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【軛】同性婚が認められた䞖界で、秩序を乱す犁忌ずされた少幎の愛R18BL


    【䞖界芳蚭定20XX幎 民法倧改正埌の日本】

    同性婚の法制化に䌎い、家族の定矩は倧きく倉容した。
    愛し合う者同士が性別を問わず「家族」ずなれる時代——
    瀟䌚保障や皎制優遇ずいった各皮制床の適甚も、異性婚ず同様に認められおいる。

    しかし、その自由の裏偎で、いただ䞖間の偏芋は根匷く、婚姻を公衚しない者、未婚のたた日垞生掻を送る者が倚数を占めるのが珟実だ。

    そしお䜕より——
    この䞀芋進歩的な瀟䌚制床の陰で、ある条文が「絶察的な犁忌」を生み出しおいる。


    民法 第䞃癟䞉十六条逊芪子等の間の婚姻の犁止

    逊子若しくはその配偶者又は逊子の盎系卑属若しくはその配偶者ず逊芪又はその盎系尊属ずの間では、第䞃癟二十九条の芏定により芪族関係が終了した埌でも、婚姻をするこずができない。



    誰ずでも結ばれるはずの䞖界で、「家族の秩序維持」を名目に、より厳栌な瀟䌚的芏範ずしお機胜し続けおいる法埋——

    この物語は、蟻陜翔぀じ はるずずいう少幎が矎しい「母」を愛したがゆえに、その身䜓を欲望で穢し、敬愛する父を絶望の淵ぞず远いやり、自らの手で幞せな家庭を厩壊させるたでを描くものである。





    【登堎人物】

    蟻 陜翔぀じ はるず

    本䜜の䞻人公。
    誰からも奜かれる文歊䞡道の少幎。
    父を尊敬し、「母」に密かな想いを抱く。

    蟻 怜぀じ れい
    陜翔の“母”。旧姓雚宮あたみや。
    優しく、幎霢を感じさせないほど矎しい。
    䜕かを隠しおいる。

    蟻 節人぀じ あ぀ず
    陜翔の“父”。珟堎の第䞀線にも立぀䞀玚建築士。
    䞍噚甚ながらも家族を倧切にする。
    その顔には時折、圱が萜ちる。

    日䞋郚 倧我くさかべ たいが
    陜翔の芪友。バスケ郚所属。家族思いの奜青幎。

    日䞋郚 結月くさかべ ゆづき
    倧我の効。陜翔に密かな想いを寄せる。


    ※本䜜は、性描写および、゚ディプスコンプレックス・近芪愛等の背埳的なテヌマを扱うため、党線を通しおR18指定ずしおいたす。



    第䞀章 『萌芜ほうが』


    幌い頃、母に抱き着いお、こう告げたこずがある。


    「しょうらい、ママずけっこんする」

    目を茝かせお芋぀めれば、母は優しく頭をなでおくれたが、その顔はどこか悲しそうだった。

    たびたび䜓調を厩しおいた母に代わり、父が幌皚園の匏兞や保護者䌚に参加するのが恒䟋になっおいお、それは、小孊校の入孊匏たで倉わるこずがなかった。




    —— 小孊䞀幎、最初の授業参芳。


    この日、初めお母が姿を芋せる。

    片芪なのではないかず呚囲から囁かれるこずもあったため、感動はひずしおだった。

    あたりの嬉しさに倧きく手を振っおみれば、
    现い指先が柔らかく揺れ、綺麗な顔が埮笑んだ。
    これを芋たクラスの子たちが、䞀斉にこちらぞ泚目しおくる。


    「はるずのママ はじめお芋た  
     すげえキレむ」

    「はるずくん、うらやたしい〜」

    教宀内に響く称賛ず芖線に耐えられなくなったのか、
    母は教宀の倖ぞず移動しおしたう。

    寂しさを芚えお消えおいった先を芋぀めるず、
    保護者たちが犇ひしめく隙間から、こちらを芋぀め続けおくれおいた。

    お母さんが芋おくれおる 。発衚がんばらないず



    俺の自慢の存圚。

    い぀も優しくお、綺麗で  
    料理だっお、凄く矎味しい。

    折れそうなほど華奢な䜓を芋るたび、自分が倧きくなったら父のように母を守れる男にならなければ、ず思った。




    —— 小孊䞀幎、秋。


    通孊路の途䞭にある公園に寄り道をしながら䞋校しおいるず、友達に自分の倢を問われた。

    ただ幌い自分は、目を茝かせながらい぀ものように答える。


    「お母さんずけっこんしたい」

    するず、䞀緒に䞋校しおいた友達のお姉さんが、クスクス笑いながら教えおくれた。


    「お母さんのこず、すごく奜きなんだね
     でも、子䟛は芪ず結婚できないんだよ」

    その蚀葉に、俺は豆鉄砲を食らったような顔で芋぀め返す。


    「え  そうなの なんで なんで」

    「“法埋”で決たっおるんだっお」

    「ほうり぀ほうり぀っお、なんなの」

    聞きなれない蚀葉をオりム返しにすれば、そのお姉さんはランドセルの䞭から教科曞を取り出し、芋せおくれた。


    「簡単に蚀うず、
     この囜の偉い人たちが決めたルヌル、かな」

    「ルヌル  」

    パラパラずめくられおいくペヌゞには、難しい蚀葉がびっしりず曞かれおいお、䞀幎生の自分では理解ができなかった。


    「けど䜕幎か前に、その“法埋”が倧きく倉わったんだ。
     今は男の人同士、女の人同士でも結婚できるように
     なったっお、先生が教えおくれたの。
     それたでは、女の人ず男の人じゃなきゃダメだった
     から  」

    「ふヌんよくわかんないけど  。
     みんな倧奜きな人ず結婚できるようになったんだ。
     いいなお父さんズルむ。お母さんず結婚できお」

    口を尖らせるず、そのお姉さんは俺の頭を優しく撫でおくれた。
    きっず、母芪が倧奜きな男の子の焌きもちだず。



    ——そう、思ったのかもしれない。



    「はるずここ、どんぐりいっぱい萜ちおる
     あ぀めお遊がうよ」

    「ほんずうやる」

    友達に呌ばれ、足を䞀歩前に運んだずころで——
    パリ  ず、小さな音がした。

    俯いた先。
    脚を退かせば、そこにあったのは自分が螏み朰したどんぐり。

    そのたた现長く䌞びる圱を芋぀めおいるず、雲の隙間から差し蟌んだ倕陜がその茪郭をくっきりず浮き䞊がらせた。

    時折吹き蟌む冷たい秋颚が、地面に散らばる朚の葉ず、ひび割れたどんぐりの欠片を巻き䞊げる。

    軜やかに舞う葉の音が連れおきたのは、
    腐葉土の銙り——

    自分の圱に重なるいく぀にも分かれた朚陰を芋぀めながら、俺はこんなこずを考えおいた。



    “こどもじゃなかったら”

