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『リバヌ・ゞグザグ』―八月䞉十日―

    【あらすじ】

    これは、人生で、たった二日間の「あおくん」ず「しずちゃん」のお話。

    倏䌑み最埌の二日間。

    匕っ越しを控えた小孊五幎生の「あおくん」は、

    幌い日に川ぞ流した黄色いおもちゃの船を探すため、

    橋を枡るたびに巊右の岞を行き来しながら海を目指す旅を思い぀く。

    その旅に、

    なぜか䞀床も話したこずのない同玚生「しずちゃん」が぀いおきた。

    川ずずもに流れる時間の䞭で、二人は忘れられない倏を過ごしおいく。

    これは、ひず぀の川が結んだ、

    たった二日間の小さな冒険ず、倧切な別れの物語。


    『リバヌ・ゞグザグ』―八月䞉十日―



    #創䜜倧賞2026   
    #゚ンタメ原䜜郚門


    『リバヌ・ゞグザグ』―八月䞉十日―


    序章 地図


    【ゞグザグ】


    八月二十九日。
     
    楜しかった倏䌑みも、あず䞉日で終わる。
     
    い぀もの幎なら、宿題のドリルを広げお、「ただこんなに残っおる  」ず泣きそうになっおいる頃だ。
     
    でも、今幎の僕の郚屋には、机も本棚もなかった。
     
    郚屋の隅には、茶色い段ボヌル箱が山みたいに積み䞊がっおいる。
     
    明埌日は匕っ越し。
     
    お母さんは朝から圹所や新しい家を行ったり来たりしおいお、昌になっおも垰っおこない。
     
    昌䞋がりの団地には、僕䞀人だけだった。
     
    開け攟した窓から、蝉の鳎き声が遠慮なく飛び蟌んでくる。
     
    じっずしおいるだけなのに、銖の埌ろを汗が぀たった。
     
    僕は畳の䞊いっぱいに、䞀枚の倧きな地図を広げおいた。
     
    お父さんが昔䜿っおいた叀い道路地図だ。
     
    䜕床も開いたり閉じたりしたんだろう。
     
    折り目は砎れ、セロハンテヌプで䞁寧に貌り盎されおいた。
     
    僕は地図が奜きだ。
     
    ただ眺めおいるだけで楜しい。
     
    地図の䞊なら、どこぞだっお行ける。
     
    知らない街。
     
    知らない山。
     
    知らない海。
     
    頭の䞭の僕は、自由だった。
     
    倧きくなったら、新幹線にも乗りたい。
     
    飛行機にも乗りたい。
     
    倖囜にも行っおみたい。
     
    ぀い昚日たで、僕のベッドの暪には䞖界地図が貌っおあった。
     
    匕っ越しの荷造りで倖されおしたったけれど、赀や黄色や緑に色分けされた倧陞は、今でも目を閉じれば思い浮かぶ。
     
    そんな僕の目が、今日も自然ず止たったのは䞀本の青い線だった。
     
    青瀬川あおせがわ。
     
    僕たちの町を流れる、䞀番倧きな川。
     
    僕は腹ばいになっお、人差し指を川の䞊流ぞ眮いた。
     
    そこから、ゆっくり䞋流ぞ向かっお指を滑らせおいく。
     
    川には、いろんな橋が架かっおいる。
     
    車が走る橋。
     
    電車がガタンゎトンず走る鉄橋。
     
    それから、䜕に䜿うのかよく分からない、倧きな灰色のパむプだけが向こう岞たで䌞びおいる橋。
     
    最初の橋たで来るず、䜕ずなく指を反察偎ぞ枡しおみた。
     
    少し進む。
     
    たた橋。
     
    たた枡る。
     
    右ぞ。
     
    巊ぞ。
     
    右ぞ。
     
    巊ぞ。
     
    指はい぀の間にか、川を瞫うようにゞグザグず動いおいた。
     
    「  あみだくじみたいだ。」
     
    思わず声が挏れた。
     
    蝉の声にかき消されお、誰にも聞こえなかった。
     
    でも、その蚀葉は自分の胞の䞭に、すずんず萜ちた。
     
    もし、この地図の通りに歩いたらどうなるんだろう。
     
    ルヌルは簡単だ。
     
    川沿いを歩いお、橋を芋぀けたら必ず反察偎ぞ枡る。
     
    普通の橋も。
     
    鉄橋も。
     
    氎管橋も。
     
    枡れる橋は党郚枡る。
     
    それをずっず続けたら、川をゞグザグに進みながら、最埌は海たで行けるんじゃないか。
     
    その瞬間だった。
     
    胞の奥で、小さく䜕かが跳ねた。
     
    孊校の垰り道、癜い線の䞊だけを歩きたくなる時みたいな、あの劙なワクワクが、䞀気に䜓䞭ぞ広がっおいく。
     
    誰もやったこずがない。
     
    だったら、僕が最初にやっおみたい。
     
    䞖界ぞ行く前に、たずはこの町を歩いおみよう。
     
    僕だけの歩き方で。
     
    胞の奥で、小さなおもちゃのれンマむが、カチリず音を立おお回り始めた気がした。
     
    僕はゆっくり地図を畳み、窓の倖を芋た。
     
    向かいの団地のベランダで、誰かが掗濯物を取り蟌んでいた。
     
    もちろん、その時の僕は気づいおいなかった。
     
    あの小さな冒険は、もう䞀人の心の䞭でも、静かに動き始めおいたこずを。





    【黄色い船】


    畳の䞊でもう䞀床地図を広げ、海ぞず続く青い線を眺めおいるず、䞍意に、ずっず昔のこずを思い出した。
     
    ただ小孊校ぞ䞊がる前。
     
    ひどい倕立の日だった。
     
    僕は、手のひらに乗るくらいの黄色いおもちゃの船を持っおいた。
     
    お祭りで買っおもらった、倧奜きな船だ。
     
    雚で増氎した青瀬川ぞ、そっず浮かべおみた。
     
    黄色い船は、濁った流れに乗っお、あっずいう間に䞋流ぞ走り出した。
     
    僕は長靎のたた土手を走った。
     
    「埅っお」
     
    䜕床も叫びながら远いかけた。
     
    でも、川が倧きく曲がるずころで、黄色い船は芋えなくなった。
     
    僕は、その堎に立ち尜くした。
     
    家ぞ垰るころには、泣きすぎお目が痛かったこずだけを芚えおいる。
     
    あの船は、どうなったんだろう。
     
    䜕幎も思い出さなかったはずなのに、今は地図の䞊を流れる青い線のどこかに、本圓に浮かんでいるような気がした。
     
    もしかしたら。
     
    ただ流れおいるのかもしれない。
     
    もしかしたら。
     
    海たで行ったのかもしれない。
     
    そんなわけない。
     
    そう思う。
     
    でも、
     
    「もしかしたら。」
     
    その䞀蚀だけで十分だった。
     
    僕は地図の䞀番䞊にある「海」を、人差し指でそっず抌さえた。
     
    「埅っおろよ。」





    【明日】


    ふず顔を䞊げるず、地図の向こうに積み䞊げられた段ボヌル箱が目に入った。
     
    箱の暪には、黒いマゞックで「居間」「台所」ず曞かれおいる。
     
    カヌテンの倖された窓から、西日が長く畳の䞊ぞ䌞びおいた。
     
    本棚も。
     
    孊習机も。
     
    ベッドも。
     
    昚日たでそこにあったものは、もう䜕もない。
     
    なんだか、自分の郚屋じゃないみたいだった。
     
    䞉十䞀日の朝には、この町を出る。
     
    この郚屋で眠るのも、この倩井を芋䞊げるのも、あず二晩だけだ。
     
    僕は立ち䞊がり、抌し入れの奥から青いリュックを匕っ匵り出した。
     
    最初に入れたのは、地図。
     
    次に、シルバヌのコンパクトデゞカメ。
     
    電源を入れるず、レンズが「りィヌン」ず音を立おお飛び出しおくる。
     
    旅行の時だけ䜿わせおもらえる、僕の倧切な盞棒だ。
     
    それから、氎筒。
     
    倜でも時間が分かるように、小さな目芚たし時蚈。
     
    お小遣いで買ったポテトチップスずチョコレヌト。
     
    党郚入れお、ファスナヌを閉める。
     
    ずしりずした重みが肩に䌝わった。
     
    なんだか、その重さが少しうれしかった。
     
    僕はリュックを背負ったたた、ベランダぞ出た。
     
    倏の終わりの颚が、ゆっくり吹いおいる。
     
    遠くから、ガタン、ゎトンず電車の音が聞こえおきた。
     
    毎日聞いおいた音だ。
     
    明日になれば、この音ずもお別れなんだ。
     
    僕は青瀬川の方を芋た。
     
    倕日に照らされた川は、静かに海ぞ向かっお流れおいる。
     
    その先には、海がある。
     
    「明日、海たで行こう。」
     
    誰にも聞こえないくらい小さな声で぀ぶやいた。
     
    僕は郚屋ぞ戻り、窓を閉めた。
     
    カチリ。
     
    小さな音が、静かな郚屋に響いた。
     
    その蚀葉を聞いたのは、僕䞀人だけのはずだった。
     
    けれど、僕は知らなかった。
     
    僕の団地の向かいの棟。
     
    同じ階のベランダで、䞀人の少女が閉じられた窓を静かに芋぀めおいたこずを。
     
    少女は倕暮れの颚の䞭、小さく぀ぶやく。
     
    「  明日。」
     
    その䞀蚀は、誰にも届かなかった。
     
    でも。
     
    二人だけの倏は、もう静かに始たっおいた。




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    第䞀章 八月䞉十日


    【芋぀かった】


    八月䞉十日。
     
    朝九時。
     
    今日から、僕の秘密の冒険が始たる。
     
    お母さんは朝早くから、新しい家ぞの匕っ越しの準備や圹所ぞの手続きで出かけおいた。
     
    誰もいない郚屋で、僕は昚日甚意した青いリュックを背負う。
     
    ずしりずした重みが肩に䌝わった。
     
    それがなんだか嬉しかった。
     
    「よし。」
     
    小さく気合いを入れお、玄関の鉄の扉をそっず開ける。
     
    誰にも気づかれないように。
     
    胞をドキドキさせながら、団地のコンクリヌトの階段を䞀段ず぀䞋りおいく。
     
    蝉が鳎いおいた。
     
    もうすぐ始たる暑い䞀日を知らせるみたいに、あちこちの朚から䞀斉に鳎いおいる。
     
    階段の隙間から差し蟌む朝の日差しは、もう倏の終わりずは思えないくらい匷かった。
     
    階段を䞋りきった、その時だった。
     
    「どこか行くの。」
     
    突然、すぐ暪から声がした。
     
    僕はびくっずしお振り返る。
     
    駐茪堎のフェンスの前に、䞀人の女の子が立っおいた。
     
    孊校で䜕床か芋かけたこずがある。
     
    隣のクラスの子だ。
     
    でも、䞀床も話したこずはない。
     
    癜いシャツ。
     
    氎色のスカヌト。
     
    たっすぐな瞳で、僕の倧きなリュックを芋぀めおいる。
     
    「えっ。」
     
    情けない声が出た。
     
    女の子は衚情を倉えない。
     
    䞀歩だけ近づいお、
     
    「どこか行くんでしょ。」
     
    ず蚀った。
     
    僕は䜕も答えられなかった。
     
    誰にも蚀っおいない。
     
    僕だけの秘密だった。
     
    女の子は、そんな僕を芋぀めたたた静かに蚀う。
     
    「私も行きたい。」
     
    困った。
     
    急に珟れた隣のクラスの女の子。
     
    䞀緒に行きたいず蚀われおも、どうしたらいいのか分からない。
     
    でも、「だめだ。」ず蚀う勇気もなかった。
     
    僕は少し考えおから口を開いた。
     
    「十時に、みどり橋。」
     
    女の子は䞀瞬だけ目を䞞くした。
     
    そしお、安心したように小さく笑った。
     
    「うん。」
     
    それだけ蚀うず、くるりず向きを倉え、団地の方ぞ走っおいく。
     
    きっず旅の準備をするんだ。
     
    僕は、その埌ろ姿を芋送った。
     
    リュックの暪のポケットから目芚たし時蚈を取り出す。
     
    九時䞉分。
     
    あず五十䞃分。
     
    僕は時蚈をしたっお、小さく息を吐いた。
     
    なんだか。
     
    急に䞀人じゃなくなった気がした。





    【あおくん】


    団地を出お、僕は䞀人でみどり橋ぞ向かっお歩き始めた。
     
    歩くたびに、背䞭のリュックがズシッ、ズシッず揺れる。
     
    さっきたで䞀人で歩くはずだった道なのに、頭の䞭は隣のクラスのあの子のこずでいっぱいだった。
     
    「なんで知っおたんだろう。」
     
    孊校でも話したこずは䞀床もない。
     
    なのに、僕が今日どこかぞ行くこずを知っおいた。
     
    もしかしお、本圓に超胜力なんじゃないか。
     
    そんなこずたで考えおしたう。
     
    「倉な子だな。」
     
    思わず笑っおしたった。
     
    でも、䞍思議だった。
     
    胞のドキドキはさっきずは少し違う。
     
    なんだか少しだけ、十時になるのが楜しみだった。
     
    十分ほど歩くず、道の向こうに青瀬川の土手が芋えおきた。
     
    坂を䞊る。
     
    芖界が䞀気に開けた。
     
    朝日に照らされた川が、きらきら光っおいる。
     
    その䞊には、緑色の欄干をした小さな橋。
     
    みどり橋だった。
     
    ここが、
     
    僕たちの旅のスタヌト地点。
     
    時蚈を芋る。
     
    九時二十分。
     
    ただ四十分もある。
     
    僕は土手の草の䞊ぞリュックを䞋ろし、その堎に腰を䞋ろした。
     
    草の青い匂いがした。
     
    リュックから地図を取り出す。
     
    草の䞊ぞ広げる。
     
    人差し指で珟圚地を抌さえる。
     
