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別れの景色を超えて

    プロローグ

    昔から、人と分かり合うことを諦めていた。
    人の考えていることや感じていることなんて分からないし、俺のことも分かってもらえない。
    そう思っていた。

    だから、論理で全て分かる数学が好きだった。
    数学だって人間が作り出したものなんだけど、数学を作り出した人や数学を発展させてきた人とは分かり合えるような気がしていた。

    そういう人たちはきっと俺と同じように、悲しさを抱えているんだろう。
    ちょっとめんどくさい人なんだろう。

    数学という営みには、そういう人を救える力があると思うから。



    一 退職

    “お疲れ様!私もそろそろお店向かうね〜”
    と、内田さんから連絡が入った。
    今日でカフェを退職する俺のためにご飯でも行こうという話になり、近くの居酒屋に来ている。もっとも、車の人もいるからお酒は飲めないのだが。
    急遽だったこともあってメンツは多くない。俺と、声をあげてくれた山ちゃん、入ってまだ3ヶ月の川井寧々、そして店長の内田優実の4人。

    「内田さん、あとどれくらい?」
    「もうちょいだって」
    「じゃあ入口見てないとね。でも、内田さんもご飯来るなんて珍しい」
    働いてもう4年近くになる山ちゃんは、このメンツの中では最も内田さんとも長い。その山ちゃんが言うんだから、よっぽど珍しいんだろう。
    「じゃあ入って4ヶ月なのに一緒にご飯行けるなんて、私ラッキーですね!」
    と寧々は言う。
    「たしかに。次いつ行けるか分かんないねぇ」
    なんて言いながら、“わざわざありがたいな”などと思っていた。
    そのとき入口に内田さんが現れる。手を振った俺たちに気付いてこっちに来て、「ごめんお待たせ〜」と言って俺の隣に座る。

    「これ、内田さんにとっといた分です」
    と山ちゃんがお皿を差し出す。
    「おお〜ありがとう!あ、でも生のお魚苦手なんだよね、ごめん。こっちのポテサラだけもらうね」
    「あ、そうなんですか。じゃあお魚は自分がもらいますね!」
    このふたりのやり取りを見ていると、パワーバランスの偏りを強く感じる。もちろん店長と従業員だから当然と言えば当然なんだけど、まだ若い内田さんは基本的に従業員に対してフラットに接するから、ここまで顕著なのは山ちゃんくらいである。
    決して仲が悪いのではなく、むしろ恐らく、山ちゃんが内田さんに惚れているのだ。山ちゃんが内田さんに尽くしているように感じる。
    パワーバランスも偏ってるし、“ふたりでひとつ”とは言えないが、ある意味“収まりがいい”くらいには言えるような関係性。


    …すごく変な話に思われるだろうが、俺はこの関係性を見るとき、“11と99”の関係性をどうしても連想してしまう。
    “パワーバランス”という表現が適切か分からないが、大小関係の差は強い。しかし、“足して1010になる”という収まりのよさがある関係性だ。“足して1010になる”というのは幼稚園児の頃に覚えさせられた“知識”だが、次第にその構造が“数学の世界”の景色のように、直感的に視える・・・と感じるようになっていた。
    山ちゃんと内田さんが“11と99”に見えるのではない。ふたりから視える関係性の構造が、“11と99”から視える関係性の構造と似ている、という話だ。


    「じゃあ乾杯!」
    「お疲れ様です!」
    「本庄くん今までありがとね〜」
    内田さんの飲み物が届いて、改めて乾杯という流れになった。山ちゃんが音頭をとり、寧々と内田さんがそれに続いた。
    俺は「お疲れ様です、こちらこそありがとうございました」と言いながら、
    「山ちゃんとご飯行くのも、いつぶりだっけ?」
    と、お疲れ様ムードを早々に切り替えようとした。
    内田さんからの、何か言いたげな視線には気付かない振りをしながら。

    ——内田さんもご飯来るなんて、珍しい
    山ちゃんの言葉が、頭をよぎる。


    3月末。年度末で大学生たちの何人かも卒業していく中での退職である。
    決めてから内田さんに申し出るまで、タイミングを見計らっているうちに1ヶ月かかった。やっと申し出たのが、辞める3ヶ月前くらい。
    時期的にお店に迷惑がかかることに引け目を感じていたが、理由を伝えると、内田さんは無理に引き止めることもなく承諾した。

    俺がカフェを辞める理由を端的に言えば、時給の高いバイトに変えて自分の時間を増やすためだった。
    “数学の研究者を目指す”という夢のために、時間が欲しかった。カフェの時給が低いわけでもないけど、例えば深夜バイトなどと比べるとどうしても分が悪い。


    「辞めた後のこと、もう決まったの?」
    ご飯もある程度進んだタイミングで、“満を持して”という感じで内田さんに聞かれた。
    「カラオケの深夜、とかも考えてるんですけど、とりあえず以前働いてたレストランでしばらくお世話になることになりました。短期で人が必要ってことで、割と好条件で働かせてもらえるみたいで」
    そう答えると内田さんは少し考えるような間を置いて、
    「そう…」
    と小さくこぼした。
    その続きを何か言い淀んでいるのを感じながら、俺は少し目を逸らした。

    ここ最近、内田さんが俺と話す時間を作ろうとしているのは気付いていた。
    今日も、内田さんのほうから「最後だしご飯でも行かない?」と声を掛けてくれたのだ。山ちゃんからの誘いがたまたま先にあったから、そこに内田さんが合流する形になったのだが。



    他の3人は翌日も仕事だ。23時過ぎくらいで居酒屋を後にした。
    「内田さん、ご馳走様でした!本当にお世話になりました」
    「うん、こちらこそありがとう!元気でね!いつでもお店来てね〜」
    帰りは山ちゃんが電車だから駅前で解散した。車のふたりにもその場で挨拶して、徒歩通勤だった俺はそのまま歩いて帰路に着く。

    歩きながら、居酒屋での会話を思い出していた。
    ——辞めた後のこと、もう決まったの?
    俺の答えに少し言い淀んだ内田さんは、「本庄くんは、カラオケとかは向いてないと思うよ」と言っただけで、その先は言わなかった。

    ——無理に引き止めることもなく承諾した
    何故引き止めなかったのか。もちろん、背中を押してくれたのはあるだろう。
    しかし、それだけじゃないことは分かっていた。

    退職の理由は、自分の夢のため。しかし、もしも今の職場でストレスなく働けていたら。
    俺は、退職を選ばなかったかもしれない。

    カフェで働いていた日々が思い出される。
    ある晴れた日のこと。お店の外で一匹の蝶が、居心地悪そうに一箇所をぐるぐると飛び回っていたのを妙に覚えている。
    天気の割に来店は少なく、締まらない空気感が漂っていた。そこに来店した一人の男性客。入口近くにいた従業員が席にご案内して、オーダーをとった。そのときカウンターの中にいた俺は、オーダーを受けてコーヒーを淹れ、提供をお願いした。
    ドリッパーを片付けながら提供の様子を見ていた。何かやり取りをしているようで、よくよく見ているとお客様が席の移動を希望しているようだった。最終的にお客様がコーヒーの載ったトレーを受け取り、それを持って少し離れた席に移動していた。
    その一部始終を見ていて、俺は極めて不快になってしまった。
    俺たちの仕事は、お客様に最も良い状態でコーヒーを届けることのはずだ。お客様が席の移動を望むなら、新たに席をご案内し、そこにコーヒーを届ける。もちろん、冷めては元も子もないので、速やかに。

    “仕事として目指すべきこと”と、“その過程でするべきこと”がある。しかしこのとき、本来目指すべきことが過程の最初に来てしまったわけで、順番が入れ替わっているというか、循環しているというか。
    正しさにも確かさにも根ざすことなく宙ぶらりんで、ただ循環しているのが視えて・・・不快感を覚えた。結果的に、“最も良い状態で”コーヒーは届いていない。
    こういうとき、多少無理を言ってでも自分で提供まで行けばよかったと思ってしまう。自分よがりな考えだと分かっている。間違っているのはきっと俺のほうだ。それでも、そう思うだけの不快感、ストレスを感じる。
    このようなストレスが、カフェで働く中で少なくなかった。そのストレスは俺にとって深刻で、その限界が来ていた。

    内田さんは恐らく、それを分かっていた。だから無理に引き止めたりしなかったのだろう。
    話す時間を作ろうとしていたのは、退職する俺に一言言いたかったのだ。俺が次にどうするのか、上手くやっていけるのか、良くも悪くも気になっていたのだと思う。強いて好意的に言えば、心配してくれていたと言ってもいいかもしれない。
    その心配はありがたいけど、俺にとってそれは、人間的な重大な欠陥を指摘されている気になってしまう。だから、どうしても逃げてしまっていた。


    従業員をよく気遣ってくれる店長で、俺も何かと気にかけてもらっていた。こんな俺でも今日まで働けたのは、内田さんが店長だったからである。
    退職は即ち、内田さんに別れを告げるような気持ちだった。

    皮肉なことに、4ヶ月前に退職を決めてからストレスはだいぶ軽減された。
    数週間前にみんなに退職を告げたときには、かなりびっくりされた。

    内田さんにも他のみんなにも、本当にお世話になったし、とても感謝している。しかし、そのみんなとの別れを決めたからこそ、心機一転、気の持ちようが大きく変わったわけだ。
    たぶん、単なる気持ちの問題だけではなくて、俺自身の性格も多かれ少なかれ影響を受けている気がする。少しくらい、人間的にも良い方向に変化できたと思いたい。

    そんなことを考えているうちに家に着いた。ちょうどそのタイミングでスマホが鳴った。
    “今から向かうね!”
    少しばかり悶々としていた気分が一瞬で晴れた。
    スタンプで返信して上機嫌で待っていると、しばらくして玄関の鍵が開いた。
    「ただいま!」
    と、元気な声が聞こえる。
    それだけでこっちまで元気になる。狭い家だが、それでも玄関まで迎えに行く。
    「おかえり、寧々」


    二 寧々

    「最後くらい一緒に帰りたかったなー」
    帰ってきて荷物を置いた寧々は、座り込みながら疲れたように言う。
    「それな。ほんと残念」
    苦笑しながら同意しつつ、俺も隣に腰掛ける。

    寧々とは、職場のみんなに内緒で少し前から付き合っていた。隠してるというわけでもないけど、わざわざ言うのも気まずいよねって話しながら今に至る。

    「それにしても、怜、明日からいないのか〜」
    「ね。もっと一緒に働きたかったなぁ」
    自分で言いながら、何言ってんだと思う。思っていたら、
    「じゃあ辞めなきゃよかったのに!」
    と突っ込まれてしまった。そりゃそうだ。


    4ヶ月程前にカフェの退職を決めた。ちょうどその数日後に入社してきたのが寧々だった。
    決めてから退職まで、「もう辞める“のに”、頑張ってる/頑張ってない」とか「もう辞める“から”、頑張ってる/頑張ってない」とか、ポジティブにせよネガティブにせよ、ほんの少しでもそういう偏見で見られたら嫌だと思った。だから直前まで誰にも言わなかったし、仕事に私情を持ち込むまいと、“いつも通りに最善を尽くす”ことを常に意識していた。
    ただ、退職を決めてから仕事中のストレスが大きく軽減されたこと。それは少なからず、仕事にポジティブな影響を及ぼしていたはずだ。

    入社した寧々が見たのは、そういう俺だった。
    自分で言うことではないけど、そのときの働きぶりは悪くなかったと思う。少なくとも、働いていた期間の中で、自分としては最も良かった時期だったのは間違いない。
    それもあってか、寧々には、何かと俺が教える機会が多かった。

    退職という“別れ”があったからこそ、その次の出会い、即ち寧々との出会いの意味が変わった。
    ストレスを抱えながら働いているときの俺は、彼女に好きになってもらえるような人間だったか分からない。
    これまでの別れを超えた先に寧々との出会いがあったと、今では思える。


    「てゆうかさ、怜」
    お風呂を出て寝る準備をしていると、寧々が不満そうな目で訴えかけてくる。
    「内田さんと距離、近い」
    一瞬何のことかと思ってから、さっきの居酒屋のことだと気付く。俺と内田さんが隣りに座って一緒にメニューを見たりしていたから、そのことを言っているのだ。
    思わず笑いながら、
    「え、近かったかな。気にしてたの?」
    と言うと、
    「なに笑ってんだよ!しかも私のほう全然見てくれないしさ」
    全く不満が収まる様子のない寧々に、「そんなことないじゃん」と言いながら、「でも今日で、内田さんとはお別れだからねぇ」と言って逃げようとしてみる。