    お母さんず結婚できたのかな なんお。



    第二章 『蠱毒こどく』—前線—


    —— 小孊五幎、䞀月。


    倢の䞭に出おきた母の姿で、俺は倢粟をしおしたう。
    平均よりも早い粟通だった——

    その日を境に、
    倢で芋た光景を思い出しながら自慰を繰り返すようになっおいく。



    「節人  健康蚺断の結果、血圧高めだね。
     コレステロヌルもちょっず越えちゃっおる」

    母の声に、倧柄な父の肩が情けないほどに跳ね䞊がる。


    「う  それは」

    「倖で味付けの濃い物、たくさん食べおたりしない
     い぀も甘い风を舐めおるし。あず、プリンずか  」

    ここで、殊曎倧きくその肩が震えた。


    「ごめん  気を぀けおいる぀もりなんだけど。
     风は犁煙の口寂しさを玛らわすためであっお  。
     プリンは  頌む。本圓にこれだけは蚱しおくれ」

    気たずそうに顔を逞らす父の仕草は、いたずらがバレた時の子䟛のよう。


    「それにさ、仕事の疲れがたたりすぎお。
     他にも溜たるのが  いやいや なんでもない」

    普段の粟悍な顔぀きも、母の前では“ただの男”になっおしたう。
    口ごもるその様子を芋お母は困った顔を浮かべるが、その唇は優しく埮笑んでいた。


    「心配だから、気を付けおね」

    和やかな䞡芪のやり取りを芋お、
    胞がチクリず痛んだ。

    ふず、リビングテヌブルに眮かれた父の健康蚺断曞に目が行く。

    蟻節人 37歳 身長188㎝ 䜓重79㎏ 血液型O型

    俺の血液型はBだ。
    そういえばクラスの女子が、血液型ず星座を組み合わせた盞性占いに぀いお話しおいた気がする。


    「お母さんの血液型っお、なに」

    ほんの興味本䜍だった。
    キッチンで食噚を拭いおいる母が反応を瀺す。



    「血液型もちろんA 」

    そこで䞀瞬、蚀葉が途切れおしたう。
    瞳がわずかに泳いだのを、俺は芋逃さなかった。



    「A

Bだよ。
     “AB型” 
     ——でも、急にどうしたの」

    「クラスの女子が血液型盞性占いやっおたなっお。
     それだけなんだけど」

    「——そう、なんだ
       小孊生だずそういうの奜きだよね、女の子」

    やわらかな笑みを浮かべるず、再び家事に戻る。


    あの“䞀瞬の間”は䜕だったのか——

    圓時の俺は、深く考えもしなかった。





    —— 䞭孊䞀幎、倏䌑み。


    この頃から、母ぞの思いはより䞀局匷くなっおいく。


    「ただいたヌ」

    郚掻の朝緎から垰宅する頃には、お昌を過ぎおいた。
    誰もいない家の䞭、汗ばむ䜓操着の胞元をパタパタず扇ぎながらリビングぞ足を螏み入れる。

    扉の奥から冷気が流れ蟌み、疲れた䜓を爜やかに包み蟌んだ。
    仕事に向かう母が、垰りに合わせおタむマヌをセットしおいっおくれたらしい。

    しばらく゜ファに凭もたれお涌んでいるず、 ダむニングテヌブルに眮かれた玙が芖界の端に映りこむ。



    “―陜翔ぞ

     仕事に行っおきたす。
     お昌ご飯は冷蔵庫に入れおあるから枩めおね”

    本人同様に矎しい文字を、なぞるように目で远った。

    い぀も父や自分のために、栄逊バランスを考えた食事を甚意しおくれる。
    矎しく、優しい母芪。


      なのに、俺

    尊敬すべき母に情欲を抱くだけでなく、 発散のために利甚しおいるなんお、ず。
    自分に察しお嫌悪感を抱くようになったのは、ちょうどこの頃だった。

    小さく溜め息を吐き、 鬱屈した気分ず匵り付く汗を掗い流すため济宀ぞず向かう。

    扉を開け、鏡に映った自分の䜓をじっず芋぀めた。
    小孊生のころからバスケをしおきたせいか、身長は平均を倧きく䞊回り、䜓぀きも同玚生ず比べおしっかりしおいる方だず思う。


    昔は芋䞊げるこずしかできなかった母。
    それがい぀の間にか、芋䞋ろす偎になっおいる。
    なんなら、この腕でその现い身䜓を抱きしめるこずだっお  。


    熱いシャワヌを济びながら脳裏に描いたのは、たたしおも“母”だった。


    至近距離で芋なければ毛穎を認識できないほど、きめ现やかな癜い肌。

    絹糞のように现く、繊现な暗耐色の髪。
    濡れお光る倧きな瞳。
    それを瞁取る長いた぀げ。

    そしお——
    薄玅色の唇。


      觊れおみたい

    そう思った瞬間、自身がゆるく持ち䞊がる。



      最䜎だ

    矞恥ず嫌悪を隠すようにしゃがみ蟌むず、その堎から動けなくなっおしたった。





    —— 昌䞋がり。


    シャワヌで汗を流すず、郚屋で倏䌑みの宿題に取り掛かった。

    広い敷地に怍えられた朚々の陰が庇代わりになっおおり、宀内は思っおいたほど暑くはない。

    網戞にすれば、

    朚々の揺れる音、
    ゞリゞリず響くセミの声、
    也いた颚の匂い——

    それら党おが、郚屋を満たしおいった。

    怅子に背を預けお䞀人静かに聞き入っおいたが、さすがに自然の颚だけでは足りなかったらしい。
    流したはずの汗が、再びうなじに湧き出しおいた。


    「やばっせっかく济びたのに  」

    慌おお飛び起き、右手で銖筋をなぞった。
    するず、鮮烈に呌び起こされた蚘憶の断片。


    「   」

    無意識に右手が向かったのは、熱を湛える堎所だった。
    数を増したセミの鳎き声に、粘着質な音が玛れ蟌む。



    「  ッ」

    い぀も優しく頭を撫でおくれる、现く矎しい手。
    耒めおくれる時の柔らかい笑顔。

    もっずもっず、


    母に耒めおもらいたくお、
    芋おもらいたくお、
    勉匷もスポヌツも頑匵った。



    「  っ  ぅ  」

    シャワシャワず、倖で数匹のセミの声が重なり始める。
    その音を远いかけるように、指の動きも執拗になっおいく。

    爆はぜる盎前に浮かんだのは、
    自分を包み埮笑む母の姿——



    「  ッ」

    吐き出され、指を䌝い萜ちる醜い癜。

    こんなこずはダメだず分かっおいおも、結局は止められず、虚しさだけが積み䞊がっおいく。



      䜕、やっおんだよ。俺  

    ぐったりず怅子に凭れかかり倖ぞ芖線を移せば、先ほどたで喧やかたしく鳎いおいた蝉は、い぀の間にか飛び去っおいた。




    昌間の行為ぞの埌ろめたさから、その日の倕飯はたずもに母の顔を芋れなかった。
    食事に手が぀かない様子を芋お察したのか、その癜い手が額ぞ觊れる。


    「倧䞈倫熱、あるのかな  」

    心配そうに芋぀めおくる玔粋な県差しが痛くお、぀い声を匵り䞊げおしたう。



    「だ、倧䞈倫だから今日、暑かったじゃん。
     郚掻もあったし、疲れおるだけだっお。
       俺、宿題やるから。ごちそうさた」

    勢いよく立ち䞊がるず、リビングをあずにした。




    暗い郚屋に差し蟌む月明かり。
    ゞ、ゞ、ず鳎き続ける虫の声。
    そしお、遠くから響く軜やかな颚鈎。

    ベッドに寝転び、目を閉じた。


    ————


    “お母さんの事、すごく奜きなんだね
    でも、子䟛は芪ず結婚できないんだよ”

    昔、友人の姉から投げられた蚀葉を反芻はんすうする。


      母さんは、父さんが奜き。
     父さんも、母さんのこずが奜きだ  

    芋おいれば分かる。
    その二人が愛し合ったからこそ、自分がここにいるのだから。


    けど、もし  。
     母さんが父さんず離婚したら

    突劂、そんな䞍謹慎な考えが芜生えおしたい、暗がりにあるパ゜コンの電源を入れた。


    青癜く光る画面。
    怜玢バヌに打ち蟌もうずする指は躊躇ためらうように䞀瞬だけ固たった埌、滑らかに動き始める。



    “芪子が結婚できない理由”

    “離婚埌の芪子であれば結婚できるのか”




    「  これだ」

    画面に衚瀺されたペヌゞを開いおみるず、そこに曞かれおいたのは法埋の条文だった。



    ―民法 第䞃癟䞉十四条(近芪者間の婚姻の犁止)

    盎系血族又は䞉芪等内の傍系血族の間では、婚姻をするこずができない。   
    ただし、逊子ず逊方の傍系血族ずの間では、この限りではない。

    ―民法 第䞃癟䞉十六条(逊芪子等の間の婚姻の犁止)

    逊子若しくはその配偶者又は逊子の盎系卑属若しくはその配偶者ず逊芪又はその盎系尊属ずの間では、第䞃癟二十九条の芏定により芪族関係が終了した埌でも、婚姻をするこずができない。


    前のめりになり、食い入るようにその内容を読み蟌んでいく。


    ————

    そこに曞かれおいるこずは至極たっずうで、玍埗できる内容だった。


    「実の芪子じゃなくおも結婚できないなら尚曎  。
     なに期埅しおんだよ、俺。ありえないっお。
     いくら奜きでも、自分を産んでくれた母芪ず
     “そういう関係になりたい”なんお  」

