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52歩でも、いいじゃない

    なんだか文章が曞けなくなっお数ヶ月が経った。
    数ヶ月前のある日、なぜか突然私は私のこずを面癜いず思えなくなっおしたったのである。

    もちろんそれたでの日々も、「自分は文章を曞くべき面癜い人間である」ず自信満々に思っおいたわけではない。けれど、曞きたいこずがあったし、曞くべきだず思うこずがあったし、誰かに䜕かを届けたいず挠然ず思っおいた節があった。
    䜕より、文章を曞くのが楜しかった。

    なのに、どうやら私は今幎に入っおから様子がおかしい。

    ずにかくなんのやる気も起きない。
    なんのやる気も起きなさで蚀うず、スマホに搭茉された歩数蚈で週に3床くらいは「52歩」あたりを蚘録するほどである。驚くなかれ、なんず「7歩」の日だっおあるのだ

    実は、ず蚀うほどでもないけれど、昚幎末から今幎の頭にかけおちょっずばかり萜ち蟌むこずが続けお起こった。
    それ以降、党郚忘れお䜕か新しいこずを始めようず思えば思うほど「でもなあ」ずいう蚀い蚳が思い぀いおしたい、䜕もできないたた半幎近くが経った。
    行動を起こすずいうのは、い぀だっお傷぀くリスクがある。そんなこずは、もう割ず長いこず生きおきた私のこの人生で孊んだはずだったのに。

    ずはいえ、その「萜ち蟌むこず」ずいうのもおそらく䞀般的には倧したこずではない。生きおいれば誰にでも起こるレベルのこずで、私ですら人生においおもっずひどいこずが起こった経隓はいく぀もある。簡単に蚀うず人に隙されたり、隙されそうになったり、やっぱり隙されたりである。
    でも人生ずはきっずそういうもので、私は割ずそういう悲劇も芯だけはなぜだか鋌のふにゃふにゃメンタルで受け止めお、匷く逞しく生きおきた぀もりだった。
    そう考えるず今回のこずは、取り立おお「誰かに隙された」なんお倧仰な話でも党くない。

    ただ、ちょっずだけタむミングが悪かった。
    私史䞊最も働いた2025幎を走り切っお、身䜓が途蜍もなく疲匊しおいたタむミングだった。
    最埌の最埌に頭をガツンず殎られたような気持ちになり、党おがなんずなく嫌になったし、頑匵っおも無駄なのかもしれないず思ったし、人に察しお思いやりを持っお接するこずは無意味であるず挠然ず思っおしたった。

    「䞀般的には党然倧したこずじゃないのに」ずいう気持ちはどんどん私自身を苊しめ、ただただ私の䞭にある䞀般ず、珟実の私ずの間に溝ができるばかり。
    党身をフワッずした虚無が包み、じっずりず飲み蟌たれおいくのを日々感じおいた結果が、件の「52歩」であった。

    けれど、そんなこずを蚀っおもありがたいこずに毎日は圓たり前のように続いおいく。
    仕方がないので、私はずにかく生きるこずに専念した。
    ずはいえ、ただ党䜓的にやる気が起きないだけで日垞生掻は倉わらず送るこずができる。むしろ、日垞生掻を倉わらず送るこずしかできない。

    そうこうしおいるうちに、私は‘‘ただ生掻を送るだけの人’’になった。

    朝起きお、生きるために仕事をしお、ご飯を食べお、お颚呂に入っお、寝る。
    人ずそれなりに䞊手くやっお、たたに友達ず飲みに行き、楜しいこずには倧笑いしお、時には楜しくないこずもあるけどなるべく投げ出さないようにやっおきた。

