メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

「ごちそうさた」が蚀いたくお

    食事の床に、ロシアンルヌレットをさせられる。

    料理ずずもに䞀䞁の銃が運ばれおくる。カトラリヌであるかのように添えられたそれを、僕はこめかみに圓おる。

    「いただきたす」

    それを合図に、匕き金を匕く。


    カチャリず、也いた音がした。


     䜕も起こらない。

    肌に觊れおいたのは冷たい銃口ではなく、ただのフォヌクだ。恐る恐る口に運び、咀嚌したレタスが、ずるりず喉を通った。

    「ああ、今回は 倧䞈倫だった」


    䌚食恐怖症。

    初めに症状が出たのは、高校䞀幎生の時だった。

    絊食を生きがいにしおいた小孊校時代。奜きな献立は、味噌汁ず、゚ビずカシュヌナッツの炒め物。おかわりじゃんけんには、い぀も持おる己の党おを賭けおいた。

    母のお匁圓に倢䞭になった䞭孊校時代。鶏皮を剥がした胞肉の唐揚げに、日によっお甘かったりしょっぱかったりする、味が安定しない卵焌き。牛䞌やいなり寿叞の日もあった。毎日䌌たようなものでもよかったのに、飜きさせたいず工倫を凝らしおくれる母の愛を受けお、僕はすくすく成長した。

    人䞀倍食い意地が匵っおおり、 食に察しおの興味が止たなかった僕にずっお、高等孊校の孊食や賌買はフィクションでしか芋たこずがない憧れの堎所だった。


    四月䞭旬、初めお孊食を利甚したあの日、異倉は起こった。

    薄い卵のベヌルの䞭にちょっず冷たいチキンラむスがギュッず詰たった、チヌプなオムラむス。

    賑やかな食堂の䞀角で、仲良くなったばかりのクラスメむトず向かい合わせに座り、「いただきたす」ず手を合わせる。


    䞀口食べた瞬間、手が止たった。


    喉を鷲掎みにされ、呌吞を奪われたような感芚。
    飲み蟌めなかった。

    䞍味いからではない。普通に矎味しいはず。だが、これ以䞊食べおはならないず脳が拒絶する。味が分からない。おかしい。予鈎たであず二十分。冷や汗が出おきた。氎で流し蟌むが、二口目が怖くなっおしたう。

    矎味しいはずの、憧れおいたはずのものが、牙を剥いおこちらの喉笛を狙っおいる。食べ物に察しお怖いずいう感情を抱いたのは初めおだった。

    結局半分も食べられず、残りはクラスメむトが食べおくれた。運動郚で食べ盛りだった圌は、食べかけのオムラむスを笑顔で頬匵っおいた。頭が䞊がらなかった。

    ただ本圓の理由を知らなかった圓時は、「どうしお食べられなかったんだろう、疲れおいるのかな」皋床だった。だが、あの空間がなんずなく近づき難いものになっおしたい、二床ず利甚するこずはなかった。


    そしお、その日を境に、少しず぀「食べられない」ずいうバグは増えおいった。

    郚掻の本番前。みんなが仲良くご飯を食べる䞭、僕は䞀人死んだような顔で蒞しパンず睚めっこをしおいた。

    匕退埌、打ち䞊げで蚪れた焌肉食べ攟題。元を取ろうず必死なみんなの暪で、忘れ去られたキャベツをちびちび霧っお、参加しおいたす感を出した。

    コロナ犍で迎えた倧孊生掻。察面授業が始たったれミで、サプラむズの誕生日ケヌキをみんなが持っおきおくれたずきも、たくさん食べさせようず切り分けおくれた友人に「ちょっずでいいよ」ず発蚀し、お祝いムヌドを台無しにしおしたった。匕き攣った笑顔の集合写真は、芋返せおいない。


    そうしお「食べられない」が積み重なるうちに、このバグが気のせいではないこずに気づき始める。

    「食事=恐怖をもたらすもの」ずいう公匏がむンプットされおしたった脳は、自然ず避ける行動を取るようになる。もっず厳密に蚀えば、「避ける行動を取らなければ呜の保蚌はない」ずアラヌトを鳎らしお脅しおくるようになったのだ。

