芋出し画像

共䜜小説【癜い春君に莈る歌】第章「繋ぎずめるもの、思いずどたらせるもの」①

第章

「繋ぎずめるもの、思いずどたらせるもの」【䞉浊蓮】


 身䜓がビクッずしお、目が芚めた。
 誰かの声が聞こえたような気がする。䞊野さんかな。いや、たさか。倉な倢を芋おいたようだ。
 錓動が高鳎っおいる。誰かに䞍審に思われおいないかを確認した。
 
 目の前では、医垫ず看護垫、薬剀垫、管理栄逊士、医療゜ヌシャルワヌカヌがテヌブルを囲んで話をしおいる。
 ここは、ホスピスのカンファレンス宀。毎日、昌䌑憩の埌には䌚議が行われおいる。
 手元にリハビリカルテを開き、読んでいるように目を䌏せる。この時間が非垞に眠い。再び眠りそうになっお、う぀らう぀らしながら、看護垫の話を聞いおいるず、俄然目が芚める話題になった。
 山本さんが最近、粟神的に䞍安定であるらしいのだ。
 ナヌスコヌルを頻繁に鳎らしおは、職員を呌び、死に察する䞍安や病院に察する䞍満を挏らす。ご飯を食べないこずも増えおいるようである。
 唯䞀、患者同士で亀流のある䞊野さんずも、しばらく顔を合わせるこずすらしおいない。
 圌女にどう察応したらよいか、僕は䜕も意芋を蚀うこずができなかった。

 カンファレンスが終わり、おむ぀亀換の時間も終えた埌、い぀ものように山本さんの病宀を蚪ねた。

「山本さん、こんにちは」

「  ああ。はい」
 
 がんやりずした口調で答える。山本さんはベッドで垃団を深く被っお仰臥しおいた。酞玠カニュヌレを錻に装着しおいる。二リットル。酞玠量は以前より䞀リットル増量しおいた。こちらに芖線を向けるこずはない。䞀週間ぶりに䌚った山本さんの様子は、やはりい぀もず違うものだった。
 もちろん、今日のカンファレンスで話し合ったこずは、知らないふりを貫かなければならない。山本さんの調子に合わせ぀぀も、い぀もず倧きくは倉わらない態床で話しかけた。

「あの、䜓調はいかがですか」

「  」

「䜜品展たで、もう少しですね。山本さんず䞀緒に描いおきた絵が、぀いにお披露目ですね」

「  」
 
 僕だけが蚀葉を発する宀内は、どこたでも静かで重苊しい雰囲気だった。山本さんは、石のように動かない。ただ、胞のあたりの垃団が䞊䞋するこずが僅かな安心を䞎えおくれた。

 入院しお間もない頃、山本さんが過去に描いた油圩画の写真を芋せおくれたこずを思い出した。倧きな岩の絵だった。この絵が圌女の䞀番お気に入りの䜜品なのだず蚀う。

「ねえ、この隅っこに小さな雑草があるでしょう。これが私なんだ」

 そう説明しおから、山本さんはしばらく黙った。瞌が緩みながら写真を芋おいたが、心はもっず遠くを芋おいるようだった。
 
 あのずきず同じような目をしおいた。

「  すいたせん。今日は、ゆっくりしたしょうか。倱瀌したした」

 そう蚀っお郚屋を去ろうずするず、そろそろず垃団を捲る音が聞こえた。

「あれ、持っおきお」

 ようやく蚀葉を発した圌女は、䜜業療法の時間に絵を描いおいたスケッチブックを指差した。
 山本さんの痩せ现った腕でスケッチブックを受け取る。圌女がスケッチブックを緩慢に開くず、カヌテンの隙間から入り蟌んだ光が反射した。冬日を掬っお発光しおいるようだった。
 ぱらぱらず捲っお、絵を眺める。
 するず突然、びりびりず玙が瞊に砎けた。

「えっ、倧䞈倫ですか」

 声をかけるが、圌女はそれを意図しおやっおいた。䜜品を次々ず匕きちぎり始めたのだ。

「え  ちょっず 山本さん 䜕をやっおるんですか」

 山本さんの腕を掎んだ。圌女は抵抗するが、あたりにも匱々しい力だった。

「こんなこずをやっお䜕になるのよ」

 蚀葉が出なかった。もちろん、意味はたくさんある。が、それを説明したずころで圌女の心には響かないだろう。
 次の蚀葉を探しおいる間も、山本さんの手はびりびりず玙を砎り続ける。
 
「山本さん  蟞めたしょう。あの、僕は山本さんの絵、奜きでした」

「  」

 山本さんは急に手を止めた。
 僕は床に萜ちた玙片を拟い集める。䜜品展はもうできないだろう。
 圌女は僕を、珟実を拒絶するように、垃団を顔たで被った。

「䞻人は私なしでは生掻できない。あの人は、家のこずなんお䜕もやっおこなかったから。あの人のために、もう少し生きなきゃっお思う。絵だっお描きたい。でもね  。この痛みには耐えられないし、身䜓も自由に動かない。はっきり蚀っお、もう死んでしたいたいっお思うよ」

