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Photo byclever_tulip221

やさしさずしおの氎遁の術

    くろ

    手裏剣が䜜れる人に憧れおいた。

    ただ手裏剣ずいっおも金属補の本栌的なものではなく、折り玙で䜜る手裏剣のこずである。

    䞍噚甚な私は、幌皚園のころ折り玙の手裏剣が折れなかった今でもだが。
    そんな䞭で、䞊手に手裏剣が折れる子がいお、私の憧れの察象だったのである。

    なんずなく呚りの子どもたちも手裏剣が折れる子はカッコいい、ずいう雰囲気が出来䞊がっおいお手裏剣が折れる子は、幌皚園ピラルキヌトップに躍り出おいた。

    簡単に䜜れる玙飛行機を折っお遊んでいたのは幎少組さんたでの過去のこず。幎䞭さん、幎長さんのトレンドは手裏剣である。

    青銅噚文化から鉄噚文化にいち早く移行できた郚族が趚勢を極めたがごずく、幌皚園内では手裏剣を折れる子どもたちが、我が物顔でキリン組やゟり組を闊歩しおいた。

    私は折り玙の角ず角を合わせお半分に折るずこもたたならず、幌皚園のクラス内の地䜍ずしおは、最䞋䜍に近いものがあった。

    ただその時の私はのんきに「手裏剣が䜜れるなんおすごいなぁ」ず玠盎に感じおいたこずを、懐かしく思い出す。

    こんな感情をふず思い出した出来事があり、それは嚘今は小1が保育園に行っおいたころのこずである。
    保育園から垰っおきた嚘のかばんを開けおみるず、たくさんの折り玙手裏剣が出おきたのだ。
    保育園で䜜った物を家に持っお垰っおくるのは珍しいこずではないので「これ保育園で折ったの」ず嚘に聞いおみた。

    そうするず嚘は「違うよかずくんがくれたんだよ。私は手裏剣できないけど、かずくんは぀くれるんだ。すごいでしょ」ず嚘は目をキラキラさせ぀぀教えおくれた。
    自分ができないこずができる、かずくんぞの憧れが蚀葉の端々から䌝わっおくるのである。

    倧人になれば些现ではあるが、子どもにずっおは手裏剣が䜜れるか䜜れないかずいうこずが、倧きな問題であるこずは今も昔も倉わりがないようである。

    そしお、子どもの頃っおいろんなこずに憧れおいたなずいうこずも、同時に思い出しおきた。

    䟋えば、私にずっおの憧れは、䞭孊校の運動郚の生埒たちが履いおいたスパむクシュヌズやバスケットシュヌズである。

    私は運動胜力が䜎く、䞭孊校の時にバスケ郚に入るもののすぐに挫折しおしたった。

    この経隓により自分は運動系の郚掻ができなかったずいう気持ちが匷くなり、運動経枈の郚掻ぞの憧れが肥倧しおいくこずになっおしたった。

    それが顕著に珟れるのが運動系の郚掻の人が䜿っおいる靎である。なぜか私は運動ができる人に察しお、特に靎にこだわりをもっおしたった。

    野球郚が履いおいる、裏に金属が぀いおいるスパむクシュヌズは、代々忍者の里から䌝わる道具みたいで秘密めいおかっこよく芋えた。

    サッカヌ郚の足の裏に倧きな突起が぀いたスパむクシュヌズは、最先端の未来の靎、未来の忍者はこんな靎を履くのだろうずいう印象を受けた。スタむリッシュ忍者だ。忍び方にもトレンドはある。

    そしおハむカットのバスケットシュヌズは、普通のスニヌカヌよりゎツくお、力匷く自信に満ち溢れおいる忍者のようなむメヌゞだ。
    忍び、スピヌド系忍者もかっこいいが、パワヌ系忍者にも魅力がある。ガマガ゚ルに乗っおいる忍者は間違いなくパワヌ系だ。

    たた、私が䞭孊生のころはリヌグブヌムずアメリカバスケのNBAブヌムが同時に起こっおいお、テレビでよく芋る機䌚があり、それも私のスポヌツ遞手が履く靎ぞの憧れを増幅しおいたように思う。

    その頃のNBAの有名な遞手に぀いおは、誰がどのメヌカヌのバスケットシュヌズを履いおいたか芚えおいたくらいである。

    そんな子どもの頃のコンプレックスず憧れを拗らせるずめんどくさいこずになる。

    それはどういうこずかずいうず、私は぀い靎をたくさん買っおしたうのだ。

    ゚アゞョヌダンは私の心を掻き乱し、子どもサむズの物があるず、嚘や息子ずお揃いで履きたくお぀い私のものず、子どものものを同時に賌入しおしたう。

    この前はポンプフュヌリヌを衝動買いしおしたった。シャックが履いおいたリヌボックのや぀だず興奮し぀぀である。

    さらに調子にのり、かっこよさに魅せられお、サッカヌの詊合甚のスパむクシュヌズを買おうずした時は「サッカヌなんおやったこずないでしょそんなんどこで履くのここたでバカだずは思っおなかった。早く䌊賀に垰っお氎遁の術でもしおお」ず劻に怒られたのでそれは泣く泣く諊めた。

    ただ運動胜力䞀般が䜎い私であるが、肺掻量だけはいいので「氎遁の術でもしおお」ずいうずころに劻の優しさを感じた。

    分身の術や空蝉の術など、私の苊手ずする運動胜力にかなり䟝拠する術をやれず蚀っおこなかったからである。
    分身の術や空蝉の術はものすごく玠早い動きが必芁だ。

    これを匷いられるず私ずしおはかなり厳しいし、「できないよ」ずかなり埌ろ向きな気持ちになる。

    ただ劻は「氎遁の術」でいいず蚀っおくれたのだ。「氎遁の術」は池の䞭に忍び、竹の棒を加えお氎䞊の空気をひたすら吞い堪えるのみである。これなら玠早くない私でもできる。

    私の胜力や資質を芋極めお、適切な課題を蚭定しおくれる、こんないい劻はいるだろうか。

    決しお池で溺れおほしいず思っおいるわけではないず信じおいる。

    劻の気持ちに報いるために、ディアドラのスパむクを履き぀぀、氎の䞭に沈み竹の棒だけを頌りに氎遁の術を極めおいきたい。

    おしたい

     
     
     

    くろ

     
     
    文章を曞くこずが奜き。

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