    「寂しいの?」
    「いや、寂しいって感じじゃないけど」
    言ってから、“あ、失言したかな。はっきり否定するべきだったかな”などと思っていたら、少し以外な反応が返ってきた。
    「なんとなく、名残惜しいって感じでしょ。お店行けばいつでも会えるとはいえ、そんなに行くこともないだろうし。今まで仕事で毎日のように会ってたんだから、そりゃ名残惜しさくらいあるよね」
    妙に冷静で的確な彼女のコメントに少し面食らいながらも、
    「そうだね、そんな感じ」
    と、納得させられてしまった。

    寧々は、俺の3つ歳下だ。もっと歳の離れたカップルなんて世の中にはいくらでもいるが、3つだってそれなりの歳の差である。
    だって、例えば俺が高校生のときに聞いていた音楽を、彼女は中学生のときに聞いているのだ。
    それでも子供扱いできないのは、年齢相応以上に大人びた印象を受ける瞬間があるからだ。
    単にしっかりしているというより、考え方や価値観が大人だ。それはきっと、普通より多くの“別れ”を経験しているからだろうと思った。

    寧々は、“別れ”に関してドライな側面がある。
    決して冷徹なわけではなく、別れの度に悩んで苦しみ、傷を負って、時には立ち直れないんじゃないかと思うほどに引きずることもある。それでも、必要ならその選択ができる。
    持って生まれた性格と、生きてきた中で経験してきた“別れ”で形成されたものなのだろう。


    寧々と初めて出会った日。

    「おはようございます、新人の川井寧々です」
    開店前のまだ薄暗い店内で練習していたら、初出勤の寧々がお店に入るなり挨拶してきてくれた。礼儀正しくお辞儀する彼女に、こちらも
    「初めてまして、本庄です」
    と頭を下げる。

    開店直後には簡単な仕事を教えつつ、やや来店が集中する時間帯を乗り切った頃。
    寧々が少し手持ち無沙汰な様子を周りを見渡しているのが見えた。ちょっと溜まった洗い物に気付いて片付け始めた彼女に話しかけてみることにした。
    「カフェで働くのは、初めて?」
    「あ、いえチェーン店で働いたことが一応あって。ここみたいにちゃんとしたドリップとかはやってないんですけど。でも半年くらいで辞めちゃったんですよ」
    「あーなるほどね。どうりで、覚えが速いと思った」
    軽い世間話くらいのつもりで、“半年くらいで辞めちゃった”理由は、全く触れることはなかった。
    俺はいつもそう。人に対して深く踏み込むことを恐れる。半年で退職する理由は、初対面で聞くには重い理由かもしれない。

    後に他の人からも聞いた話で、寧々は普通より退職してきた数が多いと知った。
    その都度の退職の理由など分からない以上、必ずしもネガティブとも限らないと思っている。むしろ、慣れない環境で踏んできた場数が多いという意味で、ポジティブな部分も大きい。実際彼女には、第一印象からそのようにポジティブな納得をさせられた。
    これもたぶん、“退職という別れ”が人間を形成してきた、ということなんだろう。

    当たり前のことだが、彼女が今までの仕事を退職していなければ、今この職場にはいない。別れというのは、時に居場所も変化させるものだ。
    俺が最後の4ヶ月楽しく働けたのは、彼女がこの職場にいてくれたおかげである。


    だいぶ時間も遅くなってしまっていたので急いで布団に入り、寝ようと目を瞑っているときに、さっきまで視えて・・・いたものを思い出していた。
    人生という軸の上に、“それ”は在った。先行して在ったものたちが“それ”に属していて、故に“それ”は特徴付けられている。
    “それ”は非常に大きな球体のようにも視えていたし、体積を持たない何かのようにも視えていた。“それ”に属するものたちは、小さな球体だったり立方体だったりするようにも視えていたが、結局“それ”と同じく、体積も持たない何かなんだろう。
    絵の具を混ぜ合わせれば新しい色ができるように、属するものたちによって“それ”は決まっている。しかし絵の具と違うのは、赤や青のように異なる色が混ざっているのではなくて、ほとんど同じようなものたちだけが集まって“それ”が決められているようだった。

    “別れ”について考えを巡らせているうちに視えたこの景色。
    どこか、既視感があるような気がした。それも古い記憶ではない。かなり最近に同じようなものを視たはずだが、どうにか思い出そうとするうちに眠りに落ちてしまった。


    翌朝、寧々が身支度する間に朝ご飯の準備をする。
    寧々と付き合って一緒に暮らし始めるまでは女子の身支度というのを見たことがなかった俺は、毎朝丁寧に身支度をする様子にただ感心するばかりだ。

    「準備おっけーーー」
    と寧々の声が聞こえるのとほぼ同時に、朝ご飯もできあがる。
    「いただきます」
    「いただきます!ご飯ありがとね」
    と食べ始める。
    「怜は今日はどうするの?」
    「んーー。ちょっと家の片付けしてから、ひたすら数学やるかなぁ」

    俺がカフェを辞めたのは、何もストレスが理由ってわけじゃない。“数学の研究者を目指す”という夢のために、数学に少しでも没頭できる環境を作ることが本当の理由だった。
    今より時給の高いレストランで働けることになり、結果的にバイトの時間を今よりだいぶ減らせることになった。そのおかげで、数学に充てる時間はかなり増えた。
    今はカフェの有給消化中で、2週間くらいはレストランの仕事も始まらずに余裕がある。

    「ほえ〜。頑張ってね」
    “数学やる”って言われても寧々はピンときていないようだけど、とりあえず応援してくれる。
    ま、普通はピンとこないよな。
    「寧々も、仕事頑張ってね」


    「寧々、カフェの仕事楽しい?」
    家を出ようとする彼女に、何気なく聞いてみた。
    少なくない職場と退職を経験する彼女にとって、あのカフェはどう見えているのだろう。
    「うん!めっちゃ楽しいよ!」
    という無邪気な答えに、少し嬉しくなる。やっぱり、楽しそうにしている彼女が好きだ。
    「よかった。いってらっしゃい」
    「いってきます!」

    寧々を仕事に送り出して、俺は俺のやることへと向かった。


    三 共感覚

    部屋の壁際には、塾などにあるような大きなホワイトボードが置かれている。
    これは昔、大学の教授の研究室に置かれたホワイトボードを見て“欲しい”と思って買ってしまったものだ。

    寧々は初めてこの家に来たとき、どうやって運び込んだのかも分からない業務用のようなホワイトボードを見て、「わー、すご…」とちょっと引いたように言っていた。
    そこに書かれた式や記号なども含めて、だいぶ面食らっていた。

    ホワイトボードには今、“00”とか“11”とか“22”とか、“S(n)S(n)”や“∅\empty”などの文字や記号が書かれていたり、数直線が描かれていたり。
    以前からぼんやりと気になっていたことを、時間ができた今だからこそ本格的に取り組み始めた。

    “自然数”に視える・・・構造の研究である。


    きっかけは中学時代の塾での出来事。

    俺が所属していたクラスの友達とは、一歩踏み込んだ話題になることも多かった。
    理科の特殊な計算問題だったりマニアックな世界史だったりすることもあれば、漢字パズルのようなものだったりすることもある。

    あるとき、“1+1=21+1=2はどうやって証明するのか”というのが話題になった。
    1+1=21+1=2なんて小学一年生の算数の頃から当たり前の事実だが、数学で証明するならどうなるのか。それが、俺たちの興味をひいた。

    これには様々なアプローチがある。
    例えば、ペアノという昔の偉い人が作った算術の中で証明ができる。
    ペアノでも他の証明でも大抵、“00や11とは何なのか”を決めて、“ってことは1+1=21+1=2だよね”という形の証明になる。

    中学生の頃にクラスの友達とどこまで議論が進んだか、よく覚えていない。たぶん当時は、“ふーん”くらいだったと思う。
    しかし、最近になって思い出して改めて1+1=21+1=2の証明を調べたときに、“自然数”の構造がおぼろげに視えた。
    それは、シンプルな数直線に視えた気もするし、もっと複雑で大きかったような気もする。


    日常の中や数学している中で、頭の中で景色が視える・・・ことがある。
    音を聞くと色が視える、という人の話などを聞くことがある。“共感覚”というらしい。そのような人の感覚を聞く限り、俺の感覚も似たようなものであり、恐らく共感覚の一種なのだと思う。しかし、俺と同じものが視えているという人の話は聞いたことがない。
    俺は音が聴こえるようなこともないし、色が視えるというのともちょっと違う。俺に視えているのは、捉えどころのないモノや、それらモノとモノが関係している構造が広がっている様子。端的に言えば景色。
    経験則から、俺に視えているこの景色は“数学の世界”の景色だと思っている。

    極めて抽象的な景色だ。
    平面のようにも視えるし、立体のようにも視える。恐らく実際のところ、そのような概念を持たないのだと思う。
    点に視えたモノが、いやもっと大きな円や球だったかもしれないと思うこともあれば、もっと複雑なモノだったように感じられることもある。
    寝ているときに見た夢をはっきり覚えていないように、視えた景色は非常に捉えどころがない。言語化してみたり図示してみたりしようとしても、何かが違う。それを試みれば試みるほど、視えていた景色は遠ざかっていくように感じられる。
    一度遠ざかってしまうと、また次に視るまで完璧には戻らない。
    しかしそれでいて、非常に調和のとれた心地よさがある。断片的にしか視えないことが多いが、たまに広く視渡すことができたときには、言いようのない感動がある。


    1+1=21+1=2の証明から視えた自然数の構造は、何か普遍的な性質を持っているんじゃないかと感じていた。

    視えたはずの“自然数”の構造も、なかなか上手く捉えることができずに難しい。
    なんとか取っ掛かりを見つけようとして、ペアノの他の業績を調べたり彼の作った算術を勉強したりしているうちに、だいぶ時間が経ってしまったらしい。
    寧々から“退勤したよ!”と連絡が来ていた。もうそんな時間かと思いながら、返信して夜ご飯の準備を始める。

    ひとり暮らしだったときは、ほとんど料理などしてこなかった。
    自分が作りたいものや彼女が食べたそうなものを考えて、そのレシピを調べながら作っていく。料理の基本も何も分からないから、新鮮な発見ばかりで意外と面白い。例えば“あの味ってこの調味料の組み合わせで作られてるんだ”みたいな。
    何より、寧々がすごく喜んでくれるのが嬉しい。

    帰ってきてお風呂を済ませた寧々と、夜ご飯を食べ始める。
    「あ、なんか朝と変わってる」
    寧々はホワイトボードを見ながら言った。
    「何やってんの?これ」
    と聞かれたが、自分でも掴みどころがなく言語化できないことを説明するのも難しい。自然数に視える構造と言っても、伝わるわけないし。
    少し考えて、
    「中学生のときに塾の友達と1+1=21+1=2を証明するって話題になったのを思い出して。
    それを考えてると、22の中に00とか11とかが在るのかもって思って、そもそも“自然数”って何から作られてるんだろうって考えてた」
    構造とか景色とか、そういう考えていたこととは随分違うことを言った気もしたが、実は本質的にはズレていないことを言ったような気もした。
    意外と上手く説明できたかもしれないと思っていると、
    「中学生のときに、そんなこと考えてたんだ」
    と笑われた。なるほど、そこが気になるのか。
    「たしかに、なんでだろ。もしかしたらその塾の先生の影響かも。千葉先生っていうんだけど。授業めっちゃ面白かったし、ちょっとした小ネタとか話題とかたくさん持ってて」
    「へー、いいなぁ。私もそういう先生に教わりたかった」
    「今でもめっちゃ尊敬してる。というか1+1=21+1=2の証明も、言い出したのは千葉先生だったかも」


    その日の夜、布団に入ったときに急に昨夜の既視感を思い出した。
    ——軸の上に、“それ”は在った。先行して在ったものたちが“それ”に属していて、故に“それ”は特徴付けられている。

    既視感の正体が分かった。

    ——22の中に00とか11とかが在る
    00や11は、22に先行するものだ。これらは、数直線、即ち一つの軸の上に在る。

    最近ずっと考えていた、“自然数”の構造とその景色。
    それが昨夜“別れ”について考えていたときに視えた景色と同じだったのだ。少なくとも、同じように視えていた。

