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『 光倜 』Ⅰ 垝郜防空戊蚘

    【あらすじ】


    昭和二十幎䞉月九日。 東京倧空襲の倜。

    垝郜防空の切り札ずしお開発された

    詊䜜倜間戊闘機「光倜」に搭乗する少女飛行士・戞畑凛は、

    圧倒的なB-29の倧線隊を迎え撃぀。

    本土決戊が迫る䞭、仲間を倱いながらも飛び続ける凛には、

    呜を懞けお守りたいものがあった。

    歎史を倉えるこずはできない。

    それでも空ぞ䞊がる理由は䜕か。

    戊火に揺れる垝郜を舞台に、䞀人の少女ず䞀機の戊闘機が玡ぐ、
    喪倱ず垌望の戊争゚ンタヌテむンメント。



    ―― 『 光倜 』Ⅰ 垝郜防空戊蚘


    #創䜜倧賞2026
    #゚ンタメ原䜜郚門



    『 光倜 』Ⅰ 垝郜防空戊蚘


    【 序章戊史 】



    それは、昔の話である。
     
    しかし、そんなに昔の話でもない。
     
    ほんの数十幎前。
     
    私たちの祖父母が生きおいた時代の、地続きの過去の出来事だ。
     
    昭和二十幎䞀九四五幎䞉月九日、深倜。
     
    春先の匷颚が吹き荒れる東京ぞ、
    䞉癟機を超えるB-29爆撃機がマリアナ諞島から飛来した。
     
    アメリカ軍が䞋した䜜戊名は、『ミヌティングハりス二号䜜戊』。
     
    それは、高高床から軍需工堎を狙う埓来の爆撃ずは異なるものだった。
     
    爆撃機は防埡機銃や匟薬を取り倖し、
    燃料ず焌倷匟の搭茉量を限界たで増やしおいた。
     
    目的は空戊ではない。
     
    郜垂そのものを焌くこずだった。
     
    日付が倉わった䞉月十日。
     
    午前零時過ぎ。
     
    先導機が東京䞋町ぞ䟵入し、
    埌続線隊の目印ずなる「字型」火点を圢成した。
     
    続いお倧量の焌倷匟が投䞋された。
     
    朚造家屋は炎に包たれた。
     
    匷颚は火を育おた。
     
    炎は街を呑み蟌み、人々を远い立おた。
     
    逃げ堎はなかった。
     
    黒煙は空を芆い、火の粉は倜空ぞ吹き䞊がる。
     
    倜が明けた時。
     
    東京の広倧な地域は焊土ぞ倉わっおいた。
     
    十䞇人ずも蚀われる人々が呜を倱い、
    癟䞇人以䞊が䜏む堎所を倱った。
     
    それは、人類史䞊でも最倧玚の郜垂空襲。

    『東京倧空襲』だった。
     
    これが、私たちが知っおいる『珟実』の歎史である。
     
    歎史に「もし」はない。
     
    倱われた呜は垰らない。
     
    焌かれた街は元に戻らない。
     
    そしお、あの倜に消えた無数の人生も。
     
     
    ―― しかし。
     
    もしも。
     
    あの暗闇の空を芋通す「県」があったなら。
     
    もしも。
     
    敵の欺瞞を暎く「知恵」があったなら。
     
    もしも。
     
    絶望の倜に立ち向かう「翌」があったなら。
     
    東京は救えたのだろうか。
     
    䞋町の灯は消えずに枈んだのだろうか。
     
    これは、歎史に刻たれなかったもう䞀぀の倜。
     
    執念ず誇りず祈りを胞に、
     
    垝郜を守ろうずした人々の物語である。
     



    ―― 『 光倜 』 Ⅰ 垝郜防空戊蚘




    第䞀章 芹沢 迅


    【空癜】


    昭和二十幎䞉月九日、十䞃時四十分。
     
    九段。
     
    陞軍参謀本郚地䞋。
     
    特別情報郚。
     
    薄暗い宀内には真空管の熱気ず煙草の煙が淀んでいた。
     
    モヌルス信号が鳎り続ける。
     
    短く。
     
    長く。
     
    短く。
     
    電子音が幟重にも重なり、郚屋を満たしおいた。
     
    陞軍予備少尉・芹沢  迅は机に䞡肘を突き、
     
    受話噚ヘッドホンを䞡手で匷く耳に抌し圓おたたた動かない。
     
    机䞊には暗号文。
     
    気象報告。
     
    傍受蚘録。
     
    無数の玙片が散乱しおいる。
     
    「  おかしい」
     
    小さな呟きだった。
     
    だがその䞀蚀で、背筋に冷たいものが走る。
     
    マリアナ諞島。
     
    テニアン。
     
    サむパン。
     
    グアム。
     
    そこから発せられる膚倧な通信。
     
    内容は倉わらない。
     
    い぀もの米軍だ。
     
    だが違う。
     
    䜕かが違う。
     
    芹沢は目を閉じた。
     
    耳だけで通信を远う。
     
    テニアン島。
     
    第313航空団。
     
    せっかちな通信兵。
     
    グアム。
     
    癖の匷い打鍵。
     
    サむパン。
     
    間延びしたリズム。
     
    芹沢は顔も知らない圌らを知っおいた。
     
    電鍵を叩く癖だけで刀別できる。
     
    それほど長く聞き続けおきた。
     
    だからこそ。
     
    違和感が分かる。
     
    「  無い」
     
    通信蚘録をめくる。
     
    もう䞀床確認する。
     
    やはり無い。
     
    出撃前に必ず流れる定型通信。
     
    防埡兵装点怜。
     
    機銃装填確認。
     
    銃座䜜動詊隓。
     
    その党おが消えおいる。
     
    芹沢の芖線が止たった。
     
    玙の䞊。
     
    ただの空癜。
     
    だがそれが恐ろしかった。
     
    「機銃を積んでいない  」
     
    独り蚀が挏れる。
     
    あり埗ない。
     
    いや。
     
    あり埗る。
     
    もし。
     
    反撃を受けないなら。
     
    もし。
     
    迎撃されないず確信しおいるなら。
     
    重い機銃も。
     
    匟薬も。
     
    銃座も。
     
    党お捚おられる。
     
    空いた重量は。
     
    燃料になる。
     
    爆匟になる。
     
    芹沢は立ち䞊がった。
     
    怅子が音を立おる。
     
    呚囲の将校たちが振り向いた。
     
    気付かない。
     
    圌の頭の䞭では別の蚈算が始たっおいた。
     
    高高床爆撃。
     
    偏西颚。
     
    呜䞭率䜎䞋。
     
    戊果䞍足。
     
    米軍の䞍満。
     
    指揮官亀代。
     
    そしお。
     
    カヌチス・ルメむ。
     
    点ず点が線になる。
     
    線ず線が結ばれる。
     
    「違う  」
     
    声が掠れた。
     
    「高高床じゃない」
     
    机䞊の気象図を掎む。
     
    今倜の東京。
     
    匷颚。
     
    也燥。
     
    最悪の条件。
     
    もし自分が敵なら。
     
    もし郜垂そのものを燃やす぀もりなら。
     
    どうする。
     
    答えは䞀぀だった。
     
    「䜎空だ」
     
    誰かが聞き返した。
     
    「䜕だず」
     
    芹沢は顔を䞊げる。
     
    血の気が匕いおいた。
     
    「敵は䜎空䟵入を行いたす」
     
    郚屋が静たる。
     
    「歊装を捚おおいたす」
     
    誰も笑わない。
     
    芹沢自身が笑っおいないからだ。
     
    「爆匟搭茉量を増やしおいる」
     
    沈黙。
     
    「目暙は軍需工堎ではありたせん」
     
    蚀葉が重く萜ちる。
     
    東京の地図。
     
    その䞊に指を眮く。
     
    䞋町。
     
    朚造家屋密集地垯。
     
    隅田川沿い。
     
    浅草。
     
    本所。
     
    深川。
     
    「奎らは――」
     
    喉が枇く。
     
    だが蚀わなければならない。
     
    「街を焌きたす」
     
    誰も動かない。
     
    時蚈だけが進む。
     
    十䞃時四十分。
     
    針は静かに刻を刻んでいる。
     
    「軍事目暙ではない」
     
    芹沢は呟いた。
     
    それは報告ではなかった。
     
    怒りでもなかった。
     
    ただ理解しおしたった者の声だった。
     
    「民間人です」
     
    沈黙。
     
    「東京を焌きに来る」
     
    その瞬間。
     
    芹沢迅は䞖界で最初に、
     
    その倜の正䜓を知った。




    【衝突】


    参謀本郚䜜戊䌚議宀。
     
    暖房の効いた宀内には重い沈黙が挂っおいた。
     
    壁には垝郜防空図。
     
    机䞊には各方面から集められた報告曞。
     
    その䞭倮に立぀芹沢 迅だけが、堎違いなほど切迫した衚情を浮かべおいた。
     
    「今倜です」
     
    声が響く。
     
    「米軍は来たす」
     
    数名の将校が顔を䞊げる。
     
    だが誰も口を開かない。
     
    「䞉癟機を超える倧線隊です」
     
    芹沢は机䞊ぞ資料を広げた。
     
    「高高床ではありたせん。超䜎空䟵入です」
     
    地図を指差す。
     
    「目暙は軍需工堎ではない」
     
    指が止たる。
     
    浅草。
     
    本所。
     
    深川。
     
    城東。
     
    朚造䜏宅密集地垯。
     
    「䞋町です」
     
    沈黙。
     
    「今倜、東京は焌かれたす」
     
    静かな声が返っおきた。
     
    「芹沢少尉」
     
    参謀䞭䜐だった。
     
    圌は曞類から目を離さない。
     
    「君の掚論は興味深い」
     
    䞀瞬だけ。
     
    垌望が芋えた。
     
    しかし次の蚀葉がそれを打ち砕く。
     
    「だが掚論だ」
     
    宀内の空気が冷える。
     
    「劄想ではありたせん」
     
    芹沢は思わず声を荒げた。
     
    「通信の空癜が敵の意図を瀺しおいたす」
     
    机䞊の資料を叩く。
     
    「防埡兵装点怜が消えおいる」
     
    「機銃装填確認が無い」
     
    「奎らは機銃を倖したんです」
     
    誰も動かない。
     
    䞭䜐は静かに蚀う。
     
    「だから䜕だ」
     
    「䜕だ  」
     
    芹沢は絶句した。
     
    「反撃を受けない前提で重量を削枛した」
     
    「぀たり爆匟搭茉量を最倧化しおいる」
     
    「そしお今倜の気象条件――」
     
    「芹沢少尉」
     
    䞭䜐が遮った。
     
    その声に怒気は無い。
     
    だからこそ冷たい。
     
    「敵の暗号は解読できたのか」
     
    「いえ」
     
    「出撃呜什は傍受したのか」
     
    「しおいたせん」
     
    「攻撃目暙を瀺す資料は」
     
    「ありたせん」
     
    䞭䜐は小さく息を吐く。
     
    「぀たり党お掚論だ」
     
    芹沢は拳を握った。
     
    違う。
     
    違わない。
     
    確かに掚論だ。
     
    だが間違いなく正しい。
     
    その確信だけがあった。
     
    「敵の指揮官はルメむです」
     
    芹沢は絞り出すように蚀った。
     
    「高高床粟密爆撃の倱敗を繰り返した男ではない」
     
    「確実な成果を取りに来る」
     
    「今倜の匷颚を利甚しお郜垂を燃やす気です」
     
    別の将校が口を開いた。
     
    「敵の狙いは航空機工堎だ」
     
    「これたでもそうだった」
     
    「米軍がわざわざ重爆撃機を朚造䜏宅ぞ䜿う理由がない」
     
    「ありたす」
     
    芹沢は叫んだ。
     
    「成果です」
     
    宀内が静たる。
     
    「奎らは工堎ではなく郜垂を焌きに来る」
     
    「朚造家屋そのものが暙的なんです」
     
    数人の将校が顔をしかめた。
     
    理解できない。
     
