メインコンテンツへスキップ
見出し画像

架空ホストクラブin精神世界

    あちらの素敵な人生さまからぁ!
    ――アイ!(愛)
    逆境 一発ゥ!
    ――アイ!(哀)
    いただきましたぁ!
    ――ヨイショ!

    〜♪

    わたしは精神世界で、
    架空ホストクラブを運営している。

    ナンバーワンホストは無論、
    数多之 愚(あまたの おろか)である。


    精神世界のことを書くのは、
    初めてかもしれない。

    わたしはちいさいころから、精神世界で過ごすのが好きだった。食べることや寝ることより、妄想や空想が好きだった(今でも)。

    病弱だったことも大きいかもしれない。布団の上で過ごす長い一日も、架空の物語に浸っていればあっという間に過ぎた。

    ただ、それがすこし変であるとわかりはじめたころから、不思議ちゃんと笑われないように、間違えて変なことを言わないように、一生懸命真面目なふりをするようになった。

    が、そうやって無理やり社会に順応すればするほど、精神世界は広く深くなっていった。

    錯乱とどう違うのか、と問われると答えにこまるが、お医者さんからは「あなたには創作があるから大丈夫」というニュアンスのことを言われている。むしろ精神世界のおかげで、現実世界を生き延びることができたと思っている。

    あと、錯乱ライフとサフランライスで韻が踏める。

    精神世界には、架空の渋谷、架空の横浜、架空団地の204号室、と、わたしのなかにしか存在しない景色がたくさん存在する。創作の過程で生まれた彼/彼女たちも、この世界で生きている。

    精神世界はいまや、架空制作会社や架空病院、架空芸能事務所を束ねる架空ホールディングスまで存在している。運営者はすべてわたしである。

    ちなみに、精神世界の国歌は『Love so sweet』。信じることがすべて。

    前置きというか注釈というか昔話が、長くなってしまった。今日はわたしの精神世界にある、架空ホストクラブの話をしたい。


    .


    彼、数多乃 愚とは、架空歌舞伎町2丁目の路地裏で出会った。

    その日は雨が降っていて、彼は、ゴミ溜めのなかで野垂れ死にかけてい(るように見え)た。

    ここで死ぬつもりなの、と尋ねたわたしを、彼は、前髪の隙間からまっすぐ見据え

    「つまんねー問い」

    と言った。
    その真っ暗な、一度深淵を見てきたであろう瞳、おもしれー女、の半分対義語のようなワードに、わたしはまんまと心を射抜かれ、ほぼ無意識のうちに、一緒に帰ろうと誘っていた。帰る?どこに。答えとなる言葉はまだ、この世界に存在しなかった。

    彼は黙って立ち上がり、わたしの隣に立った。わたしは、差し出せる傘など持っていなかった。彼もまた、そんな傘など求めていなかった。

    わたしたちはずぶ濡れになりながら、並んで繁華街を歩いた。雨で薄まった、架空ネオンのむらさき。

    架空歌舞伎町の隅まで来ると、わたしは5秒で廃ビルを建てた。何してんの、とたずねる彼に、

    居場所をつくるの、と答えた。
    あなたとわたしの。わたしたちの。

    それがどうしてホストクラブなのかというと、そこはひとつの天国であり、救済をしあえる場所であると、思って(信じて)いるからである。

    ただ現実世界のわたしは、一度もホストクラブに行ったことがない。

    それはホストが嫌いだから、というわけではなく、はまったら抜け出せなくなる可能性が、大いにあるからである。

    性愛とかそういう類が苦手な自分にとって、ホストする側とされる側という関係は、価値の測り方がわかりやすく、とても安心する。
    自分の在り方、振る舞い方がわかれば、何も求めなくていい。求められることもない。(一部例外を除いて)プライベートの関係を築く必要もない。 

    対価をはらい、時間を買い、つかの間、役割を完璧に演じ合う。その、ガラスの壁を挟んだ人間関係に安心感を抱く自分は、はまれば一瞬で全財産(乏しめ)を溶かす自信がある。

