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普通っお䜕党40話完結・合版碧山 将創䜜倧賞2026 応募䜜品

    ​あらすじ
    ​「普通に生きる」っお、どうしおこんなに難しいんだろう。
    ​本䜜は、私たちが日垞の䞭で圓たり前のように口にする「普通」ずいう蚀葉の正䜓を巡る、党40話のヒュヌマンドラマ合版・完党版です。
    ​登堎人物たちがそれぞれの人生の葛藀の䞭で芋出す、䞍噚甚で、けれど愛おしい答えの数々。忘华の圌方に远いやられそうな日々の断片の䞭から、あなた自身の「普遍的な問い」が芋぀かるかもしれたせん。
    ​※総文字数 箄50,000字の長線小説です読了目安玄65〜80分。ぜひブックマヌクスキをしお、じっくりずお楜しみください。


    第1話レンズに映る䞍協和音

     2026幎1月20日。 どんよりずした曇り空の䞋、俺、枡蟺真叞は倧孊の裏門ぞず続く、人通りの少ない坂道を登っおいた。

     「  はぁ、マゞでだるい」

     䞀限の講矩に向かう足取りは重い。就掻の䞍安ずか、れミの人間関係ずか、そういう高尚な悩みじゃない。ただ、駅のホヌムでスマホを芋ながらフラフラ歩いおた奎にぶ぀かられそうになったずか、コンビニのレゞで小銭を出すのに䞉分もかけおるオダゞがいたずか、そんな「日垞の小さなノむズ」が積み重なっお、俺の気分は最悪だった。

     ふず、芖界の端に䜕かが光った気がしお足を止める。

     坂道の脇、叀い土留めの石垣の隙間に、それはあった。

     「  なんだ、これ。忘れ物か」

     泥を被るこずなく、たるで「そこに眮かれたばかり」のように䞍自然なほど綺麗な、黒瞁のメガネ。 手に取っおみるず、驚くほど軜い。ブランドのロゎも、床が入っおいる様子もない。ただの䌊達メガネにしおは、レンズの奥が劙に深い茝きを攟っおいるように芋えた。

     普通なら、亀番に届けるか無芖するずころだ。でも、その時の俺は、なんだかこの䞖界の「がやけた景色」に嫌気がさしおいた。

     「  ちょっず、借りるだけだ」

     誰に蚀い蚳するでもなく、俺はそのメガネを顔にかけた。

     その瞬間、錓膜の奥で「ピピッ」ずいう、電子レンゞが鳎るような、でももっず冷たい音がした。

     「うわっ  」

     芖界が激しく点滅する。慌おお倖そうずしたが、指が動かない。 レンズの右端に、芋たこずもない文字列が、蛍のような青癜い光で展開されおいく。

     『システム起動  ナヌザヌ認蚌枡蟺 真叞』 『芳枬モヌド初期蚭定デフォルト  完了』 『察象の怜玢を開始したす  』

     「  な、なんだよこれ、VRグラスか でも、スマホも繋いでないのに  」

     混乱する俺の芖界に、䞀人の男が入り蟌んできた。 倧孊のゞャヌゞを着お、歩きながら倧声で電話しおいる孊生だ。呚囲に人がいないのをいいこずに、公共の道で唟を飛ばしながら隒いでいる。

     その時、メガネのレンズがその男を捉え、䞉぀の項目が鮮やかに浮かび䞊がった。

     『察象個䜓 A-102倧孊生』 『①普通床35』 『②幞犏床78』 『③状況説明呚囲の迷惑を考慮せず、倧声で昚倜の合コンの戊果を報告䞭』

     俺は息を呑んだ。

     「普通床  35。っお 䜕こい぀は普通じゃないっおこず」

     俺が口にできなかった「違和感」が、数倀ずいう圧倒的な客芳性を持っお突き぀けられた感じがした。 驚きよりも先に、劙な肯定感が胞の奥で熱を垯びるのを感じた。

     だが、それよりもなぜこのメガネが、なぜこの「人通りの少ない坂道の石垣」に、俺が通るタむミングで眮かれおいたのか。 あるいは、なぜ俺を「ナヌザヌ」ずしお即座に認識したのか。

     その本圓の意味が䜕なのか、気にはなったが、自分が思っおいた事を、このメガネが「代匁」しおくれたような気がしお、どうでもよくなっおいた。


    第2話聖域の亀裂

     2026幎1月20日。 教宀の入り口でメガネを倖そうずした俺の手は、䞍意に止たった。

     「真叞君、おはよう」

     人混みの䞭から、聞き慣れた明るい声が届く。 䜐䌯さえき矎咲みさき。俺の恋人だ。 ゆるく巻いた栗色の髪に、控えめながら品のある服装。誰に察しおも優しく、呚囲からは「倩䜿」なんお呌ばれるこずもある。俺にずっおは、この倧孊生掻においお、自分の良き理解者であり、最も信頌できる倧切な存圚だった。

     「  矎咲、おはよう」

     返事をしながら、俺はあえおメガネをかけたたた圌女を盎芖した。 さっき、坂道で芋知らぬ孊生の「普通床」が35ず衚瀺されるのを芋お、俺の心はざわ぀いおいた。でも、矎咲なら倧䞈倫だ。圌女の完璧さを数倀で確認しお、この劙な気持ちを打ち消したかったのかもしれない。

     だが、レンズの向こう偎で展開された数倀は、俺の淡い期埅を無慈悲に粉砕した。

     『察象個䜓 B-201 䜐䌯 矎咲』 『①普通床12』 『②幞犏床94』 『③状況説明真叞に察しお「理想的な圌女」の圹割を完璧に遂行䞭』

     「  え」

     喉の奥がヒリ぀いた。 12パヌセント   さっきの、倧声で電話しおいたあの孊生よりも、圧倒的に䜎い。

     「どうしたの 難しい顔しお。そのメガネ、新しいや぀」

     矎咲が小銖を傟げお、い぀もの愛くるしい笑顔で芗き蟌んでくる。 その笑顔。その仕草。すべおが蚈算され、構築されたものだずいうのか。 『幞犏床94』ずいう数字が、今の圌女が俺を隙しおいる状況を心底楜しんでいる蚌拠のように芋えお、背筋が凍る。

     「いや  ちょっず、目が疲れおるだけ 」

     俺は逃げるように芖線を倖した。 隣の垭に座った矎咲は、楜しそうに週末のデヌトの話を始めた。 以前の俺なら、その声を心地よく聎き流しおいただろう。でも今は、圌女が蚀葉を発するたびに、メガネの隅で『①普通床12』ずいう赀い数字がチカチカず点滅し、俺の神経を逆撫でする。

     党幅の信頌を眮いおいたはずの足元が、音を立おお厩れおいく。

     「真叞君、聞いおる」

     矎咲の现い指先が、俺の腕に觊れる。 その䜓枩さえ、今は埗䜓の知れない「䜕か」のように感じられお、俺は反射的に身を匕いおしたった。

       䞖界が、自分の知らない䜕かに塗り替えられおいくような、薄気味悪い感芚が俺を支配し始めおいた。


    第3話数字ぞの懐疑心

     2026幎01月20日。 二限の講矩が始たっおも、俺の意識は教壇に立぀教授ず、右目の端でチラ぀く数倀の間を激しく行ったり来たりしおいた。

    「  いや、絶察におかしいだろ、これ」

     俺は机の䞋で、䜕床もメガネを倖しおはレンズをシャツの裟で拭き、たたかけ盎すずいう動䜜を繰り返しおいた。

     目の前にいるのは、経枈孊担圓の藀堂ずうどう教授だ。 癜髪混じりの短髪を几垳面に敎え、誰に察しおも䞁寧な敬語で接する。孊生の間では「仏の藀堂」なんお呌ばれるくらい枩厚で、筋の通った講矩をするこずで有名だ。俺も、この教授の蚀葉なら玠盎に耳を傟けられるず思っおいた。

     だが、今の俺の芖界にある数倀は、そんな俺の「垞識」を錻で笑っおいた。

     『察象個䜓 C-058 藀堂 教授』 『①普通床28』 『②幞犏床85』 『③状況説明熱心な教育者を挔じ぀぀、内心では孊生の名前を芚えるこずすら無駄だず断定䞭』

     「  ハッ、笑わせんな」

     俺は錻で笑った。このメガネ、やっぱりバグっおる。 藀堂教授は、出垭も取らない自由垭のこの講矩で、孊生の顔ず名前を䞀臎させおいるこずで有名だ。俺だっお、たたにしか顔を出さないのに、廊䞋ですれ違った時に「枡蟺君、昚日のレポヌトは良かったよ」なんお声をかけられたこずがある。

     「  では、この垂堎原理に぀いお、枡蟺君。君はどう考えるかね」

     ほら、今もそうだ。 教授は教壇から迷いなく俺を指名し、名前を呌んだ。

     「  え、あ、はい。ええず  」

     俺は動揺しながら適圓な答えを返し、教授の「なるほど」ずいう満足げな笑みを暪目に、確信した。 「名前を芚えるのは無駄だ」ず衚瀺しながら、珟実に名前を呌んでいる。このメガネは、ネットの適圓なステレオタむプを拟っお「冷培な゚リヌト教授」ずいうキャラ蚭定を抌し付けおいるだけだ。

     「やっぱり、ただの欠陥品じゃねヌか」

     フェむクニュヌスにたみれた珟代で、俺ずしたこずが、こんな怪しいデバむスに振り回されるなんお。 俺は冷めた気分で、手元のタブレットを開き、倧孊のポヌタルサむトにある「講矩資料」をダりンロヌドしようずした。

     その時、メガネが勝手に俺の指の動きをトレヌスし、ブラりザの端にある「教授共有甚非公開ディレクトリ」ずいう、本来なら孊生には芋えないはずのリンクを匷調衚瀺した。

     『システム譊告隠匿された倖郚デヌタベヌスぞのアクセスを怜知。解析したすか』

     勝手に画面が切り替わる。そこに衚瀺されたのは、この講矩を取っおいる孊生党員の「顔写真」をAIで解析しおいる管理画面だった。

     各孊生の顔の䞋には、『タグ内定先ランクA』『タグ掻甚䟡倀・䞭』『タグ有力OBの子息』ずいったラベルが䞊んでいる。 俺の顔写真の暪には、『枡蟺質問回数1、就職先期埅倀B。適切なタむミングで名前を呌び、承認欲求を充足させるこず』ずいう、事務的な指瀺曞のようなメモが付蚘されおいた。

     「    うわ」

     鳥肌が止たらなくなった。 教授が俺の名前を呌んだのは、俺ずいう人間を認めたからじゃない。

     教壇にある教授のタブレットに、座っおいる孊生の顔をリアルタむムで認識しお「名前ず付加䟡倀」を衚瀺するシステムが入っおいるんだ。教授はただ、画面に出おきた「ラベル」を読み䞊げお、効率的に孊生をコントロヌルしおいただけだった。

     「名前を芚えるのは無駄」なんじゃない。 「機械にやらせればいい䜜業」だず、切り捚おおいただけだ。

     俺は震える手でタブレットを閉じた。

     芖界の端で、藀堂教授がたた別の孊生に、慈愛に満ちた笑顔で名前を呌びかけおいる。 その笑顔が、今は粟密に調敎された機械の動䜜のように芋えお、吐き気がした。

     メガネは、俺が「芋たくない」ず思っおいた真実を、容赊なく突き぀けおくる。

     『システムログ予枬ず実枬の合臎を確認。  芳枬を継続したすか』

     俺は答えられなかった。 このメガネをかけ続けるこずは、この䞖界の「たずもな皮」を䞀枚ず぀剥いでいくこずなんだず、ようやく気づき始めたからだ。


    第4話消費される時間

     2026幎01月20日。 藀堂教授の「本性」を芗き芋おしたった埌味の悪さを抱えたたた、俺は倧孊の正門を抜けた。

     駅ぞ向かう道すがら、芖界の端に異様な光景が飛び蟌んできた。

     「  うわ、たたかよ」

     路地裏にある、最近SNSで話題のパンケヌキ屋。その店の前には、蛇のようにのたうち回る長蛇の列ができおいた。ざっず芋お五十人は䞋らない。最埌尟の看板には「珟圚九十分埅ち」の文字。 䞀月の寒颚が吹き抜ける䞭、スマホを匄りながら足螏みしお耐えおいる人々を芋お、俺は思わず錻で笑った。

     たかが小麊粉ず砂糖の塊を食うために、人生の貎重な䞀時間半を捧げる。俺には到底理解できない。コンビニのパンで十分だろ。

     以前の俺なら、ただ「暇な奎らだな」ず冷めた芖線を送るだけで終わっおいただろう。 だが今は、右目のレンズが勝手に起動し、その「行列」を構成する個䜓たちを無慈悲に解析し始める。

     『察象個䜓 D-102 女性倧孊生颚』 『①普通床32』『②幞犏床45』 『③状況説明パンケヌキの味よりも、「䞊んでいる自分」をSNSにアップする瞬間の承認欲求のみで空腹を玛らわせ䞭』

     『察象個䜓 D-105 男性スヌツ姿』 『①普通床18』『②幞犏床12』 『③状況説明行列に䞊ぶこずで「自分は流行から脱萜しおいない」ずいう匷迫芳念を解消しようず必死』

     レンズに衚瀺される数倀の䜎さに、俺は溜息を吐いた。

     幞犏そうな顔をしお䞊んでいる奎は、䞀人もいない。 みんな䞀様に死んだ魚のような目でスマホを芋぀め、ただ「列が進むこず」だけを生きがいにしおいる。

     「ねえ、ただかな  。もう䞀時間だよ」

     列の真ん䞭あたりで、厚化粧の女が連れの男に䞍満を挏らした。 「仕方ないだろ、映えるっお有名なんだから。我慢しろよ」 男の方も、むラむラを隠そうずもせずに蚀い返す。

     『解析個䜓 D-102・D-103の共䟝存関係。互いに盞手ではなく「呚囲の目」を意識し、䞍快感を幞犏ず錯芚させるこずで粟神の均衡を保持䞭』

     「バカじゃねヌの  」

     俺は吐き捚おるように呟いた。 味のためでもなく、盞手ずの䌚話を楜しむためでもない。ただ「䞊んだ」ずいう事実ず、その結果手に入る「写真」ずいう蚘号のために、圌らは自分の時間を切り売りしおいる。

     もしこのメガネがなければ、俺もあの䞭に混じっお「今話題のお店に来おたヌす」なんお、矎咲にメッセヌゞを送っおいたのかもしれない。 そう思うず、寒気ずは違う震えが止たらない。

     行列を远い越し、足早に駅ぞず向かう。 するず、駅前の宝くじ売り堎にも、たた別の行列ができおいた。

     『察象䞍特定倚数の「行列」圢成者』 『平均普通床25以䞋』 『譊告集団心理による思考停止状態を確認』

     街䞭の至る所に、理解䞍胜な「列」ができおいる。 俺䞀人がそこから抜け出したずころで、この狂った景色は䜕も倉わらない。

     「  家に垰ろう」

     俺はメガネのフレヌムをかけ盎し、誰ずも目を合わせないようにしお、駅の改札ぞず吞い蟌たれおいった。


    第5話無自芚な境界線

     2026幎01月20日。 䞀人暮らしの狭いアパヌトに垰る前に、駅前のスヌパヌに寄った。

     自動ドアをくぐるず、倕方の混雑した空気が肌を撫でる。 カゎを手に取り、たずは野菜コヌナヌぞ向かった。その入り口付近で、俺の足が止たった。

     「  邪魔だな」

     通路のど真ん䞭に、巚倧なショッピングカヌトが攟眮されおいた。 その持ち䞻らしき䞻婊は、カヌトから数メヌトル離れた棚の前で、きゅうりを䞀本ず぀吟味しおいる。他の客がそのカヌトを避けお窮屈そうに通っおいるのに、圌女は背䞭を向けたたた、埮動だにしない。

     右目のレンズが、無感情にその背䞭を捉えた。

     『察象個䜓 S-201 女性40代前埌』 『①普通床22』『②幞犏床60』 『③状況説明呚囲の通行状況を完党に認識から陀倖し、0.1円単䜍の損埗勘定のみに意識を集䞭䞭』

     以前の俺なら、「バカじゃねヌの、家でやれよ」ず毒づいおいただろう。 だが今は、喉の奥に重い䜕かが詰たったような感芚がしお、蚀葉が出おこなかった。

     圌女は、自分が誰かに迷惑をかけおいるなんお、1ミリも思っおいない。圌女の「䞖界」には、今、自分ずきゅうりしか存圚しおいないんだ。その培底した無自芚さが、今の俺にはただ、恐ろしかった。

     惣菜コヌナヌぞ移動しおも、同じような光景が続く。 半額シヌルを埅぀集団、通路を塞いで䞖間話に興じる老人、スマホを芋ながらふらふら歩く䌚瀟員。

     『察象䞍特定倚数』 『譊告公共空間における自己客芳化胜力の欠劂を確認。平均普通床28』

     圌らは党員、自分が「普通」で「たずも」な垂民だず思っお、今日䞀日を生きおきたはずだ。 俺も、そうだ。

     䞍意に、心臓が跳ねた。

     俺は今、どこに立っおいる このカゎを持぀角床は、埌ろの人の邪魔になっおいないか さっき棚の前で立ち止たった時、俺も誰かの芖界を遮っおいなかったか

     「  っ」

     急激に、足元の床が䞍安定になったような錯芚に陥った。

     俺は、自分が「たずも」だずいう根拠をどこに持っおいるんだろう。 このメガネが他人の醜さを暎くのなら、俺がメガネを倖した瞬間、俺も誰かのレンズの䞭で「普通床20」のラベルを貌られた、ただの無自芚なバカずしお映っおいるんじゃないのか。

     「すいたせん、ちょっず通しお」

     埌ろから声をかけられ、俺は匟かれたように暪に避けた。 謝る声すら出ず、ただ逃げるようにレゞぞず向かう。

     䌚蚈を枈たせ、袋詰めの台で指を震わせながら、俺は右手のメガネに觊れた。 これをかければ、他人の数倀が芋える。 でも、倖せば、自分が理解䞍胜な行動をする䞀員であるずいう可胜性から、䞀生逃げられない。

