メインコンテンツへスキップ
見出し画像

青い風が吹くんだ。

    いつも眠たいよ。


    だいたい眠たい。



    自分なんて

    空洞のようなものです。



    空っぽで

    よく風が通り抜けます。





    吸っては

    吐いて


    なにか出てくる。




    見えるかな。






    見えなければ

    ないのと一緒。




    心はたくさんのことを

    感じているけど


    それを言葉にできなければ


    何も思っていないのと


    同じ。






    言葉にしたところで


    わかってもらえるかは

    微妙だけど。






    二つで分けられることって


    ずっと少ないんだ。





    感覚を言語にできたら


    論理性があるように読めるし




    感覚をそのまま


    身体的に落とし込んだり


    見えるものに溶け込ませたら



    詩として


    読まれるかな。





    人はよく


    感覚的と使います。



    でも


    感覚的じゃない人間なんか


    いませんよ。




    本当は感じてる。




    感じないように


    感じていないように



    思うことはできるかもね。



    みんなと


    同じように


    感じてないからって



    なかったことになるのは



    おかしなことだ。






    みんな

    感覚的だろうと思ってる。





    ほとんどが



    言葉になっていないだけ。



    する必要も


    ないかもしれない。







    空から

    風に乗って



    細い枝が落ちて来た。





    三枚の葉がついていて


    それは風に乗って

    くるくると回って




    落ちるというより


    舞い降りてきた。






    子どもたちと遊ぶときは


    なるべく
    自然を教えるのが


    先生の役目のような気がしていた。






    子どもは感覚的な生き物だろうか。


    大人より

    研ぎ澄まされてると思う?




    笑っちゃうよ。




    風が吹いてるの


    みんな、わかる?



    たくさん
    流れて来たら

    投げるんだ。



    ほら。




    木の上の

    葉っぱが



    よく揺れるでしょう。



    手を広げると


    身体の隙間を流れるの。



    風、わかった?






    たくさん風が吹いてる時に


    葉っぱを

    投げて見せた。





    ただの葉が


    紙飛行機

    まではいかないけれど





    遠くまで飛ぶことに


    子どもたちは喜んだ。




    真似をして投げる。



    適当だ。



    めちゃくちゃ。




    風がわからない。




    風を感じたら


    投げるだけ。




    これはなかなか難しい。



    目に見えないもの。




    大人はわかるよ。





    両手を広げて


    風を感じるのは簡単でしょ。





    これが風。



    目に見えないものを



    感じることができる。





    目に見えるものが


    全てじゃないと


    よく知っている。




    言葉で表せることだけが



    全てじゃないと


    よく知っているから。






    これが感覚。





    それは



    感覚的な人間であるか


    論理的な人間であるか


    あるいは

    感情的な人間であるかなんてさ




    どうでもいいことなんだ。




    その全てが人間だよ。






    言葉にしていないだけで


    その人には



    無意識的に論理が


    流れているかもしれないし






    感覚を言葉にすることが


    得意な人もいるんだ。





    それから


    直感、なんてさ


    凝縮されているんだよ!




    ファーストフードの



    オレンジジュースと一緒だ。


    濃縮還元!




    あれの原液を補充するときに


    爆破させて


    ドロドロの

    オレンジまみれになったことがあるよ。



    どうやったの?!


    って聞かれたけど


    わかったら

    こんなことにならない。




    難しいんだ。







    直感っていうのは


    信じた方がいい。




    経験と

    感覚が


    濃縮されたものだから。





    つまりさ




    瞬間的に

    紐解くほどの


    思考が凝縮されている場合は





    言葉はもちろんだけど



    感情っていうのは

    遅れてわかるんじゃないかな。




    ただそれだけのことでは


    ないだろうか。






    感覚的と自分を表現することがある。


    その場で深く


    考えないようにしているからだ。




    考えすぎれば


    処理しきれないことが増える。



    というか


    きっと

    考えたら動けなくなる。




    だから止まったとき


    一人になって

    ようやく自分の感情を



    言葉として


    解いていく。




    今日あったことを



    反復する。



    あるいは



    一週間前や



    十年前かもしれない。





    なんてさ。






    わかってるよ!






    自分の感覚を言うだけで


    「ナルシズム」とか


    「特別だと思ってる」とか




    「変わってると思われたいんでしょ」




    なんて



    言われたりするんだ。





    だったらいっそ


    赤い鼻でもつけようかな。




    ピエロにでもなって



    ずっと笑っていた方がマシだ。






    一つの場所に



    自分を全部


    置けたことがない。





    みんなだって

    そうかもね。





    いつも

    どこでもさ


    一面だけなんだ。




    自分のカケラ。


    どれも

    大事な自分だけど。







    好かれるのも



    嫌われるのも苦手だ。






    誰かと誰かが


    争うのを見るのも苦手だな。




    怒ってる人なんか


    一番苦手。




    石ころになりたいよ。



    ただただあるだけで


    誰にも何も思われない。





    川もいい。



    ただただ流れていたい。



    森を育てて


    春になると

    魚が帰ってくるだろう。



    夏になったら

    魚たちは大きくなって


    どこかへ出掛けていく。





    木でもいいよ。





    日々をゆっくり生きて


    全てを世界に任せるよ。



    簡単に無くなってしまうかもしれない。


    無くなるのはいいんだ。



    でも、

    自分に住む



    虫や


    動物が心配だな。


    短いんだ。

    時間が。



    だからせめて


    長く生きて欲しい。




    それだけ。








    遠い未来なんか


    わからない。





    わからないことは


    考えても仕方がない。





    これは感覚的かな。








    大好きな物語は

    もう私のことを



    入れてくれないんだ。





    どこにもいけなくなってしまった。





    本を読んでいる時は


    全部の自分でいられたのに。







    足の爪から


    頭のてっぺんまで



    全部で考える。



    物語は



    誰も否定しない。


    ただの文字の羅列だもの。






    仕方ない。


    入れてもらえないから


    自分で書くしかない。





    短いのは


    少しの間しか

    すっきりしないんだよ。




    すぐに溜まる。




    だから


    なるべく長く書きたい。




    書かないと


    生きていけないなんて



    思ってないよ。




    別に

    いつも笑って


    喜びだけで生きられる。





    怒ることもあるか。



    でも


    悲しみは奥へ。


    見えないように。






    そうやって生きていける。





    自意識が強すぎるって?




    自意識が過剰って


    別に悪いことじゃない。




    生きていくなかで


    自分を常に


    認識しなければ


    いけなかった。




    常に自分の位置を

    確認しないと


    生きてこれなかった人間って


    いるんだよ。






    自分について

    考えること



    それが

    生存戦略だった。




    これが

    自意識過剰の正体。




    書いた文章は


    あなたにとっての


    何になる?




    あなたを守れるかな。





    あなたの全部を



    一つにまとめて

    置いておけるものだといい。




    ばらばらにならないでさ。




    どう?


    私って

    論理的でしょう?



    なんて。



    どうでもいいか。





    文章が

    言葉が


    あなたを守るものでありますように。





    目に見えるものが


    全てじゃないことの



    証明になりますように。






    風が吹く。


    大きな風だよ。





    投げるタイミングなんて


    いつだっていいんだ。

    だって子どもたちはさ


    風がないときも


    そのまま落ちたって


    楽しそうに笑ってる。



    いつでもいいんだ。


    決めるのは自分!



    あなたへのおすすめ