    急に視界が晴れた気分になった。
    一つの“別れ”の中に、それまでの全ての“別れ”が順序立てて並び、一列に属している。
    “自然数”の構造も“別れ”の構造と同じならば、22の中を見れば、そこには00と11が属している。

    景色が、随分と鮮明に視えてきた。


    翌朝、俺はある人に連絡してみようと思い立った。
    気軽に連絡できる人じゃないから、寧々が起きる前に腰を据えて何度もメッセージを読み返して、ようやく送信した。

    何と返信が来るか、そもそも返信が来るか。
    緊張しつつも、変に意識し過ぎても仕方ない。どうにか頭を切り替えながら、寧々を起こさないようにベッドを出てホワイトボードへ向かう。
    昨夜ようやく正体の一端を捉えられた景色を、数式や論理式で記述することを試みたかった。記憶の中の景色を視失わないように慎重に書いた式と景色のズレを精査し、微調整したり部分的に大きく書き換えたり。

    そうしているうちに6時になり、寧々が起きた。
    「おはよーー。何してるの、怜」
    俺は手を止めて、まだ寝ぼけている寧々のもとへ行く。
    「ん、ちょっとね。おはよう寧々」
    そう言って、朝ご飯の準備を始めた。


    四 水族館

    翌週の木曜日、寧々と水族館に来ていた。
    同じ職場で働いているときは休みを合わせるのが難しかった。俺が退職したおかげ、という言い方は変だけど、一緒に出かけやすくなったのは事実だ。


    「おお〜」
    入口を抜けて薄暗い本館に入った瞬間、目の前に現れた巨大な水槽に思わず声を漏らした。
    「これは…すごいね」

    実際に海の中にいるかのように薄暗い館内。
    右を見ても左を見ても広大な海が広がり、そこを泳ぐ魚たちとそこに根ざす海の植物たち。それらを幻想的に優しく照らすほのかな灯り。
    俺たちはその光景に圧倒され、言葉もなく目を奪われながら、順路に従って少しずつ歩いていく。
    時々立ち止まってキャプションを読んだりしながら歩いていると、少しの距離を進むだけでも時間がかかる。

    水族館に来るのはいつぶりだろうか。
    考えてみて、意外と数えるほどしか来たことがないと気付く。最後に行ったのがいつだったかさえ覚えていない。
    正直魚なんてどれも大して変わらないだろうと思っていた。友達が昔「水族館に行って魚を眺める趣味があるんだよね」と言っていたのを聞いて、“変わってんなコイツ”と思っていた。
    でも今回久しぶりに、というか大人になってからは初めて水族館に来てみて、たしかにこれはいつまででも見ていられそうだと思った。さっきのエリアと今のエリアで、見られる魚は勿論、雰囲気までも別物で全く飽きることがない。それどころか、同じエリアの同じ種の魚を見ていても、よく見るとそれぞれに個性が見つかって面白い。

    「あ、見て怜がいるよ」
    徐々に雰囲気に慣れてきた寧々が、やたらと顔のはっきりした魚を指さしながら声をひそめて言う。言われた魚を見ても全然意味分からずに、笑いながら
    「どういうこと」
    とツッコむけど、寧々はお構いなく
    「あ、ほらあっちにも怜。てか、さっきのエリアの青っぽい魚も怜だったよね」
    と続ける。
    「全然似てないでしょ」
    と一応は否定するけど、寧々があまりにも楽しそうに言うもんだからこっちまで面白くなってくる。

    「こいつは?」
    と試しに聞いてみると、
    「こいつは違う!」
    と返ってくる。
    大きい声も出せないのにそこまで強く言われて、思わず笑ってしまう。“こいつは違うも何も、そもそも全部違うでしょ”と思うが、彼女なりに何か共通点でもあるのだろうか。

    そんなくだらないやりとりや考え事をしていると、イルカショーのアナウンスが聞こえてきた。時間を見ると12時50分、次のショーまで10分だ。
    「このショー見に行く?次にする?」
    「見に行こう」
    近くを見回すと、外のショー会場に繋がる出入口が見つかった。順路に従って歩いているときは大きな直線が視えて・・・いたが、そこから外れて孤立したように会場はあった。
    水族館は順路が一列に定まっていることが多いと思うけど、イルカショーは別枠である。
    「じゃあばいばい、怜」
    よく分からない魚に挨拶して会場へと向かう。

    ずっと薄暗い館内にいたから、外に出て気分も変わり心なしか会話のボリュームも大きくなる。
    「どこ座る?最前列はやばいよねー」
    とか言いながら、適当な席を見つけて座り、ショーが始まるのを待つ。
    最後に水族館に行ったときの記憶はほとんどないし、恐らく小学生のときだと思うのだが、それでもイルカショーのことはおぼろげに記憶に残っているような気がする。他の魚たちのことは、全くと言っていいほど覚えていないのに。
    順路に従って歩いているうちは次々と新しい魚を見ていくから、その連続する直線上にいる魚たちと、そこにはいないイルカで印象の残り方が違うのだろう。

    イルカショーが終わると、館内に戻って残りのエリアを回っていく。
    圧倒されていた感じはもうすっかりなくなっていて、小声で普通に会話しながら先に進んでいく。

    寧々はもう飽きてきたのか、歩くスピードが最初より随分と速くなっていた。
    水槽の中で綺麗に直線状に並んで泳ぐ魚を見つけ、気になって立ち止まりキャプションを読んでいると、「ほら、行くよ」と急かされてしまった。

    回り終わって外に出て、
    「寧々、飽きちゃった?」
    と聞くと、
    「ううん、そういうわけじゃないしめっちゃ楽しかったんだけど、お腹すいちゃった!」
    ということらしい。
    「あ、なるほどね。たしかにもう2時だしね」
    水族館の1階にも食堂みたいな小さめのレストランがあるようだけど、少し離れたところに良さそうなレストランがあったからそっちに行くことになった。

    レストランに着いて注文を済ませ、ようやく一息。
    「水族館めっちゃ良かったね」
    「ね!飼いたくなっちゃった」
    別に本気で言っているわけではなさそうだったけど、一瞬本気で想像してちょっと身構えてしまう。正直、生き物を飼うということにあまり前向きなタイプではなく、微妙に話をズラすことにした。
    「そういえば、小学校のときにクラスでメダカ育ててたの思い出した」
    「あ、理科の授業のやつ?」
    「そうそう。5年生くらいのやつ」
    理科の授業でメダカを育てるのは、どこの小学校でも共通なのかな。
    「あのメダカって、その後どうしたんだっけ。ずっと育ててたかなぁ」
    寧々はしばらく記憶を辿っていたが、結局思い出せないようだった。

    昼ご飯を食べた後、ショッピングセンターで服を見たりカフェに立ち寄ったりしていたら、意外と18時を過ぎてしまっていた。
    「もう疲れてる?」
    「ちょっとだけ?でも、全然元気だよ!」
    若干疲れの見える寧々の様子に一瞬迷ったが、せっかく“元気だよ”と言ってくれたし。
    「行きたいとこあるんだけど、最後にそこだけいい?」
    「全然いいけど、え、どこ?」
    「行ってからのお楽しみ」

    お楽しみと言いつつ、目的地が近づいてきたら自然と勘付かれた。
    「え、え、え…!え、そういうこと!?」
    そこまで驚いてくれるとは全然思ってなかったんだけど、ちょっとしたサプライズのつもりで連れてきたかったのは、ライトアップされた桜並木。
    「え…!!めっっちゃ綺麗!え、ありがとう!!」

    寧々と付き合い始めたのは退職のほんの少し前、3月末だった。
    「お花見行きたいね」と話していたのだが、今年はやたらと開花が早く、その上雨も多かったことでお花見シーズンは既に終わりが見えつつあった。
    でもせっかくのデートだからと思って調べていたら、ここの桜並木を見つけた。もう満開ではなくなっているのだろうが、それでも十分綺麗にライトアップされていた。

    そんな背景があったとはいえ、ベタなサプライズでここまで喜んでもらえるとは思っていなかった。
    桜並木に着いたのが18時半くらいだったけど、時間を忘れて見ているうちに気付けば19時をとっくに過ぎていた。

    名残り惜しむように数枚写真を撮って、帰路についた。


    五 墓参り

    「怜、今日も数学?」
    水族館に行った次の日、寧々が出勤の準備をしながら聞く。
    「いや、今日はちょっと出掛けようと思ってる」
    「あ、そうなの。どこ行くの?」
    「んー、ちょっとね…」
    少し言い淀んでしまった俺に、寧々の目線が厳しくなる。
    「うわ、浮気だ!」
    「いや違う違う!…友達のお墓参りに行くんだけど、そう言われても気遣っちゃうかなって思って」
    「ああ、なるほどね」
    納得しつつ少しバツの悪そうにする寧々に、
    「寧々が帰ってくるまでには、家にいるから」
    と言って朝ご飯の準備に戻る。

    「今日は一緒に家出ない?」
    朝ご飯を食べながら思い付いて提案してみる。寧々の働くカフェは駅前だ。俺は電車で行くから、せっかくなら駅まで一緒に行きたい。
    「いいね、そうしよ!」
    と嬉しそうに言ってくれたので、俺は急いで自分の身支度を始める。

    駅前で寧々を見送って、俺は電車を調べつつホームに向かう。電車に乗って一息つくと、自然と今から会いに行く友達のことを思い出していた。
    全く予期できない唐突な別れなんてものが存在するなんて、当時の俺は知らなかった。

    今朝寧々に言い淀んだのは、気を遣わせてしまうと思ったからだが、実はそれだけではない。その友達が、俺にとって特別な女子だったからだ。
    高校2年生で同じクラスになった彼女とは、最初の席が隣だったことで一気に仲良くなった。その後もよくふたりで話し、気付けば好きになっていた。
    うちの高校では11月の中旬に修学旅行があった。告白するにはそこしかない。そう考えていた俺は、“修学旅行が終わったあとには、友達ではなく恋人になっているといいな”と願っていた。

    当時はまだ高校生、そもそも“別れ”というものにそれほど実感を持っていなかったと思う。しかし、大切な存在との別れを経験するのは初めてのことではなかった。
    飼っていた生き物との別れを、それまでに3回経験していた。生き物を飼うことに前向きになれないのは、過去の苦い別れを思い出すからだった。


    俺が産まれたとき、うちにはユキという名前の一匹の犬がいた。物心つく前から一緒にいたから、幼少期の俺の記憶の中には大抵ユキがいる。
    しかし、俺が小学校にあがるよりも前にユキは死んでしまった。親の話では、俺はしばらくの間「ねえ、ユキは?」と言っていたらしい。生き物が死んでしまうということや別れということを全く分かっていなかった。

    その次の生き物との別れが、小学5年生のときのメダカである。
    ——あのメダカって、その後どうしたんだっけ。ずっと育ててたかなぁ
    寧々はそう言っていたが、俺は自分の小学校でのことはよく覚えていた。
    ある木曜日か金曜日。急にメダカの様子がおかしくなって一匹二匹と死んでいってしまい、土日を挟んで全て死んでしまった。
    自分だけが何かをしたわけでもないけど、かなりショッキングな出来事だった。色々と調べてみると、餌と水換えに問題があったんじゃないかという話になった。
    そのとき、生き物が死んでしまうのには明確な理由があることを痛感した。

    中学生になった頃、ハムスターを飼い始めた。
    そのときは飼う前から親ともよく話して飼い方を本当に徹底的に調べて、ちゃんとお世話をしていた。
    チョコと名付けてとにかく可愛がった。ここまで丁寧にお世話することも珍しいだろうと言えるくらいやったと思う。しかし中学3年生の秋頃、寿命で死んでしまった。受験勉強も佳境の時期だったが、数日間何も手につかなくなってしまった。
    死んでしまう明確な理由が分かっていても、どうにもできないことがあると知った。

    それ以降、生き物を飼うことに臆するようになっていた。


    共同墓地に着き、入口で受付を済ませる。彼女のもとで手を合わせながら、当時のことを思い出す。

    ——修学旅行が終わった後には、友達ではなく恋人になっているといいな
    結局、彼女とは友達のままだった。
    彼女との別れは何の前触れもなく訪れた。急性心不全だったらしい。
    修学旅行の1週間前のことだった。