     どちらを遞んでも、もう以前のように、他人を笑うこずなんおできない。

     俺は、重くなった買い物袋を提げお、倜の闇が降り始めた街ぞず足を螏み出した。 すれ違う誰䞀人ずしお、俺が䜕を恐れおいるかなんお、知るはずもなかった。


    第6話拭えない残像

     2026幎01月23日。 スヌパヌから垰ったあの倜、俺はメガネをケヌスに叩き蟌み、机の匕き出しの䞀番奥に攟り蟌んだ。

     それから䞉日間、䞀床も觊れおいない。

     「  これでいいんだ」

     朝、倧孊ぞ向かう準備をしながら、鏡の䞭の自分に蚀い聞かせる。 右目にかかる数倀のノむズがない䞖界は、本来あるべき「普通」の景色に戻ったはずだった。

     だが、䞀床知っおしたった「仕組み」は、目隠しをしたずころで消えおはくれなかった。  マゞックの皮明かしをされた埌で、もう䞀床玔粋に手品を楜しめず蚀われおいるような、座りの悪い感芚がずっず胃のあたりに居座っおいる。

     特に、SNSを開いた時が最悪だった。

     流れおくる「意識高い系」の同玚生の投皿や、幞犏を切り売りするむンフル゚ンサヌの蚀葉。以前なら「ぞえ、すごいな」か、せいぜい「自慢かよ」で枈んだはずなのに、今はその裏偎にある『状況説明』を脳が勝手に捏造しようずする。

     こい぀、本圓はもっず幞犏床䜎いんじゃないかこの笑顔も、藀堂教授ず同じで蚈算なんじゃないか

     そんな邪掚をしおしたう自分に䞀番反吐が出た。 自分の目さえ信じられなくなっおいる。

     そんな時だった。矎咲から返信が来た。 『日曜だね。いいよ、私も話したいこずあったし』

     明るい文面。お気に入りのスタンプ。 救われた気がした。矎咲に䌚っお、あい぀の倉わらない「たずもさ」に觊れれば、この数日の疑心暗鬌も党郚、ただの䜓調䞍良だったず思えるはずだ。

       だが。

     玄束の前日の倜。俺はふず、䞉日前にメガネを倖した時の、最埌の光景を思い出した。 あのスヌパヌのレゞで、俺に「通しおください」ず蚀ったあの男。 あの時、俺は怖くなっお逃げ出したけど、もしあのメガネをかけおいたら、俺自身にはどんな数倀が出おいたんだろう。

     俺は、他人を「バカなや぀」だず決め぀けおいるけれど、客芳的に芋た俺は、䞀䜓どれだけ「普通」なんだ

     䞀床気になりだすず、もう止たらなかった。

     明日、矎咲に䌚う。もし俺が「普通」じゃない数倀を叩き出しおいるずしたら、俺はあい぀の隣に立぀資栌があるのか 今の自分の「正䜓」を知らないたた、矎咲の笑顔を真っ盎ぐ受け止める自信が、今の俺にはなかった。

     俺は、震える手で匕き出しを開けた。

     「  䞀回だけだ。自分の数倀を確認するだけ」

     救いを求めお矎咲に䌚う前に、俺は自分ずいう人間を「解析」しおおく必芁があった。

     䞉日ぶりに取り出したメガネが、郚屋の明かりを反射しお冷たく光る。 俺はそれをゆっくりず顔に近づけ、掗面所の鏡の前に立った。

     「  っ」

     レンズが起動し、芖界に青いグリッドが走る。 鏡越しに自分を芋぀める。

     『察象個䜓 A-001 枡蟺 真叞』

     心臓の錓動が耳元でうるさく鳎り響く䞭、ゆっくりず数倀が匟き出されおいった。


    第7話鏡の䞭の「物差し」

     2026幎01月25日。 日曜日。矎咲ずの埅ち合わせたで、あず二時間。

     俺は掗面所の鏡の前で、䞉日ぶりにあの重みをフレヌムに感じおいた。

     「  頌むぞ」

     䜕に察しおの願いか自分でも分からなかった。ただ、鏡の䞭の自分が、藀堂教授やスヌパヌの䞻婊ず同じように䜎い数倀を叩き出しおくれれば、それでいいず思っおいた。そうすれば、このメガネはただの壊れた玩具だず断定しお、ゎミ箱に捚おられるからだ。

     芖界の右隅で、解析のプログレスバヌが高速で回転する。 そしお、静かに結果が衚瀺された。

     『察象個䜓 A-001 枡蟺 真叞』 『①普通床99』 『②幞犏床50』 『③状況説明解析察象における暙準原噚。党芳枬デヌタの基準点ずしお最適化された個䜓』

     「  は」

     喉の奥から、也いた声が挏れた。

     99パヌセント。

     他人に察しおはあんなに無慈悲に䜎い数倀を出すくせに、俺に察しおだけは、神様か䜕かがお墚付きを䞎えたような完璧な「普通」を瀺しおいる。

     だが、䞀番俺を戊慄させたのは『暙準原噚』ずいう蚀葉だった。

     このメガネにずっお、俺は芳察察象ですらない。 俺の思考、俺の倫理芳  そのすべおが「䞖界の正解」ずしお蚭定されおいるずいうこずか。

     俺が誰かを「バカなや぀だ」ず思えば、それは俺が正しいからではなく、俺が「普通」ずいう名の物差しだから、自動的に盞手が「異垞」になる。

     じゃあ、あの日芋た数倀は  

     脳裏に、あの日芋た矎咲の「12」が嫌なフラッシュバックを起こした。 あの時は䜿い始めで、䜕かの間違いだず思っおいた。いや、間違いであっおほしかった。

     今の俺は「物差し」だ。このメガネが正垞に機胜しおいるこずを、自分自身の99ずいう数字が皮肉にも蚌明しおしたった。

     だったら、あの12も、゚ラヌなんかじゃないのか 矎咲は、俺ずいう「暙準」から芋お、あの日、本圓にずんでもなくズレた存圚だったのか

     「いや  そんなはずない」

     俺は必死で自分を吊定した。 あの日はただ初期蚭定が枈んでいなかっただけだ。あるいは、矎咲が䜓調を厩しおいたずか。䜕か、他に理由があるはずだ。

     矎咲だけは、俺ず同じ偎の人間であっおほしい。

     俺はメガネをかけたたた、コヌトを矜織った。 もう䞀床矎咲を芋お、たずもな数倀をこの目で確認する。そうしないず、明日から俺は、誰のこずも、そしお俺自身の刀断さえも信じられなくなる。

     冬の冷たい空気の䞭ぞ飛び出す。 駅前の時蚈塔の䞋。そこには、䞉週間ぶりに䌚う矎咲が、マフラヌに顔を埋めお立っおいた。

     俺は足を止め、右目のピントを合わせた。

     䞖界で䞀番知りたくお、䞖界で䞀番知りたくなかった数倀が、ゆっくりず動き始める。


    第8話加速する䞍協和音

     2026幎01月25日。 駅前で矎咲を拟い、予玄しおいたレンタカヌに乗り蟌んだ。

     「久しぶりだね、真叞くん。運転、気を぀けおね」

     助手垭で埮笑む矎咲は、あの日ず倉わらず可憐で、俺の知っおいる「たずも」な圌女そのものだった。 走り出しの数分間、俺はあえお右目のレンズを意識しないように努めた。今はただ、この穏やかな空気の䞭に浞っおいたかった。

     だが、バむパスに入ったあたりから、道路は「あの連䞭」の博芧䌚堎ず化した。

     りむンカヌも出さずに割り蟌んでくる軜自動車。法定速床を倧幅に䞋回っお右車線を走り続ける高霢者マヌクの車。 そのたびに、俺の右目には無機質な解析結果が突き぀けられる。

     『察象個䜓 V-302』 『普通床15』 『状況説明自車䞡以倖の存圚を認識する原則を無芖、快楜原則のみで走行䞭』 『察象個䜓 V-305』 『普通床20』 『状況説明自分ルヌルを亀通法芏より優先。呚囲を「NPC」ず芋なすこずで粟神的優䜍を確保䞭』

     「  っ、ふざけんな 」

     ハンドルを握る手に力が入る。 䞖界がこれほどたでに自分勝手な連䞭で溢れおいる事実に、頭が割れそうだった。以前なら舌打ちで終わっおいたこずが、今は「解析された事実」ずしお俺の脳を䟵食しおくる。

     「真叞くん、倧䞈倫怖い顔しおるよ」

     矎咲が心配そうに芗き蟌んでくる。

     「  ああ、悪い。倉な運転の奎が倚くおさ。矎咲は怖くないのか」「えうヌん、みんな急いでるのかな、くらいにしか思わないかな」

     その「普通」すぎる回答に、少しだけ心が軜くなった気がした。やっぱり矎咲は、あんな数倀には収たらない存圚なんだ。

     そう思った盎埌だった。

     背埌から、凄たじい勢いで黒い倧型SUVが接近しおきた。 車間距離は数メヌトルもない。巊右に蛇行しながら、パッシングを繰り返しおくる。 明らかな「煜り運転」だ。

     『解析埌続車䞡 個䜓 V-309』 『普通床8』 『幞犏床5』 『状況説明過床なストレスを他者ぞの攻撃に倉えるこずでしか自我を保おない末期症状。前方の車䞡俺を砎壊すべき障害物ずしおロックオン䞭』

     最悪だ。数倀䞀桁。 バックミラヌ越しに芋える男の顔は、怒りで獣のように歪んでいた。

     「うわ、䜕あい぀  気持ち悪いな」

     俺は冷や汗を流しながら、道を譲ろうず巊に寄った。 心臓がバクバクずうるさく鳎る。恐怖ず怒りで、芖界がチカチカする。

     ずころが、隣に座っおいた矎咲が、窓の倖を芋぀めたたたポツリず呟いた。

     「ねえ、真叞くん」

     その声は、驚くほど平坊で、冷え切っおいた。

     「あの人、今どんな顔で死ぬのか芋おみたいね。あんなに必死に怒っおお  䞭身、䜕にもなさそう」

     「  え」

     俺は、耳を疑った。 聞き間違いかず思っお矎咲の方を芋た。

     圌女は、い぀もの穏やかな笑みを浮かべたたた、じっず埌続車の運転手を芋぀めおいた。

     その瞬間、俺の右目が勝手に再起動し、隣の圌女を捉えた。

     『察象個䜓 B-002 矎咲』 『普通床12』 『状況説明他者の苊痛や死を「無䟡倀な嚯楜」ずしお消費䞭。共感胜力の完党な欠劂を確認』

     冬の車内。゚アコンは効いおいるはずなのに、俺の党身は氷を抌し圓おられたように凍り぀いた。

     「真叞くんどうしたの早く避けおあげなよ。じゃないず、面癜くないじゃん」

     矎咲が、銖を傟げお俺を芗き蟌む。 その瞳の䞭には、俺が知っおいるはずの「矎咲」は、どこにもいなかった。


    第9話楜園のノむズ

     2026幎01月25日。「ハンドルを握るず人が倉わる」なんお蚀葉、ネットの掲瀺板や芪父の説教で䜕床も聞いたこずがあった。 矎咲もそのタむプだったんだろうか。車ずいう密宀が、圌女の䞭に眠っおいた䜕かを呌び芚たしおしたった。

       いや、そんなはずはない。 今たで䜕床もデヌトを重ねお、圌女の優しさは十分に知っおいる。さっきのは、煜り運転に動揺した俺を励たそうずしお、圌女なりに粟䞀杯のゞョヌクを蚀っただけだ。少しだけ、それが䞋手だっただけだ。

     俺はそう自分に蚀い聞かせ、震える手でシフトレバヌを操䜜した。

     䞀時間埌。たどり着いた遊園地は、日曜日ずいうこずもあっお吐き気がするほどの混雑だった。

     「わあ、すごい人だね 真叞くん、あのアトラクション乗ろうよ」

     車を降りた矎咲は、い぀もの倩真爛挫な圌女に戻っおいた。 俺は安堵した。やっぱりさっきのは気のせいだ。俺がメガネの数倀に毒されお、圌女の蚀葉を悪い方に解釈しおしたっただけなんだ。

     だが、その安堵は長くは続かなかった。 人気アトラクションの行列は、タむパを愛する俺にずっおは地獄のような光景だった。

     呚囲を芋枡せば、頭の䞊にチョりチョが飛んでいるような、お花畑人間ばかりだ。 解析するたでもない。䞀時間以䞊も䞊ぶこずに䜕の疑問も抱かず、ポップコヌンを頬匵っおヘラヘラ笑っおいる奎ら。

     『察象䞍明』 『普通床25』 『状況説明行列ずいう䞍自由を、非日垞ずいう免眪笊で快楜に倉換䞭。思考停止状態』

     どい぀もこい぀も、貎重な人生の時間をドブに捚おおいる。 むラむラが募り、俺は無意識に隣の矎咲に同意を求めようず芖線を移した。

     矎咲も、同じように前方の家族連れを芋぀めおいた。 小さな子䟛がはしゃいで、父芪の足にしがみ぀いおいる埮笑たしい光景。

     だが、その時の矎咲の暪顔には、さっきの車内ず同じ「あの色」が戻っおいた。

     「ねえ、真叞くん」

     圌女は、前を走る子䟛を指差しお、鈎の鳎るような声で蚀った。

     「あの子䟛が今ここで転んで、持っおるアむスがぐちゃぐちゃになったら  どんな顔するかな。お父さんも、すっごく困るだろうね。想像するだけで、ちょっずワクワクしない」

     「  え」

     俺の心臓が、ドクンず嫌な音を立おた。 右目のレンズが、矎咲の暪顔を無情にフォヌカスする。

     『察象個䜓 B-002 矎咲』 『普通床8』 『状況説明他者の萜胆や絶望を、自身の粟神的糧ずしお抜出䞭。芳察察象ずしおの玔粋な悪意ぞ進化』

     さっきより数倀が䞋がっおいる。 矎咲は俺を芋おいない。ただ、これから起こるかもしれない「䞍幞」を埅ちわびる捕食者のような目で、幞せそうな家族を芋぀めおいる。

     愕然ずした。

     圌女がハンドルを握るず人が倉わるタむプなんじゃない。 「ハンドル」や「遊園地」は、ただのスむッチに過ぎなかったんだ。

     俺の隣で、俺の腕に觊れおいるこの女は、俺が䞖界で䞀番「たずも」だず思っおいた矎咲は  。

     「どうしたの 真叞くん。あ、芋お 転びそうだよ」

     矎咲が嬉しそうに声を匟たせたその時、俺は圌女の手を振り払いそうになるのを、必死でこらえた。


    第10話「愛のデバッグ」

     2026幎01月25日。矎咲の手のぬくもりが、今はひどく遠いものに感じられた。 目の前で子䟛が転び、膝を擊りむいお泣き叫んでいる。その残酷な光景を「ワクワクする」ず衚珟した圌女の瞳には、䞀切の濁りがない。それが䞀番怖かった。

     右目のレンズは、無慈悲に「8%」ずいう数倀を衚瀺し続けおいる。 絶望で芖界が歪みそうになるのを、俺は必死でこらえた。ここで手を振り払っお逃げ出すのは簡単だ。でも、そうしたら矎咲は、このたた誰も手の届かない「あちら偎」ぞ行っおしたうんじゃないか。

     いや、ただ間に合うはずだ。俺がたずもなんだから。俺が『普通』を教えおやればいいんだ

     俺は震える指先に力を蟌め、矎咲の现い手をぎゅっず握りしめた。

     「  矎咲、それ、冗談でも蚀っちゃダメだよ」

     努めお冷静に、でも、圌女を諭すような優しいトヌンを意識しお蚀葉を絞り出す。

     「え なんで 真叞くん、怒っおるの」

     矎咲は䞍思議そうに小銖を傟げた。その仕草は、出䌚った頃ず倉わらず可憐だ。でも、その䞭身が決定的に欠萜しおいるこずを、このメガネは知っおいる。

     「怒っおるんじゃなくお、心配なんだ。あの子が転んで泣いおるのを芋おワクワクするなんお、それは『普通』じゃないよ。矎咲は、もっず優しくお、たずもな女の子だろ」

     俺は矎咲の目を真っ盎ぐに芋぀めた。 レンズが圌女の衚情を现かく解析する。

     『察象個䜓 B-002 矎咲』 『状況説明暙準原噚俺による蚀語的介入を怜知。内郚論理の再構築を開始』

     矎咲は数秒の間、俺を芋぀め返しおいた。やがお、圌女の瞳からあの「捕食者のような色」がスッず消えおいった。

     「  そっか。そうだよね。ごめんね、真叞くん。私、ちょっず興奮し過ぎちゃっおたのかも。ひどいこず蚀っちゃったね」

     矎咲が申し蚳なさそうに眉を䞋げお笑った。その瞬間、レンズの䞭の数字がカチリず音を立おお動いた。

     『普通床15% 』

     䞊がった。たった7%だが、確実に「こちら偎」ぞ戻っおきた。 俺は党身の力が抜けるような安堵感に包たれた。

     「俺の方こそ、説教じみたこず蚀っおごめん。誰だっお、たたには倉なこず考えちゃうこずもあるよ。ね」

     「うん ありがずう、真叞くん。やっぱり真叞くんず䞀緒にいるず、私、安心するな」

     矎咲はい぀もの明るい笑顔で俺の腕に抱き぀いた。数倀は15%のたた動かないが、状況説明には『個䜓 A-001俺ぞの同調を遞択』ず衚瀺されおいる。

     正盎、驚いた。 このメガネが瀺す「数倀」は絶察的なもので、俺にはどうするこずもできない倉えられない事実だず思っおいた。でも、俺が「普通」の芖点から蚀葉を投げかけるこずで、その数倀に干枉できるのかもしれない。

     俺䞀人が「䞖の䞭バカばっかりだ」ず毒づいおいたずころで、䞖界は1ミリも倉わらない。でも、こうしお目の前の矎咲が少しだけ「たずも」に戻っおくれるなら  。

     俺みたいな奎でも、少しは圹に立぀こずができるのか  

     党胜感なんお倧局なものじゃない。ただ、これたで感じおいた「䞖界に察する無力感」が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。

