
ボナボナセーラ ボナセーラ ~パリ・ミラノ・ローマ・ニース・モンテカルロで乾杯~【あとがき】
あとがき
添乗員付きで海外に出たのは、後にも先にも、今回のこの旅が最初で最後になりました。と言いますか、私はこの旅のあと、一度もミラノの街を歩くことも、ローマのトレビの泉を目にすることもありませんでした。
ミラノのガレッリアで右足の踵を基点に三回まわっていれば、ミラノに戻れたのでしょうか。ローマのトレビの泉にコインを一枚、投げ入れていれば、ローマに戻れたのでしょうか。
私が海外出張していた当時は、インターネットのない時代でした。情報を手に入れるためには、現地に足を運ぶ必要がありました。そんな時代に、パリ・ミラノ・ローマ・ニース・モンテカルロを旅することが出来て、幸せに思っております。
この旅の経験があったからこそ、のちに後縦靭帯骨化症という指定難病にかかっていることを知ったときも、難しい手術を受ける決断をしたときも、また自分の脚で歩けるようになったときも、私は感情を大きく乱すこともなく、落ち着いて行動で来たのだと思います。
たしかに病にかかっていなかったら、いまごろは世界に……という思いはありますが『安かろう悪かろう』という評価を受けていた量販店系のアパレルが、高品質の商品をリーズナブルなプライスで顧客に提供できるシステムを構築した現在、私のようなエレガント志向のソワレ(夜会服)を得意とするデザイナーは求められていません。
セレブな世界では、いまもパーティーが開かれていますが、圧倒的に人口が多いのは、カジュアルなファッションで生活している人たちです。
人に感動与えるデザイナーが育たなくなったと同時に、デザイナーを支える優秀なパタンナーさんも、手の込んだ洋服を縫いあげることのできるソーイングのプロが育つ環境もなくなりました。
AIの時代がやって来た今、ファッション業界はどうなるのでしょう? かつてファッション業界を闊歩していたデザイナーブランドが姿を消しました。時代の流れといってしまえば、それまでです。
自分のブランドを世界に向けて発信する夢をかなえることはできませんでしたが、元気で仕事をしていた時期があったこと、一度は日本一に輝くことができたこと、そして、熟女のみなさんと、お嬢様と、会社の人間と、たのしい旅ができたことを大切に、悔いのない人生を生きていこうと思っております。
私がいま思うことは、世の中は、みんながそれぞれの役割を果たして生きているんだな、ということです。
パリ・ミラノ・ローマ・ニース・モンテカルロで乾杯。
完