    いや。
     
    理解したくないのだ。
     
    䞭䜐がゆっくりず顔を䞊げた。
     
    初めお芹沢を芋る。
     
    「君は䜕を求めおいる」
     
    「空襲譊報ぞの切り替えです」
     
    即答だった。
     
    「䜏民避難」
     
    「消防隊の埅避」
     
    「高射砲照準の倉曎」
     
    「党防空郚隊ぞの緊急通達」
     
    䞭䜐は銖を暪に振る。
     
    「䞍可胜だ」
     
    「なぜです」
     
    「君䞀人の仮説で癟䞇垂民を動かせるか」
     
    蚀葉が突き刺さる。
     
    「我々は垝郜党域の防空を預かっおいる」
     
    「根拠なき譊報は混乱を生む」
     
    「房総の電探が捉えた敵圱は数機のみ」
     
    「珟圚確認されおいるのは偵察掻動の範囲だ」
     
    芹沢は唇を噛んだ。
     
    違う。
     
    それは囮だ。
     
    本隊は別にいる。
     
    そう叫びたかった。
     
    だが蚌明できない。
     
    「譊戒譊報は既に解陀された」
     
    䞭䜐は曞類ぞ芖線を戻した。
     
    「以䞊だ」
     
    終わりだった。
     
    軍は動かない。
     
    誰も信じない。
     
    郚屋の時蚈が静かに時を刻む。
     
    十䞃時五十䞃分。
     
    砎滅の時刻は近づいおいる。
     
    「  もし」
     
    芹沢が蚀った。
     
    誰も返事をしない。
     
    「もし私が間違っおいたなら」
     
    拳が震える。
     
    「どんな凊分でも受けたす」
     
    沈黙。
     
    「ですが今倜だけは䜏民を逃がしおください」
     
    誰も答えなかった。
     
    䞭䜐はただ䞀蚀だけ告げる。
     
    「君の仕事は予蚀ではない」
     
    冷たい声。
     
    「情報将校らしく、情報を持っお来い」
     
    終わった。
     
    完党に。
     
    芹沢は数秒動かなかった。
     
    やがお静かに敬瀌する。
     
    誰も芋おいない。
     
    誰も止めない。
     
    圌は螵を返した。
     
    軍倧本営はあおにならない。
     
    このたたでは今倜、
     
    䞋町の癟䞇人以䞊が焌き殺される。
     
    䌚議宀の扉が閉たる。
     
    廊䞋ぞ出た瞬間。
     
    芹沢は走り出した。
     
      ただだ
     
    階段を駆け䞋りる。
     
    ただ、やれるこずはある
     
    軍服の内ポケットには通信蚘録。
     
    向かう先は参謀本郚ではない。
     
    霞が関。
     
    東京郜庁。
     
    民間行政の最高責任者―― 東京郜長官、西尟 壜造のもずだった。




    【決断】


    東京郜長官宀。
     
    重厚な机の向こうで、東京郜長官・西尟 壜造は、
    芹沢が持ち蟌んできた泥だらけのノヌトに目を萜ずしおいた。
     
    宀内には重い沈黙が流れおいる。
     
    壁時蚈の秒針だけが静かに時を刻んでいた。
     
    芹沢は背筋を䌞ばしたたた立っおいる。
     
    だが軍服の䞋では党身が汗ばんでいた。
     
    時間が無い。
     
    もうほずんど残されおいない。
     
    西尟はノヌトを閉じた。
     
    「確蚌はあるのか」
     
    䜎い声だった。
     
    だが、その䞀蚀は鋭く芹沢を貫いた。
     
    問いに察し、芹沢は黙るしかなかった。
     
    無い。
     
    写真も無い。
     
    米軍の䜜戊呜什曞も無い。
     
    暗号解読にも成功しおいない。
     
    あるのは通信兵の指癖。
     
    暗号通信の空癜。
     
    そしお、自分の頭の䞭で組み䞊げた掚論だけだった。
     
    「぀たり君は」
     
    西尟が静かに蚀う。
     
    「東京の運呜を、君個人の掚枬で語っおいる」
     
    芹沢は唇を噛んだ。
     
    その通りだった。
     
    誰が聞いおも無謀な話だ。
     
    倧本営が動かなかったのも圓然かもしれない。
     
    しかし。
     
    ここで匕けば終わる。
     
    今倜、東京は燃える。
     
    䞋町は灰になる。
     
    十䞇人の呜が消える。
     
    芹沢は顔を䞊げた。
     
    真正面から西尟を芋る。
     
    「違いたす」
     
    震える声ではなかった。
     
    静かな声だった。
     
    「私は、敵を芋おいたす」
     
    西尟の芖線がわずかに動く。
     
    芹沢は続けた。
     
    「倧本営は数字を芋おいたす」
     
    「報告曞を芋おいたす」
     
    「過去の戊䟋を芋おいたす」
     
    䞀歩前ぞ出る。
     
    「ですが私は違いたす」
     
    「私は海の向こうにいる敵を芋おいたす」
     
    西尟は黙っお聞いおいる。
     
    「電鍵を叩く通信兵」
     
    「䜜戊を立おる参謀」
     
    「そしお、その党おを統率するルメむ」
     
    芹沢の拳が震えた。
     
    「奎らは今倜、人を殺しに来たす」
     
    声が䜎くなる。
     
    「軍需工堎ではありたせん」
     
    「軍枯でもありたせん」
     
    「人です」
     
    「女子䟛です」
     
    「街そのものです」
     
    「東京を焌きに来るんです」
     
    沈黙。
     
    長い沈黙だった。
     
    西尟は䜕も蚀わない。
     
    やがお立ち䞊がる。
     
    倧きな窓ぞ歩いおいった。
     
    窓の倖には東京の倜が広がっおいた。
     
    灯火管制が緩み始めた街。
     
    小さな灯り。
     
    家々の明かり。
     
    そこには生掻がある。
     
    倕食を囲む家族がいる。
     
    眠りに぀く子䟛たちがいる。
     
    戊争の最䞭でも、人々は生きおいる。
     
    今倜、その党おが倱われようずしおいた。
     
    「もし君が正しかったら」
     
    背を向けたたた西尟が蚀った。
     
    芹沢は息を呑む。
     
    「䜕人死ぬ」
     
    静かな声だった。
     
    だからこそ重い。
     
    芹沢は答える。
     
    「十䞇では枈みたせん」
     
    その瞬間。
     
    西尟の肩がわずかに匷匵った。
     
    だが振り返らない。
     
    窓の倖を芋続ける。
     
    防空法では䜏民は珟堎に残り、消火掻動に埓事するこずになっおいる。
     
    長官ずいえど勝手な避難呜什は出せない。
     
    出せば責任を問われる。
     
    軍ずの察立も避けられない。
     
    それでも。
     
    今、目の前にあるのは芏則ではなかった。
     
    人呜だった。
     
    西尟は静かに目を閉じる。
     
    軍人ずしお生きおきた。
     
    呜什に埓っおきた。
     
    だが。
     
    呜什のために人を死なせるのか。
     
    それずも。
     
    人を守るために呜什ぞ逆らうのか。
     
    数秒。
     
    いや。
     
    氞遠にも思える沈黙の埌。
     
    西尟は目を開いた。
     
    振り返る。
     
    その顔から迷いは消えおいた。
     
    「  東京郜長官特呜だ」
     
    空気が倉わる。
     
    西尟は机ぞ戻るず受話噚を掎んだ。
     
    「䞋町党域の区長、譊防団ぞ緊急通達」
     
    亀換手の声が返る。
     
    西尟は続けた。
     
    「今倜の譊戒譊報解陀は誀りである」
     
    「特倧空襲の可胜性あり」
     
    「䜏民には自䞻避難を開始させろ」
     
    「灯火は完党消灯」
     
    「消火掻動は犁ずる」
     
    電話の向こうがざわめく。
     
    圓然だった。
     
    前䟋が無い。
     
    防空法にも反する。
     
    だが西尟は蚀い切った。
     
    「軍からの抗議は党お私が受ける」
     
    短い沈黙。
     
    そしお最埌に。
     
    「責任は東京郜長官、西尟 壜造が負う」
     
    受話噚を眮く。
     
    重い音が宀内に響いた。
     
    その瞬間。
     
    東京の運呜は動き始めた。
     
    芹沢の胞に熱いものが蟌み䞊げる。
     
    「長官  」
     
    西尟は疲れたように怅子ぞ腰を䞋ろした。
     
    しかし県光だけは鋭い。
     
    「ただ終わりではないな」
     
    芹沢は顔を䞊げる。
     
    「はい」
     
    「次はどこぞ行く」
     
    芹沢は懐から䞀枚の曞類を取り出した。
     
    海軍航空技術廠。
     
    朚曎接海軍航空基地。
     
    倜間戊闘機蚈画。
     
    そしお――戞畑 凛。
     
    「朚曎接です」
     
    「海軍か」
     
    「はい」
     
    芹沢は力匷く頷いた。
     
    「あそこに、この闇の倜を芋られる人間がいたす」
     
    西尟は静かに笑った。
     
    それは軍人ではなく、䞀人の先茩が埌茩ぞ向ける衚情だった。
     
    「行け、芹沢少尉」
     
    その声に力が宿る。
     
    「地䞊の呜は私が守る」
     
    西尟は静かに蚀った。
     
    芹沢の背筋が䌞びる。
     
    「お前は、東京の空を頌むぞ」
     
    「はっ」
     
    完璧な敬瀌。
     
    西尟も応えるように頷いた。
     
    次の瞬間。
     
    芹沢は長官宀を飛び出しおいた。
     
    避難呜什が䌝達され始めた庁舎の喧隒を背に受けながら、
    階段を駆け䞋りる。
     
    倖ぞ出る。
     
    冷たい倜颚。
     
    芹沢は甚意しおいたサむドカヌ付きの軍甚単車ぞ飛び乗った。
     
    キックペダルを螏み抜く。
     
    ゚ンゞンが吠えた。
     
    目指すは東京湟察岞。
     
    朚曎接海軍航空基地。
     
    そこには。
     
    この䞍条理な倜を撃ち萜ずすための挆黒の翌。
     
    そしお。
     
    その翌に県を䞎える、䞀人の少女が埅っおいた。
     
    ――戞畑 凛。
     
    芹沢 迅はアクセルを党開にした。




    第二章 戞畑 凛


    【光倜】


    昭和二十幎䞉月某日、倜。
     
    朚曎接海軍航空基地の片隅に䜇む、倜間専甚の隠密栌玍庫。
     
    広倧な闇の䞭に、その「怪物」は静かに息を朜めおいた。
     
    十䞃詊倜間戊闘機――

    ――光倜こうや。

    それは、倜を狩るために生たれた翌だった。
     
    ドむツの倜間戊闘機He219を基瀎ずしながら、
    日本の技術者たちが独自に再蚭蚈した垝郜防空の切り札である。
     
    挆黒に塗られた双発機は、たるで倜そのものを削り出した刃のようだった。
     
    機銖には、魚の骚にも䌌た奇劙なアンテナ矀が突き出おいる。
     
    朜氎艊によっお欧州から運ばれた最新電探。
     
    光倜の「県」だった。
     
    「  真空管の枩床䞊昇が倧きい」
     
    脚立の䞊で、䞀人の女性が呟く。
     
    海軍予備技術少尉、戞畑 凛。
     
    軍服の襟元は寞分の乱れもなく、埌ろで束ねた黒髪も揺れない。
     
    手には䜿い蟌たれたドむツ補の蚈算尺。
     
    カチャ、ず目盛りが鳎る。
     
    圌女は緑色の光を攟぀電探装眮を芋぀めながら、黙々ず蚈算を続けおいた。
     
    「おい、お嬢」
     
    䞋から声が飛ぶ。
     
    海軍飛行兵曹長・井原 鉄雄だった。
     
    光倜の前垭を任されるベテラン搭乗員である。
     
    煙草を咥えたたた機䜓を芋䞊げる。
     
    「たた倜曎かしか」
     
    口調は荒い。
     
    だが毎晩のように栌玍庫ぞ顔を出しおくる。
     
    凛は答えない。
     
    「陞軍さんは盞倉わらず高高床迎撃だ。B-29は䞀䞇メヌトルだぞ」
     
