
アメリカのカルピス:日本発ブランド、60年の挑戦
カルピス(CALPICO)の米国市場展開の沿革
進出時期・背景:カルピス社による北米展開は戦後まもない1958年に始まり、当初は主に在米邦人向けの輸出に注力した[1]。1977年にはロサンゼルスに駐在員事務所を設置し市場調査を強化、1982年には米国子会社Capy International, Inc.を設立し、日本名「カルピス」を「CALPICO(カルピコ)」ブランドで本格的に販売開始した[1]。
1991年2月には米国法人CAPY U.S.A., Inc.(現・CALPIS U.S.A., Inc.)を設立し、北米における流通網構築に着手した[2]。なお、米国では「Calpis」の英語読みに近い名称の語感から、ブランド名をCalpicoとすることで現地市場向けに差別化している[1]。

初期戦略:80年代〜90年代は濃縮原液製品を中心に、日本風の乳酸菌飲料として在米アジア系スーパーや日系マーケットで普及を図った。競合は少ない一方、市場全体は小規模であったため宣伝は限定的であったと考えられる。1990年代末までにPETボトル製品の開発は進められたものの、米国における即飲み(RTD)市場への本格参入は遅れた。
2000年代:事業多角化と米国展開
2000年以降、カルピスは飲料以外の領域にも進出した。2000年には米国イリノイ州シカゴに研究施設を開設し、家畜用飼料添加剤「カルスポリン(Calposorin)」の研究・開発に着手。カルスポリンは乳酸菌由来の微生物資材で、2006年には大手畜産企業タイソンフーズにも採用されるなど一定の実績を上げた[3]。一方、健康食品分野では日本で開発した栄養補助サプリ「アミール・ビーピー(Amil B.P.)」を2003年に米国市場で試験販売し、2007年には錠剤商品として全米展開を図ったが、09年に販売を終了している[4]。
飲料分野では、従来の濃縮タイプのほか、現地向けに砂糖不使用の「Sugar-Free」版や大容量パックなど商品バリエーションを徐々に拡充した。2007年頃にはアサヒ飲料と提携して自販機事業を行っており(国内展開だが)、米国でもアサヒグループ傘下となる流れに沿い、共同マーケティング体制の整備が進められた。
2010年代以降:アサヒグループ傘下での統合と拡大
2012年5月、味の素はカルピス株式会社の全株式をアサヒグループホールディングス(AGHD)に譲渡する契約を締結し、同年10月1日付でカルピス社はAGHDの完全子会社となった[5]。これによりカルピス事業はアサヒの飲料事業戦略の一部となり、米国法人もアサヒグループが直接関与することになった(同時にアサヒ飲料の登録商標に一本化)[6][5]。
2016年には、アサヒ飲料が社名をエチカ(Echika)からアサヒ飲料に統一する中で、カルピス関連事業はアサヒ飲料の機能子会社化が完了。これに伴い米国事業も整理され、米国向け飲料事業は「Calpis Beverage USA(略称CBUSA)」として独立しつつアサヒ飲料の傘下に入った[7]。以降、CBUSAを通じてCalpico飲料の米国展開が推進されている。アサヒ側からは米国での商品ポートフォリオ強化策として、乳酸菌飲料以外にも「六条茶(Juroku Cha)」「三ツ矢サイダー」「レフレッツ」などの日本製飲料を米国市場に導入する形で販路を広げている。
事業提携・買収の動き:アサヒとの経営統合のほか、米国市場固有の提携は大きな動きは見られなかった。2000年代に米国企業とのJVや買収はなく、基本的には自社輸入販売で事業を進めた。一方、2012年以降のアサヒグループによるグローバル戦略の中で、北米での販売チャネル獲得やマーケティング支援が強化されている。