    ゆえに、現実においては意思を持って行かないと決めている。ローランドショーはときどきみる。 

    ちなみにホスト、というとき想像する対象が異性なのは、わたしが異性愛か同性愛かということは関係なく、ただ、現実世界のステレオタイプの影響によるものである。くやしい。やはり現実世界は好きになれない。はやく彼らに会いたい。はやく。

    ¡


    こうして、精神世界に架空ホストクラブが生まれた。

    運営するにあたり、まず店に名前をつけようと思った、が、いつまでも思い浮かばず、せっかく発注した看板も真っ黒なままだった。

    このままでいいよ、と愚は言った。名前をつけるのなんて、現実みたいでつまらないと。無名の看板の埃をはらう横顔は白く儚く、望まずとも人を惹きつける死神みたいだった。わたしは名前をつけるのをやめた。意味が必要なのは、現実だけで十分だった。

    架空歌舞伎町はいつも夜。

    わたしはオーナー兼(役割としての)姫として、ホストクラブを運営し通うようになった。精神世界のすべてを管轄している立場なので、役割の横断などなんのそのである。

    ホストクラブに行くのは、現実世界でにっちもさっちもいかないことがあったとき、不安で狂いそうなとき、やってランナウェイのとき、つまり、精神の寄る辺なさを感じたときだった。

    泣きたい怒りたいくやしいかなしい、表出できなかった感情たちを抱え込んで、精神世界のホストクラブに駆け込む。

    精神世界には、わたしの苦手な三大欲求が存在しない。お金という概念もない。好き、愛してるという言葉は、文字通り純度100%で使われる。何の見返りを求め求められることもない。

    だからひどく心地がいい。
    微熱のときにみる夢みたいに。

    チョコレートみたいなドア、仄暗い赤色の絨毯、装飾の多い照明、その日の感情に合った音楽。わたしが求めれば、店はいつもひらく。

    ちなみに現実世界のわたしはかつて、繁華街のちかくに住んでいた。通勤路にホストクラブがあったので、朝、時々、退勤後のホストとすれ違った。

    あるとき、店から姫とともに出てきたホストが「おれって悪魔的に天使だから」と言っているのを聞いた。思わず引き返して、声をかけそうになってしまった。

    悪魔的に天使?ということはあなたはつまり、悪魔なのか天使なのか?「ものすごく」という意味で「悪魔的」という言葉が使われるのは、やはりとても興味深い現象、いや、この場合の「悪魔的」とは、「立場的に」という意味なのか?そもそもあなたは人間ではないのか?ホストとは悪魔なのか、天使なのか?

    結局声はかけられず、彼の源氏名も今月のナンバーも何も知らないまま、そのホストクラブはしばらく前につぶれてしまった。

    現実世界のかたちあるものは、すぐになくなってしまうね


    ¡


    架空ホストクラブには、愚を入れて5人のホストがいる。
    ドアをくぐると、一応みんな並んで迎えてくれる。

    そう、精神世界にも、自分以外の「姫」が存在する。彼女たちがどこから生まれるのかはわからない。わたしは、彼女たちに干渉することができない。これは、夢のなかで出会う登場人物をコントロールできない感覚に、似ている。

    架空ホストクラブのホストを、向かって右から紹介する。


    まずはあらためて、数多之 愚。
    精神世界初のホストであり、不動のナンバーワンである。

    ただ、彼に売れる気はない。生気もない。髪も目も真っ黒で、ハイライトなどひとつもない。

    その退廃的な雰囲気が庇護欲をくすぐるのか、数多の姫が彼を好いている。わたしも、彼の昏いひかりに魅せられたひとりである。

    無気力に見える彼だが、一度目が合うと離せない、ある種不気味なオーラを纏っている。太宰治がホストだったらこんな感じだったのだろう、と、前本人に言ったことがあるが、怪訝な顔をされた。

