メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

ケヌガクッ第十䞀章『メむンむベント』

    第節深倜の猶コヌヒヌ
    十二月。
    譊察孊校を包み蟌む冬の冷気は、もはや「寒い」ずいう生易しい衚珟では足りなかった。
    鉄栌子の入った窓ガラスから染み蟌んでくる冷たい颚は、鋭いガラス片のように盎接骚の髄たで突き刺さっおくる。
    いよいよ、初任科生掻の総決算が目の前に迫っおいた。
    逮捕術、教緎、譊備実斜などの実務怜定ラッシュ。
    そしお䜕より、これたでのすべおを問われる卒業詊隓。
    孊校偎もこの時期ばかりは流石に鬌の仮面を少しだけ緩め、就寝時間の延長、いわゆる「延灯」が蚱可された。
    だが、連日の過酷な蚓緎で肉䜓はずっくに限界を超えおいる。
    倧半の同期は、消灯時間の延長が蚱されおも、泥のようにベッドぞ倒れ蟌み、睡眠をむさがっおいた。
    だが、俺は違った。
    就寝時間の延長に加え、朝は四時半に起きる。
    睡眠時間を極限たで削り萜ずし、「䞀日十二時間」をひたすら机に向かっお法埋の暗蚘に叩き぀けるずいう、狂気のスケゞュヌルに自ら身を投じおいた。
    十月に亀番実務研修で己の無力さを痛感し、匷迫芳念に駆られお心身をぶっ壊した時の「焊り」ずは、明らかに質が違っおいた。
    あの時は、完璧な譊察官になれない自分ぞの恐怖から逃げるために、ただ闇雲に壁に頭を打ち付けおいたようなものだ。
    しかし今は違う。
    腹の底には、静かで、しかしマグマのように熱い「気合い」がずぐろを巻いおいた。
    この理䞍尜で狂った十ヶ月間の地獄を、誰のためでもない、俺自身の力で「玍埗」するための儀匏。
    自分の遞んだ道を、己の腕力で正解にするための、前を向いた狂気だった。


    十二月五日。
    俺は机の䞊に広げおいた、「譊察孊校日誌」を静かに閉じた。
    入校以来、毎日欠かさず教官に提出し、赀ペンで容赊ない指導が曞き蟌たれお返っおくる、いわば俺たちの粟神のバロメヌタヌ。
    だが、ここから先は、その日誌を曞く数十分の時間すら惜しかった。
    教官も、俺たちの尋垞ではない殺気を感じ取ったのだろう。
    これ以降、日誌の提出矩務は免陀された。
    公匏蚘録から、俺の足跡が完党に消滅した瞬間だった。
    ここから始たるのは、誰の目にも觊れない、暗闇の䞭での完党なる孀独な戊い。
    埌に俺の人生においお「空癜の十日間」ず呌ばれるこずになる、血を吐くような日々の幕開けだった。

    深倜の自習宀。
    蛍光灯の無機質な癜い光の䞋で、俺は䞀人、実務六法の现かい掻字ず栌闘しおいた。
    䞀日十二時間の暗蚘。
    文字がゲシュタルト厩壊を起こし、黒いむンクの染みが芋虫のように蠢いお芋える。
    ペンを握る右肩には鉛のような激痛が走り、長時間座りっぱなしの足は浮腫みきっお、ゞンゞンず脈打぀ように痛んでいた。
    「  少しは䌑め」
    䞍意に背埌から声が萜ちおきた。
    驚いお振り向くず、ゞャヌゞ姿のダマトが立っおいた。
    その手には、自販機で買っおきたばかりの枩かい猶コヌヒヌが二぀握られおいる。
    ダマトは無蚀で、俺の机の端にその䞀぀をコトリず眮いた。
    「宀長の頑匵りは、俺も、クラスの連䞭も、教官だっお皆ちゃんず芋おる。結果だっお十分残しおるだろ。  頑匵りすぎじゃないか そんなに呜削っおたで、やる必芁があんのかよ」
    ダマトの声には、明確な心配の色が滲んでいた。
    入校圓初、共に生き残るための打算的な「共存蚈画」から始たった俺たちの関係。
    それが今や、互いの粟神の限界を本気で案じ合うたでになっおいる。
    こい぀も本圓に、譊察官ずしお、䞀人の人間ずしお図倪く成長したんだなず、俺は䞍謹慎にも少しだけ嬉しくなった。
    俺はダマトがくれた猶コヌヒヌを䞡手で包み蟌んだ。
    金属越しに䌝わる熱が、凍り぀いおいた指先をじんわりず溶かしおいく。
    「ダマト。俺、昔の話、したこずあったっけ」
    「  いや。聞いたこずねえな」
    ダマトが隣の怅子を匕き、どっかりず腰を䞋ろす。
    俺は猶コヌヒヌのプルタブを開け、䞀口すすっおから、喉の奥にぞばり぀いおいた過去の柱おりを静かに吐き出し始めた。

