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泣きながらご飯を食べたあの日

    看護師しょうこ

    私は生きてきて一度だけ、この世から消えようとしたことがある。
    12月12日は大嫌いで大好きな日。

    人生で、もう私終わりでいいや。
    もう全部おしまいにしてしまおう。

    そうやって思った時が唯一あって。
    もう15年以上も前だけど、今日がその日。

    まあでもなにを思ったのか分からないけれど、それを母に話した。

    普通はそんなこと話さないし、
    そんなのおかしいって思う人が数えきれないくらいいることだって知っている。

    でもありがとうを言わずに消えるなんて、おしまいにしてしまうなんてダメだと思った。
    理由は分からない。
    ただ、産んでくれて、今まで育ててくれた感謝を伝えずに消えるなんて、それだけは絶対に許せなかった。
    今から消えようとしている人が言うことじゃないよね。
    でも、そう思った。

    そうしたら、母は普段通りの顔でいつもの声で。

    いいよ。だってもう産まれてきてくれただけで充分幸せだから。
    しょうちゃんに今までいっぱい幸せをもらったもん。でもね。
    最後まで闘ってみたの?まだ負けてないでしょ?
    お金も持っているものも全部使い果たしてから、そうしたらもう一回考えなさい。
    闘うのに必要なものが足りないなら、いくらでも用意するし手伝うし全力で応援する。お父さんだって同じ気持ちなんだよ。
    だから今はお母さんが作ったご飯食べな。

    そんなことを言われて。
    テーブルいっぱいに並んだ私の大好きな料理たち。
    その光景を見た瞬間、胸がぎゅっと締めつけられるような感情が込み上げてきて言葉にできなかった。

    私は気がついたら泣きながらご飯を食べていた。
    声をあげて、小さい頃に泣いていたみたいに。
    完全に子供に戻っていた。

    母は何も言わなかった。ずっと黙っていて、私が子供みたいに泣きながらご飯を食べているのを見ていた。

    母が作ったご飯を全部食べ終わった後に、
    “泣きながらご飯を食べたことある人はね、何があっても大丈夫”

    そうやって母はいつもの顔をして笑っていた。
    なんだか私は、全部ふっきれてどうでもよくなった。

    闘うことに決めたのはこの時だ。

    今でもあの日の気持ちは覚えてる。
    でもそれ以上に、
    私のお母さんって最強だなって思って。
    お母さんの血が私にも流れているのなら

    私は絶対に大丈夫
    そうやって強烈に思ったのが12月12日。

    誰かにまたおめでとうって言えたり、おめでとうって思えたりする日も。相変わらず悔しい日も悲しい日だってあるけれど。
    それはあの日私が生きると決めた日。

    泣きながらご飯を食べた日。

    𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
    モノカキングダムに参加します。
    これは私の大切な大切な思い出。今だから、知られてもいいなって思って書きました。
    2年の闘いを経て、完全勝利を手に入れたことを追記します。

    あなたの大切な時間を使って読んでいただけて本当に嬉しいです。
    ありがとうございます。
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    今は「看護師の仕事、大好き!」と言えるようになった私の、現場からの本音。 好きな看護技術は採血と点滴。 看護師21年目、主任3年目。 note 日経新聞共同企画30代のキャリアにて日経COMEMO賞受賞。 書く部(ふぁみりー!)所属 Amazonアソシエイト参加中🎈

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