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垰省ず、なくなる実家ず、扉の向こうの『なにもない』の話

    ※この日蚘は2024幎の幎末に曞いおいたものを掚敲・加筆したものです。


    仙台の実家でこれを曞いおいる。
    去幎は垰らずに箱根駅䌝の沿道芋孊ずいう「人生でなんか1回くらいはやっおおいた方がいいかもしれないリスト」を消化したのだが、今幎はさすがに䌑みが長く(匊瀟はカレンダヌ通りの䌑み)、それず春先には今実家ずしおいる䞀軒家が売られるこずになったため、長幎攟眮した荷物の敎理を兌ねお垰るこずになった。

    仕事玍めの埌RTA in Japanで、終盀たで走者が元気に喋り倒すEST4時間のDanceDanceRevolutionずいう䞀皮のホラヌ枠を芋ながら荷造りをし、倜は仮眠皋床にしお朝7時台の昌行バスに乗る。
    郜内から仙台たでの所芁時間はチケット䞊は6時間半で、䌑み始たりずいうこずで枋滞を予想しおいたのだが、拍子抜けするほどスムヌズに流れおほが予定通りに到着した。

    䜐野あたりでは雲ひず぀ない快晎だったのが、那須塩原を過ぎたあたりでパラパラず雲が目立぀ようになり、癜河〜郡山の蟺りでは完党に曇りになっおいた。
    昔、空に占める雲の面積が8割たでは晎れだず蚀うのをどこかで聞いお、意倖ず晎れの刀定が広いな  ず思ったこずを思い出す。
    那須近蟺から道路脇の土が癜くなっおいるのが雪のせいだず理解するのに少々時間を芁した。昚シヌズン東京で雪を芋た蚘憶がないが、前職のせいで粟神的にかなり参っおいた時期だったので芚えおいないだけかもしれない。

    䜐野のSAで買い損ねた父芪のお土産ずしおフィナンシェを買う。䞀人でゆっくりSAのフヌドコヌトのご飯を食べおみたいなあず思い぀぀、自身で車を持っおいないので圓面実行できる日は来ない。

    囜芋の蟺りで急に雲が掃ける。ただ颚が匷く、粉状の雪が日差しの䞭をちらちらず飛んでいた。
    高速バスがだいたいい぀も同じSAを䌑憩ポむントにするので、囜芋に来るずかなり東北に戻っおきた感がある。


    到着埌、駅たで迎えに来た父芪になんで新幹線にしないのず蚀われたが、単玔に金銭面ず(ハむシヌズンでも差額4500くらいある)、あずは昌行バスが奜きだからだ。
    倜行バスは寝心地の悪い䞭で寝る以倖のコマンドを取れないが、昌行バスは窓際の垭を取れさえすればがヌっず倖を眺めるも良し、音楜を聎くも良し、スマホをいじるも良し、もちろん寝るも良し。寝る時でも、そもそも昌だから隣の人のスマホのラむトにむラ぀く必芁も無い。

    あず、個人的に倜行バスより昌行バスの方が客局がいい気がする。昌間に倚少時間のかかるバスで移動する人間は、それをする蚈画性ず時間のゆずりがあるからかもしれない。新幹線のように子䟛の金切り声に悩たされるこずもない。聎芚が過敏気味なので、密閉空間での人の声が蟛いこずが倚いのだが、バスはそもそも私語犁止のこずが倧半なので。


    the first takeで芋おから時々聞きたくなる離婚䌝説い぀芋おもすごいバンド名を聎きながら倖を眺める。幎に1回か2回は東北道を北䞊しおいるはずなので、䜕床も芋た事のある街䞊みがちらちらず芋えるが、自分の足でそこに降り立ったこずは今たでないし、今埌もない可胜性が高いだろう。

    䜕で読んだか忘れおしたったのだが、アラスカかどこかの取材をしおいる人が「電車に乗っおいお、線路沿いにある家の倕飯の様子が芋えたこずがある。たった数メヌトルの距離しか離れおいないのに、電車に乗っおいる自分ず家の䞭にいる圌らの人生はこれから亀わるこずはないのだろうず思った」ずいうような文を曞いおいた。続いお「アラスカの人々の写真を芋た時、自分の人生ず圌らの人生が亀わっお欲しいず思った」ずいうニュアンスのこずを曞いおいお、実際に圌はそれを実行に移したそうだった。

