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1幎間、図曞通勀務したら小説からコミック゚ッセむの䞖界に突撃した話。

    私は趣味以䞊、職人未満の゚ッセむ挫画家だ。
    ペンネヌムは『癜田シロ』ずいう。ずおも芚えやすい。

    私は普段、経隓や思ったこずを敢えお挫画媒䜓で衚珟する『コミック゚ッセむ』を描いおいる。
    己の山あり谷ありな人生を、挫画ずいう『゚ンタメスパむス』を山ほどかけお、想いを昇華するのが䜕より気持ち良く、それでいお挫画を描くこず自䜓も゚キサむティング。
    挫画を描くのは楜しい。
    かれこれ10幎、コミック゚ッセむを描き続けおいる。

    では䜕故、文字媒䜓である『゚ッセむ』を今、曞いおいるかずいうず、私は元々『自分の曞籍を出したい』ずいう倢が小さい頃からあった。

    そしおその『曞籍』は『自分が曞いた珟代小説』だった。

    私は12歳の時、小説に魅了され文孊少女ずしお開県。䞭孊生では芋事、呚囲に銎染めずいじられキャラを確立。10代の少し苊くも甘酞っぱいフレッシュな思春期時代を倧谷遞手ばりのホヌムランで打ち攟った。

    そしおその甘酞っぱい果実を手攟した先には、今は亡き父の自䜜PCの前で、日倜オリゞナル小説を曞き続けおいた。ノベルサむトを運営しおは自䜜小説を発衚し、賞に片っ端に応募しおは片っ端に萜遞し、悔し涙を流す日々。

    19歳、フラフラず地元でフリヌタヌをやっおいた時、図曞通で嘱蚗瀟員ずしお雇っおもらえた。
    お局様圚䜏の女性だけの瀟䌚に初めお觊れた私は、そこで初めお『仕事が党然できない若造』ずいう称号を吊応にも手に入れた。

    人間関係は最悪だった。
    陰口・悪口、果おには盎球の暎蚀など 。
    でも今、40歳を間近にしお振り返るず「たあ 暎蚀は良くないけど 。䞀蚀いっおやりたくもなるよね 」ずも思える。その皋床には私は空気も読めず、瀟䌚に混じるこずができなかったのだ。

    図曞通勀務はずおも蟛かった。でも環境は倧奜きだった。
    倧奜きな本がギッチギチに収玍され、雑誌も挫画も取り扱っおいれば読み攟題・芋攟題。絵本も、図鑑も、ラむトノベルも、映画のビデオも 。

    私はお局様から毎月少なくずも1冊は本を読むよう指導され、お局セレクトの䞀冊を月初めに授かり、「興味ないゞャンルだな マゞわかっおねぇわ。぀たんねぇ 」ずか思いながらも読了。根は䞭途半端に真面目だから、読み終えおは感想を䌝え、お局様の機嫌を損ねないように必死に振る舞った。

    自己啓発本は自分からすすんでよく読んだ。
    私は人䞀倍仕事ができないから、『仕事ができるようになる系』の本をたくさん借りお読んだし、癒しを求めお幌皚園時代に読んだ絵本をたくさん借りた。

    そしお、私の倧奜きな『珟代文孊』もたくさん読んだ。
    お局様なだけあっお矀を抜いお本を読んでいたのは圌女だったが、私も自分奜みの本を借りおはバカみたいに読んでいた。

    小説・゚ッセむ・詩・実録もの。
    そしおそこで出䌚った䞀冊のコミック゚ッセむ 。

    このコミック゚ッセむに出䌚わなければ、私は挫画の䞖界に方向転換せず、開花するかわからん小説界隈の䜏人になっおいたず思う。

    盞倉わらず職員にいびられお人間関係はストレスMAXだったが、それでも仕事は奜きだった。
    その䞭でも、利甚者様から返华された本をPCで返华凊理し、本を䞀冊䞀冊棚に戻しおいく䜜業が奜きだった。
    そこで芋぀ける、色ずりどりの本の背衚玙、ずきめく装䞁。私をワクワクさせるず同時に、知らない䜜家・知らない䞖界ぞの入り口に立たせおくれる䜜業だった。

    本くらい棚に戻せるだろうず、お局䞀行もその䜜業は私に蚗しおくれた。私は嬉々ずしお返本凊理ず、䞀冊䞀冊、䞁寧に本を棚に戻しおいった。
    そしお仕事垰りには、気になった本を䜕冊か借りおは家で読み、自分の小説をがむしゃらに曞き続けおいた。小説サむトの運営も楜しく順調。倢䞭で読んで曞いお、自分なりに必死に働いおいた。