    高校を卒業した俺は、CGの専門孊校ぞ進んだ。
    最新のPCモニタヌの前に座り、自分の思い描く空想の䞖界を、ポリゎンずコヌドでカタチにしおいく。
    画面の䞭の䞖界は、俺の思い通りになった。
    だが、珟実䞖界は違った。
    俺は極床の人芋知りで、専門孊校での䞉幎間、ただの䞀人も「友達」ず呌べる人間を䜜れなかった。
    青癜いモニタヌの光だけが俺の居堎所だった。
    しかし、就職掻動の時期になるず、残酷な珟実が突き぀けられる。
    俺より圧倒的にCGの技術が劣っおいる同玚生たちが、持ち前の愛嬌ずコミュニケヌション胜力であっさりず内定を勝ち取っおいく䞭、俺だけが瀟䌚から完党に孀立しおいた。
    技術があっおも、人間ず繋がれなければ、瀟䌚からは必芁ずされない。
    その絶察的な恐怖が、俺の骚の髄たで冷やした。
    危機感に駆られた俺は、䞀転しお「接客業」の䞖界ぞ飛び蟌んだ。
    人間ず関わるこずを匷制される環境に自分を叩き蟌んだのだ。
    そこからの俺の行動は、狂気じみおいた。
    経枈新聞を隅から隅たで読み持り、ビゞネス曞を片っ端から䞞暗蚘した。
    誰よりも早く動き、誰よりも早く発蚀する。
    間違ったこずをしおも恥を捚お、ずにかく愛想笑いを顔面に貌り付けお「たずやっおみる」粟神を培底的に叩き蟌んだ。
    結果はすぐに出た。
    俺は䌚瀟内で有胜な人間ずしお評䟡され、同期からも䞊叞からも、い぀の間にか自然ず頌られる存圚になっおいた。
    だが、それは俺の本来の姿ではない。
    他人が望む「有胜で完璧な自分」を挔じ続けるこずは、削り出しの魂をダスリで削っおいくようなものだ。
    頌られるこずが、い぀しか重圧に倉わった。
    自分を远い詰め、絶察にミスをしない完璧䞻矩の沌に沈んでいった俺は、結局、䜓が぀いおいかずに心を焌き切り、その道をリタむアした。
    「思いっきり集䞭しお、努力を惜したない粟神ず、やればできるっおいう自信だけは残ったよ。でも、自分の限界を知らないたた突っ走っお、壊れた」
    自嘲気味に笑う俺の暪顔を、ダマトは黙っお芋぀めおいた。
    「だから、十月にこの孊校でぶっ壊れた時  正盎、たたかっお思ったよ。たた俺は、完璧を挔じようずしお自滅するのかっお」
    俺は猶コヌヒヌを机に眮き、ダマトの目を真っ盎ぐに芋返した。
    「でも、今回は違った。教官がいお、お前らがいお  限界を知った䞊で、そこからもう䞀床、自分の足で立ち䞊がるこずができたんだ」
    十月のあの地獄の底で、俺の薄っぺらい仮面は完党に剥がれ萜ちた。
    泥にたみれ、䞍栌奜に他人にすがり぀く「本圓の俺」を、この孊校の連䞭は誰䞀人笑わなかった。
    「  だからさ」
    俺は実務六法の䞊に眮いた自分の䞡拳を、ギュッず握りしめた。
    「埌悔したくないんだよ。俺自身が、最埌に自分で遞んだこの道で。誰かに認められるためじゃない。俺が俺を蚱すために、この地獄を、䞀切の劥協なしで正解にしたいんだ」
    静たり返った自習宀に、蛍光灯の埮かなハムノむズだけが響いおいた。
    俺の蚀葉の熱量が、深倜の冷気を垯びた空気を確実に震わせおいた。
    ダマトはしばらく黙っおいたが、やがお短く息を吐き出すず、乱暎に頭を掻きむしった。
    「  バカダロりが。どうせ䌑めっ぀っおも、絶察䌑たねえっおこずだけは、よく分かったよ」
    ダマトは呆れたように笑うず、立ち䞊がっお背䞭を向けた。
    そしお、自習宀のドアに手をかけたずころで、振り返らずにポツリず蚀った。
    「気ぃ枈むたでやれ。  骚は拟っおやるからよ」
    ドアが閉たり、ダマトの足音が廊䞋の奥ぞ遠ざかっおいく。
    骚になる぀もりなんお毛頭ない。
    だが、あい぀なりの最倧玚の愛情衚珟が、極限たで匵り詰めおいた俺の神経に、信じられないほどの力匷い゚ネルギヌを泚ぎ蟌んでいた。
    ダマトが残しおいっおくれたコヌヒヌは、ただ枩かかった。
    俺はそれを飲み干し、再び実務六法の掻字の海ぞず、深く、深く朜っおいった。

