
『父という名の水』#4|白い濁り
白い濁りは、
消えなかった。
わたしが、
つけたと思っていたものだ。
水が重くなっても。
光が冷たくなっても。
〈父〉が池を横切っても。
そのふちの、小さな一点だけは、
ずっと白かった。
わたしは、
それを見るようになった。
最初は、
たしかめたかっただけだった。
あのひとかきが、
本当に届いていたのかどうか。
だから、
水が重くなるたびに、
わたしは〈父〉を見た。
どこを泳ぐのか。
どこで止まるのか。
何に触れるのか。
何を避けるのか。
ずっと、
見たこともなかったのに。
それまでは違った。
〈父〉は、
見るものではなかった。
水が重くなる理由だった。
みんなが沈む理由だった。
ただ、
それだけだった。
わたしたちは、
水を読んだ。
光を読んだ。
藻の匂いを読んだ。
でも、
〈父〉は読まなかった。
沈めばよかった。
隠れればよかった。
考えなくても、生きていけた。
だから、見なかった。
ずっと。
でも、見ているうちに、
ひとつ、わかったことがあった。
〈父〉にも、避けるものがあった。
藻の濃いところを、
いつも半身ぶん、よけて通る。
水が重くなる理由でしかなかったものに、
ふるまいがあった。
それを知ったとき、
〈父〉は少しだけ、
〈父〉でなくなった。
そして、
見ているうちに、
別のことが気になった。
きょうだいたちのことだ。
いちばん沈むのが上手だった子。
あの子は、
いつも先に沈んでいた。
流れが変わる前に。
誰より早く。
誰より静かに。
誰より上手に。
だから、
わたしはずっと思っていた。
あの子は、
水を信じているのだと。
沈むことが、
正しいと思っているのだと。
でも。
いま思うと、
違ったのかもしれない。
藻の影から、上のほうを見ていたとき、
ふと思い出した。
あの子は、
沈む前に、〈父〉を見ていた。
ほんの一瞬だけ。
誰にも気づかれないくらい。
いちばん上手に沈むために、
いちばんよく、見ていたのだ。
そして、
もう一匹。
沈むのが下手だった、あの子。
あの子も、
上を見ていた。
ただ、隠さなかっただけだ。
ひとりは、見るために沈んだ。
ひとりは、見るために浮かんだ。
所作は、正反対だった。
それでも。
ふたりとも、
見ていた。
わたしより、
ずっと前から。
白い濁りは、
まだそこにあった。
思っていたより小さく。
思っていたより消えなかった。
わたしは、
それを見ていた。
あの子たちも、
同じ場所を見ていた。
次回
『父という名の水』#5|水の味
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