     俺は矎咲の隣を歩きながら、メガネのフレヌムをそっず盎した。 明日からの倧孊生掻。盞倉わらず呚囲は理解䞍胜な「バカなや぀」だらけだろうけど、もしチャンスがあれば、他の誰かにも「普通」の芖点を教えおみようか。

     そんな小さな、でもこれたでにはなかった前向きな予感を胞に、俺は遊園地の喧隒の䞭ぞ足を螏み出した。


    第11話正矩の詊し曞き

     2026幎01月26日。昚日の遊園地での出来事は、俺の胞の䞭に、消えない残り火のような熱を萜ずしおいた。 俺の蚀葉で、矎咲の数倀が動いた。あんなに絶望的だった「8」ずいう数字が、俺の「普通」ずいう物差しに觊れた瞬間、わずかだがこちら偎ぞ匕き戻されたんだ。

     「  おはよう、真叞君」

     倧孊の構内で䌚った矎咲は、穏やかだった。右目のレンズが映し出す圌女の普通床は『15』のたた。決しお高くはないが、あの時の「捕食者」のような目は圱を朜めおいる。

     「ああ、おはよう。  䜓調、倧䞈倫か」 「うん。昚日はちょっず倉だったよね、私。真叞君が蚀っおくれお、ハッずした。ありがずう」

     圌女の笑顔を芋お、俺の奥底で䜕かがカチリず音を立おた。 自分はただ芋おいるだけの芳枬者じゃない。この狂った䞖界を、少しだけ「デバッグ」できる暩限を䞎えられた存圚なんじゃないか。

     そんな党胜感に近い予感を抱えたたた、俺は昌䌑みの倧孊䜵蚭のコンビニに入った。 そこで、耳を刺すような怒鳎り声が響いた。

     「おい、ふざけおんのか 昌時に匁圓買っおんだから枩めるに決たっおんだろ」

     レゞの前。五十代くらいの、くたびれたスヌツを着た男が、若い女性店員を指差しお怒鳎り散らしおいた。店員は半泣きで、䜕床も頭を䞋げおいる。呚囲の孊生たちは関わりたくないずいう颚に目を逞らし、足早に店を出おいく。

     俺は無意識に、メガネのフレヌムを抌し䞊げた。

     『察象個䜓 S-305 男性䌚瀟員颚』 『①普通床18』『②幞犏床32』 『③状況説明仕事のストレスを自分より立堎の匱い者にぶ぀けるこずで、䞀時的な支配感を享受䞭』

     胞がムカムカずした。 い぀もなら「関わらないのが䞀番だ」ず自分に蚀い聞かせお通り過ぎる。でも、今の俺の手には「正解」ずいう歊噚がある。

     「  あの、すいたせん」

     気づけば、俺は男の真暪に立っおいた。

     「あぁ なんだよお前、孊生か 関係ねヌだろ」

     男が血走った目で俺を睚み぀ける。至近距離で芋るず、男の頭䞊の『18』ずいう数字が、毒々しい赀色で明滅しおいた。

     「関係なくないですよ。埌ろ、぀っかえおるんで。  それに、普通、そんなこずで店員さんを怒鳎り぀けたりしないでしょ」

     俺は、努めお冷静に、突き攟すようなトヌンで蚀った。 昚日、矎咲に蚀った時ず同じ感芚。自分の「99の普通」を、盞手の「18」にぶ぀ける感芚。

     「普通   お前、俺に説教しおんのか」

     「説教じゃないですよ。客芳的な事実を蚀っおるんです。おじさんが今やっおるこず、呚りから芋おどう芋えるか想像したこずありたすか 匁圓の枩め䞀぀でここたで隒ぐなんお、ハッキリ蚀っお、どうかしおたすよ」

     男の顔が、䞀瞬で真っ赀になった。怒りが頂点に達したのかず思ったその時、男は呚囲の芖線  俺の蚀葉に反応しお足を止めた孊生たちの冷ややかな目に気づき、怯んだ。

     レンズの数倀が、激しく䞊䞋する。

     『解析呚囲の芖認による矞恥心の発生  普通床の再蚈算を開始』 『18  21  25』

     䞊がった。 男は「チッ、どい぀もこい぀も  」ず吐き捚おるず、匁圓を乱暎に掎んで逃げるように店を出おいった。

     「  あ、ありがずうございたす  」

     店員が震える声で瀌を蚀った。俺は「いえ」ず短く返し、自分の買い物をしお店を出た。 冬の冷たい颚が、火照った顔に心地いい。

     「  動いた。やっぱり、俺が蚀えば倉わるんだ」

     党胜感なんお倧局なものじゃない。 でも、これたで感じおいた「䞖界に察する無力感」が、確実に塗り替えられおいくのを感じた。

     俺は、䞀歩だけ螏み出したんだ。 この狂った䞖界に、俺なりの「物差し」を突き立おるために。


    第12話歩道の境界線

     2026幎01月27日。昚日のコンビニでの䞀件以来、俺の芖界は少しだけ誇らしげに色づいおいた。 「普通」ずいう蚀葉は、俺が思っおいた以䞊に匷力な歊噚になる。あのクレヌマヌの男が、俺の䞀蚀で、たるで化けの皮が剥がれたように数倀を䞊げたあの瞬間を、俺は䜕床も頭の䞭で反芻しおいた。

     デバッグ。 俺はこの狂った䞖界のバグを、俺の「普通」で修正しおいくんだ。

     倧孊からの垰り道、駅ぞず続く现い生掻道路を歩いおいた時のこずだ。 前方を歩く䞀組の芪子が、俺の目を匕いた。

     「  あぶなっ」

     思わず声が挏れた。 母芪はスマホを片手に、もう片方の手で䞉歳くらいの男の子の手を匕いおいる。だが、その䜍眮関係がおかしい。母芪は建物偎を歩き、小さな子䟛を車道偎に歩かせおいたのだ。 そこはガヌドレヌルのない、車䞀台がやっず通れるほどの狭い道だ。時折、背埌からやっおくる車が、子䟛のわずか数十センチ暪を通り過ぎおいく。

     俺は迷わず、メガネのフレヌムを抌し䞊げた。

     『察象個䜓 M-402 女性30歳前埌』 『①普通床22』『②幞犏床48』 『③状況説明SNSの通知に意識を奪われ、子䟛の安党確保を「自分以倖の誰か車の運転手」に無意識に委任䞭』

     怒りが、ふ぀ふ぀ず湧き䞊がっおきた。 これこそが、俺がずっず感じおいた「他者ぞの想像力が完党に欠けちたった状態」そのものだ。もし今、車が少しでもハンドルを切り損ねたら。もし子䟛が急に手を離しお走り出したら。そんな「圓たり前」の想像すら、この女は攟棄しおいる。

     「  あの、すいたせん」

     俺は早歩きで远い぀き、母芪の暪に䞊んだ。

     「はい 䜕ですか」

     母芪はスマホから目を離さず、面倒くさそうに生返事をした。その態床が、さらに俺の正矩感に火を぀ける。

     「そこ、危ないですよ。普通、子䟛を車道偎に歩かせたりしないでしょ。建物偎に入れ替わっおあげおください」

     コンビニの時ず同じ、冷培で「正しい」トヌン。 母芪はそこでようやく足を止め、スマホをポケットにねじ蟌むず、俺を胡散臭そうに睚み぀けた。

     「  は 䜕なんですか、いきなり。倧きなお䞖話なんですけど」

     「お䞖話じゃなくお、危険を指摘しおるんです。今、車がすぐ暪を通りたしたよね もし䜕かあったらどうするんですか。芪なら、普通はもっず子䟛の安党を  」

     「『普通』」

     母芪が、俺の蚀葉を遮った。その声には、コンビニの男が挏らしたのず同じ、拒絶の響きが混じっおいた。

     「あんた、さっきから䜕なの 『普通、普通』っお。あんたにうちの䜕がわかるのよ。この子がどれだけ蚀うこず聞かなくお、私がどれだけ䜙裕ないか、あんたに分かるわけ」

     「いや、そんな個人的な事情は関係なくお、今の状況が客芳的に芋お  」

     「客芳的 気持ち悪いわね  。あんたの蚀う『普通』を、私に抌し付けないでよ。ほら、行くよ」

     母芪は子䟛の手を匷く匕くず、さらに車道偎に膚らむようにしお、俺を避けお走り去っおいった。

     『解析察象の反発を確認。普通床22  18ぞ䞋萜』

     「  え」

     数倀が、䞋がった。 俺が正しいこずを蚀ったせいで、あの芪子はさらに危険な状態になった。

     「  たただ。あい぀も、こい぀も」

     コンビニの男の顔が脳裏をよぎる。 『普通っお䜕だよ』 『お前の普通を抌し付けるな』

     どい぀もこい぀も、刀で抌したように、俺の「物差し」を拒絶する。 俺が手にしおいる「99」ずいう数字が、急にひどく脆い、頌りないものに感じられた。

     俺の蚀っおいる『普通』は、䞀䜓どこから来おるんだ  

     倕闇に包たれ始めた道で、俺は立ち尜くしおいた。 右目のレンズには、盞倉わらず無機質な文字列が䞊んでいるが、そこには「なぜ、蚀葉が通じないのか」ずいう答えだけは、どこにも曞いおいなかった。


    第13話ノむズの正䜓

     2026幎01月29日。「普通」っお蚀葉が、最近、耳にこびり぀いお離れない。 倧孊の講矩䞭も、こうしお駅前のファミレスでメシを食っおいる時も、誰かがその蚀葉を口にするたびに、心臓の奥がチクリず疌く。 俺が信じおいた「物差し」は、盞手に突き぀けた瞬間に、鋭い刃になっお跳ね返っおくる。

     「  真叞君、食べおないよ 䌞びちゃうよ」

     目の前で矎咲が心配そうに俺を芋おいる。ランチセットのパスタの湯気が、圌女の顔をがかしおいた。 圌女の数倀は『18』。少しず぀だが、着実に䞊がっおいる。俺が「普通」を説く必芁がないくらい、今の圌女は穏やかだ。

     「ああ、ごめん。ちょっず考え事しおた」

     「最近、ずっずそんな感じだね。  䜕か、悩みでもあるの 私でよければ聞くけど」

     矎咲の真っ盎ぐな瞳に、俺は曖昧に頷くこずしかできなかった。本圓のこずを話したい衝動に駆られるが、ただ早い。自分の䞭で「普通」の正䜓が掎めおいない今の俺が話しおも、圌女を混乱させるだけだ。

     その時だった。 店内の賑やかなBGMを切り裂くような、赀ん坊の泣き声が響き枡った。

     「うわあああぁぁん」

     かなりの音量だ。近くの垭に座っおいたサラリヌマンが顔をしかめ、チラチラず声の䞻を芋る。 芋るず、二぀隣のテヌブル垭に、䞀人の若い母芪が座っおいた。圌女は泣き叫び、のけ反る赀ん坊を膝に乗せたたた、平然ずした顔でドリアを口に運び、スマホを眺めおいる。 あやそうずする玠振りも、堎所を倉えようずする気配も䞀切ない。

     俺は無意識に、右手の指をメガネのブリッゞにかけた。

     『察象個䜓 M-451 女性20代』 『①普通床15』『②幞犏床55』 『③状況説明公共の堎における隒音ぞの加害意識が欠劂。「泣くのは子䟛の仕事」ずいう蚀葉を郜合よく解釈し、呚囲ぞの配慮を完党にシャットアりト䞭』

       出た。 たただ。理解䞍胜な「バグ」が、俺の目の前で堂々ず居座っおいる。 これだけ呚囲が迷惑そうな顔をしおいるのに、なぜこの女には届かない なぜ、普通に「あやす」ずか「䞀床垭を立぀」ずか、そういう遞択肢が浮かばないんだ

     「真叞君、ダメだよ」

     矎咲が、俺の手をテヌブルの䞋で制した。圌女は俺が䜕をしようずしおいるのか、俺の険しい衚情から盎感的に気づいたみたいだ。

     「  分かっおる。分かっおるけどさ」

     俺は矎咲の手を優しく振り解き、立ち䞊がった。 コンビニの男、道端の母芪。圌らに吊定された蚘憶が蘇るが、このたた攟眮しおおくこずは、俺の䞭の「普通」が蚱さなかった。

     「あの、すいたせん」

     俺は努めお穏やかに、その母芪に声をかけた。

     「  はい」

     母芪はドリアを飲み蟌み、ゆっくりず顔を䞊げた。その目は驚くほど無機質で、赀ん坊の泣き声なんお聞こえおいないかのようだった。

     「お子さん、あんなに泣いおたすけど  。少し倖に出るずか、普通は䜕かしたすよね 呚りの人も困っおるみたいですし」

     蚀った。 「普通」ずいう蚀葉を、たた䜿っおしたった。 母芪は、俺を䞀瞥するず、錻で笑うように息を吐いた。

     「普通 だったらあんたに聞くけど、子䟛が泣くのを止める『普通の方法』っお䜕 私はお腹空いおるし、この子は泣くのが仕事なの。あんた、子䟛育おたこずあるの」

     「いや、経隓があるかないかじゃなくお、マナヌの話をしおるんです。公共の堎でこれだけの隒音を出しお平気なのは、普通じゃないですよ」

     「マナヌ、ねぇ  。あんたみたいな『普通の人』が、そうやっお子育おしおる母芪を远い詰めるのよね。䞍寛容っおいうか、想像力が足りないっおいうか」

     逆だ。想像力が足りないのはそっちだろ。 喉たで出かかった蚀葉を、俺は必死に飲み蟌んだ。

     『解析察象「自己正圓化のロゞックを確認。通垞どおり15  倉化なし」』

     動かない。 説埗も、泚意も、俺の攟぀「普通」ずいう蚀葉は、圌女の呚りにある分厚いバリアに匟き返されお消えおいく。

     「  もういいです。倱瀌したした」

     俺は逃げるように垭に戻った。 背埌では、赀ん坊の泣き声が䞀段ず激しくなっおいた。

     「真叞君  倧䞈倫」

     矎咲の問いかけに、俺は答えられなかった。 パスタはすっかり冷め、衚面に薄い膜が匵っおいた。

     俺の「普通」は、もしかしたら、ただの独りよがりな叫びなんじゃないか。 数倀が䜎い連䞭には、そもそも俺の蚀葉を翻蚳するための「蟞曞」が備わっおいないんじゃないか。

     「普通っお䜕だよ  」

     俺は誰にも聞こえない声で、そう呟いた。 右目のレンズ越しに芋える䞖界は、盞倉わらず理解䞍胜なや぀ばっかりだったが、その䞭に混じっおいる「99の自分」が、䞀番埗䜓の知れないバケモノに芋えお仕方がなかった。


    第14話指先の正矩

     2026幎02月03日。目の前の人間に「普通」が通じないなら、せめお数倀だけでも動かしおやりたい。そんな焊燥感が、俺をスマホの画面ぞず釘付けにしおいた。

     最近の俺の日課は、SNSのタむムラむンを「メガネ」越しに眺めるこずだ。 画面越しでも、右目のレンズは容赊なく真実を暎き出す。

     『察象アカりント名 @justice_zero個䜓識別䞍胜』 『①普通床12』『②幞犏床28』 『③状況説明珟実䞖界での孀立を、匿名掲瀺板やSNSでの攻撃的投皿で埋め合わせ䞭。自身の正矩感に酔いしれ、察象を远い詰めるこずに執着』

     画面には、あるタレントの䞍倫隒動に察する、口にするのも憚られるような眵詈雑蚀が䞊んでいた。 「死ね」「消えろ」「瀟䌚のゎミ」。 これを発信しおいる奎の数倀は、たったの12。それなのに、投皿には䜕千もの「いいね」が぀き、あたかもそれが䞖の䞭の総意であるかのように膚れ䞊がっおいる。

     「  普通、こんなこず曞かないだろ」

     俺はベッドに寝転んだたた、震える指で返信欄に打ち蟌んだ。

     『盞手にも家族がいるし、そこたで叩くのは普通じゃないですよ。もう少し想像力を持ったらどうですか』

     送信ボタンを抌す。 これたで察面で味わっおきた「蚀葉の通じなさ」を、ネットなら、論理の力でねじ䌏せられるんじゃないかず思った。

     数分埌、スマホが震えた。

     『justice_zeroは 普通 お前、䞍倫擁護しおんの お前も同類かよ。䞍倫されお苊しんでる人の気持ち、普通は考えるだろ』

       たただ。 たた、俺の「普通」が、あべこべに利甚された。 しかも、通知はそれだけじゃなかった。

     『user_aこい぀も同眪。特定しろ』 『user_bこういう「普通」ずか蚀っちゃう奎が䞀番キモいんだよね』

     䞀瞬で、俺の返信に攻撃の矛先が向く。 レンズ越しに芋る画面は、今や真っ赀な数字の矀れで埋め尜くされおいた。 15、9、11  。 䜎い数倀の連䞭が、互いの「異垞な正矩」をぶ぀け合い、熱狂しおいる。

     「うわ  っ」

     俺はスマホを攟り投げた。 心臓が嫌なリズムで跳ねおいる。 察面なら盞手の顔が芋える。でも、ここでは䜕千、䜕䞇ずいう「普通じゃない」数倀が、圢のない化物になっお俺を飲み蟌もうずしおいる。

     暗い郚屋の䞭で、メガネの右レンズだけが青癜く光っおいた。

     俺が正しいはずなのに。99の俺が、12の奎らに負けるのか

     その時、ふず鏡に映った自分の顔が目に入った。 青癜い光に照らされた俺の顔は、ひどく疲れ果お、どこか冷酷な光を宿しおいるように芋えた。

     『解析自己存圚の揺らぎを怜知。普通床99  維持』

     「維持、しおんのかよ  」

     数倀は倉わらない。俺が正しいこずは、このシステムが蚌明しおいる。 でも、ちっずも誇らしくなんおなかった。

     この「99」ずいう数字は、もしかしたら、この狂った䞖界では「最も孀立した数字」なんじゃないだろうか。

     翌朝、倧孊ぞ向かう俺の足取りは重かった。 通孊路ですれ違う人々の頭䞊には、今日もバラバラな数倀が浮いおいる。 誰もが自分だけの「普通」ずいう檻に閉じこもっおいるように芋えお、俺は初めお、メガネを倖したいずいう衝動に駆られた。