    彼女との別れは、悲しむことすら許してくれず、ただ巨大な喪失感を俺に残した。
    高校生の子供にとって、昨日まであんなに元気だった大切な人と突如二度と会えなくなるなんて、どうして想像できるだろうか。
    自分の中でそれまでにあった“別れとはこういうもの”という思い込みが、彼女との別れの衝撃に拍車をかけた。あのときの喪失感にはそれに先行する別れたちが属していたからこそ、あんなにも立ち直れなかったのだと今になって分かる。


    すぐに帰るつもりだったが、しばらくその場を離れられなくなってしまって随分と時間が経っていた。
    スマホで時間を見てそのことに気付き、寧々の帰りに間に合うように共同墓地をあとにした。

    俺が人生で初めて好きになったのが彼女であり、彼女を喪って以降はずっと誰も好きになれずにいた。誰かを特別に想うことを、無意識に避けていたのかもしれない。そもそも昔から、人と仲良くなることを警戒してしまう性格だった。
    そんな俺にとって、寧々がいかに特別な存在か。

    今日は金曜日、夕方あたりはカフェも混んで忙しくなるだろう。
    疲れて帰ってきて明日も仕事の寧々のために、ちょっと気合いを入れて夜ご飯を作りたい。急いで家に帰り、さっそく取りかかる。

    “退勤した!帰るね〜”
    と連絡がきた。
    はやる気持ちで寧々を待っていると、程なくして玄関の鍵の音がする。
    「おかえり!」
    と駆け寄ると、寧々の手元に箱があるのに気付く。
    「ただいま〜。これ、お土産!」
    「え、なんで?」
    「昨日のサプライズのお返し。あと、今日は怜も疲れてるかなって」
    寧々が持っていたのは、ふたり分のケーキだった。

    昨日のサプライズなんて大したことでもないし寧々も疲れているだろうに、その優しさが嬉しかった。
    過去のつらい別れを超えた先にこの幸せがあるのなら、どの別れも俺にとって欠かすことのできないものなのだろう。

    「ご飯できてるよ」
    「うん。いつもありがとう」
    そう言ってご飯の用意ができている部屋に入ると、
    「え、なんか今日すごくない?」
    と言ってくれる。
    「ほら、今日金曜日だし忙しかったでしよ。疲れてるかなって思って」
    「同じこと考えてんじゃん」
    と言って笑う寧々と、ご飯を食べて、少し時間を置いてからケーキも食べた。

    今は、こういう時間を大切にしたいと強く思った。


    六 順序

    2日連続で外出していた俺は、“今日こそは”とホワイトボードに向かっていた。
    ホワイトボードには、あの夜に視た・・景色、言語化も図示もままならない自然数の構造の景色をどうにか記述しようとした式が残されている。

    ——軸の上に、“それ”は在った。先行して在ったものたちが“それ”に属していて、故に“それ”は特徴付けられている。
    ——“自然数”の構造も“別れ”の構造と同じならば、22の中を見れば、そこには00と11が属している。

    最近、だいぶ考えがまとまってきたように思える。
    別れの構造から視えた景色なのだから当然だが、お墓参りに行ったとき、高校時代の特別な友達の彼女や今までに飼ってきた生き物たちとの別れを考えていたときにも、同じ景色が視えていた。
    しかし実は、水族館に行ったときもそうだった。
    ——順路に従って歩いているときは大きな直線が視え・・て・いた
    “順路に従っていることで視えていた”ということを考えると、あの景色、即ち自然数の構造には、“順序”が肝なんじゃないかと考えられる。


    別れの構造について改めて考えてみる。
    退職などの別れも順序に関連する構造を持っていたように思えるし、お墓参りのときに視えていた景色も、順序に関連していたかもしれない。

    俺にとってユキとの別れは、まだその意味を実感できないものだった。しかしメダカとの別れのときには、別れには理由があることを学んだ。その学びを、チョコのときには生かそうとしたし、実際に活かせていたはずだった。

    ユキとの別れはメダカよりも先に在るし、メダカはチョコより先に在る。
    “ユキがメダカより先” で “メダカがチョコより先” だから、“ユキはチョコより先” にお別れしている。当たり前だ。

    当たり前なんだけど、これこそ“順序”が肝だと言える所以かもしれない。
    “ユキ < メダカ & メダカ < チョコ→\toユキ < チョコ”とホワイトボードに書いて、自然数に置き換えて考えてみる。
    例えば、33の中には00と11と22が属しているはずだ。“0<10 < 1&1<21 < 2 →\to 0<20 < 2”と書いて、納得する。
    ここまではきっと間違っていない。


    しかし引っかかることがある。というのも、これだけじゃまだ足りない。
    水族館に行ったときに実は、もう一つ全く別の構造が視えていた。魚たちを見て寧々が“怜がいるよ!”とふざけながら言っていたときのこと。

    ——こいつは?
    ——こいつは違う!
    ——そもそも全部違うでしょと思うが、彼女なりに何か共通点でもあるのだろうか

    怜と呼ばれた魚たちは、寧々にとっては何かの共通点で繋がっている。
    例えば、入口の魚やさっきの魚、目の前の魚を寧々が怜と呼んでいるとき、俺にはその魚たちが繋がっているような景色が視えていた。
    “入口の魚≈\approxさっきの魚≈\approx目の前の魚”という式のイメージ.

    “別れ”や“自然数”に視える構造とは全く別物だったはずだ。にも関わらず、“0<10 < 1&1<21 < 2 →\to 0<20 < 2”と同じ特徴はあの魚たちにもあった気がする。
    つまり、“入口の魚≈\approxさっきの魚 & さっきの魚≈\approx目の前の魚” だから、“入口の魚≈\approx目の前の魚” ということ。

    じゃあ、何が違うんだろう。

    少し行き詰まったので、コーヒーを淹れて一息つくことにした。
    以前、“同じコーヒー”とは何なのかと考察していたことを思い出した。淹れる人によって味が変わったりするのに、どうして“このコーヒーとあのときのコーヒーが同じ”って言えるんだろう、と。
    そのときに視えていた景色はそういえば、魚たちを寧々が怜と呼んでいたときに視えていた景色と似ていた気もする。

    “同じもの”や“共通しているもの”を考えるときに視える景色。
    “同じコーヒー”を考察していたときのことをよくよく思い出し、分かってきた。

    “入口の魚≈\approx目の前の魚” ならば “目の前の魚≈\approx入口の魚” である。当たり前の話だ、順序なんてどうでもいい。
    一方、“ユキ < メダカ” を、順序を入れ替えて “メダカ < ユキ” と言うと話が全く変わってしまう。

    これだ、と思った。
    順序が肝心なんだから、入れ替えられない。

    ホワイトボードに、“0<1→×1<00<1 \to ^\times1<0”と書いておく。


    あと一歩、最後に引っかかる部分を解決したい。
    イルカショーの会場だ。

    ——順路に従って歩いているときは大きな直線が視え・・て・いたが、そこから外れて孤立したように会場はあった。

    ショー会場は一本の直線とは別のところに在って、どのエリアの後にも先にも無い。
    これは自然数の順序ではあり得ないことで、33に属する0,1,20,1,2の中で11だけが孤立していることはない。

    もう少し細かく考えると、0,1,2{0,1,2}の中から好きなようにふたつ選んでも、0,10,1を選んでも0,20,2を選んでも1,21,2を選んでも、必ずどっちが先でどっちが後か決まっている。

    属する全ての要素同士の間に、順序関係が決まっている。


    数の中の構造がかなり解き明かせたところで、改めて休憩にすることにした。
    さっき淹れたコーヒーは、すっかり飲みやすい温度になっていた。

    ここからは考察したことを数式や論理式を用いてまとめていく作業になる。
    考察に穴があったりするとかなり厄介な作業だが、ここまで鮮明に分かっているならスムーズに終わるだろう。

    心地よい疲労感と達成感の中で、いつになくコーヒーが美味しく感じられた。


    七 先生

    “数”に隠された順序構造を解き明かせたと思ってから10日近く経つ。数の中に順序構造があることは分かったが、それだけでは“数とは何か”という問いへの答えになっていないだろう。
    毎朝寧々を見送っては夕方まで数学書を片手にホワイトボードと向き合う毎日を送っていたが、そこから大きな成果は得られずにいた。


    昨日でカフェの有給消化の期間が終わり、今日から別のレストランでの仕事が始まる。
    以前も働いたこともあって勝手知ったる職場なので、気持ち的にはかなり楽だ。

    「準備できたー?」
    「うん、たぶん忘れ物ないはず」
    制服などは今日受け取ることになっているから、忘れ物も何もそもそも持って行くものがほとんどない。
    たぶん準備万端だろうということで、寧々と一緒に家を出る。

    シフト時間は俺のほうが短いんだけど、駅から電車通勤の時間がある分、同じ時間に家を出られる。
    「じゃあいってらっしゃい、頑張って」
    「うん、怜もね。ばいばーい」
    駅前で寧々を見送ってから電車に乗る。レストランのマネージャーから連絡が来ていたのでそれに返信してから、スマホで論文を読みつつ電車の時間を過ごした。


    レストランでの初回勤務を終えて、寧々に“今から帰るね”と連絡を入れる。
    帰りの電車で本を読んでいるとき、スマホに通知が来た。寧々からの返信かと思って画面を見た瞬間、そこに表示された名前を見て心臓が鳴った。

    “千葉裕司”

    中学時代の塾の先生。
    以前寧々との話の中で少し話題に出たときに久しぶりにお会いしたいと思い、俺から連絡していた。
    俺が人生で最も尊敬する人であり、同時に最も恐れる人だ。恐れるとは言っても、中学生のときに何度も怒られた記憶が忘れられないだけで、めちゃくちゃ優しい人だ。

    “久しぶり!返信遅くなってごめんね。
    来週なら飲み行けそうだけど、怜の都合はどう?”
    俺にとって、千葉先生と飲みに行ける機会を差し置いて優先することなんてそうそうない。
    ただ返信するだけなのに背筋の伸びる思いで、失礼のないよう慎重にやり取りをして、来週の水曜日に会うことが決まった。

    千葉先生にお世話になっていたのは、中学2年生から卒業までの2年間。中学受験に失敗して高校受験に大したやる気を出せなかった俺に、“怜ならやれる”と言って親身になって指導してくれた。結果的に中学受験で落ちた中高一貫校に合格して高校入学できたのは、紛れもなく千葉先生のおかげである。
    中学生ながらに、とにかくオーラ、カリスマ性の強い人だと感じていた。常に生徒たちを鼓舞して引っ張って、先へと導いてくれる先生だった。
    俺はカフェで働く前に塾で働いていた時期があったのだが、それは千葉先生への憧れが一つの理由だった。


    「寧々、来週の水曜日飲みに行ってもいい?」
    夜ご飯を食べながら、一応寧々に確認する。
    「えー、やだ寂しいー」
    そう言われて一瞬慌てて寧々のほうを見るが、どうやら本気で言っているわけではなさそうだった。
    「ごめんって。金曜日はちゃんと空けてあるから」
    次に寧々と休みが被るのが来週の金曜日だったから、その日はふたりで過ごそうと話していた。
    「じゃーいいよ。ちなみに誰と?」
    「前、千葉先生の話したの覚えてる?」
    「あー、1+1=21+1=2の先生だ」
    思えば、今の俺の研究テーマのきっかけを辿ると千葉先生に行き着く。
    「そうそう。その先生と久しぶりに話したくなって」
    「なるほどね。その先生は今も塾で働いてるの?」
    「いやけっこう前に辞めちゃったらしい。今は自分で会社やってるらしいけど」
    「へー、なんかすごいね」

    千葉先生にこのタイミングで会いたかったのは、先生が会社を退職して自分で会社をやっているからというのもあった。
    俺からは天職のように見えていた塾講師という仕事をなぜ辞めたのかが気になっていた。それに、俺と状況が同じとは言えないけれど、自分で仕事をすることを選んだ立場から何かアドバイスをいただきたかった。


    千葉先生と会う当日、レストランの退勤後急いで帰り支度をして、先生と会うお店へ向かった。
    待ち合わせの時間より随分と早く着いてしまい、入口で待っていると緊張してきた。ただ会うだけで緊張するのは、たぶんこの人くらいだ。
    前回会ったときには俺はまだ塾で働いていたことに気付いた。けっこう時間が経ってしまったんだなぁと実感すると同時に、俺が塾を辞めたときのことを思い出していた。

