
①祝福より、通帳を見た夜
妊娠がわかった日。
病院を出て
母子手帳をバッグに入れた。
春だった。
空は
やけに明るかった。
本当なら
嬉しくて泣いてもいい日なのに。
家に帰った私は
赤ちゃんのことより先に
通帳を開いていた。
ページをめくる。
残高を見る。
もう一回見る。
また見る。
変わらない。
増えていない。
むしろ
少し減っている。
「……」
え。
ちょっと待って。
私
仕事どうするんだろう。
派遣の私は
アパレルショップの販売員。
朝、お店に入ると
まずトルソーの服を着替えさせる。
今日はこのコーデかな。
春だから
少し明るい色がいいかな。
そんな時間が
好きだった。
でもある日は
高く積まれた段ボールの山から
在庫を探す。
重い箱を引き寄せて
一枚ずつ服を出す。
あれ
どこだろう。
汗をかきながら
服を探す。
その仕事を
私は続けられるんだろうか。
お腹が大きくなったら
店の服も着られない。
重い箱も
持てない。
お店にも
迷惑をかける。
赤ちゃんも
心配。
でも
辞めたら
お金はどうなるの。
どうするの。
どうするの。
どうするの。
夫は
お金に無頓着だった。
悪い人じゃない。
でも
お金の話はしない。
遠くに住む両親には
言えなかった。
心配を
かけたくない。
結婚して三年。
やっと来てくれた
待望の赤ちゃん。
嬉しいはずなのに。
怖かった。
すごく怖かった。
昼は笑っていた。
「楽しみだね」
そう言いながら。
でも夜。
布団に入ると
涙が出た。
止まらない。
お腹に手を置く。
小さな命が
ここにいる。
守りたい。
でも
どうやって。
天井を見ながら
ずっと考えていた。
……。
そのとき
ふと
目に入った。
FP講座の広告。
「……」
これ
行ってみようかな。
藁にもすがる気持ちだった。
少し大きくなり始めたお腹で
講座へ行った。
そこで私は
初めて
お金の話を聞いた。
ドルコスト法。
複利。
固定費。
え。
なにそれ。
そんな世界が
あるの。
もっと早く
知りたかった。
私は
今まで
なんて
無知だったんだろう。
なんて
バカな生活を
していたんだろう。
でも
そのとき思った。
変わりたい。
今までの私じゃなくて
新しい私になりたい。
状況は
何も変わっていない。
通帳の残高も
同じ。
でも
暗かった場所に
小さな光が差した。
このときの私は
まだ知らない。
この小さな出来事が
これからの人生を
変えることになるなんて。
あの夜
私は
母になったんじゃない。
決めた。
無知を
終わらせる。
守る母から
設計する母へ。
すべては
あの通帳から
始まった。
🌙