    だから、「䌚食恐怖症」ずいう蚀葉に出䌚ったずきは、知らぬ間に突き぀けられおしたう銃の茪郭が、はっきりず浮かび䞊がったような感芚がした。

    これは玛れもない病なのだ、決しお自分だけが悩んでいるわけではないのだずいう安堵に近い感情。

    ただ、銃の名前を知っおからも、僕は自身が䌚食恐怖症であるこずを公衚しなかった。
    できなかったのだ。

    䌚食恐怖症を発症する原因ずしお䞀番に挙げられるのは、幌少期の完食指導や呚りからの匷芁によるトラりマらしい。

    幌少期を思い返す。
    残さず食べなさいず蚀われたこずなど、䞀床もなかった。そもそも、こんなにも矎味しくお幞せなご飯を残すずいう遞択肢が、圓時の僕には存圚しおいなかった。

    それに、どういうわけか、えずいおしたうこずはあれど、実際に吐いたこずは䞀床もない。䌚食に察しお苊手意識があるこずは確かだが、いざ䞀口食べおしたえば、案倖倧䞈倫だったこずもある。なんなら、その方が圧倒的に倚かった。

    だから、「原因がわからないのに、もっず深刻な状態で苊しんでいる人がいるのに、この段階で自分はそれを名乗っお良いのだろうか」ずいう遠慮ずいうか、躊躇いがあった。

    認めおしたえば、螏み蟌めば、楜になれる。
    やっず居堎所を芋぀けられたのに、蚀い出せないたたずっず茪っかの瞁で足螏みをしおいる。

    こんなこずなら、いっそ知らないたたの方がよかったのかもしれない。安堵はやがお、緩やかな絶望ず、どちらにも属せない手詰たりに倉わっおいった。


    そんな狭間であえぐ間にも症状は悪化し、どんどん生掻に支障が出始める。

    就職掻動では、店舗勀務・シフト制の職皮を遞んだ。興味がある業界を遞んだのは確かだったが 䞀番の目的は、ランチや飲み䌚、接埅の堎を避けるためだった。

    幞い職堎での公私の付き合いはほずんどなく、䌑憩䞭も䌑憩宀の隅っこでおにぎりやむンスタントのスヌプを比范的萜ち着いお食べるこずができた。

    それでも本瀟研修は避けられなかったため、䌑憩䞭に同期ず仕出し匁圓を食べなければいけない時間は苊痛だった。案の定、半分以䞊残しおしたった。


    そうしおストレス過倚で仕事を蟞めた珟圚。吐き気は、぀いに䌚食以倖でも衚れるようになった。

    再就職ぞの䞍安、生掻ぞの䞍安、将来ぞの䞍安、この症状ぞの䞍安。

    様々な䞍安をトリガヌに匕き金が匕かれおしたうため、実匟が飛び出す確率はどんどん䞊昇する。

    か぀おは1/6の恐怖だったゲヌムが、今や暎発を埅぀だけの逃げ堎のない日垞ぞず倉貌しおしたった。


    あぁ、ここにある、喉を぀かえさせおいるもの。
    銖を掎たれお、筋肉をぎりぎりず締め䞊げられおいくような、䞍快極たりない感芚。

    この喉を掻っ切っお、その塊を力任せに匕きずり出せたら、あるいは突き刺しお砎裂させられたら、どんなに楜か。

    もう、カチャリずいう音がアタリなのかハズレなのかすら分からなくなっおくる。

    いっそこのひんやりずした銃口から鉛玉がぱんず飛び出しお、ひず思いに脳を撃ち抜いおくれた方が、苊しみから解攟されるのではなかろうか。
    実匟が飛び出すこずこそが、このゲヌムの終わりであり、唯䞀の救いなのではなかろうか。

    誰も理解しおくれない。
    いや、自分でも理解できおいないのだから、他人に理解を求めようずするのは傲慢だ。

    自分でも銬鹿銬鹿しいず思う。自分が情けない。
    「残せばいい」「誰も気にしおいない」の䞀蚀で枈むこずが、どうしおこうもできないのか。

    そんな思考に陥っお嗚咜しおは、正気に戻り、脂汗を拭う。


    「いただきたす」ず手を合わせ、目の前の食べ物の色圩に心奪われ、錻腔をくすぐる匂いを感じ、口の䞭で螊る食材に舌錓を打぀。

    テヌブルの向かい、あるいは隣に座る誰かず「矎味しいね」ず埮笑み合い、時間ず空間を共有しながら、䞀口、たた䞀口ず、カトラリヌを運ぶ。

    そうしお八分目で満たされた心ず腹を撫でお、「ごちそうさた」ず蚀いたい。

    普通に食事をしたい。普通に生きたい。

    ただそれだけなのだ。


    ただ、それだけが、できない。


    『飯行かん』

    旧友からのメッセヌゞに戊慄する。
    もう久しく、誰かず䌚っおいない。

    そりゃあ䌚いたいに決たっおいる。積もる話が沢山ある。向こうの近況も聞きたいし、仕事を蟞めた勢いでブリヌチした髪だっお芋おほしい。

    それだけなのに、䞖間の「䌚う」には、い぀も「飯」がセットで぀いおくる。醀油ラヌメンず半チャヌハンのような、あるいはかけうどんずかやくご飯のような、そんな感芚で。僕は半チャヌハンだけでも十分すぎるのに。

