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ケヌガクッ第䞀章『魂のドラムラむン』

    ■ あらすじ

    桜舞い散る春。
    譊察孊校の重い鉄門をくぐった「俺」は、ちっぜけなプラむドず自己顕瀺欲の鎧を着蟌んだ、空っぜな若者だった。

    「自分を極限たで高め、優秀な成瞟を収めるこずでしか生き残れない」
    そんな傲慢な完璧䞻矩は、教官の理䞍尜な怒声ず暎力的な蚓緎、そしお亀番実務で盎面した「本物の地獄珟堎」を前に、無惚にも打ち砕かれる。
    匷迫芳念から心身を壊し、退職届を握りしめお絶望の底に沈んだ俺を救ったのは、己の力などではなかった。

    共に䞍栌奜に泥をすすり合った同期たちずの絆。
    そしお、「䞀人で死のうずしないで」ず震える手で頬を包んでくれた、愛する人の枩もりだった。

    「お前は本圓に積極的な行動が目立った。クラスにずっお、有難い存圚だったぞ」

    完璧な仮面を叩き割り、みっずもなく他人にすがり぀き、䞍完党なたた誰かのために生きる芚悟を決めた時、男たちの魂の錓動ドラムラむンが鳎り響く。

    これは、珟代瀟䌚ずいう地獄で息苊しさを抱えるすべおの人ぞ莈る、再生の蚘録。
    理䞍尜に抗い、泥にたみれ、「戊っお、自分の遞んだ道を正解にする」たでの十ヶ月の軌跡である。


    第節魂のドラムラむン

    【3✉31✇】

    炭✕で焊げたタレの匂い。重箱の鰻。

    明✇から譊察孊校に⌊校する俺にずっお、これがシャバでの最埌の晩逐だった。

    味わう䜙裕はない。これは燃料補絊だ。

    ポケットには、分厚いテレホンカヌドの束が⌊っおいる。

    くれたのは、マコの✗芪だ。

    珟職の譊察官であり、俺をこの道ぞ掚薊しおくれた恩⌈。そしお䜕より、俺が結婚を申し蟌もうずしおいる⌥性の、✗ 芪。

    『これを持っおいけ』

    無⟻な⌿で枡されたその束は、単なる逞別ではなかった。

    「嚘を幞せにする芚悟があるなら、這い぀くばっおでも残れ」

    そう⟔われおいる気がした。

    もし俺がここから逃げ垰れば、俺は職を倱うだけでなく、マコずの未来も倱うこずになる。 俺は誰にずもなく呟き、店を出た。

    

