
タバコとブラックコーヒー
朝食はタバコとブラックコーヒーで済ましている、ときみはめんどくさそうに呟いた、それだとお腹が空くんじゃないかな、と思ったけど、物理的にお腹は満たされるしそれもアリなのかと思った、きみはそういうのが似合う、タバコもブラックコーヒーもイメージは黒だ、朝の霧がかったテンションに落とした黒の模様がマーブルにぐるぐる薄明とまざりあって、ぼくたちはクソの役にも立たないぼろ布の体を引きずりながら毎朝をやりすごしてる、アルコールと水とブラックコーヒー、固体よりも液体、なにか通過儀礼というか気に入った死神のチケットを選ぶような気軽さで毎日をくりかえす、バーや大学で、あるいは会社とパート先の往復でもいい、ベッドとソファしかないこの部屋に帰ってくるには外側の世界は想像以上に透明で色味がない、だからいつも手続きが省略された簡潔なセックスとか、そういうカギと鍵穴が一つしかない平板な行為で、ぼくもきみもこのベッドとソファの小さな世界に何日も何百日も閉じ込められている、出口とかそんなんじゃなくてこの空気が薄い世界で息がしやすくなるようにしたい、だからぼくと結婚したい、きみは忘れたころに忘れたポップソングを思いだすようにぼくにそんな話題を持ち出す、結婚という二文字はぼくたちには聖書や憲法に書かれた第一条のように特別な価値を持つキボウの言葉として響いている、お金はあったほうがいいし生活は安定していたほうがいい、二人は好き同士でだから結婚しよう、そういう教科書に書いてあるようなA+B=Cみたいなわかりやすい公式はぼくたちにもまだ有効だ、ぼくたちは結婚という現時点では無料のアプリをああでもないこうでもない、と無料の範囲で架空のカスタマイズをすることに幸せとキボウを感じている、そしてすぐに飽きてしまう、ぼくたちは視力がわるい、だから射程の短い幸福しかうまく認識できない、今日明日の美味しいごはんや楽しいセックスには興味はあるけど、結婚というガイネンは手触りがないし、それはごっこ遊びに過ぎない、ぼくたちはそうしていつもスマートフォンでインスタやショート動画の一瞬後に手触りをくれる幸福に親密に浸ったままになる、
ぼくたちは平熱で、ぼくたちは平板だ、雨の日曜日、きみは本当に朝食はタバコとブラックコーヒーで済ましている、遅く起きた後、ぼくは普段吸わないタバコを吸って普段飲まないブラックコーヒーを隣で飲んでいる、ベランダから見るこの街の空は低く、雨はまだ明けようとせず、グレーとホワイトの混じった空は遠くでマンションと道路に溶け合っていて、曖昧に揺らいでいる