
出発前夜のケンタッキー
3月。晴れて大学に合格し、東京に単身上京することが決まっていた。新しい住居を契約し荷物を送り、準備は万全。あとは明日しっかり寝坊せずに起きて空港に向かうのみとなった。地元が北海道なので、北海道限定商品をこれでもかというほど食べる日々を送っていた。やきそば弁当、セイコーマートのホットシェフ。どんぐりのパン、サイコロキャラメル、カツゲン、そして牛乳。どれも大好きな食べ物たち。さて、今日は何を食べようか。父から、今日の夕食は私に決定権があるという話を聞いた。何がいいだろう。ジンギスカン?それともお寿司?ここはやはり最後に北海道らしい食事を。その一心で家族が一生懸命考えてくれている中、私が口に出した言葉はこれだ。
「今日、ケンタッキーにしなあい?」
私を含めたその場にいた全員が、「嘘だろ」という顔をした。実際にこの言葉を口から発することを決断したはずの私の脳も、びっくりしていた。ここまでの文脈からは、どう考えても思いつかないメニュー。いつもの外食であれば、家族全員イエスと言ってくれるだろう。しかし、北海道で食べる最後の夕食として、全国チェーンであるケンタッキーを選ぶのはいかがなものか。確かに、ケンタッキーはおいしい。鶏肉大好き。だが、あえて今日、最後の晩餐としてケンタッキーを選択するのは明らかに間違えている。
「まあでも、本人が言うなら…いいんじゃない?」
「北海道と東京じゃ味違うかもだし!うどんのつゆみたいに!」
家族は私の発言にだいぶドン引きしながらも、この決定を受け入れてくれた。ちなみに、北海道と東京のうどんのつゆの味は一緒。違いがみられるのは、関東と関西である。とんでもない姉の発言をどうにかしてフォローしてあげようという、弟の健気な努力がうかがえる。むしろ逆効果だったかもしれない。
結果的に、ケンタッキーを選んで正解だった。肩肘張らずに、”いつもの”夕食の時間を過ごせた気がする。どうでもいいことばかり話して、笑う。人数分注文したはずのチョコパイを私が2本食べ、包装紙が不自然に2枚私のそばにあったことと、嘘をつくのがピノキオ級に下手なせいで発覚した。全員から大ブーイングを受けたものの、上京直前だという最大の切り札を行使し、最悪の事態を免れた。こんな夕食もしばらくはお預けなのだと思うと、これこそが”特別”なのではないかというような気もした。やっぱり鶏肉はおいしい。
実際この3月、私は何かにつけて”最後の○○”と強調していた。最後の映画。最後のやきそば弁当。最後のカラオケ… どうせ長期休みごとに帰省するのに、さも何もない無人島に一生ひきこもるかのように誇張していた。今になって振り返ってみると、少し恥ずかしい。
そして現在。映画館にも、カラオケにも行った(全部ひとり)。実家からやきそば弁当を送ってもらって、部屋に常備してある。一番心配していた孤食問題も、何の心配もない。朝食と夕食付きの学生会館に入居したからだ。次の日の授業が1限でない日の夜は、2時間も食堂で恋愛トークに興じることもよくある。遠距離恋愛が現在進行中だとか入学早々一目ぼれしたなどという人たちに提供できるような華々しい恋愛経験を持ち合わせていないので、私は聞く専門だ。家族と会話しながら食事したあの時間に勝ることはないが、人と会話しながら食事するというのは、やはり楽しい。
意外と、うまくやれている。大きなカルチャーショックを感じることもない。しないに越したことはないが、まだホームシックを発症していない。どんぐりのパンとカツゲンだけは食べることができないでいるが、北海道と東京ではあまり違いを感じない。どこにいても、案外同じように生きてゆける。便利であるはずなのに、ありがたいようで少し寂しい。
ただし、まだ東京でケンタッキーを食べる勇気は出ない。あの最後の夜の、くだらないことで笑いあった時間を、そしてあのこっそり食べたチョコパイの味を忘れてしまいそうだから。