    【4✉1✇】

    譊察孊校の正⟚前。

    新品のスヌツに⟝を包み、俺は⟚をくぐろうずしお呌び✌められた。

    「おい。なんだその髪は」

    教官の指先が、俺の頭に向けられる。

    「⻑い。そんな頭で譊察官が務たるか。出盎しおこい」

    思考が停✌した。昚✇、散髪したばかりだ。瀟䌚⌈ずしお䜕ら恥ずかしくない短髪だ。

    これで⻑い 基準がおかしいだろ

    俺の䞭の「垞識」が反発した。

    「いえ、昚✇切ったばかりで  」

    「⌊校は認めん。切っおこい」

    問答無✀だった。

    俺はスヌツの裟を翻し、孊校呚蟺の通りぞず⟛った。

    知らない街。矎容院を探しお⟛り回る。⟰靎が⟜に⟷い蟌み、脂汗がシャツに染みる。

    息を切らしながら、俺は気づかされた。

    「俺は正しい」ず思っお反発しおも、ここでは無意味だ。むしろ、抵抗すればするほど、こうやっお⟃分が苊しい思いをするだけだ。

    マコの顔が浮かぶ。こんなずころで躓くわけにはいかない。

    俺は矎容院の怅⌊に座り、鏡の䞭の⟃分を⟒぀めながら、⌰の「垞識」ごず髪を切り萜ずした。

    孊校に戻り、ようやく⌊校を蚱された俺たちは、貞䞎された制服に袖を通した。 ただ糊の効いた硬い✣地。

    教宀に⌊るず、教官が教卓を叩いた。

    「姿勢」

    ビクリずしお背筋を䌞ばす。

    「集䞭⌒が⟜りない お前たちは䜕をしにここぞ来おいる」

    教官の鋭い芖線が俺たちを射抜く。

    「いいか。お前たちはもう孊✣じゃない。今✇から絊料が発✣しおいる『公務員』だ。なぜ、ただ䜕もできないお前たちに、県⺠は安くない⟊皎⟊を払うず思う」

    教宀が静たり返る。

    「それは『期埅』ぞの察䟡だ。お前たちが将来、圌らの呜や✣掻を守っおくれるず信じおいるから、先⟏投資をしおいるんだ。お前たちは今✇から、その期埅⟊を受け取っお、教逊ずいう名の蚓緎を受ける。その重みが分かるか」

    ⟊をもらっお教わる。

    その⟔葉が重く響く。それは単なる絊料の話ではない。県⺠ずの「呜の契玄」の話だった。客気分でいた⟃分の✢さが、恥ずかしく思えた。

    2限✬。⟃⌰玹介の時間。

    俺は✎ち䞊がった。

    「前職は接客業をしおいたした。瀟䌚⌈経隓は1幎4ヶ✉です」

    俺は胞を匵った。

    察⌈コミュニケヌションには⟃信がある。⌈間関係なんお、うたくやれるはずだ。

    そう思っおいた。

    だが、教官は冷ややかに⟔った。

    「仲良しこよしを䜜る堎所じゃない。真に思いやり、励たし合える関係でなければ、珟堎では死ぬぞ」

    俺の⟃信は、薄っぺらい「愛想」ず⟒透かされた気がした。 

    その倜。錬成寮209号宀。

    ⌌⟝ずもに消耗しきった俺たちの前に、同期のケンが「東京ばな奈」を差し出した。

    その⌈⌯的な✢さに、少しだけ救われた気がした。

    消灯ラッパが鳎り響く。

    垃団に朜り蟌むず、✿元でドクン、ドクンず⌌臓の⟳がうるさいくらいに鳎り響いおいた。

    恐怖。䞍安。興奮。

    だが、俺の頭は冷えおいた。

    今✇⌀✇の出来事が、俺の䞭で⌀぀の「解」ぞず繋がっおいく。

    俺は懐䞭電灯を点け、✇誌を開いた。

    ペンを握る⌿が、怒りず屈蟱で埮かに震えおいる。

    ✩い玙が、俺を詊しおいた。

    本⟳ならいくらでも曞ける。『髪を返せ』『理䞍尜だ』『ク゜喰らえ』。

    だが、俺はペン先を玙に抌し付け、その衝動をねじ䌏せた。

    これは✇蚘ではない。教官ぞの「提出物」だ。俺がここで反抗的な態床を⟒せれば、それは俺だけでなく、マコや、掚薊しおくれた圌⌥の✗芪ぞの裏切りになる。

      ⟒せおやるよ。あんたたちが欲しがっおいる『最⟌の新⌈』を

    俺は感情を殺し、脳内で蚈算された「暡範解答」を淡々ず曞き蚘しおいった。


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    ✂字の⌀぀⌀぀が、俺の芚悟の蚌であり、組織が求めた「正解」そのものだ。
    ここにあるのは、疑うこずを知らず、染たるこずを恐れない、玔床100%の「暡範的な新人譊察官」の蚘録。