    男は機銖を指差した。
     
    「そんな鉄の塊を䜕機䞊べたずころで远い぀けるか」
     
    ようやく凛が顔を䞊げた。
     
    「远い぀く必芁はありたせん」
     
    「あ」
     
    「敵が、ずっず䞀䞇メヌトルを飛び続けるならですが」
     
    男が眉をひそめる。
     
    凛は脚立を降りた。
     
    その芖線は機䜓ではなく、栌玍庫の倖の暗い空ぞ向いおいる。
     
    「高高床爆撃は理想的です」
     
    静かな声。
     
    「ですが理想だけで戊争はできたせん」
     
    「䜕が蚀いたい」
     
    「もし私が敵なら」
     
    少しだけ間が空く。
     
    「もっず確実な方法を探したす」
     
    男は煙を吐いた。
     
    「確実」
     
    「ええ」
     
    凛は光倜の機銖に觊れる。
     
    「颚に流されず」
     
    「迎撃も受けにくく」
     
    「目暙ぞ倧量の爆匟を届けられる方法です」
     
    男の顔から笑みが消える。
     
    「  䜎空か」
     
    凛は即答しなかった。
     
    「分かりたせん」
     
    そう蚀った。
     
    「ですが、その可胜性は考えおおくべきです」
     
    そしお電探アンテナぞ目を向ける。
     
    「倜ず䜎空」
     
    小さく呟く。
     
    「もし敵がそこを遞ぶなら、人の目は圹に立たなくなりたす」
     
    栌玍庫に沈黙が萜ちる。
     
    凛はノヌトを開き、新しい数匏を曞き始めた。
     
    「だから私は準備したす」
     
    男が蚊く。
     
    「来るず思うのか」
     
    凛の鉛筆が止たる。
     
    数秒の沈黙。
     
    「分かりたせん」
     
    再び同じ答え。
     
    「ですが――」
     
    圌女は光倜を芋䞊げた。
     
    「来た時に芋぀けられなければ、その倜は終わりです」
     
    男は䜕も蚀わなかった。
     
    栌玍庫の倖では、冷たい倜颚が吹いおいる。
     
    戞畑 凛は静かに蚈算を続けた。
     
    たるで、ただ誰も知らない未来の倜を芋぀めるように。




    【県ず県】


    「おい、蚈算尺」
     
    栌玍庫に笑い声が響く。
     
    霧島 志門が軍垜を少し傟けながら近付いおくる。
     
    「聞いたぞ。今床の光倜は、敵を目で探さなくおもいいらしいな」
     
    凛は手元の蚈算を止めない。
     
    「ええ」
     
    「䟿利な時代だ」
     
    霧島は機䜓を芋䞊げた。
     
    「俺なんざ二癟時間以䞊、倜空を睚み続けおきたっおのに」
     
    「非効率ですね」
     
    即答だった。
     
    霧島の眉が䞊がる。
     
    「ほう」
     
    「人間の芖芚は環境で容易に隙されたす」
     
    凛は蚈算尺を動かす。
     
    「疲劎、倩候、錯芚」
     
    カチャ。
     
    「誀差の塊です」
     
    「蚀っおくれるな」
     
    霧島は笑った。
     
    だが目は笑っおいない。
     
    「その誀差で二十機以䞊萜ずしおきた」
     
    凛が初めお顔を䞊げる。
     
    「存じおいたす」
     
    静かな声。
     
    「だからこそ惜しい」
     
    「䜕」
     
    「あなたほどの操瞊士なら」
     
    凛は光倜の電探アンテナを芋る。
     
    「目ず電探の䞡方を䜿えば、もっず倚くの呜を守れたす」
     
    栌玍庫が静たり返る。
     
    霧島は数秒黙った。
     
    やがお錻で笑う。
     
    「面癜いこずを蚀う」
     
    軍垜を被り盎す。
     
    「なら芋せおみろ」
     
    そしお光倜を指差した。
     
    「その鉄の目が、本圓に俺の目より優れおいるっおこずをな」




    【朚曎接の倜】


    そしお―― 運呜の䞉月九日、二十䞉時過ぎ。
     
    朚曎接海軍航空基地は、海から吹き付ける凍お぀く暎颚に揺れおいた。
     
    その静寂を切り裂き、
    基地正門ぞ猛烈な速床で突っ蟌んできた単車があった。
     
    泥たみれの陞軍甚サむドカヌ。
     
    甲高いブレヌキ音を響かせお停止した単車から、
    䞀人の男が転がるように飛び降りる。
     
    陞軍予備少尉、芹沢 迅だった。
     
    「止たれ」
     
    衛兵が叫ぶ。
     
    䞉八匏歩兵銃の銃口が䞀斉に向けられた。
     
    「ここは海軍航空基地だ 陞軍の者が䜕の甚だ」
     
    「通しおくれ」
     
    芹沢は息を切らせながら曞簡を掲げた。
     
    「東京郜長官、西尟 壜造倧将からの特䜿だ」
     
    衛兵たちが顔を芋合わせる。
     
    「今倜、垝郜に未曟有の危機が迫っおいる 航空隊叞什に䌚わせおくれ」
     
    西尟の名は倧きかった。
     
    さらに事前に海軍偎ぞ連絡が入っおいたこずもあり、
    芹沢は蟛うじお叞什郚ぞの通行を蚱された。


    䜜戊宀の扉が開く。
     
    䞭には朚曎接航空隊叞什を䞭心に数名の参謀が集たっおいた。
     
    「陞軍の若造が䜕事だ」
     
    冷たい声。
     
    「倧本営からは譊戒譊報解陀が通達されたばかりだぞ」
     
    芹沢は答えず、抱えおいた資料を机䞊ぞ叩き぀けた。
     
    「倧本営は欺かれおいたす」
     
    郚屋の空気が匵り詰める。
     
    「敵の狙いは軍需工堎ではありたせん」
     
    「今倜、B-29本隊は歊装を捚お、高床䞀千五癟メヌトル前埌の超䜎空から東京䞋町ぞ䟵入したす」
     
    「目的は郜垂焌华です」
     
    「民間人を焌き殺しに来る」
     
    参謀たちの顔色が倉わった。
     
    「銬鹿な  」
     
    「蚌拠はあるのか」
     
    「今すぐ『新型倜間戊闘』を出撃させおください」
     
    しかし叞什は銖を暪に振る。
     
    「無理だ」
     
    静かな声だった。
     
    「海軍航空隊は正匏呜什なしでは動かせん」
     
    「開発䞭の詊隓機を、䞀少尉の掚論だけで飛ばせるものか」
     
    「呜什を埅っおいたら十䞇人が死ぬんです」
     
    芹沢が叫ぶ。
     
    参謀の䞀人が怒鳎り返した。
     
    「無瀌者」
     
    その時だった。
     
    「その資料を」
     
    静かな声が響く。
     
    「私に芋せおください」
     
    党員が振り向く。
     
    通信宀の奥から歩み出おきたのは戞畑 凛だった。
     
    軍服の襟元は寞分の乱れも無い。
     
    黒髪は埌ろで䞀぀に束ねられおいる。
     
    凛は机ぞ近づくず、泥だらけの資料を手に取った。
     
    懐から蚈算尺を取り出す。
     
    カチャ。
     
    カチャ。
     
    郚屋から䌚話が消えた。
     
    蚈算尺の音だけが響く。
     
    凛の目が数字を远う。
     
    巡航速床。
     
    燃料搭茉量。
     
    気象予報。
     
    颚向。
     
    颚速。
     
    航続距離。
     
    焌倷匟搭茉重量。
     
    䞀぀ず぀。
     
    数字が繋がっおいく。
     
    やがお。
     
    蚈算尺が止たった。
     
    「  なるほど」
     
    誰も口を開かない。
     
    凛は静かに顔を䞊げた。
     
    「敵は工堎を狙っおいたせん」
     
    その䞀蚀で宀内が凍る。
     
    「これは郜垂焌华䜜戊です」
     
    叞什の顔色が倉わる。
     
    凛は続けた。
     
    「この燃料搭茉量では高高床爆撃は成立したせん」
     
    「この颚向では工堎爆撃も非効率です」
     
    「ですが朚造䜏宅密集地なら話は別です」

    そしお東京の地図を芋た。
     
    深川。
     
    浅草。
     
    本所。
     
    城東。
     
    朚造䜏宅密集地垯。
     
    その䞊ぞ鉛筆を走らせる。
     
    䞀本。
     
    たた䞀本。
     
    さらに䞀本。
     
    やがお。
     
    巚倧な栌子暡様が描かれた。
     
    「先導機は十二機です」
     
    誰かが息を呑んだ。
     
    「なぜ分かる」
     
    叞什が蚊く。
     
    凛は地図から目を離さない。
     
    「東京䞋町党域ぞ火の暙識を圢成するための最小数だからです」
     
    静かな声だった。
     
    「敵は先導機で巚倧な火の枠を䜜りたす」
     
    「その火を目印に、本隊䞉癟機が焌倷匟を投䞋する」
     
    蚈算尺が止たる。
     
    「逆に蚀えば」
     
    凛は顔を䞊げた。
     
    「その十二機を萜ずせば、本隊䞉癟機は盲目になりたす」
     
    䜜戊宀の空気が倉わった。
     
    誰も反論できない。
     
    凛は続ける。
     
    「迎撃察象は十二機」
     
    短い沈黙。

    「敵本隊はもう近くたで来おいたす」
     
    叞什は黙ったたただった。
     
    「戞畑少尉  」
     
    参謀が苊しそうに蚀う。
     
    「だが呜什が無い」
     
    凛は叞什を芋据えた。
     
    「地䞊では西尟長官が防空法違反を承知で䜏民避難を始めおいたす」
     
    誰も蚀葉を返せない。
     
    「地䞊に腹を括った倧人がいたす」
     
    凛の声は静かだった。
     
    しかし匷かった。
     
    「海軍がその背䞭に泥を塗るのですか」
     
    長い沈黙。
     
    やがお叞什が深く息を吐いた。
     
    「  責任は誰が負う」
     
    「私です」
     
    即答だった。
     
    「技術少尉、戞畑 凛が党お負いたす」
     
    叞什は数秒、圌女を芋぀めた。
     
    そしお。

    沈黙の埌、静かに蚀葉を発した。
     
    「蚱可する」
     
    䜜戊宀に緊匵が走る。
     
    「光倜出撃準備」
     
    叞什の声が響いた。
     
    「戞畑少尉」
     
    「敵の錻を明かしおこい」
     
    「はっ」
     
    凛は敬瀌した。
     
    そしお芹沢ぞ振り返る。
     
    「陞軍少尉」
     
    「案内したす」
     
    䜜戊宀を飛び出す。


    二人は暎颚の吹く倜ぞ走った。
     
    基地の片隅。
     
    倜間専甚隠密栌玍庫。
     
    巚倧な扉が開く。
     
    そこには挆黒の双発倜間戊闘機――光倜が䞊んでいた。
     
    「おい、お嬢」
     
    機䜓䞊から声が飛ぶ。
     
    「出撃呜什っおのは本圓か」
     
    井原 鉄雄だった。
     
    その傍らで霧島 志門が軍垜を傟ける。
     
    「ぞえ」
     
    䞍敵な笑み。
     
    「そい぀が東京から飛んできた陞軍の若造か」
     
    芹沢を芋る。
     
    「面癜い」
     
    霧島は笑う。
     
    「そのデヌタが本物なら、俺の目ずお前らの電探、どっちが先に敵を芋぀けるか勝負だな」
     
    その時だった。
     
    「班長」
     
    栌玍庫奥から悲鳎が䞊がる。
     
    「倧倉です」
     
    若い敎備兵、北村 䞀が駆け蟌んできた。
     
    「八番機が  」
     
    党員の芖線が向く。
     
    「゚ンゞンが掛かりたせん」
     
    埌ろから敎備班長の北村 元が珟れる。
     
    油にたみれた顔。
     
    苊枋の衚情。
     
    「燃料系統が死んでる」
     
    「䜕床やっおも火が入らねえ」
     
    沈黙。
     
    迎撃察象は十二機。
     
    光倜は八機。
     
    それでも足りない。
     
    なのに。
     
    飛べるのは䞃機だけだった。
     
    「䞃機  」
     
    芹沢が呟く。
     
    絶望的な数字だった。
     
    しかし。
     
    戞畑 凛は蚈算尺を取り出した。
     
    カチャ。
     
    カチャ。
     
    数字を远う。
     
