メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bylighta_ampligh

<郵政民営化は陰謀だったのか>

    ~郵政民営化で誰が得をしたのか~

    ■疑問の封殺

    「郵政民営化は外資の陰謀だ」という主張に対して、否定論者はほぼ決まって同じ反論を持ち出します。「外資系の株主比率を見よ。日本郵政の主要株主は日本政府と国内機関投資家であり、外資の持ち株比率は低い。陰謀論は根拠がない」というものです。この反論は一見もっともらしく見えますが、実は根本的な誤りを含んでいます。それは所有と収益取得を同一視しているという認識の誤りです。

    現代金融において収益は株式保有によってのみ得られるわけではありません。運用委託手数料、債券引受手数料、為替ヘッジコスト、投資銀行業務という複数の経路を通じて、株主でなくとも継続的に収益を得ることができる仕組みです。ブラックロックが世界最大の資産運用会社として巨大な影響力を持つのも、自社が企業を所有しているからではなく、他者の資産を運用受託しているからです。つまり、株主比率という指標は、こうした現代金融の基本的な収益構造を測定する軸としては根本的に不適切なのです。

    否定論者がこの誤りを犯すのが無知によるものか意図的な矮小化によるものかは断定できません。しかし結果として、批判しやすい単純化された主張を陰謀論と呼んで否定することで、構造的議論そのものを封じる効果が生まれています。これは藁人形論法と呼ぶべき議論の操作で、疑問を封じる言葉に対して、われわれはまず問いの方向性を立て直すところから始めなければなりません。

    ■思索の方向性

    陰謀であったか否かを追究するには、より精密な論点が必要であり、「誰が設計し、誰が利益を得たか」と、「その構造は偶然か必然か」を問題にすべきです。まずはこの疑問に答えるための方法論として、三つの基準を置くことにします。第一に蓋然性、第二に類似パターンの反復、第三に誰が得をしたかです。「証拠がない」は否定の根拠になりません。証拠を残さないことが洗練された権力行使の本質だからです。表向きの証拠不在を中立の根拠とすることは、証拠を隠滅した側への加担に等しくなります。正当な判断はこの三基準によって満たされるのです。

    ■事実の確認

    否定しがたい事実から列挙してみましょう。米国通商代表部は2004年以前から年次改革要望書に郵政民営化を明示的に要求していました。日本政府への外交的圧力文書に特定の国内政策変更が記載されていたという事実は公記録として存在します。時系列の整合性も無視できません。米国の要求、小泉政権の発足、郵政民営化の推進という流れは偶然にしては出来過ぎです。

    また、設計者の行動パターンも根拠の一つであり、この意味で竹中平蔵氏の退任後の軌跡は示唆的です。経済財政担当大臣時代の2004年に製造業への労働者派遣を解禁し、2009年には、その解禁によって事業拡大の恩恵を受けた人材派遣大手パソナグループの取締役会長に就任しました。さらに2015年には民営化推進の論理と親和性の高いコンセッション(公共施設の民間運営)事業に参入していたオリックスの社外取締役に就任しています。政策の設計者が、自ら規制緩和・民営化によって拡大した市場に後から法人役員として参入するという構造は、より本質的です。設計段階における利益の方向性と、退任後の着地点が一致しているという事実は、設計の意図を推測する根拠として看過できません。

    民営化以前、郵便貯金と簡易保険の資金は資金運用部への預託義務によって財務省が直接管理していました。外部の運用会社が介入できる余地は構造的に存在しませんでしたが、民営化によってこの壁が消え、外資系資産運用会社が参入できる市場構造が生まれたのです。

    ■頂点の消失

    郵政民営化の最大の構造的変化は、受益者が誰かという問題よりもむしろ、郵貯簡保の総資産350兆円の運用権限の頂点が消えたという事実にあります。

    民営化以前、この巨大な資金の最終的な運用権限は財務省資金運用部という単一の頂点に集中していました。預託義務という法的強制力によって郵貯・簡保の資金は自動的に財務省へ流入し、財務省が運用先を決定しました。権限の所在は明確であり、批判の矛先も明確でした。財務省という一点を問いただせばよかったのです。

    ところが民営化後、この単一の頂点は消滅しました。権限は財務大臣による株式保有、日本郵政経営陣による形式上の方針決定、金融庁による監督規制、そして外部資産運用会社による実質的な運用執行へと分散しました。名目上の最上部は財務省から日本郵政経営陣へ移行しましたが、実質的な運用執行権限は法的強制による国内循環から市場原理による外部委託へと移行しました。

    実は、この分散こそが問題の核心なのです。権限が分散すれば責任も分散します。責任が分散すれば、誰も問いただせなくなります。350兆円の資産が動いても、その運用判断の最終責任者を特定することが構造的に困難になりました。財務省は「民間企業の自主判断だ」と言い、日本郵政経営陣は「専門家への委託だ」と言い、運用会社は「市場の論理に従っただけだ」と言います。責任の所在が霧の中に消えることで、批判そのものが宙に浮いた格好です。

    「見える一点への権限集中から、見えにくい分散」へ。これが郵政民営化の最も本質的な構造変化であり、同時に最も巧妙な点です。直接支配は批判の矢面に立つリスクを伴いますが、分散した間接支配はそのリスクを回避しながら実質的な収益取得を可能にします。支配の形態が変わっただけで、日本国民の資産が外部の論理によって動かされるという実態が継続中なのです。