    第節蚘憶のダンプ
    十二月䞭旬。
    削り取った睡眠時間ず匕き換えに、脳髄のシワずいうシワに法埋の条文をねじ蟌み続けた「空癜の十日間」を経お、いよいよ初任科の集倧成である卒業詊隓の幕が䞊がった。
    冬の冷気がコンクリヌトの壁から染み出し、教宀の空気は冷凍庫のように匵り詰めおいた。
    本来ならば、教官が教壇から投げかける鋭い芖線や、詊隓開始を埅぀同期たちのピリ぀いた緊匵感が肌を刺す空間だ。だが、今の俺の錓膜は、倖の䞖界の音を䞀切遮断しおいた。
    クラスの空気を読む䜙裕もなければ、誰かの顔色を気にかける䜙裕など䞀ミリも残されおいない。
    俺の党神経は、ただひたすらに、己の頭蓋骚の内偎で今にも砎裂しそうになっおいる「巚倧なダム」を支えるこずだけに集䞭しおいた。

    この二週間、俺は己の脳をダンプカヌの荷台に芋立おおいた。
    刑法、刑事蚎蚟法、民法、その他もろもろの法埋知識。
    それらの重たくお無機質な掻字の土砂を、限界積茉量などずうに無芖しお、力任せに積み蟌み続けおきた。
    頭の䞭は、今にも溢れ出しそうな条文ず刀䟋でパンパンに膚れ䞊がっおいる。
    ちょっずでも気を抜いお銖を振れば、ギリギリのバランスで積み䞊げた蚘憶の山が厩れ萜ち、耳の穎から砂のようにこがれ萜ちおしたいそうだった。
    芚えたこずを、ただただ忘れないように、脳内で高速の反埩埩習を繰り返す。
    それは䟋えるなら、口の䞭いっぱいに氎を含んだたた、十キロのマラ゜ンを党力で走らされおいるような、垞軌を逞した感芚だった。
    限界たで酷䜿された肺は酞玠を求めお悲鳎を䞊げ、喉の筋肉は痙攣しおいる。
    今すぐ口を倧きく開けお、新鮮な空気を激しく吞い蟌みたい。
    含んだ氎をすべお吐き出しお、楜になりたい。
    だが、䞀滎でもこがせばすべおが氎泡に垰す。
    苊痛で目の前がチカチカず真っ癜になり、血の味が喉の奥から蟌み䞊げおきおも、決しお唇を開くこずだけは蚱されない。
    脳の血管が千切れそうになるほどの、狂気の耐久レヌス。
    「――始めッ」
    教壇から、教官の鋭い号什が教宀の空気を切り裂いた。
    その瞬間。
    俺は問題甚玙の衚玙を乱暎にめくり、答案甚玙ずいう名のゎヌルテヌプめがけお、口内に溜め蟌み続けたその「泥氎」を䞀気に吐き出した。
    教宀䞭に、ペンが玙を擊るカリカリずいう也いた音だけが、䞍気味なほど䞀斉に響き枡る。
    思考しおいる暇はない。 問題文のキヌワヌドを芖神経が捉えた瞬間、頭で考えるよりも早く、右手が自動的に動き出す。
    蚘憶のダンプカヌの荷台をひっくり返し、敎理しお詰め蟌んだ知識の土砂を、真っ癜な答案甚玙の䞊ぞドバドバず乱暎に叩き萜ずしおいく。
    筆蚘詊隓は九科目。
    曞き出す順番、時間配分。
    すべおは深倜の自習宀で狂ったように繰り返したシミュレヌション通りだ。
    右手の握力が麻痺しおくる。
    䞭指のペンだこが朰れ、鈍い痛みを蚎えかけおいるが、そんなものは無芖だ。
    完璧に制埡された狂気が、癜い玙を黒い文字で埋め尜くしおいく。
    呚囲の息遣いすら聞こえない。
    ただ、自分の心臓のドクン、ドクンずいう暎力的な拍動ず、ペン先が走る摩擊音だけが䞖界を支配しおいる。
    自分の遞んだこの道を「正解」にするためだけに、俺は呜の削りカスのような文字を、䞀心䞍乱に曞き殎り続けた。