    どっちから先生が来てもいいように気を張っていると、駅のほうから先生が歩いてくるのが見えた。
    「お疲れ様です!ご無沙汰してます」
    「久しぶり!おまたせ〜」
    相変わらずの優しい口調で、そこに堂々とした余裕を感じさせる。“こんな大人になりたい”と未だに思わされる。
    緊張を抑えながら店の中に案内し、店員さんに予約名を伝えて席につく。


    乾杯して何気ない世間話から始まって、昔の思い出話などでしばらく盛り上がったあと、思い切って聞いてみることにした。
    「先生は、どうして塾講師辞めたんですか…?」
    言いながら顔色を窺うが、先生は嫌そうな素ぶりも見せずに、あくまでも普通に答えた。
    「あの塾のやり方が、嫌いになったんだ」
    表情を変えることもなくそう答える先生とは裏腹に、俺は、“嫌い”という言葉に身動きがとれなくなる。
    「俺は生徒たちのことを我が子のように大切に育ててきたし、親御さんたちにもそうやって信用してもらって仕事してきた。
    でもあの塾は、シーズン途中でも平気で人事異動をする。本来は年に1回だけなのに、緊急だとか言って突然異動させられることがある。
    俺は生徒と親御さんたちに卒業まで付き添うと約束しているのに、それを裏切らなきゃいけなくなる。
    だから、もうこんな人事はやめてくれと何度も言ったが、その場では了承しつつも結局無くなることはなかった。これ以上生徒たちを裏切り続けたくなかったし、そんなやり方をする会社では働けない。
    だから辞めたんだ」

    急な異動で生徒や親御さんを裏切ることになる。それは、実際にその塾に通い、後にその塾で働いていた俺にも心当たりのある話だった。そして、千葉先生がそれを嫌うことも理解できる。

    “千葉先生らしい”と思った。
    めちゃくちゃ親身で優しくて、賢くて堂々としている。しかし、千葉先生ほど“正しく感情的になれる”人を他に知らない。仕事として生徒を上手く叱る先生は多いし、未熟な先生が下手に怒ってしまうところも見てきた。しかし千葉先生は、本気で上手く怒る。これは本心から生徒のことを想っていないとできないことで、これこそが教育者として本当の優しさだと思う。

    俺は塾講師として働いていた中で、結局上手く叱ることしかできなかった。
    生徒のことは心の底から大切に、それこそ我が子のように想ってきたつもりだが、俺は感情的になることができない。
    ——俺が塾を辞めたときのこと
    俺があの子に対して足りていなかったのは、そういうところだったのかもしれない。

    「怜のほうこそ」
    上手くリアクションできないでいると、千葉先生から水を向けられる。
    「どうして辞めたの?前に話を聞いたときには、“絶対にいい先生になる”とも思ったけど」
    お世辞でも嘘を言わない先生にそう言われて嬉しい反面、だからこそ本音で答えなきゃいけないと思った。
    「たしかに、自分なりに真剣に向き合っていたし、自分でも向いていると思っていた時期もあったんですが…」
    言葉の先を上手く繋げられない俺を、千葉先生は急かすこともなく待ってくれた。

    俺は当時を思い出しながら、上手くまとまらないながらに話し始めた。


    八 教え子

    高校を卒業した春、俺は元々通っていた進学塾でバイトを始めた。
    俺が初めて“社会”に出た瞬間だった。


    「本庄くんは、シャイな女の子を口説くのは得意?」
    大田先生が初出勤の日に言ったことを今でも覚えている。
    数学担当の俺は、同じく数学担当の社員でベテランの大田先生のもとで研修してもらうことになった。事前に準備した10分の模擬授業へのフィードバックの一言目がこれだった。
    「えー、いやどうでしょう。苦手な気がしますけど…」
    全く予期せぬ問いかけに、俺は口ごもってしまった。“苦手な気がする”なんて真っ赤な嘘。本当は“めちゃくちゃ苦手”だ。
    そんな俺の性格も、口ごもって中途半端になってしまったことも。大田先生は全てを見透かしたように少し笑ってからこう言った。
    「僕たちの仕事は、良い授業をして良い指導をして生徒たちを志望校に合格させてあげることだよね。そのためには、生徒との関係性が大切、平たく言えば仲良くならなきゃいけないんだ。今の本庄くんの授業はちょっと一方通行すぎるかな。それじゃ、仲良くなれないよ」

    「まあ最初だからね、一緒に頑張ろうね」と付け加えて具体的な改善点を説明する大田先生の話を聞きながら、これは大変なことになったと感じていた。
    シャイな女の子を口説くも何も、俺は友達を作るのも苦手だ。
    人前で話すのは緊張するし、学校じゃクラスの陰にいるタイプだった。中高生のときはバスケ部に所属していたけど、「本庄くんってバスケ部っぽくないよね」とよく言われていた。

    高時給に釣られ、昔の憧れに引っ張られて始めたこの仕事。やっぱり向いてないことはやめとくべきだったかと後悔しつつあった。


    それでも、始めたからにはやらなきゃいけないという気持ちで頑張った。話し方から勉強したくて、芸人の動画を見漁ったりしていた。
    そんな俺に大田先生はとことん付き合ってくれた。毎日のように終業後に遅くまで模擬授業を見てもらっては散々ダメ出しされた。でも、ダメ出しされたところを改善すると必ず褒めてくれた。
    大田先生には、基本的な授業構成の練り方から、授業中のちょっとした小ネタや盛り上げ方、生徒との接し方、曲がらないで板書するコツまで、本当に様々なことを教わった。

    実際に授業を担当するようになってからも、反省と試行錯誤の繰り返しだった。
    授業のことや生徒のことを毎日のように大田先生に相談した。

    2年目の後半には少しずつ自信も持てるようになってきて、大田先生との毎日の会話は、俺からの相談だけでなくふたりで話し合うことも多くなっていた。
    担当クラスの成績や生徒アンケートなども気付けばずっと右肩上がりで、徐々にスタッフ陣からも生徒からも信頼されるようになっていたと思う。

    3年目に入る頃には任されるクラスもかなり増えていた。


    村田義則と出会ったのはそんな時期だった。
    義則は中学1年生のときから通っていた生徒だが、俺は担当しておらずほとんど接点がなかった。生徒情報はスタッフ陣で共有されるので、彼が数学を苦手とすることは聞いていた。
    2年生に上がるときに俺が担当することになって、彼と深く関わるようになった。

    担当する前から真面目な生徒という印象はあったけど、実際には想像以上だった。
    課題を忘れてくることはまずあり得なかったし、自習にも毎日のように来ていた。学校で配られる問題集も2周以上やっているのが当たり前だったし、自分で問題集を買っていたりもした。
    それでも数学が苦手なのは向き不向きの問題もあるし、真面目だけど要領が悪い。
    そんな印象だった。

    1学期の中間テストのとき。
    「先生、学校の問題集終わったのでこっちに進もうと思うんですけど」
    と義則が俺のところに来た。
    テストまでまだ1週間も切っていない。もう学校の問題集が終わっていることに心の底から感心して、まずはその労いをした上で、
    「ちなみに、ちょっとその問題集見せてもらっていい?」
    と、学校の問題集を見せてもらった。
    しばらく目を通してから1問ピックアップしてその場で出題してみる。
    「えーと…」
    と言って彼はしばらく考え込んでしまった。
    出題したのは、同じパターンで何度か間違えている問題だった。しばらく考え込んだのちに自信なさげに答えてくれたが、やはり同じような間違いを繰り返している。
    「他の問題集に進むのもいいんだけど、その前にこっち一緒に復習しよう」
    と言って、具体的に復習の指示を出し始めた。

    義則が真面目だけど要領が悪いのなら、勉強の質をちゃんと見てあげさえすれば成績は上がるというのがそのときの俺の考えだった。
    実際そのときの中間テストでは、彼の数学の成績は少し上がった。
    「先生、結果返ってきました!」
    と言ったときの彼の嬉しそうな表情は今でも覚えている。

    しかし喜んだのも束の間、他の教科に比べれば大きく劣る現状に、彼は相変わらず焦りを感じているようだった。
    そんな彼を鼓舞しながら指導して期末テストに備えたが、成績はほぼ横ばいだった。

    期末テストが終わると、夏休みが目前に迫る。
    塾業界からすると夏期講習の季節であり、成績面でも集客面でも勝負の季節という空気になるのだが、生徒たちにとっては普通、ただの楽しい夏休みである。

    しかし、義則は直前の期末テストが振るわなかったこともあり、しかも時期は中2の夏。周りにも受験を意識し始める友達が出てきて、呑気に夏休みを楽しむ気分になれない様子だった。
    晴れない表情で夏休み毎日のように自習に来る彼を見るたびに、期末テストで力になれなかった自分の無力を痛感して、今の彼のためにやれることをずっと模索し続けた。大田先生との毎日の会話も義則の話題ばかりになっていた。

    「義則くんには、やめさせるところはちゃんとやめさせて、こっちでちゃんとコントロールしてあげなきゃいけないよ」
    大田先生にはよくそう言われていた。俺も完全に同意で、それこそ、中間テストのときに闇雲に他の問題集にいくのを止めたのがまさにこれ。
    しかし大田先生に言わせれば、まだまだコントロールが甘いということだ。実際そうなのだろう。

    ——シャイな女の子を口説くのは得意?
    3年目にもなって、まさか初っ端で言われた言葉を思い出すとは。
    ちゃんと仲良くなって本当の意味で関係性を築かなきゃ、生徒の努力を抑えるようなコントロールをすることは難しい。
    俺は、義則に対してそこまで深く踏み込むことを恐れてしまっていた。

    もちろん自分なりに踏み込もうとはしていた。少しでも密にコミュニケーションをとって、彼の学習状況を把握してアドバイスすることを徹底した。
    少しは結果が出たというべきか、それとも、結果までは結びつかなかったというべきか。
    夏期講習最後の模試では成績はたしかに伸びた。数学としては過去最も良い偏差値だった。しかし他の教科には及ばす、彼の志望校判定に対しては数学が足を引っ張る結果となった。

    そのまま2学期に突入し、迎えた中間テスト。
    義則の成績は、上がるどころか下がってしまった。

    「義則くんの親御さんから、退塾の申し出があった」
    大田先生にそう聞かされたのは、中間テストの結果が出た翌日のことだった。


    九 無力

    夏期講習最後の模試の結果を受け、2学期が始まる前に義則と話をしていた。
    志望校がまだ遠いとはいえ今はまだ中2の夏。前回に比べて伸びているし、ちゃんと見直しをして次に繋げれば大丈夫なはずだと思っていた。

    しかし中2の2学期は部活や学校行事も忙しい。
    義則はほとんど毎日自習に来ていたが、やはり疲れている様子だった。それでも課題はしっかりこなし、学校の問題集も終わらせてテスト前には他の問題集に取りかかっていた。

    本当はそんなときだからこそ、量を多少削って学校の問題集を徹底させるべきだった。量と質を俺がコントロールしなきゃいかなかった。
    それなのに俺は、疲れた義則の時間をもらってちゃんと話すことを躊躇ってしまった。今にして思えば最悪の失敗である。
    その結果中間テストでは成績を落とし、退塾の申し出を招いた。


    「とりあえず明日、義則くんの親御さんと面談することになった。退塾を止めるのは僕の役目だからそこは任せて。本庄先生は期末テストで結果を出すことに集中してほしい。もちろん僕も協力するから」
    大田先生に頼もしさを感じつつ、改めて気持ちを引き締めた。
    もう後がない。

    まず義則と面談して、中間テストの結果を細かく分析して期末テストの範囲を確認し、いつまでに何を終わらせるかという学習計画を一緒に立てた。
    そこから期末テストまでの約1ヶ月は本当に必死だった。当然、他の生徒たちの指導や授業なども通常通りある。2学期から担当クラスが更に増えていたこともあり、とにかく時間が足りない。業務時間外で仕事することも増えた。大田先生にも都度、進捗を報告して相談していた。
    義則自身も今まで以上に頑張っていた。彼は今の塾を気に入ってくれていたのだった。


    限られた時間でやれることは全てやった。
    しかし、俺の実力で十分な結果を出すには時間が足りなかった。

    中間テストよりは成績が上がったものの、元の1学期に戻るほどには及ばなかった。
    その後、親御さんとの面談を経て、義則の退塾が決まった。

    塾講師として働いた4年間の中で、最も記憶に残っているのが義則だ。こんなにも自分の無力を痛感することは他になかった。
    思えばずっと、彼はつらそうだった。彼にそんな顔をさせていたのは俺の責任だ。
    俺は、自分を強く責めた。