    そしお。
     
    「問題ありたせん」
     
    党員が振り向く。
     
    「先頭䞃機で先導機を分断したす」
     
    「䞉分以内に第䞀矀を撃墜」
     
    「その埌、䞊䜍䞉機が反転しお第二矀を迎撃」
     
    凛の目は揺れない。
     
    「䞀秒の遅れも認めたせん」
     
    井原が笑った。
     
    「蚀っおくれるぜ、お嬢」
     
    酞玠マスクを掎む。
     
    霧島も歩き出した。
     
    「北村の芪父」
     
    振り返らない。
     
    「八番機は諊めるな」
     
    片手を振る。
     
    「俺たちが空で埅っおる」
     
    北村 元が怒鳎った。
     
    「誰に向かっお蚀っおやがる」
     
    「さっさず飛べ」
     
    栌玍庫が笑いに包たれる。
     
    次の瞬間。
     
    䞀番機の゚ンゞンが咆哮した。
     
    続いお二番機。
     
    䞉番機。
     
    四番機。
     
    五番機。
     
    六番機。
     
    䞃番機。
     
    栌玍庫の扉が開く。
     
    暎颚が吹き蟌む。
     
    䞃基の゚ンゞンが唞りを䞊げる。
     
    䞀機足りない。
     
    だが誰も䞋を向かなかった。
     
    垝郜ぞ向かう敵先導機は十二。
     
    迎え撃぀光倜は䞃。
     
    数では勝おない。
     
    性胜でも勝おない。
     
    それでも。
     
    守るべきものがあった。
     
    滑走路の先。
     
    闇の向こうには東京がある。
     
    家族がいる。
     
    子䟛たちがいる。
     
    守らなければならない倜がある。
     
    戞畑 凛は静かに空を芋䞊げた。
     
    「総員、出撃準備」
     
    その声ず共に。
     
    䞃機の光倜が倜ぞ動き出した。
     
    東京の呜運を乗せお。



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    第䞉章 挆黒の胎動


    【遣独朜氎艊】



    光倜は、突然生たれた奇跡ではない。
     
    それは、数え切れないほどの屍の䞊に咲いた、執念の埒花だった。
     
    昭和十九幎。
     
    䞀隻の倧型朜氎艊が、遥か欧州からの垰路、倪平掋の深海を這うように進んでいた。
     
    遣独朜氎艊䜜戊。
     
    同盟囜ドむツの先進技術を日本ぞ持ち垰るための、埀埩数䞇キロに及ぶ決死の航海。
     
    だが、祖囜の土を螏めた者は、ほんの䞀握りだった。
     
    レヌダヌ技術者を乗せた僚艊は、倧西掋で敵駆逐艊の爆雷攻撃に沈んだ。
     
    倜間戊闘機の郚品を積んだ茞送船も、垰路で魚雷の逌食ずなった。
     
    若き技術者たち。
     
    未来を蚗された知性。
     
    圌らは䞀瞬で冷たい海ぞ消えおいった。
     
    それでも。
     
    生き残った䞀隻の朜氎艊が守り抜いたものがあった。
     
    油玙に包たれた分厚い蚭蚈図。
     
    ドむツ空軍倜間戊闘機、He219「りヌフヌ」。ドむツ語で「ワシミミズク」を意味する。
     
    その基本蚭蚈図だった。
     
    それは海に消えた男たちが呜ず匕き換えに繋いだ、最埌のバトンだった。
     
    図面は暪須賀を経お、極秘裏に朚曎接ぞ運び蟌たれた。
     
    そしお物語は始たる。




    【穿぀槌音】


    「こんな図面、ただの絵空事だ」
     
    栌玍庫の床ぞ図面を広げながら、敎備班長・北村 元は吐き捚おた。
     
    ドむツ補の粟密郚品。
     
    特殊合金。
     
    高床な工䜜粟床。
     
    その倚くは圓時の日本で再珟できるものではなかった。
     
    だが。
     
    䜜らねばならない。
     
    北村 元ず息子の北村 䞀は工具を握った。
     
    詊䜜゚ンゞンは䜕床も焌き付いた。
     
    配管は砎裂した。
     
    詊隓機は飛ぶたびに故障した。
     
    たずもな工具も足りない。
     
    郚品も無い。
     
    材料も無い。
     
    それでも二人は諊めなかった。
     
    「芪父、シリンダヌ削るぞ」
     
    「銬鹿野郎 コンマ二ミリだ」
     
    昌も倜も槌音が響く。
     
    鉄を叩く音。
     
    削る音。
     
    怒鳎る声。
     
    笑う声。
     
    職人の意地が、粗悪な材料を少しず぀圢にしおいく。
     
    䜕床壊れおも。
     
    䜕床燃えおも。
     
    北村 元は鉄塊を愛おしむように叩いた。
     
    圌らは戊闘機を䜜っおいるのではなかった。
     
    東京を守るための盟を鍛えおいた。




    【倜を芋る県】



    技術者たちが鉄ず栌闘する傍らで。
     
    戞畑 凛は、暗闇ず栌闘しおいた。
     
    海軍技術廠の男たちは陰で囁いた。
     
    「倜を芋ようずしおいる女だ」
     
    机の䞊には真空管の山。
     
    ドむツから届いた回路図は、日本の環境ではそのたた動かなかった。
     
    実隓のたびに真空管が焌ける。
     
    画面は砂嵐。
     
    ノむズ。
     
    ノむズ。
     
    そしおノむズ。
     
    敵機どころか䜕も映らない。
     
    誀差。
     
    狂う数倀。
     
    終わらない再蚈算。
     
    䜕癟回。
     
    䜕千回。
     
    倱敗だけが積み重なる。
     
    だが凛は垭を立たなかった。
     
    男たちが垰った埌も。
     
    倜が曎けた埌も。
     
    䞀人でブラりン管を芋続ける。
     
    懐の蚈算尺を動かす。
     
    カチャ。
     
    カチャ。
     
    孀独な音だけが郚屋に響く。
     
    私は間違っおいない。
     
    このノむズの奥に、必ず道はある。
     
    そしお䞉月を迎えたある倜。
     
    数癟回目の真空管亀換の埌だった。
     
    画面の砂嵐が。
     
    ふっず静たった。
     
    凛は息を止める。
     
    栌玍庫の遥か向こう。
     
    倜空を暪切る䞀矜の枡り鳥。
     
    その小さな圱が。
     
    画面の片隅に䞀点の光ずしお珟れた。
     
    ノむズが消えた。
     
    誀差が消えた。
     
    凛は静かに蚈算尺を眮いた。
     
    その瞳には。
     
    暗闇の向こうにある未来が映っおいた。




    【挆黒の翌】



    昭和二十幎䞉月初頭。
     
    ぀いに䞀機の戊闘機が完成した。
     
    He219の思想。
     
    日本の技術。
     
    職人たちの執念。
     
    その党おを泚ぎ蟌んだ挆黒の双発機。
     
    戞畑 凛は完成した機䜓を芋䞊げた。
     
    自分の蚈算。
     
    自分の電探。
     
    それがこの機䜓の県になる。
     
    北村 元ぱンゞンカりルぞ静かに手を圓おた。
     
    長い時間を共に過ごした鉄の枩もりが掌に䌝わる。
     
    満足そうに頷く。
     
    「お嬢」
     
    髭を撫でる。
     
    「最高の゚ンゞンだ」
     
    「回るぜ。どこたでもな」
     
    井原 鉄雄が笑った。
     
    「こい぀はいい」
     
    「B-29のケツを远い回せそうだ」
     
    栌玍庫の入口。
     
    腕を組んでいた霧島 志門が歩み寄る。
     
    「やっず飛べるのか」
     
    凛を芋る。
     
    「蚈算尺」
     
    凛も芋返す。
     
    「ええ」
     
    「あなたの目を超える準備は敎いたした」
     
    霧島が笑う。
     
    「蚀っおくれる」
     
    その時だった。
     
    「ずころで」
     
    井原が機䜓を芋䞊げた。
     
    「名前は決たったのか」
     
    沈黙。
     
    北村 元が肩をすくめる。
     
    「ドむツの名前じゃ味気ねえ」
     
    「黒倜っおのはどうだ」
     
    「瞁起が悪い」
     
    霧島が即答した。
     
    笑いが起きる。
     
    凛は䜕も蚀わない。
     
    ただ機銖を芋䞊げた。
     
    挆黒の機䜓。
     
    その先端には電探アンテナ。
     
    闇を芋通すための県。
     
    そしお。
     
    静かに口を開いた。
     
    「光倜」
     
    党員が振り向く。
     
    「光倜」
     
    井原が銖を傟げる。
     
    凛は頷いた。
     
    「光の無い倜を芋通すからです」
     
    沈黙。
     
    そしお。
     
    霧島が小さく笑った。
     
    「悪くねえ」
     
    井原も頷く。
     
    「いや」
     
    「かなり良い」
     
    北村 元が機䜓を芋䞊げた。
     
    「光倜、か」
     
    誰も反察しなかった。
     
    男たちの呜懞けの航海。
     
    芪子の泥たみれの意地。
     
    女の孀独な蚈算。
     
    その党おが。
     
    光倜ずいう名の䞋に結実した。


    そしお――
     
    時蚈の針は珟圚ぞ匕き戻される。
     
    䞉月九日。
     
    二十䞉時四十分。
     
    決戊の倜。
     
    「班長」
     
    栌玍庫に叫び声が響く。
     
    「倧倉です」
     
    北村 䞀が駆け蟌んできた。
     
    「八番機が  」
     
    党員が振り向く。
     
    「゚ンゞンが掛かりたせん」
     
    完成したはずの奇跡が。
     
    最悪の瞬間に牙を剥いた。
     
    敵は十二。
     
    こちらは䞃。
     
    東京の呜運を懞けた倜が始たる。
     
    光倜はただ地䞊にいた。
     
    だが、その翌は。
     
    既に倜空を芋据えおいた。



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    第四章 光倜出撃ス



    【滑走路】


    昭和二十幎䞉月九日、二十䞉時四十五分。
     
    朚曎接海軍航空基地の滑走路は、
    海から吹き付ける凄たじい暎颚ず、地を這う砂煙に包たれおいた。
     
    その暗闇のただ䞭に、
    䞃組の双発プロペラが巻き起こす狂暎な颚ず爆音の嵐があった。
     
    十䞃詊倜間戊闘機―― 光倜。
     
    カりリングの䞭では、
    北村芪子が血の滲むような思いで鍛え䞊げたハ43゚ンゞンが、
    垝郜の運呜を背負っお咆哮しおいる。
     
    ベヌスずなったドむツ補倜戊の無骚さを削ぎ萜ずし、
    日本独自の流線型ぞず磚き䞊げられた機䜓。
     
    鋭く絞られた颚防。
     
    挆黒の双発翌。
     
    そしお機銖から突き出た魚の骚のような電探アンテナ。
     
    それはたるで、倜そのものを狩るために生たれた猛犜だった。
     
    誘導灯の赀い光が、挆黒の機䜓を鈍く照らしおいる。
     
    「䞀機も萜ずすんじゃねえぞ」
     
    滑走路脇。
     
    暎颚の䞭で敎備班長・北村 元が拳を振り䞊げた。
     
    「生きお垰っおきお、俺たちの゚ンゞンを耒めちぎりやがれ」
     
    その隣では息子の北村䞀が垜子を振っおいる。
     
    芖線の先には栌玍庫ぞ残された八番機。
     
    悔しさで涙が滲んでいた。
     
    だが顔は䞊げおいた。
     
    「頌みたす  」
     
    䞃機ぞ向けお叫ぶ。
     
    「絶察に垰っおきおください」
     
    泥ず油にたみれた芪子の意地が、
    今たさに滑走路を飛び立ずうずしおいた。
     
    「埌垭」
     
    光倜䞀番機。
     
    前垭の井原 鉄雄が䌝声管ぞ声を送る。
     
    「電探の塩梅はどうだ」
     
    埌垭。
     
    戞畑 凛はブラりン管を芋぀めおいた。
     
    緑色の光。
     
    静かなノむズ。
     
    そしお手には䜿い蟌たれたドむツ補蚈算尺。
     
    軍服の襟元は、この暎颚の䞭でも䞀切乱れおいない。
     
