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2023/05/13
その手は、右手に真っ赤な柘榴を持ち、左手で手招きしていた。
夏の暑い日、幼い私は日陰を探して歩いて、そこに辿り着いた。
じっとりとした仄暗い空間。蔦が壁にびっしりと生え、そこから手はすうっと伸びていた。ゴツゴツと岩の如き手。見慣れた懐かしき手。
「とと」
私は父を呼んだ。その手は、亡き父の手だと気付いたからだ。
手は黙って柘榴をこちらによこそうとしてくる。
「それは、いらない。ととのからだを返してください」
手は、止まった。
ミーンミーンと蝉の声だけが私を包む。心細くなり、私は目の前の手を握ろうとした。が、もしも父の手ではなかったら、と思うと気が咎めて、やめる。
「とと、ですか?」
手は動かない。
「ととだったら、この手を握ってください」
私は懇願する。しかし手は動かない。こちらの言い分は聞こえないのかもしれない。
手は、またてまねきする。
偽の父が、私を地獄に連れていこうとしているのかもしれない。今朝おねしょをしたのに、母に謝らなかったからその罰かもしれない。
「地獄には行きません」
震える声で私は言う。
手は動かない。
「ととのいるところへは、行きます」
手は、両手でてまねきをはじめる。
私はその手を掴もうとすうっと両手を伸ばした。
しかし、その手を掴むことはできない。
悲しくなる。
「手を、握ってください」
手は動かない。やはり此方の声は届かないのか。
右手がまたてまねきする。てまねきしている壁の向こうに行けば、父のからだに会えるかもしれない。蔦の家に入ってみることにした。
蔦の家の玄関を叩いてもだあれも出てこない。
「すみません」
と一言言い、私は中へ入った。小さな一部屋があるだけだった。小さな茶箪笥とちゃぶ台に座布団がふたつ、それきりだった。父のからだを探して部屋中をぐるぐるまわる。
ぴしゃん。入った玄関の扉が閉まる音がした。
「ととですか?勝手に人の家に入って怒っていますか?でも私はととのからだを探しています」
玄関の扉がすうっと開き、手がまた伸びてきた。柘榴の実をこちらに寄越す。
「これを受け取ってしまったら、ほんとうに、お別れなのですか」
手は動かない。
「それはいやなので私は受け取りません」
手はまた柘榴をこちらに寄越す。
強い意志を感じる。私は柘榴を受け取る。受け取る手を、目の前の右手が撫でてくれた。撫でる感触は憶えている父のもの、そのものだった。
ぴしゃん。玄関が開く。
柘榴をしっかりと握り、光いっぱいのそのなかへ、私は飛び出した。

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