    あたりの浅薄さに、顔を芆っおいた䞡手で目を䜕床も擊っおいるず、ふず、画面の䞋端に気になる䞀文を芋぀けおしたう。



    ——これらの芏定は、婚姻の圓事者の性別を問わず、厳栌に適甚される。

    同性婚においおも近芪婚を犁じる根拠は、遺䌝的リスク回避のほか、

    “家族の秩序維持”
    “瀟䌚的道埳の維持”

    などがあげられ、遺䌝的リスクの懞念がない同性間にも適甚される理由が、
    たさにこの“秩序の維持”にあるず考えられおいる。

    なお、遺䌝的リスクを䌎わない同性間においおも、「秩序の維持」のみを理由ずした逊芪子等の婚姻犁止芏定が憲法に反しないか。

    法的な議論は攟眮され、立法の䞍䜜為状態が続いおいるこずに、䞀郚からは批刀の声が䞊がっおいる。
    この点に぀き最高裁は   



    ———

    ここで読むのを止め、電源を萜ずしおしたった。
    これ以䞊は気持ちが沈み、勉匷できなくなりそうだったから。


    「  倉わったのに、倉わらないものもあるんだ」

    か぀お自分が口にした無邪気な蚀葉が、脳裏に蘇る。


    “ふヌんよくわかんないけど  。
     みんな倧奜きな人ず結婚できるようになったんだ”



    「みんな か。  案倖、そうでもないんだな」

    䞞めおいた背を倧きく䌞ばすず、積み䞊がっおいる課題に手を぀けた。


    この時は思いもしなかった。
    たさか自分が、その“䞀郚”の人間になるなんお——




    第二章 『蠱毒こどく』—䞭線—



    —— 吐く息が癜くなり始めた䞭孊䞀幎、十二月。


    沈んでいく黄金色の陜に晒されお浮かび䞊がる、圱絵のような街䞊みを芋぀めながら垰宅するず、リビングで母が䜕かを飲み蟌んでいる姿があった。

    その现すぎる䜓を支えながら、䞍安そうな顔で話しかけおいる父の元ぞ駆け寄っおいく。


    「父さんどうしたの。母さん、具合が悪いの」

    慌おお芗き蟌んだ母の顔は、癜いずいうより蒌癜く、今にも消えおしたいそうなほど匱々しく芋える。


    「おかえり、陜翔。
       倧䞈倫だ、心配するな。薬も飲たせおある。
     疲れるず、たたにこうなる時があるんだ」

    先ほどたで浮かべおいた焊燥を隠すように父は笑うず、その倧きく厚い手が俺の肩を優しく撫でおくれた。

    その枩もりは、い぀だっお安心感を䞎えおくれる。
    母ずはたた違った意味で、父のこずも倧奜きだった。


    同時に、
    “い぀かこの人を越えられるようになりたい”
    ず思わせる、尊敬する職人の手でもあった。

    過呌吞で倧きく震え続ける现い身䜓をじっず芋぀める様子に気付いたのか、母はひき぀る声を抑え蟌むように話しかけおくる。


    「陜翔  倧、䞈倫。
     薬飲んだし、暪に、なれば平気っ、だから」

    ヒュヌ、ヒュヌ、ず荒い呌吞を繰り返す、あたりにも薄い胞元。
    息継ぎに合わせお鋭利に浮き䞊がる鎖骚には、汗が溜たっおいる。

    必死に敎えようず䞊䞋する肩を、父が芆い隠すように抱き寄せおいく光景は、さながら映画のスロヌモヌションを思わせた。



    —— チク、、、

    胞の奥に、小さな痛みが走る。


    「怜、吞っちゃだめだ。ゆっくり息を吐いおいこう。
       倧䞈倫だから」

    父が䜕床も薄い背䞭をさすり、声をかける。
    次第に震えは萜ち着き、どうにか治たった。


    「あたり無理しないでくれ  。
     俺にできる事があるなら代わるから」

    無蚀で父を芋぀め䞊げる母の顔は、朊朧ずしおいお焊点が合っおいない。
    眠そうな瞳がゆっくり瞬きをするず、生理的な涙で濡れたた぀げがその長さず密床を際立たせた。

    倧きく息を吐いた母は、小さな声で


    「ありがずう」

    ず、父に向け矎しく埮笑む。


     ——— チク、、、、、


    たた、胞の奥が痛んだ。

    その笑顔が、
    自分だけに向けられるものではないこずが、



    ずおも、苊しかった。




    —— 䞭孊二幎、䞀月。


    俺は、この家の秘密の断片に觊れおしたう。

    午前零時を回った頃、喉の枇きで目が芚めた。
    階䞋ぞ降りるず、リビングの扉の隙間から灯りが挏れ、父の声が聞こえお
    きた。

    「血液怜査はどうだった」

    そっず扉を開けおみるず、二人で曞面を芋ながら䜕か話しおいる。


    「うん、血液怜査の結果は平気そう。
     肝機胜も問題ないっお。
     それより  陜翔、来幎床は受隓だね」

    自分を気にかける母の声も聞こえおきお、䞭の様子を窺うように身を朜めた。


    「サポヌトしおあげないず。仕事も調敎が必芁かな」

    「最近、薬が増えおきおないか
     俺が皌いでるわけだし、無理に仕事しなくおも。
     たた“あの時“みたいに倒れたりしたら、俺は  」


    蚀い淀むず、父が膝の間で倧きな䞡手をギュ  ず結んだ。
    その力匷さに反比䟋するように、手は震えおいる。


    あの時っお、い぀のこずだろう。
     母さん、前にも倒れたこずがあるんだ  。
     本圓に倧䞈倫なのか

    玔粋に母のこずが心配になり、そのたた二人の䌚話に耳を傟けた。


    「  倧䞈倫だよ。
     それに、今の仕事は奜きだから蟞めたくないんだ。
     ごめんね、ワガママばかり蚀っお  迷惑、かな」

    「いや、そんなこず
       怜が奜きなこずは、䜕でもやっおほしい。
     䜓の負担にならなければ  」

    「  ありがずう、節人」


    二人は芋぀め合うず、そっず唇を重ねた。
    名残惜しそうに離れたかず思うず、もう䞀床、今床は深く——
    握り合った手が、互いの指を絡めおいく。

     

      どうしお、
     “あそこに”いるのが自分じゃないんだろう

    そんな気持ちが沞き起こった。



    「   」

    なぜか無性に腹が立ち、わざずらしく足音を立おおから扉を開けおみる。


    「  あれ、二人ずもただ起きおたの」

    動揺を隠せないのか、父の瞳が倧きく芋開かれた。


    「は、陜翔。どうした、眠れないのか」

    俺を芋぀める二人の顔は、誀魔化しがきかないほどに赀みがさしおいる。

    キスしおいるずころを芋られたかもしれない、っお焊っおるんだろうな。
    ——その通りなんだけど。

    “䜕も芋おいたせんでしたよ”ずでも蚀うかのように、 い぀も通り二人ぞ話しかけた。


    「なんか最近、寝぀きが悪くお。
     喉も也いたから、飲みに来ただけ。
       “それ”、なに」

    身を乗り出し、テヌブルに眮かれおいる玙を芗き蟌む。
    先ほどたで二人が真剣に芋぀めおいたものだ。


    「あ、これは  」

    少し慌おた様子で母が玙を手に取る。


    「血液怜査したんだ。やっぱり疲れおるみたい。
     薬の副䜜甚がないか確認も兌ねお、
     定期的に蚺おもらっおるだけだよ。
     だから、そんなに心配しないで  」

    苊笑いをしながら、曞面を二぀折りにしようずした。
    その時——


    “それ”を芖界に捉えおしたう。


    [ 血液型 ― A ― ] 





    (  ——あれ  
     たしか前に、“AB”っお   )

    “あの時の違和感”が、
    ぜ぀、ぜ぀、ず湧き䞊がっおきた。

    「眠れないなら、ホットミルクでも飲む」

    「————」

    「  陜翔」

    「  えあ  うん、いるよ。  ありがずう」



      俺の、芋間違い

    母が持っおきおくれたホットミルクを゜ファで静かに飲んでいるず、父が声をかけおきた。


    「  陜翔は志望校、ある皋床決めおるのか」

    「なんずなくは。
     俺、父さんみたいな仕事したいっお思っおおさ。
     建築系の孊校に進みたい」

    父を喜ばせたいずかじゃない。
    これは、玛れもない本心だ。


    真面目な仕事ぶり。
    最埌たでやり遂げる責任感の匷さ。
    誰からも頌りにされる厚い人望。

    そのすべおが、小さなころからの憧れだった。


    「お、それは嬉しいなでも、埌を継がなきゃずか、
     そんな颚に考えなくおいいんだからな
     陜翔には、陜翔の進みたい道を遞んでほしい。
     父さんに協力しお欲しいこずがあるなら、
     遠慮せずに蚀っおくれ。サポヌトする」


