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お金や芸術の価値が人によって違いすぎる

    もん(正直者。)

    私は、この世界で最も大事な価値はお金、時間、愛だと思っている。この考え方だとそれぞれ食欲、睡眠欲、性欲とも繋がるから分かりやすい。これらが程よく満たされるから人は自由を感じられるのだと、そう考えている。

    ただ、結局価値は人それぞれ違う。三代欲求よりも大事なものがある人もいれば、自己愛の大きさが違う人もいる。私にとっては特に、お金と芸術に対する価値観の違いが興味深い。


    お金の使い方と家事代行の価値

    昔、家事代行のアルバイトをしていた。そこでクライアントはお金持ちだな、と実感する。

    この世には3種類の人間がいる。
    『3時間で1,2万円を支払うので自分の家事を手伝ってほしい人間』(時間がなくてお金がある)と、
    『家事でも何でもするので1時間につき1000〜2000円が欲しい人間』(お金がなくて時間がある、私)と、どちらでもないので自給自足する中間の人間。

    時間とお金と愛の所持量がみんな違うから生まれる需要と供給だ。


    イラストの価値

    私はフリーランスで稀にイラスト作成の業務を受けている。
    たくさんいるイラストレーターの中から私を選んでもらえて、頼ってもらえて嬉しいと思う反面、やっぱり「この人は絵にお金を払えるほどの余裕があるんだな」とも思ってしまう。そこで何かに申し訳なくなってしまい、自分の画力の価値を最低限に設定する、値段を依頼人にとっての最低賃金レベルにする、という事が起きる。良くも悪くも。

    たまたま私がイラストを自給自足できて、他の人に絵を依頼した事がないから、実は「自分専用のイラストを受け取った時の気持ち」をちゃんと知らなかったりもする。私が似顔絵を描いた家族や友人、依頼人やその知人は皆どう感じるものなんだろうか。

    因みに、私が無償で人の似顔絵を描くか否かは、自分のその人に対する好き度、つまり愛が大きく関係する。自分がその人を好きならお金や時間を惜しまず楽しく描きたいし、そうでない人の似顔絵は業務と捉えてお金を請求する。だからイラストには、お金と時間と愛の全部が関係していて、ちゃんと描こうと思えばどれかが必要不可欠になる。


    芸術の価値

    ここからが本題。

    大学院での最初の授業で、『芸術は何に基づいて価値がつくのか』を問われた事があった。

    私は「作者の知名度や作画の質、新鮮なアイデアなどが総合的に判断される」と、割と現実的な意見を挙げた。これこそ『お金、時間、愛』と似ているからだ。
    他の人は、「作品制作にあたっての時間や労力」「メッセージ性の強さや類、いかに社会が欲しそうな意味を伝えられるか」「世に出てさえいれば全て等しく価値がある」などを挙げた。

    この中に完全な正解や不正解はない。

    労力が価値と直結するなら、バナナをテープで貼り付けたあの『コメディアン』は100円以下で売られていてもおかしくない。こないだ疑問に思った美術館の「黒い丸が大きく描かれているだけの絵」からも、何かの自信をもらう人もいれば、何も感じずに素通りする人もいる。

    もしも「世に出ていない作品に価値がない」なら、ただいま絶賛制作中の私の漫画の下書きに一切の価値がないのか。今書いているこのnoteの記事も、スキ♡を一番乗りしてくれた人が100%の価値を生むのか、コメントをくれた人が120%の価値に上げてくれるのか。美大の課題で制作途中の作品は、教授やクラスメートしか存在を知らなければ、半分くらいの価値がつくのかつかないのか。なぜ新人の作品がたまたま大成して、ベテランの作品が低迷したりするのか。明らかに私よりも絵が下手な人が画家として認められているのは何故か。世間からの平均的な反響が大事なのか、隣にいる人の気持ちを大切にしてもいいのか。


    そもそも芸術の価値は何/誰が決めるのか。
    富が価値なのか、名声が価値なのか、どちらでもないのか。

    作者が自分で値段を決めて全てが上手くいくなら苦労しないし、美術鑑定員だけにその権限がある訳ではないと思う。オークションに参加すれば必ず定められるものでもなければ、評価する人数の多さも絶対ではない。




    人によって価値観が違いすぎるから、戸惑うこともある。
    これは賛成でこれは反対とか、ここが盲点とか、いろんな人の意見を聞いてみたい。


    考えすぎてキリがない。宇宙の不思議と同じくらいキリがない。
    でも、宇宙を彷徨い続ける人生も悪くないと思う。



    p.s. この記事のスキ一番乗りは私がいただきました🎩

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