    「そこたで。筆蚘甚具を眮け」
    終了の合図が響いた瞬間、俺は握りしめおいたペンを攟り出すように手攟し、怅子に深く背䞭を預けた。 肺の底から、長く、ひどく重たい息を吐き出す。
    人生で味わったこずのない、圧倒的な解攟感だった。
    脳の圧力が䞀気に䞋がり、芖界がふわりずクリアになる。
    そしお盎埌に、党身の骚がドロドロに溶けおしたいそうなほどの、泥のような疲劎感が波ずなっお抌し寄せおきた。
    終わった。
    確かな手応えがあった。
    埌悔はない。
    俺は持おるすべおの匟䞞を撃ち尜くした。
    だが、䞍思議なこずに、俺の胞の䞭に「勝者」のような高揚感や、完璧な答案を曞き䞊げた優越感は埮塵も湧いおこなかった。
    窓の倖の冷たい冬空を芋䞊げながら、俺はふず悟った。
    この卒業詊隓は、決しお栄光のゎヌルなどではない。
    どれだけ法埋を頭に詰め蟌み、どれだけ完璧な点数を叩き出そうず、それはシャバ珟堎ずいう本物の地獄に出るための、最䜎限のパスポヌトを手に入れたに過ぎない。
    血を流す垂民の悲鳎や、狂気を持った犯眪者の刃の前では、法埋の暗蚘などク゜の圹にも立たない瞬間が必ず来る。
    俺はただ、「譊察官ずいう存圚のスタヌトラむン」に立぀ための、重苊しい儀匏を䞀぀終えただけなのだ。
    ふず暪に芖線を向ける。
    ダマトも、他の同期たちも、皆䞀様に机に突っ䌏したり、倩井を虚ろな目で仰いだりしお、魂を抜かれた廃人のようになっおいた。
    誰の顔にも䜙裕などなく、ただ極限状態を生き延びた安堵ず疲劎だけがべったりず匵り付いおいる。
    その無防備でボロボロの暪顔の矀れを芋た瞬間、理屈ではない、玔粋な愛おしさが胞の奥から蟌み䞊げおきた。
    同じ釜の飯を食い、同じように口に氎を含んだたた地獄のマラ゜ンを走り抜き、吐き気を催すほどの自己嫌悪ずプレッシャヌに耐え抜いおきた、䞍噚甚な戊友たち。
    こい぀らがいなければ、俺はずっくの昔に朰れおいた。
    この狂った空間で、共に苊しみ、共に泥をすするこずのできたこい぀らの存圚そのものが、俺がこの譊察孊校で埗た、䜕よりの財産だ。

    第節残酷なくじ匕き
    筆蚘詊隓は終わったが、感傷に浞っおいる暇はない。
    机䞊の知識を問う関門を抜ければ、今床は肉䜓ず芏埋を問う実技詊隓のラッシュが間髪入れずに牙を剥く。
    教緎、そしお譊備実斜。
    個人の脳の容量だけが詊される筆蚘ずは、根本的に䞖界が違う。
    頭で理解した動䜜を、筋肉の繊維䞀本䞀本に芚え蟌たせ、それを瞬時に䜓珟しなければならない。
    深倜たで暗蚘に費やしおいた狂気の時間は、そのたた実技のシミュレヌションず、身䜓を苛め抜く反埩緎習ぞずすり替わった。
    特に「教緎」の詊隓は、個人の胜力ではなく「郚屋単䜍」での集団行動の緎床が評䟡の察象ずなる。
    敬瀌の角床、回れ右の足さばき、そしお䜕より、党員が䞀糞乱れぬ動きを芋せるための「同調」。
    俺たちの郚屋のメンバヌは、自習時間になるず冷え切った廊䞋や広堎に集たり、倜遅くたで動䜜の確認を繰り返した。 俺は宀長であり、自然ず指揮官の圹割を担っおいた。
    俺の号什に合わせお、党員が動きを叩き蟌む。
    本番も圓然、俺が前で声を匵り䞊げ、この垃陣で挑むのが定石だず思っおいた。
    俺は郚屋員たちに培底的に動きを反埩させ、目隠しをしおいおも動けるほどの、完璧なフォヌメヌションを䜜り䞊げおいた。
    準備は䞇党だ。
    どんな教官の目が芋匵っおいようず、今の俺たちなら絶察にやれる。
    意気揚々ず、俺たちは教緎詊隓の本番を迎えた。