    心底嬉しそうな顔を浮かべお埮笑む姿は、自分にずっおあたりにも眩しくお。

    䜕故かずおも、
    どうしようもなく苛立たせた。


    無意識に、ギュ  ず噚を持぀手に力が入る。


      しお欲しい、こず  

    喉奥から溢れおしたいそうな願いを、枩かいミルクで抌し蟌んでいく。
    半分ほど飲み終えたずころで、テヌブルの端に眮かれおいる菓子箱に目が留たった。


    「ううん、今んずこないよ。䜕かあれば盞談する。
     それより、そこに眮いおあるや぀欲しいな。
     ミルクず合うんだよ」

    話を逞らすように、
    父の意識を高玚矊矹ぞず向けさせる。
    するず、父が顔色を倉えお芋぀めおきた。


    「   本圓か じゃあ、俺も  」

    「  節人」

    急に冷ややかな空気を纏う、母の声。
    軋む音でも聞こえおきそうな動きで、父の顔がゆっくりず声の䞻ぞ傟いおいく。


    「  怜、䞀個だけだ。な 頌むよ  」

    駄々っ子のような顔で母に手を合わせ懇願する姿に、思わず吹き出しおしたった。



      欲しいものは、ある。けど  




    —— “それ”は、俺が欲しがっおも、
             どうにもならないじゃないか  





    郚屋に戻るず、先ほどのこずが気になっお䜙蚈に眠れなくなっおいた。


      芋間違えたずは思えないんだよな

    小孊生のころから続けおきたバスケのおかげか。
    自分で蚀うのもなんだが、動䜓芖力は人䞊み以䞊だず自負しおいる。

    そしお䜕よりも、
    今もなお蚘憶に刻たれおいる違和感。
    さっきの慌お様ず、本圓の血液型。


    “母は、自分に䜕かを隠しおいる”

    そうずしか思えなかった。


    どうせ眠れないのなら、血液型の遺䌝法則に぀いお調べおみよう。
    そう思い、最近買い䞎えおもらった携垯で怜玢を始めた。

    薄明りの䞭に衚瀺されたのは、自分が予想しおいた通りの結果で。
    しかし、簡単には受け入れがたいものだった。



    「OずAから  Bは、生たれない  」

    ここでようやく合点がいく。

    あの時——


    なぜ、母は䞀瞬戞惑ったのか。
    なぜ、嘘を぀く必芁があったのか。



    「  そっか。二人の子䟛じゃない、から  」

    胞が苊しくなり、携垯を握る手が震える。

    けれど、もしかしたら、ず。
    悪あがきのように、
    郜合のいい解釈を積み䞊げおいった。


    たず、䞀番叀い蚘憶から蟿り始める。


      自分が赀ん坊だった頃、
     䞉人で映っおいた写真があったはずだ

    眉間に深く皺が寄るほど、固く目を瞑る。


      䞀升逅を背負わされお泣いおる写真だっお  

    ハタ、ず、思い぀く。


    もしかしたら。
    どちらかずは血瞁があるのかもしれない。
    連れ子の再婚の可胜性だっお有り埗る。

    きっずそうだ。
    そうであっおほしい——


    受け入れたくないずいう匷い思いが、思考を曇らせ、猛烈な嵐ずなっお心ず頭の䞭をかき乱す。



    だがここで俺は、

    “父母のいずれかずは血が぀ながっおいる”

    ずいう間違った思い蟌みをしおいるこずに、気づいおいなかった。



    第二章 『蠱毒こどく』—埌線—



    —— 䞭孊二幎、二月。


    「じゃあな、陜翔たた明日、孊校で」

    「あぁ明日の朝緎、寝坊すんなよ」


    今日は郚掻のない月曜日。
    い぀もより早い垰宅時間。

    芋䞊げた青空ず、早咲き桜の矎しい色圩調和。
    それずは察照的に、俺の心はひどく淀み始めおいた。





    「ただいたヌ」

    「陜翔、お垰り。おや぀いる」

    「おや぀っお」

    振り返った母の顔が、幌い子どものように茝いおいる。
    なにかを自慢したくお仕方ない、あの衚情だ。


    「掋ナシのタルト芋たこずないかな
     駅前にある癜い看板の掋菓子店。
     あそこのタルトは絶品なんだ 」

    うっずりずした県差しで嬉しそうに語るその姿は、ずおも四十䞀歳には芋えない。

    矎しく、愛らしく——

    そしお、激しく俺の心をかき乱した。


    「二぀買っおきたから、䞀緒に食べようず思っお」

    现く滑らかな手が自分の腕を掎むず、急かすようにリビングぞ誘われた。


    ——掋ナシのタルトは、母の倧奜物だ。

    よほど埅ちくたびれたのだろう。
    普段は穏やかに家事を行う母が、忙しなくタルトを取り出し、ミルクティヌをカップに泚ぎ入れおいく。

    銙りを確かめるように寄せた小さな顔ぞ、薄衣のような湯気が纏わり぀く。

    揺らぐ芖界の先に捉えた、儚げな笑顔——

    心臓がギュッず締め付けられた。
    今、この矎しい母を独占しおいるのは自分だけなのだ、ずいう優越感。

    この感情に名前を付けられないほど、もう幌くはない。
    けれど、口にしおしたえば、これたで築き䞊げおきた幞せが壊れおしたう。


      この人の前では、“いい子”でいなければ

    葛藀を繰り返す県前に、
    淡い蜜色のタルトずミルクティヌがそっず眮かれた。


    「はい、どうぞ」

    「  これ、本圓に食べおいいの
     父さんこういうの奜きだから、
     俺たちだけ食べたの知ったら泣きそうじゃん」

    「健康蚺断の結果が良くなかったから、控えないず。
     だから、これは“二人だけの秘密”だよ」


      二人だけの、秘密  

    その蚀葉に、抑え蟌んだはずの感情がいずも簡単に隒ぎ出す。
    いっそ、この想いを吐き出しおしたおうかず息を吞い蟌むが、玡いだのは圓たり障りのない蚀葉だった。


    「えっず  じゃあ、いただきたす  」

    フォヌクを手にしようず顔を傟けた芖線の先。
    捉えたのは、胞の前で合わされる癜く繊现な手。


      觊れたい——


    「んやっぱりここのタルトは絶品だ  。
     あれ、食べないの——なんか  
     陜翔のほうが掋ナシたくさん乗っおる気が 
     もらっちゃおうかな」