    翌年に塾講師を辞めた。
    義則は中2の冬から個別指導塾に通っていたらしいが、当然、彼の進路を見届けることはできなかった。


    「最も自分を必要としてくれた生徒に対して、自分は全く力になることができなくて。教育者なら、義則のような生徒にこそ力になれなきゃいけないと思うんです。だから続けられなくなっちゃって」
    千葉先生は最後まで静かに聞いてくれたあとで、
    「怜はそう考えられるから、やっぱり教育者に向いてると思うよ。でもまあ、気持ちは分かる」
    と言った。

    そのあと千葉先生とは、今の会社のことや当時のクラスメイトの話題になったのちに解散した。


    帰り道、今日話したことや聞いたことを電車の中で反芻していた。
    つらかったことを思い出したのに気分が大きく沈まなかったのは、千葉先生の言葉が救いになっていたからに他ならない。
    でも、もし千葉先生が義則を担当していたなら必ず結果を出していたに違いない。これは憧れからくる思い込みではなく、根拠のある確信だ。

    ——千葉先生ほど“正しく感情的になれる”人を他に知らない
    俺が義則にもっと深く踏み込むことができていれば、彼の成績は全く違っていただろう。俺は正しく感情的になれない。これはもう、人間的な欠陥だ。
    個別塾で義則を担当した先生は、そういう人だったのだろうか。

    全ての別れには、それ以前の別れが属している。
    しかし根本的に、全ての別れには自身の“人間性”が属している。
    “別れの構造”と“自然数の構造”から視える景色の中に、全てに属し全ての根本に在る何かが視えた。

    俺の人生の中の社会人としての部分を切り取ったとき、その最初の別れが義則との別れだった。
    その先に例えばカフェの退職という別れがあり、寧々との出会いがあった。

    そんなことを考えているうちに家に着いた。
    「ただいまー」
    「おかえり」
    出迎えてくれた寧々の顔は、どこか不満そうだった。
    「どうかした…?」
    「ううん。……遅くない?」
    23時を過ぎたくらいの時間。たしかに遅いと言えば遅い。
    「ごめんごめん」
    寧々は頬を膨らませながらも
    「いいよ」
    と言った。

    急いでお風呂入って寝る支度をしている間、寧々は何か考え込んでいる様子だった。
    「ねえ怜」
    ベッドに入ったとき、寧々が気まずそうに言ってきた。
    「さっきはごめんね、拗ねちゃって」
    「いやいや、俺のほうこそごめんね」
    「ううん。心配したし寂しくて、わがまま言っちゃった」
    そんな気にさせたことに申し訳なさも気にもなったが、わざわざ謝ってくれる彼女に律儀さを感じつつ、
    「今後はなるべく、遅くならないようにするね」
    と伝えた。寧々は
    「うん…」
    と答えて、そのままふたりとも眠りについた。


    十 整列

    翌朝、俺は昨日視た景色について考えていた。
    ——“別れの構造”と“自然数の構造”から視える景色の中に、全てに属し全ての根本に在る何かが視えた

    景色を絵に描いてみようと試みたが、やっぱり無理だった。共感覚で視える数学の世界は、絵で表すことはできない。
    とりあえずそれっぽく描けるとこまで描きながら考える。

    全ての別れに属し全ての別れの根本に在るもの。即ち俺の生まれ持った人間性。
    死後の世界とか転生とかを信じるわけじゃないけど、俺の生命がこの世に生まれた瞬間、それまでにあり得た他の全ての可能性と決別していると考えられる。
    “無”との別れ、或いは“無”から成る別れ。その瞬間に形成された人間性を持って、俺は生まれている。


    「おはよう、怜」
    朝のアラームが鳴って寧々が起きたところで中断した。
    「おはよ。よく寝れた?」
    「うんーーー。眠い…」
    そう言いながらも起き上がってコンタクトを付ける寧々を見て、俺は朝ご飯の準備を始める。
    「怜、いつもありがとね」
    「ううん。大したものじゃないし」

    「ねえ寧々、今日の夜久しぶりに晩酌しない?」
    駅に向かう途中思い付いて、提案してみた。
    「え、いいの?したい!」
    「じゃあ決まりね!」
    ふたりの休みが被る明日は、特に出かけるでもなく家でゆっくりしようと話していた。

    帰りに駅前で待ち合わせて一緒に買い物して帰り、先にお風呂を済ませてから晩酌を始めた。
    個人的には、昨日の埋め合わせの意味合いが強かった。しかし考えてみれば、ふたりで飲むのは意外とレアな時間で、時間を忘れて晩酌は遅くまで続いた。
    翌朝はふたりともゆっくり寝ていて、起きたら10時を過ぎていた。
    「今朝は数学やんなくてよかったの?怜」
    「だって今日は寧々と過ごす日だから」
    「え、何それ嬉し」
    と言って抱きついてきた寧々の顔に、どこか複雑そうな表情が見えた気がしたのは、思い過ごしだろうか。


    翌朝からまたあの景色について考察を続けようとしたが、イマイチ捗らなかった。
    “全ての別れには自分の人間性が属している”ということが頭から離れなかったからだ。

    昔から、人の気持ちがよく分からないという自覚が強くあった。
    親に怒られているときや、友達が悲しんでいるとき、何故そうなっているのか理解できなかった。親は「やめなさい」と言うけれど、何が駄目なのか分からない。友達が泣いているけど、どうして嫌なのか分からない。そんな感覚がしょっちゅうだった。
    数学のように全てに理屈があるものが、俺の心の支えになっていたように感じる。自分のこんな性格が普通でないことは幼少期から自覚していた。
    普通でない自覚はあったが、一方で人の気持ちは分からないという自覚も強かった。だから俺は、人の気持ちが分かることを諦めるようになっていた。人に対して上手く感情的になれないのには、そういう背景がある。

    そんな俺にとって、共感覚は強力な支えだった。
    自分の共感覚に気付いたのは何歳の頃だっただろうか。はっきりとは分からない。
    会話や考え事などの最中に頭の中に朧げに視えていたその景色が他の人には視えていないということを、幼い頃は知らなかった。
    最初は数にまつわる景色ばかりが視えていた気がする。強いて言語化してみると、例えば単純に“0,1,2,0,1,2,⋯ ,10,⋯ ,100,⋯\cdots,10,\cdots,100,\cdots”と考えているときには、徐々に大きくなりながら“上”とも“遠く”と言えないどこかに向かっていく束のようなものが視えていた。年月について考えているときには帯のようなものが視えていた。11月から1212月までひとまとまりになりつつも1212月の後ろにはまた11月が付いていた。お金の話題になると,これまた“上”とも“遠く”と言えないどこかに向かって階段上に続いていく景色が視えた。
    いつしか、数にまつわること以外からも景色が視えるようになっていった。担任の先生がどんなときに怒るとか、クラスの誰と誰の仲が良いとか悪いとか。中学の部活のときは、“あのふたりは一応仲良いけど、片方がもう一人の顔色を窺っている”とか、そういうのも視える景色で把握していた。
    人の気持ちが普通には分からない俺は、この共感覚で視えていた景色を頼りにしていた。

    共感覚で視える景色を頼りにした俺の処世は、あながち悪くもなかったと思う。大きな問題を起こすことはほとんどなかったし、少なくとも何も頼りがなかった幼少期よりは遥かにマシだと思う。
    しかし、根本の人間性は何も変わっていない。共感覚を完璧に頼りきる覚悟のない俺は、人に踏み込まず一定の距離を保つことが当たり前になっていた。それが時に別れを招くのは仕方ないことだと諦めていた。
    だって、俺の人間性が根本に在るのはどうしようもないことだから。

    あの日寧々の顔に見えた複雑そうな表情が、思い過ごしだったかどうかは未だに分からない。
    自分はやっぱり、共感覚に頼らなきゃ何も分からないんだと痛感させられた。


    毎朝ホワイトボードの前に立っては自然数の構造を考えようとしたが、出勤前の僅かな時間は、人間性についての省察が思考を占拠したまま終わってしまう。
    ようやく自然数の構造に本格的に取り組めたのは、次の休みの日だった。

    全ての別れに属する謂わば“根源”となる別れが在るように、全ての自然数に属し全ての根源となる自然数が在ると考えられる。しかもそれは、“無”から成る数である。
    たぶん単純に、それは00だと考えていいだろう。

    自然数の中には、先行するものたちが属している。
    つまり22には00と11が属しているし、33には00と11と22が属している。
    ならば00には?
    何も先行しない00には、何も属していない。00はたしかに“無”から成ると考えてよさそうだ。

    ——俺の人生の中の社会人としての部分を切り取ったとき、その最初の別れが義則との別れだった
    これについては、自然数の場合ではどうだろうか。
    33に属する0,1,20,1,2のどの部分を切り取っても、その中で最初の数が在る。例えば1,2{1,2}と切り取れば11が最初だし、0,2{0,2}と切り取れば00が最初だ。
    どの部分も、底無しになることがない。必ず、底が視える。

    自然数の中には、先行する全ての自然数が順序立てて属している。そしてどこを切り取っても底無しになることはなく、必ず最初の要素が存在している。
    綺麗な整列構造だ。自然数の構造とはつまり、整列構造のことだったのだ。


    夕方、家に帰ってきた寧々はホワイトボードをしばらく眺めて言った。
    「朝とめっちゃ変わってるね……。今日は捗った?」
    「うん、そうだね。ずっと考えてたことがやっとまとまった感じ」
    「そっか…。よかったね」
    また、若干の違和感を感じた。しかし寧々の顔を覗き込んでみる間もなく
    「お腹すいたー!」
    と言うもんだから、
    「食べよっか」
    と言って夜ご飯の準備を始めた。


    十一 違和感

    俺がレストランで働き始めて1ヶ月経った。働き始めた頃は生活リズムの試行錯誤もあったが、今ではだいぶ慣れてきた。
    寧々との同棲も、もう2ヶ月近くになる。


    「そういえば、怜ってカフェで働いてたとき、なんか朝練?みたいなのしてたよね」
    ある夜お風呂を上がったくらいのタイミングで、不意に思い出したように言われた。
    たしかに俺は毎朝、開店前のまだ誰も来ない時間に出勤してドリップやラテアートの練習をしていた。
    「うん。そういえば寧々と初めて会ったときも、俺が先にいて練習してたね」
    「ね。私けっこう早めに出勤したつもりだったのに、先にいたからびっくりしたよ」
    初めて会ったときからもう5ヶ月半くらい経つのだと気付いて、時の流れの速さに驚いた。あの初々しかった頃が懐かしく感じられる。
    「なんであんなに朝練してたの?怜はドリップもラテアートも上手じゃん」
    「まあ、別にできるっちゃできるけど、少しでも速く美味しくできるようにって思って」
    「ほえ〜。しかもそんとき、もう辞めるつもりだったんでしょ?」
    「うん。でも働いてるうちは妥協したくなくて。とはいえ、辞めるくせにお店のコーヒー豆とかは使わないようにしてたけどね」
    「怜はすごいねやっぱ。私も、明日から朝練しようかな」
    「え、どうしたの急に」
    「いや怜みたいに少しでも速く美味しくってレベルじゃなくてさ、私まだ普通にラテアートできないし」
    「それは別に、営業中で時間見つけて練習していいんだよ?」
    「それは分かってるけどさ、やっぱり営業中は何かと気遣うし、早くできるようになりたいもん」
    「まあ気持ちは分かる。気遣うよね」
    「だから明日から、もっと早起きする!」

    翌朝、寧々は宣言通りにいつもより30分早く起きた。
    それに合わせて俺も一緒に朝ご飯を食べて一緒に家を出ようとしたとき、
    「怜はいつも通りの時間でいいよ?朝、いつもより数学できてないでしょ」
    と寧々は言った。
    正直それは全然気にしてなかったのだが、この時間に家を出ると俺の出勤まで時間を持て余してしまうのは事実だった。
    「あ、そう?じゃあ分かった。気をつけてね」
    「うん!行ってきます」

    寧々を見送ったあと、俺は数学に取り掛かった。
    自然数の中に整列構造が存在するという一つの結論を得たのち、俺の関心は“自然数を作る”というテーマに移っていた。
    正確には、関心が移ったというより、自然数の構造をさらに厳密に理解したいと思うようになったのだ。

