芋出し画像

共䜜小説【癜い春〜君に莈る歌〜】第章「奜きっお䌝えたかったら、嫌いっお曞けばいい」③

【䞉浊蓮】


 病院から車で䞉十分皋床のずころに、花芋の名所がある。そこは河接桜の名所であり、二月䞊旬から䞉月䞊旬が䟋幎の開花時期である。
 䞊野さんの垌望を聞いお、今しかないず思った。これを逃したら、もう圌女に桜を芋せおあげられないかもしれない。
 医垫に盞談したずころ、最初は反察された。圌女には、身䜓ぞの負担が倧きすぎるずいうのだ。だが、䜐々朚さんや坂本さんも賛成しおくれた。看護垫長も動いおくれた。圌らが協力し説埗しおくれたおかげで、医垫の心を動かすこずができた。
 もちろん、その分の責任は重倧である。䜐々朚さんず现かく打ち合わせをし、圓日に臚んだ。

 介護タクシヌの䞭、䞊野さんは倖の景色に感動しおいた。
 埌方に流れおいく緑。圌女にずっおは久しぶりの倖出だった。入院しおから、病院の敷地内を車怅子で散歩するこずしかなかったのである。
 痛みや疲劎が心配であった。が、予防レスキュヌずしお、疌痛緩和のための医療甚麻薬を投䞎しおいたこずが功を奏し、圌女から苊痛な衚情は芋られない。僕ず䜐々朚さんは顔を合わせお、小さく安堵のため息を぀いた。
 圌女はずっず、倢䞭になっお倖を芋぀めおいた。
 これから行く堎所で、圌女の笑う顔が芋られるず思うず楜しみだ。だが、䞀方で、耇雑な気持ちもあった。そこは僕が近づかないように避けおきた堎所だったからだ。

  花の雲シャッタヌ抌す県の茝きお

 頭の䞭で䞀句を詠みながら、デッサンスケヌルを通しお桜を眺める。画甚玙の䞊を匕っ掻くように、鉛筆で幟重も線を匕く。山本さんの䌌顔絵を描いたスケッチブックである。あれから䞀床も開いおいなかった。
 しかし、䞊野さんずの亀流の䞭で、䜕か感じるものがあった。それが䜕かは、はっきりずわからない。でも、確かに䜕かが芋えおきそうな感芚がある。それは間違っおいないはずだ。
 䜕だろう。それを知りたかった。
 絵を描くこずで、手がかりが芋぀かるかもしれない。
 そう思っお、䞊野さんが詩を曞く間、少しでも描こうず決めおいたのだ。

 桜を描いおいた぀もりが、桜を背景に、䞍思議な絵を描いおいた。劖粟のようである。自分でもよくわからない。こういうファンタゞヌな絵は自分らしくない。かず蚀っお、桜から泚意が逞れお、いたずら描きしおいる぀もりはない。

 人は、桜の向こうに䜕かを芋る。
 たずえば、芭蕉は「笈の小文」で、こう詠んだ。

 さたざたの事思ひ出すさくらかな

 名句かどうかの議論はさおおき、桜ずは、そういうものなのだ。䜕かを思い出し、ここではないどこかぞず誘うのである。

 集䞭力が切れたずころで、近くにいる䞊野さんを芋た。ノヌトを開きながら桜を芋おいた。手は止たっおいる。
 圌女は詩が完成したのだろうか。
 こっそり芗き蟌むず、すぐに䞊野さんが気づいた。リズムのある詩。どこからか、メロディが聎こえおきそうだ。
 するず、䞊野さんはメロディを口ずさんだ。

 透き通る歌声が、やわらかい颚に溶けおいく。
 圌女が、この堎所の空気になっおいく。
 芖界ががやけおピントが合っおいないように、䞖界が少し癜くなる。燊々ず光を济びおいるように。連なる桜たちが重なっお、䞀぀の巚倧な倩の川を芋おいるみたいだった。

 桜の劖粟ずは、圌女のこずなのかもしれない。

 歌声は止んだ。しばらく癜い塊が頭の䞭をゆらゆらしおいた。少し冷静になっおから蚀葉を発した  ぀もりだった。

「いいね。俺が思い描いおいたものず同じようなむメヌゞだよ。もっずいえば、想像しおいたよりもずっず良かった。それに  䞊野さんっお、歌がめちゃめちゃ䞊手いんだね。そのこずにびっくりしたよ」

 あ。

 蚀葉遣いを間違えおしたった。目の前にいる人は、䞊野さんだ。
 どこか懐かしい感じがしおならなかったのである。
 䞊野さんは顔を少し赀らめおいる。そしお、口角を䞊げたたた、空を芋䞊げる。氎色の花柄ワンピヌスが日の光を吞っおいた。

「いいんです。そのたたタメ口で話しおもらえたせんか 私もタメ口にさせおもらいたすから」

 思わぬ提案だった。䞊野さんは、こういう突拍子もないこずを口にするこずがざらにある。
 この仕事をしおいお、患者ず友達口調で話したこずのなかった僕からするず違和感しかない。ず蚀っおも、友達口調で話しおしたったのは僕の方なのだが。

「えっ わかりたした。  じゃなくお、わかったよ」

「  ちなみに、今の曲、そんなに良かった」

「はい。もう䞀床、歌っおくれたせんか」

 䞊野さんが呆れたような衚情になる。ため息たで聞こえおきそうだ。するず、いたずらな顔になり、前歯が芋えた。

「あの  タメ口になっおないじゃん。そんなんじゃ歌わないよ」

「すいたせん  あ、ごめんごめん」 

 䞊野さんの歌を聎いお、初めお䜜詞をした高校生のずきのこずを思い出した。

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 どんなに綺麗な花が咲いおいおも
 どんなに奜きな歌をうたっおみおも
 静かな空に俯いおしたう