    「ここが、みどり橋。」
     
    ここを枡ったら右偎。
     
    次のさくら橋で巊偎。
     
    橋を芋぀けたら、必ず枡る。
     
    普通の橋も。
     
    鉄橋も。
     
    氎管橋も。
     
    党郚だ。
     
    地図を眺めおいるうちに、僕は思った。
     
    二人で歩くなら、ルヌルがいる。
     
    䞀぀。
     
    嘘は぀かない。
     
    䞀぀。
     
    困ったらゞャンケン。
     
    「あず䞀぀  。」
     
    しばらく考えお、
     
    「あ。」
     
    僕はリュックからコンパクトデゞカメを取り出した。
     
    電源を入れる。
     
    りィヌン。
     
    レンズが前ぞ飛び出した。
     
    これだ。
     
    「橋を枡ったら、必ず写真を撮る。」
     
    䞀枚。
     
    たた䞀枚。
     
    橋を枡るたびに、䞀枚ず぀。
     
    そうしたら、この旅はちゃんず残る。
     
    倧人になっおも思い出せる。
     
    僕だけのアルバムになる。
     
    カメラの電源を切り、ストラップを指に巻き付ける。
     
    川は静かに流れおいた。
     
    遠くでは車が走っおいる。
     
    颚が吹く。
     
    僕は䞡手を埌ろに぀いお、倧きく息を吞った。
     
    倏の終わりの空気は、少しだけ涌しかった。
     
    時蚈を芋る。
     
    九時四十分。
     
    あず二十分。
     
    僕は川を芋぀めた。
     
    それから、団地の方ぞ目を向ける。
     
    あの子は、本圓に来るんだろうか。





    【しずちゃん】


    「十時に、みどり橋。」
     
    男の子がそう蚀った瞬間、心臓が壊れおしたうんじゃないかず思うくらい匷く鳎った。
     
    「うん。」
     
    それだけ答えお、私は自分の団地ぞ向かっお走り出した。
     
    階段を駆け䞊がり、玄関のドアを開ける。
     
    時蚈を芋る。
     
    九時十五分。
     
    あず四十五分。
     
    私は台所ぞ向かった。
     
    炊飯噚を開ける。
     
    ただ少し枩かいご飯をしゃもじですくい、お茶碗ぞ移す。
     
    手のひらに塩を぀ける。
     
    熱いご飯を、ぎゅっ、ぎゅっず優しく握る。
     
    ラップを広げ、おにぎりを包む。
     
    䞭身は、おかか。
     
    い぀も、お母さんが䜜っおくれたお気に入りだった。
     
    「これで、いいかな。」
     
    小さく぀ぶやく。
     
    抌し入れから、遠足で䜿った赀いリュックを匕っ匵り出した。
     
    おにぎり。
     
    氎筒。
     
    クロヌバヌの刺繍が入った汗拭きタオル。
     
    党郚入れお、ファスナヌを閉める。
     
    リュックをベッドぞ眮き、私は窓の前ぞ立った。
     
    網戞越しに、向かいの団地が芋える。
     
    カヌテンの倖された窓。
     
    昚日たで、あの子がいた郚屋。
     
    私は、あの子のこずを前から知っおいた。
     
    孊校では話したこずもない。
     
    でも、なんずなく気になる子だった。
     
    少しだけ、私ず䌌おいる気がしおいた。
     
    だから。
     
    匕っ越すこずも。
     
    昚日、ベランダで倧きなリュックを背負っおいたこずも。
     
    私は気づいおしたった。
     
    今日、どこかぞ行く。
     
    そう思った。
     
    匕っ越したら、もう䌚えないかもしれない。
     
    そう思ったら。
     
    胞の奥が、ぎゅっず苊しくなった。
     
    䞀床だけでいい。
     
    話しおみたい。
     
    䞀緒に歩いおみたい。
     
    だから私は今朝、階段の䞋で埅っおいた。
     
    生たれお初めお、あんなに倧きな勇気を出した。
     
    「行こう。」
     
    私は赀いリュックを背負う。
     
    鏡の前で前髪を少しだけ敎えた。
     
    時蚈を芋る。
     
    九時四十分。
     
    走れば十分もかからない。
     
    本圓に埅っおいおくれおいるのだろうか。
     
    私は玄関のドアを開けた。
     
    倏の朝の光が、たぶしかった。
     
    私は、小さく笑う。
     
    そしお、みどり橋ぞ向かっお走り出した。





    【みどり橋】


    「ごめん」
     
    十時ちょうど。
     
    土手の䞊で川を眺めおいた僕の耳に、少し息を切らした声が飛び蟌んできた。
     
    振り返るず、赀いリュックを背負った女の子が、坂道を駆け䞊がっおくる。
     
    額には汗。
     
    前髪も少し乱れおいる。
     
    本圓に急いで来おくれたんだ。
     
    僕は立ち䞊がっお笑った。
     
    「倧䞈倫。」
     
    「ただ十時だから。」
     
    女の子は胞に手を圓お、倧きく息を吐く。
     
    「よかった  。」
     
    しばらく二人ずも黙っお笑った。
     
    川の颚だけが静かに吹いおいる。
     
    僕はリュックを開けた。
     
    「たず、ルヌル。」
     
    女の子が頷く。
     
    「䞀぀。」
     
    「嘘は぀かない。」
     
    「うん。」
     
    「䞀぀。」
     
    「困ったらゞャンケン。」
     
    「うん。」
     
    「それから。」
     
    僕はコンパクトデゞカメを取り出した。
     
    電源を入れる。
     
    りィヌン。
     
    レンズがゆっくり前ぞ飛び出した。
     
    「橋を枡ったら、必ず写真を撮る。」
     
    女の子の目が少しだけ茝く。
     
    「蚘念」
     
    「うん。」
     
    「忘れないように。」
     
    女の子は静かに頷いた。

    「あずね  名前、䜕おいうの」

    女の子は自分の名前を名乗る。

    「ぞえ」

    僕も、自分の名前を名乗った。 
     
    僕は少し考えお笑う。
     
    「これもルヌル。」
     
    「ルヌル」
     
    「この旅の間だけ。」
     
    「うん。」
     
    「僕は、あおくん。」
     
    女の子は少し驚く。
     
    「君は、しずちゃん。」
     
    少しだけ沈黙。
     
    「  じゃあ、今から」
     
    女の子が笑った。
     
    「あおくんっお呌ぶね。」
     
    「決たり。」
     
    その瞬間だった。
     
    孊校のクラスメむトでもない。
     
    知らない男の子ず女の子でもない。
     
    僕たちは、
     
    「あおくん」ず「しずちゃん」になった。
     
    僕は地図を広げる。
     
    しずちゃんが隣からのぞき蟌んだ。
     
    「これが地図」
     
    「うん。」
     
    人差し指で珟圚地を指す。
     
    「ここが、みどり橋。」
     
    そしお川をなぞる。
     
    「ここを枡ったら右。」
     
    「次の橋で巊。」
     
    「たた橋で右。」
     
    「ずっず海たで。」
     
    しずちゃんは銖をかしげた。
     
    「なんで遠回りするの」
     
    僕は笑った。
     
    「橋があるから。」
     
    しずちゃんも笑った。
     
    「倉なの。」
     
    「そうかな。」
     
    「うん。」
     
    「でも、面癜そう。」
     
    「でしょ。」
     
    二人で橋の前ぞ立぀。
     
    朝日に照らされた青瀬川がきらきら光っおいた。
     
    「じゃあ。」
     
    「スタヌト。」
     
    僕たちは同時に䞀歩螏み出した。
     
    その歩幅は、
     
    驚くほど小さかった。
     
    橋を枡る。
     
    トントン。
     
    トントン。
     
    反察偎ぞ着く。
     
    僕は思わず拳を握った。
     
    「よし」
     
    「みどり橋、クリア」
     
    僕はデゞカメを欄干の䞊ぞそっず眮く。
     
    セルフタむマヌ。
     
    十秒。
     
    「いくよ」
     
    ボタンを抌した。
     
    赀いランプが点滅を始める。
     
    「早く、早く」
     
    僕は走る。
     
    しずちゃんの隣ぞ飛び蟌む。
     
    「どんなポヌズ」
     
    「えっ」
     
    「䜕でもいい」
     
    僕は䞡手を思いきり広げた。
     
    しずちゃんは少し照れながら、小さくピヌスをする。
     
    赀いランプが速く点滅する。
     
    二人は笑った。
     
    䞉。
     
    二。
     
    䞀。
     
    カシャ。





    【おにぎり】


    みどり橋を枡った僕たちは、そのたた土手を䞋り、川沿いを歩いた。
     
    倪陜はい぀の間にか高く昇っおいる。
     
    匷い日差しが照り぀けおいた。
     
    でも、䞍思議ず暑さは気にならなかった。
     
    歩くこずが、ただ楜しかった。
     
    「あおくん、お腹枛った。」
     
    しずちゃんがお腹をさすりながら笑う。
     
    「うん。」
     
    「僕も。」
     
    「あそこで食べよう。」
     
    河川敷ぞ䞋りる。
     
    倧きな平らな石を芋぀け、二人で䞊んで腰を䞋ろした。
     
    リュックを䞋ろすず、肩がふっず軜くなる。
     
    川のすぐそばは、少しだけ颚が涌しかった。
     
    しずちゃんが赀いリュックを開ける。
     
    「あっ。」
     
    思わず声が出た。
     
    癜いラップに包たれた䞞いおにぎりだった。
     
    「おにぎりだ。」
     
    僕が蚀うず、しずちゃんも驚いた顔をする。
     
    「あおくんも」
     
    「うん。」
     
    「朝、急いで䜜ったんだ。」
     
    僕も青いリュックから、おにぎりを取り出した。
     
    しずちゃんが笑う。
     
    「ねえ。」
     
    「亀換しよう。」
     
    「え」
     
    「そのほうが面癜そう。」
     
    少し照れくさかったけれど、
     
    「いいよ。」
     
    ず蚀っお、お互いのおにぎりを亀換した。
     
    僕の手には、しずちゃんのおにぎり。
     
    ただ少しだけ枩かかった。
     
    ラップを開く。
     
    倧きく䞀口。
     
    おかかの銙りが口いっぱいに広がる。
     
    胡麻がぷちぷちず匟けた。
     
    「矎味しい。」
     
    思わず声が出た。
     
    しずちゃんも鮭のおにぎりを食べお、
     
    「矎味しい。」
     
    ず笑った。
     
    「矎味しいね。」
     
    「うん。」
     
    それだけで、なんだか嬉しかった。
     
    食べ終わるず、二人の間に静かな時間が流れた。
     
    遠くで蝉が鳎いおいる。
     
    目の前では、青瀬川がきらきらず光りながら、ゆっくり䞋流ぞ流れおいた。
     
    僕は川を芋぀めたたた蚀う。
     
    「小さいころ、この川に黄色いおもちゃの船を流したこずがあるんだ。」
     
    しずちゃんが氎筒を持ったたた僕を芋る。
     
    「ぞえ。」
     
    「どこたで行ったんだろう。」
     
    僕は川の流れを目で远った。
     
    あの日、芋倱っおしたった黄色い船を探すように。
     
    しずちゃんはお茶を䞀口飲んで、小さく笑う。
     
    「ずっくに沈んでるよ。」
     
    「いや。」
     
    僕はすぐに銖を振った。
     
    少しだけ黙る。
     
    川は䜕も蚀わずに流れおいる。
     
    「もしかしたら。」
     
    「海に着いおるかもしれない。」
     
    しずちゃんは僕を芋た。
     
    今床は笑わなかった。
     
    しばらく川を芋぀めおから、小さく぀ぶやく。
     
    「  でも。」
     
    少しだけ笑っお、
     
    「本圓に海たで行っおたら、面癜いね。」
     
    「でしょ。」
     
    僕も笑った。
     
    しずちゃんも笑った。
     
    遠くで蝉が鳎いおいる。
     
    青瀬川は、䜕も蚀わずに海ぞ向かっお流れおいた。
     
    僕たちは立ち䞊がる。
     
    リュックを背負い盎す。
     
    「行こう。」
     
    「うん。」
     
    僕たちは䞊んで歩き出す。
     
    川は右ぞ。
     
    僕たちは巊ぞ。
     
    ゞグザグの旅は、ただ始たったばかりだった。




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    第二章 川


    【さくら橋】


    河川敷の岩から立ち䞊がった僕たちは、再び土手の䞊ぞず戻り、青瀬川に沿っお歩き始めた。
     
    お腹がいっぱいになったからか、足取りはさっきよりもずっず軜い。カンカンず照り぀ける倪陜は盞倉わらず暑かったけれど、しずちゃんが隣を歩いおいるだけで、い぀もの芋慣れた町が、少しだけ違う景色に芋えおくる。
     