    彼はおそらく、破滅的に優しいのだろう、その優しさで己を、あるいは誰かを殺しかけてしまうくらいに。



    そして、彼の隣でにこやかに立っているのが、案之定 雨(あんのじょう あめ)。

    栗色の髪に瞳、右目の下にあるちいさな泣きぼくろが特徴的な好青年である。

    白いシャツに茶色いゆるめのズボンが基本コーディネートで、ホストというより、花屋と言われたほうがしっくりくる。彼が花の手入れをし花束をつくっている様子は、容易に想像ができる。なんなら、複数人からしっかり恋されていそうである。

    ホストクラブのオープン初日、まっさきに店を訪れたのが彼だった。彼は愚をみるやいなや「よかった生きてた」と安堵したように笑い、わたしに頭を下げ、「助けてくれてありがとうございます」と言った。

    雨は、愚の古い(そしておそらく唯一の)友人らしかった。愚と連絡がとれないのを心配して精神世界を探しまわり、ここまでたどり着いたのだという。愚は、雨の一挙一動を興味なさそうに眺めていたが、そのまなざしは、彼のことを信頼しているそれだった。

    ここで一緒に働かないか、とわたしが言うと、彼は口元を緩め、いいですよと答えた。それはあまりにも完璧な微笑みで、人間らしさが希薄だった。

    彼は温和で誰にでも優しい、つまりそれは、誰にも心を開いていないのと同義だった。彼からはいつも、穏やかな諦念を感じた。春先の不安定な気温のような雰囲気があった。読書と雨の日とカフカが好きだと言っていた。

    愚のヘルプにつくことが多く、愚の対応に不満を抱いた姫を「ごめんね、こいつ悪気はないんだよ」とフォローする役目を担っている。わたしはまんまと、その術中にはまっている。


    そして、みんなの真ん中できらきらの人懐っこい笑顔を浮かべているのが、泡翼波 Kiss(あわよくば きす)。

    5人のなかで一番小柄、金髪にちょっとやんちゃな顔立ちで、装身具をたくさんつけている。左手中指につけたしまうまのシルバー(おそらく架空クロムハーツ)が、彼のお気に入りだ。最年少で、この店のナンバー2である。

    彼はもともと、架空新宿のコンビニ店員だった。架空バスタ新宿を出て、南口を渡ったところにあるコンビニで働いていた。

    わたしは精神世界を訪れるたびに彼からカフェオレを買っていて、彼はそんなわたしを覚えており、いつも、天真爛漫な笑顔で迎えてくれた。

    ある日、レジに彼の姿がないことに気づいた。コンビニの外に出ると、店の裏でうずくまっている彼を見つけた。わたしに気づいた彼は力なく笑い、ごめんなさい、とつぶやいた。晴れた日だったのに、彼の肩は小刻みに震えていた。