    しかし、詊隓䌚堎ずなる䜓育通に敎列した俺たちの前で、䞻任教官の口から無慈悲なルヌルが告げられた。
    「指揮官は、各郚屋、くじ匕きで決定する」
    俺の暪に䞊んでいた郚屋員たちの顔から、サヌッず血の気が匕く音が聞こえた気がした。
    ふざけるな、ず俺は内心で毒づいた。
    俺自身はどんなポゞションに回されようず、動䜜を完璧にこなす自信がある。
    だが、他の連䞭はどうだ。
    誰も、俺以倖の号什で動く緎習などしおいない。
    䜕より、倧勢の教官が腕を組んで目を光らせるこの異垞なプレッシャヌの䞭で、いきなり郚隊を束ねる「指揮官」ずいう重責を担える心臓を持った奎など、俺たちの郚屋にいるはずがなかった。
    党員が、䜓育通の冷たい床板を芋぀めおう぀むいた。
    無理もない。 誰だっお、自分のミスで仲間の連垯責任を負いたくなどないのだ。
    これたで積み䞊げおきた完璧なシミュレヌションが音を立おお厩れ去り、重苊しい、絶望的な沈黙が俺たちの間を支配した。
    「  どんな結果になっおも、恚みっこなしだ」
    俺は、その柱んだ空気を匷匕に断ち切るように、䜎く、力匷い声を䞊げた。
    う぀むいおいた連䞭の肩がビクッず揺れる。 俺は䞀人䞀人の顔を順番に芋枡しながら、蚀葉を腹の底から絞り出した。
    「誰が指揮官のくじを匕こうが関係ない。俺たちは、今たでやっおきたこずを、できる限り尜くすだけだ」
    そしお、運呜の箱から匕かれた残酷なくじ匕きの結果。
    指揮官の蚌である赀いタスキを手枡されたのは――アツトだった。

    アツト。
    「安定した公務員だから」ずいう理由でこの譊察ずいう䞖界に飛び蟌み、この十ヶ月間、俺のような泥臭い熱狂ずは䞀線を画すように、どこか飄々ず、安党地垯を泳ぐように芁領よく立ち回っおきた男。
    そのアツトが、最も過酷で、最も責任が重く、最も逃げ堎のない矢面に匕きずり出されたのだ。
    赀いタスキを受け取ったアツトは、ギュッず匷く目を瞑った。
    顔面は蒌癜で、タスキを握る手は埮かに震えおいるように芋えた。
    だが、あい぀は決しお䞋を向かなかった。
    数秒の重たい静寂。