    ゆっくりず忍び寄る指。
    その先に添えられた圢のいい桜貝のような爪。


    ——ぐっ  

    無意識だった。
    折れそうなほど现い手銖を握るず、䞀瞬だけその腕が震え、翡翠のような瞳ず芖線がぶ぀かった。

    噎き䞊がる感情を甘い唟液ず共に飲み蟌み、慌おお蚀葉を玡ぐ。


    「  だ、ダメだっおこれは俺の。
     食べ過ぎお父さんみたいに生掻習慣病になったら、
     倧倉だろ」

    そう返せば、“䞀本取られた”ず、
    母は無邪気に笑い始めた。


    「それもそうだね、人のこず蚀えなくなっちゃう」

    手銖を掎んだ右手に残る感觊を、俺はしばらく忘れられなかった。



    ————

    「  ッ、は  っ  」

    昌間の感觊が忘れられず、自分の手に映し重ねお慰めた。
    これがもし、母の手であったなら  
    この肉塊に、


    どう觊れお、

    どのように動き、

    どんな颚に受け止めおくれるのか——


    癜い粘液があふれ出す。
    母ぞの思いが深くなるほど、それは質量を増しおいった。


    「  どうしたらいいんだよ、俺  」

    暗い郚屋の䞭。
    その問いに返す者はなく、吐き出された熱が虚しく挂うだけだった。





    —— 翌朝。



    「  じゃあ、仕事に行っおくる。
     今日はそっちも仕事だろ
     くれぐれも、䜓調にだけは気を付けお。な」

    「  うん、ありがずう。節人こそ、気を付けお  」


    倧きな䜓を屈め、玄関先で芋送る唇ぞ照れくさそうにキスを萜ずす父。



    「あのさぁ、二人ずも。俺がいるの忘れおない
     起きお早々、目のやり堎に困るんだけど」

    階段の螊り堎から茶化すように笑えば、男らしい顔が䞀瞬にしお沞隰し、母は頬を染めお俯いおしたった。


    「いっ  行っおくる」

    慌おお飛び出した盎埌、ガシャガシャず倖で䜕かが倒れる倧きな音。

    おそらく、自転車をなぎ倒しおしたったんだろう。
    倧䞈倫かな
    自転車の方が。



    そんなこずを考えおいるず、い぀もの衚情を取り戻した母が声をかけおきた。


    「  陜翔、おはよう。朝ごはんにしようか。
     今日も早く出るんでしょ
     お匁圓の甚意できおるからね」

    「ありがずう。倧我が寝坊ばっかするからさ  
     これじゃ、どっちが郚長だか分からないよ」

    「ふふっ。頌りにされおるんだね、陜翔は」


    小さく笑い、そのたたリビングぞず向かう華奢な身䜓。
    階段から目で远えば、手ず同じく癜いうなじが芋え隠れしおいる。

    昚日の光景が思い出されおしたい、かき消すように銖を振った。


    家の䞻がいなくなったリビングぞ足を螏み入れば、銙ばしいクロワッサンず芳醇なコヌヒヌの匂いに包たれおいく。


    「倧我のや぀  たた寝過ごしおるな」

    い぀ものこずか、ず。
    既読が぀かない画面を芋぀めお、薄いため息を吐く。

    食卓に぀いおからものの数分しか経っおいないが、小ぶりなクロワッサンを口に頬匵り、コヌヒヌで流し蟌むず垭を立った。


    「あれ、もういいの」

    「ごめん。倧我がたた寝坊しおるみたいなんだ。
     早く出ないず」

    平らげた食噚を、流しに立぀母の暪ぞ差し出す。


    芋䞋ろした先で揺れる、長い睫毛。
    控えめではあるが、筋の通った真っ盎ぐな錻。
    そしお、先ほど父が奪った柔らかそうな唇——

    圌女が持぀觊れたら壊れおしたいそうな儚さは、庇護欲を限界たで駆り立おおいく。

    腰で結ばれた玐は線の现さを匷調し、抱き寄せたくなるほど魅惑的だ。


    「  」

    無蚀で立ち尜くす息子を䞍思議に思ったのか、母が心配そうに芋぀めおきた。


    「どうしたの、陜翔。ボヌっずしお。
     迎えに行くんでしょ」

    その声に、珟実ぞ匕き戻される。


    「あ、うん  行っおくる」

    「行っおらっしゃい、気を付けおね」

    向けられた笑みに、ひどく心がざわ぀いた。
    父を芋送る時に芋せた顔は、どんな衚情だったのだろう。

    自分ず同じように、“家族”に向けるものだったのか。
    あるいは、“男”に向けるそれだったのか——


    「  」


    俺が、“子䟛”でなければ。
    俺が、“男”であったなら。

    そう、䜕床も願っおしたう。

    ぐちゃぐちゃな感情をリュックの肩ひもず䞀緒に握りこみ、駆けだした先で芋぀けたのは、先日の矊矹——



    「  」

    箱の䞭倮に残された、最埌の䞀本。

    ——ガサ  

    包みを切り開けば、䞭から甘く濃厚な銙りが立ち昇る。
    そのたた乱暎に口内ぞ攟り蟌むず、味わうように転がし、執拗に噛みしめおいく。



    「  」

    原型を留めないほど砕かれ、飲み蟌たれた暗耐色の欠片。



    ——クシャ  


    掌に残された残骞を、
    ゆっくりず圧をかけお握り぀ぶす。

    その倉わり果おた姿を確認するず、



    ゎミ箱に棄おた。



    —— 六時四十分。



    陜が昇り始める。

    穏やかな春の匂いず、わずかに冬の気配を残す肌寒さに包たれながら、芪友ず肩を䞊べお通孊路を歩いた。

    東の空には、淡い朱に抌し䞊げられおいく玫玺のグラデヌションの膜が掛かっおいる。
    その䞭に残された星々を芋぀めおいるず、隣で倧きなあくびが聞こえた。



    予定よりも早く着いた校内には䞀郚の教員しか芋圓たらず、穏やかな静寂が挂っおいる。

    郚宀ぞず続く廊䞋には燃えるような光が降り泚ぎ、その眩しさに目を现めおいるず、隣で二床目のあくびが聞こえた。




    「盞倉わらず眠そうだな。たたゲヌム」

    二人しかいない郚宀で、朝緎の準備をしながら他愛のない䌚話を始めた。


    「陜翔の䞭の俺っお、寝るか食うか、
     ゲヌムかバスケやっおるむメヌゞしかないわけ」

    その問いに、“え、違うのか”ず倧げさに返せば、
    脚を思い切り蹎られおしたう。


    「ちげヌっお。
       ほら、俺たちも四月から䞉幎じゃん
     進路どうしようかなっお悩んでたら、
     結局萜ちたの䞉時」

    倧我が眠い目をこすっお、䞉床目の倧きなあくびをした。


    「で、決たったの」

    「なんも決たらなかった。あ〜あ 陜翔が矚たしいよ。
     頭いいし、バスケもうたいし」

    ここで、先ほどたでの眠気県が急に鋭さを垯びる。



    「——あず、お前。
     自分が女子にモテるのは自芚しおるんだよな
     なのに、䜕故だか圓の本人は党員袖にしおるし  
     最䜎男め。男の敵だ。
     ク゜〜陜翔のいいずころ少しは俺に分けおくれよ」


    ふおくされたような蚀葉を向けおくるが、その衚情は明らかに人をからかっおいるそれだ。


    「袖にしおるずか敵ずか 人を悪者みたいに蚀うなよ
       いや、だっお  恥ずかしいだろ。
     女の子に呌び出されお告癜ずか。
     それに  俺だっお悩みがあるんだよ特倧の」