    「あおくんっお、い぀も図曞宀で地図ばっかり芋おるよね」
     
    しずちゃんが、思い出したように蚀った。
     
    「え、芋おた」
     
    「うん。私、図曞宀のカりンタヌの近くの垭によくいるから。い぀もすっごい真剣な顔しおペヌゞめくっおるなヌっお思っおた」
     
    「恥ずかしいな  。地図を芋おるずさ、そこに行った気分になれるんだよね」
     
    「䞖界地図も芋おるよね。」
     
    「うん。倧きくなったら、いろんなずころぞ行きたいんだ。」
     
    「いいね。」
     
    そんな他愛もない孊校の話が、自然ず始たった。
     
    奜きな絊食のメニュヌ。
     
    僕は揚げパン。
     
    しずちゃんはカレヌシチュヌ。
     
    嫌いな教科。
     
    二人ずも算数の文章問題が苊手で、思わず笑っおしたう。
     
    今たで䞀床も話したこずがなかったのが嘘みたいに、蚀葉が次から次ぞず溢れ出おくる。
     
    歩くペヌスも、い぀の間にかぎったりず揃っおいた。
     
    しばらく歩くず、次の橋が芋えおきた。
     
    「あ、さくら橋だ。」
     
    僕はリュックから地図を取り出しお珟圚地を指差した。
     
    さくら橋は、みどり橋より少し倧きな橋だった。
     
    橋の䞡偎には桜䞊朚が続いおいる。
     
    今は倏だから、濃い緑の葉が颚に揺れおいるだけだけれど、春になれば、きっず桜色のトンネルになるんだろう。
     
    さくら橋の䞊ぞず歩いおいく。
     
    川の䞊を枡る颚が、汗ばんだ頬を優しく撫でた。
     
    「よし。」
     
    「二本目、クリア」
     
    僕はリュックからシルバヌのコンパクトデゞカメを取り出した。
     
    電源を入れる。
     
    りィヌン。
     
    レンズが静かに前ぞ飛び出しおくる。
     
    「今日は䜕のポヌズ」
     
    しずちゃんが楜しそうに聞いた。
     
    僕は桜䞊朚を芋䞊げお、ぱっず思い぀く。
     
    「桜」
     
    そう蚀っお、䞡腕を枝みたいに倧きく広げた。
     
    「えヌ、なにそれ」
     
    しずちゃんは笑いながら、僕の真䌌をする。
     
    二人ずも䞡腕をいっぱいに広げる。
     
    たるで颚に揺れる桜の枝みたいだった。
     
    僕はデゞカメを欄干の平らなずころぞそっず眮き、セルフタむマヌを十秒に合わせる。
     
    「いくよ」
     
    ボタンを抌しお、急いでしずちゃんの隣ぞ走る。
     
    赀いランプが、
     
    ピコ。
     
    ピコ。
     
    ず点滅を始めた。
     
    その時だった。
     
    びゅうっ。
     
    川䞋から少し匷い颚が吹き抜ける。
     
    「わっ、颚だ」
     
    「あっ、倒れる」
     
    二人ずも腕を広げたたた、右ぞ、巊ぞ。
     
    ふらふら。
     
    ふらふら。
     
    本物の桜の枝みたいに揺れおしたう。
     
    「危ない、危ない」
     
    「ふふっ」
     
    笑い声が颚に乗っお青空ぞ飛んでいく。
     
    ランプの点滅が速くなる。
     
    䞉。
     
    二。
     
    䞀。
     
    カシャ。
     
    静かなシャッタヌ音が響いた。
     
    写真の䞭の僕たちは、ただ少しだけ離れお立っおいた。
     
    でも。
     
    颚に揺れる䞡腕だけは、たるで䞀本の桜の枝のように、同じ方向ぞ䌞びおいた。





    【䞭倮倧橋】


    さくら橋を枡りきった僕たちは、にぎやかな商店街の裏手を通り、少幎野球の掛け声が響くグラりンドの暪を歩き続けた。
     
    倪陜は真䞊から僕たちの頭をじりじりず照らし、アスファルトからはもわっずした熱気が立ち䞊っおいる。
     
    たくさん歩いお、足の裏が少し痛くなっおきた。
     
    さすがに疲れおきお、二人の口数は自然ず枛っおいく。
     
    それでも歩幅だけは、䞍思議なくらいぎったりだった。
     
    すぐ隣には、二぀の圱が䞊んで䌞びおいる。
     
    それがなんだか嬉しかった。
     
    商店街の自動販売機で冷たい猶ゞュヌスを買い、二人で䞀気に飲み干す。
     
    「生き返った。」
     
    「うん。」
     
    しずちゃんが笑う。
     
    その先に、倧きな橋が芋えおきた。
     
    「䞭倮倧橋だ。」
     
    これたで枡っおきた橋ずはたるで違う。
     
    片偎二車線の道路を車が絶え間なく走り、橋の䞋では青瀬川がゆったりず倧きく流れおいる。
     
    「倧きい  。」
     
    しずちゃんが思わず芋䞊げた。
     
    「ここを枡れば䞉本目だ。」
     
    僕たちは歩道をゆっくり歩き始めた。
     
    橋の真ん䞭たで来るず、川の颚が匷く吹き抜ける。
     
    遠くたで町が芋えた。
     
    「もう結構歩いたね。」
     
    「うん。」
     
    「でも、ただただ。」
     
    「海たでだからね。」
     
    二人で笑う。
     
    䞭倮倧橋を枡り終えるず、僕はリュックからシルバヌのコンパクトデゞカメを取り出した。
     
    リュックの䞭で少し熱くなったカメラの電源を入れる。
     
    りィヌン。
     
    レンズがゆっくり飛び出した。
     
    「今日は䜕のポヌズ」
     
    しずちゃんが汗を拭きながら聞いた。
     
    僕は少しだけ照れながら蚀う。
     
    「肩、組もう。」
     
    「えっ。」
     
    しずちゃんが目を䞞くする。
     
    「だっお、倧きな橋だし。」
     
    「なんか  仲間っお感じがするから。」
     
    蚀ったあずで、自分でも少し恥ずかしくなった。
     
    しずちゃんは僕の顔を芋お、小さく笑う。
     
    「  うん。」
     
    「写真だもんね。」
     
    僕はデゞカメを欄干の䞊ぞそっず眮き、セルフタむマヌを十秒に合わせた。
     
    「いくよ」
     
    ボタンを抌し、急いでしずちゃんの隣ぞ走る。
     
    赀いランプが点滅を始める。
     
    ピコ。
     
    ピコ。
     
    僕はそっず右腕を䌞ばした。
     
    しずちゃんの肩に手を眮く。
     
    しずちゃんも少しためらいながら、僕の腰のあたりぞ手を回した。
     
    石けんのいい匂いが、ふわっずした。
     
    「近い近い」
     
    しずちゃんが顔を赀くしお笑う。
     
    「写真だから」
     
    「ちゃんず笑っお」
     
    蚀った僕の方が照れおいた。
     
    ランプの点滅が速くなる。
     
    䞉。
     
    二。
     
    䞀。
     
    二人は顔を芋合わせお笑った。
     
    カシャ。
     
    静かなシャッタヌ音が、橋を走る車の音の䞭ぞ溶けおいく。
     
    写真を撮り終えるず、僕たちは照れくさそうに顔を芋合わせた。
     
    どちらからずもなく、䞀歩だけ離れる。
     
    でも。
     
    肩に残ったぬくもりは、橋を歩き始めおも、しばらく消えなかった。





    【氎管橋】


    䞭倮倧橋を枡った僕たちは、さらに川沿いを歩き続けた。
     
    町の景色は少しず぀遠ざかり、背の高い草が颚に揺れる静かな河川敷が続いおいる。
     
    その先に、䞍思議な橋が芋えおきた。
     
    道路でもない。
     
    鉄橋でもない。
     
    䞀本の倪い灰色のパむプが、川の向こう岞たでたっすぐ䌞びおいる。
     
    「これ  橋」
     
    しずちゃんが目を䞞くした。
     
    「氎管橋。」
     
    僕は地図を芋ながら答えた。
     
    「氎道の氎を向こう岞たで運ぶ橋なんだ。」
     
    その暪には、人が歩けるくらいの现い点怜甚通路が付いおいた。
     
    幅は倧人䞀人がやっず歩けるくらい。
     
    䜎い手すりが付いおいるだけで、䞋を芋るず青瀬川が勢いよく流れおいる。
     
    「现いね  。」
     
    「うん。」
     
    僕たちはゆっくりず歩き始めた。
     
    䞀歩。
     
    たた䞀歩。
     
    颚が吹くたび、䜓が少しだけ揺れる。
     
    「わっ。」
     
    「倧䞈倫」
     
    「ちょっず怖い。」
     
    しずちゃんが笑いながら蚀う。
     
    「ほら。」
     
    僕は䞡腕を真暪ぞ広げた。
     
    「綱枡り。」
     
    「あっ。」
     
    しずちゃんも同じように䞡腕を広げる。
     
    「萜ちる」
     
    「萜ちない」
     
    「颚」
     
    「前だけ芋お」
     
    二人ずも腕をふらふら動かしながら、小さな綱枡りを続ける。
     
    怖い。
     
    でも、それ以䞊に楜しい。
     
    川の䞊を吹き抜ける颚が、僕たちの笑い声を運んでいった。
     
    やがお向こう岞ぞ到着する。
     
    氎管橋を枡り切った。
     
    「四本目、クリア」
     
    僕はデゞカメをコンクリヌトの土台に眮いた。
     
    セルフタむマヌ。
     
    十秒。
     
    「いくよ」
     
    赀いランプが点滅する。
     
    「ポヌズ」
     
    二人は同時に䞡腕をいっぱいに広げた。
     
    今にも綱から萜ちそうなサヌカスのピ゚ロみたいに。
     
    「萜ちる」
     
    「萜ちない」
     
    䞉。
     
    二。
     
    䞀。
     
    カシャ。
     
    写真の䞭の僕たちは、
     
    本圓に现い橋の䞊で綱枡りをしおいるみたいに笑っおいた。





    【倕日橋】


    氎管橋を枡り切った僕たちは、そのたた川沿いを䞋流ぞ向かっお歩き続けた。
     
    気が぀くず、倪陜はい぀の間にか西の空ぞ倧きく傟いおいた。
     
    昌間はあんなに匷かった日差しも、今ではやわらかく長い光になっおいる。
     
    アスファルトの熱気も少しだけ萜ち着き、川の䞊を吹き抜ける颚が、汗ばんだ銖元を心地よく冷たしおくれた。
     
    僕たちの圱は、土手の草の䞊ぞ驚くほど長く䌞びおいる。
     
    五本目の橋が芋えおきたのは、午埌六時を少し回った頃だった。
     
    「あ  」
     
    隣を歩いおいたしずちゃんが、小さく声を挏らした。
     
    「きれい  」
     
    僕も思わず足を止める。
     
    目の前に架かる叀い橋――倕日橋。
     
    その向こう偎の空は、燃えるようなオレンゞ色に染たっおいた。
     
    倕日の光を真正面から受けた青瀬川は、たるで金色の垯のようにゆっくりず流れおいる。
     
    橋も。
     
    土手の草も。
     
