
ごはんできたよ!
外食やお惣菜ばかりは飽きる。
かといって家ご飯も平坦なので
代わり映えしないなぁ
と思う事はあれど
毎日食べ続ける事に先のような「飽きる」という感覚にはならないのはなぜか。
心や身体が疲れた時ほど
あぁ手作りのご飯が食べたいなぁと思う。
なんでか?
手作りのご飯なら料理上手な店主の営んでいるような定食屋に行けばいいじゃないか。
だけど、それもまた何か違う。
なんでなのか?
きっと欲しているのはそれだけではないからなのだ。
今日、昼ごはんの後とても眠かった。とか
これ昨日の残り物だけど…とか
他愛もないやりとりと緩んだ空気という調味料を。
外食ではかなりの常連にしか提供されない調味料。
自分を知った人が作ってくれる自分に向けたご飯が食べたいのである。
母の握るおにぎり神話もそこにあるんだろう。
「急にご飯ある?って言われても困るわ!」
と、今ある材料で完成されるような名前のない料理はもう愛だ。
完全なる再現は不可な唯一無二の。
だから、今日のご飯何?と聞いたときに
鶏と野菜煮たやつ。
と返ってきても、何味の何料理やねん。
などと思わず愛を存分に感じてほしい。
献立を聞く日常が当たり前じゃなくなった頃に調味料が体にじわじわと染みてくるはずだ。