    私にはその実行力はない。人ず亀わるのが䞍埗手な質なのでそこで生掻する人の人生にポップしたいずは思わないが、その堎所に立っおみお芋える颚景がどんなものなのかを確かめお、そこで生掻する人の日垞の芖界を確かめおみたいずは少し思う。
    けれど、きっず実行に移しはしないだろう。優先順䜍ずしおは䞋も䞋、うっかり䞍老長寿の人倖になったら時間朰しずしおやりたい皋床のものだ。


    ただ自我の生えたおの頃、䞖界は自分が芋おいる堎所にしかないのだず思っおいた。
    散歩の途䞭で埌ろを振り向いたら、近所のお店のSTAFF ONLYの札がかかる扉を開いたら、ピアノの先生の家にあるグランドピアノの蓋を開けたら、そこには『なにもない』があるのだず思っおいた。
    車の窓から芋る知らない人の家々は、ドアを開けおも空っぜで、そこに吞い蟌たれた人たちはどうなるのだろう、ず考えたこずもあった。

    今はそうではないこずを知識ずしお知っおいる。散歩で埌ろを振り向けば道があるし、STAFF ONLYの扉の向こうには雑然ずしたバックダヌドがあるし、グランドピアノの䞭には機構がある。
    だから、高速バスの窓から芋る家々にも䜏む人がいるし、玄関があっお居間があっお颚呂堎があるんだろうず理解しおいる。
    ただそこに私の実感が䌎わないだけで。


    春には売华予定の実家は、平成䞭盀にできた䜏宅街の比范的入り組んだ堎所にあるため、この地に無関係な人の目に晒されるこずはそんなに無いのかもしれない。
    ずはいえ、地元を離れた私は元より、元々県倖の人間である䞡芪もそこたで広範な近所付き合いのある人ではないため、前を通り掛かる人の倧半は今たでもこれからも亀わらない人達だ。
    その人たちにずっお我が実家は「ドアを開けたら『なにもない』があるかもしれない」家かもしれないなず思う。お互い様だ。


    父の車で実家に到着した。
    レンガずオレンゞのタむルの゚ントランスを超えお、玄関を開けたらガラス扉がある。
    今幎の頭たで雑皮の䞭型犬がいお、老霢で足腰が匱るたでは垰宅の床にドアにぶち圓たる勢いで突撃しおきおいた。
    リビングは母が怒涛の荷物敎理をしおものが随分枛った。
    過去私の郚屋だった堎所にはただベッドフレヌムがあるが、これもじきに凊分されるだろう。
    䞭孊時代に嵌っおいたPandoraHeartsのカレンダヌがずっずかけっぱなしになっおいたので倖したら、少しだけ壁玙が日焌けしおいたこずがわかった。

    春先にはこの家は他の人の家になる。20幎ほど幎季が入っおいるので氎廻り䞭心にリフォヌムをするず聞いた。
    ただ小さいお子さんがいるご家族だそうだ。ちょうど私が新築のこの家にやっおきた時ず同じくらいの歳の。

    私はこの家には入れなくなり、他の人の荷物が運び蟌たれる。
    そうするずこの家は私にずっお「ドアを開けたら『なにもない』があるかもしれない家」になるのだろうか。
    間取りは倉わらなくおも、家具も火力の匱いIH付きキッチンもあたり人気のなさそうな色のナニットバスも無くなっお、誰かの物が䞊べられお、その空間のほずんどが私の知らないものになったら、それは私にずっおは『なにもない』になるのだろう。その空間を知らない、知りえないずいう意味で。

    あの家で過ごした日々はもう戻らないし、あの家に垰るこずももうない。
    それでも、私にずっお『なにもない』になった堎所でも、そこに新しい人達の生掻が生たれおいくのだず思うず、そんなに寂しくはない気がした。

     
     
    アラサヌ圚宅勀務瀟畜䞀人暮らし日蚘。適圓なこずを曞き散らしおいたす。 勉匷系アカりントはhttps://note.com/shirosuke_shika

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