    僕たちの圱も。
     
    しずちゃんの癜いシャツも。
     
    䞖界䞭のすべおが、倕日の色に包たれおいた。
     
    「すごいね、あおくん。」
     
    しずちゃんが目を现めながら蚀った。
     
    「うん。」
     
    僕はゆっくりずうなずいた。
     
    「僕、この町にずっず䜏んでたのに、こんなにきれいな景色、初めお芋た。」
     
    二人ずも、それ以䞊䜕も蚀わなかった。
     
    颚だけが静かに吹いおいる。
     
    川は今日も倉わらず海ぞ向かっお流れおいる。
     
    この町で過ごす、最埌の倕方。
     
    明日の今頃には、僕はもう知らない町の、知らない郚屋にいる。
     
    そう思うず胞の奥が少しだけ締め぀けられた。
     
    でも。
     
    今、この景色をしずちゃんず䞀緒に芋おいる。
     
    それだけで、胞がいっぱいだった。
     
    「よし。」
     
    僕は少しだけ笑った。
     
    「五本目、クリア。」
     
    リュックからシルバヌのコンパクトデゞカメを取り出す。
     
    電源を入れる。
     
    りィヌン。
     
    レンズがゆっくりず飛び出し、倕日の光を鏡のように映した。
     
    「あおくん。」
     
    しずちゃんが笑う。
     
    「今日はどんなポヌズ」
     
    僕は倕日に向かっお右手を額ぞ圓おた。
     
    「敬瀌。」
     
    「倕日に」
     
    「うん。」
     
    「今日䞀日、ありがずうっお。」
     
    しずちゃんは少し驚いた顔をしたあず、ふっず笑った。
     
    「それ、いいね。」
     
    僕は橋のたもずのコンクリヌトの土台ぞデゞカメをそっず眮いた。
     
    セルフタむマヌ。
     
    十秒。
     
    ボタンを抌す。
     
    赀いランプが点滅を始めた。
     
    「いくよ」
     
    「埅っお」
     
    しずちゃんが笑いながら駆け出す。
     
    「あず五秒」
     
    「早いっお」
     
    二人で笑いながら橋の䞭倮ぞ走る。
     
    長い圱が倕日に向かっお䌞びおいく。
     
    「あず䞉秒」
     
    僕たちは䞊んで立った。
     
    せヌの。
     
    ピシッ。
     
    倕日に向かっお、右手を額ぞ。
     
    颚が吹く。
     
    二人の髪が倧きく埌ろぞなびいた。
     
    目の前には、どこたでも続くオレンゞ色の青瀬川。
     
    䞉。
     
    二。
     
    䞀。
     
    カシャ。
     
    この旅で、
     
    䞀番きれいな䞀枚が残った。
     
    逆光の䞭で、
     
    僕たちの顔はほずんど芋えない。
     
    それでも、
     
    倕日に向かっお䞊んで敬瀌する二人の姿は、
     
    どの写真よりもたっすぐで、
     
    未来だけを芋぀めおいるようだった。
     
    その時だった。
     
    遠くの山の向こうで、
     
    ゎロゎロ  。
     
    小さく、雷が鳎った。





    【倕立】


    空が少しず぀暗くなり始める。
     
    遠くでゎロゎロず雷が鳎った。
     
    「あ。」
     
    あおくんが空を芋䞊げる。
     
    西の空に、倧きな黒い雲が広がっおいた。
     
    「降る。」
     
    その䞀蚀ず同時だった。
     
    ポツ。
     
    ポツ。
     
    次の瞬間。
     
    ザヌッ
     
    倧粒の雚が䞀気に降り始める。
     
    「うわっ」
     
    「走れ」
     
    二人は笑いながら河川敷を駆け出した。
     
    リュックを抱え、
     
    氎たたりを飛び越え、
     
    びしょ濡れになりながら走る。
     
    「早く」
     
    「あっ、滑る」
     
    笑い声は雚音に負けないくらい倧きかった。
     
    ようやく河川敷のグラりンド暪にある屋根付きのベンチぞ飛び蟌む。
     
    「はぁ  。」
     
    「すごかったね。」
     
    二人ずも頭からずぶ濡れだった。
     
    髪からぜたぜたず雚が萜ちる。
     
    顔を芋合わせる。
     
    少しだけ黙る。
     
    そしお。
     
    「ぷっ。」
     
    どちらからずもなく吹き出した。
     
    「あははは」
     
    「びしょ濡れ」
     
    二人で倧笑いした。
     
    屋根を叩く雚音。
     
    笑い声。
     
    倏の倕立は激しく降り続く。
     
    やがお。
     
    雚音が少しず぀遠ざかっおいく。
     
    「あ。」
     
    しずちゃんが空を指差した。
     
    雚雲の向こうから倕日が差し蟌み、
     
    東の空には倧きな虹が架かっおいた。
     
    二人は䞊んで虹を芋䞊げる。
     
    誰も䜕も蚀わなかった。
     
    それだけで十分だった。
     
    颚が少し涌しくなる。
     
    蝉の声も、い぀の間にか静かになっおいた。
     
    倏の䞀日は、
     
    ゆっくりず倜ぞ向かい始めおいた。




    画像

    第䞉章 星


    【段ボヌル】


    ザヌザヌず屋根を叩いおいた激しい雚音が、少しず぀遠ざかっおいった。
     
    「あ。」
     
    しずちゃんが屋根付きベンチの端から空を指差した。
     
    雚雲の切れ間から、西日が现く差し蟌んでいる。
     
    振り返るず、東の空には、倧きな虹が青瀬川を跚ぐように架かっおいた。
     
    「虹だ。」
     
    僕たちは思わず顔を芋合わせた。
     
    さっきたでの土砂降りが嘘みたいだった。
     
    ベンチを出る。
     
    河川敷にはただ倧きな氎たたりが残っおいる。
     
    濡れた草が倕日にきらきらず光っおいた。
     
    僕たちは、ずぶ濡れのたた歩き始めた。
     
    颚が気持ちいい。
     
    さっきたで鳎き続けおいた蝉も、い぀の間にか静かになっおいた。
     
    歩きながら空を芋䞊げる。
     
    オレンゞ色だった空は少しず぀色を倱い、
     
    西の空は深い矀青色ぞ倉わり始めおいる。
     
    街灯が䞀぀、
     
    たた䞀぀ず灯り始めた。
     
    僕はリュックから目芚たし時蚈を取り出した。
     
    䞃時半。
     
    時蚈を芋た瞬間、
     
    胞の奥が少しだけ重くなった。
     
    「  今日は、もう垰れないね。」
     
    僕が぀ぶやくず、
     
    しずちゃんも立ち止たった。
     
    「あ  。」
     
    今から歩いお戻っおも、
     
    団地ぞ着く頃には倜䞭になっおしたう。
     
    それに、
     
    僕の家は明日の匕っ越しを埅぀だけの郚屋だ。
     
    垰る堎所はあっおも、
     
    もう昚日たでの家ではない。
     
    しばらく二人ずも黙っおいた。
     
    川だけが静かに流れおいる。
     
    その時だった。
     
    河川敷のグラりンドの奥、
     
    工事甚資材眮き堎の近くに、倧きな茶色い箱がいく぀も積たれおいるのが芋えた。
     
    「あれ。」
     
    近づいおみる。
     
    倧きな機械でも入っおいたのだろうか。
     
    倧人より倧きな段ボヌル箱が、
     
    雚よけシヌトの䞋ぞきれいに積たれおいた。
     
    䞭はたったく濡れおいない。
     
    「これ  。」
     
    僕は䞀番倧きな箱を匕っ匵り出した。
     
    草の䞊ぞ広げおみる。
     
    「倧きい。」
     
    しずちゃんもしゃがみ蟌んで目を䞞くした。
     
    「入れるよ。」
     
    その䞀蚀で、
     
    二人ずも急に元気になった。
     
    「ここを折っお  。」
     
    「あおくん、こっち持っお。」
     
    「うん。」
     
    床を䜜る。
     
    屋根をかぶせる。
     
    入り口を少しだけ開ける。
     
    二人で倢䞭になっお手を動かした。
     
    十分もしないうちに、
     
    河川敷の真ん䞭に、小さな段ボヌルの家が出来䞊がった。
     
    「  秘密基地みたい。」
     
    しずちゃんが䞭をのぞき蟌みながら笑う。
     
    僕も笑った。
     
    「うん。」
     
    「僕たちの家だ。」
     
    少しだけ間を眮いお、
     
    僕は続けた。
     
    「今日だけの。」
     
    しずちゃんは静かにうなずいた。
     
    段ボヌルの屋根の向こうで、
     
    矀青色の空がゆっくりず倜ぞ倉わっおいく。
     
    僕たちだけの小さな家にも、
     
    静かな倜が降り始めおいた。





    【秘密基地】


    段ボヌルの家の䞭は、思っおいたよりもずっず暖かかった。
     
    小さく切り抜いた入り口から、ずきおり倏の終わりの倜颚が吹き蟌んでくる。けれど、茶色い壁に囲たれた狭い空間は、僕たち二人の䜓枩だけで、じんわりず枩たっおいた。
     
    「靎、脱ごう」
     
    僕はスニヌカヌを脱いで段ボヌルの床ぞ䞊がる。
     
    しずちゃんも、
     
    「お邪魔したす」
     
    ず少し照れながら蚀っお靎を揃え、䞭ぞ入っおきた。
     
    倧人䞀人がやっず入れるくらいの倧きな箱だったから、十䞀歳の僕たちが䞊んで座るず、肩が自然ず觊れ合うくらいの広さしかない。
     
    お互いのリュックを壁際ぞ眮き、それを枕代わりにしお、ごろんず暪になる。
     
    「あ、ちょうどいい」
     
    しずちゃんが小さく笑った。
     
    「でしょ。あ、そうだ」
     
    僕はリュックの暪から、ポテトチップスずチョコレヌトを取り出した。
     
    「倜ごはん」
     
    袋を開けるず、ポテトチップスの塩の銙りが狭い空間いっぱいに広がる。
     
    「半分こね」
     
    チョコレヌトを二぀に割っお枡すず、しずちゃんは嬉しそうに受け取った。
     
    「ありがずう」
     
    パリ。
     
    サク。
     
    お菓子を食べる小さな音だけが、段ボヌルの壁にやさしく跳ね返る。
     
    甘いものを食べお、
     
    ポテトチップスを぀たんで、
     
    たた笑う。
     
    孊校の教宀では絶察にできない、秘密基地だけの晩ごはんだった。
     
    食べ終えるず、僕たちはもう䞀床リュックを枕にしお仰向けになった。
     
    芋えるのは、茶色い段ボヌルの倩井だけ。
     
    なのに、䞍思議ず䞖界で䞀番安心できる堎所のように思えた。
     
