【短編小説】叩いてかぶって捕食する
人類は食物連鎖の頂点ではなくなった。
いや、もともと頂点ではなかったのかもしれない。ただ捕食者の存在に気づかなかっただけだ。
人類が生き残るためには、叩いてかぶってジャンケンポンで勝つしかない――。
「……何か言い残すことはあるか?」
ハルヤは血に濡れたピコピコハンマーを片手に、息を整えながら問うた。足元の砂の上にはグレーのごつごつした体表を持つ宇宙人が倒れ伏している。宇宙人は血まみれの頭を持ち上げようとしたが、かなわなかった。
「この俺が……叩いてかぶってジャンケンポンのロロロロ県王者のこの俺が……負けるとはな……」
宇宙人はかすれた声で途切れ途切れに言った。彼の傍らには砕けたヘルメットが、砂にまみれて転がっている。
月と星の明かりが無人の砂浜を照らしていた。波の音が規則正しく響き空気を洗っていく。ハルヤはじっと、砂の上に立ち尽くしている。
「地球にも……骨のある戦士がいたというわけか……」
「まあな。あんたらに食われないように必死で訓練してきた」
「見事だ……」
宇宙人は咳き込み、血を吐いた。地球人と同じ赤い血だった。血は砂に吸い込まれて染みになっていく。潮の香りを運ぶ風が吹き抜けていく。
ハルヤはこの宇宙人の頭蓋骨を、ピコピコハンマーの一撃で破壊した。不思議なものだ。硬く、なおかつ弾力性のあるあの皮膚には重火器がまったく効かない。肉体の構成物質はタンパク質ではないらしく、炎もまるで効かない。それなのにピコピコハンマーならば倒せる。目の前の宇宙人は、ヘルメットで頭を守るのが間に合わなかったのだ。
彼は間もなく絶命する。
「……あんたの力なら、不意討ちで俺を捕食することもできたはずだ。それなのにフェアプレーに徹した。感謝する」
「ふん。当たり前のことだ。命を奪うならば叩いてかぶってジャンケンポンで勝ってから。それはこの大宇宙のルールだ……」
「律儀だな、あんたたち」
「弱肉強食だ。この上なくシンプルだろう? かつて我々は……叩いてかぶってジャンケンポンが弱い種族を数多く食い滅ぼしてきた」
「らしいな。地球人はそうはならない。返り討ちだ」
「……健闘を祈る」
「敵のために祈るのか?」
「馬鹿にしないでもらいたい。我々は強者へのリスペクトを忘れない。誇りを失えば家畜と同じだ。……そもそも貴様らは食物であって敵ではない。貴様らも食物に感謝したりするらしいじゃないか」
「そうだな」
「我々も貴様らも……本質的には変わらぬ」
「……最期に聞かせろ。なぜあんたらは叩いてかぶってジャンケンポンを知っている?」
ハルヤは死にゆく宇宙人を見下ろし、言った。
「このゲームは地球で生まれたはずだ。いつから宇宙に広まり、ルール化されたんだ?」
「それは貴様らの思い違い……思い上がりだ」
「なに?」
「叩いてかぶってジャンケンポンを開発したのは我々ムムムルルル人だ。そしてゲームを地球に広めたのも我らだ」
「な、なんだと……!?」
「我々は……叩いてかぶってジャンケンポンを知らぬ者たちを捕食することはできない。捕食するにはまずゲームで勝つこと――そういうルールだからな。ゆえに貴様らを捕食するために、叩いてかぶってジャンケンポンを広めたのだ。地球人がようやく火を使いはじめた頃にな」
「気の長い話だ。あんたらは寿命が長いのか?」
「地球人よりはな。というか地球人の寿命が短すぎるのだ」
「そうか」
「気の毒なことだが……貴様らはわざわざ餌になるために、日々叩いてかぶってで遊び、何も知らずに笑い合っていたのだ……」
宇宙人はそこで激しく咳き込んだ。顔色はグレーのまま変わらないが、息は荒く、目からは生気が失われていた。終わりが近い。
「俺が死んだら……俺を食べてくれ。それが宇宙の礼儀だ……」
「地球人の知らない礼儀作法が次々に出てくるな」
「地球は宇宙文明の中心地からだいぶ離れているからな……」
「まったく、勝手に田舎者扱いしやがって」
「気分を害したのなら……謝る……だが我……命と魂は……捕食……」
そこまでだった。言葉は永久に途切れ、宇宙人は静かに目を閉じた。宇宙人だったものは無言で横たわり、もう二度と動かなかった。
「遺言はそれでよかったのか?」
ハルヤは上着を脱いで、宇宙人の亡骸を覆ってやった。宇宙的にはマナー違反なのだろう。だが知ったことか。ここは地球だ。田舎の因習に従ってもらう。
「名前を聞くのを忘れたな」
月明かりの下、ハルヤはそっとつぶやいた。潮風が遺体の上の上着をはためかせる。埋めていこうかと一瞬だけ考えたが、彼は断念した。またすぐに別の宇宙人が現れるだろう。戦いは終わらない。叩いてかぶってジャンケンポンで敵を殲滅するか、叩いてかぶってジャンケンポンで食い滅ぼされるか。そのどちらかしかないところまで来てしまっている。
ハルヤはピコピコハンマーを手に無言でその場をあとにした。血で濡れた手に、風が冷たかった。