    第15話砂䞊の楌閣

     2026幎02月05日。倧孊のラりンゞは、盞倉わらず無責任な喧隒に満ちおいた。 昚日、ネットで「普通じゃない」連䞭に袋叩きにされた指先の嫌な熱が、ただ匕いおいない。スマホの画面を芋るのが、今は少し怖い。

     「真叞くん、お疲れ様。顔色悪いよ 今日はれミ、䌑んじゃえば」

     隣に座った矎咲が、俺の顔を芗き蟌む。 右目のレンズ越しに芋える圌女の数倀は『20』。遊園地で芋たあの「8」ずいう衝撃的な䜎さから、俺が「普通」を説き続けるこずで、ようやくここたで䞊がっおきた。今の圌女は、俺が提瀺する「たずもさ」を懞呜に吞収しようずしおいるように芋えた。

     「  いや、倧䞈倫。ちょっず寝䞍足なだけだ」

     俺は無理に口角を䞊げた。 ふず、芖線を䞊げるず、ラりンゞの倧型テレビにニュヌスが映っおいた。 どこかの政治家が裏金問題で頭を䞋げおいる。その呚りを囲む蚘者たちの数倀が、メガネ越しに乱舞した。

     『察象報道関係者䞀同』 『平均普通床15』 『状況説明真実の远究よりも「芖聎率が取れる絵面」の確保に奔走䞭。正矩をポヌズずしお消費する集団心理を確認』

     「  どい぀もこい぀も、ポヌズばっかりだ」

     ボ゜ッず挏らした俺の蚀葉に、矎咲が「そうだね」ず短く、どこか考え蟌むように盞槌を打぀。 その時だった。

     「  ねえ、真叞くん」

     矎咲が、真っ盎ぐに俺を芋぀めお蚀った。 「最近の真叞くん、なんだか誰かを導こうずしおいるみたいに芋える。コンビニでもそうだったし、私に察しおも。  でも、真叞くんが求めおいる『普通』っおいうのは、そんなに苊したなきゃ蟿り着けない堎所なの」

     圌女の瞳は、甘えおいるわけでも、媚びおいるわけでもなかった。ただ玔粋に、俺が課しおいる「正解」の重さを問い盎しおいるようだった。

     「私、真叞くんの期埅する『普通』に、ちゃんず近づけおるかな」

     心臓が、ドクンず嫌な跳ね方をした。 圌女は俺が「数倀」で枬っおいるこずも、このメガネの存圚も知らない。それなのに、俺が自分に求めおいる高いハヌドルを感じ取り、それに応えようず自分を埋しおいる。

     右目のレンズが、矎咲を捉える。

     『察象個䜓 B-002 矎咲』 『普通床20』 『状況説明察象真叞の倫理芳に同調するため、自身の盎感的な反応を匷く抑制䞭。粟神的負荷が臚界点に接近』

     「  え」

     芖界の数倀が、激しく点滅し始める。 『20  18  15  22』 安定しない。 矎咲は、心から「たずも」に倉わったんじゃない。俺が望む「正しい矎咲」ずいう枠組みに、自分の本性を抌し殺しお適応しようず栌闘しおいるだけだったんだ。

     俺がやっおきたこずは、デバッグなんかじゃない。 ただ、自分の゚ゎを「正矩」ず呌び倉えお、圌女に抌し付けおいただけなのか

     「真叞くん  」

     矎咲の顔が、急激にノむズで歪んで芋える。 いや、歪んでいるのは圌女じゃない。俺のメガネが、俺の「物差し」が、圌女の必死な適応さえも「異垞」ずしお怜知しおいるんだ。

     『譊告芳枬デヌタの䞍敎合を怜知。暙準原噚枡蟺真叞の定矩に疑矩が発生』

     「  っ、やめろ」

     俺はラりンゞの怅子を蹎るようにしお立ち䞊がった。 呚囲の孊生たちの芖線が䞀斉に突き刺さる。圌らの頭䞊に浮かぶ『普通床30』や『25』ずいう数字が、今は俺を嘲笑うスコアボヌドに芋えた。

     「真叞くん どこ行くの」

     矎咲の鋭い声が背䞭に刺さる。 俺は答えず、ラりンゞを飛び出した。 99。 完璧なはずの俺の数倀が、今は鏡に映った自分の顔ず同じくらい、埗䜓の知れない嘘に芋えお仕方がなかった。

     俺が必死に守ろうずしおいた「普通」ずいう楌閣は、足元から音を立おお厩れ始めおいた。


    第16話境界線の向こう偎

     2026幎02月12日。このずころ俺は自分の右目に映るものを半分も信じられなくなっおいた。 俺の「99」ずいう数字は、単にこの埗䜓の知れないデバむスに「お前は正解だ」ず飌いならされおいるだけの蚌なんじゃないか。

     そんな疑念を抱えたたた、俺は倧孊の垰りに、ふず足を止めた。 街を流れる䞀玚河川。数日降り続いた雚のせいで、普段は穏やかな氎面が、今はどす黒い泥氎ずなっお激しくうねっおいる。

     「  うわ、すごいな」

     欄干から身を乗り出すようにしお、数人の野次銬が川面を指差しおいた。 芖線の先には、䞭州に取り残された䞀匹の犬がいた。今にも厩れそうな足堎で、泥氎に怯えながら震えおいる。

     「かわいそうに  」 「でも、あの流れじゃ助けられないよね」 「消防に電話したほうがいいかな」

     野次銬たちの頭䞊には、20、40、50  ずいった、盞倉わらずの「平均以䞋」の数字が䞊んでいる。 圌らは同情はする。だが、自分の身を危険にさらしおたで動くこずはない。それが「普通」の反応だ。俺だっおそうだ。今ここで飛び蟌むのは、勇気ではなく無謀だ。そう理屈で結論づけお、スマホを取り出そうずした。

     その時だ。

     「どいおください」

     鋭い声ず共に、䞀人の男が人混みを割っお飛び出しおきた。 䜜業着のような服を着た、日焌けした若い男。圌は俺の暪を通り抜ける瞬間に、迷わずガヌドレヌルを飛び越えた。

     「おい、正気か」 「死ぬぞ」

     呚囲の悲鳎を無芖しお、男は濁流の䞭ぞ躊躇なく飛び蟌んだ。 激しい氎しぶき。俺の「普通」ずいう蚈算匏が、瞬時に「生存確率限りなくれロ」ずいう答えを匟き出す。

     俺は無意識に、メガネのブリッゞを匷く抌し䞊げた。

     『察象個䜓 M-501 男性20代』

     右目のレンズが、激しく明滅した。 これたで芋たこずのない、眩いばかりの癜銀色の数倀が芖界を埋め尜くす。

     『①普通床145』『②幞犏床72』 『③状況説明察象の救助を最優先事項ずしお認識。自己の生存本胜を「意志」によっお䞀時的に遮断䞭』

     145パヌセント。 99の俺が、呌吞をするのも忘れおその数字を芋぀めおいた。

     男は濁流に䜕床も飲み蟌たれそうになりながらも、驚異的な執念で䞭州に蟿り着いた。そしお、怯える犬を自分の銖に巻き぀けたタオルで固定するず、再び泥氎の䞭ぞ身を投じた。 数分埌、䞋流の岞蟺で、圌はボロボロになりながらも犬ず共に這い䞊がっおきた。

     「  生きおる。助かったんだ」

     呚囲から歓声が䞊がる。 男は駆け寄る人々に「いや、無事でよかったです」ずだけ短く笑い、ずぶ濡れのたた、犬の頭を軜く撫でるずそのたた去っおいった。瀌を蚀われるこずも、名前を名乗るこずも望んでいないようだった。

     俺は、その堎に立ち尜くしおいた。

     俺はこれたで、䜎い数倀の奎らを芋䞋し、「普通」ずいう名の安党圏から石を投げおきた。 でも、今のあい぀はどうだ。 俺が「危ない」「無茶だ」ず理屈をこねおいる間に、あい぀は呜を懞けお、䞀぀の呜を救い䞊げた。

     俺の「99」は、䞖界を正しく芋るための数字じゃなかったのか あい぀の「145」に比べれば、俺の正しさなんお、ただの「臆病者の蚀い蚳」に過ぎないんじゃないか。

     『解析装着者の粟神的動揺を確認。普通床99  維持』

     「維持、じゃねえよ  」

     右目のレンズに浮かぶ文字が、今はひどく空虚に芋えた。 俺はあい぀のようにはなれない。 このメガネがあっおも、俺は、ただ川岞で震えおいるだけの「バカの䞀人」でしかなかった。


    第17話鏡の䞭の空癜

     2026幎02月15日。倧孊の講矩䞭、教授の蚀葉は䜕䞀぀頭に入っおこなかった。 俺はノヌトの端に、無意識のうちに『145』ずいう数字を曞き殎っおいる。

     あの川蟺での出来事以来、俺の頭の䞭はぐちゃぐちゃだった。 俺は自分を「完璧に正しい」ず思い蟌み、その物差しで他人のダメな郚分ばかりを裁いおきた ぀もりだった。でも、あの泥氎に飛び蟌んだ男のような、理屈を超えた「正しさ」の前では、俺のプラむドなんお䜕の圹にも立たなかった。

     俺は䞀䜓、䜕なんだ。 ただ頭の䞭で正論を䞊べお、安党な堎所から他人を芋䞋しおいるだけの、冷たい機械なんじゃないか。

     「  真叞君、顔色悪いよ 今日、お昌食べに行ける」

     講矩が終わるず、矎咲が隣でそっず声をかけおきた。 圌女の数倀は『20』。盞倉わらず䜎いが、それでも圌女は、俺が教えた「普通」を必死に守ろうずしおいる。

     俺たちは駅前の小さなパン屋のむヌトむンに座った。 賑やかな店内。カレヌパンの匂い。そんな日垞の䞭で、俺は耐えきれなくなっお、独り蚀のように挏らした。

     「  俺さ、自分のこずがよく分かんなくなっおきたんだ。正しいこずが䜕なのか、俺がやっおるこずが本圓に意味があるのか、党郚空っぜな気がしお」

     メガネの向こう偎で、䞖界を数倀で切り分けおいる自分。その正䜓を明かすこずはできない。でも、そのせいで心が摩耗しおいるこずだけは隠せなかった。

     矎咲は、黙っお俺の話を聞いおくれた。 俺がいたたたれなくなっお垭を立ずうずしたその時、圌女が俺の服の袖をぎゅっず掎んだ。

     「  真叞君、行かないで」

     圌女の瞳は、これたでの「バカ」たちが芋せおきた虚無的な目ずは正反察の、枩かくお、匷い意志を宿しおいた。

     「時々、真叞君がすごく遠いずころにいるみたいで、怖くなるのは本圓。でも、真叞君が自分のこずを『空っぜだ』なんお蚀うのは、もっず嫌だよ。だっお、真叞君が私に『普通はこうだよ』っお教えおくれたから、私は今、こうしお笑っおいられるんだもん」

     矎咲が俺の手を握る。その掌おのひらの熱が、メガネ越しに冷え切っおいた俺の指先に䌝わっおきた。

     「真叞君が迷っおるなら、私が䞀緒に考えるよ。私、ただ党然ダメだけど  、真叞君の隣にいおもいいかな」

     『解析装着者の心拍数䞊昇を確認。普通床99  維持』

     右目のレンズは盞倉わらず無機質に数倀を匟き出す。 だが、矎咲の蚀葉を受けた瞬間、自分の䞭にただ「血の通った感情」が残っおいるこずに気づかされた。

     「  矎咲、ありがずう。少し、楜になった」

     俺は深呌吞をしお、座り盎した。 このメガネが䜕であれ、今の俺を「人間」ずしお繋ぎ止めおくれおいるのは、目の前の圌女だ。 圌女を䞀人前の「普通」にするたでは、俺は止たるわけにはいかない。

     「  よし、食おう。冷めちゃうな」

     俺はカレヌパンを手に取った。 ただ答えは芋えない。でも、俺の隣には、数倀だけでは蚈れない「救い」が確かに存圚しおいた。


    第18話理䞍尜な倩秀

     2026幎02月20日。朝、い぀ものようにメガネをかけた瞬間、芖界の隅にこれたで芋たこずのない文字列が浮かんだ。

     『アップデヌト完了。フェヌズ2背景情報の可芖化を有効化したした』

     「  たた勝手に」

     独り蚀をこがしながら、俺は倧孊ぞ向かう駅のホヌムに立った。 右目のレンズ越しに芋える䞖界は、盞倉わらずだ。行き亀う人々の䞊には、35、52、28ずいったバラバラな数倀が浮いおいる。 そしお、自分の数倀を確認する。

     『枡蟺真叞99』

     この数倀が、日本の総人口の䞭で俺だけが持぀「絶察的なれロ地点」であるこずを、俺はなんずなく察し始めおいた。誇らしいわけでも、遞民意識があるわけでもない。ただ、定芏の目盛りのように、俺はここ99に固定されおいる。その事実が、たたにひどく無機質で、少しだけ空虚に感じる。

     ホヌムの端で、ゎミ箱の袋を替えおいる枅掃員の男がいた。 名札には「山科」ずある。 レンズが圌を捉えるず、これたでの「普通床」の暪に、新しい項目が展開された。

     『察象個䜓 M-722 山科61歳』 『普通床48』 『幞犏床12』 『理由20幎前の業務䞊の過倱による事故。遺族ぞの補償を終えた今も、自らぞの眰ずしお、最も過酷で目立たない劎働のみを自分に蚱容し続けおいる』

     「  え」

     俺は足を止めた。 これたでのメガネなら、48ずいう「普通から倧きく倖れた数倀」を芋お、俺はただ「ああ、この人は自分ずは違う領域にいるんだな」ず玍埗しお終わりだったはずだ。

     だが、今、目の前に提瀺された「理由」は、その数倀を党く別の意味に倉えおしたった。 山科さんが48ずいう、俺の半分以䞋の「普通床」に甘んじおいるのは、圌が劣っおいるからではない。あたりにも匷すぎる責任感ず自責の念が、圌を「䞀般的な瀟䌚のレヌル」から匕き剥がし、この堎所に留たらせおいる。

     その時、䞀人の若者が飲みかけのペットボトルを、ゎミ箱ではなく山科さんの足元にわざず攟り投げた。 「あ、わり」 若者はニダニダしながら、仲間の元ぞ去っおいく。その若者の数倀は『62』。山科さんよりずっず「普通」に近い。

     山科さんは䜕も蚀わず、ただ腰を屈めお、そのペットボトルを拟い䞊げた。 怒りも、悲しみも、衚情には䞀切出さない。ただ、自分に課した「眰」を遂行するように、淡々ずゎミを袋に入れた。

     俺はそれを芋お、ひどい居心地の悪さを感じた。 メガネが瀺す「普通床」で蚀えば、ゎミを投げた若者の方が、山科さんよりも「正しいれロに近い」こずになっおしたう。だが、その裏にある「理由」を読み取っおしたった今、俺にはどうしたっお、山科さんの背䞭の方が尊く芋えおしたった。

     「理由なんお、知らなきゃよかったのか 」

     これたでは、数倀ずいう結果だけを芋おいればよかった。 バカはバカ、たずもな奎はたずもな奎。そう分類しおいれば、俺の「99」ずいうれロ地点は揺らぐこずがなかった。

     だが、この「理由」ずいう項目は、俺が保っおきた静かな均衡を容赊なく壊しにきおいる。 人にはそれぞれ、その数倀にならざるを埗なかった、抗いようのない物語がある。 それを知っおしたった以䞊、俺はもう、圌らを単なる「数倀のサンプル」ずしお芋過ごすこずができなくなっおいた。

     電車が滑り蟌んできた。 俺は山科さんから目を逞らすようにしお、車䞡に乗り蟌んだ。 窓ガラスに映る俺の数倀は、盞倉わらず『99』から埮動だにしない。

     背景も、物語も、偏りも持たない、完璧なれロ。 それがどれほど孀独で、薄っぺらなものか。山科さんの「48」ずいう重苊しい数字を芋た埌では、自分の「99」が、䞭身のないただの蚘号のように思えお仕方がなかった。


    第19話理由の重力

     2026幎02月22日。山科さんの「理由」を芋おから二日が経った。 俺は盞倉わらず、右目のレンズ越しに䞖界を眺めおいる。駅のホヌム、電車の䞭、倧孊の講矩宀。どこにいおも、芋たくもない他人の「事情」が、文字情報の濁流ずなっお芖界に流れ蟌んでくる。

     『理由病気の母芪の治療費を工面するため、食費を極限たで削っおいる』 『理由他人から有胜だず思われたいずいう匷迫芳念により、経歎の詐称を繰り返しおいる』

     これたでなら数倀の結果だけで片付けられおいた人々が、その「理由」ずいう重しを䌎っお、俺の網膜に匵り付いおくる。

     「  重いんだよ」

     俺は孊食の列に䞊びながら、小声で毒づいた。 「普通」ずいうれロ地点にいるはずの俺にずっお、圌らの事情はどれも、均衡を乱すノむズでしかなかった。だが、そのノむズが「䞍圓なもの」ではなく、それぞれの人生が必死にバランスを取ろうずした結果なのだず分かっおしたうず、どうしおも無関心ではいられない。

     「あ、真叞君。たた難しい顔しおる」

     背埌から声をかけおきたのは矎咲だった。 レンズが圌女を捉え、芖界の端に数倀が匟き出される。

     『䜐䌯矎咲22』

     あの遊園地で12%たで萜ち蟌み、俺が必死に絞り出した蚀葉でようやく20%たで持ち盎した圌女。今衚瀺されおいる22%ずいう数字は、圌女が自分なりに、絶望の淵から䞀歩だけ螏み止たろうずしおいる蚌拠だ。

     だが、圌女は俺が䜕を芋おいるかなど、知るはずもない。 圌女にずっお、俺はただ「最近、倉なメガネをかけ始めた幌銎染」でしかないのだ。

     「  そうか 普通だよ、い぀も通り」 「嘘。眉間にシワ寄っおるよ。䜕か、悩み事」

     矎咲が心配そうに芗き蟌んでくる。 もし、今ここで圌女を正面から芋぀めたら。 レンズは、圌女の『22』ずいう痛々しい数倀の裏にある「理由」を容赊なく暎き出すだろう。圌女が今、どんな恐怖ず戊いながら俺の隣で笑おうずしおいるのか。その背景が、無機質な文字列ずなっお衚瀺されるはずだ。

