
半年で13人退職した崩壊病棟の組織再生
「そんなに使えない目なら、目が見えない人に移植してあげたらいいじゃない。」
看護師1年目の時、先輩に言われた言葉だ。
あれから20年が経った今でも、その一言は頭の片隅に残っている。
新人だった私は、何も言い返せなかった。
悔しかったけど、黙って仕事を続けた。
ただ、1つだけ決めた。
「いつか後輩ができても、私は絶対にこんなことは言わない」
と心の中で誓った。
今年の4月、私は看護師21年目、主任として3年目を迎えた。
新人の頃の私は、まさか自分が崩壊した病棟の立て直しを任されることになるなんて、想像もしていなかった。
本来は、今年の4月から外来部門に異動する予定だった。
ところが直前になって、異動先の話が変わる。
看護部長から呼びだされて、直々に頭を下げられた。
「どうしても、あの病棟に応援として入ってほしい。」
その病棟では、わずか半年ほどの間に13人のスタッフが退職していた。
なんとなく噂は聞いていたけれど、外から見る景色と中から見る景色は別物だ。
応援に入った初日、その空気だけで十分だった。
スタッフは管理職を信じられず、管理職もスタッフを信じられない。
何か問題が起きれば犯人探しが始まり、「守ってもらえる」という安心感はどこにもない。
人が辞めていく理由は、1つではない。
給料かもしれない。
忙しさかもしれない。
人間関係かもしれない。
でも20年以上看護師を続けてきて、一つだけ確信していることがある。
人は、「ここにいても大丈夫」と思えなくなった時、職場を去る。
だから私は、この病棟でもう一度、「ここにいても大丈夫」と思える場所をつくりたい。
そんな思いで、4月から応援に入った。
2026年4月、疲れ切っていた病棟
病棟全体から「余裕」が消えていた。笑い声も、活気もなかった。
誰かが失敗をすると、すぐに犯人を探す。
「誰がやったの?」そんな言葉が自然と飛び交う空気で溢れていた。
実際、4月のはじめには、また何人かのスタッフが、
「辞めたい」「私今月末で辞めようと思っているんです」と口にしていた。
本来なら、4月はどんな時期か。
看護師2年目になったスタッフを全体でサポートしたり、新人看護師をみんなで育てる時期だ。
でも、その余裕なんて、どこにもなかった。
新人看護師が入職してきても、教育担当が決まらない。
残ったスタッフたち自身も、十分な教育を受ける機会がないまま現場に立っていた。
1つ1つを丁寧に教えてくれる人に出会っていなければ、自分が教える側に回った時、どんな態度になるだろう。
「適当にやればいいから」
「そのへんに書いてあるから」
そんな会話が当たり前になっていた。
そして、それをおかしいと声をあげる人が1人もいなかった。
教えたい気持ちがないんじゃない。どう教えたらいいかが分からないのだ。
自分の仕事をこなすだけで精一杯の中で、何かあれば問い詰められる。
どうして、この病棟はここまで追い詰められてしまったのだろう。
そう思っていた時、こんな話を聞いた。
ある日、患者さんが急変した。
若い看護師は、慣れないながら必死にご家族へ連絡を入れた。
すると、リーダーをしていたスタッフからこう言われたそうだ。
「なんで電話したの?私も家族にしたんだけど。かぶっちゃったじゃん。最悪。」
その若手スタッフは、患者さんとご家族のためにできる限りのことをしている中で、責められた。
私には、ご家族への電話が重複したことが問題だとは思えなかった。
問題だったのは、必死に動いた人が責められることだ。
その空気が、「聞けない」という環境を生んでいた。
そんな場所で、
「また頑張ろう」「ここで働いていこう」と思える人は少ない。
だから私は、病棟に入る前から一つだけ決めていたことがある。
最初の1か月は、できるだけ注意をしない。
もちろん、患者さんの命に関わることは別だ。
危険なことがあれば、その場の状況で強い言葉も使う。
でも、それ以外のこと。
記録の書き方や提出物のルール。
細かな決まりごと。
そういうことには、あえて口を出さなかった。
いくら同じ病院で働いているとはいえ、私の顔くらいは知っていても、一緒に働くのは初めてだ。
そんな人から、今まで必死に耐えながら働いてきたやり方を否定されたら、誰だって嫌になる。
私はまず、「この人は私たちを責めるために来た人じゃない」と思ってもらいたかった。
