。
達夫さんには、三か月、話を止めてもらいました。
母には、自分のせいで行けと言われました。
宇野さんから貰えたのは、明日の一日だけでした。
九十日を手に入れたつもりで東京へ来て、私は一日から始めます。
帰ってきた娘を、東京は少しも待ってはいませんでした。
待っていないからこそ、私は、明日の七時半に間に合わなければなりません。
第五章 了
第六章「削っていない鉛筆」へ続く