    「電探正垞」
     
    凛は即答した。
     
    「駆動電圧安定」
     
    「誀差ありたせん」
     
    井原が笑う。
     
    「聞いたか、光倜」
     
    愛機の蚈噚盀を軜く叩く。
     
    「お前は完璧らしいぞ」
     
    「機䜓性胜に問題はありたせん」
     
    凛は冷静に続けた。
     
    「埌は搭乗員の技量だけです」
     
    「蚀っおくれるな」
     
    井原が笑った。
     
    「芋おろ」
     
    スロットルレバヌぞ手を掛ける。
     
    「今倜、お前の蚈算が正しかったっお蚌明しおやる」
     
    その時。
     
    管制塔から通信が入る。
     
    『光倜隊』
     
    雑音混じりの声。
     
    『発進ヲ蚱可ス』
     
    短い沈黙。
     
    井原は口元を吊り䞊げた。
     
    「聞いたか、お嬢」
     
    「聞いおいたす」
     
    「いよいよだ」
     
    凛はブラりン管から目を離さない。
     
    ただ䞀蚀だけ答えた。
     
    「東京を守りたす」
     
    井原は頷いた。
     
    「よし」
     
    ブレヌキを螏み蟌む。
     
    ゚ンゞン回転数䞊昇。
     
    機䜓党䜓が震える。
     
    暎颚が翌を叩く。
     
    だが光倜は負けない。
     
    「光倜䞀番機」
     
    井原が前を芋る。
     
    「出撃する」
     
    ブレヌキ解陀。
     
    挆黒の機䜓が滑走路を走り始めた。
     
    加速。
     
    加速。
     
    さらに加速。
     
    速床蚈の針が跳ね䞊がる。
     
    機銖が浮く。
     
    振動が倉わる。
     
    そしお――
     
    光倜は地面を離れた。
     
    初めおではない。
     
    だが今倜は違う。
     
    蚓緎ではない。
     
    詊隓でもない。
     
    戊堎だった。
     
    䞀番機が倜空ぞ吞い蟌たれる。
     
    続いお二番機。
     
    䞉番機。
     
    四番機。
     
    五番機。
     
    六番機。
     
    䞃番機。
     
    䞃぀の挆黒の翌が、次々ず朚曎接を離れおいく。
     
    車茪栌玍。
     
    金属音。
     
    基地の灯が遠ざかる。
     
    滑走路が小さくなる。
     
    その先に埅っおいたのは、月も星もない完党な暗闇だった。
     
    冷たい死の空間。
     
    だが。
     
    その闇の向こうには東京がある。
     
    家族がいる。
     
    子䟛たちがいる。
     
    守らなければならない倜がある。
     
    「光倜党機」
     
    凛が通信機を開く。
     
    「これより高床䞀千五癟」
     
    「進路、南南東」
     
    蚈算尺を握る。
     
    「―― 『情報の耳』からの連絡を埅ちたす」


    朚曎接海軍航空基地。
     
    通信宀。
     
    今も通信を远い続ける芹沢 迅。
     
    圌の耳。
     
    凛の県。
     
    そしお井原たちの翌。
     
    䞉぀の力が、今たさに䞀぀になろうずしおいた。
     
    䞃機の光倜は、誰もいない暗黒の空ぞ消えおいく。
     
    その先には敵がいる。
     
    東京がある。
     
    守るべき倜がある。
     
    光倜出撃ス。
     
    その呜什は、もう取り消せなかった。




    【十六機】



    朚曎接海軍航空基地。
     
    本庁舎の片隅にある通信宀。
     
    䞃機の光倜が暎颚の滑走路を蹎っお飛び立っおから、わずか十分埌のこずである。
     
    「  感床良奜」
     
    「呚波数固定」
     
    芹沢 迅は倧型受信機の前に座り、受話噚を䞡手で耳ぞ抌し圓おおいた。
     
    東京から駆け付けた軍服は泥ず煀にたみれたたただ。
     
    呚囲の海軍通信兵たちは黙っおいる。
     
    誰も声を出さない。
     
    今、この郚屋で敵を芋おいるのは芹沢だけだった。
     
    ヘッドホンの向こうから流れおくるのは、房総半島ぞ迫る米軍機矀の無線電波。
     
    倧本営の地䞊レヌダヌは沈黙しおいる。
     
    劚害電波。
     
    ノむズ。
     
    砂嵐。
     
    頌れるのは芹沢の耳だけだった。
     
    「コヌルサむン、チェッカヌ」
     
    鉛筆が走る。
     
    「第314航空団」
     
    「先導機本隊」
     
    「野島埌南方四十キロ」
     
    ノヌトぞ座暙を曞き蟌む。
     
    芹沢は暗号を聞いおいるわけではない。
     
    人間を聞いおいる。
     
    通信兵の癖。
     
    リズム。
     
    打鍵速床。
     
    呌吞。
     
    指先の迷い。
     
    䞀人。
     
    二人。
     
    䞉人。
     
    次々に識別しおいく。
     
    「䞃」
     
    鉛筆が走る。
     
    「八」
     
    「九」
     
    「十」
     
    順調だった。
     
    蚈算通り。
     
    敵先導機は十二機。
     
    凛ぞ枡したデヌタ通り。
     
    䜕も問題は無い。
     
    はずだった。
     
    「十䞀」
     
    芹沢は頷く。
     
    「十二」
     
    そしお。
     
    次の瞬間だった。
     
    耳の奥に。
     
    知らないリズムが混ざった。
     
    鉛筆が止たる。
     
    「  」
     
    通信兵が䞀人増えた。
     
    いや。
     
    違う。
     
    もう䞀人。
     
    さらにもう䞀人。
     
    芹沢の背筋を冷たいものが走る。
     
    「十䞉」
     
    宀内が静たる。
     
    「十四」
     
    額から汗が流れる。
     
    「十五」
     
    通信兵たちが顔を芋合わせた。
     
    そしお。
     
    「十六  」
     
    芹沢の声が掠れた。
     
    沈黙。
     
    次の瞬間。
     
    芹沢は立ち䞊がった。
     
    「違う」
     
    通信宀党䜓が凍り付く。
     
    「十二機じゃない」
     
    机を叩く。
     
    「十六機だ」
     
    海軍士官が叫ぶ。
     
    「䜕だず」
     
    芹沢は受話噚を耳ぞ抌し付けたたた叫び返した。
     
    「四機倚い」
     
    「だがB-29じゃない」
     
    党員が息を呑む。
     
    「通信の重さが違う」
     
    「無線機出力が違う」
     
    「これは爆撃機じゃない」
     
    鉛筆が玙を匕っ掻く。
     
    頭の䞭で情報が繋がる。
     
    ルメむ。
     
    倜間䟵入。
     
    光倜。
     
    もし自分が敵なら。
     
    もし日本軍に倜間迎撃機が存圚するず知っおいたら。
     
    どうする。
     
    答えは䞀぀だった。
     
    「護衛だ  」
     
    誰かが呟く。
     
    芹沢は頷く。
     
    「そうだ」
     
    地図ぞ拳を叩き付ける。
     
    「護衛戊闘機だ」
     
    宀内が隒然ずなる。
     
    あり埗ない。
     
    しかし。
     
    あり埗る。
     
    敵もたた本気なのだ。
     
    日本軍の倜間戊闘機ずいう未知の存圚に察し、保険を掛けおいた。
     
    B-29の真䞋。
     
    巚倧な機䜓の死角。
     
    地䞊レヌダヌからも。
     
    光倜の電探からも。
     
    発芋しにくい䜍眮。
     
    そこぞ。
     
    牙を隠しお朜んでいる。
     
    芹沢は叫んだ。
     
    「P-61だ」
     
    通信兵たちの顔色が倉わる。
     
    米軍最新鋭倜間戊闘機。
     
    ブラックりィドり。
     
    闇の䞭で敵を狩るために生たれた怪物。
     
    その四機が。
     
    十二機のB-29に寄り添うように飛んでいる。
     
    総数十六機。
     
    察する光倜は䞃機。
     
    凛の䜜戊は。
     
    䞃機で十二機を分断する䜜戊だった。
     
    だが。
     
    十六機なら話が倉わる。
     
    突入した瞬間。
     
    真䞋からブラックりィドりが襲いかかる。
     
    埅ち䌏せだ。
     
    完璧な眠だった。
     
    「戞畑少尉」
     
    芹沢は送信マむクを掎んだ。
     
    「凛」
     
    喉が裂けそうになる。
     
    「聞こえるか」
     
    激しいノむズ。
     
    雑音。
     
    それでも叫ぶ。
     
    「敵は十二機じゃない」
     
    「十六機だ」
     
    通信兵たちが固唟を呑む。
     
    芹沢はさらに叫んだ。
     
    「P-61が四機」
     
    「B-29の死角に隠れおいる」
     
    「埅ち䌏せされおいるぞ」
     
    「突入を合わせるな」
     
    倪平掋䞊。
     
    高床䞀千五癟。
     
    暎颚の倜空を飛ぶ光倜䞀番機。
     
    激しいゞャミングの向こうから届いた芹沢の叫びに。
     
    埌垭の戞畑 凛は、
     
    初めお息を呑んだ。




    【防衛線】



    高床䞀千五癟メヌトル。
     
    月も星もない暗黒の倪平掋䞊。
     
    䞀番機の埌垭で、戞畑 凛は芹沢 迅の悲鳎のような譊告を受け止めおいた。
     
    『敵は十六機だ』
     
    『ブラックりィドりが四機隠れおいる』
     
    激しいノむズ。
     
    ゞャミング。
     
    雑音。
     
    その向こうから届く叫び。
     
    凛は蚈算尺を激しく埀埩させた。
     
    カチャ。
     
    カチャ。
     
    数字が組み倉わる。
     
    十二機ではない
     
    十六機
     
    P-61が四機
     
    蚈算が曞き換わる。
     
    だが。
     
    戞畑 凛の衚情は倉わらなかった。
     
    「戞畑少尉」
     
    前垭の井原 鉄雄が叫ぶ。
     
    「どうする」
     
    「反転するか」
     
    反転すれば助かる。
     
    だが。
     
    東京は焌かれる。
     
    凛は即答した。
     
    「反転は拒吊したす」
     
    その声は静かだった。
     
    そしお冷静だった。
     
    「敵のP-61は前方監芖型レヌダヌです」
     
    蚈算尺が止たる。
     
    「死角を突きたす」
     
    井原が笑った。
     
    「そう来たか」
     
    「高床を䞋げおください」
     
    凛は蚀った。
     
    「海面高床䞉癟」
     
    「急降䞋」
     
    「ハッ」
     
    井原が操瞊桿を抌し蟌む。
     
    䞃機の光倜が闇の空から海面ぞ向かっお萜䞋した。
     
    波飛沫が䞻翌を叩く。
     
    ゚ンゞン音が海面ぞ反射する。
     
    凛は電探画面を睚み぀けた。
     
    「捕捉」
     
    光点が珟れる。
     
    「芋぀けたした」
     
    敵機十六。
     
    党機。
     
    真䞊だ。
     
    「光倜党機」
     
    凛が通信を開く。
     
    「突き䞊げ攻撃を実斜」
     
    「䞉」
     
    「二」
     
    「䞀」
     
    そしお。
     
    「撃おヌヌ」
     
    䞃機の䞉十ミリ機関砲が同時に火を吹いた。
     
    挆黒の海面から突き䞊げる死神の䞀撃。
     
    完党な奇襲だった。
     
    B-29二機。
     
    ブラックりィドり二機。
     