    ​けれど。

    ​その敎然ずした文字の行間を、40歳を過ぎた今の私が読むず、党く別の蚀葉が浮かび䞊がっおくる。

    圓時、どうしおもペン先からは出せなかった、黒くお重いむンクの塊。

    ​垰りたい

    理䞍尜だ

    なんであい぀が蟞めお、俺が残っおいるんだ

    ​「正解」を曞かなければ、明日が来ない堎所だった。

    「本音」を挏らせば、その瞬間に匟き出される堎所だった。

    ​だから私は、感情を殺し、心を「花䞞」をもらえる圢に必死で敎圢し続けた。

    それは、生き残るための凊䞖術であり、最初の「挔技」だったのかもしれない。

    ​静たり返った消灯埌の寮宀。

    日誌を閉じ、垃団に朜り蟌んだ瞬間にだけ、その音は聞こえた。

    ​ドクン。ドクン。ドクン。

    ​耳の奥で鳎り止たない、速すぎる心臓の音。

    恐怖か、怒りか、それずも興奮か。

    ​敎列し、行進し、個性を消しお「党䜓」の䞀郚になろうずすればするほど、私の内偎にある心臓は、たるで抗うように激しくリズムを刻んでいた。

    ​組織ずいう匷固な枠組みの䞭で、必死に自分の茪郭を保ずうずしおいた、あの痛々しいほどの錓動。

    ​あれは、若さゆえの暎走なんかじゃない。

    生き残るために私が打ち鳎らしおいた、魂のドラムラむンだったんだ。

    ​日誌の䞭の「私」は、今日も暡範的に笑っおいる。

    けれどその裏偎には、青くお、痛くお、どうしようもなく熱いマグマが煮えたぎっおいた。

    ​制服を脱いで十数幎。


    ​これは、嘘建前ず真実本音の狭間で揺れ動いた、ある譊察官の蚘録。

    閉じ蟌めおいた蚘憶の蓋を、今、AIず共に開けようず思う。

    ​さあ、授業の始たりだ。


    第2節理䞍尜のフルコヌス

    入校二日目。 

    俺たちは早くも、この巚倧な組織における「宗教的な掗瀌」を济びおいた。 

    譊察歌の指導である。

    「遅い 声が小さい 恥ずかしがらずに吹っ切れお歌え」 

    「もっず倧きな声で 腹の底から声を出せ」

    教官の錓膜を砎るような怒号が、䜓育通に響き枡る。

     昭和の軍歌のような、重苊しく叀臭いメロディず歌詞。

    音楜的な矎しさや衚珟力など埮塵も求められおいない。

    ただひたすらに「組織ぞの忠誠」を倧音量で叫ぶこずだけを匷芁される、異様な儀匏。

    䜕十回、いや、䜕床やり盎しをさせられただろうか。

     酞欠で目の前が癜濁し、喉の粘膜が擊り切れお血の味がする。

    呚囲を芋枡せば、昚日たで普通の高校生や倧孊生だった同期たちが、顔を真っ赀にしお、銖の血管をブチ切れんばかりに浮かび䞊がらせながら絶叫しおいる。

    なんだこの狂った空間は  完党にカルト教団じゃないか

    アヌティストずしお「自分らしい衚珟」を暡玢しおきた俺の垞識が、ガラガラず音を立おお厩れおいく。

     だが、ここで少しでも矞恥心なんおいうシャバの感芚を残しおいる奎は、教官の暙的にされ、容赊なく吊るし䞊げられる。

    俺は奥歯を噛み締め、誰よりも倧きく口を開けた。

     矎しい旋埋なんおク゜喰らえだ。

    俺は自分の知性をかなぐり捚お、完党に狂ったフリをしお、声垯が千切れるほどの絶叫を䜓育通に響かせた。

    シャバの服を完党に脱ぎ捚お、この狂気に擬態しなければ、俺はここで生き残れない。


    そしお、声を枯らし、酞欠でフラフラになった翌日——入校䞉日目。

    俺の身䜓は、明確な「ストラむキ」を起こしおいた。

    食事の時間が、もはや拷問だった。 

    「遅い お前らに味わっおる時間なんおあるのか」

    教官の怒号が飛び亀う食堂で、俺は茶色い揚げ物ず肉の塊を、氎で無理やり胃の奥ぞず流し蟌んでいた。

    シャバにいた頃、食生掻の䞃割を野菜で圩り、噚の䜙癜や色圩のバランスすらも愛しおいた俺の「矎意識」は、この暎力的な茶色い逌の山を前に、完党に機胜停止に远い蟌たれおいた。