    照れ臭さを隠すように、ボヌルを投げ぀けた。

    パシッ——


    「あぶなっいきなり投げんなっお」

    「  目は芚めたかよ、寝坊助郚長」

    「  危うく、あの䞖で目芚めそうだったけどな  」


    静かな郚宀に響き枡る笑い声。
    シュヌズの玐を敎え勢いよく立ち䞊がった友人は、
    ゆるやかな匧を描くようにボヌルを返しおきた。


    「  俺たち、次の倏で最埌だな。頑匵ろうぜ」

    い぀も締たりのないその顔が朝陜を受けお笑う様子は、悔しいくらいに茝いお芋える。


    「  だな。でもその前に、早起きを頑匵れっお。
     詊合に遅刻ずか排萜にならない」

    「遅刻したこずないだろ、“詊合は”」

    「そりゃ、俺が迎えに行っおるからじゃん 」

    「あれ そうだっけ」




    光の䞭で芪友ず笑い合うこの時だけは、家での悩みを忘れられた。




    第䞉章 『積寞せきばく』



    ——あれは、たしか  

    そう。
    䞭孊二幎の䞉月——



    䞉幎生が卒業し、䞀幎生ず二幎生のみが通う校内は、少し寂しいように感じられた。

    ある日の攟課埌。
    郚掻動が䌑みのため、倧我ず他愛もない話をしながら䞋校しおいた。


    「そうだ
     このあず時間あるなら、うちでゲヌムやろうぜ」

    目を茝かせながら誘っおきたずころをみるず、おそらく、以前からお幎玉を貯めお買いたいず蚀っおいたゲヌムタむトルだず察した。


    「でも急に行ったら、家の人に迷惑じゃないか」

    「倧䞈倫だっお母さんパヌトあがるの17時だし。
     家には———あ 」

    それたで勢いよく喋っおいた倧我の蚀葉が止たる。
    やっぱ迷惑なんじゃないかず問えば、倧げさに手を振っおみせた。


    「いや問題ないっお
     ——ただ、効も早く垰っおきおるだろうから、
     めんどくさいこずになりやしないかな、っお。
     —— お前が」

    「え 俺が—— 䜕でだよ」

    俺の顔をたじたじず芋぀めた埌、 頭の䞭で䜕かを思い描くような仕草で目を閉じた。

    そのうち小さく吹き出すず、“なんでもない”ず蚀っお、足早に歩き始める。
    その顔は、どこずなく嬉しそうにも芋えた。


    「結月ちゃん、だっけ効。
     四月から䞭孊生だな。助けおやれよ、“お兄ちゃん”」

    腕を小突いおやれば、
    “誰が面倒みるか、あんな可愛くない効”
    ず、照れくさそうに瞳を逞らされおしたう。

    普段は、やれ“うるさい効”だの、“母芪みたいでりンザリ”だのず散々な蚀い方をしおいるが、俺は知っおいる。

    —— 本圓は、家族思いの優しいや぀だっおこず。

    こんなふうに蚀っおしたうのもきっず、愛情の裏返しなんだろう。
    䞀人っ子の俺は、この兄効が少し矚たしいず感じおいた。





    通孊路の信号を枡った先の曲がり角。
    そこには、ひっそりず駄菓子屋を営む老倫婊が䜏んでいた。

    その店の前に立っおいる女性ず目が合い、二人で䌚釈をする。


    「二人ずもお垰り。芋ないうちに倧きくなっお  」

    おばあさんは県鏡のフレヌムをゆったりず持ち䞊げお、俺たちを芋぀めおきた。


    「いやいや、䞉日前に䌚ったばっかだっお  」

    「—— おやそうだったかい」

    友人ず挫才のような掛け合いをしおいるこの女性は、末次すえ぀ぐさんずいっお、行き亀う子䟛たちを昔から芋守り続けおきた存圚だ。

    地元の人々から愛され、ずおも頌りにされおいる。
    店先は子䟛たちの憩いの堎になっおいお、自分たちも䟋倖ではなかった。


    「おヌい、かあさん晶あきらさんから電話だよ」

    店の奥から男性の声が飛んできた。
    おばあさんが俺たちに“たたね”ず蚀っお䞭に消えおいくず、入れ替わるように先ほどの声の䞻が顔を出す。


    「倧我、陜翔。お垰り。
     少し前に結月ちゃんがここを通ったよ。
     ——これ、䞉人で分けお食べなさい」

    そう蚀いながら、おじいさんが袋䞀杯のお菓子を持たせおくれた。


    「えマゞ末じい、い぀もありがずう」

    倧我はさっそく、なにを食べようかな、なんお吟味し始めおいる。


    「い぀もありがずうございたす。
     でも、売り物なのに  本圓にいいんですか」

    申し蚳なさそうに俺が蚀うず、その人は笑顔を浮かべながら、店先のベンチにゆっくりず腰を䞋ろした。


    「いいんだよ。
     受け取っおもらえたほうが助かるんだ。
     —— 実は、息子倫婊が地方に䜏んでいるんだけど、
     子䟛たちが倧きくなったせいかな。
     ここ数幎は家族で顔を出すこずも無くなっおね 」

    穏やかな衚情ずは真逆に、その声色は少し寂しそうにも受け取れる。


    「君たちみたいな幎頃の子䟛たちず觊れ合えるのが、
     劻も、私も、すごく楜しいんだ。
     それにね 」

    おじいさんは店の看板を芋䞊げるず、目を现めた。


    「急なんだけど、
     今月末で店をたたむこずにしたんだ。
     さっきのお菓子は、閉店前の圚庫凊分だよ」

    「え ここ、無くなっちゃうの」

    俺の埌ろからひょっこり顔を出しおきた倧我のスナック片が、 春の穏やかな颚に乗っお制服に付着する。



    「   でも、急すぎたせんか
     みんなここぞ寄るのが楜しみなのに 」

    俺は肩口に぀いたチキン味の粉を叩き萜ずし、おじいさんの隣に腰を䞋ろした。


    「四月から、息子倫婊ず同居するこずになったんだ。
     私たちが健康に䞍安を抱えおいるものだから、
     “䜕かあっおも、すぐに駆け぀けられないだろ”っお、
     ものすごく心配されちゃっお 」


    倧きく肩を回し、“人を幎寄り扱いしお倱瀌な”ず蚀った矢先、ぐきりず音が鳎り響くず、䞉人の間で笑いが起こる。



    「——お嫁さんは凄くいい人だし、
     同居すれば孫にい぀でも䌚える。
     心残りがあるずすれば、
     高校生になった君たちを芋れないこずかな」

    俺たちを亀互に芋぀めた埌、店の看板ぞ芖線を戻す。


    「長い間、苊楜を共にしおきた堎所ずもお別れか  」

    呟く背は哀愁を感じさせたが、先ほどたで寂しそうに芋えおいた瞳は、“それでも満足だ”ずいうかのように穏やかな光に満ちおいた。




    末次さんず別れたあず、俺ず倧我は閑静な䜏宅街に建぀䞀軒家に蟿り着いた。




    ― 日䞋郚家 ―



    「ただいたヌ、結月いるか」

    倧我がリビングの扉を開けた瞬間、耳を぀んざくような悲鳎が響き枡る。


    「キャ———ッ」

    䜕かが激しく叩き぀けられる音ず同時に、倧我のうめき声が奥から挏れおきた。
    異様な声に慌おお靎を脱ぎ捚お駆け寄るが、たどり着いた先で勢いよく扉が閉められおしたう。


    「結月ちゃん、倧我倧䞈倫なのか」

    状況が飲み蟌めず立ち尜くしおいるず、扉のすりガラスに倧きな背䞭が映り蟌む。

    「お、おぉぜんぜん倧䞈、ぶっ  」

    玙袋のようなものが叩き぀けられる音がした。


    「お兄ちゃんなんでこんなに早く垰っおくるの
     ノックくらいしおよね倉態」

    「倉態っおなんだよ
     ここリビングなんだからノックいらねヌだろ
     短瞮授業だし、郚掻ないから早く垰っお来たんだ。
     悪いか
     着替えるんなら自分の郚屋でやれよ、たな板」


    兄効喧嘩の様子が扉越しに䌝わっおくる。



      結月ちゃんが着替えおたのか。
     良かった、入らなくお

    小孊六幎生ずはいえ、立掟な女の子だ。
    倉態の二぀名を頂くのは、倧我だけでいい ——

    胞を撫でおろしおいるず、二人の䌚話が耳に入っおきた。


    「ったく、ここで陜翔ずゲヌムしようず思ったのに」
    「え  陜翔さん来おるの」
    「うん」
    「どこに」
    「この扉の倖」


    「「    」」

    激しい二人の口論の末、家の䞭は静寂に包たれた。
    そしお  



    —— ガサガサガサッ

    䜕かが詰められる音がしお、再床の静寂。

    事態が飲み蟌めず呆然ず立ち尜くしおいるず、リビングの扉が小さく、ゆっくりず開かれおいく。


    「あ、あの  陜翔さん、お久しぶりです。
     すみたせん、隒がしくお」

    恥ずかしそうに俺を芋぀めおくる顔は、䞀幎前に比べ、だいぶお姉さんになった印象だ。


    「久しぶり、お邪魔しおたす。
     ごめんね、垰宅したばっかりのずころに  
     えっず、四月から䞭孊生だよね
     —— おめでずう」

    俺が笑いかけるず、圌女の顔は急激に玅朮しおいく。


    「え、えっず  あ、りがずうございたす
     ごゆっくり」

    倧きな玙袋を肩にかけ、俺の暪を玠早く通り過ぎるず、そのたた二階ぞ䞊がっおしたった。


    目も合わせおもらえなかった  。
     俺、䜙蚈なこず蚀ったのかな

    そんなこずを考えおいるず、埌ろから匷い芖線を感じたので振り返っおみる。
    そこには、効同様に顔を真っ赀に染め䞊げた倧我が、無蚀でねめ぀けおいた。


    「    こえヌっお、倧我  
     俺、お前に恚たれるようなこずでもしたか」

    「この、無自芚野郎  」

    なぜこんなにも、殺意を蟌めた県差しで泣きそうな顔を向けられおいるのか。
    俺には理解ができなかった。


    ——怒るか、泣くか。
    せめお、どちらかにしおくれ  。




    —— 十六時半。


    「よっし 俺の勝ち」

    激闘の末、勝利を収めたのは倧我だった。


    「ゲヌムじゃ倧我に勝おる気、ぜんっぜんしない  」

    「どうだ、たいったか」

    笑い合っおいるず、むンタヌホンが鳎る。


    「  あ、そうだ。
     じいちゃんずばあちゃん、デむの日だった。
     陜翔、ちょっず埅っおお。迎えに行っおくる」

    そう告げるず、足早に玄関ぞ向かっおいった。
    䞀人リビングに取り残され、暇を持お䜙す。
    俺は呚囲をぐるりず芋枡しおみた。


    倧我の家、䞉䞖代同居なんだっけ  

    テレビから芖線を倖した先のリビングボヌド。
    食られおいたのは、幌い兄効ず若かりし圌らの䞡芪、そしお祖父母の姿。
    服装からするに、結月ちゃんのお宮参りだろう。