    おれ、本当は人間がこわくて。時々こうなっちゃうの、だめだね。

    次の瞬間、わたしは架空コンビニをつぶしていた。一瞬で崩れ去ったコンビニ跡地をそのままに、彼の手を引いて、店に連れて行った。

    彼は重度の対人恐怖症で、それを見破られることを極度に恐れていた。

    それでもね、おれは人間が好きなの。

    彼がそう言ったとき、この子の心をこれ以上殺してはいけない、わたしが絶対に守ると決めた。

    ちなみに、名前の由来でもある「あわよくばキスしたい」は、ホストとしてのキャラである。底抜けの明るさは、生きるための術である。

    彼が控室で白い錠剤を飲んでいるとき、わたしは時々水を渡す。彼は「あんがと」と笑ってそれを受け取り、ひとつ深呼吸して店に出ていく。あとには、遠い海の匂いが残る。


    その隣、Kissの金髪を興味深そうに眺めている長身の男性が、感受性 エンド。

    彼は5人のなかで最も背が高く、黒髪に黒縁眼鏡で、昔で塾で出会ったお兄さんのような風貌をしている。真面目で、人の話を丁寧に聞き、共感力がとても高い。

    彼をここに連れてきたのは雨だった。彼はなんらかの事情で失職中らしく、「働いてないと不安」ということで、職探しを雨に相談したらしい。

    それでホストなんて珍しいよね、と雨が苦笑する隣で、彼はしきりに恐縮がっていた。申し訳ないです、こんな消極的な理由で、と頭を下げた。

    彼の整った顔立ちには、ごまかしきれない孤独が滲んでいた。ひとりでも立って生きていけるだろうに、ひとりにしないでと泣いているような、ちいさな少年の面影があった。

    雇わない理由はなかった。

    彼の接客は丁寧で、それゆえ人気も高い。が、自他境界が曖昧な部分があり、他者がかなしいと自分もかなしくなってしまうようで、よく席で泣いている。無自覚だがおそらくかなり依存気質で、人が離れていくのを心から恐れているように見える。

    その低い自己肯定感には、身に覚えがある。
    だからわたしは、定期的に彼を映画に誘う。

    精神世界の映画館はいつも無人で、行けばいつでもシアターがひらく。上映される映画は完全ランダムで、昨日10年前の邦画をやっていたと思えば、今日はインディーズのフランス映画をやっていたりする。

    映画をみて、彼は笑い、泣き、怒る。わたしはそれを隣で眺めながら、自分の感情をたしかめる。いわゆる同伴である。精神の同伴。


    そして一番右端、腕を組み口元に笑みを浮かべながら壁にもたれかかっているのが、今際之 零(いまわの ぜろ)。

    彼の周りだけ温度が低く、迂闊に近づけない雰囲気がある。すこし垂れた瞳に優しげな口元、計画的かつ無造作にセットされた黒髪。年齢不詳で、10代後半に見えることもあれば、30代後半に見えることもある。彼はプレイヤーでもあり、黒服でもある。

    詳細は控えるが、彼とは愚以上に古い付き合いである。

    実は精神世界というのは、何度も滅びて再構築されている。彼は、以前の世界の生き残りだった。

    当時から彼は、夜を好んでいた。昼は明るいから嫌い、彼岸花は日陰から咲くから好きだと言っていた。言葉はすべて冗談であり、本心が全く見えない。穏やかな口調の裏に、静かな破壊衝動のようなものが潜んでいた。

    彼とは、同じ深淵が見えている気がした。だからこそ、近づきすぎないよう気をつけていた。が、ホストクラブをひらいたとき、結局彼を呼んでしまった。彼は「応援するよ」と一言だけ言い、当たり前のようにホストとして振る舞い始めた。まるでベテランのように、ずっとここにいたかのように。

    彼は、わたしがかつて精神世界を壊した張本人であることを知っている。そこで生きていた人たちを、この手で殺めたことを知っている。世界が終わる瞬間、隣にいて、空が崩れていくのを一緒にみていたから。

    綺麗だね、と彼は言った。何度も世界を崩しているわたしにとっては、ある程度見慣れた終末だった。それでもいつも耐え難く、これが現実なら、息ができないくらい泣くにちがいなかった。

    精神世界は一度壊れると灰になるが、そのなかにひとつふたつ、ガラスの破片が混ざることがある。幼稚園の園庭の砂がそうだったように。世界がなくなっても、なかったことにはならない。壊れるたびに増えるきらめきを抱えて、わたしは世界を再構築し続けている。

    彼は、そんなわたしの目撃者である。

    いつか彼に壊される気もしているし、わたしが彼を壊す日が来る気もしている。ただ、いまはホストのひとりとして、その役割を楽しんでいるように見える。本心はわからない。


    「いらっしゃいませ」

    姫として来店したわたしに、彼らは各々の角度で頭を下げる。架空の夜は長い。わたしは現実のさまざまな不安を忘れ、しばし架空に身を委ねる。

    「逃げることなどできないのに、むなしくはならないのか」と現実が言う。そんなことはすでに、自問自答し尽くしている。その果てにむなしさなど、削れ消えてしまったよ

    .