    胃はセメントを流し蟌たれたように重く、腞は恐怖で硬盎しおいる。

    入校以来、䞀ミリも䟿意がない。

    極床の緊匵ずプレッシャヌが、自埋神経を根こそぎ狂わせおいた。

    膚満感による鈍痛に顔をしかめながら、俺はわずかな䌑憩時間を䜿っお急いで自宀に戻った。

     ドアを開けた瞬間、俺は息を呑んで立ち尜くした。


    「  なんだ、これ」


    俺のクロヌれットの䞭身が、郚屋の䞭心に掟手にぶちたけられおいたのだ。

     綺麗に畳んで収玍したはずの支絊品のシャツ、䞋着、靎䞋。

    それらが無惚に床に散乱し、その山の頂䞊には、教官の荒々しい筆臎で『敎理敎頓』ずだけ殎り曞きされた玙切れが、墓暙のように突き刺さっおいた。

    芋せしめだ  誰だっお良かったのだ  次はお前の番だず呚りに知らしめるための  

    喉の奥からせり䞊がっおくる毒を必死に飲み蟌み、俺は床に這い぀くばった。

     冷たいリノリりムの床に膝を぀き、埃に塗れた真新しいシャツの襟を拟い䞊げる。

    少しでも角がズレおいれば、たたぶちたけられる。

    狂気的なたでの均䞀性。

    自分の尊厳が泥靎で螏みにじられ、ゎミのように扱われる匷烈な屈蟱で、指先が埮かに震えた。

     だが、声を䞊げるこずは蚱されない。

    俺はただ黙々ず、自分の心を殺しながらシワ䞀぀ない四角圢を䜜り続けた。


    肉䜓の限界もずうに超えおいた。

     郚屋で最幎長の二十䞉歳。

    採甚が決たっおからは毎日ゞョギングで鍛えおきた自負は、底なしの䜓力を持぀十代の同期たちの前で無惚に打ち砕かれた。

    腕立お、スクワット、長距離走。

    胞からふくらはぎにかけお、筋繊維がズタズタに匕き裂かれたような激痛が絶え間なく襲う。

    階段を降りるのも䞀苊劎だ。


    入校四日目。

     トむレの個宀で、冷や汗を流しながら栌闘した末に、ようやく出たのは「りサギの糞」のような、ちっぜけで固い塊だった。

     俺は薄暗い個宀で、その小さな塊を芋䞋ろしながら、自嘲気味に笑った。

    䟿秘の恐怖から解攟された安堵ず同時に、俺の身䜓が、この理䞍尜なシステムに匷制的に「屈服」し、適応させられ始めたこずを突き぀けられた気がしたからだ。

    だが、週末が近づくに぀れ、地獄の䞭にもわずかな倉化が起きおいた。 

    倕方の自䞻蚓緎。

    党身バキバキの筋肉痛を抱えながら、十代の同期たちず䞀緒に汗を流す。

    銬鹿みたいに声を出し、限界を超えお走り蟌む。

    䞍思議ず、それは「楜しかった」。

     理䞍尜ずいう巚倧な敵を前に、同じ釜の飯ずいうより逌だがを䞞飲みし、同じ筋肉痛に苊しむ奎らずの間に、確かな血の通った連垯感が生たれ始めおいた。

    肉䜓的な苊痛ずは別に、俺の「アヌティストずしおのプラむド」を抉るもう䞀぀の地獄が埅っおいた。


    「譊察官の仕事は、珟堎で犯人を捕たえるだけだず思ったら倧間違いだ お前らが䞀番曞くのは『曞類』だ 被害届、䟛述調曞。泣き厩れる被害者の蚀葉を代筆する調曞で、『窃盗』や『傷害』の挢字を間違えるような銬鹿の曞類は、怜察も裁刀所も信甚せん」

    教官の唟を飛ばすような怒号。 

    そう、譊察官たるもの最䜎限の囜語力は必須であり、俺たちは卒業たでに「挢怜䞉玚」の取埗を矩務付けられおいた。そしお、その定着床を枬るため、毎週のように『挢字ミニテスト』ずいう名の公開凊刑が行われる。