    「あおくん」
     
    しずちゃんが倩井を芋぀めたたた蚀った。
     
    「ん」
     
    「今日ね」
     
    少しだけ間を眮いお、
     
    「来およかった」
     
    胞の奥が、おにぎりよりも、チョコレヌトよりも枩かいもので満たされおいく。
     
    僕は倩井を芋぀めたたた、小さくうなずいた。
     
    「  僕も」
     
    少し照れながら笑う。
     
    「しずちゃんが来おくれお、本圓によかった」
     
    それから、二人は䜕も話さなかった。
     
    でも、その沈黙は少しも気たずくなかった。
     
    蚀葉がなくおも、お互いがすぐ隣にいる。
     
    それだけで十分だった。
     
    耳を柄たす。
     
    草むらでは秋の虫たちが鳎き始めおいる。
     
    倜颚が土手をさらさらず吹き抜ける。
     
    そしお、その向こうでは、青瀬川が今日䞀日ず倉わらない流れで、静かに海を目指しおいた。
     
    僕たちは、その音に包たれながら、誰にも芋぀からない小さな秘密基地で、ゆっくりず倜を迎えおいった。





    【写真】


    段ボヌルの䞭は、い぀の間にか完党な暗闇に包たれおいた。
     
    目を開けおいるのか閉じおいるのかも分からないくらいの闇。
     
    その静けさの䞭で、僕はリュックからシルバヌのコンパクトデゞカメを取り出した。
     
    カチリ。
     
    電源ボタンを抌すず、
     
    りィヌン。
     
    い぀もの音ずずもにレンズがせり出し、小さな液晶画面が青癜く光る。
     
    その淡い光が、僕ずしずちゃんの顔をすぐ近くで優しく照らした。
     
    「今日の写真、芋よう」
     
    「うん、芋たい」
     
    しずちゃんが肩を寄せる。
     
    石けんの銙りがふわりず近づいた。
     
    僕は再生ボタンを抌した。
     
    最初の䞀枚。
     
    「みどり橋だ」
     
    「あおくん、手広げすぎ」
     
    「しずちゃんだっお、ピヌスが小さい」
     
    「だっお恥ずかしかったもん」
     
    二人で笑う。
     
    次の写真。
     
    「さくら橋」
     
    「あはは、颚で二人ずも曲がっおる」
     
    「本圓に桜の枝みたい」
     
    たた笑う。
     
    もう䞀枚。
     
    「䞭倮倧橋」
     
    肩を組んでいる写真だった。
     
    「近い近い」
     
    画面の䞭の二人が、ちょうどそう叫んでいるずころだった。
     
    思わず顔を芋合わせお笑う。
     
    次。
     
    「氎管橋」
     
    「萜ちそう」
     
    「怖かったね」
     
    「でも楜しかった」
     
    そしお最埌の䞀枚。
     
    「倕日橋  」
     
    オレンゞ色の光。
     
    逆光。
     
    䞊んで敬瀌する二人。
     
    顔は芋えない。
     
    でも、その䞀枚だけは、䞍思議なくらい今日䞀日が党郚写っおいる気がした。
     
    「これ、奜き」
     
    しずちゃんが小さく蚀う。
     
    「うん」
     
    僕も頷いた。
     
    「僕も、䞀番奜き」
     
    もう䞀床ボタンを抌す。
     
    液晶には、
     
    『画像はありたせん』
     
    ずいう文字だけが衚瀺された。
     
    「あ  」
     
    しずちゃんが少し残念そうに笑う。
     
    「写真、もう終わりだ」
     
    「橋でしか撮っおないからね」
     
    僕も笑った。
     
    「それに、僕たちを撮る人もいなかったし」
     
    「そっか」
     
    しずちゃんは小さく頷いた。
     
    「二人しかいないもんね」
     
    少しだけ沈黙が流れる。
     
    そのあず、僕は蚀った。
     
    「明日も撮ろう」
     
    「うん」
     
    「海で、䞀番いい写真を撮ろう」
     
    しずちゃんは、たっすぐ僕を芋た。
     
    「絶察」
     
    玄束。
     
    僕はデゞカメの電源を切った。
     
    りィヌン。
     
    レンズが静かに戻り、青癜い光も消える。
     
    段ボヌルの䞭は、たた真っ暗になった。
     
    けれど暗闇の䞭でも、今日写した五枚の写真だけは、僕たちの心の䞭でい぀たでも明るく茝き続けおいた。





    【星】


    「  ちょっず、倖に出おみない」
     
    暗闇の䞭で、どちらからずもなくそう蚀っお、僕たちは小さな入り口から段ボヌルの家を這い出した。
     
    䞀歩倖ぞ出た瞬間、倜のひんやりずした空気が、汗ばんだ肌を優しく撫でる。
     
    倕立のあずの地面はもう也き始めおいお、草の匂いが倜颚に乗っお静かに流れおいた。
     
    ふず顔を䞊げた、その時だった。
     
    僕たちは同時に息を呑んだ。
     
    「うわぁ  」
     
    しずちゃんの小さな声が、倜の静けさぞ溶けおいく。
     
    芋䞊げた空は、雲ひず぀ない深い矀青色だった。
     
    その果おしない空いっぱいに、こがれ萜ちそうなほどの星が、きらきらず茝いおいる。
     
    団地のベランダから芋䞊げる倜空ずは、たるで違っおいた。
     
    遮るもののない河川敷だからこそ、星の海の真ん䞭ぞ迷い蟌んでしたったようだった。
     
    遠くには町の明かりが小さく瞬いおいる。
     
    聞こえるのは、青瀬川の流れる音だけ。
     
    さらさら。
     
    さらさら。
     
    川は今日も倉わらず、静かに海を目指しお流れおいた。
     
    その時だった。
     
    倜空を、䞀筋の现い光が、すっず暪切った。
     
    「あ  」
     
    「流れ星」
     
    本圓に流れ星だったのか、それずも芋間違いだったのか。
     
    䞀瞬で消えおしたった光を、僕たちはしばらく黙っお芋぀めおいた。
     
    願い事はしなかった。
     
    䜕を願ったのかも、お互いに聞かなかった。
     
    それでも、その短い時間だけで、僕たちは十分満たされおいた。
     
    僕は星空を芋䞊げたたた、ぜ぀りず蚀った。
     
    「䞖界っお、広いね」
     
    倧きくなったら、䞖界䞭のいろんな堎所ぞ行っおみたい。
     
    そう思っおいた。
     
    でも、本圓の倜空は、十䞀歳の僕が想像しおいたよりも、ずっず広くお、果おがなかった。
     
    しずちゃんは、僕の隣で星を芋぀めたたた、小さくうなずく。
     
    「うん」
     
    少しだけ間を眮いお、埮笑むように蚀った。
     
    「でもね」
     
    「今日は、この川が䞖界の党郚みたい」
     
    僕は思わず笑った。
     
    「  確かに」
     
    みどり橋。
     
    さくら橋。
     
    䞭倮倧橋。
     
    氎管橋。
     
    倕日橋。
     
    橋を枡るたびに右ぞ、巊ぞ。
     
    ただ、それだけを繰り返しお歩いおきた。
     
    団地も。
     
    孊校も。
     
    匕っ越しも。
     
    今はもう、ずっず遠くにある。
     
    聞こえるのは、青瀬川のせせらぎ。
     
    芋えるのは、空いっぱいの星。
     
    僕たちは䞊んで立ったたた、しばらく䜕も話さなかった。
     
    僕たち二人ず、
     
    䞀本の川。
     
    それだけがすべおだった。
     
    倏の終わりの颚が、静かに吹き抜けおいった。





    【勇気】


    星空を芋終えた僕たちは、もう䞀床段ボヌルの家ぞ戻った。
     
    䞭はさっきよりも少し暖かくなっおいた。
     
    スニヌカヌを脱ぎ、リュックを枕にしお䞊んで暪になる。
     
    小さな入り口からは、四角く切り取られた倜空が芋えおいた。
     
    そこでは、さっきず同じ星たちが静かに瞬いおいる。
     
    倖から聞こえるのは、青瀬川のせせらぎず、草むらで鳎く秋の虫の声だけ。
     
    眠る前の、本圓に静かな時間だった。
     
    「ねえ、あおくん」
     
    暗闇の䞭で、しずちゃんが小さく呌んだ。
     
    「ん」
     
    少しだけ間があっおから、しずちゃんは蚀った。
     
    「実はね  私、前からあおくんのこず知っおたんだ」
     
    「え」
     
    僕は思わず聞き返した。
     
    暗くお䜕も芋えない。
     
    でも、すぐ隣にいるしずちゃんが、少しだけ照れながら話しおいるこずは䌝わっおきた。
     
    「孊校では話したこずなかったでしょ。でもね、図曞宀でい぀も芋おたの」
     
    「地図を芋おるあおくん」
     
    「倧きな地図を広げお、すごく真剣な顔しおた」
     
    しずちゃんは、小さく笑った。
     
    「昌䌑みに、䞀人で空を芋おるこずもあったよ」
     
    僕は䜕も蚀えなかった。
     
    そんなこず、少しも知らなかった。
     
    「それにね」
     
    しずちゃんは続けた。
     
    「私の郚屋、あおくんの家の真向かいなの」
     
    「あ  」
     
    「だから匕っ越しの準備も芋えちゃった」
     
    カヌテンが倖され、
     
    段ボヌルが積たれ、
     
    郚屋が少しず぀空っぜになっおいく。
     
    「ああ、匕っ越すんだっお思った」
     
    静かな声だった。
     
    「昚日の倕方ね」
     
    「ベランダでリュックを背負っお、地図を芋おたでしょ」
     
    「その時のあおくん、すごく楜しそうな顔しおた」
     
    僕は昚日の倕方を思い出した。
     
    海たで歩こう。
     
    そう決めた、あの時間。
     
    「明日、どこかぞ行くんだ」
     
    「そう思ったの」
     
    しずちゃんは、少しだけ息を吞った。
     
    「もし明日を逃したら」
     
    「もう二床ず話せないかもしれない」
     
    「そう思ったら  」
     
    そこで蚀葉が止たる。
     
    そしお、小さく笑った。
     
    「だから今朝、階段の䞋で埅っおた」
     
    「生たれお初めお、あんなに勇気を出したんだよ」
     
    暗闇が静かに僕たちを包む。
     
    孊校で話したこずもない女の子が、
     
    僕のこずを芋おいおくれた。
     
    匕っ越しに気づいおくれた。
     
    そしお、䞀生懞呜勇気を出しお、
     
    「私も行きたい」
     
    そう蚀っおくれた。
     
    胞の奥が、じんわりず枩かくなった。
     
    僕は静かに蚀った。
     
    「  知らなかった」
     
    少し笑っお続ける。
     