    今でも思い出す、叀い建物の図曞通に敷き詰められた玙の匂い。毎日時代小説を借りおは速攻読んで、翌日には返华に来るおじいちゃん。
    お母さんの目を盗んで絵本にクレペンで萜曞きしおしたい、平謝りするお母さん+䜕で母が謝っおいるのかただわからない幌児。

    性別・幎霢・囜籍関係なく借りられおいく様々なゞャンルの本たち。
    職堎の人間関係は本ッ圓に最悪だったし、出勀前は胃が痛んだが、仕事は倧奜きだった。

    だが転属を呜じられ、私の図曞通勀務はたった1幎で終わっおしたった。

    のちに退屈な䜓育通の事務員をやるこずになったのだが、私は小さな小さな村のような町にある図曞通で出䌚った、䞀冊のコミック゚ッセむが忘れられなかった。

    ゚ッセむなのに挫画なのである。どういうこずだ。なんおハむブリット。
    20歳の春、私の挫画意欲に火が付いた。

    私は小説を曞くのを蟞めた。
    そしおコミック゚ッセむを描いた ずいえば王道ルヌトなのだが、同時期に『同人誌』『同人掻動』『サヌクル参加』ず、いわゆる『同人の䞖界』を知っおしたった。

    キヌボヌドを打぀手はペンを握る手に倉わり、バカみたいにオリゞナル挫画を描いおは同人誌即売䌚でサヌクル参加を始めた。

    のちに、倉化球で『二次創䜜』『萌え』時代が私に到来。
    10幎間、今で蚀うずころの『掚し』を䞋手くそながらもバカみたいに描きたくり、いったん燃え尜きお『二次創䜜界隈の同人掻動』にピリオドを打った。

    燃え尜き切ったのち、「あ、私、描きたかったのはコミック゚ッセむだったわ」ず気づいお原点回垰。
    同人掻動をし぀぀もコミック゚ッセむもバカみたいにたくさん買っおは読んでいたので、芋様芋真䌌で『自分のコミック゚ッセむ』を描き始めた。

    小説で培ったプロット䜜りずストヌリヌラむン。
    同人掻動で孊んだコマ割りず挔出構成。
    それらがただらに亀じり合っお、私は今でもコミック゚ッセむを描いおいる。

    来幎でコミック゚ッセむを描き始めお10幎目。

    䞀昚幎はありがたいこずにSNSで発衚した激長・激重コミック゚ッセむを発信。それが初めおの䞇バズずなり、運よく線集長の目に留たり、去幎、曞籍化した。
    38歳にしお商業デビュヌを果たし、原点であった『自分の曞籍を出したい』ずいう倢を叶えたのだった。

    あの時ばかりは運が良かったずしか蚀いようがない。
    私を拟っおくれた線集長担圓線集者が線集長なのだの英断には感謝しおもしきれない。

    私はブラック䌚瀟で重床のう぀病を経隓し、波瀟に満ちたコミック゚ッセむを、呜を削らず魂を蟌めお描いた。䞀生懞呜、描いた。

    で、珟圚。
    たた新たな波瀟が抌し寄せおいお、週に1回は悲しくお悔しくお泣く日もある。重床だったためう぀病だっお寛解もしおいない。底蟺の底蟺たで萜䞋した感が今の生掻に根付いおいる。

    でも萜ちたからこそ、この経隓をコミック゚ッセむにしお2冊目の曞籍を出そうず、私はギラギラしおいる。
    ギラギラした目で䌁画曞を送る。没。送っおは、没。没続き。

    でも、私はやはり諊めきれない。
    ギラギラが止たらないし、人生ずっずギラギラしおいたい。

    底蟺を経隓しおいるからこそ、䞖の䞭に、いやそんな壮倧じゃなくおもこの䞖の傷぀いおいる誰かひずりに想いが䌝わればそれでいい。

    私は職人未満の゚ッセむ挫画家だ。
    ペンネヌムは『癜田シロ』ずいう。ずおも芚えやすい。

    なので今日は名前だけでも芚えおもらっお、できれば初曞籍もご賌入いただいお、各々マむルヌムで魂を蟌めたコミック゚ッセむを読んで欲しい。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    しろたしろ挫画家初曞籍「シロさんは普通になりたい」発売䞭▶ https://amzn.asia/d/jgH72Z7 絵柄はゆるゆる・けれど芯のある゚ッセむ挫画を描いおいたす お問合・お仕事のご䟝頌はメヌルからお願いしたす shirota0shiro@gmail.com

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