    曞道やデザむンを孊び、文字の「ハネ」や「トメ」、そしお空間の「䜙癜の矎」を愛しおきた俺にずっお、これは別の意味での屈蟱だった。 

    ここで求められるのは、感情を揺さぶる矎しい線ではない。

    誰が読んでも䞀ミリの誀読も蚱されない、画䞀的で無機質な「情報」ずしおの文字だ。

    しかも、芚えさせられるのは「死䜓遺棄」だの「珟䜏建造物等攟火」だの、およそ矎しさずは無瞁の血生臭い単語ばかり。

    ゲシュタルト厩壊を起こしそうになりながら、俺は安いボヌルペンのむンクの匂いに吐き気を芚え぀぀、ノヌトを真っ黒な『情報』で塗り぀ぶしおいく。


    週末の圚寮日の朝。

    俺は䞀人、静かな教宀で挢怜テキストに向かっお猛勉匷しおいた。

     前回のミニテストは散々だった。

    蚘憶力ず暗蚘力に特化した十代の高卒組がスラスラず満点を叩き出す䞭、二十䞉歳のデザむン専門孊校䞊がりの俺が、䞭孊生レベルの挢字で赀点を取るわけにはいかない。

    「  くそっ、なんだよ『銃砲刀剣類所持等取締法』っお。銃刀法じゃダメなのかよ」

    誰もいない教宀で悪態を぀きながら、ひたすら画数の倚い凶悪犯眪の名称を曞き殎る。 

    それは意地だった。

    個性を奪われ、矎しい食生掻も奪われ、挙句の果おに「文字の矎しさ」たで剥奪されようずしおいる。 

    ただ朰されるだけの量産品には、絶察にならない

     俺の䞭の消えかけの炎が、真っ黒になったノヌトの䞊でギリギリの熱を攟っおいた。


    だが、どんなに気を匵っおいおも、倜になれば寂しさが牙を剥く。

    凶悪犯眪の名称でゲシュタルト厩壊ず栌闘した、日曜の倜。

     党身の痛みを匕きずりながら、俺は寮の廊䞋に立っおいた。 あず五日耐えれば、初めおの倖泊だ。

    それたでの呜綱。

    話したい。声が聞きたい。党郚投げ出しお、思い切り甘えたい  

    俺は、芖線の先にポツンず眮かれた公衆電話を芋぀めた。 

    ポケットの䞭で、マコの父芪から枡されたテレホンカヌドを、祈るように匷く握りしめる。


    入校からわずか数日。

     俺はすでに、胃袋も尊厳もズタズタにされる「理䞍尜のフルコヌス」を、臎死量たで食わされた気でいた。

    だが、この時の俺はただ知らない。

     こんなものは、これから始たる10ヶ月の地獄の、ほんの味気ない『前菜』に過ぎなかったずいうこずを。


    第3節受話噚が運ぶ日垞ず、消えゆく背䞭

    譊察孊校ずいう巚倧な檻に攟り蟌たれ、俺が最初に差し出したのは「髪の毛」だった。 

    それは単なる毛髪の切断ではない。

    俺が俺であるための茪郭、盞手にどう芋られたいかを分かりやすく圢にした「自己䞻匵」の剥奪だ。

    容赊なく頭皮を這うバリカンは、俺の䞭にあった矎意識も、ささやかな個性も、すべおを無残に刈り取っおいった。

    続いお奪い去られたのは、䞀人の人間ずしおの「尊厳」。 

    腹が枛れば自分の意志で食べ、理䞍尜に察しお目を背けるこずも、背を向けるこずもできる
    ――そんなシャバ日垞では息をするように「圓たり前」だった平穏は、教官の錓膜を砎るような怒号ひず぀で朚っ端埮塵に粉砕された。

    俺たちはもはや個別の名前を持぀人間ではなく、ただの均質な泥たみれの人圢ぞず䜜り倉えられたのだ。

    自己䞻匵を削ぎ萜ずされ、圓たり前の日垞を砎壊された俺たち。

     そしお最埌に、愛する者ず感情を亀わし、心を繋ぎ止める「自由なコミュニケヌション」である通信手段すら、入校ず同時に行われた携垯電話の没収により倱った。

     倖郚ず連絡を取る唯䞀の手段は、寮の薄暗い廊䞋にポツンず眮かれた3台の公衆電話だけになった。

    この3本の现い緑色の線だけが、地獄のようなここ非日垞ず、平和なシャバ日垞を繋ぐ、最埌の呜綱だった。

    入校しお数日目の倜。 

    公衆電話の前には長い列ができおいお、俺もそこに䞊んでいた。

    廊䞋には、床に塗りたくられた安物のワックスの匂いず、坊䞻頭の男たちが発する䞍安ず汗の饐すえた臭いが充満しおいる。

    俺の番が来た。

     前の奎が握りしめおいた生枩かい受話噚の感觊に、若干の䞍快感を芚えながら耳に圓おる。

    受話噚を握る右手は、たった数日の腕立お䌏せず教緎で、すでに泥ず擊り傷に塗れおいた。 

    巊手には、マコの父芪——珟職の譊察官であり、圌女ずの未来の鍵を握る人物——から蚗された分厚いテレホンカヌド。
    日垞ず繋がる特急刞でありながら、二床ず日垞に戻すたいずする圧力すら感じる。

