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Photo bydreamy_prawn8531

天皇を個人として見る錯覚

     ここ最近の皇室に関する大手メディアやネット論壇において、奇妙な違和感を覚えることがある。その違和感は男系、女系、右翼、左翼を問わず感じるものでもある。この違和感の正体は、「天皇」という存在を現代的な「個人」として扱っている点だ。

     例えば女系論者や愛子天皇待望派の人たちは、愛子内親王殿下その人の人間性を評価し、天皇の座に就くべきだと求める言論が目立つ。また、今上陛下や皇后陛下のお気持ちをうかがって決めるべきだ、という主張も多い。

     これは男系論者にも見られる。立皇嗣の礼を執り行ったということは、今上陛下には秋篠宮殿下への継承を望む意向があるのだろう、あるいは国民の理解とは男系維持への意思であろう、といった具合だ。

     そしてこれらは主張の方向性こそ違えども、全く同じ視座に基づいている。それは、「天皇」は個人であり、人格や意思を持った存在であるという認識である。

     現代人にとって、このドグマから逃れることは難しい。なぜならば、現代の民主社会はそうした「個人」やその「意思」が存在するものとして社会を規定しているからだ。

     したがって、その社会における常識、倫理、法律など、あらゆる決め事は自由意志を前提として語られることになる。ところが天皇という存在と皇位継承制度は、そうした近代以後の社会とは全く異なる成立過程をもつ。

     皇位継承制度が維持してきたのは、個人ではなく「天皇という地位・機能」である。これは藤原氏や平氏、鎌倉幕府や室町幕府、そして徳川幕府と、それらの政権と対峙してきた「天皇」のあり様を見れば明らかだ。それは、天皇とは「地位」と「機能」が一体化した抽象的存在であるという考え方である。

     例えば鎌倉幕府は武力によって全国を支配したが、自ら天皇になろうとはしなかった。室町幕府や江戸幕府も同様である。彼らが必要としたのは個人としての天皇ではなく、統治秩序を正統化する制度としての天皇だった。

     だからこそ、天皇個人が幼少であろうと高齢であろうと、あるいは政治的能力に乏しかろうと、制度そのものは存続し続けたのである。

     これはその後も繰り返された関係性であり、時の政権下において天皇は権威を示す象徴として機能した。個々の天皇が政治的意思を示すことはあったとしても、制度の存続は個人の意思ではなく、天皇という地位そのものに依拠していた。

     したがって、継承問題を個人の能力や人気で論じ始めると、制度の論理と衝突する。

     愛子天皇論も秋篠宮論も、この点では同じ地平に立っている。いずれも「誰がふさわしいか」という個人論として皇位継承を理解しているからだ。

     しかし歴史上の天皇制が維持してきたものは、個人の資質ではなく「天皇という地位と機能の連続性」であった。

     だからこそ、皇統継承問題において「皇族の方のお言葉に耳を傾けて」といった意見は議論の前提を誤っている。なぜならば、現在の「天皇」であったとしても、その継承は制度に依拠するものであって、自由意志で決める問題ではないからだ。

     もっと言えば、今上陛下という存在は「天皇」という概念の依り代に過ぎないとさえ言える。私自身、陛下に対する尊崇の念を持つことに疑いはない。しかしそれは、陛下自身の人格や功績ではなく、皇統を受け継ぎ、祭祀を務める存在そのものに向けられているものだ。

     卑近な例で言えば、俳優でありながら役そのものでもあるような存在である。観客は舞台上の人物を見るが、そこにいるのは個人であると同時に、その個人を超えた役でもある。

     民主主義社会に生きる我々は、あらゆる権威の正統性を個人の意思に求める。そのため天皇制についても、「当人がどう思うか」という問いへ収斂させてしまう。

     そしてそれこそが、現代人がこの問題を読み誤る大きな原因でもある。天皇という概念は、個人の意思という概念が確立される以前から存在し、その形式と伝統を引き継いだ、ある種の抽象的な概念でもある。

     その理解を現代的な個人という解釈によって読み解くことはできない。その点において、愛子天皇論も秋篠宮論も同様の誤りを抱えているのだ。

    「天皇」や「皇統」の実像を捉えるためには、『誰がふさわしいか』という主観的な人格論ではなく、「天皇」という存在の定義そのものから皇位継承問題を考え直す必要があるのではないだろうか。

     
     
    note執筆してます|毎日note|写真|カメラ|エッセイ|高校教員|九州|数学| 「題未定」と題したエッセイと写真。 教育・文化・消費社会に関するささやかな観察と思索を書いています。 制度やモノの“背景”にある構造を掘り下げ、適度な“距離感”で“解釈”を試みる。

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