    蚈四機が䞀瞬で炎に包たれる。
     
    巚倧な火球が倜空を照らした。
     
    「やったぞ」
     
    井原が叫ぶ。
     
    だが。
     
    凛の芖線はただ画面から離れない。
     
    そしお。
     
    次の瞬間だった。
     
    「敵機反転」
     
    通信機が怒鳎る。
     
    「ブラックりィドりだ」
     
    残った二機のP-61が燃える僚機を背に突撃しおきた。
     
    同時に倧量のチャフが散垃される。
     
    アルミ箔が倜空を埋め尜くした。
     
    電探画面が癜く染たる。
     
    敵味方の光点が混ざる。
     
    「ゞャミング」
     
    凛が歯を食いしばる。
     
    画面が読めない。
     
    識別䞍胜。
     
    それでも。
     
    圌女は慌おなかった。
     
    むしろ。
     
    静かだった。
     
    「予定通りです」
     
    井原が振り向く。
     
    「䜕」
     
    「敵は足止めに来たした」
     
    凛は蚀った。
     
    「本呜は別です」
     
    その瞬間。
     
    画面の端から四぀の光点が消えた。
     
    房総半島方向。
     
    䞀盎線。
     
    「来た」
     
    凛が呟く。
     
    「別動隊です」
     
    井原の顔色が倉わる。
     
    「远うか」
     
    「いいえ」
     
    即答だった。
     
    「远撃したせん」
     
    「正気か」
     
    「予定通りです」
     
    凛は静かに蚀った。
     
    「䞍枬の事態に備え、別系統の迎撃戊力を埅機させおいたす」
     
    井原が息を呑む。
     
    凛は前を芋た。
     
    たるで。
     
    最初から知っおいたかのように。



    朚曎接海軍航空基地。
     
    通信宀。
     
    芹沢迅は米軍の暗号通信を聞いおいた。
     
    その䞭に混じる䞀぀の笊号。
     
    突砎成功。
     
    䜜戊継続。
     
    それを意味する通信。
     
    顔から血の気が匕く。
     
    「駄目だ  」
     
    呟く。
     
    「すり抜けた」
     
    B-29四機。
     
    東京ぞ向かっおいる。
     
    あず十分。
     
    いや。
     
    もう十分も無い。
     
    芹沢は机を掎んだ。
     
    掋䞊の光倜隊は亀戊䞭。
     
    もう動かせない。
     
    東京ぞ向かう敵を止める手段が無い。
     
    「誰か  」
     
    声が震える。
     
    「誰かいないのか  」
     
    拳を握る。
     
    「このたたじゃ東京が  」
     
    その時だった。
     
    バァン
     
    通信宀の扉が蹎り開けられた。
     
    党員が振り向く。
     
    煙草の煙。
     
    逆光。
     
    その向こうから䞀人の男が珟れる。
     
    海軍倧尉。
     
    霧島 志門。
     
    軍垜を少し傟けおいる。
     
    い぀もの䞍敵な笑み。
     
    だが。
     
    その目だけが獲物を狙う猛犜のように鋭かった。
     
    「おい、陞軍」
     
    芹沢が顔を䞊げる。
     
    「霧島倧尉  」
     
    霧島は煙草を螏み消した。
     
    「どうやら」
     
    口元が吊り䞊がる。
     
    「あのお嬢の読み通りらしいな」
     
    「読み  」
     
    「ああ」
     
    月光の鍵を指先で回す。
     
    「あい぀は蚀った」
     
    霧島が笑う。
     
    『䞍枬の事態が起きたら、お願いしたす』
     
    凛の声が蘇る。
     
    『あなたしかいたせん』
     
    短い沈黙。
     
    そしお。
     
    「たったく」
     
    霧島が肩をすくめる。
     
    「過保護な蚈算尺だ」
     
    芹沢の目が芋開かれる。
     
    凛は。
     
    最初から。
     
    この事態たで想定しおいた。
     
    「おい、芹沢」
     
    「はっ」
     
    「耳を貞せ」
     
    芹沢が銖を傟げる。
     
    霧島は軍垜を被り盎した。
     
    「俺は目で飛ぶ」
     
    そしお。
     
    䞍敵に笑う。
     
    「お前は耳で飛ばせ」
     
    芹沢の胞が熱くなる。
     
    「了解」
     
    霧島は背を向けた。
     
    「敵到達たで」
     
    「十分を切っおいたす」
     
    「十分か」
     
    笑う。
     
    「充分だ」
     
    そしお。
     
    暎颚の滑走路ぞ向かっお走り出した。


    数分埌。
     
    朚曎接の倜空に、もう䞀぀の双発機が姿を珟した。
     
    月光。
     
    埌垭を空にした単座運甚。
     
    孀高の倜戊。
     
    ゚ンゞンが咆哮する。
     
    滑走路を蹎る。
     
    そしお。
     
    垝郜の空ぞ向けお飛び立った。
     
    軍の呜什ではない。
     
    組織の面子でもない。
     
    ただ。
     
    東京の呜を繋ぐために。
     
    そしお。
     
    戞畑 凛ずの玄束を果たすために。
     
    防衛線は砎られた。
     
    だが。
     
    東京はただ、諊めおいなかった。





    第五章 垝郜䞊空


    【火の海】



    昭和二十幎䞉月十日。
     
    午前零時過ぎ。
     
    戞畑 凛の予枬は、ほが正しかった。
     
    そしお。
     
    たった䞀぀だけ、倖れおいた。
     
    掋䞊の乱戊をすり抜けた四機のB-29先導機パスファむンダヌ。
     
    無灯火のたた高床䞀千五癟メヌトルを維持しながら垝郜ぞ䟵入した超空の芁塞が、その巚倧な腹を開く。
     
    シュロロロロ  
     
    䞍気味な颚切り音。
     
    次の瞬間。
     
    無数の油脂焌倷匟が東京の倜ぞ降り泚いだ。
     
    春䞀番の猛烈な北西颚。
     
    也燥した朚造家屋。
     
    燃え広がる条件は、すべお揃っおいた。
     
    䞀瞬だった。
     
    深川。
     
    本所。
     
    浅草。
     
    城東。
     
    䞋町䞀垯が爆発するように燃え䞊がる。
     
    火の粉が颚に乗る。
     
    炎が炎を呌ぶ。
     
    匷颚は呚囲の酞玠を吞い蟌みながら巚倧な火灜嵐ぞ成長しおいく。
     
    倜空が赀く染たった。
     
    建物が厩れる。
     
    火柱が立぀。
     
    黒煙が空ぞ昇る。
     
    東京の東半分が、䞀瞬にしお巚倧な『火の海』ず化した。
     
    だが。
     
    その火の海の䞋に、人の姿は少なかった。
     
    東京郜長官・西尟 壜造。
     
    圌が防空法を砎る芚悟で発した自䞻避難呜什。
     
    䞋町の䜏民たちは家を捚おた。
     
    財産を捚おた。
     
    倜のうちに高台ぞ逃れた。
     
    䞊野の山。
     
    囜民孊校。
     
    寺院。
     
    䞘陵地。
     
    そこには今も倧勢の人々が身を寄せ合っおいる。
     
    街は燃えおいる。
     
    しかし。
     
    呜はただ、地䞊で呌吞を続けおいた。
     
    その呜を守るために。
     
    今もなお、戊っおいる者たちがいた。



    朚曎接海軍航空基地。
     
    本庁舎通信宀。
     
    芹沢迅はヘッドホンを耳ぞ抌し圓おおいた。
     
    地䞊の混乱。
     
    消防隊の無線。
     
    避難民の叫び。
     
    空を裂く爆音。
     
    無数の音が流れ蟌んでくる。
     
    その䞭から。
     
    芹沢は䞀぀の音を探しおいた。
     
    B-29。
     
    そしお。
     
    月光。
     
    「  持ちこたえおくれ」
     
    拳を握る。
     
    「今、最埌の翌がそっちぞ向かっおいる」
     
    通信機の向こう。
     
    垝郜ぞ向かっお党速力で飛ぶ䞀機の戊闘機。
     
    海軍倧尉。
     
    霧島 志門。
     
    埌垭を空にした単座運甚の月光。
     
    軍の呜什ではない。
     
    誰かに呜じられたわけでもない。
     
    それでも飛んでいる。
     
    戞畑 凛ずの玄束を果たすために。
     
    東京を守るために。
     
    ただ、それだけの理由で。



    キィィィィン――。
     
    ハ43゚ンゞンが倜空を震わせる。
     
    霧島 志門は操瞊桿を握り締めおいた。
     
    前方。
     
    垝郜。
     
    燃えおいる。
     
    東京が燃えおいる。
     
    赀黒い炎の海。
     
    その䞊空を黒煙が芆っおいる。
     
    「おい、陞軍」
     
    霧島が怒鳎る。
     
    「聞こえるか」
     
    通信機の向こうから芹沢の声が返る。
     
    『聞こえたす』
     
    「お嬢の電探は䜿えねえ」
     
    霧島は笑った。
     
    だが、その目は真剣だった。
     
    「今倜はお前の耳だけが頌りだ」
     
    地䞋通信宀。
     
    芹沢はマむクを握る。
     
    『了解』
     
    『進路そのたた』
     
    『高床䞀千五癟』
     
    『敵先導機たであず二分』
     
    『䞀機たりずも暙識を打たせるな』
     
    「応よ」
     
    霧島は䞍敵に笑った。
     
    操瞊桿を抌し蟌む。
     
    月光がさらに加速する。
     
    朚曎接の通信宀から電波を飛ばす芹沢の『耳』。
     
    垝郜の空ぞ突入する霧島の『翌』。
     
    二人の倩才が今、同じ敵を远っおいた。



    だが。
     
    垝郜䞊空は、すでに地獄だった。
     
    燃え盛る街から立ち䞊る濃黒の煙。
     
    吹き䞊がる火の粉。
     
    激しい䞊昇気流。
     
    黒煙は高床数千メヌトルたで達しおいる。
     
    霧島は機銖を䞊げた。
     
    そしお。
     
    息を呑んだ。
     
    「  なんだ、これは」
     
    芋えない。
     
    本圓に芋えない。
     
    サヌチラむトは煙に飲たれおいる。
     
    星も芋えない。
     
    排気炎も芋えない。
     
    B-29の重い゚ンゞン音は聞こえる。
     
    近い。
     
    確実に近くにいる。
     
    だが。
     
    芋えない。
     
    初めおだった。
     
    倜空で敵を芋倱ったのは。
     
    倩才的な芖力。
     
    経隓。
     
    勘。
     
    その党おが通甚しない。
     
    霧島 志門ずいう男の最倧の歊噚。
     
    その『目』が。
     
    完党な暗黒の闇に閉ざされた。
     
    ―― 芋えない。



    画像

    【芋えない空】



    昭和二十幎䞉月十日。
     
    未明。
     
    東京は燃えおいた。
     
    䞋町に投䞋された焌倷匟は、朚造家屋を瞬く間に飲み蟌み、
    匷颚に煜られた炎は巚倧な火の奔流ずなっお街を駆け抜ける。
     
    地䞊から立ち䞊る黒煙は幟重にも重なり、空を芆った。
     
    火の粉が吹き䞊がる。
     
    熱気が䞊昇気流ずなっお枊を巻く。
     
    倜空そのものが燃えおいるようだった。
     
    霧島 志門は愛機を駆り、その地獄の䞊空ぞ飛び蟌んだ。
     
    敵はいる。
     
    確かにいる。
     
    耳には聞こえおいた。
     
    B-29特有の重苊しい゚ンゞン音。
     
    すぐ近くだ。
     
    だが。
     
    「  芋えない」
     
    霧島は思わず呟いた。
     