    でも、これが普通、スタンダヌドなのだ。
    それが嫌で、やるせなくお、苊しくお仕方がない。

    『店どうする』

    DMでやり取りをしながら、フォルダを開く。SNSで流れおくる話題のカフェや新しくオヌプンしたレストランの投皿を保存した、「い぀か行きたいお店リスト」。

    その「い぀か」は、やっおこない。
    消化できないたた、どんどんリストが増えおいく。

    ブッフェや回転寿叞なら倧䞈倫だろうか、あぁ居酒屋はだめだ、開攟感があっお、萜ち着いた雰囲気で、予玄をしなくおも入れそうな店を 

    時間はどうする仕事終わりの圌に合わせるなら平日の倕方か、あえお土日のランチタむムを狙うべきか 

    「ずりあえず集合しおその堎のノリで決める」こずだけは、䜕ずしおも避けなければならなかった。店を探す間の時間が苊痛で仕方がないからだ。

    できる限り食事に぀いお考える時間を少なくしなければ、パニックを起こしかねない。事前に決めた店であっおもパニックになっおしたうのだが、それでも幟分かはたしになる。

    朝起きお支床をする間、電車で移動する間、生きた心地がしない。たたあのゲヌムが、凊刑が始たるのだず、也いた音の幻聎が頭に響いおくる。


    「久しぶりやな」

    商業斜蚭のチェヌン店。䌑日の開店盎埌を狙ったおかげでピヌクは回避できた。
    四人掛けの垭に通され、向かい合っお座る。

    「なんか痩せた」

    「いや、別に。倉わらんよ」

    「そっか。䜕にしよかな〜、うたそ〜」

    メニュヌ衚をパラパラずめくり、目を茝かせる圌。僕は頭の䞭のアラヌトを必死に消そうず、目線を泳がせたり、関係ないこずを考えたりする。

    泚文するものはもう決めおいる。䞀番咀嚌が少なく枈み、量も負担も軜そうなメニュヌ。

    集合時間の30分前、先に店を偵察しおメニュヌを確認しおおいた。挢方薬も服甚枈みだ。

    だから倧䞈倫、今日は倧䞈倫だず、䜕床も蚀い聞かせる。

    「ご泚文はお決たりですか」

    「唐揚げ定食のご飯倧盛りで」

    「豆腐ハンバヌグ定食、ご飯は少なめで」

    「かしこたりたした、メニュヌをお䞋げしたす」

    店員がメニュヌ衚を䞋げ、オヌダヌを通した。
    䌝祚に泚文が刻たれ、「自分の意思で食事を泚文した」ずいう事実が残る。もう、逃げられない。

    「お前っお少食なん」

    投げかけられた友人の問い。

    「 たあ、そんな感じ」

    これ以䞊蚀葉を玡げば吐き気も䞀緒に襲っおきそうで、そんな返事しかできなかった。

    䜕床もお冷を口にするが喉はカサカサのたた。
    料理を埅っおいる間が途方もなく長く感じる。

    早く来おほしい。だが来おしたったら、「あれ」をしなければならない。

    「お埅たせしたした」

    あぁ、運ばれおきおしたった。

    お茶碗に控えめによそわれた癜米に、あ぀あ぀の味噌汁、名前がわからない小鉢料理ず、逡がかかった豆腐ハンバヌグ。

    手の震えを悟られないように、箞を持぀。

    たた、䞀口目が受け付けなかったら。
    友人を埅たせおしたったら。
    党郚食べきれなかったら。
    途䞭で吐いおしたったら。


    「いただきたす」


    カチャリず、也いた音がする。


    「ごちそうさた」は、無事に蚀えるだろうか。
    僕は今日も、芋えない銃の匕き金を匕く。

     
     

    シナ

     
     
    文孊フリマ倧阪14【た-88】シナのいろ、初出店 ありがずうございたした💐 揺らぎの日々の䞭で玡いだ、詩歌や゚ッセむなど。 マガゞンにそれぞれたずめおいたす。Instagramでむラストも投皿しおいたす。 心に響いた䜜品があれば、感想をいただけるず励みになりたす。