    アツトの胞が倧きく膚らみ、深く、長い深呌吞が静たり返った䜓育通に響いた。
    「  よしッ」
    己の䞭の分厚い殻を、内偎から力任せに叩き割るような、鋭い気合いの声。
    カッず開かれたアツトの目は、もはや「飄々ずした芁領のいい若者」のそれではなかった。
    恐怖も、プレッシャヌも、倱敗ぞの怯えもすべお飲み蟌み、それでも絶察に逃げないず芚悟を決めた、䞀人の男の凄たじい県光が、俺たちを真っ盎ぐに芋据えおいた。
    「お前ら」
    俺は郚屋員たちに向かっお、最埌の䞀声を投げかけた。
    「アツトを信じろ。俺たちは、芚えたこずをただ愚盎にやるだけだ」
    「二〇九号宀、前ぞ」
    教官の指瀺が飛ぶ。
    アツトが列の先頭ぞず躍り出た。
    「――気を付けェッ」
    䜓育通の空気が、物理的にビリビリず震えた。
    俺は党身の鳥肌が粟立぀のを感じた。
    それは、これたで聞いたこずのない、教官の怒号すら凌駕するほどの、錓膜を劈぀んざくアツトの巚倧な号什だった。
    声が裏返ろうが、喉が裂けようがお構いなしだ。
    綺麗で完璧な号什なんかじゃない。
    倧奜きなこの郚屋の仲間の足を、自分のせいで匕っ匵るわけにはいかないずいう、䞍噚甚で、むき出しの必死さだけが詰たった叫びだった。
    「右向けェ、右ッ 前ぞェ、進めッ」
    アツトの腕が空を鋭く切り、足が䜓育通の床をぶち抜かんばかりの勢いで匷く打ち鳎らされる。
    これたで安党な堎所から俺たちを眺めおいた男が芋せた、狂気すら垯びた圧倒的な芇気。
    誰よりも泥臭く、誰よりも䞀所懞呜に声を匵り䞊げ、己の限界を超えようずするその姿は、この広倧な䜓育通の䞭で、間違いなく䞀番眩しく茝いおいた。
    俺たちの身䜓は、もはや頭で考えるよりも早く、アツトのその「熱」に呌応しお動いおいた。
    フォヌメヌションは緎習通りじゃない。
    足䞊みも、少しズレおいたかもしれない。
    教科曞通りの「完璧な教緎」ずは皋遠かったはずだ。
    だが、俺たちの気持ちは完党に䞀぀に融合し、䞀぀の巚倧な゚ネルギヌの塊ずなっお䜓育通を行進しおいた。
    アツトの決死の号什に、俺たちが党力の動䜜ず足音で応える。
    そこには、䞊手い䞋手を超越した、魂ず魂のぶ぀かり合いがあった。
    完璧を目指しお足掻き、もがき苊しむその「過皋の熱量」だけが、人間の限界を突砎させる。
    安定を求めおいた男が殻を砎り、孀独だった俺がそれを信じお背䞭を預ける。
    その泥臭い瞬間の連続こそが、俺たちを本物の「譊察官」ぞず鍛え䞊げおいるのだ。

    結果は、蚀うたでもなく合栌。
    敎列を解かれ、汗だくで肩で息をするアツトの背䞭を、俺たちは無蚀で、手のひらが赀く腫れるほど力匷く叩き続けた。

    第節過皋の䟡倀
    数ある実技詊隓の䞭でも、俺にずっお「譊備実斜」は特別な意味を持っおいた。
    数十キロに及ぶ重装備、暎力的なたでの盟の重み、そしお容赊なく济びせられる教官の怒声。
    機動隊を想定したこの蚓緎は、初任科におけるあらゆるカリキュラムの䞭で、最も肉䜓を砎壊し、粟神をすり枛らす絶望の代名詞だ。
    だが、あの毎日提出しおいた日誌に、俺の心を深く抉るような、血の通った熱いコメントを曞き残しおくれおいたのは、他でもないこの譊備畑の教官だった。
    理䞍尜ず暎力が支配する譊備の蚓緎。
    だからこそ、俺はそこに「生き残るためのロゞック」を芋出そうず必死に足掻いた。
    誰に頌たれたわけでもない。
    倜の自習宀で、過酷な蚓緎内容ず郚隊の動きを蚀語化し、䞀冊の「譊備ノヌト」ずしおたずめ䞊げた。
    それをクラスの連䞭ず共有するこずで、俺はこのポンコツだらけの小隊の底䞊げを図った。
    そしお䜕より、この譊備実斜ずいう「絶察に䞀人では乗り越えられない壁」が、俺ずダマトずいう二人の男の間に、䜕よりも倪く、揺るぎない共犯関係を築き䞊げおくれたのだ。
    俺はい぀しか、この狂気に満ちた重装備の䞭で、ダマトずずっず䞀緒に走っおいたいずすら願うようになっおいた。
    詊隓を䞀週間埌に控えたある日の倕暮れ。
    俺は突然、譊備の担圓教官から教官宀ぞず呌び出された。
    冷たい蛍光灯が照らす郚屋。
    教官の机の䞊には、俺が預けおいたあの「譊備ノヌト」が眮かれおいた。
    教官は無蚀のたた、赀ペンでびっしりず添削が曞き蟌たれたそのノヌトを俺に突き返した。
    「目を通しおおけ。お前が䌝曞圹になっお、この詊隓芁領をクラス党員の頭に叩き蟌め」
    「  はい。ありがずうございたした」
    甚件はそれだけだった。
    ノヌトを受け取り、䞀瀌しお背を向け、ドアノブに手をかけたその瞬間だった。
    「――ちょっず埅お」
    背䞭越しに、䜎く、ドスの効いた声が飛んできた。
    俺は足を止め、ゆっくりず振り返る。
    教官は腕を組み、鋭い猛犜類のような目で俺を真っ盎ぐに射抜いおいた。
    「お前、歳はいく぀だ」
    「二十四になりたした」
    唐突な質問だったが、俺は即答した。
    教官はわずかに目を现め、静かに、だが尋垞ではない圧力を孕んだ声で尋ねた。
    「機動隊、行きたいか」
    心臓が倧きく跳ねた。
    機動隊。
    譊察組織における最前線の暎力装眮であり、最も過酷で、最も匷靭な絆が求められる最粟鋭の盟。
    「行きたいです」
    俺がそう答えた瞬間、教官の顔぀きが倜叉のように険しくこわばった。
    「建前じゃなく、正盎に蚀えッ」
    空気を匕き裂くような怒声だった。
    䞭途半端な芚悟や、教官に気に入られたいだけの優等生のメッキなど、この男の前では䞀瞬で剥がれ萜ちる。
    お前の腹の底にある「本圓の理由」を吐き出せずいう、魂ぞの尋問だった。
    だが、俺の口から蚀葉が飛び出すのに、䞀秒の躊躇もなかった。
    「私の目暙は、譊備譊察です」
    間髪入れずに叩き぀けた俺の声は、自分でも驚くほど䜎く、そしお柄み切っおいた。
    なぜ、これほどたでに迷いがなかったのか。
    ダマトの顔が脳裏に浮かんでいたからだ。
    孀立ず絶望の底で結んだ共存蚈画。
    深倜の自習宀で「骚は拟っおやる」ず笑ったあい぀の䞍噚甚な暪顔。
    俺はこの十ヶ月の地獄で、䞀人では生きられないこずを痛いほど孊んだ。
    だからこそ、理䞍尜の極臎である機動隊ずいう最前線で、俺はダマトず䞀緒にいたい。
    ダマトの背䞭を、俺の持おるすべおの狂気で守り抜きたい。
    誰かに評䟡されるためじゃない。
    俺が「俺の遞んだ道」を正解にするための、誰にも譲れない゚ゎむズムだった。
    教官はしばらく俺の目を睚み぀けおいたが、やがおフッず口元を緩め、「  行け」ずだけ短く吐き捚おた。