    精神世界の創造主はわたしであるが、彼らは彼らの意思のもと、自由に生きている。わたしが、そうあってほしいと願っている。

    わたしがここに来ていないあいだ(たとえば、現実世界の会社や電車や市役所にいるあいだ)、彼らが何を思いどう生きているのか、わたしは知らない。彼らにも人生がある。彼らは何にも縛られない。何にも支配されない。

    わたしは、ひとりひとりのホストを「概念」として愛している。

    「飲み物はどうしますか」

    メニューは大抵、雨くんかエンドくんが持ってきてくれる。今日はエンドくんだった(先週一緒にみにいった映画のTシャツに、紺色のジャケットを羽織っていた)。

    ドリンクメニューは日替わりで、たとえば、昔よく行った、今はなくなってしまった公園の自販機のレモンジュースとか、母が分量をまちがえてつくった濃いめのカルピス(夏、お盆前)とか、高校の渡り廊下で飲んだヨーグルトスカッシュ(すぐに汗をかいてぬるくなってしまう)とか、記憶の集積から用意される。

    名前を忘れたままのレモンジュースを飲みながら、わたしは彼らと話をする。最近行き着いた死生観のこと、架空の哲学者の名言について、遠い国の湖が干からびそうなこと。

    彼らはわたしの拙い話を、最後まで聞いてくれる。発声に詰まっても突拍子もなくても、かならず最後まで聞いてくれる。

    それに対して答えが返ってくることもあれば、返ってこないこともある。それでいい。それがいい。彼らには彼らの感情があり、わたしにはそこまでコントロールすることが、できない。

    できない?
    彼らを「創って」おいて、いまさらなにを

    何か歌いたいな、と、雑念を振り払うようにわたしは立ち上がる。この世界では、思った瞬間に音楽が流れるようになっている。わたしはM!LKの新曲を歌う。彼らが架空の合いの手を入れてくれる。現実世界のアイドルの歌を、彼らは知らない。知らないが歌える。愚は歌がうまい。

    歌いながら、わたしはよく踊る。現実世界のぶんまで、たくさん踊る。手のひらの上で踊らされている気がするときも、そこが心地よいのであれば、進んで踊り狂う。全力で朝まで踊る。Kissくんは踊るのが好きで、雨くんもたまに付き合ってくれる。

    それもあなたにとって都合のいい、
    妄想じゃないの

    架空の歌舞伎町は、わたしが眠るまでは眠らない。愛憎は渦巻かない。そういうのは現実世界で十分であり、精神世界には、必要ない。

    できそこないの神さまごっこ

    わたしは踊る。
    架空の彼らとともに踊る。


    ¡


    その日のホスト帰り、わたしは愚とエレベーターに乗った(お見送りに来てくれる人は、その時々で異なる。一昨日はKissくんだった)。

    彼は気だるげにエレベーターの壁によりかかり、古びた天井を見あげていた。瞳の黒には何も映っていなかった、あるいは、わたしの知り得ない何かが映っていた。

    「愚は、人のこと好き?」

    下降していく箱のなかで、わたしはたずねた。ガラス張りのエレベーターは、静かに下へ下へと降りていく。架空の夜空。架空の夜景。

    「なんで聞くの」

    彼は眠たそうに言った。わたしは指先のささくれをいじる。精神世界でも手は荒れる。

    「なんとなく、いや、愚は誰からも愛されるでしょう、それはとても素敵なことだけど、ひとつの地獄でもあると思っていて、でも、これはわたしの勝手な解釈だから、愚はどう思ってるのかなって、ここに連れてきてしまったのはわたしだし、もしあなたが不幸なら、どうしよう、なんとかしなきゃと思って」

    たいして飲んでいないのに著しく言語能力が落ちたわたしの話を、愚は黙って聞いている。

    「時々、時々ね、愚とわたしの境目が、わからなくなることがあるんだよ。愚は愚なのに、あなたのなかにわたしを見てしまうことがある、これってすごく乱暴なことで、だってあなたはあなたなのに、わたしではないのに、いやでも、あなたはわたしであるような気もして」