    味付けの構造を知ればその味を作れるようになるのと同じように。自然数の構造を完璧に理解できれば、“自然数を作る”ということが可能になるはずだ。
    自然数を作るというのは、0,1,2,⋯0,1,2,\cdotsを知らない状態からそれを作るということだ。例えば33は0,1,20,1,2から作られると言っても、そもそも0,1,20,1,2を知らなければ話にならない。

    そんなことを考えているうちに時間になったので家を出た。
    考えのために必要なピースは既に揃っているような気もするのだが、どうにも頭がモヤモヤして考えがまとまらない。景色も何も視えてこない。
    最近はずっとこんな調子だった。

    ずっとモヤモヤしている理由は分かっている。近頃の寧々に感じる違和感だった。
    今朝もそうだが、以前より一緒に過ごす時間が減っているように感じるし、それが意図的にそうされているような気もする。
    俺のどこかに原因があるのかもしれないが、付き合って2ヶ月も経てば今くらいが普通なのかもしれない。寧々が初めての恋人だから、普通というのが正直よく分からない。

    でも、今のままじゃ良くない気がしてならない。
    それでずっとモヤモヤしていた。


    寧々はその日の夜、
    「ねえ送ったラテアートの写真、ちょっと上手くなったと思わない!?」
    と嬉しそうだった。たしかに、前に見た写真と比べると格段に上手くなっていた。
    「めっちゃ上達してたよ!びっくりした。早起きした甲斐があったね」
    上機嫌な寧々を見ていると、最近の違和感は気のせいだったかと思えてくる。
    「ラテアート、やってみたかったんだよね。だから嬉しい!」
    「前に働いてたカフェではやってなかったんだっけ?」
    「やってなかった。チェーン店だしね。ベテランの人たちはちょっと練習してやったりしてたけど、私はすぐ辞めちゃったし」
    寧々が以前働いていたカフェのことは、そんなに詳しく聞いたことがない。
    「そういえば言ったっけ?私がそこ辞めちゃった理由」
    「ううん、聞いてない」
    「んー。ちょっと言いづらいんだけど…」
    寧々は考え込むようにそう言った。言うか言わないか迷っている寧々に、
    「恋愛がらみ?」
    ちょっと意を決して聞いてみた。それでも寧々はまだ迷ってる様子で、
    「うん、まあ、そう。色々あって、居心地悪くなっちゃって、みたいな」
    言いづらそうにする寧々に、それ以上聞くことはできなかった。


    夜、寧々と一緒に布団に入ったあとも違和感のことが頭から離れなかった。
    どことなく、以前にはなかった距離を感じる。今のままでいいのだろうか。

    翌日も寧々は、朝練のために先に家を出た。俺は30分ほど遅れて家を出る。
    電車の中で何気なくスマホのカメラロールを見ていた。目に留まったのは桜並木の写真。
    ——え…!!めっっちゃ綺麗!え、ありがとう!!
    あのときの寧々の弾んだ声と輝く表情は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。
    そのままカメラロールをスクロールする。カメラロールは、なんてことない日常の中で撮った写真で溢れていた。

    やっぱり、絶対に何かが違う。だけど、どうしていいか分からない。
    とにかく寧々との時間を今よりもっと大切にしよう。
    改めてそう決意することしかできなかった。


    十二 星空

    「怜見て、これめっちゃ綺麗じゃない?」
    6月の中頃、寧々が見せてくれたのは星空の写真だった。
    「めっちゃ綺麗。何これ?」
    「今の季節の星空がこんな感じなんだってさ」
    よくよく見ると、夏の大三角形みたいなのが分かる気がする。夏の夜空の印象しかなかった光景だけど、6月の今から見れるのは知らなかった。
    「まじで?見に行きたい」
    「だよね!?行こ!」
    「じゃあ来週の月曜…いや、日曜日にする?」
    次にふたりの休みが被るのは月曜日だ。天体観測なら、休みの日じゃなくてその前日がいいかなと思ってそう提案してみる。
    「うん!決まりね!」
    星空を見に行くのは俺は初めてかもしれない。いつもと違う深夜のデートということもあって、今から心躍った。

    この1ヶ月くらい、寧々に感じる違和感はなくなったわけではなかったが、それ以上に楽しい時間ばかりで、やっぱり思い過ごしだろうかと思い始めていた。


    当日は仕事終わりに帰ってきたあと、ふたりとも一旦仮眠をとることにして、それから22時半くらいに家を出た。
    途中でコンビニに寄ってご飯を買って、目的地の丘のふもとに着いたのは23時を過ぎた頃だった。

    「これ、車どうすればいいんだろ?」
    「なんか無料駐車場があるっぽくて…あ、あれかな。あそこに停めてこう。寧々歩くの平気?」
    「おっけー。頑張る」
    車から降りて空を見上げると、既にもう星空が綺麗だった。
    「おお〜、これはいいね」
    「頂上まで行くともっと凄いんだって!」
    「いいね、楽しみ」

    近くに整備された道を見つけて歩き始めた。
    整備されているとはいえ丘の中で時間も遅く暗いから、スマホで辺りを照らしながら足元に気を付けながら進んでいく。
    「やだ、虫!?」とか「草かゆい!」とか言いながら歩いているけど、たまに空を見上げると綺麗な星空に癒される。
    「怜!さっきより増えてない?ほら、あそこの星なかったよね?」

    寧々の言うように、少し進んで見上げる度にたくさんの星が見えるようになっていた。歩くにつれて街明かりは遠ざかっていくし夜も更けていくから、空の輝きが確実に増していくのが分かる。
    一つ、また一つと星が加わって増えていき、全体の星空が大きくなっていく。
    俺も寧々も全然詳しくないんだけど、一際輝く3つ4つの星が見えていたかと思えば、振り返ると、負けじと輝く星が後ろにも見える。その周りに星が少しずつ見えてくることで、一つの形が徐々に姿を表してくる。
    “夏の星座を調べておけばよかったな”と少し後悔したが、そんなこと知らずとも星空は美しい。

    唯一、天気だけが気掛かりだった。
    雨や曇りの多かった最近の中では運良く晴れたほうだが、若干雲がかかっているのが見える。
    雨予報ではないものの、雲が広がってしまわないことを願うばかりだった。

    「見て、ベンチがあるよ」
    歩き始めて15分程経った頃だろうか、道の脇にベンチがあるのに寧々が気付いた。
    「ちょうどいいから、ちょっと休憩する?」
    「うん!お腹空いちゃったし」
    ベンチに腰掛けて、買ってきたご飯を食べることにした。
    「寧々、疲れてない?」
    「仮眠のおかげかな、意外と全然元気!」
    そう聞いて安心した。
    普段一緒に歩くときには、気を抜くとすぐ俺が前に出てしまいがちだ。一方水族館に行ったときなどは、逆に俺が遅くなって急かされてしまう。
    今日はそういえば、全然歩く速さが気にならない。

    買ってきたご飯の半分くらいは残しておくことにして、そのまましばらく喋っていたらいつの間に時間が経っていて、そろそろ日が変わってしまいそうだった。
    雲が広がる前に頂上に着きたいという思いもあって、再び歩き出した。

    ふもとから歩き出したときに比べたら随分と星空が大きくなっていた。
    「あの星さっきまでなかったよね!?」
    寧々も楽しそうにはしゃぎながら、新しく星を見つけては俺のほうを振り向いて報告してくる。
    空を見上げる様子に思わずスマホのカメラを向けると、寧々はすぐに気付いて照れくさそうに顔を隠しながらも、一応立ち止まってくれる。俺がカメラを下ろすと、はにかんだように笑ってまた歩き出す。
    このちょっと非日常なデートでこの綺麗な星空を寧々と見に来れていることが、たまらなく幸せだった。


    順調に昇っていく一方で、雲はより一層大きくなっていた。寧々もそれには不満を隠せない様子で、これ以上大きくならないでほしいねと話していた。
    しかし登り切る直前に、ついに雲は空を覆ってしまった。

    ようやく丘を登り切ったものの、すっかり曇り空になってしまっていた。
    「んー。仕方ないからあそこでご飯食べながら待とっさ」
    落ち込むのを見せないように気を付けながら、屋根付きのベンチがあるのを見つけてそっちに向かう。
    既に日が変わっていたけど、せっかく明日はふたりとも休みだから、しばらくはそのベンチで様子を見ることにした。
    「なんかピクニックって感じで、これはこれで楽しいね」
    寧々もそうやって言ってくれていた。


    気付けば屋根の中でけっこうな時間を過ごしていた。
    そういえば空はどうなっているだろうと思って、屋根を出て見上げた瞬間。

    その絶景に、言葉を奪われた。
    雲一つなくなった夜空には無限の星が敷き詰められ、登る途中で見てきた空とも、写真で見た空とも、明らかに一線を画していた。
    後に続いて屋根を出てきた寧々も、その星空に釘付けになっていた。

    しばし写真を撮ることも忘れ、俺と寧々は無意識のうちに寄り添い、その景色を言葉もなく眺めていた。
    どれほど時間が経っただろうか。ようやく口を開いた寧々は、しんみりとした口調で言った。
    「この景色のこと、今日のこと。私、絶対に忘れない」
    それは初めて聞く声色だった。

    その声と言葉は俺の脳裏に焼き付き、以降ずっと胸を締め付ける記憶として、俺の中に残り続けた。


    十三 その日

    その日は何の前触れもなくやってきた。
    正確に言えば、俺が前触れに気付くことができなかっただけなのだろうが。

    ふたりで星空を見に行った次の水曜日、俺だけが仕事で寧々が休みの日のことだった。


    月曜日帰ってきたのは深夜2時くらいだった。それからお風呂に入って眠りについて、起きたのはもう昼だった。火曜日の朝は一緒に家を出て、夜も一緒に過ごした。
    今日は休みだからということで朝ご飯は寧々が作ってくれた。出勤前のささやかな時間をふたりで過ごし、いつも通りの時間に家を出た。

    退勤したときに送った連絡には返信がなかったが、そんなに珍しいことでもなかった。“寝てるのかな”と思いながら、いつも通り論文を読みながら電車の時間を過ごしていた。


    異変に気付いたのは家が見えてきたタイミングだった。電気が消えている。
    寝ているなら電気がついていないのはおかしくないんだけど、妙な胸騒ぎがした。
    自分を落ち着かせようと深く息をしながらも、駆け足気味で玄関まで急ぎ、ドアを開けた。

    瞬間、胸が詰まる。一気に体温が引いていく。
    靴が無い。

    心の中を絶望が覆い尽くすのに抗うように、そんな馬鹿な、と思いながら、玄関から家を見渡す。
    認めたくない、受け止めたくない、信じられない信じたくない。
    頭ではそう言い続けているのに、心はもう絶望に侵されていた。洗面台が目に入ってしまったから。
    ほとんど物が無くなった洗面台に、俺は残酷なほど思い知らされる。


    茫然と立ち尽くしたのも束の間、それでも受け入れられない俺は、ひどい悪夢から逃れようと足を動かした。
    明らかに物が少ないキッチンや洗濯機の周りを傍目に、部屋のドアを開ける。
    服もカバンも、寧々の足跡は何もかも無くなったその部屋に、一つだけ置かれた手紙を見つけた。

    “怜へ”

    読むまでもなく現実を受け入れるしかなくなったその瞬間、堰を切ったように涙が溢れて止まらなくなり、膝から崩れ落ちた。


    急にだまっていなくなって
    ごめんなさい。
    本当はちゃんと話さなきゃいけなかったけど、
    ちゃんと話せる自信ないし、気持ちも揺らいじゃうから、手紙を書いてます。

    私は怜のじゃまじゃないかなって
    ずっと考えてたの。

    怜と出会って、一緒に働けたのはたったの3ヶ月だったけど、
    怜と仲良くなれて、好きになって、付き合うことができて、本当に嬉しかったよ。
    怜が辞めちゃうって知ったとき、
    すごく寂しかったし、すごく悲しかったよ。
    でも、怜には夢があるって、みんなより先に私に教えてくれて、
    本当に応援したいって思った。

    カフェを辞めて、たくさん時間ができて、
    本当なら怜はもっと自分のために時間を使えたはずなのに、
    怜は私のためにたくさん時間使ってくれて、
    嬉しかったけど、怜のじゃまになってないかなって、
    ずっと不安だった。