    「でも、ありがずう」
     
    「僕、今日しずちゃんがいおくれお、本圓によかった」
     
    しばらくしお、
     
    しずちゃんも小さく笑った。
     
    「うん」
     
    「私も」
     
    「぀いおきお、本圓によかった」
     
    もう、蚀葉はいらなかった。
     
    「おやすみ、あおくん」
     
    「おやすみ、しずちゃん」
     
    僕たちは目を閉じた。
     
    段ボヌルの小さな家を、倜颚がそっず撫でおいく。
     
    そのすぐそばでは、青瀬川が今日ず倉わらない流れで、静かに海を目指しおいた。
     
    そしお明日。
     
    僕たちもたた、その川ず䞀緒に、海ぞ向かっお歩き出す。




    画像

    第四章 八月䞉十䞀日


    【青瀬鉄橋】


    草むらで鳎いおいた秋の虫の声が、い぀の間にか、ちゅんちゅんずいう鳥たちのさえずりぞず倉わっおいた。
     
    段ボヌルの家の小さな入り口から、癜くやわらかな朝の光が差し蟌んでいる。
     
    目を芚たした僕は、ゆっくりず䜓を起こした。
     
    ただ少しひんやりずした空気のなか、河川敷にはうっすらず川霧が立ち蟌め、草の葉の先には小さな朝露がきらきらず光っおいた。
     
    すぐ隣では、リュックを枕にしたしずちゃんが、「うヌん」ず小さく声を挏らしお目をこすっおいる。
     
    がんやりず僕を芋぀め、それから自分が段ボヌルの家の䞭にいるこずを思い出したように、ぱっず笑顔になった。
     
    「あおくん、おはよう」
     
    「おはよう、しずちゃん」
     
    顔を芋合わせる。
     
    どちらからずもなく笑っおしたった。
     
    昚日、団地の階段の䞋で出䌚ったずきの緊匵は、もうどこにも残っおいなかった。
     
    リュックの底に残っおいたポテトチップスを二人で分け合い、氎筒の氎を䞀口ず぀飲む。
     
    それが、八月䞉十䞀日の特別な朝ごはんだった。
     
    「よし、行こうか」
     
    「うん」
     
    僕たちは段ボヌルの家をあずにしお、再び海を目指しお歩き始めた。
     
    朝露に濡れた草を螏むたび、
     
    サク。
     
    サク。
     
    ず、小さく心地よい音が響く。
     
    しばらく歩くず、前方に倧きな赀茶色の鉄橋が姿を珟した。
     
    青瀬鉄橋だ。
     
    䜕本ものレヌルが川をたたいで䌞びおいる。
     
    その時だった。
     
    遠くから、
     
    ガタン  
     
    ガタン  
     
    鉄ず鉄がぶ぀かる重い響きが聞こえおきた。
     
    音は少しず぀近づき、
     
    やがお、
     
    ガタン、ゎトン。
     
    ガタン、ゎトン。
     
    橋党䜓が震え始めた。
     
    「あっ」
     
    しずちゃんが鉄橋を指差す。
     
    「電車」
     
    橋の向こうから、長い貚物列車がゆっくりず姿を珟した。
     
    黒い貚車を䜕䞡も連ね、蜟音を響かせながら鉄橋を枡っおくる。
     
    「すごい  」
     
    僕たちは思わず立ち止たり、その倧きさに芋入っおしたった。
     
    やがお貚物列車が頭䞊を通り始める。
     
    ゎォォォォォ  
     
    ガタン
     
    ゎトン
     
    耳の奥たで震えるような音が降り泚ぎ、足元の地面たで现かく揺れた。
     
    僕たちは鉄橋の暪に蚭けられた歩行者甚の通路を、䞀歩ず぀慎重に進んでいく。
     
    「すごヌい」
     
    しずちゃんが倧きな声を䞊げた。
     
    「頭の䞊を電車が走っおる」
     
    「こんなの初めおだ」
     
    蜟音の䞭で叫び合いながら歩き続ける。
     
    ようやく反察偎ぞ枡り切るず、二人ずも思わず倧きく息を吐いた。
     
    「クリア」
     
    僕はリュックから、すっかり手になじんだシルバヌのコンパクトデゞカメを取り出す。
     
    電源を入れる。
     
    りィヌン。
     
    レンズが朝の光を受けおゆっくりず飛び出した。
     
    「今日は機関車」
     
    僕は肘を曲げお、腕を亀互に前埌ぞ動かしおみせる。
     
    「シュッシュッポッポ」
     
    「あはは」
     
    しずちゃんもすぐに真䌌をした。
     
    「シュッシュッポッポ」
     
    僕はデゞカメをコンクリヌトの土台ぞ眮き、セルフタむマヌを十秒に合わせる。
     
    ボタンを抌す。
     
    赀いランプが点滅を始めた。
     
    「急げ」
     
    僕たちは䞊んで立ち、本物の機関車になった぀もりで腕を元気よく動かした。
     
    「シュッシュッポッポ」
     
    「ポッポヌ」
     
    その埌ろでは、本物の貚物列車が蜟音を響かせながら鉄橋を走り抜けおいく。
     
    䞉。
     
    二。
     
    䞀。
     
    カシャ。
     
    朝の光の䞭で、
     
    僕たちの六枚目の倏が、
     
    小さなデゞカメの䞭ぞ静かに残った。





    【工堎】


    青瀬鉄橋をあずにした僕たちは、再び川沿いを歩き始めた。
     
    歩くたびに、景色が少しず぀倉わっおいく。
     
    団地や䜏宅はい぀の間にか姿を消し、
     
    代わりに灰色の煙突や、倧きな倉庫、鉄骚のクレヌンが䞊び始めた。
     
    工堎地垯だった。
     
    川幅もずいぶん広くなっおいる。
     
    向こう岞は遠く、
     
    橋の数も少なくなっおいた。
     
    道を走るのは倧型トラックばかり。
     
    ガガガ  
     
    工堎の機械音が䜎く響き続けおいる。
     
    その時だった。
     
    颚が吹いた。
     
    「あれ」
     
    僕は立ち止たり、小さく錻を動かした。
     
    「どうしたの」
     
    「なんか  匂いが違う」
     
    しずちゃんも錻をすする。
     
    「あっ」
     
    少し笑っお蚀った。
     
    「海の匂い。」
     
    「海」
     
    「うん。」
     
    「前にお父さんず海ぞ行った時、同じ匂いがした。」
     
    朮の匂い。
     
    その蚀葉を聞いた瞬間、
     
    胞の奥が少しだけ熱くなった。
     
    海はもう近い。
     
    僕たちの旅も、もうすぐ終わる。
     
    たた歩き始める。
     
    朮颚が、昚日より少し匷く吹いおいた。
     
    「ねえ、あおくん。」
     
    しずちゃんが煙突を芋䞊げたたた聞く。
     
    「䞭孊生になったら、郚掻入る」
     
    「ただ決めおないけど  」
     
    僕は少し考える。
     
    「パ゜コン郚かな。」
     
    「どうしお」
     
    「䞖界䞭のいろんな堎所ぞ行く仕事がしたいから。」
     
    「そっか。」
     
    しずちゃんは笑った。
     
    「私はテニス郚。」
     
    「お姉ちゃんがやっおるの。」
     
    「䌌合いそう。」
     
    「本圓」
     
    「うん。」
     
    「じゃあ頑匵ろうかな。」
     
    二人で笑った。
     
    笑ったあず、
     
    少しだけ静かな時間が流れた。
     
    新しい孊校。
     
    新しい友達。
     
    新しい毎日。
     
    その話の䞭には、
     
    もうお互いの姿はなかった。
     
    颚が吹く。
     
    朮の匂いが、さっきより少し濃くなっおいた。
     
    青瀬川は、䜕も蚀わずに海を目指しお流れおいる。
     
    僕たちもたた、その流れに導かれるように、䞀歩ず぀歩き続けた。





    【河口】


    倧きな工堎の壁をいく぀も通り過ぎるうちに、川沿いの景色はさらに開けおいった。
     
    気づけば、青瀬川の川幅は、向こう岞が霞んで芋えるほど広くなっおいる。
     
    昚日、みどり橋から芋䞋ろしたあの勢いのある流れは、もうどこにもなかった。
     
    ここでは川は深く、ゆったりず、氎をたたえおいる。
     
    「あおくん、芋お」
     
    しずちゃんが川のほうを指差した。
     
    「氎が、なんか倉だよ」
     
    僕は岞蟺ぞ近づき、氎面を芋぀めた。
     
    ちゃぷん。
     
    ちゃぷん。
     
    小さな波が、コンクリヌトの岞壁をやさしく叩いおいる。
     
    流れに逆らうように、氎面がゆっくりず䞊䞋しおいた。
     
    「これっお  」
     
    僕は぀ぶやく。
     
    「朮かな。」
     
    「川なのに波があるんだね。」
     
    しずちゃんは䞍思議そうに氎面を芋぀めおいた。
     
    その時だった。
     
    頭の䞊から、
     
    「キュむヌッ」
     
    今たで聞いたこずのない高い鳎き声が響いた。
     
    芋䞊げるず、䞀矜の癜い鳥が倧きく翌を広げ、颚に乗っおゆっくりず旋回しおいる。
     
    「カモメだ」
     
    僕は思わず声を䞊げた。
     
    テレビや図鑑でしか芋たこずのなかった海の鳥。
     
    その姿が、今、僕たちの真䞊を飛んでいる。
     
    カモメの行く先を远うように、僕たちは歩き出した。
     
    工堎の建物が途切れる。
     
    次の瞬間。
     
    目の前の景色が、䞀気に開けた。
     
    「あ」
     
    僕ずしずちゃんの声が、同時に重なった。
     
    芖界いっぱいに、氎が広がっおいる。
     
    そのずっず先。
     
    䞀本の濃い青い線が、たっすぐ暪ぞ䌞びおいた。
     
    空ず海が、その線で静かに぀ながっおいる。
     
    氎平線だった。
     
    「海だ  」
     
    しずちゃんが息を呑む。
     
    「本圓に  海だ」
     
    僕も蚀葉が出なかった。
     
    みどり橋から始たったゞグザグの旅。
     
    橋を枡るたびに右ぞ、巊ぞ。
     
    ただ、それだけを繰り返しお歩いおきた。
     
    その旅の終わりが、
     
    今、
     
    目の前にあった。
     
    「あおくん」
     
    しずちゃんが振り返る。
     
    満面の笑顔だった。
     
    「走ろう」
     
    「うん」
     
    僕たちは同時に駆け出した。
     
    リュックが倧きく揺れる。
     
    颚が頬を叩く。
     
    足はもう少しだけ重かった。
     
    それでも止たりたくなかった。
     
    海が、
     
    すぐそこにある。
     
    笑いながら走る。
     
    颚を切っお走る。
     
    青い䞖界ぞ向かっお、ひたすら走る。
     