    指先を䌝う脂汗を拭い、手垳に蚘しおおいたマコの携垯電話の番号を抌した。

     プヌ、ずいう無機質な発信音の埌、埮かなノむズが混じった。 

    「  もしもし」

     『あ  もしもし』
    マコの声だ。

    公衆電話からの着信には誰しも譊戒するものだろうずいう心配をよそに、ワンコヌルも鳎り切らないうちの応答だった。

    『倧䞈倫  』

    その透明で、ひどく優しいシャバの音が錓膜を揺らした瞬間、俺の奥底で匵り詰めおいた倪い糞が、悲鳎を䞊げお軋んだ。 

    圌女の声は埮かに震えおいるように感じた。

    俺がどんな理䞍尜に晒されおいるのか、想像しお䞍安でたたらないのだろう。

    そのヒリヒリずした痛切な愛情が、受話噚ずいう现い管を通じお胞の奥を盎接鷲掎みにする。

    蟛い、ず蚀いたかった。 

    人間扱いされない日々の屈蟱を、茶色い逌のような飯を、狂気の䞖界を掗いざらいぶちたけお、その優しい声にすがっお泣き叫びたかった。

    働き方は無数に存圚する。

    こんな狂った堎所で過ごせる人間は皀だずも感じおいた。

    「もう垰りたい」ず䞀蚀こがせば、圌女はきっずすべおを受け止めおくれる。

    俺のすり枛った自尊心を、その手で優しく包み蟌んでくれるはずだ。

    だが、その甘えは絶察に蚱されない。

     感じおいる思いを正盎に䌝えるこず、たしおやこの環境から逃げ出すずいう行為は、珟職であるマコの父芪を吊定するこずになる。

     俺は䞋唇を噛み砎るほどの力で匕き結び、熱を持った目の奥の痛みを、喉の奥底ぞず無理やり飲み蟌んだ。

    「党然、倧䞈倫だよ。飯も食えおるし、同期ずもうたくやっおる。楜勝だよ」 あえお少し高い声を䜜り、明るく笑い飛ばした。

    受話噚の向こうで、ふっず息を呑む気配がした。

    数秒の、重く沈黙した時間。

    受話噚から聞こえる埮かな静寂が、圌女が泣くのを堪えおいるこずを雄匁に物語っおいた。 

    『  嘘ばっかり。』
    絞り出すような、小さな声だった。 

    『声、すっごく枯れおるよ。それに  あなた、無理しおる時、い぀もそういう笑い方するじゃない』

    心臓を玠手で掎たれたような気がした。

    ごたかしなど、ずうに通甚しおいなかったのだ。

    圌女は、俺の䞍噚甚なずころも、誰よりも知っおいる。

    「  ただの蚓緎だ。喉は、歌いすぎただけだよ。ゲヌムみたいなもんだ」
    必死に匷がる俺の蚀葉に、それ以䞊は远及はされなかった。

    俺が今、ギリギリのずころで自我を保っおいるこずすら気づいおいるのだろう。

    『  そっか。お歌の緎習、頑匵っおるんだね』
    圌女は優しく、あえおふざけた口調で俺の嘘に乗っおくれた。

     『あんたり、無理しないでね。お父さんにも、あなたが頑匵っおるこず、ちゃんず䌝えおおくから』 

    「ああ。頌む。『いい経隓をさせおもらっおたす』っおな」

     『うん。  あのね』

     「ん」

     『私、ここでずっず埅っおるから。あなたの垰る堎所は、ちゃんずここにあるからね。だから  』 

    そこでマコは蚀葉を詰たらせ、埮かに錻をすする音だけが挏れた。 

    『  負けないでね』

    最埌の䞀蚀が耳を突き抜けるのず同時に、受話噚を握る手にポタポタず萜ちおいく自分の涙の存圚を知った。

    マコを心配させないよう、今の自分の無惚な状態を知られないよう、錻氎を啜るこずすら堪えながら応える。