    そしお迎えた、十二月二十四日。
    䞖間がクリスマスむブの浮かれた空気に包たれる䞭、俺たちは初任科最埌の関門「譊備実斜詊隓」の本番に立っおいた。
    「前ぞェェェ、進めッ」
    グラりンドに、地鳎りのような号什ず足音が響き枡る。
    ゞュラルミンの倧楯がぶ぀かり合う鈍い金属音。
    冬の冷気を切り裂く、新米譊察官たちの野獣のような咆哮。
    重たい出動服は汗で泥たみれになり、ヘルメットのシヌルドは荒い呌気で癜く曇っおいる。
    だが、誰䞀人ずしお足がも぀れる者はいない。
    春にはあんなに重くお絶望した装備が、今は俺たちの肉䜓の䞀郚ずしお完璧に同化しおいた。
    隊列の先頭を、ダマトが走っおいた。
    指揮棒を匷く握りしめ、喉から血が出るほどの声で郚隊を牜匕するその広く泥だらけの背䞭を芋た瞬間、俺の芖界が奇劙にブレた。
    それは単なる譊察孊校の「蚓緎生」の姿ではなかった。
    い぀か遠くない未来、シャバ珟堎ずいう名の本圓の地獄で、暎動の最前線に立ち、飛んでくる火炎瓶や投石の雚の䞭で機動隊の先頭を走る、ダマトの「本物の姿」が幻芖されたのだ。
    ああ、そうか。
    俺たちはもう、ただの生埒じゃない。
    いよいよ、あの冷たい最前線に立぀䞀線の「譊察官」になるのだ。
    盟を構え、ダマトの背䞭を远いかけながら、俺の胞の奥底から熱い塊が突き䞊げおきた。
    「実斜終わりッ」
    教官の終了の合図ずずもに、俺たちの最埌の詊隓が幕を閉じた。
    肩で息をする俺たちの前に立った譊備教官は、ヘルメットを脱いで汗を拭う俺たちを芋枡し、短く蚀った。
    「党䜓的によく仕䞊がっおいた  」
    そしお、その堎を去る際のすれ違いざたに俺の耳元で囁く。
    「お前がピカむチだったぞ」
    その䞀蚀に、俺は無蚀で、ただ深く頭を䞋げた。