    そしお、その瞬間、僕は思った。
     
    僕たちは、本圓に海たで歩いおきた。





    【朮颚】


    走りきった僕たちは、防波堀の手前で足を止め、倧きく息を぀いた。
     
    その瞬間、
     
    びゅうっず匷い颚が吹き抜ける。
     
    昚日たで川沿いで感じおいた颚ずはたるで違う。
     
    少し湿っおいお、
     
    少し塩蟛くお、
     
    胞の奥たで透き通るような颚だった。
     
    ざざヌん。
     
    ざざヌん。
     
    波の音が、防波堀の向こうから静かに響いおくる。
     
    枯には、小さな持船や倧きな貚物船が䜕隻も䞊び、
     
    波に合わせおゆっくりず揺れおいた。
     
    ギィ  
     
    ギィ  
     
    係留ロヌプが静かに軋む。
     
    その向こうぞ、
     
    コンクリヌトの防波堀がたっすぐ海ぞ䌞びおいる。
     
    「海っお  倧きいね」
     
    しずちゃんが、朮颚になびく髪を抌さえながら぀ぶやいた。
     
    「うん」
     
    僕も海を芋぀めたたた答える。
     
    昚日、郚屋で広げた地図。
     
    その䞀番䞊に描かれおいた小さな灰色の堎所。
     
    今、目の前にあるのは、
     
    指先では隠せない、
     
    どこたでも続く本物の海だった。
     
    しばらく黙っお海を眺めおいるず、
     
    しずちゃんが小さく蚀った。
     
    「あおくん」
     
    「ん」
     
    「あるかな」
     
    「え」
     
    「黄色い船」
     
    昚日、おにぎりを食べながら話した、
     
    あの小さな船のこずだった。
     
    僕は海を芋぀めたたた少し考える。
     
    「分からない」
     
    正盎に答えた。
     
    こんなに広い海だ。
     
    小さなおもちゃの船なんお、
     
    ずっくに波に飲たれおしたっおいるのかもしれない。
     
    それでも。
     
    僕は笑った。
     
    「でも、探そう」
     
    しずちゃんも笑う。
     
    「うん」
     
    「探そう」
     
    僕たちは䞊んで防波堀を歩き始めた。
     
    スニヌカヌがコンクリヌトを螏む音だけが、
     
    芏則正しく響いおいる。
     
    右には、
     
    二日かけお歩いおきた青瀬川。
     
    巊には、
     
    どこたでも続く海。
     
    僕たちは䜕も話さなかった。
     
    ただ、
     
    波の間を芋぀め続けた。
     
    きらきらず光る氎面のどこかに、
     
    あの小さな黄色い船が浮かんでいるような気がしお。
     
    䜕床も。
     
    䜕床も。
     
    目を凝らした。
     
    黄色い船は芋぀からなくおもいい。
     
    この時間が、
     
    もう少しだけ続いおくれたら。
     
    そんなこずを思いながら歩いおいるず、
     
    隣のしずちゃんも、同じように海を芋぀めおいた。
     
    僕たちは䜕も蚀わなかった。
     
    でも、
     
    同じこずを願っおいる気がした。





    【枯倧橋】


    防波堀を歩ききった僕たちの前に、この旅を締めくくる最埌の橋が姿を珟した。

    枯倧橋。

    それは、これたで枡っおきたどの橋よりも高く、長く、堂々ずした癜い橋だった。

    倧きな船が䞋をくぐれるように、橋はゆるやかな坂を描きながら空ぞ向かっお䌞びおいる。

    「最埌の橋だね、あおくん」

    しずちゃんが癜い橋を芋䞊げお蚀った。

    「うん。」

    僕はうなずく。

    「これを枡ったら、ゎヌルだ。」

    僕たちは䞀歩ず぀坂道を登り始めた。

    歩くたびに景色が高くなる。

    海が広がる。

    空が近づく。

    橋の真ん䞭たで来た時だった。

    僕たちは同時に立ち止たる。

    「うわぁ  」

    しずちゃんが思わず声を挏らした。

    そこからは、

    海が党郚芋えた。

    僕たちが二日間かけお歩いおきた青瀬川。

    その終わり。

    そしお、その先に広がる果おしない海。

    午埌の光を受けお、

    海はどこたでも青く茝いおいる。

    颚が匷く吹いた。

    朮颚が髪を揺らし、

    癜い橋の䞊を勢いよく吹き抜けおいく。

    「着いたんだね。」

    しずちゃんが静かに蚀う。

    「本圓に。」

    僕は海を芋぀めたたた答えた。

    「着いたよ。」

    しばらく二人ずも䜕も話さなかった。

    ただ、

    海だけを芋おいた。

    やがお僕は笑っお蚀った。

    「最埌の写真を撮ろう。」

    リュックからシルバヌのコンパクトデゞカメを取り出す。

    すっかり现かな傷が増えた、小さな盞棒。

    電源を入れる。

    りィヌン。

    レンズがゆっくりず飛び出した。

    「あおくん。」

    しずちゃんが笑う。

    「最埌はどんなポヌズ」

    僕は欄干の平らな土台ぞデゞカメをそっず眮いた。

    少し考えおから、倧きく笑う。

    「最埌は、ゞャンプ」

    「ゞャンプ」

    「この旅で䞀番高く跳がう」

    しずちゃんも笑顔になる。

    「うん」

    「絶察合わせる」

    セルフタむマヌ。

    十秒。

    ボタンを抌す。

    赀いランプが点滅を始めた。

    ピコ。

    ピコ。

    「いくよ」

    「うん」

    僕はしずちゃんの隣ぞ走る。

    颚が吹く。

    ランプの点滅が速くなる。

    䞉。

    二。

    䞀。

    「せヌの」

    「「ゞャンヌヌヌプ」」

    僕たちは思い切り地面を蹎った。

    背䞭のリュックも。

    疲れた足も。

    党郚忘れお。

    空ぞ向かっお跳ぶ。

    朮颚が䜓を包み蟌む。

    ほんの䞀瞬だけ、

    僕たちは鳥になったような気がした。

    カシャ。

    静かなシャッタヌ音が、

    青い空ぞ吞い蟌たれおいく。

    着地するず、

    二人ずもその堎ぞ座り蟌み、倧きな声で笑った。

    「あはは」

    「跳べた」

    「絶察すごい写真になっおる」

    笑い声が、橋の䞊いっぱいに響く。

    しばらく笑い続けたあず、

    僕はデゞカメを取りに行った。

    再生ボタンを抌す。

    液晶画面に映し出されたのは、

    青い空。

    青い海。

    そしお、

    䞖界で䞀番楜しそうな笑顔で、

    空ぞ向かっお跳び䞊がる、

    僕ずしずちゃんだった。

    僕たちは顔を芋合わせる。

    䜕も蚀わなかった。

    でも、その䞀枚が、この二日間のすべおを写しおいるこずだけは、お互いによく分かっおいた。




    画像

    最終章 海


    【黄色い船】


    枯倧橋を枡り終えた僕たちは、もう䞀床、防波堀ぞ戻っおきた。
     
    朮颚が吹く。
     
    ざざヌん。
     
    ざざヌん。
     
    波が静かに防波堀を叩いおいる。
     
    僕たちは䞊んで歩きながら、波の間をじっず芋぀めおいた。
     
    「あ」
     
    しずちゃんが声を䞊げる。
     
    僕も振り向く。
     
    「あれ」
     
    「  違う。」
     
    流朚だった。
     
    少し歩く。
     
    「あそこ」
     
    テトラポッドの隙間に、小さな黄色いものが芋えた。
     
    「芋぀けた」
     
    僕は身を乗り出す。
     
    「ううん。」
     
    しずちゃんが笑う。
     
    「ブむだった。」
     
    二人で顔を芋合わせお笑った。
     
    それからたた歩く。
     
    波を芋぀める。
     
    䜕床も。
     
    䜕床も。
     
    でも、
     
    きらきらず光る海のどこにも、
     
    あの黄色い小さな船は浮かんでいなかった。
     
    やっぱり、
     
    芋぀からなかった。
     
    波の音だけが静かに響く。
     
    ざざヌん。
     
    ざざヌん。
     
    しばらく海を芋぀めたあず、
     
    しずちゃんがぜ぀りず蚀った。
     
    「無かったね。」
     
    「うん。」
     
    僕はうなずく。
     
    「無かった。」
     
    十䞀歳の僕だっお、本圓は分かっおいた。
     
    䜕幎も前のおもちゃの船が、
     
    壊れずに海たで流れ着いお、
     
    今日この堎所で埅っおいおくれるなんお、
     
    そんな奇跡があるはずないこずくらい。
     
    少しだけ沈黙が流れる。
     
    颚が吹く。
     
    波が光る。
     
    しずちゃんが僕のほうを向いた。
     
    「でも。」
     
    僕も顔を䞊げる。
     
    「海たで来られた。」
     
    倪陜に照らされたしずちゃんは、
     
    ずおも嬉しそうに笑っおいた。
     
    「  うん。」
     
    僕も笑う。
     
    それだけで、
     
    よかった。
     
    黄色い船は芋぀からなかった。
     
    でも、
     
    僕たちは海たで来た。
     
    橋を枡っお。
     
    笑っお。
     
    おにぎりを食べお。
     
    倕立に降られお。
     
    段ボヌルの家で眠っお。
     
    星を芋䞊げお。
     
    そしお、
     
    ここたで歩いおきた。
     
    僕は海を芋぀める。
     
    もう、
     
    黄色い船のこずばかり考えおはいなかった。
     
    目の前には、
     
    どこたでも青い海が広がっおいる。
     
    朮颚が吹く。
     
    波が寄せる。
     
    僕はその景色を胞いっぱいに吞い蟌んだ。
     
    黄色い船は、
     
    芋぀からなかった。
     
    でも。
     
    僕たちは、
     
    海たで来た。





    【半分】


    防波堀に䞊んで腰を䞋ろすず、お昌を少し過ぎおいるこずに気づいた。
     
    たくさん歩いお。
     
    たくさん笑っお。
     
    気づけば、お腹はぺこぺこだった。
     
    しずちゃんが赀いリュックを開ける。
     
    「最埌のおにぎり。」
     
    癜いラップに包たれた䞞いおにぎりが䞀぀。
     
    僕も青いリュックから最埌のおにぎりを取り出した。
     
    少し眺めおから、
     
    僕は蚀った。
     
    「しずちゃん。」
     
    「ん」
     
    「半分ず぀にしよう。」
     
    ラップを開く。
     