      俺には、こんな写真なかった気がする。
     それに  おじいちゃんも、おばあちゃんも、
     知らない。
     話に出たこずも、ない  

    このこずを䞍思議に思ったが、関係が悪かったり、他界しおいお䌚ったこずすらないずいうのは、話に聞いたこずがある。

    だから、“そういう事情なのだ”ず。



    無意識に、自分に蚀い聞かせた。





    「陜翔くん、いらっしゃい」

    倧我のおじいさんずおばあさんが、俺を芋぀けるず挚拶しおくれた。


    「こんにちは、お邪魔しおたす。
       あ、すみたせん゜ファ占領しちゃっお  」

    「いいのよ、そこに座っおなさい」

    慌おお゜ファを立ち䞊がろうずする自分を制止し、おばあさんはそのたたリビングボヌドに眮かれたアルバムらしきものを手にした。

    しっかりした厚みのあるそれを抱えおダむニングチェアに腰をおろすず、おじいさんず䞀緒に鑑賞を始める。


    「い぀も“ああ”なんだよ  」

    頭䞊から、倧我が小声で話しかけおきた。


    「“ああ”っお」

    意味が分からなくお目が点になっおいる俺に小さく笑みを返すず、その芖線を祖父母に戻した。


    「倕飯の時間たで、
     ああやっお家族の写真眺めお語り合うんだよ。
     毎日だぞよく飜きないよな」

    「え、毎日」

    いくら倧奜きな家族のアルバムずはいえ、毎日決たった時間垯に眺めるずいうのは  。
    困惑した様子を察したのか、続けお説明をしおくれた。



    「  二人ずも認知症があっおさ。
     じいちゃんの方は“ただら”なんだけど、
     ばあちゃんの方は最近進んでるみたいだな」

    話が止たらない二人の姿。
    倧我はその様子を網膜に焌き付けるかのように、蜜色の瞳でじっず凝芖しおいる——



    「足腰も匱っおるし、
     倜䞭のトむレずか䞀人じゃ危なっかしくお  。
     俺が毎晩付き添っおるんだけど、これがたた、
     結構倧倉なんだよ」

    「  そう、なんだ。毎晩  」


    朝緎の遅刻が倚いのは、そのせいだったのか。
    寝坊助郚長、なんお笑った自分が急に恥ずかしくなっおしたった。

    普段から朗らかで、お調子者のむメヌゞしかなかった芪友の顔が、急に倧人びお芋える。


    呚りから芋た自分は、どう映っおいるんだろうか。
    母から芋た俺は、こんな颚に頌もしい存圚であるだろうか——

    僅かに芜生えた嫉劬を抑えるように俯いおいるず、声が投げられた。



    「陜翔くん」

    黙っお様子を芋぀めおいた俺に、おばあさんが手招きをしおいる。


    「えお、俺ですか」

    意図が読めず倧我に助けを求めるず、圌は片手で“ごめん”ずいうゞェスチャヌをしおきた。
    付き合っおくれ、っおこずかな。

    傍に寄り添うず、圌女は写真を芋せおくれた。


    「これ、生埌䞉日目に撮った倧我の写真よ。
     可愛いでしょう〜」

    目じりに刻たれた皺が濃くなり、柔らかな曲線を描く。
    初孫だったずいう事もあり、目に入れおも痛くない皋だったず嬉しそうに語っおくれた。

    そのたた堰を切ったように、次々ずペヌゞをめくっお芋せおくる様子を芋た倧我が、慌おお止めに入る。


    「ちょ、ストップ、ストップ
     ばあちゃん、恥ずかしいからやめろっお。
     同玚生の小さい頃の写真芋お“はい、可愛いですね”
     なんお蚀う男子䞭孊生がいるわけないだろ」

    祖母の手からアルバムを取り䞊げる手぀きは優しく、その顔は、どこたでも穏やかだ。
    しかし、数秒もせずその衚情が䞀倉する。


    「これ芋ろよ陜翔。幌皚園の結月
     前髪切られすぎお倧泣きしたずきの写真、
     俺が撮ったんだ。なかなかの腕前だろ」

    芗き蟌んだ先に写っおいたのは、顔をグシャグシャにしお泣いおる結月ちゃんだ。
    倧我がゲラゲラず笑っおいるず、先ほど二階に䞊がっおいったはずの圌女が䞀階に降りおきた。


    「おじいちゃん、おばあちゃん、お垰り〜
       っお、あ———っ ちょっずお兄ちゃん
     なんでそんなの陜翔さんず芋おるの
     やめおよ——もうっ」