    怜は優しいから、そんなことないって言ってくれるかもしれないけど、
    私はこれ以上、怜のじゃまになるのがつらいです。

    最後の最後までわがままで
    本当にごめんなさい。
    出会ってから約半年間、本当にありがとうございました。

    怜のこと応援してるよ。
    幸せになってください。

    寧々


    * * *

    翌朝、俺は床の上で目を覚ました。
    昨夜は何もせずに知らないうちに寝てしまったから、とりあえずシャワーを浴びて身支度をする。
    昨日から何も食べていないけど、朝ご飯を作る気力はなかった。
    ひとりで過ごす朝の時間はこんなにも空っぽなんだと実感した。半年前には当たり前だったはずのこの生活が、今はこんなにも虚しい。

    家にいるのもしんどくなって、結局いつもより随分と早く家を出てしまった。
    出勤まで時間を持て余してしまうので、途中で軽くモーニングを食べてから行くことにした。電車を降りて駅前のお店に入ると、少しお腹が空いてきた。それでもまだ食欲はあまりなかったけど、頑張ってモーニングのパンを流し込んだ。
    そのまま少し時間を潰してから、レストランに出勤した。


    「おう、本庄お前いつもより早いな」
    しゃがれた声で挨拶もせずにそう声をかけてきたのは、調理場の大ベテランでみんなからは親方と呼ばれる熊谷さんだった。実際の年齢は知らないが、おじいちゃんくらいの世代のように見える。
    「おはようございます。家をちょっと早く出ちゃって」
    いつも通りを装って挨拶しつつそう答える。
    「なんだお前、ちゃんと朝ご飯食べたのか?これ食っとけよ」
    俺の返事も待たずに押し付けるようにおにぎりを渡し、さっさとどこかへ行ってしまった。
    事務室兼休憩室のような部屋でおにぎりを置いて着替えていると、マネージャーが入ってきた。
    「お、本庄くんおはよう」
    「おはようございます」
    マネージャーの軽快な挨拶のおかげで少し気分が軽くなり、おにぎりを食べながら早く着いてしまった分の時間を過ごしていた。

    開店時間が近づき俺も動き始める。
    みんなと明るく挨拶していると、沈み切っていた気分も少し紛れてくる。
    今日が休みじゃなくてよかったと心底思った。


    仕事終わり、重い足取りで家に帰る。
    今までのように早く帰りたい理由はないし家にいると何かと考え込みそうだから、どこかで一人飲みでもして帰ろうかとも思った。
    でもきっと後悔する気がして、諦めて家に向かって足を動かした。

    帰り道に何度も、スマホに連絡が来ていないか見てしまう。
    昨日手紙を読んだあと居ても立っても居られなくなって、電話したりメッセージを送ったりしたが、当然、一切音沙汰ない。


    朝起きて家を出てちゃんと朝ご飯も食べて、職場でもみんなといつも通り接して仕事も普通にこなして。
    俺は大丈夫、耐えられると思っていた。
    でも家に帰った途端、昨日のあの瞬間に戻ったように深い絶望感に襲われた。
    しばらく何もできずに座り込んだのちにお風呂に入ったが、涙が止まらなくなってそのまま動けなくなってしまった。

    寧々がいなくなった昨日という日は、二度と消えることのない重みとして俺の中に残り続けるのだろう。


    十四 順序数

    その週の土曜日は珍しく休みだった。


    昨日もまた、ひとりで起きて何も食べずに家を出た。
    一昨日と同じお店で出勤までの時間を過ごしたが、モーニングを食べる気になれなかったから、コーヒーだけ頼んでダラダラと論文を読みながら過ごした。
    コーヒーはやけに苦く感じられた。

    家に帰ってからさすがに何か食べないきゃいけないと思って、冷蔵庫に作り置きしておいたキンピラゴボウと期限の近い食パンだけ食べた。

    今日は朝起きて顔だけ洗って、ホワイトボードの前に立っていた。
    ひとりになってから、どうにも生活を頑張る気にはなれない。それでも仕事は頑張りたい。数学も、自分の中では仕事のつもりで本気だ。
    どれだけ深い絶望があろうとも、それで仕事ができなくなる自分が嫌だった。


    皮肉にも、悩んでいた“自然数を作る”というテーマは今朝すぐに答えが出た。
    寧々がいなくなったことが、答えそのものだった。

    寧々との出会いには、それまでに俺が経験してきた全ての別れが整列構造を持って属している。
    そこにはさらに、別れの“根源”により形成された、俺の生まれ持った人間性が属していた。

    俺は結局最後まで、寧々に踏み込むことができなかった。
    寧々が俺と出会う前までに経験してきた別れや、一緒に過ごす中で感じるようになっていった違和感とちゃんと向き合って、もっと踏み込む勇気が俺にあったなら。
    今でもそう思う。

    これまでの別れの先で寧々と出会えたことが、最終的には寧々との別れを形成していたのだった。
    自分に追い打ちをかけるように絶望させるその結論に、自嘲気味に笑わずにはいられなかった。


    一息ついてから、自然数の場合について話を整理することにした。

    33には0,1,20,1,2が属していて、それらが順序立てて並んでいる。墓参りに行った翌日のことを思い出していた。

    • 0<10 < 1&1<21 < 2 →\to 0<20 < 2

    • 0<1→×1<00<1 \to ^\times1<0

    • 0,1,2{0,1,2}の中から好きなようにふたつ選んでも、必ずどっちが先でどっちが後か決まっている

    そして千葉先生の飲みに行ったあと、底無しで綺麗に整列されているんだと気付いた。

    • 0,1,20,1,2のどの部分を切り取っても、その中で最初の数が在る

    この4つの条件をざっくり書けば、“33は、0<1<20<1<2という整列されたひと繋ぎが作っている”と言える。もう少しだけ細かく書けば、“ひと繋ぎの自然数が”である。
    00からのひと繋ぎの自然数の列で作られる33自身も自然数であり、その列に加わって0<1<2<30<1<2<3となる。

    つまり、根源である00から隙間なく整列する自然数の列によって、その次の自然数が作られるということだ。
    星空に新しく星が一つ加わるたびに、その次の大きな星空が作られていくように。

    “整列された順序により作られている”という意味で、自然数のことを順序数と呼ぶことにした。
    順序数の景色は、悲しいほどにモノクロだった。


    ここまでの考察をまとめよう。
    そう思って机に向かったのだが、どうしても捗らない。
    以前ならこういうときはコーヒーを淹れて休憩を挟んでいたけど、今はコーヒーを淹れる気力もない。


    十五 超えた先

    大田先生が異動するという連絡を受けたのは、そろそろ6月も終わろうかという頃で、俺も少し絶望に慣れてきた時期だった。

    6月30日が今の校舎での最後の勤務ということで、俺はその夕方に挨拶に伺う約束をした。
    一瞬“このタイミングでまた別れか”と苦笑してしまったが、大田先生には異動したとしてもいつでも会える。別れって感じはしない。


    6月の終わりを改めて意識させられつつ、相変わらず俺は、休日はホワイトボードに張り付く生活を送っていた。

    最近どうにか順序数の考察をまとめたのちに、“全ての順序数が属しているものは存在するだろうか”というテーマが浮かんでいた。
    何も属さない00から始まって、00が属している11、00と11が属している22、と続いていき、その全ての順序数が属するものはあるのだろうか、と。
    でも自然数は無限にあるから、その全てが属するものはないだろうな、とも思っていた。

    逆にもしそんなものが存在するならば、それはどんな性質を持つだろうか。
    ホワイトボードを見ると、そこには整列の4つの条件と、

    • “33は0<1<20<1<2という整列されたひと繋ぎの自然数が作っている”→\to“33自身も自然数として加わって0<1<2<30<1<2<3となる”

    という条件が、数学の言葉で定式化した形で書かれている。

    順序数全てが属するものを、仮にOOと書くことにしよう。
    OOに属する順序数たちは当然、整列の4条件を満たすはずだと思えた。それにもう一つの条件についても、OOはひと繋ぎの順序数の列に加わるのではないかと思えていた。

    定式化した条件に従って、ホワイトボードでそれを計算しつつ証明を試みる。これが案外難しくて、いつの間にか没頭していた。
    レストランの仕事にしても数学にしても、今の俺にとって何かに没頭できる時間は非常に大きな救いになる。

    外が暗くなってきた頃、ようやく証明の目処がたった。どうやら予想は正しかったようだ。
    そのとき不意にこんなことを思った。
    “全ての別れが属するものは何だろう”

    初めて別れの構造の景色が視えたときのこと。
    ——軸の上に、“それ”は在った。先行して在ったものたちが“それ”に属していて、故に“それ”は特徴付けられている。
    この“軸”こそが、全ての別れが属するものなのかもしれない。
    少し考えて、軸というのは人生のことなんじゃないかと思った。

    人生の中に別れが整列して属している。
    そして、全ての別れが属する人生もまた、別れそのものと同じ性質を持つなら。

    そこまで考えてやめた。
    何もこれ以上つらい結論を出す必要はない。


    30日、俺は仕事終わりに贈答品を買って、久しぶりとなる塾に向かった。

    着くと、ちょうど大田先生が保護者を見送っているところだった。
    その保護者が帰っていく一部始終を待ってから、声をかけた。
    「ご無沙汰してます、大田先生」
    「久しぶりだねぇ。とりあえず中入りなよ」
    以前と変わらない大田先生に安心感を覚えつつ、大田先生に続いて中に入った。

    「わざわざきてくれてありがとうね」
    「いえいえ、あんだけお世話になったんですから、さすがに」
    なんて会話していると、
    「え!本庄先生ですか!?」
    と生徒に声をかけられた。面識のある生徒がいることには気付いていたが、忘れられているだろうと思って自分からは声をかけずにいた。
    「久しぶり、よく分かったね。おっきくなったね」
    教え子たちの成長ぶりに、辞めてからの時の流れを感じずにはいられなかった。
    俺がしばらく昔の教え子たちと話している傍ら、大田先生は挨拶に来る保護者の方の対応などしていた。


    そうしていると、授業中の教室から若い男の先生が出てきた。
    新人かなと一瞬思ったのち、俺は息を呑んだ。同時にその先生も動きを止める。

    信じられない気持ちのまま、しかし見間違いようもない面影に向かって言った。
    「義則……?」
    「本庄先生、え、お久しぶりです」
    そこにいたのは、先生の姿をした村田義則だった。

    いつの間に近くに来ていた大田先生が笑いながら、
    「ね、村田先生。今日はサプライズゲストが来るよって言ったでしょ」
    「いや、え?これはさすがに驚きますよ」
    唖然としながらそのやり取りを聞いていた俺に、大田先生がようやく説明してくれた。
    「村田くん、今年から働いてくれてんの。本庄先生に今でも感謝してるっていつも話してる」
    「ちょっとやめてくださいよ」
    義則は少し照れた態度をとったのち、改めて俺に向き直って言った。
    「先生、昔は本当にお世話になりました」
    思わず込み上げてきたものを何とか抑えながら、
    「いやいやいや。今、ここで働いてる姿が見れて嬉しいよ」
    と言うのが精一杯だった。

    積もる話もあるところだけど、授業中の義則を長く引き留めるわけにもいかず、少し話をしてその場は終わった。
    大田先生に贈答品を渡して、改めてお礼を伝えた。
    「義則に今日再会できたことが、めっちゃ嬉しいです。大田先生に鍛えていただいたおかげです。
    本当にお世話になりました。また今度、飲みにでも行きましょう」


    家に帰ってから落ち着いてから、朝までとは全く違う心境で考え事をしていた。
    人生の中には無数の別れが繋がっていると思っていた。実際、別れなんて無数にある。

    でも、それだけじゃなかった。
    つらい別れを超えた先には、温かい再会が待っていることもあるんだ。


    十六 超限

    後日、改めてホワイトボードに向かっていた。
    “自然数とは順序数”という結論は、視野が狭くなってはいないかということを検証していた。

    どうやら、定式化した条件たちを満たすのは必ずしも自然数だけとは限らなさそうだった。
    自然を超えた先にも、また全く違った順序数がある。

    そうだ。
    順序数の景色があの星空ならば、それは悲しくモノクロな景色ではない。
    言葉が出ないほどに美しい景色だったはずなんだ。


    この考察が終わったら、論文を書いてみよう。

    今は、絶望感を抱えながら数学していた先週までとは違う気持ちだった。
    いつか寧々と再会できるかもしれない。でも、それまでに俺は俺の人生を本気で生きていなければいけない。

    もしいつか再会できたときに、今度は一緒にいられるように。



     
     

    shogo

     
     
    数学に生きる. メンバーシップやってます.

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