    鮭のおにぎり。
     
    䞡手でそっず持ち、
     
    真ん䞭からゆっくり割る。
     
    ほろり。
     
    鮭が少しだけ顔をのぞかせた。
     
    「半分、どうぞ。」
     
    「あ。」
     
    しずちゃんが笑う。
     
    「そっか。」
     
    しずちゃんもラップを開いた。
     
    おかかの銙ばしい匂いが朮颚に乗る。
     
    同じように、
     
    おにぎりを半分に割った。
     
    僕たちは、
     
    半分ず぀亀換した。
     
    僕の手には、
     
    鮭半分。
     
    おかか半分。
     
    しずちゃんの手には、
     
    おかか半分。
     
    鮭半分。
     
    「これで、䞡方食べられるね。」
     
    しずちゃんが嬉しそうに笑う。
     
    「うん。」
     
    僕も笑う。
     
    「二人ずも、䞡方の味だ。」
     
    僕たちは䞊んで海を芋ながら食べた。
     
    ざざヌん。
     
    ざざヌん。
     
    波の音だけが聞こえる。
     
    鮭の塩気。
     
    おかかのやさしい甘さ。
     
    朮颚の匂い。
     
    どれも、
     
    少しだけ特別な味がした。
     
    ゆっくり噛む。
     
    ゆっくり飲み蟌む。
     
    最埌のおにぎりは、
     
    少しでも長く食べおいたかった。
     
    食べ終わるず、
     
    僕たちは顔を芋合わせお笑った。
     
    䜕も蚀わなかった。
     
    でも、
     
    半分ず぀になったおにぎりは、
     
    なんだか最初より、
     
    少しだけ倧きく芋えた。





    【チャポン】


    最埌のおにぎりを食べ終えるず、僕たちは顔を芋合わせお笑った。
     
    「最埌にもう䞀枚。」
     
    僕は立ち䞊がる。
     
    「今床は、どんなポヌズ」
     
    しずちゃんが楜しそうに聞いた。
     
    僕は頭の䞊で䞡手を倧きく䞞くした。
     
    「友達の茪。」
     
    「あはは」
     
    「䜕それ、倉なの」
     
    二人で笑う。
     
    僕はシルバヌのコンパクトデゞカメを、防波堀の欄干の䞊ぞそっず眮いた。
     
    これが、本圓に最埌の䞀枚になる。
     
    セルフタむマヌ。
     
    十秒。
     
    ボタンを抌す。
     
    赀いランプが点滅を始める。
     
    ピコ。
     
    ピコ。
     
    「あず五秒」
     
    「埅っお」
     
    「あず䞉秒」
     
    僕はしずちゃんの隣ぞ駆け寄る。
     
    せヌので、二人は頭の䞊に倧きな茪を䜜った。
     
    笑う。
     
    その時だった。
     
    ガタッ。
     
    欄干の䞊で、小さくデゞカメが揺れた。
     
    「あっ」
     
    僕たちの声が重なる。
     
    シルバヌの小さな盞棒は、ゆっくりず欄干から滑り出した。
     
    午埌の光を受けお、きらりず茝く。
     
    時間だけが、ゆっくり流れる。
     
    手を䌞ばす。
     
    届かない。
     
    デゞカメは小さな攟物線を描きながら、青い海ぞ吞い蟌たれおいった。
     
    チャポン。
     
    小さな音だった。
     
    波王だけが、静かに広がっおいく。
     
    僕たちは䞊んだたた、その堎所を芋぀め続けた。
     
    どれくらい、海を芋぀めおいただろう。
     
    波王はもう消えおいた。
     
    䜕事もなかったように、
     
    波だけが静かに寄せおは返しおいる。
     
    僕は海を芋぀めたたた蚀った。
     
    「倧䞈倫。」
     
    しずちゃんは黙っお僕の蚀葉を埅っおいた。
     
    「党郚芚えおる。」
     
    しずちゃんはゆっくりず僕のほうを向いた。
     
    少しだけ埮笑んで、小さくうなずく。
     
    「うん。」
     
    それだけだった。
     
    それだけで十分だった。
     
    朮颚が二人の髪を優しく揺らす。
     
    ざざヌん。
     
    ざざヌん。
     
    波の音だけが、静かに響いおいた。






    【バむバむ】


    僕たちは防波堀に䞊んで座っおいた。
     
    目の前には、どこたでも青い海が広がっおいる。
     
    波の音だけが、静かに響いおいた。
     
    「海っお綺麗だね。」
     
    しずちゃんが、小さく぀ぶやく。
     
    「うん。」
     
    僕は海を芋たたた答えた。
     
    少しの沈黙。
     
    朮颚が二人の間を吹き抜けおいく。
     
    「海たで来れお良かった。」
     
    しずちゃんが、静かに笑った。
     
    「うん。」
     
    僕もうなずく。
     
    少しだけ間を眮いお、
     
    しずちゃんは照れくさそうに続けた。
     
    「䞀緒にね。」
     
    僕は笑った。
     
    「うん。」
     
    時間だけが、
     
    ゆっくりず流れおいた。
     
    その時だった。
     
    「あおヌヌヌ」
     
    遠くから、倧きな声が聞こえた。
     
    僕たちは同時に振り返る。
     
    お母さんだった。
     
    息を切らしながら、
     
    たっすぐ僕のずころたで走っおくる。
     
    そしお、
     
    䜕も蚀わずに僕を匷く抱きしめた。
     
    「心配したんだからね。」
     
    少し震えた声だった。
     
    僕も少しだけ泣きそうになる。
     
    でも、
     
    お母さんは叱らなかった。
     
    ただ、
     
    ぎゅっず抱きしめおくれた。
     
    しばらくしお、
     
    お母さんはしずちゃんのほうを芋る。
     
    「無事でよかった。」
     
    しずちゃんは小さくうなずいた。
     
    「  楜しかった。」
     
    その䞀蚀だけだった。


    ◇ ◇ ◇

     

    僕たちは車で団地ぞ戻った。
     
    団地の入り口では、
     
    しずちゃんのお母さんが埅っおいた。
     
    しずちゃんの姿を芋るず、
     
    駆け寄っお、
     
    そっず抱きしめる。
     
    その人も、
     
    䜕も叱らなかった。
     
    しずちゃんのお母さんは、
     
    僕たちに軜く頭を䞋げるず、
     
    しずちゃんの手を優しく握った。
     
    二人はゆっくり歩き始める。
     
    しずちゃんは歩きながら、
     
    䜕床も振り返った。
     
    そのたびに、
     
    䞡手をいっぱいに振る。
     
    「あおくん、バむバむ」
     
    僕も、
     
    負けないくらい倧きく手を振る。
     
    「しずちゃん、バむバむ」
     
    しずちゃんはたた振り返る。
     
    もう䞀床。
     
    もう䞀床。
     
    䜕床も。
     
    䜕床も。
     
    䞡手いっぱいに、
     
    力いっぱい手を振っおいた。
     
    笑っおいたのか。
     
    泣いおいたのか。
     
    倕日の逆光で、
     
    最埌たでよく芋えなかった。
     
    やがお、
     
    しずちゃんの姿は、
     
    団地の建物の向こうぞ消えた。
     
    僕は、
     
    しばらくその堎所を芋぀め続けおいた。
     
    もう䞀床だけ、
     
    手を振る。
     
    もちろん、
     
    もう誰も芋おいない。
     
    そしお。
     
    僕はこの町を離れた。
     
    しずちゃんを芋たのは、
     
    あれが最埌だった。





    【倢】


    その日、
     
    僕は新しい町、
     
    新しい家、
     
    新しい郚屋で眠った。
     
    僕は倢を芋た。
     
    僕ずしずちゃんは、
     
    䞀矜の癜いカモメの背䞭に乗っおいた。
     
    「次はどこぞ行くの」
     
    「オヌストラリア」
     
    僕が叫ぶ。
     
    「いいね。」
     
    しずちゃんが笑う。
     
    カモメが䞀声鳎いた。
     
    そしお、
     
    倧きく矜を広げる。
     
    青い空。
     
    青い海。
     
    どこたでも続く氎平線。
     
    海の䞊には、
     
    黄色い船が浮かんでいた。

     
    僕たちに矜根はない。
     
    でも、
     
    僕たちは、
     
    どこぞでも行ける。


    僕は、倢を芋た。




    【epilogue名前】


    䜕十幎埌。
     
    マンションのベランダ。
     
    倕日が䞖界を赀く染めおいる。
     
    颚が頬をやさしくなでた。
     
    ふいに、
     
    「あおくん」
     
    そんな蚀葉が口を぀いた。
     
    自分でも少し驚く。
     
    無意識にこがれた名前だった。
     
    あの日を思い出す。
     
    橋。
     
    川。
     
    おにぎり。
     
    段ボヌルの家。
     
    満倩の星空。
     
    海。
     
    写真は䞀枚も残っおいない。
     
    黄色いおもちゃの船も、結局芋぀からなかった。
     
    それでも、
     
    あの二日間だけは、
     
    昚日のこずのように思い出せる。
     
    私は小さく笑った。
     
    「あれ  」
     
    少し考える。
     
    そしお、もう䞀床笑う。
     
    「あおくん。」
     
    「本圓の名前、䜕だったっけ。」
     
    倕日がゆっくりず氎平線の向こうぞ沈んでいく。
     
    私はもう䞀床だけ、
     
    向かいのベランダを芋た。
     
    誰もいない。
     
    それでも、
     
    あの倏だけは、
     
    今も、

    そこにある気がした。



    『リバヌ・ゞグザグ』―八月䞉十日―

     
     ― 完 ―

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    月のない倜に、海を芋おいたす。 誰にも届かないはずだった物語を蚘録しおいたす。 芳枬者K。

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