 消え入りそうな声だった。垃団の䞭から僅かに聎こえる叫び。胞が締め付けられお呌吞が浅くなった。
 その日、圌女はそれ以䞊の蚀葉を僕に発しおくれるこずはなかった。

 埌日、ナヌスステヌションで坂本さんから声をかけられた。い぀になく堅い衚情をしおいる。

「ちょっずごめんね。山本さんのこずなんだけど」

「はい」

「リハビリ、もういいっおさ。ドクタヌずも話したけど、䞭止になった」 

「そうなんですか」

 少し芚悟はしおいた。が、やはり自分ではどうにもできない珟実に目の前が暗くなった。

「たあ元気出せよ。ずころで。来月の四日、山本さんの誕生日じゃん そこでさ、色玙をプレれントするんだけど。䞉浊くん、山本さんず絵を描いおたでしょ」

「はい  」

「他のナヌスずも話したんだけど、䞉浊くんの絵を添えたら、絶察に喜んでもらえるず思うんだよねえ。描いおもらえないかな お願い」

 ã€Œã¯ã„、わかりたした」

 僕の返答を聞いお、坂本さんはやや拍子抜けしたように目を芋開いた。そしお、歯を出しお笑う。

「えっ、䞀発でOK 実は断られるず思うから、し぀こく説埗しおくれっおみんなから蚀われおたのに。ラッキヌ。じゃ、頌んだよ」

「あ、埅っおください。色玙に添える絵っお䜕を描けばいいんですか」

「それは䞉浊くんが䞀番わかっおるんじゃないの。サむズずか、党郚お任せするよ」

 さっきずは打っお倉わっお、い぀もの軜い調子で頌みごずを枈たせる。もはや才胜だ。
 䞀方、僕は匕き受けたのはよいずしお、山本さんに䜕の絵を描いたらいいのか、頭を悩たせるこずになった。

 これは山本さんにずっお、きっず最埌の誕生日だ。僕は、山本さんに䜕を届けたいのだろう。圌女はどんなこずを望んでいるだろう。
 気づくずそのこずばかりを考えおいた。曞類も手を止めおしたうこずが増え、捗らなくなっおいた。

 深倜、曞斎に籠り読曞しようずするが、集䞭できずに本から芖線を倖す。壁に貌っおある僕の䌌顔絵が目に぀いた。息子が描いおくれたものだ。この絵を描いおいる息子の姿を想像するず涙がこみ䞊げおくる。
 ふず、幌い頃に祖母から蚀われた蚀葉が甊っおきた。

「人間はね、笑っおる顔がいちばんいい顔なんだよ」

 今たで患者の䌌顔絵を描くこずはあっおも、むラストのようなもので写実的に描いたこずはなかった。
 そうだ。山本さんの顔を描こう。山本さんの魅力を絵に閉じ蟌めるのだ。
 そう決めお、䜐々朚さんに山本さんの写真を撮るよう䟝頌した。きっず圌女は、自分の顔を描かれるこずを嫌がる。だから、誕生日に枡すたで内緒にしおおかなければならない。

 家族が寝静たった倜、写真にデッサンスケヌルを圓おお芗く。サむズの画甚玙に鉛筆を走らせた。

 あなたは雑草ではない。

 䜕床も描いおは消しお、気づくず朝になっおいた。この感芚を手攟さないように、䞀床に党郚を描きたかった。
 最埌に俳句を添える。

  立春の日を掬ひたる画垳かな

 培倜明けの朝、嚘が颚邪を匕いた。高熱で咳も出おいる。看病のため、しばらく仕事を䌑たなければならなくなった。
 僕も頞ず肩が凄たじく痛い。冷静になれば、もう限界だった。自分の静逊も兌ねお、嚘ず家でのんびりず過ごすこずになった。

 その間、描いた䌌顔絵を眺めおは、䞍安な気持ちにかられた。

 入济のずき、寝かし぀けのずき、い぀も子どもたちに童謡を歌う。嚘がなかなか寝ずに、䜕床も繰り返し歌っおいるず、隣で目を閉じお静かになった。呌吞がゆっくりになり、寝たのだず思っお歌うのを蟞める。するず、嚘は目を開けお、「もう䞀回歌っお」ずねだった。

 僕の歌は、こういうもののためにあるのかもしれない。

 そう思っお、たた䜕床も歌った。自然ず涙が出る。が、理由をあたり考えないようにした。

 䞀週間ぶりに出勀するず、山本さんが亡くなったこずが告げられた。僕が䌑んでいる間に、山本さんの容態は急倉したのである。
 誕生日の五日前だった。ずうずう䌌顔絵を枡すこずはできなかった。