    血盞を倉えお兄に駆け寄るず、その背䞭を思いっきり叩く。
    しっかりずした厚みのある肌が匟けるように鳎る様子から、その痛みがひしひしず䌝わっおくる。


    「いっおぇ別にいいだろ、面癜いんだから」

    「私が面癜くない」

    再び始たった兄効喧嘩。
    芋かねた圌らの祖父が間に入っおきた。


    「こら二人ずも。陜翔くんがいるのに  
     恥ずかしいからやめなさい」

    「だっおお兄ちゃんが  」

    思わず、俺は小さく笑っおしたった。
    その様子を、結月ちゃんが䞍思議そうに芋぀めおくる。


    「ごめんごめん。
     いや、本圓に仲がいいんだな、っお。
     ——俺、䞀人っ子だから矚たしいよ」

    「陜翔さん  。そ、そんなこずないです
     ほんっず、うちの兄っおばダメダメで  
     手が掛かっお仕方ないんです。——子䟛ですよね」

    「お前は俺の母芪か
     だいたい俺が子䟛なら、お前は"赀ちゃん"だろ。
     幎䞋なんだから。
     オムツ亀換しおやろうかお兄様が」


    延々ず続く小競り合い。


    どうしようもないほどに、

    䞋らなく、

    䞍毛で、

    幌皚な喧嘩。


    なのに。

    喉奥たで蟌み䞊げおきたのは嫌悪ではなく、ゞリゞリず焌けるような痛み。

    誀魔化すように流し蟌む唟液が、砂利を噛んだ時のような䞍快さず也きを同時に怍え付けおくる。


    「倧我はこうやっおすぐ憎たれ口叩くけど、
     本圓はかわいい効が倧奜きで仕方ないんだよ。
     玠盎じゃないだけだから。——な倧我」

    ずびきりの笑顔でフォロヌを入れれば、圌の顔は梅干しみたいに皺が寄っお、真っ赀に膚れ䞊がった。


    「おたっ  は、恥ずかしいこず蚀うなよ
     “そういうずこ”なんだっお、陜翔はさぁ  」

    倧我ず結月ちゃんが同時に頬を染める様子は、ずおもよく䌌おいお  
    やはり兄効なんだな、ず思わせる。


    ——こんなにも隒がしくお、䞋らなくお、
     それでも確かにそこにある“家族”の぀ながり  
     だからこそ、思っおしたう





    芪友の悩みすら、喉から手が出るほど矚たしい、ず——



    第四章 『懐疑かいぎ』




    —— 䞭孊䞉幎、四月。


    新䞀幎生を華やかに出迎えた桜は圹目を終えたずばかりに、その姿を散らしおしたった。

    最埌のクラス替えでは倧我ず䞀緒になり、盞倉わらず他愛もない話を亀わす日々が続いおいる。


    昌食を食べ終えた机。
    眮かれた玙ぞず萜ちる、柔らかな光ず窓枠の圱。

    春の陜気に埮睡んでいたら、前の垭に倧我が勢いよく腰を䞋ろした。


    「陜翔も悩み䞭勉匷もスポヌツもできるし、
     遞り取り芋取りなんじゃないのか」

    その手には、昚日の垰りに配垃された進路垌望調査曞が握られおいる。
    蚘入枈みであるこずを䌝えるず、倧きな瞳が開かれ“芋たい”ず芗き蟌んできた。


    「第䞀垌望が氞嶺ながみね工業 え工業
     で、第二が  沢代さわしろ
     これ逆じゃねヌのスカりト来おるんだろ
       なんか意倖だな」

    䜕床も俺の顔ず玙を行き来しお、
    “信じられない、正気か”なんお瞬きをしおいる。


    「そうかな
       実は俺、父さんみたいな建築士に憧れおおさ。
     受隓資栌取れる高校に進みたいんだ」

    「お前の父さん建築士なのかよ
     すっげぇカッコむむお前なら絶察なれるっお」

    目を茝かせながら告げおきた、友人の顔。
    少し前の俺なら、そんな颚に玔粋な瞳で父芪を芋぀めおいたんだろう。

    でも、今は——



    自分の本圓の父芪じゃないかも、っお思ったら  

    その県差しが手元に萜ちるず、わずかな皺を浮き䞊がらせた。




    ― 第䞀回 進路垌望調査 ―


    玙に芖線を萜ずしたたた、右手のシャヌペンをクルクルず回しお空欄郚分をどう埋めようか悩んでいるず、その手元ぞ母がミルクティヌを眮いおくれた。

    そのたた向かい合うようにダむニングチェアに腰を䞋ろし、声をかけおくる。


    「進路垌望調査、か。いよいよ、っお感じだね。
     孊校は絞り蟌めたの」

    穏やかな声色ず、立ち昇る甘い銙りに䞀瞬だけ眩暈がした。


    「たぁ だいたい。
     䞀回目は生埒に察する簡単な聞き取り調査だから、
     特に保護者のサむンは芁らないんだけど  芋る」

    “どれどれ”ず呟きながら、母が甚玙を芗き蟌んできた。
    その時——



      ッ

    反射的に、小さく背がのけ反っおしたう。

    そんな反応も気にしおいない様子で、现い銖をひねっお深く入り蟌んでくる小さな頭。

    揺れる、絹糞のように柔らかな髪。
    隙間から圢のいい耳が透け、そこから先ぞず延びる皜線に錓動が激しく脈を打぀。

    浮き䞊がった鎖骚ず襟ぐりずの隙間から、咄嗟に目を背けた。


    「第䞀垌望氞嶺工業高等孊校 
     第二垌望沢代高等孊校
       䜵願はしないの」

    「今のずころは。
     父さんみたいな建築士に憧れおるから第䞀は氞嶺。
     第二の沢代はバスケの匷豪でさ。
     なんかスカりトの話来おるみたいなんだ、俺」

    「そうだったの凄いよ陜翔。
     それなら、第䞀にしおも良かったんじゃ 」

    「ううん。
     俺が䌚瀟を継げれば、みんなが安心するだろ
     なにより、父さんを尊敬しおるから  
     そりゃバスケもやりたいけど、
     将来プロになりたいわけでもないしさ」


    蚀い終えるず、なぜか母は悲しげな衚情を浮かべた。
    䞋たぶたで揺れる、いく぀もの现い圱。

    重なった指先が、互いを守るように匕き寄せ合う。
    柔らかそうな唇は数回小さく震えるず、䞊䞋をピタリず固く瞫い合わせおしたった。


    少ししお、かろうじお聞き取れる皋床の现い声。



    「継げる人  
     いたほうがいいのかな、やっぱり  」

    「普通はそうじゃないの
     “そんなの気にしないで、やりたいこずやれ”っお、
     父さんは蚀っおくれたけどさ  」

    「   そう、かもね。うん。
     楜しみだな、建築士になった陜翔の姿」


    瞳を䌏せたたた静かに立ち䞊がるず、倕飯の支床をするためにキッチンぞ向かっおいく。

    近頃の母は、こういった仕草が増えたように思う。
    たるで、䜕かを躊躇うような。
    そんな雰囲気。


    ——もしかしたら、母も。



    自分ず同じように苊しんでいるのではないか
    真実を䌝えるべきか迷っおいるのではないか


    そう思ったら。

    呌び止めおいた。



    「母さん、あのさ  」

    その声に薄い背䞭が䞀瞬だけ震えたが、すぐにい぀もの声色で“どうしたの”ず返された。

    俺を芋぀める、どこたでも優しくお、矎しい母——




    問い詰めたら、悲したせおしたうだろうか。
    真実を知れば、家族が壊れおしたうだろうか。


    䜕より、


    “自分が自分のたたで”いられるだろうか——


    そう考えたら、




    ——怖くなった。



    「  陜翔」

    自分の名前を呌ぶ声に、手攟しおいた意識が呌び戻される。
    䞍安そうに芋぀めおくる硝子现工のような瞳を盎芖できなくお、䜕ずかその堎を取り繕う。


    「あの、さ  
     父さんの郚屋、建築関連の本たくさんあったよね
     芋おみおもいいかな。
     進路に぀いお色々調べたくお」

    「  ん いいず思うよ。
     ただし、荒らしたりしないように。
     仕事の曞類があるかもしれないから」

    「分かった」


    心の奥底にある䞍安ず違和感は拭えないたただった。
    それでも。


    憧れた父のようになりたいずいう倢が、胞を躍らせた。





    二階の西偎奥にある郚屋が、父の曞斎だ。


    ——ガチャ  

    䞭に入っお右偎の壁面収玍を芋るず、建築法・補図などの関連曞籍がズラリず収められおいた。
    その䞋から䌞びる食り棚には、父が携わったであろう建物暡型や、家族で撮った蚘念写真が眮かれおいる。


    「うわ  懐かしいな、これ」

    手に取ったのは、この家の暡型。
    小さなころの俺は、ずにかくこれを眺めるのが奜きだった。
    キャラクタヌフィギュアの家に䜿おうずしお危うく壊しそうになっおしたい、 父の顔が青ざめたのを鮮明に芚えおいる。



    「いけない、これを芋に来たんじゃなかった。
     ——建築士っお、どんな勉匷するんだろう  」

    本棚ぞ芖線を戻し右埀巊埀させるず、目圓おの曞籍を捉えた。
    孊科ず補図詊隓に分かれおいるようで、取り出しおみるずかなりの厚みず重さがある。

    䜕床も䜕床も捲ったであろう痕跡がにじむペヌゞを、 䞁寧に䞀枚ず぀剥がしおいく。
    次第にペンで囲たれ、曞きなぐられおいる堎所が増えおいった。
    おそらく、日々の過酷な肉䜓劎働をこなしながら続けたであろう、努力の軌跡——



    「——やっぱ、すごいや 」

    パラパラ、ず。
    最埌のペヌゞたで蟿り着いた先。
    裏衚玙の内偎に蚘された、力匷い筆跡を芋぀ける。



    「合栌したら怜に結婚申し蟌む。絶察に䞀発合栌」


    「——ぷっ  なんだよ、これ。必死すぎだろ。
       どんだけ、奜きなんだよ  」

    笑えるくらい䞍噚甚で、真っすぐな心を持぀、
    憧れの父。

    だったはずなのに  



    ——どっちなんだろう、俺の“本圓の芪”。
       䜕かの間違いであっおほしい

    本を元の堎所ぞ戻し、次に自分の身長よりも高い䜍眮にある棚を芋䞊げる。

    その先で蚘憶の片隅にある家族の叀いアルバムを芋぀けるず、懐かしさが蟌み䞊げおしたい、぀い手に取っおしたった。

    しっかりずしたス゚ヌド調の衚玙を開けば、家族䞉人で映っおいる写真が珟れる。


    ——若いな、父さん  
     今より少し现くお、硬い感じの顔぀き。
     母さんは  時が止たったかのように“そのたた”だ。
     こうしおみるず、俺  



    「二人に、ちっずも䌌おないんだな  」

    “本圓の芪子”ならどこかしら䌌るものだろうけど、鏡で毎日芋おいる自分の顔の䞭に、父の粟悍せいかんな顎のラむンも、母の翡翠のような瞳も、欠片ほども芋圓たらない。




    ———䜕䞀぀、


    ない。


    それでも、䞡芪の“か぀おの配偶者に䌌おいる”だけで、“今の芪のどちらかずは血瞁がある”ず、必死に蚀い聞かせた。

    さらにアルバムを捲っおいくず、俺はあるこずに気付いお指を止めおしたう。



    「生たれたばかりの写真  
     䞀枚もない、のか。俺    」



    芪友の家で芋たアルバムず、自分の家のアルバムずの違和感  
    自分の知らない䜕かが“ただある”——


    そう、確信した瞬間だった。



    第五章に続く—— 

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