    芖界は黒煙に閉ざされおいる。
     
    サヌチラむトは圹に立たない。
     
    星も芋えない。
     
    排気炎すら芋぀からない。
     
    どれほど目を凝らしおも、倜空には闇しか存圚しなかった。
     
    「ク゜ッ   芋えない」
     
    機䜓を旋回させる。
     
    敵はいる。
     
    だが芋えない。
     
    「どこだ  」
     
    焊りが胞を締め付ける。
     
    初めおだった。
     
    倜空で敵を芋倱ったこずなど、䞀床もない。
     
    暗闇は、圌の戊堎だった。
     
    星明かりだけで敵を芋぀けおきた。
     
    排気炎の䞀瞬の揺らぎだけで照準を合わせおきた。
     
    その霧島 志 門が。
     
    今倜だけは、䜕も芋えなかった。
     
    その時だった。
     
    ヘッドホンに激しい雑音が走る。
     
    ノむズの向こうから、聞き慣れた声が響いた。
     
    『霧島倧尉』
     
    戞畑 凛だった。
     
    冷静な声。
     
    い぀もず同じ枩床。
     
    『もう、目では芋えたせん』
     
    霧島は舌打ちした。
     
    「  分かっおる」
     
    芋えない。
     
    だから腹が立぀。
     
    『煙が厚すぎたす』
     
    凛の声は続く。
     
    『ですが、敵はいたす』
     
    短い沈黙。
     
    『倧尉の二時方向。距離八癟』
     
    霧島の目が现くなる。
     
    『高床差䞉癟。先導機です』
     
    「芋えねえ」
     
    『ええ』
     
    凛は即座に答えた。
     
    『だから私が芋おいたす』
     
    霧島は思わず苊笑した。
     
    あの蚈算尺の女らしい。
     
    人が必死になっおいる時でも、声色䞀぀倉えない。
     
    『右ぞ十五床』
     
    操瞊桿を傟ける。
     
    『そのたた䞊昇』
     
    機銖が䞊を向く。
     
    『䞉秒埌、巊旋回』
     
    黒煙。
     
    闇。
     
    䜕も芋えない。
     
    だが。
     
    霧島は埓った。
     
    今は、自分の目よりも。
     
    あの女の電探を信じる。
     
    『䞉』
     
    『二』
     
    『䞀』
     
    凛の声が静かに萜ちる。
     
    『―― 今です』
     
    霧島は匕き金を匕いた。
     
    二十ミリ機関砲が火を吹く。
     
    倜空ぞ向かっお曳光匟が䌞びる。
     
    次の瞬間。
     
    黒煙の向こうで巚倧な火球が膚れ䞊がった。
     
    B-29。
     
    先導機だった。
     
    炎を吹きながら墜ちおいく。
     
    倜空が赀く染たる。
     
    霧島は思わず笑った。
     
    「ハッ  」
     
    もう䞀床笑う。
     
    「ハハハ」
     
    痛快だった。
     
    本圓にいた。
     
    自分には芋えなかった敵が。
     
    だが確かにそこにいた。
     
    「気に食わねえな」
     
    霧島は呟く。
     
    だが口元は吊り䞊がっおいた。
     
    「俺は今たで、自分の目だけで飛んできた」
     
    燃える東京を芋䞋ろす。
     
    黒煙はなお空を芆っおいる。
     
    「だが今倜は違うか」
     
    操瞊桿を握り盎した。
     
    「芋えねえなら――」
     
    䞍敵な笑み。
     
    「お前の目を借りおやる」
     
    通信の向こうで、ほんの䞀瞬だけ沈黙が流れる。
     
    『了解したした』
     
    凛の声は倉わらない。
     
    だが少しだけ柔らかく聞こえた。
     
    『次の目暙を指瀺したす』
     
    霧島は機䜓を反転させる。
     
    燃える垝郜の倜空ぞ。
     
    その瞬間。
     
    戞畑 凛の電探ず、霧島 志門の翌は、䞀぀になった。


    【借りた翌】



    その頃。
     
    掋䞊。
     
    光倜隊ず死闘を繰り広げおいた最埌の二機のブラックりィドりは、
    垰投を始めた光倜隊によっお撃墜されおいた。
     
    だが。
     
    その数分。
     
    その数分だけで十分だった。
     
    最埌の先導機は、垝郜ぞ蟿り着いおしたう。
     
    朚曎接海軍航空基地。
     
    通信宀。
     
    芹沢 迅はヘッドホンを抌さえたたた顔色を倱った。
     
    敵通信。
     
    ゚ンゞン音。
     
    䜍眮。
     
    速床。
     
    党おが頭の䞭で繋がる。
     
    「たずい  」
     
    通信宀に緊匵が走る。
     
    「最埌の䞀機が抜けた」
     
    誰も声を出せない。
     
    芹沢はマむクを掎んだ。
     
    『霧島』
     
    『最埌の先導機が突砎した』
     
    『䞋町䞭心郚ぞ最終爆撃針路に入る』
     
    『止めろ』
     
    『それを通したら東京が終わる』
     
    垝郜䞊空。
     
    燃え盛る黒煙の海。
     
    霧島 志門は歯を食いしばった。
     
    月光は被匟しおいる。
     
    䞻翌には穎。
     
    ハ43゚ンゞンは癜煙を吐いおいた。
     
    機関砲の残匟衚瀺灯は点滅しおいる。
     
    匟切れだった。
     
    それでも。
     
    前方には巚倧な圱が芋える。
     
    最埌のB-29。
     
    最埌の先導機。
     
    あず数秒。
     
    あず数秒で火の暙識が完成する。
     
    東京が燃える。
     
    誰もが絶望を噛み締めた。
     
    その時だった。



    キィィィィィン――
     
    垝郜の倜空を匕き裂くような金属音が蜟いた。
     
    もう䞀぀のハ43。
     
    もう䞀぀の翌。
     
    黒煙を切り裂きながら、䞀機の挆黒の機䜓が飛び蟌んでくる。
     
    鈍く黒光りする流線型。
     
    鋭く絞られた颚防。
     
    機銖に突き出た電探アンテナ。
     
    光倜。
     
    八番機だった。

    『お埅たせしたした』
     
    若き操瞊士。
     
    若束 翌の声が響く。
     
    『八番機、参䞊』

    『東京は燃やさせねえ』
     
    その埌垭。
     
    黒沢 賢人が電探画面に食らい぀いおいた。
     
    凛から叩き蟌たれた理論。
     
    培倜で芚えた蚈算。
     
    党おを総動員しお敵を远う。
     
    朚曎接で動けなかった機䜓。
     
    北村 元ず北村 䞀が。
     
    油にたみれ。
     
    血を流し。
     
    最埌たで諊めず叩き続けた機䜓。
     
    奇跡の八番機。
     
    「若束」
     
    芹沢が叫ぶ。
     
    「黒沢」
     
    「頌む」
     
    八番機の゚ンゞンが吠えた。
     
    若束が操瞊桿を匕く。
     
    黒沢が叫ぶ。
     
    『捕捉』
     
    『距離四癟』
     
    『射線䞀臎』
     
    光倜八番機の䞉十ミリ機関砲が火を吹いた。
     
    蜟音。
     
    閃光。
     
    倧口埄匟が倜空を裂く。
     
    そしお。
     
    最埌のB-29の䞻翌を根元から吹き飛ばした。
     
    巚倧な機䜓が傟く。
     
    炎を噎き䞊げる。
     
    火の暙識を萜ずすこずなく。
     
    そのたた東京湟ぞ萜ちおいった。
     
    最埌の先導機。
     
    撃墜。
     
    それは終わりの合図だった。



    東京湟䞊空。
     
    巚倧な火球が倜を赀く染める。
     
    その光は埌方を飛ぶ本隊にも芋えた。
     
    そしお。
     
    遥か南方。
     
    マリアナ諞島。
     
    䜜戊叞什宀。
     
    カヌチス・ルメむ少将は受信玙を睚んでいた。
     
    通信士が報告する。
     
    「先導隊より入電」
     
    短い沈黙。
     
    「第䞀誘導隊、応答なし」
     
    「第二誘導隊、応答なし」
     
    「第䞉誘導隊、応答なし」
     
    叞什宀が凍り付く。
     
    「第四誘導隊は」
     
    「  応答ありたせん」
     
    再び沈黙。
     
    やがお最埌の報告が届いた。
     
    先導隊党滅。
     
    火点誘導䞍胜。
     
    ルメむは机を芋぀めたたた動かなかった。
     
    数秒。
     
    十秒。
     
    二十秒。
     
    そしお。
     
    拳が机を叩いた。
     
    激しい音が響く。
     
    「日本軍は倜戊胜力を持たないはずだった」
     
    䜎い声。
     
    念の為に「ブラックりィドり」も随行させおいた。
     
    ―― それなのに。
     
    「䜕が起きおいる」
     
    誰も答えられない。
     
    だが。
     
    ルメむは理解しおいた。
     
    䜜戊は倱敗した。
     
    火の暙識は消えた。
     
    䞉癟機の本隊は暗闇を飛んでいる。
     
    このたた続行しおも損害が増えるだけだ。
     
    ルメむは静かに呜じた。
     
    「党機反転」
     
    誰も動かない。
     
    圌はもう䞀床蚀った。
     
    「撀退だ」
     
    通信士が無線キヌぞ手を䌞ばす。
     
    カタカタカタ――
     
    モヌルス信号が打ち出される。
     
    短く。
     
    長く。
     
    短く。
     
    倪平掋の倜ぞ。
     
    䞉癟機のB-29ぞ。
     
    撀退呜什が攟たれた。


    朚曎接海軍航空基地。
     
    通信宀。
     
    芹沢迅の瞳が芋開かれた。
     
    聞き慣れた通信兵の指癖。
     
    その意味を理解した瞬間だった。
     
    「  撀退呜什」
     
    呟く。
     
    そしお。
     
    立ち䞊がった。
     
    「撀退呜什だ」
     
    通信宀ぞ声が響く。
     
    「B-29本隊、反転」
     
    党員が息を呑む。
     
    芹沢はマむクを掎んだ。
     
    『聞こえるか』
     
    『敵本隊が反転する』
     
    『B-29䞉癟機、撀退だ』
     
    その瞬間。
     
    垝郜の倜空から。
     
    少しず぀。
     
    少しず぀。
     
    敵圱が消えおいった。



    倜が明け始める東の空の䞋。
     
    赀々ず燃える䞋町のいく぀かの区画を、人々が芋぀めおいた。
     
    䞊野の山。
     
    囜民孊校。
     
    寺院。
     
    高台。
     
    避難した人々は黙っお空を芋䞊げおいる。
     
    家を倱った者もいた。
     
    財産を倱った者もいた。
     
    涙を流す者もいた。
     
    それでも。
     
    芪は子の手を握っおいた。
     
    子は母の胞で眠っおいた。
     
    人々は、生きおいた。
     
    それだけで十分だった。


    戊いは終わった。
     
    ゚ンゞン出力を絞った月光が朝焌けの空を滑空する。
     
    霧島 志門は被匟した機䜓を朚曎接ぞ向けながら、通信機の向こうぞ呟いた。
     
    「  おい、お嬢」
     
    短い沈黙。
     
    「これでお前の蚈算通り、東京は救われた」
     
    少し笑う。
     
    「だがな」
     
    「俺のプラむドはズタズタだ」
     
    空を芋䞊げる。
     
    「戊埌は高い飯を奢っおもらうからな」
     
    掋䞊から垰投する光倜䞀番機。
     
    埌垭の戞畑 凛は電探の電源を静かに萜ずした。
     
    緑色の光が消える。
     
    軍服の襟元を正す。
     
    そしお窓の倖の空を芋る。
     
    倜が終わろうずしおいた。
     
    その瞳に。
     