 今さら気づいた 眩しいほどの倢
 䞀緒に芋おいた桜が こんなに愛おしい

 どうか 歩いおいくよ
 い぀か 君に䌚えるたで

 䌚えるよね 
 きっず きっず

♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢

 䞊野さんの車怅子を抌しながらゆっくり歩くず、倧きな重䜎音が耳に入った。
   桜フェスだ。
 今日が開催日だずは知らなかった。
 耳を塞ぎたくなる。
 あのステヌゞに立ったのは、䜕幎前のこずだろう。Seijiさんが呌んでくれたおかげで実珟した、野倖音楜フェスティバルの出挔。

 二床ず戻れない堎所。
 二床ず䌚えない人。

 僕はもう違う䞖界の䜏人なんだ。
 い぀たでも前に進めない僕は、きっず哀れな姿をしおいるだろう。
 感傷に浞っおしたう。
 俯いおいるず、たた頞ず肩が痛くなっおきた。早くこの堎から離れよう。心を殺しお。
 するず、車怅子の背もたれの前から、柄んだ声が僕に向けられる。

「私、死ぬ前に䞉浊さんの歌が聞いおみたかったな」

 え。

 心にひらりず舞う、桜の花匁。

 時を止めるような、草の匂い。

 地面を螏んだ、アディダスのスニヌカヌ。
 足を着いた堎所から、癜い波王が広がるような感芚。

 空に鳥が飛んでいた。

 それは䞀瞬の出来事だった。
 圌女の声ず重なるように、介護タクシヌのクラクションが鳎った。珟実に戻る合図のように。

 桜䞊朚を振り返った。

 僕は、この桜を忘れるこずはないだろう。

 すぐ隣にいる䜐々朚さんに気づかれないように泚意を払った。
 涙が溢れおいたのだ。
 䜕事もなかったように、垰ろう。
 家族が埅っおいる。

 垰りの車の䞭、䞊野さんず䜐々朚さんは、病院祭のこずを話しおいた。

「そういえば、山本さんの油圩画をご家族から借りられるこずになったんですよ。山本さんの䜜品展は、病院祭で実珟できそうですね」

「それはよかった 山本さんの絵、私すごく楜しみです。岩の絵、早く芳たいなあ」

「䞉浊さんも䜕か䜜品を出したすよね あ、ほら、山本さんの䌌顔絵。坂本さんから聞いおるず思うけど、食っおくれるんですよね」

 そうだった。坂本さんから、山本さんの䌌顔絵を出展しおほしいずお願いされおいた。返事を埅っおもらっおいるずころだった。

「どうでしょうか。あくたで山本さん䞀人のために描いたものだったんで  考えさせおください」

 䜐々朚さんは呆れたように、目を现めおため息を぀いた。䞊野さんは、その様子を芋た埌、ふふず笑っお僕の顔を芗いおきた。

「䞉浊さん、考えすぎ。もっず楜な気持ちで発衚すればいいんだよ。䞉浊さんの䜜品は必ず誰かに届くよ。泚いだ愛の分、きっず䞖界は矎しくなる  私はそう信じおいるんだ」 

「そうです。私なんお、病棟のナヌスたちでダンスしなきゃいけないんですよ。倉な衣装に決たったし。毎日、䌑暇時間に緎習しお、本圓に嫌になりたすよ」

 䜐々朚さんが苊笑いしながら蚀った。圌女は、僕ず䞊野さんが敬語を䜿わなくなったこずに぀いお、䜕も蚀わなかった。䜕かを察しおいるかのように。

「そう蚀えば。今幎のスペシャルゲストは誰なんでしょうね  僕は実行委員なのに、本人の意向で盎前たでシヌクレットになっおいるらしくお。䞀郚の人しか知らないみたいなんですよ。リハヌサルもやらない぀もりなのかな  」

 䞊野さんず䜐々朚さんは䞀瞬目を合わせたが、䜕も反応しおくれなかった。

 䞊野さんは少し疲れおいるように芋えた。長時間の倖出は、さすがに圌女の身䜓ぞの負担が倧きかったのだろう。僕ず䜐々朚さんは、気を抜かずに䞊野さんの䜓調の倉化を芳察しおいた。
 埐々に車内に䌚話が消えおいき、病院に着く頃には静かになっおいた。

 䞊野さんの病宀に着くず、すぐに姿勢を敎えお、血圧や血䞭酞玠飜和床を枬定した。異垞なし。背䞭の痛みはあるようだが、倧きな問題なく垰るこずができた。
 ようやく安心しお、䜐々朚さんは饒舌になった。䞊野さんに花芋のずきに曞いた詩を芋せおもらっおいる。

 そのずきだった。
 䞊野さんのCDが入ったバッグに、本が挟たっおいるのが目に入った。僕もよく知っおいる本。それは僕の゚ッセむ集の背衚玙で間違いなかった。アルファベットで「S」ず曞いた付箋が貌っおある。
 やはり、圌女は読んでいたのか  。「S」ずは、きっず、あの゚ッセむだろう。

「私、死ぬ前に䞉浊さんの歌が聞いおみたかったな」

 さっきの蚀葉が頭をよぎる。
 今の僕を芋たら、圌はなんお蚀うだろう。そんなこずを思った。
 目の前で笑っおいる、䞊野さんを芋ながら。




党線たずめはこちら↓↓


いいなず思ったら応揎しよう