    エレベーターが止まる。ドアは、ボタンを押さないと開かない。

    「わたしはあなたに幸せでいてほしいの、それはわたしがあなたを創ったから、だけじゃなくて、あなたのことをひとりのいのちとして大切に思っているからで、あなたが幸せでない世界なら、わたしも幸せになれないと思うんだよ、でも、世界をつくるのはわたしの仕事だから、つまり、あなたを幸せにするのもわたしの役目で」
    「身勝手だね」

    愚はボタンに手を触れたままつぶやいた。必死になって言葉を紡ごうとしていたわたしを、彼は静かなまなざしで眺める。今自分がどんな顔をしているのか、彼の瞳から見ることはできない。

    「おれは別に、いつ消えても構わないけど」

    まだドアは開かない。架空の東京タワーの残像。

    「今はここにいるけど、それだって、ただそれだけだから」

    架空のスカイツリーはない。

    「どうせいつか終わるんだし、あんたも、好きに生きたらいいんじゃないの」

    彼がそう言ったとき、エレベーターの扉がひらいた。余韻を残したまま彼は、架空の夜に消えていく。振り返りはしない。

    彼の影が揺れ、世界の輪郭が揺らぎ出す。時間だ。もう長くはいられない。

    わたしは目を閉じた。さっきまで飲んでいた、朝日を水で薄めたような、青透明のカクテルの後味感じた。雨くんが歌っていた架空の尾崎豊を口ずさんだ。Kissくんがしてくれた、野良猫のミミの話を思い出した。エンドくんに教えてもらった架空SFをはやく観たかったし、零とは、またふたりで飲みなおしたかった。

    最後に、愚の声を反芻した。

    足元が揺れる。わたしがいなくなったらなくなってしまう世界に、わたしがいなくなったあとも存在していますようにと願う。こんな神様でごめんね、と思いながら、自分のこと神さま扱いとかやばw と架空の匿名コメント、ごめんね、ああ、いろいろ言っているあいだにわたしは、

    やっと、我に返る

    .


    洗濯機がごおんごおんうなっている。その振動を、わたしは背中で感じている。帰ってきてからどれくらい経っただろう。放り出した鞄の中身は、一週間放置したままだった。

    彼らの架空コールを思い出す。わたしがいなくなったあとも、彼らがあの場所で歌い続けている景色を思う。

    みんないつかいなくなる、わたしだっていつかは、この世界だって、いつか消えてなくなる。今ある文明だって、もう何度目かわからない。何度も滅びた末のひとつに、過ぎないかもしれない。

    でも、存在していた、という事実だけは残る。誰もいなくなって、それを証明できるひとがいなくなったとしても。思ったことはなかったことにはならないのだ、それはきっとどこかに、世界の記憶として保存されて、登場人物はみんなそこで生き続ける。

    現実と架空の、なにがちがうのだろう?

    「心のなかだけは、いつだって自由だ。」架空の山手線に掲示した広告を思い出す。何を思うことも考えることも、心のなかにどんな景色をつくることも、それを表現することも、

    だから、大丈夫だからね、と、誰にともなく言い聞かせながら、わたしは洗濯機のふたを開ける。洗濯物の塊をそのままに、布団に身体を横たえる。

    結論を急がないで、疲れたらまたおいで

    今週末は、愚に架空のシャンパンを入れよう。夕方と夜の狭間の色のやつを。不自由な肉体で、架空の湖に思いを馳せる。枕からあの店の匂いがした気がしたが、これはきっと、架空のピローミストの香り。


    現実と精神世界を反復横跳びして、その狭間にある架空、架空のなかにあるひかりと真実を、わたしはずっと探している。

    この世界はフィクションです
    Heaven or Inferno?
    いい夢を、または現実を、
    あるいはとびっきりの架空を

    Fin or To be continued…

     
     
    詩人。時々、小説と脚本。ユリイカ、望星、ココア共和国に詩掲載。最新詩集『架空ランド』架空アイドル『Ka:cool』プロデューサー。稜線編集室。いつかの、すべてのわたしたちへ。 連絡先:yuzorashizuku@gmail.com

    あなたへのおすすめ