だから、見守ることを徹底した。
「忙しい仕事は管理職はやらなくてもいい。」
そんな空気を壊したかったからだ。
医師の言葉が強く、若いスタッフが萎縮しそうな場面では、
「困ったら前に出てくれる人がいる。」
その安心感を作りたかった。
実際、病棟全体が人手不足だった。
一般的な病棟は、25〜30人ほどの看護師で運営される。
年度末に2〜3人、多くても5人程度の退職なら珍しくない。
それが、この病棟では27人いたスタッフが、半年で14人になっていた。
本来25〜30人のスタッフがいることを前提とした病棟で、14人という人数で回し続けなければならなかったのだ。
管理職もまた、限られた人数の中で患者さんの安全を守り、現場を維持することに追われ、余裕を失っていた一人だった。
ただ、スタッフから何度も耳にしたのは、
「守ってもらえている気がしなかった。」という言葉だった。
少しずつ病棟の空気が和らいできたところで、事件が起きる。
信じてもらうほうが先です
とある5月の日に、部長から
「他の管理職も含めて話がしたい」と呼びだされた。
部屋には他の部署の管理職も集まっていた。
机には、1枚の紙が置いてあった。
新人看護師たちから、今の病棟のスタッフが怖いということが記載されていた。
新人研修が終わったあとに、教育担当の師長に話をしたらしい。
「なんでそんなに時間がかかるの」
「調べてきてないなら、今日は業務はやらなくていい」
「そんなにできなくて、患者さんのことどうやってケアするの」
聞きたくても怖くて聞けない。
何か言ったら怒られると思って話かけられない。
そんな言葉の羅列が並んでいた。
この出来事は、私が所用で10日ほど病棟を離れていた間に起きていた。
以前入院して、再入院になった患者さんが、当時私が働いていた病棟までやってきた。
「またこっちの病棟に入院させてよ。今のところは最悪だよ。あそこの看護師怖いんだよ」
そう言っていた。
その後、こんな話も耳にした。
ナースコールを押した患者さんに、
「忙しいから順番に行くって言いましたよね!」
トイレに行きたいと訴えた患者さんには、
「オムツしてるんだから、オムツにしてください。」
そんな対応があったという。
その病棟が、今私が応援に入っている病棟だ。
確かに今回のことは絶対に良くない。
新人看護師や他のスタッフに対しても、言っていい言葉ではない。
スタッフの攻撃性が消えたわけではない。
でも患者さんに向いていたものが、まず患者さんからは離れた。
問題が解決したわけではない。
ただ、少なくとも患者さんへ向いていた苛立ちは、少しずつ現場の内側へ戻ってきていた。
私はそれを「良くなった」とは絶対に言えない。
でも、患者さんを守るという意味では、小さな変化ではあった。
部長から意見を求められたので、教育担当の師長にこう伝えた。
今必要なのは、このスタッフたちをさらに責めることではないと思います。
もちろん、誰に対しても、絶対にこの言葉は言ってはいけません。
新人を突き放すということも絶対にしてはいけません。
でも、今の病棟のスタッフたちは、突然こうなったわけではありません。
限られた人数の中で走り続けるうちに、人を支える余裕まで失ってしまったんです。
その後、部長にも1つ可能であればとのお願いをした。
病棟自体のスタッフの数が足りません。スキルはあってもそれを発揮できてなかったり、性格的なところで損をしてしまっている子もいます。
可能でしたら、一定の期間他の病棟から応援のスタッフが欲しいです。
私も全力でフォローします。
指導で一番難しいのは、正しいことを言うことではない。
感情を乗せすぎないことだ。
言っている内容が正しくても、言い方ひとつで人は潰れる。
私が新人の頃、その目を移植したらと言われて潰れかけたみたいに。
「嫌なら辞めればいい」
そう思うのは簡単だ。
でも、人が辞めるたびに残された人の仕事は増える。
余裕がなくなり、また誰かを責める。
そうやって組織は、静かに壊れていく。
部長からは、一番現場を知っているのはあなただからと翌日から他部署から3人応援に入ってくれることになった。
ねえ、頑張りすぎだよ
今の部署には、「怖い」と言われている看護師がいた。
そのスタッフの子が怖くて辞めたい。
異動したい。
一緒に夜勤をやりたくない。
そんな声を何度も聞いた。