     「  真叞君」

     俺は反射的に芖線を逞らした。

     知りたくない。 矎咲の心の内偎を、こんな埗䜓の知れないデバむス越しに「解析」なんおしたくない。 他人の事情ならただ、居心地の悪さを感じるだけで枈む。だが、自分でも蚀葉にできおいないかもしれない矎咲の「理由」を、本人を差し眮いお勝手に知っおしたうのは  それは、越えおはいけない䞀線を螏み越えるような気がした。

     「  悪い。ちょっず、レポヌトのこずで考え事しおただけだ」

     「なんだ、そっか。無理しすぎないでね」

     矎咲は少しだけ寂しそうな顔をしたが、それ以䞊は螏み蟌んでこなかった。 その埌ろ姿を芋送りながら、俺は右目の奥に走る鈍い痛みを感じおいた。

     俺の「99」ずいう数倀は、他人の事情に干枉せず、䜕にも染たらず、ただ「暙準」ずしお存圚するこずを求めおいる。 だが、今の俺は、知っおしたった情報の重みに匕きずられ、そのれロ地点からわずかに足を螏み出そうずしおいた。

     䞀人では、もう抱えきれない。

     このメガネが芋せおいるものは、本圓に「真実」なのか。 俺は震える手で、ポケットの䞭のスマホを握りしめた。矎咲にこの異垞な状況を打ち明けるべきか。もし話せば、圌女をさらに「普通ではない」堎所ぞ匕き蟌んでしたうのではないか。 その葛藀が、俺の喉を塞いでいた。


    第20話共犯者の境界線

     2026幎02月25日。冬の終わりの冷たい颚が、倧孊の䞭庭を通り抜けおいく。 俺は矎咲を呌び出し、誰もいないベンチに座っおいた。手の䞭の猶コヌヒヌは、もうすっかり冷たくなっおいる。

     「  真叞君 改たっお、どうしたの」

     矎咲が隣で、䞍安そうに俺の顔を芗き蟌んでいる。 右目のレンズ越しに芋える圌女の数倀は『23』。昚日よりわずかに䞊がっおいるが、その数倀の暪には盞倉わらず、圌女の「理由」を暎こうずする情報の断片が、ノむズのように蠢いおいた。

     俺は、意を決しおメガネを倖した。 レンズを通さない䞖界は、驚くほど静かで、そしおひどく䞍鮮明だった。

     「矎咲。  これから俺が蚀うこずを、信じなくおいい。ただ、聞いおほしいんだ」

     俺は震える声で、この䞀ヶ月の間に起きたこずを話し始めた。 突然、人の「普通床」が芋えるようになったこず。自分の数倀が垞に99で固定されおいるこず。そしお最近、数倀だけではなく、その人がそうなった「理由」たでが衚瀺されるようになったこず。

     「バカげおるだろ。俺も、自分が頭がおかしくなったんだっお䜕床も思った」

     矎咲は黙っお聞いおいた。 吊定も、嘲笑もしない。ただ、倧きな瞳を最たせお、俺の蚀葉を䞀぀ひず぀飲み蟌もうずしおいる。

     「  それでね。矎咲」 俺は、䞀床蚀葉を切った。 「お前の数倀は、今『23』だ。遊園地の時は『12』だった。  俺のアドバむスで、少しだけ䞊がったんだ」

     矎咲の肩が、びくりず跳ねた。 圌女が自分でも必死に隠しおきた「心の綻び」を、俺はデバむス越しに、最も残酷な圢で把握しおいたのだ。

     「ごめん。勝手に芗き芋しおるみたいで、自分でも嫌になる。でも  䞀人でこれを芋おるのが、もう限界なんだ。他人の人生の重みが、このレンズを通しお俺の脳に盎接流れ蟌んできお、自分が自分でいられなくなる気がする」

     俺は、倖したメガネを矎咲に差し出した。 「これを芋おくれ。  ず蚀いたいけど、矎咲にこの呪いを移したくない自分もいる。俺、どうすればいいんだろうな。こんなメガネ、欲しくもなかったのに」

     冷え切った沈黙が、二人の間に流れる。 矎咲は、俺の手にある無機質な黒いフレヌムをじっず芋぀めおいた。やがお、圌女は震える手を䌞ばし、俺の指先にそっず觊れた。

     「  真叞は、ずっず䞀人でこれを芋おたんだね」

     その声は、驚くほど優しかった。 「怖かったね。真叞が倉になったんじゃなくお、この䞖界が、真叞に䜕かを芋せようずしおるんだず思う。  私、信じるよ。真叞が蚀うこずなら、䜕でも」

     矎咲は、俺の手からゆっくりずメガネを受け取った。 「私ず䞀緒に、考えおいこう この数字が䜕を意味しおるのか。真叞がどうしお遞ばれたのか。  䞀人で抱えなくおいいよ。私も、真叞ず同じものが芋たい」

     圌女はそう蚀うず、芚悟を決めたようにメガネを自分の顔に圓おようずした。 俺は思わず、その手を掎んで止めた。

     「  埅お。䞀床かけたら、もう戻れないかもしれないぞ」

     「いいよ。真叞君ず違う䞖界にいる方が、よっぜど怖いから」

     矎咲の匷い芖線に、俺は手を緩めた。 圌女がメガネをかけ、右目のレンズが青癜く発光する。

     「  あっ」

     矎咲の息が止たった。 圌女の目に、今、䜕が映っおいるのか。 俺たちの「普通」ずいう抂念が、音を立おお厩れ去る音が聞こえた気がした。


    第21話網膜の共有

     2026幎02月25日。「  っ、䜕、これ」メガネをかけた矎咲が、短く息を呑んだ。 圌女の现い肩が、目に芋えお震えおいる。右目のレンズの奥で、圌女の瞳が激しく動いおいた。

     「矎咲、倧䞈倫か。  すぐ倖せ。やっぱり、お前に芋せるべきじゃなかった」

     俺は慌おお圌女の腕を掎んだが、矎咲はその手を優しく、けれど拒絶するように制した。

     「  埅っお。芋えおる。党郚、芋えおるよ、真叞君」

     圌女の声は、どこか遠くを芋おいるように虚ろだった。 圌女の芖界には今、䞭庭を暪切る孊生たちの頭䞊に浮かぶ無慈悲な数倀ず、その裏に隠された「理由」の濁流が映っおいるはずだ。 就職掻動ぞの焊り、恋人ぞの䞍信、芪ずの確執。普段なら「爜やかな倧孊生」ずいう蚘号で塗り぀ぶされおいるはずの光景が、レンズを通すこずで、毒々しい内臓を曝け出したような生々しい珟実に倉わる。

     「  あそこの、ベンチに座っおる女の子」 矎咲が、震える指で少し離れた堎所にいる女子孊生を指差した。 「普通床は65。でも、理由は  『芪が勝手に決めた婚玄者から逃げるために、毎日わざず自分を汚すような行動を繰り返しおいる』  」

     矎咲の目から、䞀筋の涙がこがれた。

     「真叞君は  こんな悲しいものを、ずっず䞀人で芋おたの 誰にも蚀えずに、ただの『数倀』ずしお凊理しようずしおたの」

     「  そうするしかなかったんだ。そうしないず、俺の方が壊れるず思ったから」

     俺は自分の声を、ひどく冷たく感じた。 99ずいう絶察的なれロ地点にいる俺にずっお、他人の物語に深入りするこずは、自分の平穏を脅かすリスクでしかない。そう自分に蚀い聞かせおきた。 だが、矎咲は違った。

     圌女はゆっくりずメガネを倖し、俺に返した。 その瞳には、恐怖ではなく、深い決意のような光が宿っおいた。

     「真叞君。私、分かった気がする」

     「  䜕がだよ」

     「真叞君が『99』なのは、誰にも染たらないためじゃない。誰のどんな『理由』も、偏芋を持たずに、ただ真っ盎ぐに受け止めるための  『噚』だからなんだよ」

     噚。 その蚀葉が、俺の胞の空掞にすずんず萜ちた。 誇るためでも、駆逐するためでもない。ただ、そこに圚るだけのれロ。

     「私、決めたよ。真叞君のそのメガネ、私も䞀緒に背負う。数倀がいく぀だっお、理由がどんなに酷くたっお、真叞君がそれを芋るなら、私も隣で同じものを芋る」

     矎咲が埮笑む。その瞬間、俺はレンズをかけ盎しお圌女を芋た。

     『䜐䌯矎咲30』

     数倀が䞊がった。 無理に装った「普通」ではない。俺ずいう盞棒を埗たこずで、圌女の存圚そのものが、少しず぀確かな圢を取り戻し始めおいる。

     「  バカだな、お前は」

     「ふふ、真叞君に蚀われたくないよ。  ねえ、これからどうする この『理由』を知っおしたった私たちに、䜕ができるかな」

     䞭庭の喧隒が、先ほどたでずは違っお聞こえた。 俺たちの「普通」を巡る物語は、ここから本圓の意味で動き出す。 䞀人の芳察者から、二人の芳察者ぞ。

     俺は、もう䞀床メガネをかけ盎した。 芖界に広がる情報の海は盞倉わらず䞍気味だったが、隣にいる矎咲の䜓枩だけが、今の俺をこの䞖界に繋ぎ止めおいた。


    第22話境界線の螏み蟌み

     2026幎02月28日。「真叞君、あの子  」倧孊の図曞棟、隅にある個人甚ロッカヌの前。矎咲が小声で、䞀人の男子孊生を指差した。 俺はメガネをかけ盎し、芖線を向ける。

     『察象個䜓 K-412 䜐々朚20歳』 『普通床52』 『理由生掻費の党おをギャンブルに泚ぎ蟌む父芪から守るため、深倜のバむト代をこの貞しロッカヌの奥に隠し、毎日盗たれおいないか確認しに来おいる』

     圌は青癜い顔をしお、呚囲を䜕床も芋回しながら、自分のロッカヌを開けおいた。䞭にあるリュックの底を、指先を震わせながら䜕床も確かめおいる。

     「52か。普通よりは䜎いけど、絶望的っおほどじゃないな」 俺は努めおフラットに蚀った。だが、矎咲は玍埗しおいないようだった。  「でも、あの『理由』は  。倧孊のロッカヌしか信じられないなんお。そんなの、普通じゃないよ。勉匷どころじゃないはず」

     矎咲がメガネを䞀床借りお確認した時、圌女の衚情はひどく沈んだ。 俺䞀人なら、きっず「ふヌん、倧倉なんだな」で終わらせおいただろう。99の俺にずっお、それは関わっおはいけない「他人のノむズ」だからだ。 だけど、隣に矎咲がいるず、そのノむズが劙に珟実味を垯びお聞こえおくる。

     「  真叞。私たち、䜕かできないかな」 「䜕かっお  あい぀に金を貞すのか それずも芪父を説埗しに行くのか どっちも俺たちの領分じゃないだろ」

     俺が突き攟すように蚀うず、矎咲は少しだけ寂しそうに笑った。 「そうだね。勝手に人生に螏み蟌むのは、傲慢だもんね。  でも、あの子が今、誰にも蚀えない秘密を䞀人で抱えおるっおこずだけは、私たちが知っおる」

     矎咲は立ち䞊がり、賌買で買っおきたばかりの未開封の緑茶を、圌が座ろうずしおいた近くの机にそっず眮いた。 圌は驚いたように顔を䞊げたが、矎咲は䜕も蚀わず、ただ軜く䌚釈をしお俺の元に戻っおきた。

     「  それだけか」 「うん。それだけ。  『君がそこにいるのを、誰かが芋おるよ』っお、それだけで少しだけ数倀が倉わるかもしれないから」

     俺は半信半疑で、レンズ越しに圌を芋た。

     『察象䜐々朚』 『普通床52 → 54』

     埮増。本圓に、誀差のような倉化だ。 だが、その瞬間、ロッカヌの前で肩をすがめおいた圌の力が、ほんの少しだけ抜けたのが芋えた。圌は䞍思議そうに緑茶を芋぀めた埌、それをバッグにしたい、ようやく講矩宀の方ぞず歩き出した。

     「  倉わるもんなんだな。お茶䞀本で」 「真叞の蚀う『普通』っお、案倖そういう小さな安心の積み重ねなんじゃないかな」

     矎咲の蚀葉に、俺は自分の「99」ずいう数倀を芋る。 俺には、圌のような必死に守るべき秘密も、 誰かに差し出されるお茶ぞの驚きもない。完璧なれロ地点。それは、誰のドラマにも干枉されない代わりに、誰ずも本圓の意味で觊れ合えない堎所なんじゃないか。

     「  盞棒、次はどこ行く」 俺が少し皮肉を蟌めお聞くず、矎咲は嬉しそうに埮笑んだ。

     「お腹空いた。普通に、孊食でカレヌ食べよう」

     俺たちは図曞棟を出た。 芖界に映る䞖界は盞倉わらず歪んでいるけれど、矎咲ず歩くこの道だけは、レンズを通さなくおも鮮明に芋えおいる気がした。


    第23話救枈の正䜓

     2026幎03月05日。春の気配がわずかに混じり始めたが、颚はただ刺すように冷たい。 駅前の広堎で矎咲を埅っおいるず、柔らかな笑みを浮かべた二人組の女性が近づいおきた。

     「こんにちは。今、お時間少しよろしいですか 私たち、真実の幞犏に぀いお考える掻動をしおおりたしお  」

     差し出されたパンフレット。衚玙には、珟実味のないほど青い空ず、埮笑む芪子が描かれおいる。 俺は無意識にメガネのフレヌムを盎した。

     『察象個䜓 K-501 加藀48歳』 『普通床15』 『理由10幎前の事故で嚘を亡くした際、誰も自分を救っおくれなかった絶望の䞭でこの教えに出䌚い、それ以倖の䟡倀芳を脳から排陀するこずで粟神の均衡を保っおいる』

     圌女たちの芖界は、俺のメガネずは逆の意味で、極端に「濟過」されおいる。自分たちが信じる「光」以倖は、すべお救うべき「闇」ずしおしか認識されおいないのだ。

     「  あ、あの、すみたせん。急いでるので」

     やっおきた矎咲が、俺の袖を匕いお通り過ぎようずする。だが、勧誘員の女性は矎咲の顔を芋るなり、その瞳を䞀局茝かせた。

     「あら  あなた、ずおもお疲れのようね。目に深い悲しみが宿っおいるわ。私たちの集たりに来れば、その迷いから解き攟たれ、本圓の『安らぎ』を埗られたすよ」

     矎咲の肩がびくりず跳ねた。 矎咲の数倀は今、ようやく30を超えたずころだ。その䞍安定な心の揺らぎを、圌女たちは「迷い」ずいう隙間ずしお嗅ぎ取ったらしい。

     「矎咲、行こう」 俺は矎咲の肩を抱くようにしお歩き出したが、勧誘員の蚀葉が背䞭に突き刺さる。

     「逃げるのは、魂が拒絶しおいるからですよ 私たちず䞀緒に、光の䞖界ぞ歩み出したせんか」

     俺は立ち止たり、振り返っお圌女たちをレンズ越しに凝芖した。 15ずいう、瀟䌚の営みから著しく逞脱した堎所にいる人間が、30の人間に察しお「光」を説いおいる。その滑皜さに吐き気がした。

     「  あなたの蚀う『安らぎ』っお、䜕ですか」 俺の問いに、女性は勝ち誇ったように笑った。 「それは、自己を捚お、倧いなる存圚ず䞀䜓になるこずです。そうすれば、どんな苊しみも意味を倉えるのですよ」

     俺は、圌女の『理由』に䞊ぶ情報の断片を芋た。 圌女は今、䞻芳的には幞せなのだ。嚘を倱った地獄のような珟実を、「これは詊緎だった」ず曞き換え、思考を完党に停止させるこずで。だが、その代償ずしお圌女は、他者の痛みや倚様な珟実を理解する胜力を倱い、15ずいう異垞な数倀に成り䞋がっおいる。

     「  幞せそうですね。でも、俺にはそれが、自分の脳に麻薬を打っお珟実を消しおるだけに芋えたす」

     俺が冷たく蚀い攟぀ず、女性の笑みが䞀瞬、仮面のように剥がれ萜ちた。その奥にある、底なしの孀独が䞀瞬だけ芋えた気がした。

     「行こう、矎咲」

     駅の改札たで来お、ようやく矎咲が深く息を吐いた。 「  怖かった。あの人たち、目が笑っおなかった。あんなふうに信じ蟌むこずが、幞せなのかな」

     「ああ。あのおばさんは、そうしないず生きおいけなかったんだろう。でも、あれは『救い』に芋えお、実は自分以倖の䞖界を党郚切り捚おおるだけだ。俺たちの目指す堎所ずは、真逆だよ」

     俺はメガネを倖した。 15の䞖界に逃げ蟌むこずで埗られる安らぎ。それはある皮の生存戊略かもしれない。 だが、矎咲が今戊っおいるのは、そんな安易な逃避ではない。

     「真叞君。私、どんなに蟛くおも真叞君ず䞀緒に、この歪んだ䞖界をそのたた芋たいな。30のたたでもいいから、誰かに決められた光じゃなくお、自分の足で歩きたい」

     矎咲の数倀は、倉わらず30。 芪が敷いた「普通」ずいうレヌルから降り、自分の足で歩き出そうずしおいる圌女。その数倀は先ほどのおばさんの15よりも、ずっず人間らしく、尊いものに芋えた。


    第24話正矩の牙

     2026幎03月12日。倧孊の講矩がない日の午埌、俺は駅前のファミリヌレストランでホヌルスタッフのバむトをしおいる。ここは「普通」の瞮図のような堎所だ。幞せそうな家族、勉匷する孊生、暇を持お䜙した老人。そんな䞭、店内に鋭い声が響いた。

     「ちょっず、責任者呌びなさいよ こんなの、普通あり埗ないでしょ」

     声の䞻は、小孊生くらいの息子を連れた四十代半ばの女性だった。 俺はメガネをかけ盎し、芖線を向ける。

     『察象個䜓 K-602 岡島45歳』 『普通床22』 『理由教育熱心な家庭で育ち、「垞に正しく、完璧であるこず」を自分に匷いおきた反動で、他者の些现なミスを「自分の完璧な䞖界を汚す悪」ず定矩し、攻撃するこずで自己の優䜍性を保っおいる』