    特別意味のあるこずなんお䜕もないけど、狭矩においおはその党おに意味があった。

    正しい、そう思った。今の私は私が生きる䞊でほずんど正解に近い。
    けれど、厄介なのは私は昔から掟手に間違える可胜性があるこずの方が奜きだった。

    そんな‘‘぀たらない自分’’に察する眪悪感は少しず぀倧きくなっおいき、遂にはあの手この手で蚀い蚳を考えようずもカバヌできないずころたで蟿り着いおしたった。

    限界だ。
    䜕もしないこずぞの限界。正しく生きるだけの自分に察する限界。「楜しい」ず「楜しくない」ず「無感情」をただ行ったり来たりするこずぞの限界。

    もうやめよう。
    きっずそれなりに意味のあるこずを毎日しおいるはずなのに、そんな自分を卑䞋するこずこそ意味がない。

    ぀たらなくお䜕が悪い。

    必ずしも間違いは䞍正解だずは蚀えないけど、正しいず思えるこずをしおいるのだずしたらそれは自分にずっお正解なのだろう。私自身が正解ばかりじゃ぀たらないず思っおいる、ただそれだけのこずである。

    思えば、私は倢を远い始めた小孊生の頃から䜕者かにならなければならないずいうプレッシャヌを垞に抱えながら生きおきた。
    行動を起こさない人はク゜だし、やる気のない人はやめおしたえばいいし、頑匵っおも結果が出ない人はただの萜ちこがれであるず垞に思い知らされおきた。

    だから、自分を肯定するためにもせめお垞に䜕かをしおいなくおはならなかったし、倧倉な目に遭っおも「行動を起こした結果」ずしお受け止めお前に進むしかなかった。
    そんな事をかれこれ20幎以䞊続けお、すっかり身䜓に沁み蟌んでしたっおいた。

    「䜕もしないのは悪」

    謎のルヌルに囚われた私は、今のこの‘‘ただ生掻しおいるだけの぀たらない自分’’を蚱すこずができないでいたのである。

    日々眪悪感を感じ、䜕かしなければず焊りを感じ、過ぎおいく時間を恚めしく眺めおいたけれど、それでも、私はちゃんず生きおいた。

    あれ、ひょっずしおそれで十分じゃない

    私の生きる䞊での目暙は、10代の頃からずっず倉わらず「平和に生きる」である。
    他人には人生のハヌドルが䜎すぎるず蚀われるこずもあるけれど、結局のずころそれが䞀番倧事なこずであり、䞀番難しいこずであるず私は知っおいる。
    そんなのは圓たり前のこずで、最も簡単なこずだず蚀う人もいるかもしれない。でも、少なくずも私の人生はそうじゃなかった。
    ぀たり私の䞭では、「平和に生きる」「䜕者かにならなければならない」。
    ベヌスはクリアしおいるじゃないか。

    「私らしくない」ずいうのは、自分に最もプレッシャヌをかける蚀葉なのかもしれない。確かに、今幎の私は私らしくないので、ずっず悶々ずしおいた節がある。
    でも、それでも、私であるこずに倉わりはない。自分で蚭けた人生の目暙をきちんずクリアした私である。
    正しくおちょっず぀たらないけど、ベヌスをクリアしおいる以䞊はもうなんでもアリだ。これ以降は倚少間違えたっお問題ない。ずいうか、間違えたい。

    なんだか急に倧䞈倫な気がしおきた。
    䜕も成し遂げられおいないず思っおいた今幎の私は、きちんず目暙を達成しおいたのだ。


    ご芧の通り、私は枟身の逃避に成功した。
    逃げ切ったのをいいこずに、ひずたず蚀葉にしおみたくなっお今この文章を曞いおいる。
    よかった、結構楜しい。

    今幎も残り半幎。䜕ができるずも思わない。
    別に䜕もしなくおいいし、䜕かしたくなったらすればいいし、ただ健康でいられたらいい。

    生きるこずに専念できる今を、倧いに楜しんでみようず思う。
    52歩でも、いいじゃない。

     
     
    1991幎生たれ/兵庫県出身/俳優やったり脚本曞いたり/ずおも小さな出来事をテヌマに゚ッセむを曞いおいたす

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