でも私は、不思議だった。
怖いと言われているスタッフが、伝えている内容は正しかったから。
ただ、一人で背負い込みすぎていた。
後になって、その理由を知ることになる。
いつも仕事が終わっても、記録の漏れがないかチェックする。
自分の担当以外の患者の記録も確認している。
ケアが行き届いていないかどうか、いつも自分の担当患者以外の患者にも目を向けている。
患者さんのことを、誰よりも真剣に考えていた。
だからこそ、一人で抱え込みすぎていた。
「ねえ、頑張りすぎだよ。」
そう声をかけた時、その子は少しだけ笑って言った。
「だって頑張るしかないじゃないですか。」
その一言を聞いて、なんて返していいか分からなかった。
以前は、相談しても「自分で考えて」と言われることが多かったらしい。
困っても助けてもらえない。
失敗したら自分の責任。
だから、その子は一人で抱え込むことが当たり前になっていた。
「自分がしっかりしなかったら、患者さんが死んでしまうと思った。」
看護師なら、一度くらい同じような怖さを抱えたことがある人も少なくないと思う。
でも、本来の看護は一人で背負う仕事じゃない。
だから私は、その子に仕事のことで頼ることを増やした。
「ちょっと力貸して。」
「○○さんなら安心だからお願い。」
困った時は一緒に考えて、何かあれば私が前に立つ。
すると少しずつ、本当に少しずつ、その子は人に頼るようになった。
笑うことも増えた。
周りからも、「雰囲気が変わりましたね」と言われるようになった。
その時、気づいた。
人は信頼されるから頑張れるんじゃない。
信頼されて、「一人じゃない」と思えた時、人は本当の力を発揮できる。
病棟は、魔法みたいに変わったわけじゃない。
今でも課題はある。
忙しい日もあるし、意見がぶつかりそうになる日だってある。
ある日、患者さんが急変した。
一番最初に「何かおかしい」と違和感に気づいたのは、新人看護師だった。
「私、何にもできませんでした。」
急変対応が終わったあと、その子は泣きながら言った。
私はすぐに否定した。
「違うよ。最初に違和感に気づいたのは、あなたでしょう。
毎日ちゃんと患者さんを見ていたから、小さな変化に気づけたんだよ。」
「急変対応は経験が必要。でも、変化に気づく力はね、あなたが毎日あの患者さんを大切に見てきたから身についた力だよ。」
4月から応援に入って3ヶ月。
以前とは決定的に違うことがある。
まず、残業時間が圧倒的に減った。
平均1日4時間だった残業時間は1時間30分にまで減った。
もう1つ。
4月で退職すると言っていたスタッフは今でも残って働いている。
13人退職したあとは、今のところ1人も退職者はでていない。
そして何より。
困った時に、
「これ、一緒に考えてもらえますか。」
そうやって言葉にして、頼ることができるスタッフが増えた。
一人で抱え込む人が少しずつ減っていった。
私は思う。
組織は、優秀な人が集まれば強くなるわけじゃない。
誰か一人が頑張れば立て直せるものでもない。
「助けて」と言える人がいて、
「一緒に考えよう」と返す人がいる。
その積み重ねが、組織を変えていく。
新人の頃、私は先輩に言われた。
「そんなに使えない目なら、目が見えない人に移植してあげたらいいじゃない。」
あの日の私は、ただ黙って立ち尽くすことしかできなかった。
でも、あの言葉があったから決めたことがある。
私は、人を潰す管理職には絶対にならない。
もし、この文章を読んでいるあなたが管理職なら。
人を育てる立場にいるのなら。
部下や後輩を育てる前に、どうか守ってほしい。
私は管理職の仕事の一番は、指示を出すことでも、叱ることでもないと思っている。
スタッフが安心して患者さんのケアに携われること。
何かあった時に、「一人じゃない」と思える場所をつくること。
安心して気持ちよく業務が遂行できること。
その土台があって初めて、教育も、ルールも、組織も育っていく。
安心して働ける場所は、誰かがつくるものじゃない。育てていく側が、覚悟を持ってつくるものだから。
安心は甘やかしじゃない。責任を一緒に背負う覚悟だ。
13人が退職した崩壊病棟が変わり始めたきっかけは、特別な技術じゃなかった。
誰かを責めることをやめること。
人を信じることを、諦めないこと。
そして、「一人で背負わなくていい」と伝え続けることだった。