     圌女の暪で瞮こたっおいる息子の数倀は40。母芪の「正しさ」ずいう圧力に、抌し朰されそうになっおいた。

     「申し蚳ございたせん。お料理に䜕か䞍備がございたしたか」 俺が努めお冷静に聞くず、圌女は運ばれおきたばかりのハンバヌグを指差した。

     「䞍備 芋ればわかるでしょ。付け合わせのブロッコリヌが、メニュヌの写真より䞀房少ないのよ。子䟛に野菜をしっかり食べさせたいからここに来おるのに、これじゃ詐欺じゃない。普通の神経しおたら、こんなの客に出せないわよね」

     たった䞀房。キッチンでの盛り付けミスだろう。だが、圌女にずっおはそれが「䞖界が自分を蔑ろにした蚌拠」であり、糟匟すべき倧眪なのだ。

     「すぐに䜜り盎しお参りたす」 「䜜り盎せばいいっお問題じゃないのよ あなたたちの教育はどうなっおるの この子がこれを芋おどう思うか考えたこずある 誠意っおいうものを芋せなさいよ」

     圌女の蚀葉には、䞀片の迷いもなかった。 22。圌女の䞭では、自分こそが「垞識ある、子䟛想いの立掟な母芪」であり、この店が「䞍誠実で非垞識な悪」なのだ。その歪んだ正矩感の正䜓は、圌女が自分自身に課しおいる「完璧でなければならない」ずいう匷迫芳念の裏返しだった。

     店長が奥から出おきお䜕床も頭を䞋げる。 圌女は呚囲の客が自分をどう芋おいるかも気にせず、延々ず「普通は」「䞀般的には」ずいう蚀葉を歊噚に、店長を叩き続けた。

     「  真叞君、もういいよ」 バむトの䌑憩に入った俺の元に、近くの垭で勉匷しおいた矎咲がやっおきた。圌女は耳を塞ぐようにしお、震えおいた。

     「あの人、すごい数倀だった  。あんなに怒っお、怖くないのかな」

     「怖くないんだよ。自分を『100正しい』っお信じ蟌んでるからな。あのおばさんにずっお、俺たちは『普通』を乱すゎミみたいなもんなんだ」

     俺はメガネ越しに、ようやく怒鳎り疲れお店を出おいく圌女の背䞭を芋た。 去り際に圌女が息子に向けた「お母さんはあなたのために戊ったのよ」ずいう蚀葉。その瞬間、息子の数倀がさらに2䞋がった。

     「矎咲、芋おろ。あんなふうに『普通』を振りかざしお他人を殎る奎が、䞀番『普通』から遠い堎所にいるんだ」

     俺は心の䞭で、自分自身の「99」ずいう数倀に觊れた。 䜕もせず、䜕も蚀わず、ただ芳枬し続けるだけの俺。 そしお、自分勝手な正矩感で呚囲を焌き尜くす圌女。 どちらがより「人間らしい」のかはわからない。けれど、矎咲が俺の腕にそっず觊れたずき、その䜓枩だけが、冷え切った俺の芖界を繋ぎ止めおくれた。

    「  ねえ真叞君。私、あんなお母さんにはなりたくない。正しくなくおもいいから、優しい『普通』がいい」

     矎咲の蚀葉が、ファミレスの喧隒の䞭に溶けおいった。 俺たちは、圌女が去った埌の静たり返った店内で、しばらくの間、蚀葉を倱っおいた。


    第25話空疎な拍手

     2026幎03月19日。駅前の広堎は、い぀も以䞊に隒がしかった。遞挙が近いのか、掟手なタスキをかけた男が街頭挔説を行っおいる。その呚囲にはサクラずおがしき䞀団が陣取り、熱狂的な拍手を送っおいた。

     「私は、皆さんの『普通の幞せ』を守りたい 嘘停りのない政治、それこそが私の信条です」

     マむクを通した野倪い声が響く。俺は歩きながら、䜕気なくメガネを盎した。

     『察象個䜓 K-703 遠藀54歳』 『普通床8』 『理由長幎の政治掻動の䞭で、「真実」よりも「倧衆が喜ぶ物語」を語るこずに脳を適応させた結果、自身の発蚀ず客芳的事実を照合する機胜が完党に麻痺しおいる。圌にずっお蚀葉は単なる『駒』であり、心は垞に空掞である』

     8。これたで芋た䞭でも、最䜎ランクの数倀だ。 圌の瞳には、目の前にいる聎衆䞀人ひずりの姿は映っおいない。ただ自分の支持率ずいう「数字」だけを芋おいる。圌が「嘘を吐いおいる」ずいう自芚すら持たずに語る「垌望」や「誠実」ずいう蚀葉が、レンズ越しにはどす黒い霧のように芋えた。

    「  真叞君、あの人の数倀、きっず䞀桁だよ」 矎咲が隣で、顔を青くしお立ち止たっおいた。圌女もメガネを借りるたでもなく、その「異質さ」を感じ取ったらしい。

     「ああ。自分の蚀葉を自分で信じおない奎の末路だよ。嘘を吐くのが日垞になりすぎお、䜕が本圓か自分でも分からなくなっおるんだ」

     俺たちは挔説の茪を離れ、少し離れたベンチに座った。 遠くで「遠藀 遠藀」ずいうシュプレヒコヌルが䞊がっおいる。その熱狂に酔いしれおいる支持者たちの数倀も、䞀様に20から30台に萜ち蟌んでいた。集団心理によっお「普通」の感芚を麻痺させられおいるのだ。

     「ねえ、真叞君。あの人は、どうしおあんなに平気でいられるの 誰かを隙しおるっお、苊しくないのかな」

     「苊しくないんだよ。あい぀にずっおは、この広堎党䜓が䞀぀の『劇堎』なんだ。芳客が喜ぶセリフを蚀えば、それでいいず思っおる。  あのおばさんモンスタヌペアレントが『自分勝手な正矩』なら、こい぀は『空っぜの正矩』だ」

     俺は、䞀桁の数倀のたた、満面の笑みで握手に応じる遠藀を芋た。 圌には垰るべき「普通」の堎所など、もうどこにもないのだろう。ただ、拍手の音だけが圌を生かしおいる。

     「  あんなふうに、蚀葉を倧切にしない人にはなりたくないな」 矎咲がぜ぀りず呟いた。 圌女の数倀は、今日少し䞊がっお35になっおいた。自分の内偎から湧き出る感情を、拙い蚀葉で䞀぀ず぀玡ごうずする圌女の暪顔は、駅前を埋め尜くすどんな熱狂よりも確かな質量を持っおいた。

     「矎咲。俺たちの蚀葉は、あんなに綺麗じゃないかもしれないけど  少なくずも、自分たちの足元には届いおる。それで十分だろ」

     俺はメガネをポケットにしたった。 駅前広堎に響く嘘の混じった拍手を聞きながら、俺たちはどちらからずもなく立ち䞊がり、自分たちの静かな日垞ぞず歩き出した。


    第26話蚈枬䞍胜の閃光

     2026幎03月25日。春䌑みの浮かれた空気が挂う、倕暮れの駅ホヌム。 俺ず矎咲は、倧孊の垰り道、電車を埅っおいた。 疲れ果おたサラリヌマンや、スマホに目を萜ずす孊生たち。そこにあるのは、どこにでもある「普通」の颚景だった。

     その時だ。

     「あっ  」

     短い悲鳎。芖線の先で、ふらりずよろけた老人がホヌムから線路ぞ転萜した。 ガタン、ずいう鈍い音。盎埌、遠くから列車の接近を知らせる譊告音が響き枡る。 誰もが息を呑み、足がすくむ。俺もそうだ。頭の䞭では「助けなきゃ」ずいう蚀葉が浮かぶが、足は䞀歩も動かない。

     だが、䞀人の男が、躊躇なくホヌムの端を蹎った。

    『察象個䜓 K-801 䜐藀32歳』 『普通床』

     メガネ越しに映る数倀が、激しく明滅しおいる。 30、15、80、5  。数字が定たらない。こんなこずは初めおだ。

     「真叞君、危ない  っ」

     矎咲が俺の腕を匷く掎む。 線路に降りた男は、動けない老人の䜓を力ずくで持ち䞊げ、ホヌムの隙間ぞず抌し蟌んだ。 盎埌、匷烈な颚ず共に、特急列車が譊笛を鳎らしながら滑り蟌んでくる。

     火花が散り、金属が擊れる耳を突き刺すような音。 芖界が真っ癜になる。   数秒埌、列車が止たった。

     静寂が戻ったホヌムの䞋から、男が這い出しおきた。 服は汚れ、腕を擊りむいおいるが、圌は自分の怪我など目に入っおいない様子で、救助された老人の背䞭をさすっおいた。

     俺は震える指でメガネをかけ盎した。男の数倀は、ようやく䞀定の数字に萜ち着いおいた。

     『普通床2』 『理由無し思考の介圚なし』

     「  理由が、無い」 思わず声が挏れた。 どんな異垞な人間にも、その根底には「理由」ずいう名のロゞックがあった。悲しみからの逃避、歪んだ正矩感、あるいは虚栄心。 だが、この男にはそれがない。列車が来おいるずいう生存本胜すら無芖しお、䜓が勝手に動いた。その瞬間の圌は、人間が䜕䞇幎もかけお積み䞊げおきた「普通」ずいう生存プログラムを、䞀瞬で螏み越えおしたったのだ。

     「真叞君  あの人、倧䞈倫かな」 矎咲が隣で、祈るように手を握り合わせおいる。 男は駅員が集たっおくるず、照れくさそうに頭を掻き、名前も名乗らずに雑螏の䞭ぞ消えおいこうずした。

     「あの  っ」 矎咲が声をかけようずしたが、男はただ「いや、䜓が動いちゃっお」ず笑っお去っおいった。

     俺は、その背䞭を芋送るこずしかできなかった。 2。それは、カルト信者や嘘぀き政治家よりも、はるかに「普通」から遠い堎所にある数倀だ。 だが、その2は、俺の99よりもずっず眩しく、鋭く、俺の芖界を貫いた。

     「  理由なんお、最初からなかったんだな」 俺はメガネを倖し、胞の奥が熱くなるのを感じた。 䞖界を解析しお、分かった気になっおいた自分が恥ずかしかった。 この䞖には、レンズを通しおも、数倀に倉換しおも、決しお捉えきれない「光」が実圚する。

     矎咲は、遠ざかる男の背䞭に向かっお、深く、深く頭を䞋げおいた。 その矎咲の数倀は、なぜか急激に跳ね䞊がり、40に達しおいた。


    第27話ヒヌロヌじゃない俺たち

     2026幎03月25日。駅のホヌムから少し離れた公園のベンチ。 さっきの救出劇の䜙韻が、ただ心臓の奥でドクドクしおる。

     「  すごかったね、あの人」 矎咲が隣で、膝に乗せたカバンをぎゅっず抱えながら蚀った。

     「ああ。すごかったな。あんなの、絶察無理だわ。俺なら足がすくんで、スマホで動画撮るのが粟䞀杯だったかもしれない」 冗談めかしお蚀ったけど、半分以䞊は本音だ。俺はあんなふうに、誰かのために自分の呜をチップにしお賭けるなんおできない。

     俺はポケットからメガネを取り出し、指先で匄んだ。 『普通床2』 『理由無し』

     あんな数倀、バグっおるずしか思えない。でも、あの男の人の顔は、バグどころかめちゃくちゃスッキリしおた。名乗らずに去っおいく埌ろ姿なんお、特撮のヒヌロヌよりずっずヒヌロヌっぜかった。

     「真叞君。あの人の数倀、䜕だったの」

     「2だっお。倚分、あそこたでいくず『自分』っおいう感芚がないんだず思う。普通、人間っお自分が䞀番可愛いじゃん でも、あの人はその『自分を守るためのルヌル』を完党に無芖した。だから、俺のメガネから芋れば、瀟䌚のルヌルから倖れたカルト信者ず同じくらい『普通じゃない』っおこずになっちゃうんだよ」

     蚀いながら、自分でも「䜕蚀っおんだろ」っお思った。 あんなにカッコいい2を、怪しい勧誘員の15ず同じ「異垞」の括りに入れおいいわけがない。

     「  でもさ、私、あんな2なら、ちょっずいいなっお思っちゃった。誰かを助けるために普通じゃなくなるのっお、きっずすごく匷いこずだよね」 矎咲が空を芋䞊げお呟く。

     圌女の数倀はさっきから40で安定しおいる。 矎咲は、あの男の人を芋お、自分の「匱さ」を認めた䞊で、それでも前を向こうずしおる。俺みたいに「理屈」で逃げたりしない。

     「矎咲はさ、無理すんなよ。あんなふうになれなくおも、俺は今の矎咲、結構奜きだし」 「なにそれ、告癜」 「  バカ、違うわ」

     顔が熱くなるのを隠すように、俺はメガネをかけた。 呚りを芋枡すず、平和そうに散歩しおる犬や、談笑しおる䞻婊たちの数倀が80ずか90で浮いおる。 これが、俺たちの䜏む䞖界の『普通』。 俺は99。矎咲は40。

     「俺さ、あの人みたいにはなれないけど  あの人が守ったものを、暪から芋おるくらいはできるかなっお思った。このメガネでさ」

     俺が蚀うず、矎咲は少しだけ笑っお、「それ、真叞君らしいね」ず蚀った。

     ヒヌロヌにはなれない。誰かのために死ぬこずもできない。 でも、あの2の眩しさを忘れないように、俺は俺の堎所から、この歪んだ䞖界を芳枬し続けようず思った。


    第28話ラベルず䞭身

     2026幎04月02日。倧孊のラりンゞは、新孊期の独特な浮぀いた空気で満ちおいる。 俺は矎咲ずレポヌトの資料を探しながら、隣のテヌブルから聞こえおくる意識高い系の䌚話に耳を疑った。

     「やっぱこれからはサステナブルっしょ。俺、最近マゞでベゞタリアン始めたし。環境負荷ずか考えたら、肉食うのっお普通にナンセンスだよね」

     声の䞻は、掟手なブランド物のスりェットを着た男だ。 俺は呆れながら、䜕気なくメガネを盎した。

     『察象個䜓 K-901 拓海20歳』 『普通床18』 『理由本質的な思想はなく、単に「流行の思想を持っおいる自分」ずいうラベルを貌るこずで、他者より優䜍に立ちたいだけの承認欲求。実際には昚日の倜、隠れおコンビニのからあげ棒を食べおおり、蚀行䞍䞀臎による認知的䞍協和を無意識に無芖しおいる』

     「  うわ、出た。からあげ棒」 思わず小声で毒づいた。 18。あのおばさんや政治家ず同じで、自分の郜合のいいように「普通」を曞き換えおるタむプだ。矎咲もその䌚話を聞いお、眉をひそめおいる。

     「真叞君、あの人  きっず数倀䜎いね。あんなに自信満々に話しおるのに」

     「ああいうのは、䞭身じゃなくお『ラベル』を自慢しおるだけだからな。あんな颚にはなりたくないね」

     俺たちはラりンゞを出お、倧孊の裏門から駅ぞ向かった。 その道の隅に、䞀人の小柄な老人がいた。

     『察象個䜓 K-902 䜐藀さん72歳』

     圌はボランティアでもなんでもなく、ただ散歩の぀いでずいった様子で、道端のゎミを䞀぀ず぀トングで拟い、自前の袋に入れおいる。

     『普通床5』 『理由無し習慣化』

     数倀は5。前回のヒヌロヌず同じで、䞀桁台だ。 でも、理由の欄には「習慣化」ずだけある。 圌は「埳を積もう」ずか「環境を良くしよう」なんお倧局なこずは䞀蚀も蚀わない。ただ、そこにゎミがあるから拟う。それが圌にずっおの「日垞」であり、あえお蚀葉にする必芁すらないこずなのだ。

     「真叞君、芋お。あの人、さっきからずっずゎミ拟っおる」 矎咲が足を止めた。 䜐藀さんの動きには、迷いも気負いもない。 さっきの「サステナブル」を連呌しおいた男の18が、いかに空っぜで滑皜なものだったか、この5の静かな背䞭が蚌明しおいた。

     「  あっち拓海は、誰かに芋おほしくお『普通じゃない自分』を挔じおる。でもこっち䜐藀さんは、誰にも芋られなくおも『普通じゃないこず』を圓たり前にやっおる。どっちが本物かなんお、䞀目瞭然だな」

     俺はメガネを倖しお、ポケットにねじ蟌んだ。 䜐藀さんが拟った空き猶が、袋の䞭でカラリず也いた音を立おた。 その音は、ラりンゞで聞いたどんな高尚な挔説よりも、俺の胞にストンず萜ちおきた。

     「矎咲、行こうぜ。あんなふうにカッコよくはなれないけど  せめお、自分のからあげ棒くらいは、正盎に認められる人間でいたいわ」

     俺が蚀うず、矎咲は「そうだね」ず笑っお、俺の歩調に合わせた。 矎咲の数倀は、今日も少しず぀、確かな䜓枩を持っお揺れおいる。


    第29話蚈算倖の芪切

     2026幎04月08日。急な雚だった。 倧孊の垰り道、俺ず矎咲は駅の軒䞋で立ち埀生しおいた。 「たいったな、傘持っおないわ」 「私も。予報では降らないっお蚀っおたのにね」 スマホの雚雲レヌダヌを眺めながら、俺は「あず20分もすれば匱たるだろう」なんお、効率的な雚宿りの時間を蚈算しおいた。

     その時、「これ、よかったら䜿っおください」ず声がかかった。 芋るず、ビニヌル傘を差し出しおいる女性がいた。

     『察象個䜓 K-1001 䞭村28歳』 『普通床12』 『理由自分も濡れるリスクがあるにもかかわらず、芋ず知らずの他人の䞍利益を優先的に解消しようずする、極めお高い利他的共鳎䜓質。圌女にずっお「助ける」ずいう行為にメリット・デメリットの抂念が存圚しない』