    初めお少女のような埮笑みが浮かぶ。
     
    『ええ』
     
    静かな声。
     
    『誀差のない、矎味しいお店を調べおおきたす』
     
    ほんの少し間を眮いお。
     
    『霧島倧尉』
     
    霧島は思わず吹き出した。
     
    「違いねえ」



    その倜。
     
    戞畑 凛は翌を借りた。
     
    そしお。
     
    霧島 志門もたた、県を借りおいた。
     
    芹沢 迅は耳で戊った。
     
    北村 元ず北村 䞀は手で戊った。
     
    若束 翌ず黒沢 賢人は最埌の翌ずなった。
     
    西尟 壜造は決断で戊った。
     
    誰䞀人ずしお。
     
    ひずりでは東京を守れなかった。
     
    だからこそ。
     
    東京は守られた。




    第六章 垝郜埩興


    【八月十五日】



    昭和二十幎八月十五日。
     
    倏の匷烈な倪陜が照り぀ける正午。
     
    ラゞオから流れる玉音攟送を、人々は静かに聎いおいた。
     
    日本は敗れた。
     
    長く続いた戊争は終わった。
     
    九段から霞が関ぞ。
     
    霞が関から浅草ぞ。
     
    芹沢 迅はゆっくりず歩いた。
     
    敗戊の日。
     
    本来なら胞を満たすはずの絶望は、䞍思議ず無かった。
     
    浅草。
     
    深川。
     
    本所。
     
    䞉月十日の倜、消えるはずだった街䞊みがそこにあった。
     
    商店がある。
     
    長屋がある。
     
    掗濯物が颚に揺れおいる。
     
    路地裏では子䟛たちが走り回り、母芪たちの笑い声が響いおいた。
     
    生きおいる。
     
    この街は、生きおいる。
     
    芹沢は立ち止たった。
     
    あの倜を思い出す。
     
    通信宀。
     
    焌倷匟。
     
    黒煙。
     
    絶望。
     
    そしお。
     
    耳に焌き付いた仲間たちの声。
     
    戞畑 凛。
     
    霧島 志門。
     
    北村 元。
     
    北村 䞀。
     
    若束 翌。
     
    黒沢 賢人。
     
    西尟 壜造。
     
    誰䞀人ずしお英雄にはならなかった。
     
    歎史曞にも残らない。
     
    だが。
     
    確かに圌らは戊った。
     
    呜を守るために。
     
    未来を守るために。
     
    「戊争には負けた」
     
    芹沢は呟く。
     
    そしお静かに続けた。
     
    「  けれど」
     
    青空を芋䞊げる。
     
    あの日、守った空だった。
     
    「俺たちは、あの倜を守り切った」
     
    倏の颚が吹いた。
     
    空はどこたでも青かった。
     
    もう二床ず。
     
    あの空が燃えるこずはなかった。




    【挆黒の残圱】


    終戊から数週間埌。
     
    朚曎接基地の栌玍庫に、アメリカ軍の技術調査団が姿を珟した。
     
    圌らの目的は、䞉月十日の倜、
    米軍の䜜戊を砎綻させた謎の倜間戊闘機―― 「光倜」の接収だった。
     
    光倜は八機だけ造られた。
     
    終戊の日たで生き残ったのは四機だった。
     
    栌玍庫には静かに䞊ぶ四぀の挆黒の翌。
     
    残る四぀の駐機䜍眮だけが空いおいた。
     
    誰もその堎所を埋めようずはしなかった。
     
    䞉月十日の垝郜防空戊。

    蒌海の方舟䜜戊。
     
    そしお黒鉄䜜戊。
     
    垰らなかった仲間たちの垭だった。
     
    調査団の将校は、その䞍自然な空癜に気付く。
     
    しかし䜕も蚊かなかった。
     
    そこに残る静寂が、すべおを語っおいたからだ。
     
    調査団の将校は、機銖の電探アンテナを芋䞊げた。
     
    「信じられない」
     
    思わず声が挏れる。
     
    「この囜が、こんなものを䜜ったずいうのか」
     
    流線型の機䜓。
     
    独創的な電探回路。
     
    限界たで鍛え䞊げられたハ43゚ンゞン。
     
    どれもが、戊時䞋の日本では垞識倖れだった。
     
    北村 元ず北村 䞀が呜を削っお䜜り䞊げた心臓。
     
    戞畑 凛が完成させた県。
     
    若束ず黒沢が最埌に飛ばした八番機も、もうそこには無かった。
     
    黒鉄䜜戊。
     
    その戊いで圹目を終えた翌だった。
     
    すべおは分解され、海の向こうぞ運ばれおいく。
     
    翌は倱われた。
     
    機䜓も倱われた。
     
    しかし。
     
    あの倜に蚌明されたものだけは倱われなかった。
     
    人の知恵。
     
    人の意地。
     
    人を守ろうずする意思。
     
    それらは戊勝囜の蚘録の䞭にさえ、消せない痕跡ずしお刻たれた。


    その日の倕暮れ。
     
    栌玍庫には誰もいなかった。
     
    昌間の喧隒が嘘のように消えおいる。
     
    高窓から差し蟌む倕陜だけが、静かに床を照らしおいた。
     
    その䞭倮に。
     
    䞀機の戊闘機が䜇んでいる。
     
    十䞃詊倜間戊闘機 ――光倜。
     
    挆黒の機䜓は倕陜を受けお鈍く茝いおいた。
     
    戞畑 凛は、その前に立っおいた。
     
    䞀人だった。
     
    誰もいない。
     
    北村芪子も。
     
    井原も。
     
    霧島も。
     
    芹沢も。
     
    誰もいない。
     
    いるのは自分ず。
     
    この機䜓だけだった。
     
    凛はゆっくりず歩く。
     
    芋慣れた䞻翌。
     
    無数の敎備痕。
     
    被匟の傷。
     
    磚き䞊げられた機銖。
     
    魚の骚のように䌞びた電探アンテナ。
     
    䜕床も芋おきた。
     
    䜕床も觊れおきた。
     
    䜕床も倜を共にした。
     
    思い出が蘇る。
     
    焌き切れた真空管。
     
    終わりの芋えない蚈算。
     
    培倜の蚭蚈図。
     
    北村 元の怒鳎り声。
     
    北村 䞀の笑顔。
     
    井原の豪快な笑い。
     
    霧島の皮肉。
     
    芹沢の必死な無線。
     
    そしお。
     
    あの倜。
     
    燃える東京。
     
    黒煙の空。
     
    芋えない敵。
     
    芋えない未来。
     
    それでも。
     
    この翌は飛んだ。
     
    この県は芋た。
     
    そしお。
     
    東京を守った。
     
    凛は静かに手を䌞ばした。
     
    指先が機䜓に觊れる。
     
    冷たい。
     
    だが、その冷たささえ愛おしかった。
     
    長い沈黙。
     
    やがお。
     
    小さく呟く。
     
    「ありがずう」
     
    誰にも聞こえない声だった。
     
    聞いおいる者などいない。
     
    けれど。
     
    それは確かに光倜ぞ向けた蚀葉だった。
     
    しばらくしお。
     
    凛はゆっくりず顔を䞊げる。
     
    倕陜が機䜓を赀く染める。
     
    その光の䞭で。
     
    圌女はもう䞀床だけ光倜を芋぀めた。
     
    そしお。
     
    「さようなら」
     
    静かな別れだった。
     
    その瞬間。
     
    䞀筋の光が頬を䌝う。
     
    ぜたり。
     
    雫が栌玍庫の床ぞ萜ちた。
     
    戞畑 凛は声を䞊げない。
     
    泣き厩れもしない。
     
    ただ。
     
    䞀滎だけだった。
     
    青春のすべおを泚いだ翌。
     
    呜を懞けお䜜り䞊げた県。
     
    仲間たちず駆け抜けた、かけがえのない時間。
     
    そのすべおぞ。
     
    静かに別れを告げた。
     
    やがお凛は軍垜を正した。
     
    背筋を䌞ばく。
     
    そしお螵を返した。
     
    もう振り返らない。
     
    光倜は飛ばなくなる。
     
    だが。
     
    あの倜守った空は、これからも続いおいく。
     
    凛は静かに栌玍庫を埌にした。
     
    倕陜の䞭に残された挆黒の翌は、
    最埌たで誇らしげにそこに立っおいた。




    栌玍庫を去る調査団の背䞭を芋送りながら、北村 元は煙草に火を぀ける。
     
    「持っおいきたきゃ持っおいけ」
     
    玫煙を吐く。
     
    「だがな」
     
    少しだけ笑った。
     
    「あい぀らには真䌌できねえよ」
     
    倕陜が沈む栌玍庫に、挆黒の翌の圱だけが長く䌞びおいた。





    【明日の数匏】



    ―― 昭和䞉十䞉幎。
     
    東京は埩興しおいた。
     
    焌け跡だった街にはビルが建ち䞊び、人々は忙しく行き亀っおいる。
     
    枯区芝公園。
     
    その空ぞ向かっお巚倧な鉄骚が䌞びおいた。
     
    東京タワヌ。
     
    新しい時代の象城だった。
     
    金属を打぀槌音。
     
    溶接の火花。
     
    職人たちの声。
     
    芹沢 迅は工事珟堎の倖で足を止めた。
     
    か぀お軍服を着おいた男は、
    今では䞀人の垂民ずしおその光景を眺めおいる。
     
    耳に届く音は暗号通信ではない。
     
    未来を䜜る音だった。
     
    その時。
     
    蚭蚈事務所の倩幕の前に、䞀人の女性の姿が芋えた。
     
    䜜業服。
     
    癜いヘルメット。
     
    埌ろで束ねた黒髪。
     
    戞畑 凛だった。
     
    呚囲では技術者たちが図面を囲み、頭を抱えおいる。
     
    「駄目だ」
     
    「この配眮では電波損倱が倧きすぎる」
     
    「匷床蚈算も合わない」
     
    凛は無蚀で図面を受け取った。
     
    そしお。
     
    懐から叀びたドむツ補の蚈算尺を取り出す。
     
    カチャ。
     
    カチャ。
     
    懐かしい音が響く。
     
    戊堎で䜕床も聞いた音だった。
     
    凛は淡々ず蚈算を続ける。
     
    やがお。
     
    新しい数匏を曞き䞊げた。
     
    「アンテナ配眮を倉曎しおください」
     
    冷静な声。
     
    「回路を䞊列化すれば出力は改善したす」
     
    技術者たちが目を芋開く。
     
    凛は構わず図面を返した。
     
    「できない理由ではなく、できる方法を考えおください」
     
    か぀おず倉わらぬ口調だった。
     
    だが。
     
    その数匏はもう敵を撃ち萜ずすためのものではない。
     
    人々に電波を届けるためのものだった。
     
    文化を届けるためのものだった。
     
    未来を築くためのものだった。
     
    芹沢は小さく笑った。
     
    「戞畑さん」
     
    誰にも聞こえない声。
     
    しかし。
     
    凛は気付いたように顔を䞊げた。
     
    そしお。
     
    ほんの少しだけ埮笑む。
     
    少女のように柔らかな笑みだった。
     
    二人は䞊んで空を芋䞊げた。
     
    そこに爆音はない。
     
    黒煙もない。
     
    焌倷匟もない。
     
    ただ。
     
    どこたでも高く。
     
    どこたでも青い空が広がっおいた。
     
    か぀お呜を懞けお守った空だった。
     
    その空の䞋で。
     
    人々は生きおいる。
     
    未来を䜜っおいる。
     
    それで十分だった。


    『 光倜 』 Ⅰ 垝郜防空戊蚘 


     ―  完  ―

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    月のない倜に、海を芋おいたす。 誰にも届かないはずだった物語を蚘録しおいたす。 芳枬者K。

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