    ■誰が得をしたのか

    第一の受益者は外資系金融機関です。ゆうちょ銀行とかんぽ生命は自主運用の名目のもとに外部委託を拡大し、外資系資産運用会社が参入しました。株主比率という測定軸では外資の存在は小さく見えますが、フローによる収益取得という実質において外資系金融機関は明確な受益者です。所有しなくとも支配できるのが現代金融権力の基本構造です。運用委託は専門家への業務委託、手数料は正当な対価、為替コストは市場の論理、いずれも批判しにくい形で継続的に日本の公的資金から収益が外部へ流出する構造が生まれました。

    米国政府が日本の国内政策変更をこれほど熱心に求めた理由は、日本国民の効率化への関心ではありえません。要求の時系列と政策実現の時系列が整合していることは、両者の因果関係の蓋然性を示唆せずにはおきません。

    第二の受益者は国内大手金融機関です。郵政は長らく国内民間金融機関にとって不公正な競争相手でした。政府保証のもとに巨大な資金を低コストで集め、民間と競合する金融サービスを提供していたからです。民営化によって郵政の競争上の優位は制度的に削がれ、国内大手証券・銀行も運用委託の受け皿として参入機会を得ました。受益者は外資だけではありません。この事実は外資対日本という単純な図式を修正しますが、民営化の構造的問題を否定する根拠にはなりません。

    第三の受益者は政治家と官僚の一部です。小泉純一郎氏にとって郵政民営化は政治的勝利の象徴でした。竹中平蔵氏の軌跡はすでに述べたとおりですが、財務省については評価が複雑です。預託制度という直接支配を失った一方、日本郵政株式の保有という形で間接的支配を維持しました。直接支配は批判の矢面に立つリスクを伴いますが、間接支配はそのリスクを回避しながら影響力を保持できます。責任の所在が曖昧になったことは、財務省にとって必ずしも不利であるとはいえません。

    ■誰が損をしたのか

    第一の損失者は地方・過疎地の住民です。郵便局は金融インフラとしての機能を担ってきました。民営化後の採算重視の経営方針は不採算地域の郵便局縮小・廃止の圧力を生みました。都市部では代替手段がありますが、過疎地においては郵便局が唯一の金融アクセス拠点であることが少なくありません。民営化の効率化は、最も脆弱な層への最も実質的な損失として現れました。

    第二の損失者は日本国民全体です。350兆円規模の資産の運用フローが外部へ流出し始めたという構造的変化は、長期的に見て日本国民全体の損失です。手数料は個々の取引では小さく見えますが、数十年にわたる累積額は無視できない規模になります。それは支払わなかったら得られたはずの収益という形をとるため、損失が国民にとって目に見えにくい形をとります。見えにくい損失は政治的に問題化されにくく、洗練された支配構造であると指摘できます。

    ■陰謀という概念

    「少数の人間が密室で悪意をもって計画した」という定義で陰謀を捉えるなら、その証明は原理的に困難です。しかし、より正確な定義として、構造的利益誘導、すなわち特定の受益者が利益を得るように制度が設計されることを追究するなら、設計者の主観的悪意の有無は問う必要がありません。

    この定義のもとで郵政民営化を評価すれば、陰謀の要件を相当程度満たします。否定論者の「意図せざる結果に過ぎない」という主張は反証不可能であり、同時に証明も不可能ですが、これを言うためには、なぜ外資が体系的に利益を得る構造が生まれたかの別の説明が必要です。その説明がない限り、蓋然性の天秤は意図ありの側に傾くでしょう。「民営化は効率化のための正当な政策だった」という主張は、なぜ米国政府がこれほど熱心に日本の効率化を求めたかを説明できません。効率化論と構造的利益誘導論は矛盾しないのです。

    ■結語

    郵政民営化の本質は二重の構造変化にあります。第一に、350兆円の運用権限の頂点が財務省という見える一点から、責任の所在が特定できない分散した構造へと移行したこと。第二に、その分散した構造の実質的な執行部分に、外資系を含む民間金融機関が参入したこと。そして得をした者は外資系・国内大手の金融機関であり、外交上の圧力をかけた米国政府であり、設計に関与した者たちです。損をした者は地方の住民であり、資産フローを外部に流出させ続ける日本国民です。

    この非対称性は偶然の産物ではありません。政策の設計とは利益の配分の設計であり、誰が設計したかが誰が得をするかを決めます。郵政民営化において、その設計は国民の代表たる議会の熟議よりも、外部からの圧力と内部の特定の思想的立場によって主導されました。

    株主比率が低いから外資の利益取得はないという否定論は、現代金融の収益構造への無理解に基づいており、反論として成立しません。問うべきは所有ではなくフローです。そのフローの分析を回避したまま構造的疑問を陰謀論と呼んで封じようとする議論は、問いそのものを貶める言語操作です。われわれはその操作を見抜き、問い続けることで応じる必要があるのです。

    #創作大賞 #オールカテゴリ部門


    参考文献

    一 公的記録・一次資料

    関岡英之『拒否できない日本』文春新書、2004年

    米国通商代表部(USTR)年次改革要望書、各年版

    郵政民営化法(2005年、法律第百号)


    二 書籍

    植草一秀『知られざる真実』イプシロン出版企画、2009年

    東谷暁『郵政民営化という虚構』草思社、2005年

    堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』岩波新書、2008年


    三 学術論文・報告書

    鈴木亘「郵政民営化の経済分析」

    日本銀行・金融庁 各種監督レポート

     
     

    SHO

     
     
    私は岡山県に暮らす五十代の整形外科開業医です。 電脳空間で蘊蓄を垂れるようになって二十年以上が過ぎました。その軌跡をここに投稿します。 読者の皆様に、思索のきっかけをご提案できれば、これに勝る喜びはありません。

    あなたへのおすすめ