 山本さん。

 山本さん。

 山本さん。

 病宀を蚪ねた。いないずわかっおいながらも。
 ネヌムプレヌトは倖されおいた。䜕もなかったように、空っぜになった郚屋。
 換気のために、ドアず窓が開いおいる。
 レヌスカヌテンが膚らんだ。繰り返す波のように、颚が緩やかな茪郭を぀ける。
 同じようで二床ずはない刹那。
 それをい぀たでも、がんやりず芋぀めおいた。

 あなたが初めおリハビリをした、あの日。

「先生は、䜕のために生きおるんですか」

 最期たで、あなたの質問に答えるこずができなかった。あなたの蚀葉が僕に䜏み぀いお、い぀も胞の底にこだたしおいるのである。

 山本さんの死により、䞊野さんは盞圓に萜ち蟌んでいるようだった。
 本人から山本さんの話題を口にするこずはなかったが、明らかに口数は枛り、䜜り笑顔も倚くなった。
 䞊野さんにずっおも、この病院の患者で䌚話を亀わすのは、山本さんだけだった。二人は昌食埌のラりンゞで、珈琲を飲みながら語るこずがしばしばあった。どんな蚀葉が亀わされおいたのかは、わからない。だが、陜光の差し蟌む窓際で、手を叩くほど笑い合う様子は、我々スタッフを明るい気持ちにさせ、励たしおくれおいた。

 山本さんの粟神状態が䞍安定になっおから、䞊野さんは動揺しおいるように芋えた。それでも圌女はスタッフを気遣い、気䞈に振る舞う。
 䜐々朚さんが䞊野さんの話を傟聎し、熱心にメンタルケアに努めおいたが、圌女は本音を語らないようだった。
 僕もあえお自分から觊れるこずはせず、い぀ものように接するこずに培しおいた。

 山本さんが亡くなっおから十五日が経過した。
 䞊野さんの病宀を蚪ねるず、䜜詩のために䜿っおいるノヌトの隣に茶色の小さな玙袋が眮いおある。それを䞊野さんから枡されたずきに気が぀いた。そうか、バレンタむンデヌだった。ホワむトチョコが入っおいる。

「ありがずうございたす これ、どうしたんですか」

「通販で買ったんです。たあ、自分の分も」

 圌女は照れくさそうに答えたが、我ながら野暮な質問だった。

「よかったら、䞀緒に食べたせんか」

「じゃあ、せっかくなんで、いただきたす」

   矎味しい。箱の裏偎を芋るず、ベルギヌ産ず衚蚘がある。ずいぶんず高玚感があった。
 チョコレヌトの味に集䞭したかったが、そこに流れる重たい空気に泚意を向けないわけにはいかなかった。
 䞊野さんはチョコレヌトを口に含みながら、黙っおテヌブルを芋぀めおいる。

 ゞョン・レノンの「Love」が流れおいた。

 身寄りのない䞊野さんにずっお、山本さんは、この病院で芋぀けた友人、あるいは母芪のような存圚だったのかもしれない。圌女の珟実に、山本さんの死が、自分自身の死が暪たわっおいる。

「すごく矎味しいです。ありがずうございたす」

「よかった。そう蚀っおいただけお嬉しいです」

「僕、チョコレヌトが倧奜きなんですよ。それもホワむトが。よく奜みがわかりたしたね」

「ふふふ」

 瞬時にい぀もの笑顔に戻る。だいぶ無理をしおいるようだ。
 たたすぐに沈黙しおしたいそうだったので、勇気を出しお蚀葉を続けた。

「あの  えっず」

「はい」

「山本さんか亡くなっおから半月が経ちたしたね  」

「はい  」

「䞊野さん、そのこずに人䞀倍、向き合っおいるんですね」

「いえ  」

「あんたり偉そうなこずは蚀えないんですが、距離に぀いお、䞀緒に考えおみたせんか」

「距離  ですか」

「どんなに倧切な人にも悲しい出来事にも、䞀定の距離で付き合っおいかなければならないず思うんですよ。境界線を䜜るこず。そうでなければ、自分を守るこずができなくなっお、い぀か心が倒れおしたいたす」

 か぀おカりンセラヌの先生から蚀われた蚀葉だった。あれから十八幎埌に、こうやっお同じ蚀葉を誰かに䌝える番が来るずは思っおもみなかった。

「あ、それっお  。ご自身の経隓から芋぀けたこずですか」

「え、たあ。はい。でも同時に、絶察に自分ず繋がっおいるものが、必ずあるず思うんです。それを芋倱わずに、心の真ん䞭に眮いおくださいね」

「絶察に自分ず繋がっおいるもの  」

「たあ、そうは蚀っおも、僕も党然距離がうたくずれない人間なんですけどね」

 圌女は、はっずした顔をしお、口が軜く開いおいる。
 僕の頭には、ある日の思い出が浮かんでいた。

 死を考えおいた、あの日のこずである。



぀づきはこちら↓


党線たずめはこちら↓


いいなず思ったら応揎しよう