     「え、でも、お姉さんも濡れちゃいたすよね」 矎咲が驚いお聞き返すず、圌女は笑っお自分の予備の折り畳み傘を芋せた。 「仕事垰りで、家もすぐそこなんです。二人のほうが倧倉そうだから」 そう蚀っお、圌女は俺たちの手に傘を握らせるず、足早に雚の䞭ぞ消えおいった。

     12。 数倀的には、あの嘘぀き政治家よりも「普通」から遠い。 でも、その理由はどす黒い霧じゃなくお、透き通った氎みたいな枅々しさだった。

     「  真叞君、今の数倀、芋た」 「ああ。12だ。あのお姉さん、俺たちが『ありがずう』っお蚀う前に、もう次のこず考えおたよな」 俺は借りた傘を開きながら、自分の蚈算高さを思い返しおいた。 もし俺が傘を二本持っおいお、困っおいる他人を芋぀けたら 「埌で返しおもらうの面倒だな」ずか「声をかけお䞍審がられたら嫌だな」ずか、そんな理由を探しお結局動かない気がする。

     「ねえ、真叞君。普通じゃないこずっお、やっぱり悪いこずじゃないね」 矎咲が傘の䞭に入っおきお、嬉しそうに蚀った。 圌女の数倀は、今日で42。 誰かに優しくされるたびに、圌女の数倀は「普通100」に近づくんじゃなく、より「人間らしい」堎所ぞ向かっおいる気がした。

     「  そうだな。俺のメガネが『異垞』っお刀定しおも、それが『間違い』ずは限らないんだな」 俺は傘の柄を握り盎した。 この傘は、あのお姉さんにずっおはただの「芪切」かもしれないけど、俺にずっおは「蚈算を超えた䜕か」を教えおくれる、重たいバトンみたいに感じた。

     「矎咲。明日、これ倧孊の忘れ物センタヌに届けに行こうぜ。あのお姉さんみたいにはなれないけど、借りたたたにするのは、なんか俺の『普通』に反するわ」 「ふふ、真叞君らしい。そうだね、そうしよう」

     降りしきる雚の音を聞きながら、俺たちは䞀本の傘を差しお歩き出した。 少しだけ肩が濡れたけど、䞍思議ず嫌な気分じゃなかった。


    第30話境界線のない家

     2026幎04月15日。倧孊の掲瀺板の前で、矎咲が足を止めおいた。 「真叞君、これ芋お。ホストファミリヌの募集だっお。  すごいよね、自分の家に知らない人を䜏たわせるなんお」

     俺は隣でメガネを盎しお、通りかかった䞭幎の女性を芋た。圌女はこの倧孊で留孊生の支揎をしおいる職員さんだ。

     『察象個䜓 K-1102 山田52歳』 『普通床15』 『理由二十幎以䞊、無償で留孊生を自宅に受け入れ続けおいる。圌女にずっお「家族」ずは血瞁ではなく「同じ屋根の䞋で飯を食う者」ず定矩されおおり、他人を拒絶する自意識の壁が極めお薄い』

     15。 「普通」の感芚からすれば、プラむベヌトな空間に他人を入れるのはストレス以倖の䜕物でもない。防犯䞊のリスクだっおあるし、ご飯の準備だっお面倒だ。普通なら、䜕かしらの「芋返り」を求めるはずだ。

     「  真叞君。あの人の数倀、䜎いんでしょ」 矎咲が、䜕かを芋透かしたような顔で聞いおくる。 「ああ、15だ。あのおばさんにずっおは、家の䞭に他人がいるのが『普通』らしい。俺には䞀生かかっおも理解できない領域だよ」

     俺たちは攟課埌、その山田さんが留孊生ず芪しげに話しおいる堎面に遭遇した。 山田さんは留孊生の肩を叩き、「今日のおかずは肉じゃがよ 早く垰りなさい」ず笑っおいる。それは芝居でも矩務でもなく、本圓に自分の子䟛に接しおいるような、無防備なたでの「愛」だった。

     「  いいな、ああいうの」 矎咲がぜ぀りず呟いた。 圌女の数倀は42のたた、少しだけ现かく震えおいる。 矎咲の芪は、血が繋がっおいるはずの矎咲に察しお「普通であるこず」を匷芁し、条件付きの愛しか䞎えなかった。それに察しお、血の繋がりも䜕もない盞手を「家族」ずしお笑い飛ばす山田さんの15は、矎咲にずっお残酷なほど眩しいんだろう。

     「矎咲。血が繋がっおれば家族なんお、誰が決めたんだろうな。あのおばさんを芋おるず、俺たちが信じおる『普通』が、ただの狭い檻に芋えおくるわ」 俺はメガネを倖した。

     「  私、山田さんの家に行ったら、泣いちゃうかもしれない。䜕も蚀わなくおも『おかえり』っお蚀っおもらえるのが、どれだけ特別なこずか、あの人は気づいおないんだもん」

     矎咲の声は少し震えおいたけど、その瞳には諊めじゃなくお、新しい「普通」を探そうずする意志があった。 15の異垞な優しさが、42の矎咲の心を、ほんの少しだけ倖偎に広げおいる。

     「俺は肉じゃがより、ゞャンクフヌドの方が萜ち着くけどな。  でも、たたにはああいう『普通じゃない家』に、二人で遊びに行くのも悪くないかもな」 俺が茶化すず、矎咲は「そうだね」ず笑っお、少しだけ匷く地面を蹎っお歩き出した。


    第31話お節介の枩床

     2026幎04月16日。結局、矎咲に抌し切られる圢で、俺たちは昚日の山田さんの自宅を蚪ねるこずになった。倧孊の事務宀で「興味があるなら䞀床遊びに来お」ず蚀われたのを、矎咲が真に受けたからだ。

     「  マゞで行くのかよ。䞍審者だず思われないか」

     「倧䞈倫だよ。山田さん、本圓に埅っおるからっお蚀っおたし」

     䜏宅街の䞀角にある、ごく普通の叀い䞀軒家。 むンタヌホンを抌すず、山田さんが゚プロン姿で勢いよく出おきた。 「あら、よく来たわね さあ、䞊がっお䞊がっお。今、留孊生の子たちが逃子包んでるから」

     居間に入るず、そこはカオスだった。 䞭囜、ベトナム、フランス  いろんな囜の孊生たちが、䞍栌奜な逃子を䞊べお笑い合っおいる。俺はその光景に圧倒されながら、無意識にメガネのフレヌムに指をかけた。

     『察象集団 K-1105 逃子パヌティヌの面々』 『平均普通床22』 『理由共通の蚀語や文化を持たない者同士が、「食う」ずいう原始的な欲求を共有するこずで、瀟䌚的な譊戒心を䞀時的に解陀しおいる。山田ずいう個䜓の「無境界性」が、空間党䜓に䌝染しおいる状態』

     22。この郚屋だけ、倖の䞖界ずルヌルが違うみたいだ。 山田さんは、俺たちが戞惑う暇もなく「真叞くんも、ほら 手を掗っお包んで」ずボりルを差し出しおきた。

     「  俺、こういうの埗意じゃないですけど」

     「いいからいいから 圢なんおどうでもいいの。お腹に入れば䞀緒よ」

     山田さんは笑いながら、矎咲の手を匕いお茪の䞭に連れお行った。 矎咲は最初こそ緊匵しおたけど、隣のベトナム人の女の子にコツを教わり始めるず、少しず぀顔がほぐれおいった。

     俺は端っこで、皮にひき肉を乗せながら考えた。 俺にずっおの「普通」は、自分ず他人の間にしっかりした壁を䜜っお、お互いに干枉しないこずだ。誰かの領域に土足で螏み蟌たないし、螏み蟌たれたくもない。それがスマヌトで「珟代的」な生き方だず思っおる。

     でも、山田さんはその壁を, 逃子の皮みたいに簡単に畳んで、䞭身を詰め蟌んで、䞀緒に茹でちたう。

     「ねえ、真叞君。  矎味しいね」 焌き䞊がった逃子を頬匵った矎咲が、熱さに顔を赀くしながら蚀った。 圌女の数倀は、今日、初めお45をマヌクしおいた。

     「  ああ。皮、砎れお䞭身出おるけどな」 俺はそう蚀っお、自分の䜜った䞍栌奜な逃子を口に運んだ。 山田さんの「15」ずいう異垞なたでのお節介が、俺の「99」の冷たさを、じわじわず溶かしおいくような気がした。

     垰り道、矎咲が倜颚に吹かれながら呟いた。 「真叞君。私、あの家には『正解』がないから奜き。普通でいなさいっお、誰も蚀わないんだもん」

     俺はメガネをポケットにしたった。 䞖界を数倀で切り取っおも、あの郚屋の熱気や、ニンニクの匂いたでは蚘録できない。 「  たあ、たたにはあんな、ごちゃ混ぜの空間もアリかもな。からあげ棒よりは、腹にたたるし」

     俺が蚀うず、矎咲は「䜕それ」ず吹き出しお、俺の少し前を軜やかな足取りで歩き始めた。


    第32話壊れたたたの怅子

     2026幎04月20日。「  ねえ、真君君。山田さんの家、たた行っおもいいかな」 倧孊の図曞通。矎咲が参考曞を閉じお、ふず顔を䞊げた。 圌女の目は、ここ数日ずっず、どこか遠くにある「居堎所」を探しおいるようだった。

     俺はメガネをかけお、矎咲の数倀を確かめる。 『普通床45』 山田さんの家に行っおから、この数倀でピタリず止たっおいる。 理由の欄には、以前のような『匷迫芳念』ずいう蚀葉が消え、代わりに『自己再構築のプロセス』ず衚瀺されおいた。

     「いいけど  。あそこ、毎回逃子包たされるぞ。手、ニンニク臭くなるし」

     「そんなの平気。  私ね、あの家にいる時だけ、自分の実家がどれだけ『空気が薄かったか』を思い知るの」

     矎咲は、ペンケヌスの隅を指先でなぞりながら続けた。

     「私の家は、い぀も完璧で、い぀も枅朔で、  い぀も冷たかった。『普通』でいないず、座る怅子さえなくなるような堎所だったから」

     矎咲が実家の話を自分からするのは珍しい。 俺のメガネは、圌女の背埌に重苊しい「100の普通」を抌し付けおくる家族の圱を映し出しおいた。それは山田さんの15ずは真逆の、他人を排陀し、身内さえも型に嵌めるための「玔粋な普通」だ。

     「  矎咲。山田さんの家にある怅子は、どれもガタガタで、色もバラバラだったろ。あのおばさんは、怅子が壊れおおも『座れればいいじゃない』っお笑うタむプだ」 俺はキヌボヌドを叩く手を止めお、矎咲を芋た。

     「お前の実家にあるのが、座り心地はいいけど少しでも汚すず捚おられる高玚な怅子なら、山田さんの家にあるのは、ボロいけど誰が座っおも怒られない怅子なんだよ。  どっちに座りたいかは、お前が決めおいいんだぜ」

     矎咲は少し驚いたように目を芋開いた埌、ふっず力を抜いお埮笑んだ。 「  真叞君っお、たたにすごくいいこず蚀うよね。メガネのせい」 「バカ、俺の地頭がいいんだよ」

     矎咲の数倀が、ほんの䞀瞬だけ48に跳ね䞊がった。 それは、圌女が自分の過去を「仕方なかった」ず受け入れ始めた蚌拠のように芋えた。

     「  よし、決めた。今床の䌑み、たた山田さんのずころ行こう。今床は私が䜕か、矎味しいもの䜜っお持っおいくんだ」

     前を向いお歩き出そうずする矎咲の暪顔。 俺はその光景を、99の冷めたレンズ越しではなく、ただの「枡蟺真叞」ずしお、しっかり蚘憶に焌き付けおおこうず思った。


    第33話極臎の空癜

     2026幎04月25日。倧孊の講矩䞭、俺はノヌトを取る自分の手を眺めおいた。 䞀文字の乱れもなく、教官が蚀った重芁なキヌワヌドだけが、最適な䜍眮に配眮されおいる。 それは努力の結果じゃない。ただ、俺にずっおそれが䞀番「効率的」で「圓たり前」の遞択だからだ。

     俺はふず、メガネをかけた。 講矩宀にいる数癟人の孊生たち。圌らの頭䞊には、バラバラな数倀が浮いおいる。 72、85、たたに40。 みんな、䜕かしらの「ノむズ」を抱えお生きおいる。遅刻の蚀い蚳を考えおいたり、昚倜の倱敗を匕きずっおいたり。

     「99」

     この数倀は、俺が誰よりも優れおいるこずを瀺しおいるわけじゃない。 むしろ逆だ。俺には、自分だけの「色」が䜕䞀぀ない。 瀟䌚が「こうあるべき」ず定矩する平均倀に、俺の思考も、行動も、现胞レベルで完璧に合臎しおしたっおいる。 たるで、最初からシステムに組み蟌たれた、゚ラヌの䞀切ない「暙準パヌツ」みたいに。

     「  気持ち悪いな」 ボ゜ッず呟いた自分の声さえ、平均的な呚波数で空気に溶けた。

     思えば、あの日、このメガネが俺の前に珟れたのは、偶然なんかじゃなかったのかもしれない。 この䞖界を「普通」か「異垞」かで刀別するシステムにずっお、最も玔粋な基準点レファレンスが必芁だったずしたら。 それは、感情や欲求に巊右される人間じゃなく、限りなく無機質な「究極の普通」である俺が、最も適任だったんじゃないか。

     俺は矎咲から届いた、䞍栌奜な肉じゃがの写真をスマホで開いた。 圌女の数倀は揺れおいる。山田さんも、あの時のヒヌロヌも、みんな自分の意志で「普通」をはみ出しおいる。

     でも、俺にはそれができない。 俺は、このメガネが芋せる䞖界の「倖偎」に行くための゚ネルギヌすら持っおいない、空っぜな存圚だ。

     「枡蟺くん、今のずころ、䜕か質問はあるかな」 教官が、完璧にノヌトを取っおいる俺に気づいお声をかけおきた。 俺は顔を䞊げ、最も瀌儀正しく、最も無難なトヌンで答える。

     「いえ、完璧に理解したした。問題ありたせん」

     その蚀葉通り、俺の人生には䜕の問題もない。 ただ、限りなく100に近い「普通」ずいう地獄に、俺は䞀人で座り続けおいる。 このメガネが、い぀か俺自身を「異垞」だず刀定する日は来るんだろうか。


    第34話正矩の牙ず、冷めたレンズ

     2026幎04月28日。SNSのタむムラむンは、ある䞀぀の動画で炎䞊しおいた。 コンビニで店員に理䞍尜な怒鳎り声を䞊げおいる老人。それを取り囲み、スマホを向ける「正矩の味方」たち。

     「  うわ、たたこれか」 倧孊のラりンゞで、俺は無意識にメガネを盎した。

     『察象集団 K-1301 動画の投皿者および拡散者』 『平均普通床98』 『理由集団による私的制裁リンチを「正矩」ず定矩するこずで、自身の攻撃性を瀟䌚的に正圓化しおいる。圌らにずっお重芁なのは店員の保護ではなく、「普通ルヌルから倖れた悪」を叩く際の快楜である』

     「ねえ、真叞君。これ、どう思う」 隣で画面を芗き蟌んでいた矎咲が、沈んだ声で聞いおきた。 俺はい぀も通り、最も「正解」に近い分析を口にする。

     「たあ、老人の態床は最悪だけど、叩いおる奎らも同類だよ。数字で芋ればわかる。どっちも自分の『普通』を抌し付けおるだけだ。非合理的だよな、時間の無駄だわ」

     俺は完璧な回答をしたはずだった。 だが、矎咲から返っおきたのは、い぀もの感心したような蚀葉ではなく、氷のような沈黙だった。

     「  非合理的、か。そうだね、真叞君らしい答え」

      矎咲はスマホをポケットにしたった。 その時の圌女の数倀を、俺は芋逃さなかった。 42。 数倀は䜎い。だが、理由の欄には、か぀おの『恐怖』ではなく、『真叞に察する倱望ず空虚感』ずいう文字が、䞀瞬だけ浮かんで消えた。

     「矎咲」

     「  真叞君のメガネには、あの店員の『怖かっただろうな』っおいう気持ちや、動画を芋お傷぀いおる人の痛みは映らないの 数倀だけで、党郚片付いちゃうんだね」

     矎咲の声には、トゲはなかった。 ただ、ひどく遠い堎所から話しかけられおいるような、圧倒的な距離感があった。

     「  俺はただ、事実を蚀っおるだけだ。感情で刀断しおも、䜕も解決しないだろ」

     「解決しなくおも、䞀緒に心を痛めるこずはできるよ。  今の真叞君っお、誰よりも正しいんだろうけど、誰よりも『぀たんない』よ」

     ぀たらない。 その蚀葉が、99の俺の胞に、初めお゚ラヌのようなノむズを走らせた。 俺は瀟䌚の基準に合臎し、最も賢く、最も無難に立ち回っおいる。 それは「究極の普通」であり、誰からも非難されないはずの到達点だ。

     だが、人間らしい血の通った感情を取り戻し぀぀ある矎咲にずっお、俺の「完璧な正論」は、ただの無機質なデヌタの矅列に成り䞋がっおいた。

     矎咲は「少し歩いおくる」ず蚀っお、䞀人でラりンゞを出お行った。 残された俺は、䞀人でメガネをかけ盎す。 芖界に映る孊生たちは、盞倉わらずバラバラな数倀を持っお、泣いたり笑ったり、無駄な喧嘩をしたりしおいる。

     俺だけが、この完璧に柄み枡ったレンズの裏偎で、透明な孀独に閉じ蟌められおいた。


    第35話ホワむトノむズの独癜

     2026幎05月02日。矎咲ずたずもに口を利かないたた、䞀週間が過ぎた。 講矩の合間、俺は屋䞊のベンチに座り、倖したメガネのレンズをクロスで䞁寧に拭いおいた。

     ふず思う。なぜ、このメガネは俺の手元に来たのか。 奇跡でも、幞運でもない。 䟋えば、真っ癜なキャンバスに䞀滎のむンクを萜ずせば、その汚れは誰の目にも明らかだ。 この䞖界ずいう雑倚なキャンバスにおいお、俺は「䞀滎の汚れ」さえ持たない、真っ癜な空癜だった。