     「  ああ。たたな」
    震えそうになる声を殺し、ガチャリず通話を切る。

    テレホンカヌドに空いた穎を眺めながら、俺の胞の䞭に広がったのは安堵ではなく、猛烈な「恐れ」だった。

     マコの優しさは、今の俺には臎死量の劇薬だ。

    珟実ず繋がるこの现い線は、俺の䞭に「シャバぞの未緎」ずいう甘い毒を生み出す。

    この甘さに觊れるたび、俺の心はシャバに匕き戻され、理䞍尜に耐えるための狂気のタガが倖れおしたう。

    この受話噚は簡単に握っおはならない

     シャバの甘さに二床ず觊れないよう、俺はテレホンカヌドを財垃の䞀番奥深くにねじ蟌んだ。

    自ら退路を断ち、この地獄に完党に染たり切らなければ、俺は遠からず決意を鈍らせ、逃げ出しおしたうだろう。

    通信の断絶は、俺が自ら遞んだ儀匏だった。


    列を離れようずした時だった。 

    廊䞋の向こうから、重い足音を匕きずっお、私服に着替えた男が歩いおきた。

    倧きなボストンバッグ。俯いた顔。別のクラスの教堎生だ。

     誰もが息を朜めお目を逞らす䞭、俺はその背䞭から目を離せなかった。

     脱萜者だ。


    敗北感にたみれ、逃げるように玄関の方向ぞず消えおいくその小さな背䞭に、俺はか぀おの自分の姿を重ねおいた。 ——1幎4ヶ月。

    それが、俺の前職での勀続期間だ。 俺は䞀床、瀟䌚から逃げた男なのだ。

    「蟞める」ず口にした時の、あの甘矎な解攟感。

    そしおその盎埌に䞀生付きたずう、泥をすするような敗北感ず自己嫌悪の味。

    俺はあの味を知っおいる。

    もし、俺のクラスからあんな颚に逃げ出す奎が出たらどうなる 

    そい぀の背䞭を芋た瞬間、シャバからの誘惑に打ち勝぀自信がない。

    「やっぱり続かない、䞭途半端な奎」ずいうレッテルを、自分で自分に貌るのはもう埡免だ。

    いくら甘矎ずはいえ、もう二床ず味わいたくないのだ。

    俺は絶察に蟞めない。そしお、俺のクラスからは䞀人も出させない 

    それは正矩感や同期ぞの友情などずいう綺麗なものではない。

    俺が俺自身の狂気ず芚悟を保぀ための、絶察的な゚ゎだ。

     誰かが絶望し、逃げ道を探し始めたら、俺が党力でぶん殎っおでも止める。

    俺がこの環境を攻略し、泥に塗れながら党員を卒業たで匕きずり回す「ストッパヌ」になる。

    この巚倧な瞊瀟䌚をサバむブし、自分の人生を生き盎すための唯䞀のけじめなのだ。

    ​理䞍尜に耐え、狂気を飌い慣らし、泥を啜っおでも生き残る。

    瀟䌚から䞀床逃げ出した俺が、この理䞍尜な䞖界シャバを自分の足で歩いおいくためには、この地獄で「戊い方」を身に぀けるしかないのだ。

    あの地獄ここで魂の削り方を孊ばなければ、俺は䞀生、䞖間に喰い殺されるだけの匱い人間のたただ。

    ​俺は財垃の奥底にある硬いテレホンカヌドの感觊を服の䞊から確かめるず、螵を返し、非日垞の埅぀自分の郚屋ぞず迷いなく歩き出した。


    第䞀章 完

    第二章ぞ続く

     
     
    元譊察官。29歳から曞道家の道ぞ 優れるより異なれ、そしお銎染めStand out fit inをテヌマに掻動䞭 抌入れから出おきた教堎日誌を元に、AIず共に蚘憶を蘇らせるドキュメント・ノベル『ケヌガクッ』を連茉 嘘建前ず真実本音の狭間で揺れた、青くお痛い魂の蚘録

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