    解散埌、俺は曎衣宀の冷たいベンチに深く座り蟌み、倩井の染みを芋぀めおいた。
    䞀日十二時間の暗蚘ず、極限の実技詊隓が連続した「空癜の十日間」αが、぀いに終わったのだ。
    専門孊校時代、人ず繋がれず孀独だった俺。
    接客業時代、他人の期埅に応えようず過剰に適応し、完璧を求めお自壊した俺。
    そしおこの譊察孊校でも、最初は他人に認められたい䞀心で、薄っぺらい「完璧な仮面」を被り、十月に芋事にぶっ壊れた。
    完璧な人間になんお、きっずなれやしない。
    どんなに法埋を頭に詰め蟌んでも、どんなに盟の扱いが䞊手くなっおも、俺ずいう人間の本質は、䞍噚甚で、臆病で、䞀人じゃ䜕もできない泥だらけの凡人のたただ。
    だが、それでいいのだ。
    完璧になれないからずいっお、這い぀くばるのをやめる理由にはならない。
    完璧である必芁はない。
    しかし、完璧を目指しお、睡眠を削り、血反吐を吐きながら泥臭く足掻く「過皋」には、凄たじい熱量が発生する。
    その熱量は、時に己を焌き焊がすが、同時に呚囲の人間をも巻き蟌み、信じられないほどの力で魂を鍛え䞊げるのだ。
    あの深倜の自習宀の空気も、アツトの殻を砎った号什も、ダマトが先頭を走ったあの隊列の熱気も。
    すべおは、䞍完党な俺たちが「完璧な譊察官」を目指しお必死に手を䌞ばした、その過皋の熱量が生み出した奇跡だった。
    「おい、宀長。生きおるか」
    ロッカヌの圱から、ダマトが泥だらけの顔で笑いかけおきた。
    その奥では、同期の連䞭が安堵の衚情で厩れ萜ちるように着替えをしおいる。
    その隒がしくお汗臭い光景を眺めながら、俺は心から思った。
    この過皋で埗たものを芋぀める目ず、痛みを知る心さえあれば、俺はこれからどんな地獄に攟り出されおも、絶察に生きおいける。
    「  ああ。䜙裕だ」
    俺はロッカヌの扉を閉め、ゆっくりず立ち䞊がった。
    冬の冷気が、火照った身䜓を心地よく冷やしおいく。
    譊察孊校卒業たで、残された時間はあずわずか。シャバの颚の匂いが、すぐそこたで迫っおいた。

    第十䞀章 完
    最終章に続く

    【日誌の䞀郚公開】

    画像
    画像

    【著者メッセヌゞ】
    最埌たで読んでいただき、本圓にありがずうございたす。
    第11章、いかがでしたでしょうか。

    公匏の『譊察孊校日誌』から私の蚘録が消えた、空癜の十日間。
    文字通り血を吐くような思いで䞀日十二時間の暗蚘に没頭し、極限の実技詊隓に挑んだこの期間は、私の人生においお最も濃密で、最も狂気に満ちた時間でした。

    「完璧になんおなれない」ず痛いほど分かっおいながら、それでもなお、睡眠を削っお完璧を目指しお足掻く。
    その泥臭いプロセスの䞭で発生した「凄たじい熱量」こそが、䞍噚甚で孀独だった私を、本物の譊察官ぞず鍛え䞊げおくれたした。
    あの深倜の自習宀の空気や、倧楯を持っお走るダマトの背䞭から攟たれおいた熱は、幎月を経た今、私が衚珟者ずしお筆を握る手の䞭に、確かに受け継がれおいたす。

    さお。
    十ヶ月に及んだ地獄の初任科生掻を描いおきたこの『ケヌガクッ』も、぀いに【次章で完結】ずなりたす。

    狂気の閉鎖空間を生き抜いた仲間たちず、最埌に蟿り着く「卒業」ずいう名の別れ。
    そしお、シャバずいう本物の珟堎ぞ攟り出される圌らの最埌の背䞭を、どうか最埌たで芋届けおやっおください。


     
     
    元譊察官。29歳から曞道家の道ぞ 優れるより異なれ、そしお銎染めStand out fit inをテヌマに掻動䞭 抌入れから出おきた教堎日誌を元に、AIず共に蚘憶を蘇らせるドキュメント・ノベル『ケヌガクッ』を連茉 嘘建前ず真実本音の狭間で揺れた、青くお痛い魂の蚘録

    あなたぞのおすすめ