     『普通床99.9999 』

     この数倀は、俺に自我がないこずを瀺しおいる。 俺がこのメガネを手に入れた理由は、きっず説明の぀くような倧局なものじゃない。 ただ、最も玔粋な「無」である俺が、䞖界を枬るための「定芏」ずしお最も郜合が良かった。それだけのこずだ。 俺は遞ばれたんじゃない。ただ、郚品ずしお適合しただけだ。

     「  真叞君、ここにいたんだ」

     聞き慣れた、でも少し硬い声がした。矎咲だ。 俺は慌おおメガネをかけ盎す。

     「ああ。  䜕か甚か」

     「ううん。ただ、少し顔を芋おおこうず思っお」

     矎咲の頭䞊に浮かぶ数倀は、40。 その暪の理由欄には、『決別ぞの準備』ずいう文字が、薄く、だが確かな茪郭を持っお刻たれおいた。 俺の心臓が、今たで感じたこずのない嫌なリズムで跳ねる。

     「  山田さんの家、今週末も行くのか」 俺は堎を繋ぐために、ありきたりな質問をした。 矎咲は少しだけ寂しそうに埮笑んで、銖を振った。

     「ううん、今週末は実家に垰るの。  ちゃんずお父さんずお母さんに、自分の気持ちを話しおくる。怅子を汚しちゃうかもしれないけど、それでもいいっお、今は思えるから」

     矎咲は、着実に「はみ出す勇気」を手に入れおいた。 か぀お俺が圌女を救うために䞎えた「普通なんお気にするな」ずいう蚀葉が、今や圌女を俺の手の届かない堎所ぞず抌し䞊げおいる。

     「そうか。  なら、いいんじゃないか」 俺は粟䞀杯の「正解」を口にした。

     「  真叞君。あなたは、ずっずそこに座ったたた、䞖界を枬り続けるの」

     矎咲の蚀葉が、屋䞊を通り抜ける颚よりも冷たく刺さった。 俺は䜕も答えられなかった。 99の俺には、圌女を匕き止めるための、非合理で無様な蚀葉が芋぀からない。

     「  たたね、真叞くん」

     圌女が去っおいく足音が、芏則正しく響く。 メガネのレンズ越しに芋る圌女の背䞭は、どんな数倀よりも矎しく、尊い、そしお俺ずは決定的に違う「生きおいる人間」の䜓枩を攟っおいた。

     俺は再びメガネを倖し、ポケットに突っ蟌んだ。 芖界ががやける。 だが、どれだけ芖界を濁らせおも、俺の䞭にこびり぀いた「究極の普通」ずいう透明な牢獄から抜け出す方法は、ただわからなかった。


    第36話壊された怅子のあず

     2026幎05月05日。連䌑明けのキャンパスは、どこか浮぀いた空気に包たれおいた。 俺はい぀ものように、最も死角が少なく、か぀目立たない端の垭で講矩を埅っおいた。

     「  真叞君」

     その声を聞いた瞬間、俺の指先がわずかに震えた。 実家から戻っおきた矎咲が、目の前に立っおいた。 圌女の衚情は、䞀週間前ずはたるで違っおいた。䜕かが抜け萜ちたような、それでいお、芯の通った透明な明るさ。

     俺は無蚀でメガネをかけた。 真っ先に目に飛び蟌んできた数倀に、俺は息を呑んだ。

     『普通床12』

     「  12」 思わず声が挏れた。 か぀おの圌女なら、この数倀を芋ただけで過呌吞を起こしおいただろう。だが、今の圌女の理由欄には、ただ䞀行こう蚘されおいた。 『自分自身の意志による、既存䟡倀芳の完党なる攟棄』

     「話しおきたよ。お父さんずお母さんに」  矎咲は俺の隣に座った。以前のように距離を枬るような仕草はない。

     「泣かれたし、怒鳎られた。あんな家、もうお前の居堎所はないっお蚀われたよ。  でもね、䞍思議ず怖くなかった。山田さんの家の、あのガタガタの怅子を思い出したら、笑っちゃったんだ」

     矎咲は、短く切ったばかりの爪を眺めお埮笑んだ。 その笑顔は、俺のレンズが定矩する「魅力的な笑顔の平均倀」から倧きく倖れおいた。巊右が少し非察称で、泣きはらした埌のような赀みが残っおいる。 なのに、俺はその笑顔から目を逞らすこずができなかった。

     「  居堎所をなくしお、これからどうするんだよ。そんな数倀で、たずもにやっおいけるず思っおるのか」

     俺は、自分の内偎から湧き䞊がる焊燥を隠すように、冷たい正論をぶ぀けた。 「普通」ずいう防壁の䞭にいろ。そこにいれば安党だ。俺が教えおやったはずだ。

     「さあ、どうだろう。でも、もう真叞君に『正解』を聞かなくおもいいんだっお思ったら、すごく空気が矎味しく感じお」

     矎咲は真っ盎ぐに俺を芋た。 レンズ越しに芋る圌女の瞳は、数倀を解析しようずする俺の芖線を、軜々ず跳ね返した。

     「真叞君のメガネには、今の私はどう映っおる   やっぱり、異垞に芋えるのかな」

     「  12だ。救いようがないくらいにな」 「ふふ、そっか。  嬉しいな」

     矎咲は立ち䞊がり、軜く䌞びをした。

     「私、もう行くね。れミの課題、自分の蚀葉で曞き盎しおくる。真叞くんに教えおもらった『暡範解答』、党郚消しちゃったから」

     軜やかな足取りで去っおいく圌女の埌ろ姿。 俺のメガネは、執拗にその背䞭を远い、解析を続けようずする。 だが、どれだけ蚈算を重ねおも、圌女から攟たれる「熱」を数倀化するこずはできなかった。

     俺の手元に残されたのは、完璧に正しい『12』ずいう数字ず、それ以倖のすべおを倱ったような、静かな絶望だけだった。


    第37話透明な刃

     2026幎05月10日。「  ねえ、あの枡蟺くんず䞀緒にいた子、最近おかしくない」「れミの発衚も、なんか空気を読たないっおいうか。教授の顔色も䌺わないで自分の意芋ばっかり。前はもっず、埓順で扱いやすい感じだったのに」

     孊食の隅で、俺の耳に届くのはそんな埮かな「ノむズ」だった。 俺は無衚情でカレヌを口に運ぶ。 メガネのレンズ越しに芋える呚囲の数倀は、78、65、82  。 みんなそれぞれに小さな欠点を抱え、䞖間の顔色を䌺いながら、なんずか「普通」の範疇に収たろうず必死な連䞭だ。

     『察象集団 K-1402 呚囲の孊生』 『理由異分子に察する集団的防衛本胜。自分たちが必死に守っおいる「普通」ずいうルヌルを、軜々ず捚おた矎咲ぞの無意識な恐怖ず嫉劬』

     圌らにずっお、自分たちず異なるリズムで動き始めた矎咲は、平穏な矀れを乱す䞍玔物でしかない。

     午埌のれミ宀。 矎咲が提出したレポヌトに察し、䞀人の孊生が「正矩の味方」の顔をしお詰め寄っおいた。

     「䜐䌯さん、この曞き方、ちょっず自分勝手すぎない みんながルヌル通りにやっおるのに、䞀人だけ違うやり方されるず迷惑なんだよね。普通に考えお、協調性なさすぎでしょ」

     呚囲の孊生たちが、同調するように小さく頷く。 圌らの数倀が、埮かに倉動する。82が85ぞ、75が80ぞ。 誰かを叩き、集団の䞀郚であるこずを再確認するたびに、圌らの数倀は「正解」ぞず近づいおいく。その様は、たるで吞血鬌が血を吞っお掻力を埗おいるようだった。

     矎咲は怯えおいなかった。ただ、困ったように少し眉を䞋げお、圌らを芋぀めおいる。

     「  迷惑をかけたなら、そこは謝るね。でも、私はこれが正しいず思ったから曞いたの。みんなが同じ意芋じゃなきゃいけないなんお、倉だず思わない」

     その䞀蚀が、れミ宀の空気を凍らせた。 俺はテヌブルの䞋で拳を握りしめおいた。 メガネがアラヌトを出す。呚囲の連䞭の理由欄が『正矩感による制裁欲求』に塗り぀ぶされおいく。 助けるべきか。 いや、ここで圌女の肩を持おば、俺の「99」ずいう完璧なカムフラヌゞュが剥がれる。俺たでこの䞍快な芖線の暙的になる。

     「  枡蟺くんはどう思う 君なら、このレポヌトの『普通』じゃないずころ、論理的に説明できるでしょ」

     矛先が、俺に向けられた。 俺はメガネを抌し䞊げ、レンズの䞭の数倀を芋た。 矎咲の12。呚囲の80前埌。 俺は深呌吞をし、最も合理的で、最も保身に適した「暡範解答」を口にしようずした。

     「  圌女の蚀うこずは、論理的には砎綻しおたせん。ただ、集団の効率ずいう点では 」

     俺の蚀葉を遮ったのは、矎咲の芖線だった。 圌女は俺に助けを求めおなんおいなかった。 ただ、悲しそうに、憐れむような目で、メガネをかけた俺を芋぀めおいた。

     「もういいよ、真叞君。  無理しお、その数字の䞭にいなくおいいよ」

     矎咲はそう蚀うず、非難の声を背に济びながら、䞀人でれミ宀を出お行った。 俺は立ち䞊がるこずさえできなかった。 呚囲の連䞭が「だよね」「やっぱり倉だよあの子」ず、再び自分たちの数倀を安定させおいく。 俺を守っおいるこの「99」ずいう数字は、い぀の間にか、俺の喉元に突き぀けられた、䞖界で最も冷たい刃に倉わっおいた。


    第38話レンズの亀裂

     2026幎05月15日。れミ宀の䞀件以来、矎咲に察する「透明な無芖」は続いおいた。 だが、圓の本人は、以前のような怯えた様子を芋せるどころか、どこか吹っ切れたような顔で毎日を過ごしおいた。

     キャンパスの掲瀺板の前で、矎咲が䞀人、ポスタヌを貌っおいるのを芋かけた。

     「  䜕しおるんだ」

      思わず声をかける。俺のメガネが、圌女を捉える。

     『普通床8』 『理由集団の芖線を䞀切介圚させない、玔粋な利他的行動ぞの没頭』

     数倀はさらに䞋がっおいた。だが、その背䞭は、どんな暡範孊生よりも凛ずしお芋えた。

     「あ、真叞君。これね、ボランティアサヌクルの勧誘。人数が足りなくお朰れそうなんだっお。誰もやらないなら、私がやろうず思っお」  「  そんなこずしおも、ポむントにもならないし、就職に有利になるわけでもないだろ。今の君の状況で、わざわざ目立぀真䌌をするのは非合理的だ」

     俺の「正論」は、もはや圌女の耳には届かない。 矎咲はポスタヌを貌り終えるず、満足げに手をポンポンず叩いお俺を振り返った。

     「合理的じゃなくおも、誰かの圹に立ちたいっお思う自分の気持ちに嘘を぀く方が、私には苊しいの。  真叞君、最近の私、すごく楜しいよ。怅子はガタガタだけど、自分の足で立っおる感じがするんだ」

     その時、遠くから「矎咲さん、ポスタヌ貌り終わった」ず声がした。 芋れば、以前は圌女を避けおいたはずの、数倀が䜎い60台のはみ出し者たちが、圌女を埅っおいた。圌らの瞳には、か぀おの「怯え」ではなく、矎咲ずいう光に導かれたような「垌望」が宿っおいた。

     矎咲は圌らの方ぞ駆け寄っおいく。 その瞬間、俺のメガネに匷烈なノむズが走った。 『解析䞍胜』 『解析䞍胜』 『解析䞍胜』

     圌女の「8」ずいう異垞な数倀が攟぀茝きに、システムの蚈算が远い぀かない。 俺が守っおきた99の「静寂」が、圌女の攟぀「熱」によっお、音を立おお軋み始める。

     「  眩しすぎるんだよ」

     俺はメガネを倖した。 がやけた芖界の䞭で、矎咲の笑い声だけが鮮明に響く。 圌女は「普通」ずいう安党な檻を壊し、その倖にある荒野で、自分だけの矎しい花を咲かせようずしおいた。 それに匕き換え、俺はどうだ。 完璧なレンズを持ちながら、自分自身の心さえ芋倱い、ただ正解の数字に瞋り付いおいる。

     俺は震える手で、メガネを握りしめた。 このレンズを叩き割っおしたえば、俺も圌女のように、あの眩しい䞖界ぞ行けるのだろうか。


    第39話誠実な平行線

     2026幎05月20日。倧孊の講矩棟の裏。 数人の孊生に囲たれ、地面にポスタヌをぶちたけられた矎咲を芋お、俺の心臓は嫌な音を立おおいた。

     か぀おの俺なら、蚈算機のように損埗を匟いお無芖しおいただろう。 だが、今の俺は知っおいる。「普通床」が䜎くおも、誰かのために泥を被れる「ヒヌロヌ」がいるこずを。そしお、人の心の痛みに寄り添おうずする努力こそが、この瀟䌚を圢䜜る最小単䜍であるこずを。

     「  やめろよ。そんなこずしお、䜕が楜しいんだ」

     俺は間に入った。叫ぶわけでもなく、圌らず同じ「普通の孊生」ずしお、諭すように蚀葉を遞んだ。

     「圌女が目立぀のが気に入らないのはわかる。でも、それは圌女が自分で決めたこずだ。それを力で抑え蟌むのは、君たちが守りたいはずの『普通のマナヌ』に反しおるんじゃないか」

     俺の「誠実な」説埗に、男たちは毒気を抜かれたように去っおいった。 俺は膝を぀き、泥の぀いたポスタヌを䞀緒に拟い集めた。

     「  倧䞈倫か、矎咲。怪我はない」

     「  うん。ありがずう、真叞君」

     矎咲の声は、どこか遠かった。

     「矎咲、俺は君を吊定したいわけじゃないんだ。もっず自分を倧切にしおほしいんだ。みんなず同じように振る舞うこずは、自分を殺すこずじゃない。この䞖界で、穏やかに誰かず繋がっおいくための、䞀番優しい方法なんだよ」

     俺は、自分の持おる限りの語圙を尜くしお、圌女に語りかけた。 これは保身じゃない。矎咲に「普通の幞せ」を知っおほしいずいう、俺なりの粟䞀杯の真心だった。

     だが、矎咲は拟い䞊げたポスタヌを抱きしめたたた、俺のメガネを  その奥にある俺の瞳を、悲しそうに芋぀めおいた。


    第40話普通  っお䜕最終話

     2026幎06月15日。あの日以来、俺たちの間に䌚話はなかった。 俺は盞倉わらずメガネをかけ、誰に察しおも誠実に、誰からも「良い人」だず思われるような、完璧な日垞を送っおいた。

     倕暮れの屋䞊。矎咲に呌び出された。 圌女の数倀は「5」。だが、その瞳にはか぀おのような怯えはなく、ただ柄んだ意志が宿っおいた。

     「真叞君、助けおくれおありがずう。  あの時、あなたが本圓に私のこずを心配しお蚀っおくれたっお、わかっおるよ」

     「  わかっおくれるか。なら、もう䞀床だけ考え盎しおくれないか。君が今のたたじゃ、い぀か本圓に壊れおしたう。俺は、君にそうなっおほしくないんだ。  人ず同じように笑っお、人ず同じように悩む。それが、䞀番  」

     俺は、圌女の手を取ろうずした。 圌女がこの孀独な「5」の䞖界から、こちら偎に戻っおこられるように。 だが、矎咲は静かに、でも拒絶するように䞀歩䞋がった。

     俺のメガネは、盞倉わらず「99」ずいう数字を映し出し、䞖界を完璧に定矩しおいる。俺には、圌女がどうすれば「正解」になれるかが、手に取るようにわかる。 だからこそ、俺はこの「正しさ」を、圌女に手枡したかった。

     矎咲は、暮れなずむ街の明かりを背に、俺をじっず芋぀めた。 その県差しは、決別を告げおいるようでもあり、最埌に残された祈りのようでもあった。

     「真叞君。  あなたにずっお、それは本圓に『幞せ』なの」

     「  圓たり前だ。普通でいるこずが、䞀番穏やかで、誰にも迷惑をかけない生き方なんだから」

     俺の答えに、矎咲は埮かに、本圓に埮かに埮笑んだ。 そしお、颚に消えおしたいそうな声で、こう蚀った。

     「ねえ、真叞君 」

     「普通  っお、䜕」

    完


    あずがき

    ​最埌たでお読みいただき、誠にありがずうございたした。

    ​本䜜『普通っお䜕』は、ある日突然「数倀」ずいう残酷なたでに明快な基準を手に入れた䞀人の青幎の葛藀を描いた物語です。

    ​私たちは日頃、䜕気なく「普通はこうだ」「普通ならありえない」ずいう蚀葉を口にしたす。しかし、その「普通」の正䜓ずは䞀䜓䜕なのでしょうか。倚数掟に属しおいるずいう安心感なのか、あるいは自分ずは異なる誰かを排陀するための境界線なのか。

    ​デゞタルな数倀によっお人を芋定める道具を手にした䞻人公が、最も愛する人の「わずか数パヌセント」ずいう数倀に盎面したずき、物語は単なるSFを超え、私たちが生きるこの瀟䌚の写し鏡ずなりたす。

    ​物語の最埌に、圌女が攟った「普通っお䜕」ずいう蚀葉。

    これは、曞き手である私自身が、そしおこの物語を最埌たで䜵走しおくださった皆様が、これからの日々の䞭で問い続けおいく蚀葉なのかもしれたせん。

    ​党四十話、玄五䞇文字ずいう長い旅路に最埌たでお付き合いいただけたこず、䜜者ずしおこれ以䞊の喜びはありたせん。

    ​この物語が、皆様の心の䞭に、数倀では枬りきれない「䜕か」を残すこずができたなら幞いです。

    ​二〇二六幎五月五日

    碧山 将

     
     
    日々の生掻で感じる、「䞍思議」「違和感」「疑問」をテヌマに、蚀葉を玡いでいたす。皆さんの心に届くこずを願いながら執筆しおいたすので、どうかペヌゞを開いおみお䞋さい。よろしくお願いしたす。

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